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第7章 別れ、そして出発 4

 ゼフィーアがセレウスの部屋に戻ると、セレウスは椅子に座って、開け放った窓の向こうを見つめていた。


「もしかして、さっきから、ずっと起きていたのですか?」


 ゼフィーアが訊ねると、セレウスは、同じ緑色の目で姉を睨んだ。


「そうですよ。薬を入れるなどという真似は、控えていただけますか? さすがにもう、そういうことは簡単に見抜けますからね。いつまでも子供扱いはやめてください」

「子供の頃は、よくあなたの飲み物に薬を入れましたよね。あなたは体が弱くて、薬を飲まなければならないのに、全く飲もうとしなかったから」

「あの頃は騙されて、薬入りの飲み物をさんざん飲まされていましたがね」

「薬が必要にならないくらい元気になったのは、そういえば、ナナトさまのお母さまに魔法の能力をいただいてからですね」

「ナナトさま……」


 セレウスは、自分の両手を見下ろした。


「先ほど、あの方が私の頬に口づけされたとき、思わず抱きしめそうになるこの手を止めるのに、苦労しました」

「そうですか。よく我慢して、眠ったふりを続けましたね」

「私は、つまり、失恋したわけでしょうか」


 セレウスは、溜め息をつく。


「あの方は、見事なくらいに、ご自分のお気持ちを述べて行かれましたね」

「ですが、私は、ただ都合がよい存在でも、便利なだけの存在であっても、それでいいのです。私があの方のそばにいて、お守りしたい。その理由だけで十分ではないでしょうか。私はあの方をお慕い続けます。これからも、ずっと」

「あきらめないということですか?」


 ゼフィーアは、眉をひそめた。


「別に、シルヴェリスさまやリュシフィンさまと張り合おうなどとは思いませんよ。ただ、心の中でどう慕おうが、私の自由。姉上も、おっしゃいましたよね」

「アヌヴィムの魔神族への恋は、報われないことがほとんどですよ。悲惨な終わり方をすることも少なくはない……。私たちの先祖も、魔神に恋をし、非業の死を遂げたとか」

「しかし今、子孫の私たちがここにこうして存在するということは、その先祖の恋は成就したということでしょう。本人にとっては、非業の死ではなかったかもしれませんよ」


 ゼフィーアは、理解と悲しみが混じったような、複雑な表情を浮かべる。そして、呟いた。


「私たち姉弟は、もしかしたら、揃って魔神によって破滅する定めなのかもしれませんね……」

「姉上……?」


 セレウスは、問いかけるようにゼフィーアを見上げたが、彼女はいつものようにやさしく微笑むだけだった。


「ああ、そういえば、ナナトさまに一つ申し上げておかなければならないことがあったのに。言い忘れてしまいました」


 ゼフィーアが、溜め息をついた。


「何ですか?」

「あの方の、胸の傷。今は血は出てはいません。ですが、魔の領域に入ったら、傷からは血が溢れ出すでしょう。手当てをしないと、大変なことに……」

「それは……」


 セレウスは、顔を曇らせた。


「ですから、出来れば魔の領域に入る前に治しておかれるほうがよろしいのですけどね。きっとわかっておられるとは思いますが」

「本当に大丈夫でしょうか。今からでも追いかけたほうが……」


 セレウスが、暗く呟く。


「しつこいですよ、セレウス」


 ゼフィーアが、きつめの口調で言う。


「あなたがしなければならないのは、あの方がまたこの館に立ち寄られるのを待つことです。そうお願いされたのでしょう?」

「そうですね……」


 セレウスは、うなだれる。


「セレウス。ナナトさまの髪を持っていますか?」


 ゼフィーアが訊ねた。


「ええ。いつも、ここに」


 セレウスは、胸を押さえた。


「それは大切になさい。いつかあの方が本当に危険な目に遭われたとき、あなたは助けて差し上げられるかもしれません。そして、それを持っていることによって、あなたも助けていただけるかもしれないのですから」

「はい」


 セレウスは胸の内側に入れている小さな箱を、服の上から愛おしげに握りしめた。

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