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迷宮の日々0

 夕日が図書室の書棚を赤く染めていた。

書物の背表紙を、その蓄えた知識に相応しい色に染めていた。


 図書室の窓から見える街の景色は夕日の色に染まっている。

そろそろ下校時刻だろうか。

「帰るか」

まぁ帰ったってなんにも無いんだが。

家は僕一人だ。

親は海外、よくある話だ。仕送りと、家、学校生活。

足りないものなど無く、ボクは凡庸な日々をまるで永遠に続くような日々を無為に過ごしていた。

 遠くでサイレンが聞こえる。

郊外にある研究所の出す音だ。いつもの時間でもないだろうになんだろう。

ああ、何かの実験をするってニュースサイトに出ていたっけ。なにか難しい実験をするとかなんとか。


帰ろう。

読みさしの本をバックに入れる。どこかの国の旅行記だ、見たこともない国の荒れた道を這いまわっているだけの。

図書室は大した蔵書じゃないけれどボクの知っている中で最も静かで落ち着いた場所だった。

奥行きのある設計、どっしりとした書棚に囲まれた窓を望む閲覧机。

僕はその端に座るのが常だ。

人気の無い、ほぼない、たいてい無い図書室を独り占めして一日をただ煩わしさから逃れてここで保存されるように過ごすのが義務のようになっていた。

図書室の壁には白いワンピースの少女の絵がかかっているのだが、一日の最後にこの絵を見るのが日課になっていた。

悲しい目をした少女の絵だ。

何が悲しくてこんな目をするのだろうか。


廊下に出ると目の前がエレベーターホールになっている。

常々思うことだがこの学校の機能とその配置は少しおかしい。

図書館はお静かにととあるように、静けさが付加価値なのになんだって音を立てる昇降機の目の前に置くのか…。

些細な思いをめぐらし切る前にエレベーターが登ってきる。

ヂンッときしみながら扉が開き、乗り込んで、一階のボタンを推す。

古いエレベーターだ。

学校創建時より存在しているらしいがそうすると軽く30年以上も前のものってことになる。

ヂンッっと扉が閉まる。

とその時、窓から一瞬光りが差し込んできがした。青い光、それが波のように広がっていくのが見えような。

だが扉がすぐに閉まったので確認できなかった。

気のせいか、海が何かの光を反射したのだろう。何を?まぁ、何かさ。どうでもいい。

5,4,3,2,1

…止まらない?一階を過ぎたのにエレベータは止まらない。

エレベータは下降を続けている。

おかしい、この学校に地下2階より下はないはず…。

表示は-10を超えますます引かれていく。


突然、凄まじい揺れ出した。

左右に振り回される。上下にシェイクされ体を壁に打ち付けられる。

何だ?何なんだ!地震か?!

非常ボタンを叩きつける。無反応。

くっそ、なんだよ!

その間、揺れはますますひどく、前後にヘッドバンキングすら始まった。

階層表示盤は表示がめちゃくちゃに光ったり点滅したり笑い出したり、笑う?ボタンが笑っている!?

巨人が拾い上げたものを振りかぶって放り投げたような突然の慣性力。

「…がっ!」

おもいっきり扉に体を打ちつけ気が遠くなり始める。

打ち付けた頭から流れだした血が操作盤に飛び散る。

非常用ボタンに連動しているはずのスピーカーから警告音ではなく女の嗤い声が遠く鳴り響く。

「助けて!助けてくれ!」

だが胸の悪くなる合成音は調子がはずれた嗤い声の音量を増したせいで不気味さがいや増してゆく。


「めいきゅぅちか13かいですぅぅ」


エレベーターは更に落下速度、落下?さっきまで投げられていたはず。


「めぇぃきゅゅぅぅわぁアナタをまぁてぃまぁすぅぅぅ」


天井に叩きつけられる。背骨がのけぞる。

上に下に。左右に。前後に。振り回される。


「めいきゅうはアナタをぉぅせんたくしますぅ」


階層表示版に顔を打ち付ける。ベタに火花が散りそうな衝撃。

これはなんだ、地震じゃないのか?

疑問が蜘蛛の巣のように広がり、自意識を捉えぐるぐると巻いて身動きが取れなくなって…。

暗転する中で、最後にはっきりと聞こえた声は歪んでも歪んでもいなかった。

よく透る女の声、


「迷宮は君を歓迎しているよ」

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