第5章 宙行く機械の船 4
「お帰りなさいませ」
七都とセレウスが館に着くと、ゼフィーアが出迎えた。
セレウスは、七都を抱きかかえて馬から下ろし、そのまま馬小屋のある館の裏に去って行く。
「ハーセルさまの船を見て来られたのですか?」
ゼフィーアが訊ねた。
「うん……。ゼフィーア。あなたはメーベルルのことを知ってる? 闇の魔貴族のメーベルル……」
「メーベルル・アルディメイン女侯爵さま。メーベルルさまは、お気の毒なことでした。あの方は、多くの魔貴族の憧れの的でしたよ。たいそうお美しい方だったと。やがては、闇の魔王さまの寵姫にさえなられると噂されていた方です」
「船に、メーベルルそっくりの女の人が乗っていたの。やっぱり、メーベルルと関係のある人だと思うんだけど……。とても悲しそうな顔をしていた。胸に突き刺さるくらい。わたしも、とても悲しくなった」
「そのような方がおられるというお話は、聞いたことはありませんが」
「そう……」
「メーベルルさまといえば、お見せしたいものがあります」
「え?」
ゼフィーアは七都の先に立って、回廊を歩いて行く。
七都は、彼女について行った。
ゼフィーアは、扉の一つを開けた。
部屋の明かりが勝手に灯り、中にあるものが照らし出される。
「あ……」
七都は、声をあげた。
部屋の真ん中のやわらかい布が敷かれたテーブルの上に、よく知っている道具が並べて置かれている。
銀色に輝く鏡のような鎧。真珠色の薄布。そして、剣。
メーベルルが身につけていたものだった
七都はテーブルに駆け寄った。薄布を握りしめ、鎧にそっと手を置く。
「メーベルル……」
「遺跡の庭にあのままにしておくと、盗人に持って行かれてしまいますので」
ゼフィーアが言った。
「そうだね。魔神族のこういう道具って、高く取り引きされるんだったっけ」
「ナナトさま。この剣を持って、魔の領域に行かれてはいかがですか? 武器は何もお持ちでないご様子ですから」
「剣を?」
七都は、剣を見下ろした。
メーベルルの剣。柄に美しい彫刻が入った、スマートできれいな剣だった。
メーベルルに出会った時……。彼女は、この剣をいきなり振り下ろしてきたっけ。
招き猫が身代わりになって、傷だらけになったんだ。
七都は、それを持ってみる。
思ったより軽かった。
剣などというものは、もちろん持ったことはなかったが、もっとずしりとした重いものだと思っていた。
七都は剣を鞘から引き抜き、手を伸ばして構えてみる。
銀色の刃は、部屋の明かりを反射して、きらめいた。
剣のことは全くわからない。それでも、その剣が非常に使いやすいものであることは、何となく理解出来る。おそらくメーベルルの好みで、メーベルルに合うように作られた剣だ。
けれども――。
剣は使えない。使い方どころか、持ち方さえもわからない。
これで戦うはめになったとしても、途方に暮れるだけだ。
セレウスが、部屋に入ってきた。
彼は扉の近くに佇んで、剣を持っている七都をじっと眺める。
剣が使えるセレウスは、きっとわたしの様子を見て、なんてへっぴり腰でたどたどしげに持ってるんだろう、とか何とか思ってるんだろうな……。
七都は、横目でセレウスを見る。
「セレウス。お願いがあるんだけど」
「何でしょうか? なんなりとお申し付けください」と、セレウス。
「わたしに剣を教えてくれない?」
え? という感じで、セレウスは七都を見つめた。
「その、ナナトさまは、剣をお使いになったことは……」
「ない。持ったのも、これが生まれて初めて」
セレウスは、絶望的な表情をした。
「わたしがこの剣を持っていても、猫に小判。使い方を教えてもらうとしても、結局、付け焼刃ってこともわかってる。でも、何もしないよりはましだと思う」
セレウスは、七都が口にするわけのわからない言葉は、もう質問をしないで受け流すことにしたらしい。
「かしこまりました。喜んで」
セレウスは胸に手を当てて、頭を下げる。
「明日にされたらいかがですか? ナナトさまもお疲れでしょう。明日は、太陽は雲の上に隠れて顔を出しませんから、庭ででもお稽古をなさったらよろしいでしょう」
ゼフィーアが言った。




