110/663
王者は沈黙する
王者は沈黙する
新幹線の駅まで新庄家の車で送られることを律子たちは拒否した。
手配した二台のタクシーに、分かれて乗り込む。
タクシーに乗る前、美羽は後ろを振り向いた。竜軌と、孝彰と、文子も立っている。
竜軌と孝彰は無表情で、文子は泣き出しそうな顔をしている。
竜軌は静閑として、何かを心に潜めているようでもあった。
打ちのめされた美羽にそれを探り出す気力は残っていなかった。
(私を諦めるの)
黒い瞳に問う。
(諦めるの。竜軌)
黒い瞳が瞬く。
孤高の獣が美羽を見つめている。
待てと言って欲しい。
こんな現実を許さないで。
私はあなたと共にいるのだと、確かな声で宣言して。
しかし獣は口を閉ざしている。
美羽の目から流れるものを見ても。
嘘だ。こんなのは悪い夢だ。目が覚めると竜軌が優しい声でおはよう、美羽、と言って、頭を撫でてくれるのだ。朝ご飯を、一緒に食べてくれるのだ。
(嘘でしょう。嘘でしょう。竜軌)
タクシーが道を曲がり、竜軌の姿が見えなくなっても、美羽は後部座席からリアガラスを見つめ続けていた。