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第4章 魔神の血 7

 七都は、セレウスの腕を片手で持って、彼と並んで回廊を歩いた。

 『腕を組んで男性と歩く』という状態になっている。

 もちろん、そういうことは初めてだ。

 好きな男の子と腕を組んで歩くのは、やはり憧れであり夢でもあったが、この状況は少し違う。

 七都が怪我をしているので、セレウスは気を利かせて、杖代わりになることを申し出てくれたのだった。

 とはいえ、セレウスとそうしていたら、おそらく若い女性たちからは羨ましがられることは間違いないだろう。


 庭には明るい太陽の光が、まぶしいくらいに溢れている。

 やはり、ここの太陽は苦手だ。

 七都は、改めて思う。

 元の世界の真夏の昼過ぎの暑さといい勝負をしている。

 もし人間だったら、この庭は気持ちのいい憩える場所であるに違いない。

 手入れが行き届いた木々、咲き誇っている花々、涼やかな噴水。

 どれも心を和ませ、降り注ぐ太陽の光とセットになって、体にさまざまな栄養を与えてくれるだろう。

 七都には、そんなことは出来そうもなかった。たとえ太陽の光に平気な、特殊な魔神族であるにしても。


 回廊の向こうから、二人連れが移動してくる。

 背が高く、がっしりとした体格の若い男性。それからその横に寄り添っている、すらりとした栗色の髪の少女。

 魔神狩人の二人だった。

 うわ。ユードだ。

 七都は、思わず顔をしかめる。

 あの灰青色の髪と灰色の目が、ゆっくりと近づいて来る。

 七都を遺跡の柱に縛り付けて、太陽の光で焼き殺そうとした人物。そして、メーベルルにエヴァンレットの剣を二度も浴びせ、ナイジェル――水の魔王シルヴェリスの片手を奪った、凄腕の魔神狩人。

 しょうがないよね、この館のどこかで顔を合わせてしまうのは。

 彼はまだ、ここに滞在しているのだもの。

 彼の前で、ドレスを踏みつけて無様に転倒もしたくないので、七都は歩調を緩め、しっかりと床を踏みしめて進む。セレウスの腕をつかむ指にも、自然と力が入った。

 もしかしたらセレウスの腕には、七都の指のあとがくっきりと痣になって残るかもしれない。


 カディナは、七都を見つけて立ち止まった。

 少女の憧れめいた視線で、一瞬ドレス姿の七都を眺めたが、すぐに七都の体に関する素直な感想が口から飛び出す。


「あんた、もう普通に歩けるの? 驚いた」

「カディナ!」


 七都は、カディナに抱きついた。

 カディナは、そのまま抱きつかれた状態で、目の前の人形のような美しい少女を見下ろした。

 そして、七都の背中に触れようとして宙に少し上げた両手を、はっと我に返り、無理やり下ろしてしまう。


「ありがとう、カディナ。助けてくれて。あなたには何てお礼を言っていいか。感謝してるよ。あなたがいなかったら、わたしは死んでた」

「魔神狩人を抱擁して、礼を言う魔神族か? あり得ん光景だ」


 ユードが言った。

 七都はカディナから離れ、赤紫の透明な目で彼を見据える。

 吊った右腕は痛々しかったが、この前ベッドで寝ていた彼とは、覇気が違った。

 損傷した体を早く回復させようとする強い意志が、全身にみなぎっている。


「また来たのか」


 ユードが、じろりと七都を見返した。

 七都は、妖しく微笑んでみせる。


「あら。ユードじゃない。相変わらず、おいしそう」

「近寄るな!」


 ユードが叫んで、けが人とは思えない素早さで、後ろに飛びのく。


「どちらへ?」


 セレウスが、二人に訊ねた。


「いい天気だから、庭で日向ぼっこしてもらおうと思ってね」


 カディナが答える。


「太陽の光は、人間にとっては大切な栄養源だもの。いっぱい浴びたら、もっと早く回復するでしょ」

「ここでは、わたしはそういうことは出来ないな」


 七都は、輝く庭を横目で眺めながら、呟く。


「当たり前だ。あんたは魔神族なんだもの。やれてたら、脅威だ」と、カディナ。


「ところで魔法使いどの。そろそろ、この館から出していただきたいんだが?」


 ユードがセレウスに言った。


「まあ、そう慌てずに、ゆっくり治療に専念されては? ナナトさまも来られたことですし。ここは仲良く、一緒にカトゥースでも飲まれてはいかがですか?」

「魔神族とお茶会か? あり得ん」


 ユードが眉を寄せる。

 カディナが鋭い視線で、セレウスを見上げた。


「何を企んでるの、魔法使い」

「人聞きの悪いことを、グリアモス狩りのお嬢さん。平和な町の善良な市民をつかまえて、何をおっしゃるのやら」

「アヌヴィムの、どこが善良だっていうのよ」

「出してあげたらいいよ、セレウス。怪我がある程度回復してるなら。魔神狩人がここにいること自体、おかしなことなんでしょ」


 七都は、呟く。


「まあ、そうですが……」

「明日には、ここから出していただく。世話になったな、魔法使いどの」


 ユードが言った。


「わたしも、ここから出て行かなければね。この二人がいなくなったあと、すぐにでも」


 七都が言うと、ユードは興味を引かれたのか、七都に視線を向けた。


「どちらへ、魔神の姫君?」

「当然、魔の領域ってことになるでしょ。その中にある風の都。あなたには関係ないけど」

「エヴァンレットの故郷か? それはご苦労なことだ」

「今、なんて……?」

「魔神狩人が魔神を狩るのに使う、エヴァンレットの剣。それは、風の都から流出したものだ」

「それ、どういうこと?」

「エヴァンレットを作ったのは、風の魔神族らしいからな。風の都には、あの剣が山のようにあるという」

「なんですって……」


 七都は、呆然として、立ち尽くした。

 エヴァンレットの剣を作ったのは、七都が属する風の魔神族……?

 あの剣は、魔神族に災いをもたらすもの。

 あれで傷つけられれば、魔神族は命を失う。グリアモスだとて、分解してしまう。

 そんな恐ろしい剣を、風の魔神族が作ったというのか?

 いったい、なぜ?

 七都の疑問を読み取ったのか、ユードが先に言った。


「理由は、知らん。風の都に行ったら、調べてみることだな」

「そうする。リュシフィンに会ったら、質問攻めだ」


 七都が呟くと、ユードは厳しい顔つきになる。


「風の魔王リュシフィン……。やっぱりあんたは王族ってことか。風の魔神族の」

「知らない。だいたいそういうことも、あなたには関係ない」

「さ、ナナトさま。参りましょう」


 セレウスが七都の肩をそっと抱いた。


「私たちも行くよ、ユード」


 カディナがユードを促す。

 二組の男女は回廊で別れ、それぞれの目的の場所に向かった。

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