遠来、遠雷
遠来、遠雷
雨が降りそうな空模様だった。
世の学生たちが夏季休暇を謳歌しているころ、新庄邸を訪ねる一人の青年がいた。
彼の訪れを知った美羽は顔を輝かせた。
彼、渡木星は、美羽の大事な幼馴染だ。
〝新潟から、わざわざ会いに来てくれたの?〟
美羽のメモ帳を読み、客間の隅に立つ竜軌の存在を意識する眼差しで、星は頷いた。
「元気にしているかと思って」
美羽は心が温かくなる。相変わらず、星は優しい。
〝元気よ。良くしてもらってる。メールに書いたでしょう?〟
「ああ、うん。…メールにね」
煮え切らない返事に違和感を覚える。
「あの、新庄さん」
「何だ」
「美羽と二人で話させてもらって良いでしょうか」
「………」
美羽に無言で問いかける竜軌に、美羽が頷く。
客間から出る直前、竜軌はちらりと星に視線を遣した。星は無言で竜軌を睨み返す。挑むような目だ。
美羽に好意を寄せていることは、最初に見た時から判っていた。
(小僧が)
美羽が歓迎する笑顔を見せなければ、すぐにつまみ出したものを、と思いながら竜軌は客間をあとにした。
竜軌が姿を消し、その足音が遠ざかると、星は顔つきを改めた。声を潜めて尋ねる。
「美羽。メールに書かれていた、虐待の話は本当なのか?」
美羽は目を閉じて、開いた。
目の前にいる星が、急に異国の言葉を喋り出したように感じた。
遠く、雷の音が聴こえる。
もうすぐ雨が降るのだ。




