研究者
灰色の部屋だった。窓もなく、打ちっぱなしのコンクリートのすべすべした壁に囲まれていた。
机が一つ、椅子が2つ。白い扉が一つ。取っ手だけが光を反射している。天井に据え付けの電灯が青白い消毒用効果のある光を放っている。ここはどこか、とは考えなかった。セイにはここがどこかでることよりも、ここが<迷宮>ではないことが重要だった。ここが病室でもなく自室でもなく心安らぐ場所にはとうてい思えなかったとしてもだ。どんな所であっても<迷宮>に比べればどこでだってどれほどか救われる。そう思いを巡らし左腕の付け根を擦る。<迷宮>で食いちぎられた腕は医学的な処置がなされてある。これで少なくともセイを殺そうとはせずに生かそうとしたのだと分かる。もっとも全てが<迷宮>のし掛けである可能性は残っている。セイが<迷宮>が逃れたと思って喜んだ途端に<迷宮>の暗がりに引き戻し絶望に歪む顔を嘲笑ってやろうと構えているかもしれないのだ。考えすぎだろうか?そんなことはない。セイは<迷宮>はプレイヤーを責めさいなむ為だけに辛抱強く膨大なコストを掛けることを身にしみて知っている。
部屋の扉が開いた。どうやら鉄製だったらしく重く厚い音が低く響いた。入ってきたのは女だった。白衣の、メガネを掛けた女。申し訳ない程度の化粧は、やらないほうがマシなレベルの一歩手前の効果を放っている。医者だろうか?医者ならここは病室ということになる。だがそれならこの部屋は何だ?病室というよりは、閉じ込める用途を想起させる部屋だ。危険な何かを閉じ込めておく、そんな風に感じる。セイは女をもっとよく観察しようと目を細めた。すると女はセイの目つきから察したのだろう自己紹介を始めた。
「初めまして、私はソリン・マクドゥーエル。科学者よ」
見た目に反して低い声だった。科学者?そんなものがどうして出てくるのか。
「…科学者が…なんの用だ?」
吐き出した声は嗄れている。高温で焼かれたからか。
「セイ・ツムギ、17歳。170cm、54kg。軽いわね、ちゃんと食べてるの?日本人、高校生。<迷宮>からの生還者…」
ソリンは手に持った紙を読み上げる。セイの個人情報が列挙されているらしい。セイは最後の"<迷宮>"という言葉を使うときにだけソリンの指先が震えたことを見逃さなかった。女は強がっている。なぜ?内心の恐怖を気取られないためにだ。何を恐れている?
「合ってる?」
「…概ね」
「概ね?」
「身長と体重に関しては今の自分のものがどうなっているかは知らないんでね」
「ああ、これはこの研究所で計測したものだから最新よ。つまり正しいものよ。貴方が三日間の昏睡状態の間に背が伸びたのならその限りじゃないけれど」
どうやらこの女、尋問官ではないらしい。時間、場所などを特定可能な数字を相手に渡す間抜けな奴に尋問は向かない。セイは少し安心した。どうやら、とって食われることはないらしい。ならこいつはこちらを研究対象と見ているのか、純粋に。
「それで…なんの用なんだい?」
先程より柔らかい声でセイは二度目の質問を発した。




