第7章 別れ、そして出発 1
その午後。
七都が部屋でカトゥースを飲みながらくつろいでいると、ゼフィーアが入ってきた。
彼女は、大切そうに荷物を抱えている。
「それは……?」
「ナナトさまがご所望されていた衣装です」
ゼフィーアが言って、服を広げる。
それは、彼女がいつも七都に持ってきてくれるピンク系のひらひらしたドレスではなく、この町の少年が着るようなシンプルで身軽な服だった。
生地は丈夫そうな緑がかった灰色。お揃いのチュニックと薄地の上着、レギンスのようなボトム、ベルトもついている。
七都がゼフィーアに頼んでいた、旅行用の服だった。
ゼフィーアは、歩きやすそうな黒のブーツも用意してくれていた。
「ありがとう。メーベルルのマントとも合うね」
七都は、服に触ってみた。
感触もやわらかいし、洗濯してもすぐに乾きそうだった。
ドレスよりも、もちろんはるかに動きやすい。
「わたしはこれを着て、近いうちにここから出て行く」
七都が呟くと、ゼフィーアは頷いた。
それから彼女は、テーブルの上に鞘に収めたメーベルルの剣を置き、その隣に、V字型の銀の輪を置く。
「あ、それ、ゆうべセレウスが額にしていたのと同じ輪っか……」
「これは、アヌヴィムの魔法使いだという印です。これをはめていれば、人間は手出しをしてきません。ですから、昼間はこれを付けていて下さい」
「ありがとう。いい考えだね。アヌヴィムの魔法使いに化けるんだ」
「ただ魔神族の前では、これはしていないほうがいいですけどね。印が見えなくなってしまいますから。あなたの額に魔王さまの付けた印があるのを見つけたら、魔神族は何もしてはこないでしょう。なにしろ魔王様お二人分のお印ですもの」
「うん……。はぐれグリアモスは、別みたいだけど」
そういうことを見越して、ナイジェルもリュシフィンも、自分の額にキスをしたのだろうか。
魔王が印を付けるのは、身近な者を守るため?
七都は、額に触れてみる。
「それにしても、セレウスにも困ったものです」
ゼフィーアは、溜め息をつく。
「え?」
「すっかり、あなたについて行く気でいますから」
「それは、わたしもとても困る……」
七都は、口ごもる。
あれだけ拒否したのに。まだついて来ようとしてるの、セレウス?
「でも、わたしが止めてみせますから、どうかナナトさまはご心配なく」
ゼフィーアが、穏やかに微笑んだ。
止めるって。やっぱり魔法とか使うのかな?
七都は、ちらっと思った。
「ところで、風の都までは、地の都を通って行かれるそうですね?」
「うん。ゼフィーア、あなたは地の都って行ったことある?」
「いいえ。ただ、あの都は、昼間は静かみたいですよ」
「静かって?」
「地の魔神族は、魔神族の中でも、特に太陽を嫌う一族。魔の領域は、太陽からは守られているのですが、太陽が天に輝いている間は、彼らは外に出てこないとか。そのため、あの都が賑やかになるのは、日が落ちてからです。ですから、あそこを昼間通って行かれるのは、賢明ですね。おそらく、地の魔神族とは遭遇しないでしょう。多くの魔神族に遭遇しないということは、それだけ余計な危険も回避できるということですから」
「そうなんだ。じゃあ、太陽が出ている間は出来るだけ移動して、沈んだら動かないようにしなければ」
「ただ、問題はエルフルドさまですけれど」
「エルフルド? なんで?」
「あの魔王さまは、あなたと同じです。あなた以上に人間に近いかもしれません。夜はお眠りになり、朝になったら起きてこられる。あの方が活動されるのは、昼間です」
「それは、人間だったらとても健康的な生活なんだけどね」
「ナナトさまが昼間誰もいない地の都を歩いておられたら、とても目立つでしょうから……」
「エルフルドがわたしに、ちょっかいをかけてくる、と?」
「その可能性はありますね。たとえば、他の誰もが寝静まった静かな夜、どうしても眠れなくて、ふと散歩してみようとした時、同じく散歩している誰かに出会ったとしたら……」
「すっごく嬉しいと思う。挨拶しちゃうかも」
「つまり、そういうことです」
そういうことか。とてもわかりやすい例えだ、ゼフィーア。
七都は、肩をすくめた。
「何か仕掛けてきたら、どうしたらいいんだろ」
「とにかく、無視なさることですね。こちらが興味ないことがわかったら、あきらめてくださるかも」
「あきらめてくれなかったら?」
「それは、ナナトさまのご器量で切り抜けてくださいまし」
ゼフィーアは、美しく微笑した。
「そんなの、とても不安だ……。切り抜けられないかもしれない。で、それほどエルフルドって、性格悪いの?」
「存じません。ただ側近の方々は、かなり手を焼いておられるとか……」
「それ、結局、性格悪いってこと意味してない?」
「だいじょうぶですよ。ナナトさまは、シルヴェリスさまとも仲良くできるお方ですから。エルフルドさまとも、きっと仲良くなれますとも」
ゼフィーアが、変な具合に励ました。
「でも……。仲良くなる前に、彼に気づかれないまま、地の都を抜けなくちゃ。だって、魔王なんて、やっぱり会わないほうがいいに決まってるもの」
七都は、呟いた。




