No.67 解禁
コウは銃弾を当てられた右腕を擦り、手首をゆっくりと回す。多少のダメージはあったのか、まだ攻めてくる様子は無い。
弾は実弾ではなく、ゴム弾という殺傷能力が低い特殊仕様。死にはしないが、当たれば死ぬほど痛いと前にエドが言っていた。
「エド、沙夜先輩を連れてここから離れてくれ」
ならチャンスだ。沙夜先輩と沙姫を逃がすのは今しかない。
回し蹴りで吹っ飛ばしたのもあり、コウとはそれなりの距離が開いている。
「お前一人で相手にする気か……!?」
「足を怪我している沙姫じゃ沙夜先輩を運べないだろ。それに、二人がここに居たら奴に有利だ」
「確かに……動けない二人を守りながらじゃ、まともに戦えないか」
「自分が生きるのに手一杯なのに、二人を守りながら戦うなんて不可能だ。さっきは不意を突けたから上手くいったが、次またコウに捕まったら助けられない」
「大丈夫なんだな?」
「二人をどこかに身を潜ませたら、さっさと戻ってきてくれればいい。それまでは耐えてみせる」
「……わかった」
いつコウが動き出しても反応出来るように、奴から目を離さず。
向けてくる殺意に闘志をぶつけ、握る拳には汗が滲む。
「匕、用心に越した事は無いからな」
「……あぁ」
俺のすぐ横を通り、エドは沙夜先輩を担ぐ。
「咲月先輩、すいません。私達のせいで……」
「気にすんな。最後まで残ったら本気で戦うんだろ? だから、沙夜先輩と安全な所に移動しとけ」
申し訳なさそうにする沙姫を一瞥して、小さく笑ってみせる。
少しでも沙姫の罪悪感を薄めてやろうと思ったが、これだけじゃ大して意味はないか。
「オイオイ、今から殺し合いが始まんのにドコ行こうってんだぁ!?」
エドが二人を連れてこの場から離れようとしているのに気付き、コウが叫びながら疾走する。
せっかくの獲物が逃げるのを、黙って見ている筈が無い。
「逃がす訳ゃねぇだろ!」
「追わせる訳ねぇだろ!」
迫ってくるコウへ、自ら向かって行く。
迎え討つより、向かって打つ。沙夜先輩と沙姫を生かす為、自分自身も生き抜く為。
戦意を燃やし、闘志を滾らせる。
「とことん邪魔ぁしてくれんなぁ! 咲月よぉぉぉォォ!?」
「その為にここに残ったんだからな! 当然だろ!」
コウの大きく振りかぶった右腕。疾走によるスピードの補助によって、威力が増して高い事は容易に想像できる。
だがその分、動作が大きい。頭に血が上ってるのも合わさって、動きに無駄が多い。
「ッラァ!」
「ふっ!」
顔前を風切り音と共に通過する、鋭いパンチ。
白羽さんとの組手と比べたら、こんな攻撃は遅く見える。
そして、攻撃を繰り出す動作が大きかった分、避けられた時の隙も大きい。
そこへ腹部にボディブローを思い切りぶっ放つ、
「せいっ!」
「ぐっ、こんなヘボ攻撃……」
「はっ!」
「ぶふっ!」
ボディブローからの、頬へ掌底。体がくの字に曲がりかけた所に、顔面への連撃。
バランスを崩し、コウの身体は小さくよろけた。奴の足を引っ掛けて、重心を崩せばダウンを取れる。
もう一撃――――。
「しゃらくせぇッ!」
「っとぉ!」
が、それは出来ず。コウは無茶苦茶な体勢から、ぶっきらに腕を振るい裏拳を放ってきた。
それをバックステップで避け、半身で構え直す。
これも動作が大きく躱せたが、あのまま攻撃を仕掛けていたら喰らっていただろう。
「ッチ……」
コウは口元を拭いながら、舌打ちして悪態をつく。
何度も邪魔をされ、攻撃も当たらず、終いには反撃を喰らった。奴の苛立ちのボルテージは上がっていく一方だろう。
「人を舐めてかかると痛い目に会うってこった」
「こんな半端な攻撃じゃなく、目を潰しときゃ後が楽だったのによぉ? 舐めプしてんのはテメェもだろうが!」
「その身体は先輩のだからな。元に戻った時の事を考えたら、あんま怪我させる訳にはいかないだろ」
「ハッ! めでてぇな! テメェはまだコイツが元に戻ると思ってんのかよ!」
「お前こそ、いつまでも人の身体を好き勝手出来ると思うなよ!」
「この身体ぁ俺のモンだよ! テメェのモンを好き勝手して何が悪ィ!?」
ついさっき簡単に返されたというのに、またもや突進してくるコウ。
しかし、奴の破壊力と打たれ強さは驚異だ。禁器ほどでは無いが、攻撃を喰らったら確実に大きいダメージを負ってしまう。
動きは大振りが多く、小手先の攻撃は狙ってこない。落ち着いて対処すれば、まず当たる事は無い筈だ。
「どらっ!」
「そんな攻撃……!」
助走を付けてからのアッパー。曲げた肘を後ろに引き、技も虚偽も無い攻撃。
ただただ相手を殴る事だけを考えた、暴力を形にしたもの。
構えを維持したまま、サイドステップで容易に回避する。そんな安直な攻撃、当たる方が難しい。
「だっ!」
「当たらねぇよ!」
コウはアッパーで振り上げた右腕を、そのまま振り下ろす形で裏拳を放つ。
間合いも少し離れ、明らかに悪手と言える追撃。殆んど動作を必要とせず、それも容易に躱す。
そして、打ち込んでくれと言わんばかりに隙だらけになる奴の身体。
「シッ!」
「がかっ……」
対角線からジャブを放ち、奴の顔へ牽制を数発打ち込む。
奴の頭部が揺れ、地面に膝を突かないようにと一歩下がりつつ、辛うじてバランスを取っている。
一撃粉砕を狙う奴に対抗して、という訳では無いが、こちらは手数の多さで行く。
奴が打たれ強いのならば、少しずつでも体力を削いでやる。
「はあっ!」
「かはっ!」
ジャブを放った状態から踏み込み、左手による掌打で奴の胸部を抉り。
その掌打を繰り出した勢いを利用し、小さく上半身を捻る。
脇を締め、引きは最小限に。そして、振り抜く右手は打ち抜くつもりで。
「せっ!」
奴の大振りアッパーとは違う。小さい動作からのショートアッパー。
鋭い角度から見事に顎を捉え、弾けるように打ち上がるコウの頭部。
手応えは完璧。打点のズレも無く、申し分無い一撃だ。これでダウン――――。
「……っきからよ」
不意に聞こえてきたのは、奴の声。
油断していた訳じゃない。気を抜いた訳でもない。
しかし、虚を衝かれたのは事実で、それを許したのは自分の弱さ、甘さ。
奴の右手が、俺の服をがっちりと掴んでいた。
「しゃらくせぇって言ってんだろぉがッ!」
俺の服を掴んだ事で倒れそうになった身体を踏み止まらせ、天を仰いでいた顔を勢い良く前へと突き出す。
口の端からは鮮血を垂らし、額に浮き出る血管が収まらない憤怒を強く表している。
「いつの間に……!」
「調子乗ってんじゃねぇぞオラァ!」
服が引っ張り上げられ、コウの手に力が入る。
腰を下げて重心を落としても、関係無いと力ずくで持ち上げられていく身体。
「や、っべぇ!」
奴の手を離そうと試みるも、外せる気配は見えない。
こちらが重心を落とそうが体重を掛けようが、お構い無しに体が浮かんでいく。
以前と比べて、明らかに力が上がっている。人格が安定して発揮できる力も増えたのか……!
「大人しくしてろよぉ!? すぐ終わるからよ!」
とうとう地面から離れてしまう両足。掴まれた服越しに、奴の笑い顔が目に入る。
俺を地面に叩きつけようと、今までの分を返してやろうと。強く踏み込み、大きく上半身を捻る。
そして、服を掴んだ腕を大きく振りかった――――。
「ぎっ……!?」
瞬間、腕に駆けた激痛にコウの表情が歪む。
腕が伸びた奴の肘裏に、刺し込まれた掌底。逆関節への打撃。
その痛みは電流が走ったような痺れを伴い、反射的に手の力が緩むのを見逃さず。
「であぁ!」
「ぐ、ほぁ!」
服から手を離させ、着地と同時に奴の横っ腹へ蹴りをぶち込む。
無理矢理に吐き出された二酸化炭素と一緒に、溢れ出る短い悲鳴。
コウは仰け反り、肘と腹の痛みで苦悶の表情を浮かべる。
「少しヒヤッとした……!」
また攻撃を受けながら攻めてくる事も考え、一度距離を取って少し乱れた息を整える。
今のは危なかった。下手をしていたら今頃は地面に転がっていただろう。
「あー、クソ……イライラさせてくれンぜ、なぁ? ムカッ腹が収まらねぇぜ、なぁ?」
だらん、と両肩を下げ、頭も項垂れるように俯かせて。
苛立ちを孕んだ声だけをこちらに向けて、しかし、言葉とは反して脱力した態度。
矛盾した奴の言動に不穏な空気が漂い、胸中がざわつく。
「けど楽しいよなぁ? これだから愉しいよなぁ? こうじゃなきゃ楽しくねぇよなぁ……!?」
ゆっくりと頭を上げ、吐露された顔は狂笑の表情。
苛立ちと喜びが駆り立ち、激怒の中に混ざる悦楽と。合わせ合わさり、混ざり混ざった錯綜した感情。
人は何かの感情が許容を越えると笑いが出る。心底呆れた時、心底絶望した時、逆境に立ち向かう時、そして勿論、嬉しさを表す時。
これも、一つの極まった感情の表れと言えるのだろうか。
「相手がムカつく奴ほどブッ壊し甲斐があるってモンだよなぁ!? あぁ!? 咲月よォォォォォォオオッ!?」
咆哮と共に、撒き散らかされる殺気。暴れ馬みたいな、ただ勢いのままに吐き出して。
鋭くもまとわり付く、剣山のマントでも巻かれたような感覚。肌が空気に引っ張られる。
「こんなんで終わっちまう程、簡単に逝くとは思ってねぇよ! 楽しみにしていたイベントがあっけなく終わっちゃあシラケるモンなぁ!」
コウは徐ろに、自身の耳に付けていたピアスに手をやる。
そして、ピアスに付いていた装飾を外す。微かな月光で照らされて淡く光るは、見覚えのある透明な玉。
それを握った右腕を横に伸ばし、俺は次に起こるであろう現象に身構える。
「テメェも準備運動は十分だろ。こっからぁよぉ……」
キン―――――ッ。
暗闇に染まった中庭に、コウの手から放たれる眩い光。
事前にその存在を知っていなかったら、兆候も無く放たれた光に目が眩んでいただろう。
光避けとして額に被せていた腕を下ろし、一粒の汗が頬を伝う。
緊張感にひりひりと肌が焼け付くような感覚に、背中にも冷や汗が流れてシャツを濡らす。
「本気の壊し合いとイこうぜぇ!」
ついに現界した、それ。
色は赤黒く古臭さが目立ち、装飾などの遊びは一切無い作り。
現出したその二メートル近くある一本を、奴は右手で握って肩に乗せた。
「本番はこっから、だな……!」
コウの黒い雰囲気に合わさり、さらに張り詰め圧迫感が増す周囲の空気。
緊張からの息苦しさに、水中に居るような身体の重さ。増加した奴の殺気が錯覚を誘う。
破壊という一点に特化し、破壊だけを目的とした、破壊という事象を形にした武器。
触れたモノを容赦無く、例外無く、確実に破壊する――――“崩す”という方法、破壊情報によって。
「テメェも本気で来いよォ? さぁぁぁぁぁァァき月ぃぃぃぃィィ!?」
「言われなくても本気で行くさ……!」
「じゃねぇと俺は倒せねぇぜェ!?」
「けどな、勘違いするなよ」
「……アぁン?」
「本気でお前を倒す。でもそれ以上に俺は、本気で先輩を助けるんだ……!」
身体に付き纏う錯覚と、奴が放ち向けてくる殺気を振り払い。
真っ向から睨み返し、消えない闘志を……折れない意思を武器に。
己の欲望を、我が儘を突き通し、唯一の願いを形にしようと。生死を別け、生を賭け、死を告げる。
己の“覚悟”を胸で握り締め、俺は立ち向かう。望む未来を迎える為に。
「そして、願いを叶える! お前を倒してなっ!」
黒染まり、闇広がる今宵の死地に。湾曲した愉悦に浸る破壊の異思が、同朋の手で黄泉へと誘う。
しかし、死中が蠢くそんな中でも。空では微かで淡く、頼りなく、でも確かに。
円型の月が、その光を忘れずに輝いていた。




