急流
急流
事実無根と主張する弁護士らに、ひまわりの職員は一歩も退かなかった。
豪奢なシャンデリアの下がる広い応接間で、大人たちの意見がぶつかり合った。
ひまわりの人間にはそもそも最初から、新庄夫妻が美羽を引き取ることに僅かな不信の念があったのだ。なぜ彼らが美羽を、と。そこに美羽本人から救いを求める訴えが星に届き、疑惑の種は容易に芽吹いた。
「とにかく一旦、美羽ちゃんをひまわりに連れ帰らせていただきます」
田沼律子は声高にそう言い張った。
律子も、冬木信夫も、誠実で優しい人たちだ。美羽の言葉を尊重してくれる。けれど今回に限っては、美羽は萎縮して真実を語れないのだと決めてかかり、美羽の話を聴こうとしない。美羽が竜軌の左腕にしがみついていても、憐れむ目で見る。
長めの黒髪に赤いエクステを着け、耳にピアスホールを開けた竜軌の出で立ちも、彼らの気に入らないようだった。
「美羽ちゃん、もう大丈夫だ。僕たちと新潟に、ひまわりに帰ろう」
美羽は信夫の声に対して首を横に振り、竜軌にますますしがみつく。
「あんたが美羽を上手く言いくるめたんだろう」
星の言葉に、竜軌は目を眇めた。
「いや」
「嘘だ」
「嘘だと、お前は思いたいんだろうな」
自分の気持ちを見透かすような声に、星がカッと赤面する。
「何て言い草でしょう、図々しい」
律子は顔を歪めた。信夫もそれに加勢するように孝彰に顔を向ける。
「名誉棄損で我々を訴えるならご自由にされてください、新庄議員」
「そんなことをするつもりはありません。我々の無実は、自分自身がよく承知している。…ただ私は、あなた方にはもう少し冷静になって、美羽さんの言葉に耳を傾けてあげて欲しい。彼女は大人に良い様に振り回される無知な子供ではない。十分に、思慮出来る人だ」
慎重に語る孝彰の言葉も、職員の耳には届かなかった。
「どうしても美羽さんを連れ帰るなら、私も同行してはいけませんか」
訴える真白を、律子と信夫が不審な目で見る。彼らは真白を新庄家サイドの人間と目している。
「お願いします」
真白が頭を深く下げる。
美羽は待って、と言いたかった。声を出して、あらゆる理不尽をはねのけて、今の居場所と竜軌を守りたかった。声には表情が出る。真実が宿る。
人々を振り向かせる、力がある。
なのに美羽は声を出せない。
望まない方向に進む流れを変えることが出来ない。
竜軌は佇む樹の風情で、美羽を渡さないと言ってくれない。