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第6章 魔神狩人のキス 1

 ゼフィーアが言ったとおり、翌日は曇っていた。

 空は灰色の低い雲で覆われ、風も晴れの日よりは幾分冷たく、湿っている。

 けれども、七都にとっては快適だった。

 あの太陽の光に触れなくてもいいというのが、やはり嬉しい。体も楽だった。


 朝、ゼフィーアは七都に、薄いピンクと珊瑚色の、ふわっとしたドレスを着せてくれた。

 どことなくネグリジェというか、スカートの上にベビードールを重ねたような感じのドレスだったが、それは前日のオールドローズのドレスより、さらに動きやすいデザインのものだった。

 剣の稽古をするというので、ゼフィーアはそれを選んだらしい。

 だが、やはりあくまでも『ドレス』を彼女は持ってくる。

 七都に自分の気に入ったドレスを着せて、楽しんでいる。たぶん、そうなのだろう。七都は推測する。


 七都は、メーベルルの剣を持って、中庭に出た。

 セレウスが既にそこにいて、七都を待っていた。


「おはようございます、ナナトさま。ご気分は?」

「とてもいいよ」

「それは、よかったです」


 セレウスは剣を鞘から抜き、七都に向けて構える。

 そのポーズも、剣の持ち方も、全部様になっている。

 七都は、彼をじいっと見つめた。


「……何か?」

「うん。やっぱりあなたは、そうやってると素敵だと思う」

「は?」


 セレウスは、眉をしかめた。


「私をおちょくりましたね……」

「本当に、そう思ってるのに」


 七都も剣を抜き、右手で持ってかざしてみる。


「もっと自信を持って、剣を掲げてください。うつむかないで」


 セレウスが言った。

 ゼフィーアと同じこと言われてる……。

 七都は、心の中で苦笑する。


「目の前で魔神族に剣を持って立たれたら、普通の人間なら、それだけで恐れおののくものですよ。ですから、たとえ剣が使えなくても、堂々とした威圧感で、睨みつけるくらいでないと」

「むずかしいな」


 七都は、呟いた。


「行きますよ、ナナトさま。私の剣を止めてみてください」


 セレウスが剣を振りかぶった。

 七都は両手で剣を持ち、その刃を受け止める。

 キン、という澄んだ音が中庭に響いた。

 剣を通して、手に衝撃が伝わる。

 握る力を少しでも緩めれば、剣はどこかに飛んでいきそうだ。


「押されてますよ。しっかり力をこめて持ってください」


 七都は、セレウスの剣を振り払った。

 だが、おそらく彼は、わざとそうしてくれたようだった。

 セレウスは、短すぎる溜め息をつく。


「率直な意見を申し上げると……。相手が剣を抜いて挑んできたら、もう戦おうなんて思わないで、とにかく逃げることを考えたほうがよろしいですね」


 セレウスが言った。


「それ、もしかして、匙投げられてるってことかな」


 七都は、呟く。

 セレウスは、もちろん、七都が口にする彼にとってわけのわからない言葉は、無視して受け流した。


「その際、どんな卑怯な手を使っても、構わないと思います。そんなことは言っていられません。ご自分の命は守らなければ。考え付くあらゆる手段を使って、逃げてください」

「うん……」


 七都は、仕方なく頷いた。

 とどのつまり、下手な剣は使うなって、セレウスは言いたいんだよね。


「昨日ナナトさまは、私を床に倒したでしょう。結構強い力で」


 セレウスが言った。


「あれは、その、ドレスの裾を踏んづけて、そういうことになっちゃったわけなんだけどね。でも、グリアモスは、馬鹿力って言ってた」

「それに、あなたは身が軽い。宙を軽く飛べてしまう。元来魔神族は、人間より動きも素早いはず。そういう能力を利用しない手はありません」


 もしかして、ゆうべの飛ぶ姿、しっかり見られてた?

 でも。あの状況じゃ、扉開けて見るよね、やっぱり……。


 セレウスが、七都の足元めがけて、剣を振り下ろしてくる。

 七都は素早くジャンプして、剣をよけた。


「そう。そんな感じですよ」


 セレウスは、今度は七都の眼前に剣を斬りつけた。

 七都は、それをくい止める。


「やっぱり、ついて行きますよ、ナナトさま」


 七都の剣と刃を交えたまま、セレウスが言う。


「え?」

「剣も魔力も使えないあなたが、どうやって魔の領域まで行けると? おまけに怪我をされているのに、エディシルは取ろうとなさらない。慢性的に不足状態だ。そんな状況で、どうやって? 私は魔の領域の手前まで、あなたを送っていきます」

「だめだ!」


 七都は、叫んだ。


「あなたと一緒に行ったら、魔の領域の手前までで済むはずがない。結局あなたを中に引きずり込んでしまう。わたしは魔神族として、あなたを守れない。あの中のことは全くわからないんだから」

「守るのは、私の役目です。魔の領域など怖くはありません」


 まったく、相変わらず危機管理意識が欠けてるんだから、セレウスは。

 七都は唇を噛んだ。


 セレウスの剣が斬り込んでくる。

 七都は、それを丁寧に受け止めた。


「どんな卑怯な手段を使ってもいいって言ったよね」


 七都は、握りしめていたメーベルルの剣から、いきなり手を離した。

 剣は、セレウスと七都の間に落ちていく。

 七都は、突然相手を失ってバランスを崩したセレウスの剣を、身を屈めてかわした。

 あっけにとられるセレウスの腕を素早くつかんで固定し、七都は片手を伸ばして、彼の唇に触れた。

 セレウスは、大きく目を見開いた。七都の指を唇に当てられたまま。


(やっぱり……)


 七都は、彼のエメラルド色の目の中を覗きこんで、少し悲しくなる。

 セレウスは、恐れている。

 わたしの指に触れられていることを。

 だって、このままわたしがその気になれば、セレウスのエディシルを取れるもの。

 いつでも襲われる覚悟は出来てるなんて言ってたけど、固まってしまってるよ、セレウス。

 あなたの目の奥に、本能的な恐怖が見える。


 七都は、セレウスの唇に手を当てたまま、彼の剣を眺めた。

 言葉にするより、感覚で命令すればいい。確かナイジェルは、そう言った。


「あ……?」


 セレウスが剣に異様な何かを感じたのか、柄から手を離す。

 だが、剣は地面には落ちなかった。

 そのまま宙に浮かんでいる。空気に留めつけられたかのように。

 七都は、メーベルルの剣を拾い上げた。そして、両手でしっかりと持つ。


「野球の打撃は得意なんだ。お父さんが、子供の頃からよくバッティングセンターに連れて行ってくれたから」


 七都は、バットを振る要領で、メーベルルの剣をセレウスの剣に思いっきりぶつけた。

 フルスイングだ。剣が鋭い金属音の悲鳴をあげる。

 セレウスの剣は銀色のきらめきとともに宙を飛び、回廊の柱に当たった。そして、跳ね返って、ぐさりと回廊近くの地面に突き刺さる。


「ま、ホームランとはいかなかったな」


 七都は、肩をすくめた。


「ナナトさま、今、魔力を……」

「うん。使った。剣を空中に浮かせてみたの」


 七都は、にっこりと笑う。


「だからね、一人でも何とかなると思う」


 地面に突き刺さったセレウスの剣の柄に手が添えられ、おもむろに引き抜かれる。

 七都とセレウスが顔を向けると、ユードが回廊に立っていた。隣にカディナもいる。

 ユードは、七都が最初に彼と出会ったときの服装をしていた。黒い服に黒いマント。黒のブーツ。

 どことはなしに、緊張感と晴れやかさが、彼らを取り巻いている。

 魔神狩人の二人は、これからこの館を出て行くのだろう。


 ユードは、左手でセレウスの剣をかざした。

 その腕には、包帯が巻かれている。それは、七都が歯を立てた、その場所だった。


「ここでの最後の記念に、お手合わせ願おうか、姫君」


 ユードが言った。

 セレウスの表情に、<何でおまえがしゃしゃり出てくる?>と言いたげな不快感が、露骨に張り付く。


「やめなよおぉ。彼らは無視して、とっととここから出よう」


 カディナも、不服そうに顔をしかめた。


「いいよ。あなたと戦ってみたい」


 七都が言うと、セレウスとカディナは、あーあという感じで、同時に深く溜め息をつく。

 二人とも、明らかに頭を抱えたそうな雰囲気だった。


「やめなってば、ユード。ド素人のケガ人相手に。あの子、たぶん、剣を持ったことないよ。持ったのは、今日が初めてなんじゃないの」

「だが、わたしも右手は使えないし、左手はケガをしている。それに、ド素人のケガ人にしろ、相手は一応魔神だからな」

「でも、やっぱり、あなたが勝っちゃうに決まってるよ」

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