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No Title  作者: ころく
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No.6 be tired talk

7/14


 やっと梅雨が明けたのか、ここ数日間の天気は快晴が続いている。

 日差しが照りつける屋上で、少しでも暑さを避ける為に日陰になっている場所に座り、人が来るのを待つ。

 制服のYシャツのボタンを三つ開けて少しでも風通しが良くなるようにする。

 暑さに項垂れて待っていると、屋上の扉が開く音がした。どうやら待ち人がやっときたらしい。


「よぉ、優等生」


 扉から出てきたヤツに声を掛ける。


「その呼び方はやめろって」


 俺を呼び出した本人であるエドが、風で金色の髪をなびかせながらこっちに歩いて来る。


「なんだよ、呼び出して」

「用があるからに決まってるだろ」


 解り切った事を聞くな、と言うようにエドは地べたのアスファルトに座る。


「そうじゃねぇよ。ここんとこ学校を休んで何してるのかと思ってたら急に呼び出してよ」


 コイツは三日間学校を休んでいた。ケータイも繋がんねぇからどうしたのかと思っていたら、昨日いきなりメールが来て呼び出された。


「用事が出来てね。それでちょっと調べものをしていた」

「調べものってSDCの事か?」

「……まぁ、な。そんな所だ」


 エドは視線を避けるように下に向けて答える。


「で、呼び出した理由はなんだ?」


 その下に向けていた視線を上げて、エドはフェンス越しに見える景色を見ながら口を開いた。


「お前に、会わせたい人がいる」

「俺に?」


 誰だ? って考えてみても解る訳ないか。誰か、は分からない。けど……。

 コイツが会わせたい人って言えば、誰かは分からなくても理由なら簡単に解る。SDC以外に無い。


「……いいぜ、会ってやる」


 なら会うべきだ。SDCの情報が欲しい。先輩を助ける為。そしてなにより、自分の為に。


「よし、なら行こうか」


 俺の了解を聞くと、エドはすぐに立ち上がって尻をはたく。


「は? 今から?」

「そうだ。早く立て」


 いくら何でも今すぐだとは思っていなかったぞ。つか普通思わねぇ。


「今は昼休みだからな。学校を抜け出すのは簡単だろ」

「わかったよ、行く」


 ったく、学校に来て三十分足らずでお帰りかよ。


「でもよ、お前いいのか? 優等生がサボったりしてよ?」


 これで優等生面も終わりだな、と心の中でほくそ笑む。


「ん? あぁ、俺は早退届けを出しておいた」




    *   *   *




 腑に落ちねぇ。

 学校から出て、エドの言う会わせたい人との待ち合わせが駅前らしい。なので、熱い日差しを受けながら徒歩で向かう。


「なーんか腑に落ちねぇんだよ……」

「なんだ、さっきからブツブツ言って」


 背中を丸くさせて不貞腐れていると、エドが喋り掛けてくる。


「あぁ?」


 それに眉を顰めて愛想の悪い顔で返事をする。不貞腐れている、というより不機嫌なようだ。


「せっかくやっとお前の優等生生活が終わると思ったら、そしたらなんだ? 俺にはサボらせて、自分だけ早退届けを出しただぁ?」

「そうだ」

「しかも昨日まで休んでた三日間、夏風邪って仮病を使って休んで……今日も具合が悪いのを理由に自分だけ早退」

「そうだ」


 半分キレかかっている俺に対し、エドは冷静に言葉を返す。


「そうだそうだばっか言ってんじゃねぇよ! 自分だけ良いようにしてよ!」

「そう騒ぐとただでさえ暑いのがさらに暑くなるぞ」

「けっ、お前の格好と比べれば涼しい方だっての」


 チラッと視界に入ったビルの電動掲示板を見ると、現在の気温は36度だそうだ。


「うへぇ……」


 気温が三十度をオーバーしたと知ったらさらに暑く感じる。

 昼時なのもあって、駅前は人通りが多い。昼食の材料を買いに来た主婦や、昼休みに入ってランチを食べにお店を探すOLなど。

 または俺等のように学校をサボった学生とかね。あ、サボった事になってんのは俺だけか。


「で、待ち合わせ場所が駅前って言うから来たけどよ。正確には駅前のどこなんだよ?」


 まさか本当にそのまま駅の真ん前、って事はないだろ?


「あぁ、こっちだ」


 聞いたのにも関わらず結局正確な行き先は言わずに涼しげな顔でエドは歩く。


「いい加減、そろそろ涼しみたい……」


 それに愚痴りながらついて行く。ジリジリと照らす太陽が俺の水分を奪っていく。

 朝起きてからすぐに学校の屋上に直行した為、本日は何も口にしていません。もちろん水も飲んでいない。

 そういや俺、脱水症状になった事ねぇな……いい機会だ。今ここでなってみるか? なんて暑さと喉の渇きと奮闘する。

 そして、先ほどエドに行き先を聞いてから、約5分程度歩いた所で優等生の足が止まった。


「ここだ」


 立ち止まって朧気な視界に入ってきたのはオープンカフェだった。しかも、着いた先は駅の西口。この立花駅には東口と西口の二つがある。まぁ、駅っつったら普通だが。

 主に東口の方がデパートやらゲーセン、全国チェーンの飲み屋などと栄えている。

 比べて西口は別に栄えていない訳ではないのが、東口の方に店が集中しているため、やはり東口と比べると人が少ない。

 実際、俺も家とは反対方向だから西口方面に来ることはほとんど無い。


「なるほど。駅前に着いてからまだ歩いたのはその為か」


 東口から西口に移動していたのか。いやしかし、このオープンカフェはなかなかいいんじゃないか?

 店の前に白く丸いテーブルが置いてあり、一つのテーブルに三つの椅子。もちろんテーブルに合わせて椅子も白い。それがその場の空気が周りよりも涼しく感じさせる。

 そのテーブルと椅子のセットが四つ。そして、ちゃんと日除けの屋根もある。さらには店の前とテーブルが置いてある所から多少離れた場所の地面が濡れている。

 これは水を撒くことによって、通る風を涼しくさせる方法だ。

 こんな所があるなんて知らなかった。まぁ、滅多に西口には来ないから知らなくて当然なんだけど。


「結構いい店だな」


 エドと二人で空いている席に座る。と言うか、俺達以外に客がいない。外の席だけじゃなく、店内にも客がいない。

 昼時だってのに客が一人もいないってのはなぁ……結構穴場なのか? いやでも、カフェだから飯を食わないにしても、営業周りで休んだりするサラリーマンとかはいないのかねぇ?


「んー……」


 周りをキョロキョロと見渡すエド。


「まだ来ていないみたいだ。悪い、ちょっと電話掛けてくる」


 そう言ってエドが席から立つ。

 立ったり座ったりと、この暑い中忙しい奴だ。


「あぁ、わかっ……」


 言葉が途中で止まり、一瞬だけ固まる。


「どうかしたか?」

「……いや、なんでもない。早く掛けてこい」


 肩に掛けていたカバンを地面に置いて椅子の背もたれに寄り掛かり、服の胸元を掴んでバサバサと風を通す。

 わかった、と言ってエドは席から離れて電話を掛けに行く。それと入れ違いで店内から店員が出てきた。


「ご注文はお決まりですか?」


 水の入ったコップを二つテーブルに置いて、人当たりの良い声で女性店員が聞いてきた。


「今一人、電話掛けに行ってるんで後から頼みますんで……」


 アイツの分も一緒に頼んでもよかったんだが、アイツの嫌いなモンとか知らねぇし。かと言って自分だけ先に頼むのもな。

 店員はわかりました、と言って店内に戻っていった。

 そして、俺はエドを待ちながら水の入ったコップを取って口に運ぶ。コップに入っていた水を喉に通していくと、氷がカラン、と音をたてた。


「水、うめぇ」


 五臓六腑に染み渡る、と言うのはこうゆう事を言うんだろう。水を一気に飲み干す。

 再び背もたれに寄り掛かって一息つく。風が吹いている訳でもないのに、さっき歩いていた時と比べてかなり涼しい。

 日陰にいるってのもあるんだろうけど、それとは別の涼しさがあるって言うか……店の雰囲気が涼しい、と言えばしっくり来る気がする。


 この屋根で出来ている日陰が途切れている所から一歩先が、別の空間のような。その先は陽炎で地面がゆらゆらと揺れている。

 そんな暑い空間からクソあっつい格好をした見覚えのある金髪少年がこっちに歩いてきている。そして、その後ろにもう一人。

 黒いスーツに黒いネクタイ。そして、黒いハットを被った男。エドの身長より高い。もしかしたら百八十センチを越えてるんじゃないだろうか?


「電話したら直ぐ近くまで来ていてね、合流してきたよ」


 そう言い、エドはさっき座った席に座る。そして、黒スーツの男も残った一つの椅子に座った。


「この人が会わせたかった人だ」


 左手で黒スーツの男を指す。


「正確にはエドが会わせたかった。ではなく、私が会いたかった、なのだけれどね」


 男は被っていたハットを取り、テーブルに置く。ハットのせいで気付かなかったが、髪が長い。

 腰とまではいかないが、肩から背中ぐらいまであるんじゃないか? 黒髪でこんなに長いと桜井が頭に思い浮かぶ。

 見た感じ……歳は二十代後半ぐらいだ。


「そして、俺の上司だ」


 いつも通りの口調でエドは話す。


「どうも、白羽しらはと言う。よろしく」


 自己紹介をされ、目が合うと笑顔……までとは言わないが、クスリと軽く笑った。


「なるほど、あんたか」


 目が合って解った。


「さっきから俺を見ていたのは」


 このオープンカフェに来て、椅子に座ったあたりからだった。妙な感覚を感じたのは。

 この店の涼しい雰囲気とは別に、人が発する独特の雰囲気があった。そして、それはエドが転校してきたばかりの時に似ていた。


「てことは、エドが電話を掛けに行ったのも芝居だろ?」


 黒スーツの男、白羽さんを睨み付ける。


「……なるほど、報告書通りだ」

「なに?」


 腕を組んで、またクスリと笑う。


「いや悪い、悪気があった訳じゃないんだ。エドの報告書を読んでね、少しばかり興味が湧いた」


 謝るよ、と言うように組んでいた腕の右手を解いて手前に軽く上げる。


「白羽さん、ホントにそういうたちの悪い冗談はやめてくださいよ……」


 少し脱力しながら溜め息を吐き、白羽さんに話し掛けるエド。


「は?」

「いやいや、本当に悪かった。報告書では君の事を中々の腕、しかも勘が鋭いと書いてあってね」


 くっくっ、と笑いを堪えながらエドに謝りながら喋る。


「確かに、エドの言う通りだ。お詫びと言ってはなんだが、私が持つから好きなのを頼んでくれ」


 店内から店員がタイミング良く出てきた。多分、店内からエドが戻ってきたのが見えていたんだろう。


「ご注文の方はお決まりでしょうか?」


 店員が白羽さんの分の水をテーブルに置いて聞いてくる。


「……じゃあ、俺はアイスコーヒー」


 まだなんか腑に落ちないが、奢ってもらえるなら遠慮はしない。


「俺もそれで」


 俺が注文した後にエドも同じのを頼む。


「そちらの方はどうしましょうか?」


 伝票に頼まれた品名を書きながら、店員が笑顔で白羽さんに注文を聞く。


「私もコーヒーで」


 それに白羽さんは涼しげな顔で答える。


「こちらもアイスでよろしいでしょうか?」


 笑顔で注文を確かめる店員。それに、変わらず涼しげな顔で白羽さんは店員に言葉を返す。


「いや――」


 そう、涼しげに。


「ホットで」




   *   *   *




 数分後、頼んだ注文の品がテーブルに届いた。

 俺とエドが頼んだコーヒーはストローが付いており、ミルクを入れてストローで掻き混ぜると氷がぶつかり合う音がした。

 水滴が付いていているグラスを手に取り、ストローを通してコーヒーを飲む。程よい苦味とミルクの風味が喉を潤す。

 そう、夏になったらアイスコーヒーだ。


 だが、今目の前にいるこの人は何をどう思って気温三十度を超える夏の日にホットコーヒーを飲んでいる。しかも、アウトドアで。

 そのコーヒーカップから出ているのは湯気。それを見るとさっき地面をユラユラさせていた陽炎を思い出させる。

 それを注文した時と同じく涼しげな顔で飲む白羽さん。

 なぜだ? なぜアイスコーヒーを飲んでいる俺が暑そうな顔で、ホットコーヒーを飲んでいる本人が涼しげな顔なんだ……?


「ん? なにかな? ジッと私を見て」


 白羽さんがコーヒーを口にした時に目が合った。


「いやぁ、暑くねぇのかと思って……」


 スーツ来てホットコーヒー飲んでるんだぞ? なのに汗一つかいてないってのはなんでだ?


「あぁ、このスーツ、クールビズだからね」

「……」


 そういう問題か? つかそれで済むモンなのか?

 エドもこの真夏日に冬服の制服を来てるのに汗をかいてないし……まさか、エドの制服もクールビズ!?

 いやいや、制服にクールビズなんて聞いたことない。


「さて、頼んだ品も来たことだ。そろそろ本題に入ろう。ただ雑談をしに来た訳ではないからね」


 カチャリ、とコーヒーカップをテーブルに置く。


「そうですね」


 エドもアイスコーヒーの入ったグラスをテーブルに置いた。それに釣られて俺もコーヒーを飲むのをやめる。


「今からする話は、ある程度予想はついていると思う」


 と言いながら白羽は両手を握りテーブルの上に乗せる。


「まぁ、ね。コイツに呼び出されるって事はそれしかないから」


 親指でエドを指しながら答える。実際、プライベートで遊びの誘いなんて一回も来たことがない。


「そうか。君の思っている通り、SDC関連についてだ」


 さっきまでの涼しげな顔ではなく……いや、正確には涼しげな顔は変わっていない。

 だが、空気が変わった。つまり、真剣だって事だ。


「いや、ちょっと待ってくれ。こんな所でその話題を出していいのかよ?」


 こんなおおっぴらな場所で。


「それは構わない。ここには店内に店員が二人。それ以外にいないのは雰囲気で解るだろう?」


 確かにここには俺達以外に人がいない。元々人が少なくて、東口に人が行ってしまっているし。

 それにランチタイムも過ぎてしまって、さらに人通りが減っている。


「まぁ、そうだけど……」


 読感術を使ってみると、白羽さんの言う通り人の雰囲気がない。


「それに、盗聴器などを使うような面倒臭い事はアイツはやらないさ」


 アイツ……?


「ん、あぁ……テイルの事さ」


 テイル……先輩を拉致した張本人か。


「明星君の事は……すまないとしか言えない。私達がもっとしっかりしていれば」

「あ、いや」


 急に謝られ、どもりながら戸惑う。


「それで、話はその明星君の事でなんだ」


 軽く下げていた頭を上げて白羽さんは話し続ける。


「咲月君。君は今、明星君を助ける為にエドと手を組んでいるね?」

「えぇまぁ、そうだけど……」


 先輩が行方不明になったと知った日。俺はエドと手を組んだ。互いの知っている情報を交換する為に。


「それをね、解消して欲しいんだ」

「え?」


 解、消……? それはつまり、手を組んだって話が無しになる訳だ。

 ――あぁ、しかし当たり前な事だ。エドが俺と手を組んだのは、エドがSDCに参加出来なかった場合に、参加者である俺から情報を得る為だった。

 だけど、エドはSDCに参加する事が出来た。ならば俺と手を組んでいる理由がない。

 拉致された先輩がたまたま俺の知り合いで、先輩の情報を俺にくれるという互いの利益が合ったから出来た約束。


「じゃあ、俺は……」


 すでにお役御免って事だ。


「あぁ、勘違いしないで欲しい。君が必要なのは変わらない」

「どういう意味だ……?」


 解消しろって言われたから、てっきりもう用無しだとか言われると思ったんだが。


「この前のSDCで、エドがテイルと接触したっていう話は聞いたね?」

「あぁ」


「エドの話によると、テイルはエドがSDCを調べているは知っていたらしい」


 白羽さんは淡々と話していく。


「そして、私の部下だという事も」


 アイスコーヒーのグラスの水滴が滴り、テーブルを濡らす。


「ならば、いつリタイアにされるか解らない。それどころかSDCにもう呼ばれなくなる可能性もある」


 その通りだ。自分の事を嗅ぎ回っている奴をいつまでも野放しにしない。

 エドから聞いた話では、テイルは気まぐれらしい。つまり、この前のSDCにエドが参加できたのはソイツの気まぐれだったかもしれない。

 なら次は気まぐれでSDCに参加できないという事もある。


「そこで一つ、君に提案があるんだ」

「提案……?」

「そう。エドとは解消して私達、調査部と協力して欲しい」


 真っ直ぐに俺を見て、返事を待つ白羽さん。


「それは……俺に調査部に入れって、事か?」


 その白羽さんの目を見て答える。


「正式に、という訳ではないが……大まかに言えばそうなる。まぁ、調査部内だけでの話だけどね」


 調査部内だけの話とはいえ……警察には変わりない所に、俺が? あんな所に……?


「白羽さん、悪いけど……それは……」

「無理かい?」


 俺は合わせていた目を反らす。

 目を瞑り、何も言えず頭を下げる。


「やはり、昔の事が理由かな?」


 白羽さんの言葉を聞いて、ピクリと小さく身体が動いた。


「あの時の事をまだ、恨んでいるようだね」


 その言葉を発したのと同時に、テーブルが強く叩かれた。大きな音を立てて、テーブルに乗っていた物を全て落としてしまいそうな程に。

 そして椅子を倒して、その場に立っていた。


「なんで知っている!?」


 眉間にシワを寄せ、大声で怒鳴る。


「悪いが……少しばかり君の事を調べさせてもらった」


 怒る俺に対して、変わらない態度で白羽さんは話す。


「テメェ……ッ!」


 テーブルを叩いた平手が、拳へと形が変わっていく。


「君を信頼していないという訳じゃない。だが、少しの不安要素でも無くしておいた方がいいだろう?」


 だから、人の過去を調べたってのか? 俺が裏切らないかどうかを知る為に。

 先輩をあんなにした奴等の所に裏切ると思われた訳だ。あの時、お前等は俺を裏切っておいて……今度は俺が裏切ると思ってたってのか。

 は、はは――――。

 楽しくも、面白くも、おかしくもないのに笑いが起きた。渇いた笑いが。


「――ッ!」


 そして、平手から握り拳へと形を変えた右手が無意識に白羽さんの顔面へと顔面へと向けていた。


さじっ!」


 しかし、それは未遂で終わった。


「抑えてくれ……」


 エドの声によって。

 俺の大声が聞こえたのか、店の中から店員が出てきた。白羽さんはそれをなんでもない、の一言で店内に帰らせる。


「――はぁ」


 一息だけ口から漏らし、倒した椅子を戻してぶっきらに座る。


「そうだよ。俺はまだ恨んでる」


 頭に上っていた血を、無理矢理下げる。二人を見ず、ただ地面を見つめて話す。


「それは三年前の事で、だね?」


「あぁ。それをきっかけに俺はアンタ等を恨んでる」


 白羽さんと目を合わせずに会話が進んでいく。


「三年前にアイツが通り魔に会って殺されて……親族には死亡通知が来ただけで、死体はそのまま司法解剖だと言われ警察が引き取り、アイツの葬式なのにアイツはいなかった」

「……」

「そして殺した犯人の事は情報がない、ばかり言って未だに捕まえられないでいる」


 怒り、悔やみ、悲しみ。様々な感情が渦巻き、肩を震わせながら話すを白羽は黙って聞いている。


「恨んで当然だろう……っ!」


 右手がまた、握り拳に戻る。


「アイツ……とは、君の彼女だった嗄上凛という名の人物で、合っているね?」


 その名前が出た瞬間、ざわり、とオープンカフェ一帯の空気が変わる。


「あんた、凛の事も調べたのか……?」


 涼しかった筈のこの空間が熱くなる。ドアを開けた途端、外の暑い空気が入ってきたように。

 ただ、違う所が一つ。

 入ってきたと言うような易しいものではなく、突風のように風が吹く。

 テーブルに置いてあった黒いハットは、綺麗にタイルが並べられた地面に落ちた。


「答えろ」


 熱い空気はさらに温度を上げる。

 エドは熱い空気に触れているのに、額にはじっとりと冷や汗をかいていた。


「いや、彼女の事は調べていない。君の事を調べていたら、その名前が出てきただけだ」


 白羽さんは椅子から立ち上がり、返答する。


「本当か……?」

「本当だ。意味の無い嘘など、吐くだけ無駄だろう?」


 落ちたハットを拾い、手で軽く二、三回はたいて汚れを落とす。

 それを聞いてか、この空間に漂っていた熱い空気が少しずつ引いていく。


「私もね、悪いと思っているんだ。署や課が違うにしろ、同じ警察という肩書きを持っている者としてね」


 はたき終わったハットを再びテーブルの上に置く。


「だが、だからと言って私が出来るのは謝る事しかない。この通りだ」


 そう言い、白羽さんは深く頭を下げる。まるで自分がやってしまったと言うように。


「あぁ、いや……その、アンタが謝る事じゃねぇよ。顔を上げてくれ」


 急に頭を下げられ、戸惑いながらも白羽さんの気持ちを理解出来た。


「もういいから、本当、上げてくれよ」


 そして、やっと白羽さんは頭を上げてくれた。


「本当に、すまない」

「だからもういいって、座ってくれ」


 顔を上げてもう一度、白羽さんは俺に謝る。

 それを最後に白羽さんは椅子に座った。少しの間、沈黙が続き、駅の方から電車が走る音が聞こえてくる。

 その音を耳にしながら、白羽さんは飲みかけだったコーヒーを口にする。一息つき、落ち着かせるように。


「話が少し、ずれてしまったね」


 俺も一口だけコーヒーを飲み、カップをテーブルに置く。聞こえていた電車の音は段々と遠退いていく。

 白羽さんは椅子の背もたれに軽く寄り掛かり、足を組んで膝の上に手を乗せる。


「話を戻そう。咲月君……もう一度聞く、私達に協力してくれないか?」


 そして、もう一度同じ事を聞いてきた。


「白羽さん、それは……」


 ハッキリと答える事ができず、アイスコーヒーのグラスを見つめる。溶けた氷が小さくなり、音をたてた。


「君がまだ、警察を恨んでいるのは分かる。ムシが良過ぎるというのも。だが、それでも私達は君に協力して欲しい」


 エドは喋る事なく、静かに座っている。今は白羽さんが話す場面であり、自分が話に入る所ではないからだ。


「……」


 白羽さんの話に対し、俺は無言を続けている。


「でなければ、明星君のようになってしまう人が増えてしまう」

「――ッ!」

「そして、いらなくなれば後は処理されるだけ……」


 話を聞き、下唇を噛む。


「それが許せないんだ、とてもね。だから、どうか協力してくれないかな?」


 先輩のようにされてしまう人が増える……。SDCに参加している人はそれの人材候補達。

 なら、沙姫や沙夜先輩もその中の一人。もしかしたら、二人もあの――。


『ウルセェよ』


 あの先輩のように――。


『もういい、壊れろ』


 なってしまう――――?


『ハハハハハッ! いいねぇ! まだ持ってくれよぉ!?』


 先日のSDCで戦り会った、変わり果てた先輩が頭の中に浮かぶ。

 だけど……! 白羽さんは関係無いと言っても俺は、まだ警察を恨んでいる……。


「もし、君が私達に協力してくれるのなら、私達も君に協力しよう」

「協力……?」


 俺に一体、何をどう協力してくれるんだ?


「君の願いはおそらく……殺された彼女、嗄上凛を生き返らせる事だろう?」


 大きく目を見開き、驚愕した顔で白羽さんを見る。

 それは、誰にも言っていない事だったからだ。もちろんエドに話していないし、先輩も知らない。


「君の事を調べたんだ。今までの過程を知れば、自然と分かる」


 あぁそうか、そうだよな。俺の過去を調べたのならば、それ以外の事がないのはすぐ解る。それに、今の自分の反応が決定付けてしまった。


「SDCは『全てを総したモノ』に願いを一つだけ叶えてくれる、という事になっている」


 白羽さんは目を瞑り、手を胸の高さまで上げて人差し指を立てる。

 そして、瞑っていた目を開けて……。


「だから、どうだろうか? もし君がリタイアしてしまい、エドがSDCに残り『全てを総したモノ』になったなら……」


 白羽さんは俺を見る。


「エドに君の願いを叶えてもらう、というのは?」


 ――――――え?


「俺の、を?」

「そうだ。これなら君が1人でやるより可能性が高い。どうだい?」


 もし俺がリタイアになっても……エドが残り、代わりに叶えてくれる。


「だけどエド、お前は無いのか? 叶えたい願いは」


 ずっとだんまりで静かだったエドに話し掛ける。


「俺は無い。今の生活で十分満足している」


 するとエドは、口を斜めにして笑う。しかし……。


「でも、エドはSDCに参加できるかは解らないんだろ? だったらこの条件は……成り立たない」


 白羽さんが俺を引き入れたい理由は、エドがSDCに参加できなくなった時の代わりに、参加している俺から情報を得る事。

 なら、先に話した白羽さんの話の通り、すでにエドが参加できない可能性があるのならば……これは成り立たない。


「確かに、そうだね。だけれど咲月君、君とエドが別人格の明星君に目を付けられたそうだね?」

「……まぁ、そうかもしれないけど」


 と言うより、気に入られた、の方が正しいかもしれない。


「だとしたら君とエド、二人は多分、別人格の明星君に負けるまではリタイアにされる事はないと……私は考えている」


 負ける。それは死ぬという事。あの別人格の先輩が言っていた。『絶対にブッ壊してやる!』と。

 気に入ったから殺されるってのも迷惑な話だ。


「せっかくの成功例である実験体が興味を示したモノなんだ。放っておく訳がない」


 そうか……確かにそうだ。アレだけ俺達に固執して消えて行ったあの先輩。自分から逃がしたりはしない。


「そして、戦闘を行わせる事で何か明星君に変化が起こる可能性がある。良い意味、悪い意味の両方でね」


 良い意味……ってのは先輩が元の人格に戻る事、だよな。悪い意味は別人格がより活発化する、ってんだろ。


「向こうにとっては、初の成功例の実験体。どっちに転んでも貴重なデータには変わり無い」


 接触させた事が原因で先輩が正気に戻ったのなら、それは失敗として次の実験に生かされる。

 逆に別人格が完全に先輩を乗っ取ったり、SDC側に有益な結果が出たのならば……それは、そのまま成功例として生かされる。

 つまり、成功しようが失敗しようが、奴等は損をする事はない。


「それに、監視をしているのがテイルならば……この状況を見逃す訳がない。個人的に面白がっている筈だからな、アイツは」


 白羽さんは軽く寄り掛っていた椅子の背もたれに、話ながら深く寄り掛かり直す。


「だから、条件としてはちゃんと成り立っている」


 寄り掛かり直すと、椅子は小さく軋む音をたてた。


「そうか、それなら……」


 話は合う。それに一番信憑性の高い話だ。


「つまり、だ。要は俺とエド、二人が別人格の先輩に目を付けられてるなら必ず向こうからの接触がある。そうなれば先輩を助けられる機会が増えるし、別人格の先輩が出てくるのならその監視役も近くにいる筈。そこで白羽さんの出番、テイルと接触してSDCの情報を……」


 今までの会話の内容を整理し、自分で考えた推測を話す。


「そして、協力した俺への条件は、もし途中でリタイアになってしまってエドが最後まで残った場合、エドの願いで『俺の願いを叶える』事」


 それを白羽さんは黙って聞いている。


「俺は自分の願いを叶えられる可能性が上がる。そっちはSDCの情報を手に入れる機会ができる。そして先輩の救出、がお互いの共通項って訳だ。理由は別として。これで合ってるか?」

「……その通りだ。参ったね、どうも」


 白羽さんは一息、ふぅ、と口から漏らす。


「そこまで理解した上で、もう一度聞こう」


 また真っ直ぐ見て、白羽さんが聞く。そして、目が言っている。


「私達に、協力してくれないかな?」


 これで聞くのは最後だと。


「俺は……」


 俺は、決めていた筈だ。何がなんでも願いを叶える、凛を生き返らせる……。少しでもその可能性が上がるなら、なんでも利用すると。

 そう、決めた。

 今もそれは変わらない。変わる筈がない。なら、利用するさ。恨んでいようとも。

 俺は――――――。


「協力……してやるよ」


 クスリと白羽さんは笑い、椅子の背もたれから背中を離す。


「ありがとう。助かるよ。君を出来るだけ優遇する事を約束する」


 そして、俺の前に手を差し出す。協力し合う仲間の証としての握手を求めて。


「……なぁ、一つ聞きたい。なんでエドがSDCに参加出来なくなる、なんて事を話したんだ? 別人格の先輩に目を付けられて、そんな事はないと解っていながら」


 出された手を握る前に、頭に引っ掛かっていた一つの疑問を白羽に問う。


「あぁ、それはね。少しの不安要素でも無くしておいた方がいいだろう?」

「――ははっ」


 目を見開いたまま一瞬止まり、思わず笑いが口から漏れた。

 なるほど。先輩に目を付けられて、確かにSDCから外される事はない。だけど、可能性としてはゼロじゃないんだ。

 ただ数ある可能性の内、エドがSDCから外されないってのが、一番可能性が高いってだけで。だから白羽さんは、最悪の事も考えているんだ。

 その状況を頭に入れていたのと入れていないのでは、いざその状況が起きたときの心理的な部分でだいぶ違う。


 そして、考え抜いた結果……俺にあの条件を付けて協力を求めてもいい程に、エドがSDCを外される事がないという可能性が一番信憑性があると判断した。

 もし仮に白羽さんの読みが外れ、エドがSDCに参加できなくなったとしても、俺は別に構わない。

 そうなったとしても、協力している限りS.D.C.と先輩の情報が入ってくる。少なくとも、エドと手を組んでいた時以上の情報がもらえるのは確かだ。


 SDCに関する情報が入れば、多少なりとも生き残る可能性が上がる。それに協力条件であるエドが俺の願いを代わりに叶える、というのはあくまで保険。

 俺は元々自分で叶えるつもりだ。だが、凛を生き返らせる可能性が少しでも上がるなら……俺はそれに縋る。格好悪くても、見っとも無くても、情けなくても。


「そうゆう事か……ハハッ、なるほど。よろしく」


 もう一度軽く笑い、出されていた白羽さんの手を握る。


「これで成立だね。こちらこそ宜しく」


 白羽さんは握った手を握り返してきた。とても力強く。

 握手をほどき、互いの椅子に座り直す。


「コーヒー、ぬるくなってしまったね。新しいのを頼もうか」


 コーヒーに入っていた氷の姿は解けて無くなっていた。中から店員を呼び、同じメニューを頼む。


「少し、一息つこう」


 ギシリと背もたれに寄りかかる。


「少し長く喋ったからね」


 カランカラン、と店のドアに付いている鐘を鳴らして店員が出てくる。

 他に客がいないせいか、俺とエドが頼んだアイスコーヒーがさっきよりも早く来た。白羽さんが頼んだホットコーヒーはまだらしい。


「じゃお先に」


 ミルクを入れてかき混ぜ、ストローを吸う。ゴクゴクと喉を鳴らせて飲むと、冷たいコーヒーが喉を通って腹に入って行くの解る。

 そして、少し遅れて、白羽さんのホットコーヒーが来た。そのホットコーヒーを相変わらず涼しげな顔で飲んでいる。

 ふーむ、やっぱり汗一つかかないってのはどんな仕組みだ? 物凄い寒がりだとかそんなふざけた理由な訳ねぇだろうし。

 そんなくだらない事を考えながら一息つく。


「そろそろ話を再開しようか」


 自分のアイスコーヒーをグラスの半分ぐらい飲み終わったあたりに、白羽さんが切り出す。


「で、次はなんの話だ?」


 コーヒーを一口だけ飲んで、グラスを置く。


「うん。君がもし協力してくれなかったら、このまま解散だったんだけどね」

「そりゃね。断られたら話す事なんてねぇもんな」


 軽口を言いながら、グラスに入っているストローをカラカラと回す。


「それで今から話す内容は……SDCが行われている理由だ」

「……? 理由って人体実験の人材の選抜と、その実験体の実戦を含めたデータ収集とかだろ?」

「それもある。だけど、その他にも目的があるんだ」


 他の目的……人体実験の他にも……?


「その他の目的っていうのがね……個技能力と言い、通称『スキル』と言われている」


 コギノウリョク、スキル……?


「そういや、前にエドの話を聞いた時にも出てきたな」


 確か、前回のSDCのテイルと出会ったって時の話だ。その話は俺がバイトだったんでまだ全部を聞いていなかったんだった。


「それで、そのスキルと言うモノだが……」

「そのスキルってのは少しだけ知っている」


 白羽さんが話しているところに割り込む。


「だいぶ昔、小さい頃に親父から聞いた覚えがある」

「ほう?」


 それを聞いて白羽さんは興味ありげな顔をする。


「親父は『人には個人特有の雰囲気。そして能力、技術などを持っている。能力、技術となると得たモノによっては自身の力を格段に上げる』」


 幼い頃、毎日道場で親父に鍛えられていた。そんな毎日の中の、ある日を思い出す。親父が妙に真剣な顔で話した事を。


「『それは必ず誰しもが持っており、得られるかどうかは自身次第』って感じな事を、小せぇ頃に聞かされた覚えがある」


 あんまり思い出したくない親父の顔を思い出しながら。


「それ以上は教えられていないから分からないけど……多分、白羽さんが言ったスキルってのと同じ事を言ってたんだと思う。まぁ、親父はスキルだなんて言ってなかったけど」


 なんか、ギジ……なんとかって言ってたような。


「なるほど。他には聞いてないのかな?」

「あぁ、俺が聞いたのはそれだけだ。もしかしたら聞いていたかもしれないけど、まだ小さい頃だったからな、忘れてしまってるかもしんねぇし」

「ふん、そうか。おそらく君のお父さんが言っていたのはスキルで間違いないだろう」


 少し考えて白羽さんは話す。


「でも、君はスキルの存在は知っているが詳しい所までは知らないようだ」


 その通りだ。親父から聞いた話では、そのスキルってのがどんなモノなのかは言われていない。


「その事について、君には知っていてもらいたい」

「……解った。悪かった、大して知りもしないのに話を止めて」

「いや構わない。正直、君がスキルの事を知っていたのには少しばかり驚いた」


 さっきまでまったくなかった風が少し吹いてきた。その風が白羽さんの長い髪を靡かせる。

「咲月君、君はお父さんから聞いた話でスキルは誰でも持っているというのは分かるね?」

「あぁ。だけど、俺はそのスキルってヤツは持っていねぇぞ?」


 右手を見て手の平をグッパ、グッパ、と握ったり開いたりする。


「それはね。まだ目覚めていないか、または目覚めているのに気付いていなかのどちらかだ。多分、君は前者だろう」


 はぁ、と一言だけ言って右手から白羽さんに視線を変える。


「スキルはね、目覚めやすい時期があるんだ。その時期というのが大体、約十五歳から二十歳の間と見られている」

「目覚めやすい時期って……そんなのがあるのか」

「あくまで目安だがね。だから三十路を超えてから目覚める例も珍しくない。もちろん逆に早い場合もね」


 じゃあ、その目安で言うと俺は時期的にスキルが目覚めやすい歳なのか。


「目覚め方も色々あってね。急に目覚める事もあれば少しずつ、段階を踏んで目覚める事もある」


 ふぅん。つまり目覚めやすい時期があって、誰もが必ずスキルを持っているけども、実際は目覚めるかどうかは運次第な訳だ。


「それで? 前置きは分かった。そのスキルの本題を話してくれよ」


 テーブルの上からアイスコーヒーのグラスを取って少し飲む。


「人がスキルを使っているのを見た事はあるかい?」

「いや、ないな」


 白羽さんは両肘をテーブルの上に置き、両手の指を絡めて話を続ける。


「そもそもスキルがどんなモノなのか知らないんだ。誰かが使ってたとしても、それに気付かないだろ?」

「そうだね、その通りだ。だけど、スキルの能力によってはスキルの存在を知らなくても、その場でとある異変に気付くのもあるんだよ」


 異変? 白羽さんの言っている意味が理解出来ず、少し困惑する。スキルを知らないというのに、スキルに気付く事がある……?


「スキルにもね、色々な種類があるんだ」

「種類?」

「そう。ここからは少し複雑になるが、スキルは人によって能力が違う。その能力自体や効果、範囲、形、意味、持続時間と色々とね」


 能力自体が違いを持つのは分かる。だけど効果や範囲、それに形も?


「今まででね、確認されているスキルは『肉体強化系』と言われる種類が多いんだ」

「肉体強化って……腕の筋肉を上げる、とかそんな感じか?」


 左手を右腕に当てて、力瘤を作る動作を繰り返す。


「まさにそれだよ。能力で腕の筋力を上げて、それによって持ち上げられなかった物を持ち上げれるようになったりする」


 マジか……少しふざけて言ってみたんだが、どうやら本当らしい。いやまさか、こんなに単純なモンだとは思わなかった。


「でもね、それだけなんだ。スキルで“腕の筋力”を上げても、今言った場合では“持ち上げる”以外は出来ない」


「は? どういう意味だ?」


「例えば肉体強化で『腕の筋力増加』をしたとしよう。しかし、『筋力増加』をしても一つの行動以外での効果は得られないんだ。今言った場合では"持ち上げる"という行動だけに効果が発揮される。だから、その能力を使って物を殴っても簡単に壊す事は出来ない」


 白羽さんの話では『肉体強化』と言っても『肉体強化』自体にさらに種類があるって事だ。

 つまり、今は例として腕の筋力増加だったが、腕と言っても他に握力増加とかがあり、さらにそこから別の種類の能力に別れるのか。


「じゃあ、足もそうなのか? 肉体強化で脚力を上げても、“蹴る力”や“走る力”って別れているのか?」

「うん、その通りだ。肉体強化系は全てそうなっている。種類がありすぎるんだ」


 確かに多過ぎる。たった腕という身体の一部分だけで数種類ある。全身だと一体幾つあるんだ?


「だから、SDCを行ってるんだろう。その数多くあるスキルを集めるために」


 ……なるほどね。時期的には高校生が一番スキルが目醒めやすい。しかも、簡単に集められるときた。この上なく都合のいい場所だよ。


「なぁ、思ったんだけど、肉体強化ってのは身体の一部分を強化する内容によって効果が変わるんだよな?」


 腕の強化なら、さっき例として出た“持ち上げる”力や“握力を上げる”力、他にも“投げる”力などある筈。


「あぁ、そうだ」

「でも、その決められた効果以外の効果は得られない。ならそれは、肉体強化と言うより行動を強化、の方が正しいんじゃないか?」


 肉体強化で腕の筋力を上げても、一つの行動以外では効果はない。

 ならそれは肉体強化と言うより、その『やろうとしている行動、目的を補助する』の方が合っているんじゃないだろうか?


「ふむ。咲月君、君はなかなか鋭いね」


 白羽さんは絡めていた指を解き、椅子に寄りかかる。


「確かにそう考えられるね。腕を強化しても効果を得られるのは一つの事に対してだけなのだから」

「じゃあ、なんで肉体強化に区分されているんだ?」

「うん、また例え話になるんだが……肉体強化での効果内容が“一時的腕力増加”、というのがあったらどうだろうか?」


 “一時的腕力増加”……?


「そのまんまの意味じゃないか? 通常よりも力持ちになるんだろ?」

「その通りだ。腕の筋力を増加している訳だから殴る、持つ、投げる、握る、締める。腕の筋力を使う行為が全体的に強化される」


 ちょっと待て。“全体的”に、だと?


「それ変じゃねぇか? 今のアンタの話だと矛盾している。腕を強化しても一つの事以外の効果はないんだろ?」


 握力は握力、投力は投力のみ。一つの強化に一つの行動しか効果はない。


「そうだね。だけれど、強化の内容にもよるさ。最初に言った例だと“持ち上げる”、という強化内容。そして、今言ったのは“一時的腕力増加”」


 白羽さんは淡々と涼しげに話を進めていく。


「前者の強化内容だと、初めから“持ち上げる”という一つの内容を決めてしまっているんだ。だけど後者は“一時的腕力増加”という風に“何々をする”と目的行動を決めていない。だから同じ肉体強化でも、効果を得られる範囲が違う」


 なるほど、一部分でも効果とその範囲の違いまであるのか。


「じゃあ、強化内容によっては全身……つまり身体能力全てを強化する、なんて事も出来るって訳だ」


 だから強化内容によっては、“持ち上げる”だなんて固定された行動しか強化出来ない能力じゃなく、"腕力増加"のように、初めから“持ち上げる”という行動も含めての能力なら、使用範囲は広がる。


「そして人によって、その効果時間が異なる」


 それが初めに白羽さんが言った、人により能力の違い。

 効果、範囲、形、意味、持続時間の内、効果と範囲と持続時間の事か。


「でもやっぱり……話を聞いても、肉体強化と言うよりもやはり行動の強化、と言う方がしっくりするんだけど」


 いくら“腕力増加”なんて能力があっても、持ち上げるとか投げるとか、それにのみにしか効果を得られないのなら、やはり肉体強化とは言いにくい。


「そうだね。でも、持ち上げるという能力も投げるという能力も、腕が強化された能力には変わり無いんだ」


 そりゃそうかも知れないけど……腕の強化とはいえ、得られる効果は投げるだけ、持ち上げるだけ、なんてちょっとな。


「なら聞くが、君は本はどう区分するかな?」


 本……? なんか話題が逸れた気がしたが、言われたままに答える。


「別に……漫画や小説、雑誌、絵本、他には辞書とかもそうだよな?」

「大まかに分ければそうだね。その中で……そうだね、漫画にしよう。本という一つのモノに幾つもの種類がある。その中の一つが漫画。しかし、漫画と一言で言っても色々なジャンルがある」


 白羽さんは喋りながらコーヒーカップを手に取る。


「冒険、SF、ホラー、恋愛、ファンタジー、アクション、と数多くね。その中の一つをテーマにした漫画を、君は本とは別の種類に分けるかい?」


「あ……」


 言われてみれば、確かに。今の話を分かりやすくすると、本が肉体を指して、本の種類が身体の部位。そして、ジャンルが強化の内容。

 いくら漫画でホラー物を描いて絵がうまくても、いくら小説でファンタジー物を書いて表現がうまくても、結局は“本”というモノには変わらない。

 どんなにジャンルが違くて、どんなに内容が違くても“本”という種類に分けられているんだ。


 だから肉体強化もそう。どんなに限られてて、能力効果が少ないとしても能力の効果を“持ち上げる”、“投げる”という風に身体を用いて発揮するのなら、それは肉体強化になる。

 どんなに短い日記帳でも、ノートに描いた落書き帳も、何かを書いた紙を綴れば、それも本。

 つまりそういう事だ。能力効果が一つの事に対してのみでも、身体を使っている以上、肉体強化に分けられる。


「なるほどねぇ」


 スキルの話をする時、白羽さんが複雑な話になるって言ったのが納得出来た。

 そんな白羽さんはホットコーヒーを一口、二口と口に運んでいる。


「そして、次のスキルだ」


 俺が頭を整理し終えたのを見計らって、白羽さんが話しだす。


「次?」

「スキルには色んな種類があると言ったろう?」


 あぁ、そういやそうだ。肉体強化はその内の一つに過ぎないんだ。


「さっき君は、肉体強化の話で“持ち上げる”などの能力は行動を強化する、の方がしっくりすると言ってたね」

「あぁ、言ったけど?」

「実は実際にあるんだ。スキルの種類に『行動強化』と言うのが」


 白羽さんはコーヒーを全て飲み干し、空になったカップをテーブルに置く。


「いや、待ってくれ。今、肉体強化の話を納得したけど……それはスキルの種類に行動強化ってのが無いと思ってたからだぞ?」


 せっかく納得した頭の中が少し揺らぎ始めた。


「行動強化って種類があるなら、肉体強化の持ち上げるだけの能力や投げるだけの能力はそっちに入るんじゃないのか?」

「いや、それは行動強化には入らない。それは間違いなく“肉体強化”だ」


 白羽さんは一度、椅子を座り直して足を組む。


「行動強化というのはね、文字通り行動を強化する。肉体強化は身体の一部分でも使っていればそれに入る。だから、“行動強化”は『一つの一時的な目的を成し遂げる』事を補助、または必要な強化を得られる」

「一時的な目的?」

「そうだね……例えば強化内容が『このカップをストローで割る』としよう。まずこれで私にはカップを割るのに必要な力が入る。これでは“肉体強化”と変わらないが、強化内容が『ストローで割る』となっている。ここで“肉体強化”との違いが起こる」


 白羽さんが俺のアイスコーヒーのグラスからストローを取る。そして、空にしたホットコーヒーのカップの上空にストローを構えた。


「肉体強化なら、このカップを割る力が私にあっても、ストローにはそれを為せる程の強度がない」


 構えていたストローを包丁で切るように真下にあるコーヒーカップに振り降ろす。すると、ストローはペコッと音をたてて曲がった。


「しかし行動強化なら、強化内容に『ストローで割る』と強化の範囲にストローも入っている。だから、例え同じストローでも容易く割る事が出来る」


 そう言い、ストローをコーヒーカップに再びコツンとぶつける。

 って事は……“肉体強化”と違う所は、強化内容によって一時的な目的を成し遂げる為に使う道具までも強化するのか。


「これはあくまで例だよ。さすがにストローでカップを割るだけの能力なんてのはないだろうからね」


 白羽さんは少し笑いながらストローを空で回している。


「じゃあ、今の強化内容でストローを俺のグラスにぶつけたり叩いたりしても、強化内容の目的である『カップ』以外の物だから、グラスを割る事は出来ないんだな?」

「その通りだ。行動を強化する目的以外の物には、強化をしていてもストローは元の強度のままだ」


 大体解った。と言うか、“行動強化”の説明を聞いて逆に“肉体強化”との分け方も理解しやすくなった。

 行動強化も肉体強化のように、強化内容によっては身体の強化もされる。しかし、肉体強化と違う所は、行動強化はその強化内容の『目的』を成す為に使われる物までも強化するんだ。


 『目的』を為すという“結果”を出すまでの過程の中で、必要になるモノまで強化する。

 つまり能力を発動し、結果が出るまでの間は目的達成に関わり、尚且つ必要なモノ、動き、効果。一つの『目的』を達成するまでの一連の動き全てを、『目的』を果たすまでの『過程』を強化する。

 だから『行動強化』なんだ。肉体強化は行動強化と違い、身体を強化出来てもモノの強化は出来なく……“持ち上げる”能力は、持ち上げる以外の効果はない。


 見方によれば“持ち上げる”という行動が強化されているように見える。だけど『行動』と言うのは、『目的を持って行う』事を言う。

 肉体強化の“持ち上げる”能力だと、強化の『内容』はあっても『目的』がない。ただ“持ち上げる”という強化の効果内容のみ。

 だから“持ち上げ”たり、“投げ”たりする能力は強化の効果を身体にのみ得ているから肉体強化になる。

 『目的』が無く、ただ何をどうするか、という概念しかないから。


「行動強化の事は大体解った。だけど、行動強化の持続時間がまだよく解らない。肉体強化は強化の内容にそった事をしている間なんだろ?」


 “持ち上げる”能力なら、何かを持ち上げている間は能力が発動。つまり持続している。

 そして、持ち上げていたモノを投げる、降ろす、まぁ手から離したら、その時点で持ち上げていない事となるから能力が効果が切れる。


「じゃあ、行動強化はどうなるんだよ? 今の白羽さんのストローの話だと、カップを割った時点で強化内容の『目的』は果たした。なら、それで強化効果は切れる」


 けど、そんなのは簡単に『目的』を為す事が出来る。『目的』の対象が動きも抵抗もしない物。当たり前だ。


「だけどもし行動強化を俺が使い、強化内容の『目的』が『白羽さんをこの場で殺す』、なんてモノだったらどうなるんだ?」


 なら『目的』の対象物が自分と同じように動き、抵抗するモノだったら、強化内容で今言ったように『この場で』と範囲を特定されているのなら、どうなる?


「その場合は、この場で私を『殺す』という結果が出るまでに使用するモノ全てが強化される。しかし、ただ『殺す』という『目的』でも、『ストローで割る』のように固定された強化対象がない。だから『目的』を果たす為に使用するモノは確かに強化はされるが、結果を直接出す事が出来る程の強化はされない。あくまで結果を出すまでの補助程度のものだ」


 ストローをテーブルに置いて質問に少し笑い、白羽さんは答える。


「結果を出すまでの補助……と言うのは、仮に君が今座っている椅子を私に叩きつけたとしよう。それを私は右手で防いで直撃は避けたが、代わりに椅子を防いだ右手を負傷して利き手を失った。この時点で私を『殺す』という結果を出しやすくなった訳だ。もちろん、行動強化によって『目的』を達成するまでの過程の中に入っているから椅子も強化されている。つまりそれで『殺す』という『目的』の補助になった事になる」


 白羽さんは小さく息を吸い。


「そして君の質問に対する答えだが……」


 一度軽く肩を竦め、溜め息を吐く。


「行動強化の持続時間、そして強化効果の範囲はこれと言って決まっていない」


「決まっていない?」


 白羽さんの答えに少し戸惑う。

 さっき自分でも言ったように、肉体強化の"持ち上げる"能力ならば、物を手から離した時点で強化の効果がなくなる。

 なら行動強化は強化する『目的』を為したら、それで効果は終わりなんじゃないのか?


「君は行動強化の効果が得られる持続時間が解らないと言ったね。行動強化は『目的』を為し遂げれば強化の効果は消える。そういうモノだからね」


「そりゃね、行動強化は『目的』を為し遂げる為の強化だ。『目的』を果たせば効果が消えるのは当たり前だ。だけど白羽さんは持続時間が決まってないって言ったよな? それがよく解らねぇな」


 行動強化の持続時間が決まっていないのなら、それは永遠に強化効果を得られるって事になる。


「君がさっき言った『私をこの場で殺す』、という強化内容だが……『この場』、つまりそれは、このオープンカフェを指しているね?」

「あぁ、そうだ」

「君はあえて、強化内容に『この場で殺す』と場所限定の内容を入れた。もし、『この場』を指す所から離れたら“行動強化”の効果を得られるのか…という疑問があったから」


 そうだろう? と白羽さんは眼で語りかけてくる。


「……そうだよ。強化内容に場所を限定する内容があったなら、その場から離れたら強化効果はどうなるのか、ってな」


 もし俺が、ここで『白羽さんをこの場で殺す』という“行動強化”を使ったら……白羽さんを『殺す』という“結果”が出るまで効果は得られる。

 だけどもし白羽さんが逃げ、俺がそれを追って強化内容にある『この場』を離れたらどうなるのか?

 『この場』から離れたせいで効果は消えるのか、それとも『目的』を果たしていないから続くのか……。


「もちろん消えてしまうよ。行動強化の『目的』が『私を殺す』となっていても、君が指した『この場』……つまりオープンカフェからいなくなるからね」

「じゃあ、強化内容に強化範囲を『この場』と場所を固定しているなら、『目的』を為していなくても強化効果内から離れたら効果は消えるのか」


「しかし、それは“君の場合”は、だ」


 俺の場合? どういう意味だ……?


「そうだね。今から私が君に対して行動強化を使うとしよう」


 顎に手を当て、白羽さんは思いついたように話す。


「その強化内容は『この場で咲月君を殺す』、だ」


 それはさっき、俺が白羽さんに対して言った内容を逆にしたモノだった。


「ここで咲月君に聞こう。今、私が言った強化内容だと……強化範囲はどこまでだと思う?」


 どこまでって……『目的』の対象物が変わっただけで、あとは俺が言ったのと変わらない。なら簡単だ。


「どこって言われても、強化内容に『この場』って言っているんだ。だったら、俺と同じでこのオープンカフェだろ?」


 強化内容には『この場』と俺と変わらないんだから。


「残念ながらハズレだ。私の場合はオープンカフェではなく、この『駅前』を指している」

「え? いや、なんでだ? 強化内容に『この場』って俺と同じになってるのに……」


 俺が言った『白羽さんをこの場で殺す』と、白羽さんが言った『俺をこの場で殺す』で『この場』と効果範囲が同じ筈。

 なのに範囲が違うってのはどういう訳だ……?


「君から『私をこの場で殺す』という強化内容を聞いた時に、私は『この場』はこのオープンカフェを指してるか、君に聞いたね?」

「あぁ」

「あれは君の中の『この場』、というのを確かめる為だったんだ」


 白羽は顎から手を離し、その手を左手と絡ませて腿の上に乗せる。


「俺の中……?」


 『この場』は『この場』だ。それ以外にないだろ。


「だから“君の場合”は、なんだ。君は強化の効果範囲を『この場』と決めてから、君の中では『この場=オープンカフェ』となってしまっている。しかしね、『この場』という言葉は、何もオープンカフェだけを指す言葉ではないだろう?」


「あ……」


 白羽さんが言いたい意味が分かり、小さく口を開ける。


「解ったかい? 人によって『この場』の範囲が違うんだ。咲月君にとってはこのオープンカフェだったが、私にはオープンカフェを含む『駅前』が強化範囲の『この場』なんだ」


 そうか、だから"俺の場合"なのか。

 『この場』というのは、場所を特定しているようでしていない。一言で『この場』と言っても複数の場所がある。

 今言った白羽さんの場合の『この場』は『駅前』だったが、このオープンカフェがあるの西口。そして反対側に東口。『駅前』と言えど西口、東口と二つある。

 だから白羽さんの強化範囲である『この場』は、西口だけなのか、それか東口だけなのか。それとも西口、東口の両方を含めての『駅前』なのか……。

 それだけでも効果範囲が分かれる。


「あ……じゃあ、もしかして行動強化の持続時間が決まっていないっていうのは……」

「そう。今のように強化範囲が『この場』となっていても、人によって変わる。一見では『この場』と決まっているように思えても、実際は決まっていない。内容が同じでもね。だから決めようにも決められないのさ」


 そういう事だったのか。確かに、それじゃあ決めようがない。

 強化内容には『この場』と定まっていても、人によって範囲が変わる。言葉は同じでも、その意味が違う。

 ……あ、そうか。意味だ。これが白羽さんが言った、能力は人によってある違いの内の『意味』に当たるんだ。


「じゃあ、つまり持続時間は『目的』より『内容』が優先されるって事でいいのか?」

「そうだ、いくら行動強化の『目的』を果たしていなくても強化内容に効果範囲が定められているなら、その効果範囲外になったら効果はなくなる。“結果”を出すまでの『過程』を強化すると言っても、効果範囲の『この場』から離れれば、もう『この場で殺す』という“行動強化”の目的達成までの過程からズレているからね」


 って事は行動強化"はある意味、『目的』よりも強化内容の方が重要なのかもしれない。


「今、ふと思ったんだけどよ」

「うん、なにかな?」


 姿勢を変えず、白羽さんは返事をする。


「行動強化は『結果』が出るまでの過程を強化するってのは解った。ならさ、『目的』の対象物が見えない場所にいる場合はどうなるんだ?」

「見えない場所?」


 言葉が足りなかったのか、白羽さんは言われた言葉を言い返した。


「さっきさ、『俺をこの場で殺す』っていう強化内容の“行動強化”を言ったよな? もしそれの白羽さんの中の『この場』というのが、駅の中も含む『駅前』だったらの話なんだけど……」

「あぁ、なるほど。そういう意味か」


 今の説明でピンと来たのか、白羽さんは俺の言いたい事が解ったらしい。


「うん、私の場合の『この場』は駅内も入っている」


 そして、返答する。


「じゃあ、もし俺が駅のホームにいて、白羽さんはこのオープンカフェにいる状態で行動強化の『俺をこの場で殺す』を使用したら……ここを動く事無く、俺を殺す事は出来るのか?」


 例え互いが肉眼で確認出来ない場所にいても、使用者の行動強化の効果範囲内に目的の対象物がいるのなら……目的の対象物に気付かれる事無く、そして自分を危険に晒す事も無く『目的』を為す事が出来るのか?


「うん、そういう考え方もあるね」


 白羽さんは何故か、少し楽しそうな顔をしている。


「なら聞くが、そのスキルを使用して私はどうやって咲月君を殺すのかな?」

「そうだな、今思い付く方法と言ったら……」


 目線を上に向けて、少し考える。


「俺の近くにいた人を操って殺す、とか?」


 そして、目線を再び白羽さんに合わせて答える。

 今、俺が言った方法ならば証拠が残らない上に、その場にいないのだから疑いすらかからない。操られた人はたまったモンじゃないが。


「うん、それなら確かに私はこの場を動く事無く君を殺せるね」


 白羽さんは口を少し斜めにして、また面白そうにしている。


「だが、残念ながらそんな事は出来ない」


 両肘をテーブルの上に置いて白羽は話す。


「行動強化は、その文字通り『行動』を強化するんだ。『咲月君をこの場で殺す』という行動強化の効果範囲内だとしても、今のような他者を操る様な事は出来ない。なぜなら、『殺す』という“結果”を出すのも、その“結果”を出す補助しているのも、行動強化を使用している本人ではないからだ」


「本人では、ない?」


 少し眉間に眉を寄せて、今の話を聞き、少し頭を整理する。


「行動強化はそれを使っている『本人』の行動を強化する。だから、操った人で目的の対象物である咲月君を『殺す』なんて出来ないし、それを補助する事も出来ない。それに行動強化で強化を得られるのは効果範囲内であるのはもちろん、行動強化を使用している『本人』が触った物だけなんだ」


 触った物だけに、か……。確かに、自分から言っておいて何だが、赤の他人を自分の意識で好きな様に操るなんて、そりゃあいくら何でも反則だろ。


「ならこう、念じて目的の対象物を呪いみたいな感じで殺す。っていうのも出来ない訳だ」

「そうだね。それもスキルの使用者が何かに触れている訳でもない。それに念じただけでは、行動とは言えないからね。それに行動強化は、対象物には物理的な形でしか影響を与えれない。本人が直接殴ったり、触れて強化した物を投げたりね」


 そりゃそうだ。念じて殺せるなんてどんな裏技だよ。


「それにあくまで恐らく、なんだが、例え他人を操れたとしても結局は目的の対象物には何もする事が出来ない」

「は? なんでだよ、操る事が出来たなら殴ったり蹴ったりぐらいは出来るだろ?」


 さっき白羽さんが話した内容通りなら、行動強化は使用者本人が直接、または触れたモノでブン殴った場合に効果は現れる。

 なら、操る人に行動強化の効果が得られないにしろ、それは強化が出来ないだけで普通に殴ったりする分には可能な筈だ。


「そうだね。殴りかかったり、蹴りかかったりするのは当然出来る。だが殴る、蹴るは出来ない。解るかな? この違いが」


 殴りかかったりするのは出来て、殴るのは出来ない……?

 『殴りかかる』と『殴る』、二つの同じような言葉。その言葉の違い。


「……解らないかな?」


 間が空き、沈黙が流れて少し経ってから白羽さんが答えを聞いてくる。


「いや、違いってのは『殴りかかる』は殴るまでの動作。そして、『殴る』は行動を起こした結果。つまり、そういう事なんじゃないのか?」


 自分なりに考えた二つの言葉の違いを答える。


「うん、その通りだ」


 俺が正解を答えるのを予想していたのか、白羽さんはスムーズに話を進めていく。


「その答えが出たのなら、もう解るだろう?」


 そう言って白羽さんは俺を見る。


「そのまんまの意味で、殴りかかれるけど殴れない……ってか?」


 ふざけて少し適当に答える。


「そう、正解だ」


 ……は? え、当たり?


「いやいや、ちょっと待ってくれ!」


 当たるとは思わないで答えたのに当たるって……ちょっと焦ってしまう。


「本当に当たってるのか?」

「うん、そうだが?」


 適当に答えたのが当たる。なんか納得出来ない気がするが……当たってしまったんだからするしかないか。


「俺の答えが当たったのはいいが、その理由が解らない」


 『殴りかかる』と『殴る』の違いは解った。だが、なぜ『殴りかかる』事が出来て『殴る』事が出来ないのか、その理由まだ話してもらっていない。


「それの理由はね、行動強化さ」

「行動、強化?」


 まったく予想していなかった答えが返ってきて、俺はまた戸惑う。


「え……いや、行動強化で操っている人は行動強化を使っている本人じゃないから行動強化の効果はないんだろ?」

「いや、私は一言も操っている人に行動強化の効果は与えられない、とは言っていない。強化は得られない、とは言ったけれどもね」

「なっ……」


 いや、確かに……思い返してみると白羽さんはそんな事は言っていない。俺が勝手にそう思ってただけだ。


「そもそも、人を操っている時点で『操る』という形で操ってる人に行動強化の効果がかかっているだろう?」

「あ……」


 言われてみればそうだ。人を操っていることが既に、行動強化の効果なんだ。

 なら操っている時点で『操っている人』には行動強化の効果を与えている。『強化』ではなく『効果』を。


「じゃあつまり、操っている人が目的の対象物に殴る事が出来ない理由ってのは、行動強化の効果がそうしてるって言うのか?」


 白羽さんの話、そして言い方を聞くとそうなる。

 『強化は得られないが、効果は得られる』。

 そうなるともう、それしかない。


「そうだ。先ほど言ったように、行動強化の強化は使用者本人にしか現れない」


 そう。強化は“行動強化”を使っている本人のみ。だから操っている人には、それは現れない。

 だが、それは強化を得られないだけで、強化を得ていない通常の状態で何らかの方法で対象物にダメージを与えられる。と俺は思っていた。

 だけど、それは違った。


「しかし、それは“強化”だけで“効果”はちゃんと得られる。プラスとして、もちろんマイナスとしてもね」

「プラスと、マイナス……?」


 プラスってのは、言葉でなんとなく理解した。それは行動強化によって得られる強化の事だろう。しかし、マイナス?


「プラス、というのは何を指しているかは解るね?」

「行動強化による使用者本人に得られる強化の事だろ?」


 そのなんとなく理解した事をそのまま話す。それを聞き白羽さんは、そうだ。と言うように一度だけ軽く頷く。


「そして、マイナス。これは操っている人側に現れる」


 行動強化を使用している本人ではなく、操っている人側に?


「あ……じゃあ、それが操っている人で『殴る』事が出来ない理由か」


 操っている人で『殴る』等の危害は与えられない。その理由は行動強化にある。そして、行動強化の効果にはマイナス面で働く事もある。ここまでネタが出てくれば誰にだって解る。


「そうだ。行動強化は『目的』を為すまでの過程を強化する。肉体、もしくはその“結果”を出すまでに使った物を。しかし、操った人で『殴る』という行動は行動強化の使用者本人の行動ではない」


 そうだ。だから行動強化による強化は与えられない。


「行動強化は使用者本人が『目的』の対象物に直接手を掛けなければならない。だから操った人で『目的』の対象物に危害を加えた場合、その操っている人に行動強化の効果が掛かる」


 殴った時に行動強化の効果が……?


「そう、『行動強化は使用者本人が直接手を掛けなければならない』のだからね」

「そうか。行動強化で操っている人で攻撃する事は……」


 直接ではない。使用者が人を操って対象物に攻撃するのは、直接ではなく間接だ。


「だから、そこで行動強化の効果が出るんだ。行動強化を使用して、直接ではなく間接的に攻撃しようとしているんだからね」


 白羽さんはテーブルを指でトントン、と叩きながら話す。


「そして、その効果の内容は……『結果を出す為の補助の遮断』だ」

「補助の、遮断……? 強化じゃなくて?」


 言い終わると同時に、トン、と叩くのを止める。

 行動強化の効果で人を操る事は出来ても、強化は出来ない。なら、強化の遮断と言うんじゃないのか?


「うん。行動強化は『目的』の対象物に直接、使用者本人が“結果”を出さなくてはならない。そういう能力だからね」


 そうだった。行動強化は……いや、肉体強化にも言える事だ。

 白羽さんから教えてもらった話だと、強化系は本人自身が使い、その効果が与えられる。

 そして、行動強化は使用者の『行動』を強化する。だから、使用者本人が直接“結果”を出す形でなければ、それ以外で効果はない。

 そう、ただし……プラス面では、の話だ。


「だから、マイナス方向での『補助』が出る。『目的』の対象物に対し、使用者本人以外の人が“結果”を出す、または“結果”を出す為の『補助』を行おうとした場合にね」

「でもさっき、白羽さんは『補助の遮断』がかかるって言っただろ。それじゃあ矛盾してないか?」


 補助が遮断されると言ったのに、それに補助が掛かると言う。言ってる事が無茶苦茶だ。


「いや、私が言ったのは『“結果”を出す為の補助の遮断』だ。『補助の遮断』ではない」


 またトンチじみた答えが返ってきた。


「今、君が言った『補助の遮断』だと行動強化の『補助』を全て遮断してしまう。だが、さっき私が言った『“結果”を出す為の補助』というのは、行動強化を使用している本人が『目的』の対象物に直接何らかの形で攻撃する事で、その行動を強化し、それによって通常よりも大きな影響を与える事で“結果”を出しやすくする事を言う」


 あぁ、言ってる事が解った。俺が言った『補助の遮断』だと、白羽さんが言った通り“行動強化”の補助全体が無くなる。

 つまり、簡単かつ解りやすく言っちゃえば……。


「ただの『補助の遮断』だと、行動強化自体が無効になるって事か」

「そうだ。だから操っている人への行動強化の効果も切れ、操る事が出来なくなる」


 そうか、人を操っているのも行動強化。行動強化自体が無効になるんだ。当たり前か。


「なら、その『“結果”を出す為の補助の遮断』ってのは具体的にはどうなるんだ?」


 『補助の遮断』と『“結果”を出す為の補助の遮断』。

 白羽さんが説明してくれて、この二つの違いは大体解った。ただ解ったのは違いで、現れる効果ではない。


「うん。操っている人で対象物を殴りかかったとしたら、それで終わり。殴りかかる以上の事は出来ない」

「使用者本人が直接攻撃してないからな」

「そうだ。使用者本人以外が対象物に攻撃、しかも直接ではなく間接的にだ。そこで、行動強化の効果が現れるのさ。行動強化を使用して行動強化の範囲外の行動をしようとする。だから、行動強化が行動強化を制御をするんだ。行動強化を使って行動強化の効果以上の事をしようとしているからね」


 白羽はテーブルの上に置いていた腕を肘を立て、指を組んで話を進める。


「行動強化が行動強化を制御……」

「そう。行動強化が行動強化を守るんだ。行動強化のルールをね」


 ルール……また新しい設定が出てきた。ただでさえ今だけで頭が混乱しそうだというのに。


「そのルールってのは……?」

「何度も言っている『結果を出すのが使用者本人でなければならない』や『直接結果を出す、または補助をする』とかだよ」


 あぁ、それか。新しくルールなんて言ってきたから、また覚える事が増えたのと思った。

 ただ、今まで言った行動強化の条件を一まとめにしただけか。


「だから、この場合……操っている人で殴りかかっても、それは殴る寸前で止まるか、または『殴りかかる』という行動さえ起こさないだろう」

「行動強化の効果、つまり行動強化が行動強化を制御するってヤツでか?」

「うん。『操っている人で殴る』は行動強化の効果範囲以上の事だ。だから、行動強化がそれを無効にする。『殴る』という命令を無かった事にしたり、殴った時の痛み、衝撃、反動……全てを消したりね」


 なるほどね。行動強化が行動強化を制御をする。

 行動強化が行動強化以上の事が出来ないように使い手の行動を制限。行動を強化出来て、行動を制限される。なるほど、そういう事か。


「そして、『人を操る』というのは『操る』だけで、『目的』の対象物に直接何かをしてる訳でもないし、“結果”を出す補助をしている訳でもない」


 そう、だから行動強化で操れる。まだルールを守っているから。だから『“結果”を出す為の補助の遮断』なのか。


「だが、もし私が今ここで行動強化の『咲月君をこの場で殺す』を使い、エドに『咲月君を殴れ』と命令したとしよう」


 白羽さんは、自分の右隣に座っているエドを一度だけ見て、すぐに俺を見る。


「この場合だと……エドは君を殴れるかな、それとも殴れないかな?」


 そして白羽さんは質問してきた。


「いや、白羽さんが何度も言っていたじゃねぇか。使用者本人が直接“結果”を出さなければならない、って。だったら殴れる訳ないだろ」


 エドが俺を殴ったら、それは俺を殺す為の補助をした事になる。なら、その『“結果”を出す為の補助の遮断』とやらが働く筈だ。


「それがね、殴れるんだ」

「……え?」


 殴れないとしか思っていなかったのに真逆の答えを言われ、その驚いた顔を見て白羽さんは少し笑う。


「確かに私は行動強化を使っている。だが、私はエドを操っている訳ではない。ただ命令をしただけさ。だから、エドは私が使っている行動強化の影響を受けていない」


 ……そうか。行動強化をエドに使っていないのなら、『“結果”を出す為の補助』が働く事はない。


「私はエドの上司で、エドは私からの命令を断れない立場ではある。だが、従うか従わないかは本人が決める。断ろうと思えば断れるからね」


 確かに。やるかやらないかは本人が決めれる。

 例え人質を取られていて、本意でなく従ったとしても、それだって『人質を助けたいから仕方なく従う』んだ。自分の意志で。

 だが、これも断ろうと思えば断れる。『人質は助けられない』という形で。


「『殴る』という行動を起こしているのはエド自身で、私が操っている訳ではない。だから殴れるのさ。もちろん、私の行動強化の効果ではないのだから、エドの『殴る』という行動は強化されない」


 なるほど。それならエドは俺を殴れるし、さっきの説明との辻褄も合う。

 エドが俺を殴り、それで俺が気絶したとしても……それは『エドが白羽さんの補助』をしたんであって、『“行動強化”が白羽さんを補助』したんじゃない。


「だいぶ複雑だな。行動強化ってのは……」


 少し頭が疲れ、椅子の背もたれに寄り掛かりながら右腕を掛ける。


「だけど、これはあくまで仮定の話だよ。殴れる云々以前に、“行動強化”では人は操れないからね」


 あぁ、そういえばそうだ。これはあくまで例えばの話だった。しかし、例えばの話で随分説明で時間が掛かった。


「けどま、過程の話だったとしても、行動強化について解ったからいいか」


 行動強化は使用者本人が直接、『目的』の対象物に行動を起こして"結果"、または“結果”を出す為の補助をしなければならない。

 つまり、この過程の話に発展した理由の『この場を動かずに対象物を殺す事が出来るのか』という疑問。

 これは『対象物に気付かれず殺す事が出来るか』、という意味だった。


 だが、これはまず不可能って事が解った。理由は簡単だ。行動強化は使用者本人が直接、『目的』の対象物に手を掛けなければならない。しかも、物理的な方法で。

 つまり、行動強化は対象物の前に現れて使わなきゃいけない。対象物に気付かれない方法と言えば、対象物が自分に気付く前に一撃で終わらせるしかない。


 ただ、あくまで“まず”不可能。他にあるとしたら、エドのように銃を使っている奴だったら、『狙撃』という方法がある。だが、銃を持ってる奴自体がまずいない。だから、“まず”なんだ。

 行動強化は『目的』を為すまでの"過程"を強化する。それは正直、かなり強力だ。だけどその分、対象物の前に姿を現わさなくてはならない。それなりにリスクは負ってるって訳だ。


「そして次だが、スキルの持続時間を決めれない理由、というのがある」

「まだあんのか?」

「これは今のように過程が、とか使用者本人が、という風に複雑じゃない」


 そう言い、白羽は同じ体勢で座っていて身体が痛くなってきたのか、椅子に座り直す。


「人が肉体強化、そして行動強化を使用するに重要なモノがある。それはね……精神力だ」

「精神力って……よくマンガやゲームで特別な力を使うときに必要な、アレか?」

「そう、それだ」


 いや、まぁなんとなく予想はしていた。だけどなんかこう、ゲームみたいに能力を使うには精神力が必要だ。なんて言われても……。

 なんかしっくり来ないと言うか、いきなりゲームのような話で半信半疑っつーか……。


「あまり信じられないようだが、実際は一般的にも使われているんだ」

「いや、信じられない訳じゃないんだけど……って、一般的にも使われている? 精神力が?」

「うん。君も武術をやっているなら解る筈だ。組み手や練習試合とかはやったことあるだろう?」

「あぁ、昔は結構やってた。嫌々だったけどな」


 小せぇ頃、親父に連れられて出稽古に行った時によくやらされていた。


「何かの大会に出た事は?」

「それもあるよ。中学の頃は一応、空手部に入っていたし」


 そう、俺は中学時代は空手部に所属していた。入りたくなかったんだが、親父に言われてしょうがなく入った。

 理由は『他の武術を身につけられるいい機会』というものだった。まぁ、部活を理由に親父のシゴキから逃げてたりしてたが。


「なら話が早い。その空手の大会で相手と戦う時、君はどうする?」

「どうする、って言われてもなぁ。相手を倒すしかないだろ?」


 大会なんだから相手を倒さないといけないんだ……それしかないよな?


「じゃあ試合が始まる前は? 何をするかな?」

「試合の前?」


 試合の前だろ? 何年も前の話だしなぁ。

 んー、と低く唸りながら考える。なかなか思い出せず、さらに低く唸りながら腕を組む。


「えーっとまずは着替えて、そして近くの待機場所で待ちながら水とか飲んで気持ちを落ち着かせて……あとは確か少しの間、目を瞑って集中させたり……」


 当時の記憶を思い出しながら話す。


「そう、それだよ」

「……あ?」

「今、君が言った集中だ」


 瞑っていた目を開けて白羽さんを見る。

 集中が精神力に関係するってのか?


「集中をするにも精神力が必要なんだ。周りの音や声が気にならないようにしたり、試合前で昂ぶる心を落ち着かせたりね。つまり、精神力とは何かに対する内面的な力を引き出す為の動力源なんだ」

「そりゃまぁ、そうかもしれないけどよ……」

「じゃあもし、前日の夜に眠れなかったり、当日に風邪をひいてしまったりしたら……いつも通りに集中できるかな?」

「いや、それは無理だって。集中が出来たとしても、体調がベストの時と比べたら明らかに劣る」


 いくら集中しても、どこか体調が悪いのなら必ずどこかでボロが出る。仮にいつも通りに集中できたとしても、長くは続かない。


「それと同じなんだ、肉体強化も行動強化も両方ね」

「同じって、集中とが?」

「そう。肉体強化も行動強化も、その使う人の状態によって効果の恩恵が変わる。今のように寝不足や体調不良によって能力が通常よりも劣るんだ。能力を使うのは人だからね、いくら強化内容が強力でも、その能力を使用、維持するにはそれ相応の精神力が必要なんだよ。だけど体調不良などになれば……能力を使用する程の精神力は使用するにも集中できず、無駄に費やす上に能力を出し切れない」


 そうか。肉体強化や行動強化は、使用するには能力を発動、維持する為に精神力が必要なのか。


「じゃあ、精神力が足りない場合は強化系は使えないって事なのか?」

「いや、精神力が足りなくても、ある程度の能力は使える。さっき言っただろう? 通常よりも劣る、と」

「その……通常より劣る、ってのはどういう事だ?」


 劣るってんだから、能力が低下するのは解るが……具体的には解らない。


「肉体強化の場合は……例えば“持ち上げる”能力だったら、通常なら百キロまで持ち上げれたのが五十キロまでしか持ち上げられなくなる、とかでいいのか?」

「うん、当たりだ。肉体強化は全てそんな感じだと思っていい」

「じゃあ、行動強化はどうなるんだ? 行動強化は『目的』を為すまでの『過程』を強化するんだろ?」


 だけど、その『過程』への強化が劣る…というのがよく解らない。


「それも大して肉体強化と変わらない。行動強化は『目的』を果たすという“結果”が出るまでに使うモノまでも強化すると言ったよね? 『ストローでカップを割る』という能力だったら、ストローでカップを叩いても割れずにヒビが入るだけだ」

「それじゃ通常より劣る、と言うか……『ストローでカップにヒビを入れる』に変わってないか?」

「いや、変わっていない。行動強化の“結果”を出すまでを補助をすると言ったろう? だからストローで叩いてヒビしか入らなくても、ヒビが入ったのなら次に叩いた場合にカップを割りやすくなっている。つまり次に叩く場合に割りやすくなった、とカップを割るという“結果”を出すための補助をした事になる。それに、ストローにカップを叩いてヒビが入る程の強化が与えられている。強化内容が『カップにヒビを入れる』なら、ヒビが入るだけでそれ以上叩いても割れる事はないが……『ストローで割る』となれば、一度叩いてヒビしか入らなかったとしても、『目的』が『割る』の訳なのだから『割る』という“結果”を出すまで効果があるんだ」


 つまり、なんらかの理由で精神力が欠けている場合……能力は通常より劣るというのは、本当にその通りなのか。

 今のように『ストローでカップを割る』能力なら、通常なら一度叩いただけでカップを割る事が出来ても、精神力が欠け、いつもより劣る場合は一度で割る事は出来ないが、『割る』という“結果”までの補助にはなるんだ。


「なら通常より劣る『白羽さんをこの場で殺す』能力を使って、俺が椅子を白羽さんに叩きつけたら……いつもなら腕の骨を折る位の効果があったのが、劣る場合は腕を痺れさせる程度になる。で、いいのか?」

「そうだ。骨が折れるか痺れるか、は使う人の精神力で変わるから骨折まではいかないが打撲、という場合もあるね」


 なるほどね、肉体強化も行動強化も要は同じなのか。

 肉体強化は強化内容の効果の限界値が下がり、劣化する。行動強化は“結果”を出すまでに使うモノを補助する力が全体的に下がる。


「ふぅん。じゃあさ、さっきの操った人で殴る。とかの場合だと、その効果も劣化するのか?」

「うん。精神力の不足による能力の劣化は、スキル全てに該当する」


 行動強化が行動強化以上の事を出来ないように制御する。それがもし、精神力の不足で劣化したなら……。


「だったら行動強化によって操った人で『目的』の対象物に対して行動を起し、『“結果”を出す為の補助の遮断』の効果が現れたとしても、それが劣化したのなら行動強化の制御が弱まる。なら、操った人で対象物に攻撃を……つまり、“結果”を出す為の補助が出来る事になるんじゃないか?」


 そう、さっき白羽さんは『スキル全てに該当する』と言った。だったら当然、これも当て嵌まる。


「そうだね。行動強化による制御、つまり『“結果”を出す為の補助の遮断』が劣化し、操った人での行動を抑えきれなくなる。そういう事かな?」

「あぁ」


 精神力が万全の時、操った人への制御。『“結果”を出す為の補助の遮断』を数値で言うと百として、それまで抑えられるとしよう。

 そして、操った人に対象物に『殴る』ように命令する。これを五十とする。すると行動強化による制御が働き、百の内の五十を消費して抑える。

 しかし、精神力が欠けて普段よりもはるかに劣化し、“行動強化”の制御が四十までしか働なくなったら……。

 『殴る』という命令の五十を制御の四十で抑えても、『殴る』が十残る。そうなると、抑えきれなかった十の分だけ、威力は下がったとしても『殴る』事は出来る。


「そういう事は起きないだろうね。行動強化による制御は、必ず働いてそれ以上の行動を抑える」


 しかし、その考えもあっさりと切られた。


「……理由は?」


 別に俺の考えがダメだった事が嫌だった訳ではないが、やはり、無理だと言い切るにはそれなりの理由があるんだろう。


「簡単に言うのなら精神力の不足による能力の劣化は、能力自体そのものを劣化する。つまり……」


 白羽さんはテーブルに乗せていた腕を上げ、椅子の背もたれに寄り掛かる。


「行動強化の制御だけでなく、操った人への命令も劣化しているのさ」


 これだけの言葉でも解るだろう? と言うように、白羽さんはこちらを見る。


「あ、そうか」


 あぁ、なんだ……俺が勝手に勘違いしていただけか。精神力の不足によって能力が劣化するんだ。

 ならば、『“結果”を出す為の補助の遮断』の効果が劣るようになるのなら…当然『人を操る』事も、それに対して『殴れと命令する』事も、全て行動強化という能力の一部だから劣化する。

 精神力の不足で『“結果”を出す為の補助の遮断』が劣化し、効果が百から五十に減少したのなら、『殴る』という命令も劣化し、五十だったのが二十に減少したりするんだ。

 白羽さんが初めに言ったように、その通り『能力自体が劣る』だったのか。本当、無駄な質問をしてしまった。


「まだ何かあるかな?」

「いや、意味の無い事を聞いて悪かった。話を続けてくれ」


 勘違いをした事に少し恥ずかしさを感じながら、頭を片手で掻く。


「なら、次の話に入ろう。今まで話したスキルの種類の肉体強化と行動強化、そして他にもう一つ。最後の種類のスキルについてだ」


 まだあるのか……最後の種類とは言え、今まで話を聞いた強化系の説明だけでも、かなり頭を使った。学校の授業よりも使った気がする。

 しかし考えてみると、白羽さんは最初の方の説明で言っていた。人によって能力の、効果、範囲、形、意味、持続時間が異なると。

 その内の効果、範囲、意味は強化系の説明で話した。そして、持続時間は精神力の話で。

 なら、次に来るのは最後に残っている“形”だろう。


「それは、『具象化』という能力だ」


 白羽さんからは想像していた言葉には当て嵌まらない言葉が出てきた。


「『具象化』……?」


 最後に残っている“形”という部分の違い。なら、必然的に自分の頭に物を思い浮かばせてしまう。

 だから、物に関する何かだと思っていた。なのに言われたのは、聞いたこともない具象化という言葉。


「聞いた事ないな、そんな言葉」


 少し眉を寄せて白羽さんに言葉を返す。


「そうだね。具象化なんて言葉、日常で使う事はまず無いだろうからね。だが、具象化という言葉はちゃんと存在する」


 具現化という言葉なら聞いた事はあるが、やはり存在すると言われても“具象化”なんてのは初耳だ。


「それで、その具象化ってのはどんな能力なんだ?」


「うん。その言葉の通り、肉体強化、行動強化の強化系とは違い、具象化はその二つとはまったく別の種類でね」


 確かに肉体強化と行動強化とは違い、能力の名前に『強化』という言葉が入っていない。

 そして、白羽さんが言葉の続きを話す。


「『モノを創り出す』。それが具象化の能力だ」

「モノを創り出す、って……」


 さっき話を聞いた強化系と比べて急にファンタジー要素が入ってないか? まぁぶっちゃけ、今までの話全てがそうなんだが……。


「見方によっては、『生み出す』という言い方も出来る」


 モノを、生み出す……? モノを創り出す、というのは言葉として解る。だけど、モノを生み出す、というのは違和感がある。


「その『モノを創り出す』ってのは、やっぱこう……何もない所から創り出すのか?」


 何も持っていない手の平を白羽に見せながら、手の平をグッパッと何かが出る様なジェスチャーをする。


「そうだ。強化系は自分の精神力が自身を強化、行動を強化という形で現れるように、具象化はその精神力を『モノ』として現れる」

「要は自分の精神力を使ってモノを創るってのか」


 開いた手の平を見ていた目を上に向け、小さい溜め息を一つ口から漏らす。

 信じられない訳ではないんだが、どうもな。


「その創れるモノってのはなんでも創れるのか?」


 多少、たじろぎながらも質問をする。


「その質問に対して、適切な答えは出来ない」

「なに?」


 なんだ、それ?

 具象化の能力が『モノを創り出す』というのなら、この質問は重要だろう。なのに、適切な答えはないときた。


「答えという答えを出すとしたら、『何でも創れるし、何でも創れない』。これが答えだ」


 またまたトンチが混じったお答えが返ってきました。

 いつもなら、いくらかその答えに対して考えもするのが、すでに長時間も話を聞いているため疲れ始めてきた。

 なので率直に聞き返す。


「どういう意味だ?」

「具象化は能力者が思い浮べたモノを創り出すんだ。薄っぺらい紙から鉄で出来た強固な棒と、他にも多種多様にね」


 俺に比べて、白羽さんは疲れた様子など見せずに淡々と説明を続けていく。


「紙と鉄って……まったく別のモノなのに創り出せるモンなのか?」

「今言ったように具象化は、能力者が思い浮べたモノが創り出せるんだ。つまり、能力者が創りたいモノをイメージさえ出来れば何でも創り出せる」


 物としては紙も鉄も一括りに同じだが、質やら形やらはまったく別。でも、具象化では創り出せるのか。


「……ちょっと待て。今、何でも創り出せるって言ったじゃねェか」


 あまりに自然に言ったから少し遅れて気付いたが、明らかに『何でも創り出せる』って言った。


「『何でも創り出せて、何でも創り出せない』んじゃなかったのかよ?」


 なにか意味がありげな言い方をしておいて、結局は何でも創り出せるんじゃねぇか。


「そうだ。具象化は『何でも創り出せるし、何でも創り出せない』。これは変わらない」


 しかし、白羽さんは俺の考えを否定する。


「そう、イメージが出来れば何でも創り出せる。じゃあ咲月君、君は自分が見たことも聞いたことも無いモノをイメージ出来るかい?」

「そんなの出来る訳ないだろ。知らないモノをどうやってイメージ……あっ」


 自分が喋っている途中で白羽さんの言葉の意味に気付き、口を止める。

 創り出したいモノを知っていれば創り出せる。知らなければ創り出せない。


「イメージさえ出来れば、“何でも創り出せる”。だけど、イメージが出来なければ“何も創り出せない”」


 気付いた言葉の意味を一度自分自身に呟き、頭の中で整理する。


「そう。イメージが出来れば何でも創れる。だが、世の中にあるモノ全てを知り、イメージ出来る人間なんていない」


 呟いたのを聞き、白羽さんは俺が『何でも創り出せて、何でも創り出せない』の意味を理解したことに気付き、答えを言う。


「だから『何でも創り出せて、何も創り出せない』のか」


 例え自分が創りたいと思ったモノがあっても、それをイメージ出来なくては創る事は出来ない。そしてイメージが出来るモノなら、創り出せる。

 だけど、白羽さんが今言った通り、世の中にあるモノを全てイメージ出来る人なんていない。いる訳がない。

 だが、その世の中は広い。例えば、俺が知らないモノあったとしても、他の人は知っている事がある。そして、その他の人が知らないモノを、俺は知っているかもしれない。

 俺が創れるモノが、他の人は創れず、他の人が創れるモノを、俺が創れない。だから『何でも創り出せて、何でも創り出せない』。


「だが、その具象化には三つ、使用するのに条件がある」


 そう言いながら白羽さんは人差し指と中指、薬指を立てて見せる。


「条件?」

「そうだ。まず、一つ目の条件。それは『理解の出来ないモノは創り出せない』」


 一度、立てていた中指と薬指を折り曲げて人差しだけを立てた。


「そして二つ目、『同じモノは創り出せない』」


 順番通り、次は中指を立てる。


「最後の三つ目、『1つしかモノを創り出せない』」


 そして、最後に薬指を立てて説明していく。


「これが具象化を使うのに必要な条件だ」


 『理解の出来ないモノは創り出せない』。

 『同じモノは創り出せない』。

 『二つ以上のモノは創り出せない』。


 それが具象化の条件……ハッキリ言って、これだけの言葉じゃイマイチよく解らない。

 なんとなく自分で答えは思い付く。だけど恐らく、それは半分ぐらいしか当たっていないだろう。

 なんてったって、今までの説明でそうだったからな。ヘタに勘違いして、さっきみたいに無駄な質問をするのも避けたい。


「順を追って話そう。まずは一つ目の『理解の出来ないモノは創り出せない』からだ」


 白羽さんは指を三本立てていた手を降ろし、膝の上に乗せる。


「あぁ、頼む」


 体を少し動かし、椅子に座ってた体勢を整えて話を聞く準備をする。


「『理解の出来ないモノ』。これは“知っていても解らない”とされるモノを言う」

「知っていても、解らない……?」


 この言葉は本当に解らなく、ただ言い返してしまった。


「うん。神話や童話、昔話なんかで出てくるモノとかね」

「昔話って、そんなのどう関係あるんだ?」

「そうだね、日本で有名な話で言えば……草薙の剣、とかは知っているかな?」


 草薙の剣なら聞いたことはある。日本ではかなり有名。と言うよりメジャーの域に入る御伽話だ。俺は大して詳しくはないけど。


「あぁ、知ってはいる。確かヤマタノオロチを殺す時に使ったとか……」


 そんな感じだった気がする。


「うん、大まかにはそうだね。なら、どんな形だったか知っているかい?」

「形ぃ? いや、知らねェな」


 てか、形まで知っている人なんているのか? いや、知ってる人はいるだろうがそれはかなり稀だろ。歴史の先生でも知らないんじゃねェか?


「なら、能力は?」


 能力? そんなのがあるのか? そりゃあヤマタノオロチっつー化け物を殺すのに、ただの一般的な普通の剣を使う訳ないだろうけど。


「知らないかな?」

「んー……俺は知らないな」


 そこまで知ってる人なんかいるのか?


「で、結局はどんな形でどんな能力があったんだ?」


 ここまで聞かれると、どんな形をして能力があったのか気になり、白羽さんに聞いてみる。


「いや、私も知らない」


 ……は? 一瞬、自分だけの時が止まった。

 知らない? あたかも自分は知っている様に喋っていたのに……知らない?


「結局は私も、咲月君と同じぐらいしか知らないんだ」

「なんだ、それ」


 不満気に一言漏らし、椅子の背もたれに寄りかかった背中がズリリとずり落ちる。


「だけどね、これぐらいが丁度いい例なんだ」


 そんな俺を見て、白羽さんは一度だけクスリと笑う。


「今の話だと、私と咲月君は草薙の剣という存在は知っている。知った経緯は別だったり、多少の誤差はあるだろうけどね」

「そりゃ、まぁ……」

「だけども、草薙の剣が存在したという事は知っているが、“形”や“能力”は知らない。つまり、『どういうモノだったのか解らない』ということだ」


 それを聞いて、すぐにピンときた。ずり落ちた背中を元に戻し、再び姿勢を整える。


「なるほど、そういう事か」


 例え存在すると知っていても、それだけじゃダメなんだ。もちろんイメージする為には形は知らなくてはならない。当たり前だ。

 しかし、草薙の剣を創り出したいのなら、それだけではない。

 御伽話。ましてや伝説とまでなっているモノを、形を知っていて具象化で創り出したとしても、それは紛い物だ。


「創り出すにしても、イメージするのには“形”だけじゃダメなんだ」


 頭に浮かび上がった答えを白羽さんに話す。

 元々存在していたモノを創り出そうとするのなら、その能力までをも知っていなければ、イメージしなけばならない。

 だから、草薙の剣を創り出すには……“形”という器と、その器に入る中身、“能力”も必要となるんだ。と、いうことは……。


「そう。本物と同じモノを“具象化”によって創り出すには、本物の全てを知らなくてはならない。となれば草薙の剣などの伝説上でのモノは、“創り出せない”」


 そしてその答えが正解だと、白羽さんは続き話し始める。

 そうだ、そうなる。そんなモノは創り出せる訳がない。


「なぜなら伝説上に出てくる武器や防具は、あくまで伝説上だけに出てくる。私と君は聞いた事があるだけで、実際に見た訳ではない。つまり、私や咲月君が知っている草薙の剣はただの空想のモノなのか、真実のモノなのか解らない時点で本物と“同じ”ものは創り出せない」


「伝説上のモノを持っている知識でイメージし、創り出しても、それを本物と同じかどうか確かめる方法がねぇから」


 テーブルの上に置いてある、氷が溶けて水が入っているグラスを見つめながら答える。

 その理解力と、自分が言った言葉だけで答えを導き出す推理力に多少の驚きを感じながら、また一度だけクスリと白羽さんは微笑う。


「その通りだ。そして何より、草薙の剣のように『存在はしていたが、どういうモノなのか解らない』。そう、つまり……」


 白羽さんは微笑うのをやめ、一息置いてから続きを話す。


「『理解出来ない』、か」


 そして、俺がが白羽さんの続く言葉を言い、納得する。

 『理解の出来ないモノは創り出せない』という意味に。

 例え草薙の剣をモチーフにし、自分で草薙の剣というモノを創り出しても、それは草薙の剣という名前が同じだけの、まったく別のモノ。

 あくまで草薙の剣を元にしただけの、似ても似つかない紛いモノだ。本物が実在していれば、それを真似て似たモノは創り出せ――あれ、おかしくないか?

 もし、草薙の剣の本物が現代に実在していて、それを元に“具象化”によって創り出したら……。

 そうだよ。既に"本物"が存在するのに、具象化で創り出しても、それは“本物”ではないんじゃないか……?


「白羽さん、今ちょっと思ったたんだけど……仮に草薙の剣が今の時代に存在していたとしても、やっぱり本物の草薙の剣は創り出せないんじゃないか?」

「……ほう、それはどうしてかな?」


 ほんの少し眉を顰めて、白羽さんは言葉を返す。


「本物の草薙の剣が存在しているのに、その本物を元に"具象化"で創り出しても……既に本物とされるモノがあるのに、あとからもう1つの本物を創り出すってのは、矛盾している」


 その様子に気付くも、気に止めずに話す。


「本物を元に本物を創り出すってのはおかしい。本物を元に創り出すのなら、それは複製に過ぎないだろ」

「ふむ……」


 白羽さんは一度、何かを考えるように目を瞑る。そして、顰めていた眉を緩めると同時に目を開けた。


「咲月君、君は本当に鋭いね」


 嬉しそうに、と言うより楽しそう、というのに近い笑みを浮かべながら。


「君が今言った通り、本物が存在しているのなら……いくら本物を元に具象化で創り出しても、『本物を元に創り出した』時点で、創り出したモノは“本物に似たモノ”にすぎない」


 やっぱりそうか。いくら本物を見て理解し、それを元に創り出したとしても……周りから見れば、それは本物に"見える"かもしれない。

 それはそうだ。本物を元にして、同じになるように創り出したんだから。だが、創り出した本人から見れば、それは偽物にしかならない。

 本物は本物の草薙の剣として、自分が具象化によって創り出したモノの『元』として存在し……具象化で創り出した草薙の剣は『“本物を元”に創り出したモノ』として存在する。

 この時点でもう、具象化によって創り出したのは本物ではない事になる。


「じゃあ結局は、具象化でイメージして創り出せても、それはイメージしたモノとは似てるだけの別モノ……」


 草薙の剣のように、本当にあったのかどうかさえ解らないモノ。自分自身が知らないモノは創り出せなく、本物が存在し、それを元に創り出してもそれは既に"本物"が存在している。


「結局は既に存在している本物は具象化で、つまり、同じモノは創り出せな――」


 喋っている途中に言葉が止まる。そして、その止まった理由を口から出す。


「もしかして……これが『同じモノは創り出せない』、か?」


 そう、白羽さんが初めに言った具象化の条件。その2つ目の『同じモノは創り出せない』というのが、スッポリ当てはまる。


「その通りだ。私が教える前に、君がその条件を理解するとはね。驚いたよ」


 白羽さんはまた楽しそうに微笑っている。

 あぁ、なるほど。さっき楽しそうにしていたのはこれが理由か。


「二つ目の条件では、私が教える事はなさそうだね」

「いや、『本物を創り出せない』というのが『同じモノは創り出せない』という条件だってのに気付いただけで、そんなに理解したワケじゃ……」


 俺はあくまで、存在しない草薙の剣が現代にあった場合の例え話だっただけだ。


「本物を創り出せないのは、あくまで伝説上、空想上のモノだけなんだろ?」

「それは違う。伝説上、空想上だけじゃなく、実際に存在するモノも全て本物を創り出せない」

「え、なんでだ?」


 伝説上の草薙の剣なんかとは違い、この世に存在しているモノ。あったかどうか解らないなんて事もないし、ちゃんと理解も出来る。


「そうだね……例えば、このコーヒーカップを具象化で創り出すとしよう」


 白羽さんはそう言い、コーヒーカップの取っ手を掴んで持ち上げる。

 よくコーヒーカップが例え話に使われるな、なんて思いながら白羽さんの話を聞く。


「しかし、創り出したとしても草薙の剣と同じで、これも既に“本物”が存在している」


 あぁ……言われてみれば確かに。何かを元にした時点で、創り出したモノが本物になる事はない。


「それに、この元になった本物のコーヒーカップと創り出したコーヒーカップ。この二つには違いが出来るんだ」

「違い?」

「そう。スキルは使用者の精神力によって能力や効果が変わると言っただろう。だから、精神力が量が多ければ本物以上の硬度を保つことが出来る」


 話をしながら白羽さんは、右手で持っていたコーヒーカップを左手の甲でコンコン、と軽く叩く。


「つまり、見た目は同じでも硬度という部分で違いができ、本物とは別のモノなんだ」

「そうか……なるほど」


 具象化で本物を元に、本物と同じモノを創り出そうとしても、それは無理なんだ。

 本物のコーヒーカップと、創り出したコーヒーカップを手にとって同時に落としたとしよう。本物のコーヒーカップはガラスで出来ているため、当然割れる。

 しかし、創り出したコーヒーカップの方は創り出した本人の精神力では硬さが変わる。割れた本物とは違い、創り出したコーヒーカップは本物より硬く出来ているので割れないで済む。

 例え本物をイメージして創り出したのだとしても、違いが出て当たり前。

 見ただけじゃ解らない事は必ずある。そりゃあ、ガラスで出来たコーヒーカップは落とせば割れる事は、小学生だって見れば解る。


 じゃあ、どの位の高さから落とせば割れて、どの位の低さなら割れないかの境界なんて見れば解るか?

 そんなの、解るハズがない。

 ただ、ガラスは脆いという先入観で『落とせば割れる』と頭で思ってしまう。それはその通りだから仕方ない。

 たが、『脆い』からと言い『落とせば割れる』と思うだけでなく、そう決定付けてしまっている。ガラスだって、ある程度の硬度は持っている。高さによっては割れずに済む事もある。


 その本物のコーヒーカップを創り出すにしても、それが解っていない時点で本物は創り出せない。なら、その割れるか割れないかの境界が解るまで実験してみればいい。といこうにも、それも無理。

 徐々に少しずつ落とす高さを上げていき、割れるまで試せば本物コーヒーカップの硬度が解る。

 しかし、それで境界が解ったとしても、その実験で本物のコーヒーカップが割れてしまったのだから、本物はもう存在しなくなってしまった事になってしまう。

 なら、もうそのコーヒーカップは創り出せない。本物がないんじゃ、イメージしようがないから。


「じゃあ精神力の量で硬度変わるってのなら、逆に本物よりも脆くなる場合もあるんだろ?」


「そうだ。精神力の説明で言ったように、使用者のコンディションによって能力が劣化したりしてね」


 となると、逆もまた然り。本物よりも脆いという事で、本物とは違うモノになる。


「だから、同じモノは創り出せないんだ。世界には数えきれない程このコーヒーカップとは別のコーヒーカップが存在する」


 白羽さんは持っていたコーヒーカップを、テーブルの上に戻す。


「それぞれのコーヒーカップの形が違うように、硬さや今まで使われてきた過程とかがね」

「過程?」


 形と硬さが違うってのは解るが、過程ってなんだ?


「うん。このコーヒーカップと同じモノがもう一つあったとしよう」


 そう言い、白羽さんはさっきまで手に持っていたコーヒーカップに目をやる。


「一つは大切に箱に仕舞い、保管され……もう一つは自分のお気に入りとして毎日使う。それじゃあ聞こう。この二つ、どっちが長持ちするかな?」


 どっちって言われたって……そりゃあ毎日使われてるのと、キチンと保管されてるコーヒーカップとじゃあ当然……。


「保管されてる方だろ」

「そうだね。毎日使われているコーヒーカップは、日に日に壊れやすくなっていく。使われて脆くなるのは、物として当然だからね」


 そりゃな、物ってのはいつかは壊れるもんだし。


「しかし、これで違いが出た。毎日使われていたコーヒーカップは壊れやすく、保管されていた方は新品とほぼ変わらない」

「あ、なるほど。だから過程か」


 同じコーヒーカップでも、扱われ方でその後のコーヒーカップとしての存在が変わる。

 まったく同じ日、同じ方法、同じ材料を使って複数作ったとしても……その“過程”によって、複数作られた全てが別々の物になるんだ。

 だから、一言でコーヒーカップを創り出したとしても、その創り出したコーヒーカップは数多くある中の一つに過ぎない。

 さらに、それはその中の一つに形や見た目が似ている別物。硬さが違えば、過程も違う。

 具象化で創り出した時点で、本物との作られた過程に違いが出来る。


「つまり、具象化は何かを元に、自分で別のモノを新しく創り出す」


 新しく……そうか、新しく創り出すんだ。だから――。


「モノを生み出す能力、なのか」


 白羽さんが言っていた『見方によっては生み出すという言い方も出来る』という言葉。今ならその意味が解る。


「気付いたようだね。さて、これで『同じモノを創り出せない』の説明は終わった。それでは、最後の条件の説明に入ろうか」


 と言いながら、白羽さんは足を組んで椅子の背もたれに寄り掛かる。


「『一つしかモノを創り出せない』、だっけか?」

「そうだ。その条件の通り、具象化でモノを創り出せるのは一つだけなんだ。それ以上は創り出せない」


 もう何時間が経っただろうか。このオープンカフェに着いた時から、かなりの時間が経っている。

 しかし、白羽さんの話はまだ終わらずに続いていく。


「一つしか創り出せないって事は、一度創り出したモノをいったん消してからじゃないと、別のモノは創り出せないって事でいいのか?」


 つまり、具象化したモノを変えるには一回一回消してイメージし直さなければならないって訳だろ。


「いや、そうじゃないんだ。“一度に一つ”ではなく、“一人に一つ”なんだ」


「“一人に一つ”?」


 少し困惑する。


「うん。“具象化”で創り出せるモノは、一番最初に創り出したモノだけなんだ」

「え……じゃあ、本当にそのまま『一つしか創り出せない』のか?」

「うん。いかにイメージ出来て、たくさんのモノを理解しても、創り出せるモノは一つだけだ」


 そうだったのか。てっきり、イメージが出来れば何種類でも創り出せると思っていた……。


「もし、具象化に条件がなく何個でも、何種類でも、そして何でも創り出せたのなら、それはもう最強と言えるだろうね」


 確かに。まったく条件が無かったら、神話なんかで出てくるとんでもない武器なんかが創り出されて、手のうち様が無い。


「でも、この条件は単純だからね。ややこしく考える事はない」


 それは確かに、白羽さんが言う通りだ。他の二つの条件と比べると遥かに簡単。

 『一つしか創り出せない』とそのまんまだから。

 まぁ、最初は創り出せるのは一つずつと勘違いをしたが。でも、これで“具象化”の説明は終わったな。

 しかし、スキルの話を聞いてからずっと考えていた事がある。


「なぁ、白羽さん」

「なにかな?」

「ずっと気になっていたんだけど、スキルってのは自分で選べるのか?」


 そう、スキルの能力を自分で決められるかどうかだ。これはかなり重要な事だろう。


「うん、それについては私も話すつもりだった」


 白羽さんは変わらず涼しげに答える。隣に座るエドは振られた時にしか喋らず、ただ静かに二人の話が終わるのを待っている。


「スキルの能力はね、大まかに言えば……自分で決められる」


 そうか。スキルは自分で決める事が出来るのか。しかし、相変わらず一言だけ意味深な事を付けている。


「その、大まかに……ってのは?」

「うん、順に話さなければならないんだが……まずは種類だ。これは自分では選べられない」


 種類ってのは肉体強化、行動強化、具象化の三つの事だよな。


「そして、スキルに必要な『内容』だ。これは三つ全てが分かれている」


 髪の毛がほんの少しだけなびく程の風が吹いた。しかし、話に集中していて気付かなかった。


「まず肉体強化、これは決めれない」

「決めれない? 種類だけじゃなく、内容も……?」


 白羽さんはコクリと首を縦に振る。


「肉体強化は初めから全部決まってしまっているんだ。これは、生まれ持った才能と言うべきなのかもしれない」

「でも、大まかには決めれるんじゃないのか?」

「うん。だがそれは、スキル全体での話でだ」


 一つ一つの能力ではなく、スキル全体で見れば決めれるってのか。

 だけど、スキル全体の話だとしても肉体強化の強化内容を決めれないのなら、いくら『大まかに』とは言っても……決めれる、には入らないんじゃないか?


「納得出来ない、という顔をしているね」


 顔を見て、白羽さんは俺が思っている事を言い当てる。


「今言ったね? 肉体強化は生まれ持った才能なのかもしれない、と」


 そして、その納得の出来ない顔をした俺に話を続ける。


「肉体強化はね、強化内容を決められはしないけども……目覚めたその人に最適な強化内容が目覚めるんだ」

「最適な、強化内容……?」

「うん。肉体強化が目覚めた人に一番相性がよく、有効な強化内容の能力がね」


 まだ納得は出来ない顔をするが、白羽さんは話を続ける。


「解りやすく言うなら咲月君、君は武術をやっているね?」

「ん、まぁ」


 何を今更、なんて思いつつも言葉を返す。


「エドから聞くに、君の格闘術はかなりの腕らしいね。そしてそれは、君が持っている才能のお陰でもある」

「才能、ねぇ……」


 俺が生まれた家がたまたま道場を持っていて、そこの息子だからと言って物心がつく前から有無を言わさずやらされて。

 さらには遊ぶ暇どころか、友達を作る時間すら無い程にしごかれた。

 十年以上もやってれば嫌でもそれなりの実力がつく。それでも才能なんて言えるのかねぇ?


「だが、武術ではなく、エドと同じ射撃をやっていたのなら……君はどうなっていたかな?」


 白羽さんは俺を見たまま視線を逸らさず、頭をクイッと少しだけエドの方に動かす。


「射撃って言われてもな……」


 ふと前に、SDCで先輩と戦り合っていた所にエドが助けに来た時の事を思い出した。

 射撃って……あぁ、つまりアレの事か。


「俺には無理だな」


 拳銃なんてドラマの中でしか見たことねぇし。それに、自分が使ってる姿なんて想像も出来ねぇ。


「俺はそんなの使える程、器用じゃねぇし」

「うん、そうか。だけど、それはあくまで予想に過ぎないね?」

「予想……も何も、普通に考えて無理だろ」

「そうかな? もしかしたら君には、武術以上の才能を持っているかもしれない」


 そう言って白羽さんは、含み笑いをする。


「確かに、今から覚えたとしても武術を超える実力は身に付かないだろう。だけど武術と同じく、幼い頃から射撃をやっていれば、もしかしたら武術よりも……なんてのも考えられるだろう?」


 まぁ……可能性としては、ないとは言いきれない。だけど俺は武術をやっていたし、射撃なんてやる気にもならない。


「じゃあ要は、武術よりも秀でた才能が他にあったかもしれない。って言いたいのか?」

「うん、そうだ。そして君はそれを生かす事は無く、それよりは劣る他の才能を生かしてしまった」


 白羽さんの言う通り、武術よりも秀でた才能が自分にあったのなら……俺はその才能を潰してしまった事になる。


「まぁ、これは例え話だ。だが、肉体強化はそうなる事がない」


 わかるかな? と言う様な顔を白羽している。


「目覚めた人に一番相性がいい能力になるから、か?」

「その通りだ。私は言ったね、『生まれ持った才能なのかもしれない』、と」

「ん、あぁ」


 少し前を頭の中で思い返し、確かに白羽さんが言っていたのを思い出して相づちをする。


「つまり肉体強化はね…今の例え話のように、自身の一番の才能を潰してしまう事が無いんだ。その一番の才能が肉体強化の強化内容として目覚めるんだからね」

「それは解ったけど、それが肉体強化の強化内容が『決めれる』に入る理由になってないだろ」

「いや、十分理由になっている」


 即答、とまではいかない早さで白羽さんが答える。


「肉体強化は自身に最適な能力が目覚めるんだ。しかも、一番才能がある能力が。確かに選ぶ事は出来ない」


 そして白羽さんは話を続ける。


「だが、見方を変えれば……もし自分で決めれたとしても、下手に自分で決めて、才能も無く相性も悪い能力にしてしまう可能性があるよりも、決めれなくても自身に最適な能力が確実に目覚める」


 一呼吸おいて、白羽さんは再び口を動かす。


「ならこれも『決めれる』に入るんじゃないかな? いや、むしろ……それ以上だと私は思うけどね」


 そうか……確かにそうだ。自動的に最適な能力が目覚めるなら、さっきの例え話のように選び間違える事は無くなる。

 それに、スキルってのは自身が持っている独自の能力。人によってそれぞれの違いがある。

 だが、自分で選んでその能力が逆に自身を弱化させてしまう結果になってしまったら……それじゃあ本末転倒だ。

 スキルは自身をさらに強くする為の能力。自身の才能そのものとも言えるだろう。才能で才能を潰してしまうなんて、無駄以外のなんでもない。


「そうだな……言われてみれば確かに」


 決めれないからこそ、『決めれる』に入るってか。


「納得したかな?」

「あぁ、納得した」


 人によっては、これだと納得出来ない人もいるだろう。だが、少なくとも俺は納得した。

 決めれなくとも決めれる以上に安全性があり、なにより自分に合った能力が目覚める。

 決めれないのに、決めれる以上の恩恵。なら、俺も白羽さんの言うように『決めれる』に入ってもいいと思う。

 あくまでこれは"肉体強化"の強化内容が『決めれる』以上に恩恵がある為、『決めれる』に入ると納得した。


 極端に決めれるか、決めれないかで言えば、決めれない。

 だが、『決めれる』以上の恩恵の為、能力を身に付けた後の結果……つまり総合的に『決めれる』と同じ位に値する。


「で、あとの二つは?」


 肉体強化の強化内容の決定の可能、不可能を理解して話を進める。


「そうだね。次は行動強化にしようか」


 白羽さんは何かを考えてたのか、一息空けて言葉を返した。


「実はこれも微妙な所でね。一応、行動強化も選べる方に入る」


 一応……これを聞いて、また長い説明があるんだと確信した。


「行動強化はかなり特殊な目覚め方なんだ。窮地に追い込まれたりした時とかね」

「窮地……ってつまり、ピンチの時って事か?」

「そうだ」


 ちょっと待てよ。自分がピンチの時に目覚めるってどんなご都合主義だよ。


「おいおい、いくらなんでもそれは都合が良すぎだ」


 少し呆れた口調で話す。


「いや、そうでもない。人は追い詰められた時、信じられない力を出す。火事場の馬鹿力なんて、よく言うだろう?」


 そりゃ、そうかもしれないけど……なんか在り来たりで、どうもな。


「また納得出来ない、という顔をしてるね」


 そりゃそんな顔にもなる。これほど都合のいいのは本の中かテレビの中だけだ。


「だけど、納得しなきゃいけねェんだろ。事実、そうなんだから」

「まぁ、そうだね」


 少しムスッとした俺に、相変わらず涼しげにサラリと答える白羽さん。


 フゥ、と一つ息を吐いて話を続ける。


「んで、行動強化はどうやって強化内容を決めれるんだ?」

「どう説明すれば解りやすいかな……」


 白羽さんは顎に手を当て考える。


「うん、そうだね。じゃあ、誰かが不良なんかの集団に絡まれたとしようか」


 しかし、白羽さんは大して考え込みもせず、すぐに話を始めた。


「もちろん、絡まれた人は当然一人。咲月君からすれば、なんて事ないかもしれないけれどね」

「まぁ……」


 そこら辺の不良なんかに負ける気はしない。というか、絡まれる前に面倒臭いから逃げるだろうし。


「そこでだ。もし絡まれたのが咲月君、君だったらどうする?」

「俺?」


 白羽さんに振られ、自分を指差す。そりゃやられる前にやるだろうな。

 だけど、白羽さんが俺に話を振るって事は……。


「ただし、武術などの一切を体得をしていない、としてだ」


 やっぱこうなるわな。すんなり捻りの無い話を振ってこない訳が無い。


「つまり、その不良集団だかにボコられる事が前提……って事か?」

「うん、そうだね。その方が説明しやすい」


 その方がって……まぁ、別にいいけど。

 んー……武術は無しだからな、抵抗したら返り討ちが目に見える。だとしたら――。


「逃げる、しかないんじゃないか?」


 頭の中を回転させて考えてみたが、武術を使えない以上、これ以外に思いつかない。


「だろうね。だが、相手は集団なのに君は逃げれるかな?」


 集団って事は、二人や三人そこらじゃない。五、六人はいる事を考えるのが普通。そこに俺が一人だけで、さらには武術も使えない。

 ただ『使えない』のではなく、武術などの一切を全く『体得』していない。つまり、武術を習うのに鍛えた体力や筋力も無しって事だ。


「正直、厳しいな」


 いや、無理に近い。特別に鍛えてるワケでもないのに五、六人に囲まれた状況から逃げるなんて、そうそう出来るもんじゃない。


「そうだね。ハッキリ言ってしまえば無理だ。だけど、無理だとしても君は逃げるしか方法がない」


 その通りだ。不良に立ち向かって行っても、全員を倒す程の技術が無ければ実力も無い。かと言って何もしなかったとしても、結果はさほど変わらない。


「そして逃げようとした結果、失敗して不良達をただ刺激する形になってしまう」


 あぁ、そうなったらもう終わりだ。不良共にリンチにされて病院送りにされる。


「生死には関わらないにしろ、不良に絡まれた側からしてみれば十分に危うい状況だ」


 不良の集団に絡まれた時点で危ない状況なのだが、一度逃げようとして失敗している。そのお陰でさらにヤバくなった。


「そこで、君は思う筈だ。『ここからなんとか逃げ出す事が出来ないか』と」

「一度失敗してるのにか?」

「そうだ。状況は同じだが、心境が違う。逃げるのに失敗した君は、もう完全に自分は逃げられない、と思っている」


 さっきまで顎に当てていた手を、白羽さんは膝の上にもう片方の手の指を組んで乗せる。


「そして……もう確実に殺される、ともね」


 殺される、と言うのは言い過ぎだろうとは思ったが、実際にそんな状況に陥ったならば、本当に殺されはしないだろうけどもそう思ってしまうだろう。


「だから、さっき逃げようとした時よりも追い詰められ、遥かに強く君は思う。『ここからなんとか逃げ出したい』、と」

「もしかして、まさか――」


 そこでまた、白羽さんは微笑う。


「君が思っている通りだよ。そこでスキルが目覚め、その『ここからなんとか逃げ出したい』と思った事が、行動強化の強化内容になるんだ。つまり『ここからなんとか逃げ出す』、という強化内容にね」

「いくらなんでもそんな……本当に都合が良すぎるだろ」


 ただでさえ、行動強化が自分が窮地の時に目覚めるってだけで話が良すぎるってのに。


「都合が良過ぎだろうとも、本当の事だ。世の中はね、意外と自分が思っている以上にうまく出来ているものさ」


 その都合の良い話を聞いて眉をハの字にし、少し眉間にシワを寄せている俺を宥める白羽さん。


「ん? でもよ、今の話だと、ちょっとおかしくないか?」


 なにかがピンと来たのか、ついさっきまで作っていた眉間のシワを消す。


「都合が良過ぎって部分は納得出来ない。けど、まぁそれはまず置いといてだ」


 そう言いながら椅子に座り直す。


「強化内容かな?」

「あぁそうだ。肉体強化の強化内容は決めれるって言っただろ? だけど、今の話だと『ここからなんとか逃げ出す』という強化内容に“決めた”と言うよりも、“決まった”だ」


 例え話での場合だと、普通に『逃げ出す』事を第一に考えるのが心情だ。

 だから、『ここからなんとか逃げ出す』って強化内容以外にこの状況では思いつかない。つまり、元々決まっていたようなものだ。

 強化内容を決めれる、決めれない以前に、選択肢が無い。

 それにいくら自分で強く思った事が強化内容になったとしても、その窮地によっては思う事も変わる。


「その例え話じゃとても強化内容を決めれる、とは言えないと思うけど?」

「そうだね。今の話だけだと、そうなってしまうね」


 そして白羽さんは問いに答える。意味深な言葉を混ぜて。


「今の話だけ……?」

「うん、そうだ。今の例え話では、咲月君はスキルに関しては何も知らない」


 まぁ、実際の俺も今説明をしてもらってるんだが。


「だがもし……この話を聞いた後で、スキルに関しての知識があった上でその状況になったのなら、君は同じ強化内容にするかな?」

「いや、俺は違う能力にするな。行動強化が目覚めるかもしれない可能性があると解っているなら、自分に合った強化内容に……って、あ」


 動かしていた口は途中で止まり、口を開けたまま停止した。

 ここでやっと“行動強化”の強化内容が『決めれる』の理由に気付いた。


「なるほど……そうか、そう言う事か!」


 開けっ放しで止まっていた口がまた動きだす。

 白羽さんは言っていたな。“行動強化”は微妙な位置だって。あぁ、確かにその通りだ。

 行動強化の強化内容は確かに『決めれる』側に入るが、人によっては決めれない。そして、その強化内容を決めるかどうかの決め手というのが――。

 スキルの存在を知っているか、否か――だ。


 行動強化の強化内容は、窮地に陥った時に強く思った事がそのままなる。もし、その窮地というのに陥った時に、スキルの存在を知っていたならば……その時に自分で好きな強化内容に出来る。

 先程の白羽さんの例え話だと、スキルの存在を知らなかった為に『逃げる』という当たり前の事を強く思った。

 だけど、逆に強化内容の決まり方を知っていたのならば、『逃げる』なんて強化内容にせずもっと別の強化内容に出来たんだ。


「理解、出来たかな?」

「あぁ、出来たよ。確かに白羽さんが言う通り微妙な位置だ」


 確かに自分で強化内容を決められはするが、行動強化の強化内容の決まり方を知らなければ勝手に決まってしまう。

 知らないとはいえ、確かに自分で決めている。が、やはりそれは『決めている』とは言えない。

 そこが『微妙』の意味だったのか。


「それにしても、白羽さんって説明するのが上手いな。お陰で理解しやすい」


 別に誉める気があった訳ではないのだが、本当にそう思った。

 話を聞かせた上で、尚且つ自分でその要点を気付くように説明するなんてのはかなり難しいだろう。


「そんな事はない。君の理解力が凄いのさ。話す側の身としては、とても説明しやすかったよ」


 俺が褒めたのが嬉しかったという訳ではないだろうが、白羽さんはハハッと笑う。


「さて、もう一踏張りだ。最後に一つ残っているからね」


 そうだった。“肉体強化”と“行動強化”の強化内容の説明は聞いた。そして、残り一つ。

 ――具象化。


「だがまぁ、具象化の説明はそんなに長くはならないけどもね」

「……あ?」


 サラリと意外な事を言われて、少し気の抜けた声が出た。最後に回されたものだから、てっきり一番長くなるものだと思っていたからだ。


「だって、そうだろう? 具象化の強化内容と言うのはつまり、具象化で創り出すモノの事だ。その創り出す条件についての説明はもう、ほとんど話したんだからね」


 創り出す条件ってのは確か、『理解出来ないモノは創り出せない』、『同じモノは創り出せない』、あとは『一つしか創り出せない』、だっけか。


「覚えているかい?」

「ん、大丈夫だ。覚えている」


 その三つの条件を頭の中で思い返し、白羽さんに答える。


「だから、他の二つと違ってただ目覚め方を教えるだけで済む」


 あ、そうか。具象化は自分の頭の中でイメージしたモノを創り出せる。『創り出すにはまず、自分でイメージしなきゃならない』んだ。

 つまりそれは、自分で創り出すのを選んでいるって事だ。


「なるほどね。で?」

「うん。具象化はね、目覚め方が二つある」


 二つある……と聞いて、早くも白羽さんが言った『長くはならない』の言葉が本当かどうか怪しくなった。


「一つは段々と目覚めるタイプ。これは、うっすら見えてる程度から始まってくる」

「うっすらって……幻覚みたいなもんか?」

「似たようなモノだ。そこに無い筈のモノが置いてあったり、それに触ろうとしたら消えたり、擦り抜けたりね」


 似たようなモノ、というか完全に幻覚だ。


「ちょっと待てよ。じゃあ、その幻覚が見え始めた時から創り出したいモノをイメージしなきゃならないのか?」

「いや、そんな事はない」


 そう言い、白羽さんは俺の考えを否定する。


「でもよ、目覚め始めたら幻覚で創り出したいモノが見えるんだろ?」


 具象化は頭の中でイメージしたモノを創り出す。だったら、まだ完全に目覚めたと行かなくても、イメージをしていなきゃ見えない筈だ。


「初めはね、ほんの些細なモノから見えたりする」

「些細?」

「例えば咲月君が勉強をしている時、消しゴムが無くなったら探すだろう? その時、頭の中で消しゴムを思い描いている筈だ。それが幻覚を見せたりする」


 そんな事で見えたりするのか。でも確かに、頭の中でイメージをしているから理屈は合っている。


「じゃあ、初めは色んなモンが幻覚で見えたりするのか」

「そうだ。目覚め始めた段階で、まだ明確にイメージ出来ないからね。だから、日常で慣れ慕んでるモノが幻覚で見えやすくなったりする。今言った消しゴムの様にね」


 それは大変だな。探し物が幻覚で見えちゃあ、本物は中々見つからないだろう。


「そして次の段階だ。今まではうっすらだったのが鮮明に見えだし、幻覚を思い通りに出せるようになる。さらには、自分で現実か幻覚かの区別が付くようになったり、ね」

「その鮮明、ってのはどれくらい?」

「そうだね。もう実際のモノと大して変わらない」


 それで見分けが付かなかったら、生活が大変だな。なんて少し下らない事を思ってしまう。


「中には、その段階で幻覚に触れる事が出来る人もいる。まぁ、触れると言っても軽く突いたり出来る程度だがね」


 そこまで行くと、既に幻覚ではない。


「そして、ここで最終段階に入る」


 下らない事を考えて脱線しかけていた頭を切り替える。


「幻覚を好きなように見える様に出来、わずかにだが触れる事も出来る。そこで目覚めた人は思う」


 そう喋りながら白羽さんは、組んでいた指を解いて右手の人差し指を米噛みの辺りに当てる。


「自分で何かを創り出せないか、ってね」


 そして、米噛みを当てた指でトントンと数回軽く叩く。


「あとは具象化の条件に沿ってモノを創り出せるようになる」


 そう言い、白羽さんは再び両手の指を組んで膝の上に置いた。


「その自分で何かを創り出そうとしてからは、すぐに自在に創り出せるようになるのか?」

「いや、それは人による。初めから創り出せるようになる人もいれば、慣れるまでに時間を要する人もいる」


 ふぅん……と、俺は鼻で答える。


「ん? でもよ、具象化の条件に『一つしか創り出せない』ってあるんだから、幻覚で消しゴムが見えた時点で、もう他のモノは創り出せないんじゃないのか?」


 しかも、触れる事まで出来る。ならばもう、それは消しゴムを具象化で創り出したって事になるんじゃないのだろうか。


「それは大丈夫だ。消しゴムは『創り出した』のではなく、『頭の中で思ったモノが見えている』だけだ」

「でも、触れる事だって出来るんだろ?」


 例え突いたりする程度と言えど、触れられるなら実物と変わらない。


「確かに触れる事は出来る。だが、それは本人だけだ」

「本人だけ?」

「そう。いくら幻覚が鮮明に見える、触れる事が出来ると言っても、幻覚を見ている本人以外の人には何も見えていないし、触れる事も出来ない。あくまでも見えたりる、触ったり出来るのは自分だけなんだ」


 そして白羽さんは、手元にあったコーヒーカップを手に取る。


「具象化によって『創り出した』モノなら、元から実在するこのコーヒーカップと同じ様に、他の人にも見る事、触れる事が出来るんだ」


 白羽さんは左手の甲でコンコン、とコーヒーカップを軽く叩く。


「自分以外の人は見えない、触れられない。なんてのじゃあ、例えいくら強固で優れた防具を創り出しても意味がないだろう?」


 言われてみれば確かにそうだ。創り出したモノが自分にしか見えない、触れられないんじゃ、それは幻覚や錯覚と同じ。『創り出した』とは言えない。

 それに白羽さんが言うように、自分しか触れる事が出来ない防具だなんて何の意味もない。

 他の人は触れられないって事は、何も防げないって事だから。


「つまり、そういう事さ」


 白羽さんはコーヒーカップを、元置いてあったテーブルの上に戻した。そして、その動作中にチラリと俺を見る。


「じゃあ、もう一つの方の説明をしようか」

「ん……あぁそうだな。んで、もう片方ってのは?」

「うん、それは今のとはまったく逆なんだ」

「逆、ねぇ」


 さっき聞いた一つ目の目覚め方は、少しずつ段階を踏んで、ってヤツだった。その逆ってなると……。


「いきなり目覚める、とかか?」

「その通りだ。それに言ってしまえば、行動強化と大差ない」

「大差ないって……」


 つまり、ほとんど同じって事か。


「じゃ、これも窮地になった時に目覚めるのか」

「そうだ。だが、一番初めの方に言った様に、目覚め方には色々ある。中には、これらに当て嵌まらない別の方法で目覚める人もいる。これはあくまで基準だ」


 なるほどね。もしかしたら、教えてもらった事がまったく無意味になる可能性もあるのか。


「もし、なにかスキルが目覚めるような兆しがあったりしたら私に言ってくれ。あまり役には立たないかも知れないが相談にのろう」

「つまり、それは俺が窮地に陥ったって事たろ? それはあんま相談する時が来て欲しくねぇな」

「ははっ、確かにその通りだね」


 冗談混じりに返答をし、白羽さんと二人で笑う。そもそも窮地だなんて滅多に起きない。

 さらに本当に生死に関わる窮地だなんて尚更――――。


「あ……」

「どうかしたかい?」


 急に笑いを止めた俺に、気を止める白羽さん。


「俺、ある」

「ん? 何がだい?」


 ずっと黙り、腕を組んで座っているエドに目を向ける。


「アレは……窮地って言うには十分、じゃないか?」

「アレ?」


 俺が指すモノが解らず、エドは首を傾げた。


「あぁ、そうだ……」


 あの時の光景……目に映っていたモノが脳裏に甦る。そこにあったモノはただ一言、"紅"だった。

 それはフラッシュバックと言えばいいのか。光が一瞬だけ光る様に、あの映像が浮かぶ。

 何度思い返しても、慣れる事なんてありゃしない。思い出す度に気分が悪くなる。


「SDCであいつ……別人格の先輩と会った時、だ」


 傾いていたエドの首が、真っ直ぐになっていく。


「あぁ、そうか。確かにそうだ……その通りだ」


 エドは鼻の下あたりに手を当てて考え、俺が言った事に共感する。


「言われてみれば、そうだね」


 エドの隣に座っている白羽さんも、それに共感していた。


「エドの報告書に書いてあったのは覚えている。何故そんな事に気付かなかったのか」


 白羽さんは参ったと言うように、顔に手を当てる。


「じゃあ、咲月君はスキルが目覚めている可能性があるという訳か」


 ふむ、と一言言って腕を組む。


「でも、スキルが目覚めたって感じはないんだよな」


 そう言いながら、自分の利き腕である右の手の平を見る。


「それは目覚めたのに気付いていないか。いや、恐らく違うな。きっと咲月君は基準とは違う目覚め方なのか」

「それはどうか解らないけど……確かに、この間の先輩ン時にスキルが目覚めていたのなら、スキルの種類別の説明をされてた時にピンと来る筈だろうし」


 説明と酷似する状況に会い、さらにスキルが目覚めてそれをスキルと知らずに違和感を感じていたら、その時に気付いていただろう。


「そうだね。スキルが目覚めたら、それに対してある程度の自覚がある人もいるからね」

「じゃあ、やっぱ俺は目覚めていないのか」


 まだ目覚めていないのか……または、ずっと目覚める事がないのか。

 もし目覚めるものなら、早く目覚めてもらいたいもんだ。そうすれば、SDCで生き残れる確率が上がる。


「ところで、白羽さんとエドはもう目覚めてんのか?」


 そう言われ、白羽さんとエドは一度目を合わせてる。


「そういえば、言ってなかったね」

「気になるか?」


 エドは憎たらしく笑いながら聞いてくる。


「そりゃな。あんな話をされたら、持ってるかどうかは気になるだろ」


 俺は話で聞いたってだけでまだ実際にこの目で見ていない。白羽さんが嘘を言っていると思っている訳じゃないけど。

 だが、まだ全部を信じきれていない自分が頭の隅にいたりする。


「私もエドも、既に目覚めているよ」


 白羽さんは組んでいた腕を外し、また手を膝の上に乗せる。


「しかし、私の能力は伏せておこうか。これはあまり人に言うようなモノではないからね。機会があれば見せよう」


 白羽さんは椅子の背もたれに寄り掛かる。

 お前は? と言うようにエドを見る。

 んー……と、エドは静かに唸ってから口を開いた。


「じゃ俺も秘密って事にしておく。白羽さんは秘密にしたのに、部下の俺が教える訳にはいかないからな」

「なんだそりゃ」


 言いたい事は解るような、解らないような。

 結局、二人はスキルを持ってる事は教えてくれたが、種類や強化内容は教えてくれなかった。でもまぁ、身近な奴でスキルを持ってる人がいるのは確定した。

 説明をしてくれた人が、スキルを見たことない、持っていない、ただ話で聞いただけってのじゃあ、どうも信頼に欠ける。

 だが、本人がちゃんと持ってるってのなら、まだ信じられる。


「まぁいいや、俺だけ教えてもらうってのも何だし。俺が目覚めたらそん時に」


 いつになるか解らないけど。


「なんだ、つまらないな。もうちょっと気に掛けて聞いてくると思ったのに」


 基本、聞いても教えてくれない事はそれ以上は聞かない主義なんだよ、俺は。と言うか、自分がやられて嫌な事はやらないようにしている。例外はあるが。


「さて、話は長くなったがこれで終了だ。よく付き合ってくれたね」

「どうって事ねェよ、これ位なら」


 とは口では言ってるものの、実際は結構疲れてる。

 座禅をするとか、人の話をただひたすら聞く……まぁ正しくは聞き流す、なんだが。そういうのだったら長時間耐えられる。

 だけど、今回のは聞くだけではなく理解もしなくてはいけなかった為に、頭を使ったんで疲労度が違う。

 まだ説明が続くと言われたら、話を聞けはするが……あと三十分、よくて一時間位で俺の頭は限界。


「コーヒーのおかわりを頼もうか。何時間も居座って一人コーヒー二杯じゃ、店の人に悪いからね」


 白羽さんは手を挙げて、店内にいる店員を呼ぶ。

 長時間話し込んだというのに、変わらず他に客がいないので店員はすぐに出てきた。


「何時間?」


 その言葉を聞いて、自分が今が何時なのか解らない事に気付いた。

 携帯の特等席である、ズボンの左ポケットから携帯電話を取り出す。携帯電話の液晶ディスプレイの時計は、デジタル文字で午後五時過ぎを表示していた。


「うわっ、もう五時過ぎてんのかよ」


 予想以上に時間が経っていた。今は夏真っ盛り。昼が長く、五時を過ぎてもまだ明るい。だから、こんなに時間が経過していたのが解らなかった。


「なんだ。もしかして今日もバイトが入ってたのか?」


 ただ時間を確認した俺を見て、時間を気にしているようにエドには見えたのだろう。


「あぁいや、今日は入ってねぇよ。ただ時間を知りたかっただけ」


 ついでに電話やメールが来ていないかを確認してから、携帯を特等席に戻す。来てたとしても、まぁ、今話に出たバイト先からがほとんどだが。

 唯一、他に連絡を取っていた人は……今は“行方不明”になっている。


「そういえば、咲月君はバイトしているんだったね」


 店員にさっきのと同じのを一つずつ、と簡潔に注文をして、こちらの話に入ってきた。


「コンビニのね。家庭の事情ってヤツで、そうしないと生活出来ねェんだ。一応言っとくけど、別に実家が貧しいって訳じゃないからな」


 半分勘当されてるってのが理由なんだが、変な勘違いで同情されるのが嫌だったんでフォローを。人によっては勘当の方が同情されそうだけど。


「月に大体、いくら位貰っているのかな?」


 こういうのは簡単に言っていいんだろうか? てか、考えてみりゃ相手は警察なんだよな。聞いた限りでは。

 だったら別に問題はないか。まぁ警察じゃなかったとしても大して変わらないけど。


「そうだな、大体5万ぐらいかな。多くシフトが入った時でも6万か」


 曜日は週によってバラバラだが、週に二~四日は入っている。


「うん、そうか……」


 それを聞いて白羽さんは、一言ふむ、と呟いて考え込む。俺が『なんなんだ?』とエドに視線を送ると、エドは『さぁ?』と肩をすくめる。

 少し考え込んだ後、今度はよし、と小さく言って何かを決意したような顔で俺を見て話す。


「咲月君、君にはバイトをやめてもらいたい」


 真剣な目でスラリと、とんでもねぇ事を言いやがった。

 ついさっき、バイトをしないと生活出来ないと目の前で言ったばかり。なのに、バイトやめろと。

 つまりそれは、俺に死ね。と言ってるのと同じですよ?

 もう一回エドを見ると、またもや『さぁ?』と返された。


「あの、白羽さん。やめたら俺が生きて……」

「代わりに」


 いけない、と言い切るより先に白羽さんが喋る。


「一月につき十万、私が君に払おう」

「じゅっ……!?」


 十万!? 今のバイト料より遥かに高い。てか、一桁上がっている。


「いやっ、だけど……」


 突拍子もなく、予想外な事を続けて言われて頭が混乱する。

 『一度死んでくれ。その代わり、寿命を伸ばして生き返らせてあげるから』と言われたようなもんだ。

 そんな事をいきなり言われれば、誰だって混乱するだろう。そんな混乱をなんとか解いて、白羽さんに理由を聞く。


「その、理由はなんで?」

「コンビニのバイトという事は、当然深夜の時もあるんだろう? そのせいで体内時計や生活習慣が狂ってしまい、体調まで崩してしまった時にSDCが行われたらどうする? いい獲物以外なんでもない」


 それは一理ある。ましてや今までとは違い、前回からは特にヤバくなってきている。


「次からはSDCに参加する時は万全の状態が必要不可欠だ。その理由は……解るだろう?」


 その言葉に、無言で頷く。アレと戦って生き延びるには、半端な状態では不可能だ。


「君がアウトになるのは、私達としても痛いからね。なにより、これは君自身の為でもある」


 この提案を受け入れてバイトをやめれば、今より整った生活を送れる。

 今までに何度かあったバイトが終わってからS.D.C.の参加や、SDCとバイトの日が重なり、店長に無理を言って休み、バイト料が減って生活が苦しくなる事も無くなる。

 普通に考えても好条件だ。いや、好条件過ぎる程に好条件だ。それに、白羽さんが言っている事は全部合っている。


「少しの不安要素でも無くしておいた方がいい、か」


 今なら数時間前に聞いた時以上に、この言葉に賛同できる。


「君と私達は協力しているんだ。お互いに助け合わないとね」


 一本取られた、って言葉はこういう時に使えばいいのかね。クシャクシャと後ろ頭を掻く。


「あぁ、そうだな。こう言うのも変だけど……それじゃ有り難くバイトをやめさせてもらうよ」


 店内から慣れた足取りで店員が注文の品を持って出てきた。本当、ここの店員はタイミングがいいな。


「お待たせしました」


 女性店員はニッコリと愛想良く微笑みながら、頼んだコーヒーをテーブルに置いていく。

 氷の入ったコーヒーを二つ。そして湯気の出ているコーヒーを一つ。女性店員はご注文は以上ですね、と確認を取って店に戻っていった。

 それぞれがテーブルに置かれた自分のコーヒーを取る。

 ガムシロップをコーヒーの中に入れてストローで掻き混ぜる。氷はカラカラと音を立て、グラスの中で踊っている。


 この氷が踊る音を聞いただけでも、少しは涼しくなった気がする。気がする……の、だが……。

 目の前のスーツ姿の男性はやっぱり顔色を変えず、汗もかかずにコーヒーを飲んでいる。ホットを。

 いくら夕方になったと言っても、気温は昼間と大して変わらない。なぜ平然と飲めるのか不思議でならない。


 本人はスーツがクールビズだと言っているが、正直、それだけの理由じゃないだろ。とは思うが、まぁそんなに気にする事でもねェか。と考えるのを停止。

 汗をかきにくい体質なんだと言う事で自己完結。

 掻き混ぜていた手を止めて、グラスからストローを取り出す。そして、コーヒーをガッと一気飲み。

 ……ゲフ。ある意味、炭酸飲料よりキツイ。


「ごっそさん」


 空いたグラスをテーブルに置いて、席から立つ。


「もう行くのか?」


 背もたれに寄っ掛かって少しダルそうにしながら、エドがストローを口に啣えたまま喋る。


「あぁ、帰る。話す事は話したしな」

「なんだ、残念だね。仕事の話は終わったから、雑談でもしたかったんだが」


 白羽さんはコーヒーのカップを上品にテーブルへ置く。


「悪いけど、また今度って事で。さすがに話し疲れた。それにそろそろ、帰って胃に何かを入れたい」


 なんてったって、今日は水分しか取っていないからな。だから、物凄く腹が減っている。


「ここは私が持つと言っただろう。だったら、気を使わずに好きな物を頼むと良い」


 そりゃここはオープンカフェ。または喫茶店とも言える。軽食ぐらいなら普通にメニューにあるだろう。


「いや、いいよ。奢ってくれるからってバカスカ頼むのも悪いし。一応初対面だしな、白羽さんとは。それに――」


 地面に置いていたカバンを取る。


「これからは協力し合うんだろ? だったら、白羽さんの懐にも協力してやんないとな」


 そんなに付いてもいない汚れを軽く手で払い、定位置である右肩に背負う。


「ははっ、それは有り難い」


 言われて白羽さんは苦笑する。その苦笑する白さん羽を見てから振り返り、二人に背を向ける。

 そして左手を気怠く上げて、んじゃな、と言って帰って行く。

 段々と小さくなっていく背中を見送る、形は違えど同じ色の服を着た2人。見送っていた背中が人混みの中に消えていくのには、そんなに時間は掛からなかった。




    ◇   ◇   ◇



 匕が帰る後姿を見送って、エドがおもむろに口を開いた。


「白羽さん、どういう事ですか? ここに来た時、隠れて匕を探っていたのは。そんなの俺、聞いてなかったですよ」


 そう、このオープンカフェに匕とエドが着く前に、既に白羽は先に着いていた。そして匕に読感術を使って様子を見ていた。

 それに気付いた匕は、後から電話を掛けに行ったエドが、視線と同じ雰囲気の奴と一緒に戻って来たので、白羽の為にエドが一芝居打ったと思った。が、本当は違った。

 エドは白羽がそんな事をしているのを知らなかった。


「あぁ、あれは悪かった。思いの外、早く着いてね。少し試してみた……とまでは行かないが、実際にどれ程のものか試してみたくなってね」

「まぁ、いいですけどね。何か考えがあると思って、あえて何も言わないでおきましたけど」


 まだ半分ぐらい中身の入ったグラスをテーブルに戻す。そんなエドとは逆に、白羽はコーヒーカップを手に取り、一口飲む。


「だが、敏感過ぎるな。彼は」


 ポツリと小さく、隣に座るエドにすら聞こえづらい声で呟いた。


「敏感……? 何がですか?」

「いや、何でもない。それより……」


 そう言い、もう一口だけコーヒーを飲んでカップを戻す。


「嗄上凛について調べてくれ。なるべく早くだ」


 テーブルに置いていたハットを被り、白羽が立ち上がる。カラン……と、匕が空にしたグラスの氷が音を立てた。

 帰宅ラッシュの時間に入り、人通りも増えてきた。

 夏はこれから。まだまだ、暑くなる。



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