No.76 摩耗
殴った反動に耐えれず、膝を曲げて体勢を崩してしまいながらも大声を上げる。
傷に響こうが、激痛が襲ってこようが、構ってられない。構ってられるか。
訪れた好機を。作った勝機を。目に見える所まで来ている願いを、ここで諦めて堪るか……!
「ボーッとするな、動けっ!」
「ッ!」
「……あ」
一番最初に行動を起こしたのはエドだった。
固まっていた沙夜先輩と沙姫に声を掛けると同時に発砲し、その銃声が二人の気付けになったか。
脳が状況の理解に追い付き、二人の顔には覇気が戻る。
「コイツ……なんで生きてやがるッ!?」
エドの銃撃を身を屈めて回避し、コウは踞る俺へと疑問の言葉を吐き出す。
戸惑いと驚き。そして、怪訝が混ざった目。
「沙姫っ!」
「う、うん!」
しかし、沙夜先輩と沙姫が机を投げ飛ばし、コウに考える間を与えない。
左右から滑空して迫る机と、正面から狙ってくるエドの銃撃。背中には壁が行き場を遮り、逃げ場は上か下しかない。
「く、っぐぅ……くだン、ねェ、手ェばっか、しやがってよォ……!」
コウは屈んでいた体をさらに屈め、片膝を地に付けて苦々しい形相を浮かべる。
「随分辛そうだな、いい面するようになったじゃねぇか……!」
「邪魔ッ、くせェ……!」
足元に転がっていた穴の空いた机を蹴飛ばし、しゃがんでいるコウの顔面を狙う。
しかし、体調悪化で能力が低下しているとは言え、二从人格の実験によって元々の身体能力が高くされている。
コウは机が当たる寸前に強力な脚力で地を蹴り、前転して転がり避けた。
「痛ッ、ったがってられるかよ……!」
鋭い痛みが駆ける脇腹を手で押さえ、よろめく体を支えようと強く足を踏み込む。
動くと痛い。息をすると痛い。黙っていても痛い。なら、戦ってやる。どうせ痛いのなら、戦って痛がってやる。
死んで痛みを失くすぐらいなら、生きて痛みを感じてやる。生きて、抗って、戦って、叶えてやる……!
「なんで生きて……動けやがンだッ!?」
「であぁぁぁぁぁ!」
「ッソタレが!」
体に鞭を打って動かし、さらに机を投げて牽制する。それに沙夜先輩と沙姫も合わせて、左右からも迫り来る机。
それに粗暴な言葉を吐き出し、コウは逃げ場を作ろうと背中の壁へ禁器を振るう……が。
「な、壊れッ!? そういう、事かよ……ッ!」
壁には穴どころかヒビすら入らず。破壊に特化した禁器が、その効果を発揮せずに不発に終わった。
そして、コウは俺が生きていた原因に気付いて奥歯を擦り噛む。
「チィ……痛ッてェな、クソが!」
動きが硬直していた所に机が背中に当たり、コウは痛みと苛立ちに表情を歪める。
忌々しげにこちらを一瞥したかと思えば、禁器を大きく振り回して教室の窓を盛大に割り始めた。
「ぐ、く、っはァ……腹ァ立つが、このままじゃヤベェ……!」
コウは乱れた息をして、肩を激しく上下させる。
体調の悪化が著しく、顔色はとうに土気色。何かをぶつけた訳でもないのに鼻血が流れ、顎から滴り落ちる赤い雫。
ガラスを割った窓の縁に足を掛け、外へと身を乗り出した。
「あいつ、外に出るつもりかっ!」
「テメェ等は絶対ェ殺す……ぶっ壊す」
エドが放った銃弾はコウは背中に当たるも、奴は多少よろけながらも外へと飛び出ていった。
環境を上手く活かして追い詰めていたのに、戦局を有利に運べる教室からの脱出を許してしまう。
「咲月君、大丈夫っ!?」
「咲月先輩!」
俺が脇腹の痛みに悶え、蹲っている所に二人が駆け寄ってくる。
本当ならコウを追いたい所だが、体が言う事を聞いてくれない。
「匕、傷を見せろ!」
「ぐ、っ……」
エドが俺の服を捲り上げ、禁器を当てられた右脇腹を晒す。
露にされた脇腹は赤紫に変色し、大きな痣が痛々しく作られていた。
いやむしろ、この程度で済んだ事が幸運だと言っていい。本来ならば、絶命していてもおかしくはなかったのだから。
「出血が見当たらないと思っていたが……奴もかなり追い詰められていたって事か」
「それもある、けど……間に机を挟んでなかったらヤバか、った」
「呼吸が出来ているなら折れた骨が肺に刺さってはいないか。骨折か、軽くてもヒビが入ってるな」
「生きてりゃ儲け、もん、だろ。精神を削りまくったお陰、だ」
ひと触れすれば何物であれ形を崩し、あらゆるモノを破壊すると言われる禁器。
その禁器の一撃を喰らったのに、なぜ致命傷にすらならずに済んだのか。理由は他でもない、禁器そのものにあった。
スキルと同様に、禁器も破壊するにあたって使用者の精神力を費やす。つまり、いくら反則級の武器と言えど、使用する者の精神が限界を迎えれば破壊の程度も比例して落ちる。
そこを狙い、俺はひたすらコウに机や椅子、学校にある物を次々と破壊させて精神の摩耗を謀っていた。
時間が掛かったが、これで揃った。先輩を助ける条件が、全て整った。あとはタイミング。どこで仕掛けるか。
「姉さん、カーテン切ってきたから包帯替わりに使って。あとこれ、私のハンカチも」
「ありがと。咲月君、ちょっと我慢してね」
沙夜先輩は自分のハンカチも合わせ、俺の脇腹へと当てる。
「い、っつ……!」
「ごめんね。でも、肋骨が折れてるかもしれないなら応急処置はしないと」
最後にカーテンを強めに巻かれ、目を細めながら痛みに耐える。
負傷部分にハンカチを重ねて軽く圧迫され、多少だが痛みは和らいだ。
「簡単なものだけど、しないよりはマシだと思うから。でも、病院で診てもらわないと……」
「いや、大丈夫、大丈夫だ。まだ戦える」
「まだ戦える、って……咲月君、あなた大怪我しているのよ!? そんな状態で無理して動いたら……」
「無理してんのは沙夜先輩もでしょ」
「ッ!」
沙夜先輩は少し驚いた顔をしてから、視線を下へと落とす。
「左腕。さっきから妙にぎこちなく動かしていて、あまり上げれてない」
「……気付いてたの」
「やっぱり。怪我してますね」
「机を投げられた時に、ね。机が当たった壁の破片が肩に当たってしまったのよ」
沙夜先輩は話しながら左肩に手をやると、かなり痛むのか顔を顰めた。
「沙姫もその足じゃあもう限界だろ」
「そ、そんな事ないです! 私はまだ……」
「本当は歩くのも辛い筈だ。それ以上無理をすれば靭帯を損傷するかもしれない」
ゆっくりと深呼吸をして、負傷箇所の脇腹を手で押さえながら立ち上がる。
応急処置のお陰で呼吸をしただけでは痛まなくなった。
「ここから先は俺に任せてくれ。エド、二人を頼む」
「ちょ、咲月先輩! そんな怪我をしているのに一人で戦うつもりなんですか!?」
「咲月君。確かに私達は怪我をして万全ではないけれど、それでもまだ戦えるわ」
大怪我を負ったというのに、そんな状態で一人で戦うと聞いた二人は驚きを隠せず。
当然、それは無茶を通り越して無謀だと言いたげに、俺を止めようとしてくる。
「正直言うと手を貸して欲しいってのが本音なんだけど……」
「なら私達も!」
「でも、ここからは俺一人の方が都合が良いんです。それに、満身創痍なのは向こうも同じ。禁器の驚異を失ったのなら、むしろこっちに分がある」
コウとの戦闘で一番の難題だったのが禁器の存在だった。
だが、精神の摩耗が限界を超えて、禁器の破壊能力を失った今ならば攻略方法はある。
「匕、お前が一人で戦うのは……明星洋を元に戻すのに関係があるんだな?」
「あぁ。条件は揃った。あとは追い上げと仕上げだ」
「……わかった。お前に任せる」
エドは真剣な面持ちで俺に目を向け、少しの間を明けてから納得の言葉を口にした。
「そんな……咲月先輩、骨が折れてるかもしれないんですよ!? 安静にしてなきゃいけない傷なんですよ!?」
「んな事を言ったらお前もだろ、沙姫。捻挫でも下手をすれば歩けなくなる。コウとあれだけの戦闘をしていたんだ、かなりの無理をしていたんだろ?」
「それ、は……」
沙姫は言葉を淀めて俯く。やはり、足首の怪我は元々軽くなかったようだ。
恐らく、これ以上戦闘を行えば靭帯が切れて歩く事も出来なくなる。
それに機動力を失った状態では、コウの的になってしまう。
「まぁ、結構キツイ状態ではあるけど……この中じゃまだマシな方だ。そうでしょ? 沙夜先輩」
「咲月君……あなた、そこまで気付いていたの?」
「気付いたのは本当に今です。最初にコウに気絶させられた時、左耳を痛めてましたね」
「……ずっと耳鳴りが続いていてね。殆んど聞こえてなくて、右側からの物音には反応が遅れてしまうわ」
「加えて左肩の負傷となれば、利き腕が残っていても戦闘は難しい」
脇腹を痛めていても五体満足に動かせる時点で、二人よりも俺の方が戦える。
それに先輩を助け出すには俺が……奴に止めを刺さなければならない。
「エド、もしかしたらまだ生き残りが居て、二人を狙ってくる奴が居るかもしれない。頼んだ」
「弾もまだある。コウみたいなデタラメな奴じゃなければ軽く対処出来るさ」
エドは答えながら新しい弾倉を入れ、銃のスライドを引いて薬室に弾を装填する。
「スキルをずっと使いっぱなしで、かなり体力を消費してるだろうけど……踏ん張ってくれよ」
「――ッ! お前、そこまで解るのか?」
「死に掛けたからか、感覚が研ぎ澄まされてるみたいだ。今までに無い位に読感術が冴えてる」
あぁ、さっきから澄んでいるのが解る。山頂の綺麗な空気に囲まれたような、六感が澄み切って研ぎ澄まされた感覚。
その人の一挙手一投足を見るだけで、情報が解る。異変に気付ける。
そして、外に出て行った奴の居場所も。俺が来るのを待っているのが、読感術で手に取るように解る。
「怪我をしているお前を少しは休ませてやりたいが、奴が回復する前に探した方がいい。禁器の破壊能力を失っている今を逃したらもうチャンスは無いだろう」
「いや、奴はすぐ近くに居る」
エドに答えながら、ゆっくり深呼吸をする。ずきりと脇腹が痛んだが、痛みで表情は変える事なく。
異様に落ち着いている自分と、妙に静かに思える周囲と、研ぎ澄まされた感覚。
気持ちが昂るでも怖気づくでもない。ただ平常が保たれて。コウの黒い雰囲気、殺意の塊を感じ取るのは容易だった。
「逃げるつもりもなければ、逃がすつもりもないって事だ。奴も、俺も」
胸元へと右手をやり、服の上から握り絞める。
首に掛けているネックレスを、形見の水晶を。
「咲月君、本当に……死んだりしない、わよね?」
「大丈夫、とは言い切れない。けど、俺にはまだ手札があるからさ」
右手を軽く握り、徐々に力を入れていく。
散々痛めつけられて傷だらけ。けどまだ、戦う意思も、戦う術もある。
「また笑って馬鹿出来るように、先輩を助けて来るよ」
こんな状態じゃあ空元気に見えてしまうだろう。それでも俺は、沙夜先輩へと小さく笑って見せた。
戦い抜いて、勝ち抜いて、生き抜いた先に待つ結果。俺が求めた未来を掴み寄せようと。確固たる覚悟の表れでもあった。
そして、コウが出て行ったのと同じ窓へと足を掛け、少し遅れてながらもヤツを追って外に出る。
「――よう、随分と苦しそうじゃねぇか」
走らず、焦らず、急がず。歩幅もいつも通りに、その先にいる奴へと言葉を向ける。
距離は遠くなく、探す必要もない。居場所も読感術で感じ取っていた。
中庭に転がり倒れている、大きな樹木。両膝を折って地面に突き、その樹木にもたれ掛かる背中。
俺の声を耳にして、大きく肩を揺らしながらこちらへと奴は振り向いた。
「フッ! フゥッ、ハァ、ハッ! ぐ、ぎぃ、い……待っ、て、たぜ……咲月ィ」
顔面は肌色を失って青白く、呼吸は間隔が乱れ、口の両端からは涎を垂らす。
息も絶え絶え。まさにその言葉を体で表し、垂れ流れる鼻血を手の甲でぐしゅり、と拭って。
コウは充血した赤い目を、全身を突き刺すような殺気と共にこちらへと向けた。
「酷ぇ顔だな。お前も俺も」
「ここ、なら……! 思いっ切り、戦え、らぁ、なァ……!」
互いに傷ついた体に鞭を打ち、精神が肉体を支えている。
コウは恨めしそうに、忌々しそうに。俺に送られる睨眼と敵意。
だが、戦意は衰えない。身体は退かない。願いは諦めない。
「っは、はァ、ハアッ! っそ、治まらねェ……全ッッ然治りゃしねェ! ッンだよこの頭痛はァよォォォォ!」
ここに来るまでに少しの時間が空いたが、コウの体調は回復するどころか悪化していた。
目は充血し、鼻血を流し、顔色は赤みを失って青白く。精神力の摩耗。肉体の疲労蓄積。禁器による代償。
いくら禁器が桁外れな破壊力を持ち、例外無く破壊する能力を有していようとも。その対価は無償では無く、使用が重なればやがて代償は大きくなり。
計画性も無く借金をして荒使いをすればする程、しっぺ返しは巨大なものとなる。その先に待つのは破産しかない。
そして、自己が破産した結果がこれだ。
「ラストスパートだ。いい加減、決着をつけようか……!」
小さく息を吐き出し、傷付き凶暴性が増した狂敵に睥睨し返して。
両手を握り、拳を構え、敵を見定める。倒すべき敵を、助けるべき人を。




