表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
27/35

第6章 魔神狩人のキス 2

 ユードは剣を持って、中庭に移動する。

 七都は、メーベルルの剣を両手で握りしめて、構えた。

 ユードは、真っ直ぐに七都に向き直り、左手で剣を掲げる。

 頭上の曇り空よりもさらに暗い灰色の二つの目が、七都を鋭く見下ろした。

 セレウスとは、迫力が違う。

 セレウスは魔法使いとはいえ、この町のこの館で裕福に育っている。誰かを殺したり、傷つけたりしたことはないかもしれない。

 けれども、ユードは魔神狩人として、さまざまな場所で数え切れぬほどの魔神族を倒してきたのだ。

 何度も危険な目に遭っただろうし、その能力も磨かれてきたに違いない。

 たとえ利き手の右手が使えず、左手も怪我をしているとはいえ、七都が太刀打ちできる相手ではなかった。


 いけない。最初から、雰囲気で負けている。

 七都は、剣の柄を持つ手に力をこめる。

 セレウスとカディナは、少し間隔をあけてはいるものの、並んで回廊に立ち、息を呑んで二人を見つめている。

 その横に、いつの間に現れたのか、ゼフィーアも加わっていた。


「あなたには、謝らなくてはいけないね。それから、お礼も」


 七都は、ユードに言った。


「また、あり得ないって言われるだろうけど」


 ユードは、心持ち眉を寄せる。


「ユード。腕に怪我させて、ごめんなさい。それに、セージをわたしから守ってくれて、ありがとう」


 ユードは無表情のままだった。


「あんたはこの先、魔神狩人に遭遇して傷を負わせるたびに、謝罪して回るつもりか?」


 ユードが言った。


「人が謝ってお礼言ってるんだから、素直に受け止めてくれてもいいと思うんだけどね」


 七都は、彼を睨んだ。

 

 ユードが、いきなり剣を振り下ろしてくる。ぞっとするような速さだった。

 七都は、かろうじてそれをかわす。無意識に、体が反応した。

 ユードの剣は、さらに七都を追いかけてくる。

 七都は、とにかく刃を避けた。避けるために、めまぐるしく体が動く。

 襲いかかる刃を防ぐのに精一杯で、ユードに攻撃をかけるなど、考えられなかった。魔力を使う余裕もない。

 七都のドレスに、ざっくりと鮮やかな切れ目が入る。


「あ……」


 頭が、真っ白になりそうになる。


「しっかり防がないと、そのきれいな服は穴だらけになるぞ」


 ユードが言った。


 彼は、決して加減をしない。容赦なく七都に切りかかってくる。

 セレウスがどれだけ加減をしてくれていたのか、とてもよくわかる。

 あまりにも甘く不甲斐ない剣の稽古に、ユードは歯がゆさを感じたのだ。だから、わざわざ剣を取って、七都の前に立ったのかもしれない。

 けれども、これが現実だ。

 この館を出て、魔の領域を目指せば、彼を上回る敵が現れないとも限らない。

 敵は当然七都に容赦はしないだろうし、加減をすることもない。殺すか殺されるかの真剣勝負になるのだ。


「ユードは本気だ。遊んでるんじゃない」


 カディナが呟いた。


「あんたのお姫さまは、殺されてしまうよ」


 セレウスは、カディナを冷たく見つめ返す。


「……なわけないか。アヌヴィムの魔法使いが二人もいるんだもんね」


 七都は、ひたすらユードの剣をよけ続けた。

 よけていられるのは、奇跡的だと七都は思う。

 剣が斬り込まれてくる場所の判断がついてから刃をよけても、何とか、かわすことが出来る。

 それはやはり、魔神族の能力のおかげで、素早く動けているからなのかもしれない。

 けれども、ユードに剣をぶつけようとしても簡単に押し返されてしまうし、その隙もほとんどなかった。

 体が疲れてくる。動きも次第に鈍くなっている。

 このままでは、ユードに殺されるかもしれない。

 セレウスとゼフィーアが、それを黙って見ているわけはなかったが。

 とにかく、早めに終わらさなければ。

 でも、どうやって?

 彼を、地面に倒せたら……。セレウスにそう出来たように。


「だけど、ド素人にしては、よけるのはうまい」


 カディナが感想を述べる。


「もっと稽古すれば、わりと早く剣が使えるようになるかもね」

「時間が足りません」


 ゼフィーアが言った。


「そうなる前にあの方は、ここから出て行ってしまわれるでしょう」


 セレウスは、ちらっとゼフィーアを横目で眺め、それからユードと戦う七都に視線を戻した。

 

 七都は、何度かユードの腕をつかもうと試みたが、それはすべて剣で防がれてしまった。

 まるで、体全体に剣でバリヤーを張っているようだ。

 利き手でないほうで戦ってこうなら、では利き手なら、どういうことになるのだろう。

 七都は、恐ろしくなる。


「もう終わりか、姫君?」


 ユードが言った。

 彼には、疲れているという兆候さえ見つけられない。

 七都は剣を握る手に、力をこめなおす。

 けれども、もうすぐ限界だ。このままでは倒れてしまう。

 無様な終わらせ方をしたくないというのも、本音だった。

 七都は、かすみそうになる目で、回廊をちらりと眺めた。

 はらはらしながら七都を見守るセレウスとゼフィーア、そしてカディナ。その周りに、のんびりと猫たち。

 猫たちの中の一匹と目が合う。金色の目の黒い若猫だった。

 猫は弾かれたように飛び上がり、一目散に中庭に飛び込んでくる。その後ろにもう一匹、銀色の猫が続いた。


 「え?」と、カディナが、二匹の猫を目で追いかける。

 右手を怪我して肩から釣っているユードは、バランスが悪いはずだった。

 それに、もともと背が高い人は、足元があまり見えていない。

 昨日はセレウスを偶然床に倒してしまったが、ユードにはわざとそれを仕掛けてみることにする。


 黒猫は、ユードの足に到達し、タッチした。

 そして、尻尾を立て、ユードが歩くのを邪魔するようにして、まとわりつく。

 銀猫はユードの肩に駆け上がり、そのやわらかい毛皮で彼の視界を覆った。

 こういう場面でなければ、猫たちの行動は、微笑ましくかわいらしいものに違いなかった。

 七都は、ユードの注意が猫たちに逸れたその一瞬の隙に、ユードのくるぶしの後ろあたりに、すっと自分の足を出した。

 そして、ユードの足を思いっきり払う。

 ユードの足元にいた黒猫が、払われる彼の足と一緒に、やわらかい大き目のボールのように宙を飛んだ。


「ごめん!」


 七都は黒猫に対して叫びながらユードの腕をつかみ、彼を引きずり倒す。

 銀猫は、倒れるユードからジャンプして、七都の背中に飛び乗った。

 回廊に立った三人が、唖然として、七都とユードを見つめる。

 黒猫はくるりと一回転して、無事に地面に降り立った。

 七都は右手で、剣を握ったユードの手を地面に留めた。そして、左手でメーベルルの剣を逆手に持って、ユードの喉に突きつける。

 彼の首の皮膚が、剣の重みで沈んだ。 

 七都は、ユードを見下ろした。

 至近距離だ。彼の温度の高い体が、七都の下に横たわっている。

 銀猫が七都の背中で、唸り声をあげる。


「猫を使ったな。卑怯なことを」


 ユードが呟く。剣を強く押し当てられているので、苦しそうだった。

 だが、七都は剣にこめた力を緩めなかった。


「そういうこと、あなたに言われたくないな。わたしにエヴァンレットの剣を持たせて、メーベルルと戦わせようとしたんだからね。それにあなたは、彼女を背後から襲った。その言葉、のし付けて、それからリボンもかけて、あなたに返す」


 その時――。

 ユードの額にきらりと何かが輝いたのが、七都の視界の端に見えた。

 七都は、赤紫の透明な目を見開いて、ユードの額を見つめる。

 前髪が乱れ、彼の額があらわになっていた。

 そしてそこには、銀色の印があった。

 じっと見つめると消え、視線を逸らすと現れる、花びらの形に似た、楕円形の印。

 それは、七都の額にもある、あの印と同じもの――。魔王の口づけのあとだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
cont_access.php?citi_cont_id=735023674&s
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ