第4章 魔神の血 4
カディナは、ユードの部屋のドアをたたいた。そして、中に入る。
ユードは、ベッドの傍らに置かれた椅子に座っていた。右手を肩から布で吊っている。
彼のベッドは、毛皮の立体パズルのように折り重なって眠る猫数匹によって、完全に占領されていた。
透明な灰色の目で、ユードはカディナを見上げる。
「まだこの館から出られないの?」
カディナは、ユードに訊ねた。
「魔法使いたちが許可してくれないのでね。部屋から出て館の中を歩き回ることは、許してくれるようになったが。表の扉から先に行くことは、お気に召さないみたいだな」
ユードが言った。
「怪我は? まだ痛む?」
「まあな。だが、間もなくここから出ていかねばならない。そろそろ精神的に限界だ。もうアヌヴィムに世話をされるのは、真っ平ってところかな」
「あのナナトって魔神族の子……。またここに来てるよ」
カディナが、反応を窺うようにユードに言う。
「なに?」
「っていうか、私がここに連れてきたんだけどね。下級魔神族を退治しに行ったら、あの子が食われてた」
「下級魔神族にか?」
ユードは、訊き返した。
「そう。なんでおとなしく食われてたのか、よくわかんないけど。あの子なら、あれくらいのグリアモスを倒すのは簡単だろうに。生まれつきの強力な魔力を持ってるって、あなたは言ってたよね」
ユードは、眉を寄せた。
「死んだのか?」
「生きてるよ。あの魔法使いたちに手当てされてるんじゃないの」
カディナは、夜の空と同じ紺色の目でユードを見つめる。そして、小さくぼそぼそと呟いた。
「なーんか嬉しそうに見えるんだけど。気のせいかしらね」
「……何か言ったか?」
ユードが、鋭い目でカディナを一瞥する。
「別に、なーんにも」
カディナは、肩をすくめた。
「でも、私はあの子を助けて、よかったのかな? 魔神族を助けるなんて、魔神狩人がやっちゃいけないことなのに」
「おまえの専門は、下級魔神族……グリアモスだからな。主人を持つことを拒み、野をうろつくグリアモスは、魔神族からも厄介者扱いされている。だから、おまえのやっていることは、魔神族にもアヌヴィムにも受けはいい。魔貴族の姫君を助けたという行為は、おまえにとってはこの先、有利になることでもあるだろう」
「そんなもんかな。でも、あのナナトって子、魔神族っぽくないよね。別の世界では人間だからなのかもしれないけど。なんか、魔神族であることを拒否しようとしているような、そんな感じがする」
「……それは、今だけのことかもしれないがな」
ユードが静かに呟いた。




