残光がそれを照らす
残光がそれを照らす
律子に食材の買い出しを頼まれた美羽は買い物袋を持ち、真白に付き添われて外に出た。
落ちた夕日の残光を淡淡と留める空の下、途中からグレーの大柄な猫がついて来た。
その毛並よりも濃いグレーの、アスファルトの上をトトト、と歩く。
美羽が立ち止まり振り向くと、愛想よく、まるで挨拶するように、にゃあと鳴く。
だみ声の、中年男性のような声をしている。
やあ、お嬢さん、と言われているようだ。
美羽がじっと見つめると、金色の目をゆっくり瞬き、またにゃあと鳴いた。
「美羽さん、猫は好き?」
様子を見ていた真白が訊く。美羽は頷いた。
「良かった。あの猫もきっと、美羽さんが好きよ」
同意を示すように、猫が目を細くする。
〝何だか、私たちをガードしてくれてるみたい〟
「そうね。そうかもね」
真白は楽しげに答えた。
突き当りの道を右折しようとして、真白が急に足を止める。
並ぶ家々から夕飯の匂いが漂って来る。郷愁を誘う匂い。オレンジと紫が混じったような空の色。子供たちが家のドアを開けてただいま、と言う。
母が流しに立つ後ろ姿を、美羽は思い出す。トントントン、と包丁を動かして、夕ご飯を作ってくれていた。美羽の父にその包丁で刺されて亡くなる、前日まで。
以前、美羽はこの時間帯が嫌いだった。自分には帰る家が無いと思い知らされるようで。
自分だけを待つ、自分だけの家族の、不在を思い知らされるようで。新庄家に暮らし、竜軌と心を通わせてから、そんな思いも消えた。嫌いな時間が、穏やかで好ましい時間に変化した。
だが、そんな感傷に浸っている場合ではないことをじきに悟る。
「美羽さん。後ろに下がったところに立って。動かないで」
張り詰めた声に、美羽は従う。グレーの猫がするりと、美羽の前にごく自然に移動した。
右手から歩いて来る人物に、真白が声をかける。
「こんばんは。朝林教授」