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No Title  作者: ころく
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No.78 其々の思惑




    ◇   ◇   ◇  




 時間は少しさかのぼり、最後のSDCが開始される十二時間前。

 事務所のとある一室。その中で、神妙な面持ちで対峙する二人がいた。

 そして、その内の一人である少年は徐ろに口を開いて……。


「先輩を助け出す方法を見付けた」


 瞳は真っ直ぐと黒スーツを来た男性、白羽へと向ける。

 さらに続けて、少年こと咲月さきづきさじは。


「そして、凛を生き返らせる方法も」


 そう、確かに言った。

 難題を示していた二点を解決する方法。求めた未来へと繋げる手段。

 白羽も考えを巡らせていたが、打開出来る案は中々出てこないでいた。

 しかし、少年が突如として口にした僥倖ぎょうこう。白羽は座っていた椅子の背もたれから背中を離し、机の上に両肘を掛ける。


「私も色々と考えてはいたが正直、手をこまねいていてね。君が言った事が本当なら、是非とも聞かせて欲しい」


 室内だからか、白羽はいつもの黒いハットは被っておらず、長い前髪の隙間から匕へと目を向けて。

 組ませた両手を口元へ当て、僅かに目を細めた。


「その前に一つ、聞きたい事があるんだけど」

「うん? なんだい?」

「……モユが殺された、神社の境内。あの一件の後、現場を調べたのか?」


 匕の頭に残る、決して忘れる事は無い一夜に起きた出来事おわかれ

 一人の少女との思い出に胸が締め付けられ、その命を奪った仇に胸がざわつく。

 しかし、様々に湧き出る感情を飲み込み、奥底に仕舞う。今優先するは話を進める事。


「うん。気を失った君を深雪君が連れて事務所に戻り、私はその場に残って出来る限りの調査はした。あの夜は雨が降っていたからね。可能な限り早く証拠品は回収しておかなければ、雨で流されてしまう」


 白羽は匕の質問に答えながら、机の引き出しから透明な小さな袋を取り出した。

 中に入っていたのは一つのナイフ。大きさはバタフライナイフよりも少し小さいくらい。

 そして、匕はその凶器に見覚えがあった。あの日、あの夜、あの出来事。その凶刃を、忘れるものか。


「現場に無数に残されていた、テイルが愛用しているナイフだ。付着していた指紋を採取し、警察のデータと照らし合わせてみたが……当たり前だが、該当する人物は見つからなかった」


 匕に見えるようにナイフが入った袋を机に置き、白羽は高級チェアの背もたれに背中を戻す。


「そのナイフだ、俺が聞きたかったのは」

「うん?」

「その無数に残っていたナイフの中に、表面が焦げたか黒くすすけたのが無かったか?」

「いや、木に刺さったものや二つに切断されたものはあったが、その様な状態のナイフは見付からなかったね」

「そうか、やっぱり……」


 自分の予想と推理が現実と繋がり、匕は確信となった結果に手を握り締める。


「咲月君、何か掴んだといった様子だが……説明をして貰えるかい?」

「白羽さん、俺が使えるこの個技能力スキル……これは、具現化じゃない」


 匕は白羽に答えながら、握り締めた右手に意識を集中する。

 空気の温度変化で微弱な風が生まれ、匕の前髪が微かに揺れ動く。

 そして、数秒後。握り拳から放ち出されるは、紅色の炎。


「どちらかと言うと、恐らく……行動強化」


 握っていた手をゆっくりと開いていき、その手から生まれ燃える炎を見つめながら繋げた言葉は。

 誰もが疑問すら持たずに受け入れ、それ以外は考えられないと思い込んでいた者には予測すらしなかった答え。

 普段から冷静を保っている白羽が、その眉を大きく寄せた。


「具象化ではなく行動強化……確かに咲月君のスキルは珍しい能力だが、同じ能力を持った人を何人か見た事がある。私から見ても君の能力は具象化による炎としか思えないが……」

「俺もそう思っていた。ついさっきまでは」

「ついさっきまで?」

「モユが殺されたあの夜、俺がスキルを使えるようになってテイルと戦った時……俺は奴のナイフを数本、このスキルで焼き払ったんだ」

「ふむ……しかし、私が調べた時には焼けた跡が残るナイフは見付からなかった。普通ならば咲月君のスキルで燃え尽きたと考えるべきだ……が」

「白羽さんも気付いているんだろ。俺のスキルが具象化による炎だったのなら、そこまでだ。鉄製のナイフを跡形が無くなるまで燃やせる筈が無い」


 ゆらゆらと燃え、炎の形が宙で揺れる。

 鉄を溶かすには約千五百度の熱が必要とされる。しかし、匕のスキルの炎がそんな高温とは思えない。

 溶かすだけで約千五百度。さらに原型まで残さず燃やし消すとなると、さらなる高温が必須となる。

 それだけじゃない。他にも疑問点が存在する。


「しかも、あの夜は雨が降っていた。ただでさえ燃えにくい性質の鉄な上に、あの降りしきる雨の中で、ナイフが消失するまで燃え続けたとは考えにくい」

「さらに付け加えるならば、神社の境内には地面に“何かが燃えたような焦げ跡”も“燃え残り”と思われる物も一切見付からなかった……確かに咲月くんの言う通りならば、咲月君の能力が具象化よる炎では説明出来ない点が複数ある」

「白羽さんから俺が燃やしたナイフが見付からなかったって聞いて確信した。このスキルを使えば……先輩を助けられる」

「しかし、咲月君のスキルが具象化ではなく行動強化だとして……気になるのは“強化内容”だ。炎を扱う行動強化というのは聞いた事が無い」

「見た目通りの単純なものだよ。この行動強化の内容は“対象物を燃やし去る”」

「つまり、君のそのスキルで……」

「あぁ。先輩の中に巣食う、コウの人格だけを燃やし去る……!」


 匕が開いていた右手を強く握ると、同時に炎が霧散していく。

 消え去っていく炎の先に見据えるは、明星あけぼしように植えつけられた別人格。

 ついに手に入れた救出を可能にする方法に、匕の声には覇気が籠もる。


「しかし、だ。前に説明したように、スキルを使用するに当たって相応のリスクが発生する」

「覚えているよ。スキルを使うには精神力を必要とする。慣れるまでに何度も気絶してるからな」

「なら理解しているだろう? 明星君に入れ込まれた二从にじゅう人格は、凶暴性と残虐性が並外れている。その人格を消すとなると……下手をすれば逆に、君の人格が崩壊してしまう可能性があると言う事を」

「……覚悟はしている」


 スキルを使用するには精神力が必要とされている。時間が長ければ長い程、効果が大きければ大きい程。その対価として使用者の精神が削られていく。

 酷く暴力的で、人への残虐を好む人格。その存在を消し去るとなれば、どれだけの代償となるか想像がつかない。

 スキルの使用で精神を消耗をしただけで、コウの存在を消し去る事が叶わずに終わる可能性だって当然ある。

 最悪、精神の崩壊。精神不可に耐えられず、逆に匕自身の人格を壊してしまう。


「って言っても、無策で挑むほど無謀でもない。俺に考えがある」

「ほう?」


 服の上から手でなぞるは、かつて付けられた傷の跡。

 今でも薄らと残る、胸から下腹部にかけた大きな斬り傷。


「モユが一度、俺を禁器で斬ってしまって精神負荷から錯乱した事があっただろ。リスクを負っているのは禁器も同じだ。だったら、そこを突く」

「相手の精神を削る、と? しかし、奴の人格は既に調整を終えて安定しているとテイルは言っていた。モユ君の時のようなイレギュラーとは違い、真正面から精神を削るしかない。かなり厳しい戦いになるだろう」

「最初っからリスクも無しに奴と戦えるとは思ってない。それに、ここ数日は白羽さんに鍛えられた。やってやるさ」


 最後のSDCを迎えるまで、ただ時間を過ごしていた訳じゃないと。

 匕は利き手を握って見せて、強く決意した目を白羽に向けて見せる。


「明星君を助け出し、さらに元に戻す方法を私は持っていない。情けない事にね。だから、咲月君……君に託す」

「俺と白羽さんとは協力関係なんだ。ギブアンドテイクってな。だから、白羽さんに俺からも頼みがある」

「なんだい?」

「どんな方法でもいい。ある状況になったらテイルの気を一時、俺から逸らして欲しい」

「それは構わない。今回で最後のSDC、私も思う所があって出向く予定だった。テイルが大人しく見ているか、どうも怪しくてね」


 白羽は米噛みに人差し指を当て、何かを考え込む仕草。

 どうも拭えぬ懸念。不審と不安が絡み合う、不穏な空気。匕もまた白羽と同じく、同様の懸念を感じていた。

 だからこそ、このような頼み事をした。他の誰でもない、同等の強さを持つ白羽にしかこれは頼めない。


「そしてその、ある状況というのは?」

「俺のスキルをコウに使う時と、凛を生き返らせる時。この二つだ」

「ふ、む」


 白羽は足を組み、小さく息を漏らす。


「それもずっと気になっていた。君のかつての恋人、嗄上さがみりんを生き返らせる方法がると君は言った。そこも詳しく聞きたいね」

「組手の時にも言ったよな。ここ最近、引っ掛かりを感じていたって」

「言っていたね。それが関係していたと?」

「あぁ。俺がずっと心にあった引っ掛かりの正体も分かったんだ。いや、その引っ掛かりが何か判明したお陰で、俺が持つスキルの本当の能力が何なのかに気付けた」


 言って、匕は右手を胸元へと当てる。 


「……よく見る夢があるんだ」

「夢、かい?」

「あぁ。昔の記憶を、思い出の一部……子供だった頃の俺を、俺が眺めている夢だった」


 胸元へとやった右手が着ているTシャツを握ると、いくつもの皺が作られた。


「引っ掛かりを解く鍵はこれだったよ」

「それは……」

「俺も驚いたよ。全てが繋がったら不思議とすんなり納得してた」


 匕は服の上から握っていた手を離し、首に掛けていたネックレスを手に乗せて白羽に見せる。

 ラバーチェーンの先に付けられているのは、紫色の小さな水晶。


「俺が見ていたのは確かに昔の記憶だった。けど、それは俺の記憶や思い出じゃなく……この水晶に残っていた、凛の記憶だったんだ」

「水晶に残された……記憶?」

「この水晶は人の記憶を保存する力がある。そんな記憶が水晶から、夢を通して俺の頭に流れてきた」

「人の記憶を保存、だと? そんな事が……いや、しかし……にわかには信じられないが……」


 軽く握った手を口元にやり、顎を僅かに引いて考え込む。


「俺が今まで見た記憶の夢に、一つだけおかしな所があった」

「と、言うのは?」

「凛が通り魔に襲われて神社で倒れていた時の夢を何度も見ていたんだ。最初は罪悪感から、自分への戒めとして見ていたんだと思っていた」


 雨に打たれ、ただただ固まって立ち尽くしていた自分の夢。

 地面に赤い模様が広がって、愛していた人はうつ伏せのまま動かない。

 ただただ過去の罪をみているだけの、自身の罪を突き付けてくる悪夢。


「けど、その後……俺の記憶には無い夢が続くんだ」

「ふ、む」

「俺と凛の思い出の場所が、全てが炎で燃えている夢。それを何度も見た」

「炎……か」


 匕の言葉に白羽も気付き、眉を微動させる。


「多分、凛よりもっと昔の……水晶の持ち主の記憶なんじゃないかと思う」

「昔の持ち主? その水晶は嗄上凛が持っていた物なのだろう?」

「俺も詳しくは知らないけど、この水晶は凛の家に昔からあった物だってのを聞いた事がある」

「なるほど、家宝みたいな物か。しかし、家にとって大事な物をなぜ嗄上君に持たせていたのかが疑問だが」

「いや、家宝なんて大層な扱いじゃなかったよ。物置を掃除した時に出て来て、それを気に入った凛がせがんで親からもらったって言ってたのを覚えている」

「そうなると嗄上家が水晶について詳しく知っているとは考えにくいか……」


 もし昔から代々伝えられてきた家宝だったなら、由来に関する記文などが残されていた可能性があった。

 そうすれば水晶について何か知る事が出来たかも知れなかったが、匕の返答からしてその可能性も薄くなった。


「つまり、咲月君が炎に関連するスキルが目覚めたのは、水晶内に存在する記憶との接触が理由だという事だね?」

「多分……というか、俺はそうだと思っている。前に白羽さんが教えてくれただろ? スキルの行動強化と具象化は自分で内容を決められる、って」

「うん、教えたね」

「条件である“危機的状況に陥る”と“その際に強く頭に思った事が能力内容に繋がる”。俺がモユの仇を取ろうとテイルに挑んだ事で、この二つの条件が満たされた」

「危機的状況に陥る、これは解る。しかし、二つ目の条件については疑問が残る。満身創痍に近かった咲月君が、その状況を打破すべく強く思ったのは逃げるでも力を欲がるでも無い。相手を燃やす、なんて思うのは不自然だと……私は思うのだけどね」


 白羽は口元に手をやり、指でトントンと軽く頬を叩く。

 匕の説明から浮き出る疑問に、思考を巡らせる。


「今でもあの時の事は朧げながらも覚えている。俺の掌には、モユを抱きかかえた際に付いた赤い血で染まっていて……それを見た瞬間、頭の奥で何かが開いた感覚がしたんだ」

「スキルが目覚めた時にある感覚の一種だね。人なりに差はあるが、よくある例の一つだ」

「ゆっくりと開いていって、少しずつ体の芯から風が抜けていくような感覚……そして、真っ赤な自分の手を見て重なったんだ。あの、よく見ていた夢……辺りを真っ赤に燃やし去っていく、炎の夢と」

「つまりモユ君の仇を討ちたいという思いと、その夢のイメージがスキルに直結し、故に生まれたのが“対象を燃やし尽くす”能力だった、と?」

「……俺の推測では」


 微かに表情を強ばらせ、匕は小さく頷いてみせた。

 そして、言葉をさらに続ける。


「さっき組手が終わった後、実は酷い頭痛に襲われて気を失って夢を見た。水晶の中にあった燃える夢……誰かの記憶が俺の頭に入ってきて、このスキルの扱い方が解ったんだ」

「妙な言い方をするね。水晶に入っていた誰かの記憶を“見た”ではなく、“入ってきた”。それではまるで……」

「白羽さんが考えている通りだよ。俺の頭の中には燃える夢の記憶が、今では元から自分の記憶だったかのように思い出せる」

「記憶の移動……いや、移植とでも言うのか……?」


 白羽は頬を叩いていた指を止め、その手で口を覆う。

 人類は未だに脳移植を成功させていない。だと言うのに、形を持たない記憶だけの移植が有り得るのかと。

 それも、他人の脳に別の記憶を入れるなど。そんな事が本当に可能ならば、匕が持つ水晶は一体なんなのか。

 新たに生まれてくる疑問に、白羽は言い表せられない何かを感じる。


「この水晶に入っていたスキルの記憶を俺に移す事が出来た。なら……」

「同じように、水晶内にある嗄上凛の記憶も移植出来る、か」


 しかし、匕の言っている事が事実ならば。

 このままでは確実に叶わず、助けられず、ただただSDCによって踊らされて終わるしかなかった未来に。

 完全に閉ざされていた希望の光が、僅かながら差し込んできた。真っ暗闇の中に、一筋の光が。


「しかし、嗄上凛の記憶の全てが水晶に入っているという確証は無い。話を聞くからに、その周囲が燃えるという記憶も一部しか残っていなかったのなら……」

「そこは……賭けだ」

「だが、君が纏う雰囲気からして……その方法は確実では無いのだろう?」

「……」

「無言は肯定、とはよく言ったものだ」

「けど、この方法を試さなければ可能性すら無い。だったら、やるしかないだろ……やるしかないんだ……!」


 白羽は背もたれに体重を掛け、軋む音に混ざって一息。

 ふぅ、と。少しばかり憂い気味に小さく息を吐いた。


「咲月君と協力体制を組んでいる私が、君の願いの助けとなる手立てを持っていない事に歯痒さを感じているのが本音だ。これまで可能な限り助力してきたし、これからも助力していくつもりでいる」


 白羽は視線を下に落とし、見つめるは自分の手。


「咲月君。君はここまで来るのに多大な辛苦に耐え抜き、沢山の悲しみを乗り越えてきた。同時に、私は大人として不甲斐なさを痛感してきた」


 軽く握るも、掴めるのは空虚だけ。それが何より情けなく、辛く、腹立たしい。

 この手で守らなければならないモノを、救う事も助ける事もままならない。

 自分の非力さを嘆いても、悔やんでも、これまでの結果は変わらない。変えられない。


「そして、今も。私には君の願いを形にする手段も、立ちはだかる問題を打開する知恵も持たない。正直、自身の情けなさに怒りを覚える。だが、それを承知で言わせて欲しい」


 けれど、ここから。この先は。

 必死に戦い、生き抜き、願いを望み続けた先の未来だけは。


「君の願いは、君の手が……君の手だけが届く所まで来ている。ならば、なんとしてでもその手で掴んで見せようじゃないか。そして……」


 何があっても守り抜くと。握り絞める右手が掴むは空虚でも、それは今だけと。

 白羽は黒い瞳を力強く光らせ、僅かに微笑みを見せて。


「――――最後くらいは、笑って終わろう」


 

 


    ◇   ◇   ◇  





 暗闇が深く染まる、夜の空間。丑三つ時を過ぎた真夜中の街は、殆どの活動を終えて光源が落とされている。

 その闇に馴染んで染まる色の服装を身にまとい、事の経緯を静観している者が居た。

 黒いスーツを着こなし、黒いハット目深に被り、黒く長い髪を靡かせる一人の男性。

 SDCが行われている零名学園の近くにある高層ビルの屋上から、死闘が繰り広げられている戦場を見下ろす白羽の姿があった。

 距離は決して近くない。白羽が居るビルから零名学園の校舎まで、優に数百メートルは離れている。

 だが、白羽は確かにその目で行く末を捉え、状況を把握していた。エドのスキルような視力が強化されている訳でもない。

 それなのに遠く離れた場所を見る事が出来るのは、驚異的な身体能力の高さと言う他にない。

 さらに白羽が醸し出す空気は張り詰め、視線は学園へと向けても、常に敵意を放って警戒は最大値に。


「――――なんや、随分と粘るやないか。咲月君」


 理由は言うまでもなく。原因は聞こえてきた不快な声にある。

 ビル風によって靡く長い髪をそのままに、腕を組んで目線だけを横に向ける白羽の目に映るは。隣接するビルの屋上にある、貯水タンク。

 その上で紫炎を吐き出し、一本の煙草を口に咥える金髪を三つ編みにした男。SDCの監視役である、テイル。

 愛煙する銘柄のマールボロを口に咥え、テイルは茶の間のテレビでボクシングでも見るように言葉を漏らした。


「正直ゆうて、ここまでコウを追い詰めるとは思うてへんかった。ほんま、どんな鍛え方をしたんか気になるわ」

「前に言った通りだ。私は特別な事はしていない。彼が自分で強くなった……それだけだ」


 横目で向けていた視線を前へと戻し、白羽は抑揚の無い声で返す。

 テイルのあたかも第三者のような立ち振る舞い、言動。それら全てが気に入らず、気に障る。

 されども白羽はこみ上げる嫌悪感を抑え、自身がすべき対応と、取るべき行動を優先する。


「いやぁ、ホンマ面白いやっちゃで。まさか……」


 テイルは言葉の途中で煙草を一口吸って、口から白い煙を吐き出し。

 白羽は組んでいた腕を解いて口元に手を当てて。

 二人の目に映し出したものは、まごう事無き真実の結果。生死を賭けた死闘の末。


「咲月君が勝つとは予想外やったわ」


 匕が決着の一手を、コウへと叩き込んだ瞬間だった。

 宿敵が敗れ、地に伏せ、倒された。横たわるコウは気絶して、ピクリとも動かない。

 最後まで願いを諦めず、もがき望んだ少年が。とうとう最狂にて最凶の敵を、打ち破った。


「しゃーない、って事は準備せなあかんかぁ」


 テイルはまだ半分近く残る煙草を地面に落とし、それを靴底で踏み潰す。


「頑張った子にはご褒美をあげないかんってな」

「……よく言う」

「そっちもボチボチ準備したらどうや? どこぞで待ちぼうな部下も暇しとるやろ」


 白羽はテイルを言葉よりも先に、一瞥するだけの視線で返す。

 白羽がテイルの動きを予想しているように、テイルも白羽の動きを予想している。

 ある程度の行動を察しているテイルの言動に、白羽は動揺など見せる事は無く。


「それはお前もだろう? 先程から近辺に多くの車両が集まってきている。何をするつもりだ?」

「はん、聞かれて答える阿呆に見えるか? 教える訳あらへんやろ」

「それを答える位の愛嬌があれば、多少は好感を持てるのだがね」

「愛嬌くらい俺にもあるわ。ただ振るう相手を選ぶだけや。厄介者に好感を持たれても面倒臭いだけやっちゅうねん」


 テイルは言葉を返しながら、足元の押し潰された煙草を見下ろす。

 何を思い、何を連想し、何を比喩しているのか。テイルの眼差しは、捨てた煙草へと向けるにはあまりにも冷たいものだった。


「せっかく綺麗に終わりそうなんや、要らん事せんのが身の為やで」

「敵である私に忠告かい?」

「はん、忠告や無い。警告や。お前が何の考えも無くここに居るとは思えへん」

「それはお互い様だ」


 目を合わさずに交わされる会話は、なんて事ない世間話をしているような悠長な口調だというのに。

 反して辺りを包む空気には、今にも爆発物が弾けそうな緊張感と緊迫感が漂う。

 常人なら息を吸っただけで冷や汗が浮かび、目を動かすのも戸惑い、声を発してしまえばこの場で命を落とすと錯覚してしまう程の異常感。


「ま、ええわ。俺もそろそろ仕事せな、口煩いオバハンに何言われるか分からへん」


 肩に手をやり、首の関節を鳴らすテイル。

 小さく息を一つだけ吐き出してから、立っていた貯水タンクから屋上のフェンスへと飛び移った。


「……テイル」

「あん? なんや?」


 その場を離れようとするテイルへと、白羽はハットを手で押さえて目深まぶかに被り直す。

 そして、ハットの鍔の下から覗く視線は鋭く。テイルへと突き刺すように向ける。


「全てが思い通りになると思わない事だ」


 白羽が一言だけ言い放ち、殺気を孕んだ敵意を表して。

 ビル風によってテイルの長い前髪が揺れ、普段は隠れている目が一瞬。その隙間から現す眼孔。

 交差する二人の視線は酷く冷たく、然れども秘めた感情は真逆のもので。


「はっ、強がりにしか聞こえへんで。そういうんは一度でも先手を取ってから言うんやな、白羽」


 テイルの目は再び前髪の奥に隠れ、言葉と共に小さく口端を釣り上げる。

 それを最後に背中を向け、フェンスから飛び降りて闇の中へと姿を消していった。


「テイルもSDCの終了に向けて動いている。これを機に何か掴めるといいが……」


 そう呟きながら、白羽は黒スーツの内ポケットから携帯電話を取り出す。

 光源がほぼ無い高層ビルの屋上では、携帯電話の画面の明かりがより一層明るく思える。

 リダイヤル画面に表示される電話番号と一緒に、映し出される名前は高峰深雪。

 白羽は携帯電話を耳元へやり、繋がったのを確認してから通話口へと声を掛ける。


「喜ばしい事に予定通りだ。これから私は牽制と抑制に行く。深雪君も連絡が入ったら手筈通りに頼む」


 白羽が電話をしながら見つめる先は、テイルが消えていった方向。

 そして、そのさらに先にあるのは零名学園。静寂が包む町並みの中で唯一、その異様な雰囲気を漂わせている。

 どろりとした、酷く粘りつく念。闇よりも黒い、何者かの思惑が渦を巻く。


「ここからが本当に、君次第だ。咲月君」


 信用している部下への連絡を終えて携帯電話を耳から離し、白羽は険しくも希望を持った表情で呟く。

 携帯電話を握る右手の力が自然と強くなり、眉を皺を微かに寄せる。


「しかし、対象を燃やし去る能力、か」


 携帯をスーツの内ポケットに戻し、風に煽られるハットを手で押さえる白羽。

 長い黒髪を靡かせながらビルからビルへと飛び移っていく。向かうべき場所へ急ぎ、自分が守るものを守るべく。

 そして、白羽が小さく口にするのは。


「それはまるで、禁器に似ていると思えるのは偶然か……?」


 胸に生まれた、一つの懸念。

 共通する破壊の類似点であった――――。



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