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No Title  作者: ころく
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No.66 相互殺生

 最初に気付いた異変は空気だった。

 明らかに周りとは違う黒々しい雰囲気で、空気の重さと濃さ、そして温度が違った。

 夏夜の暑さに混ざる寒気。闇夜の静寂が異様だと思ってしまう矛盾。明らかに異常が起きていると警告する直感。

 走り着いた零名学園の校門。その先から発せられる、狂気と狂喜が混合したいびつな感情。

 それはもう殺気の塊と言っていい。残酷にして残忍でありながら、純粋な感情さっき

 これだけでもう、嫌でも解ってしまう。これだけが全てを語っていた。


「もう始まってやがるっ!」


 この殺気が誰の殺気か、考えるまでもない。

 ここまでデカくて隠しもせず、ただただ思ったままに殺気を吐き出す奴なんて一人だけ。

 コウ以外に居るものか。


「……場所は中庭か!」


 感覚を研ぎ澄ませ、読感術でドス黒い雰囲気が一番濃い所を探し出す。

 コウの黒い感情を感じ取ると、その凶猛な殺気よって起きる脳内に電気が走るような錯覚。

 胸中で煽られる不安と恐怖を払い除け、元凶が居る中庭へと急ぐ。

 校門を抜けて中庭に向かう道中に、早くも異変が姿を現した。


「ぐっ!?」


 辺りに蔓延まんえんする鼻を突く臭気。無残に転がった赤黒い臓物に、吐瀉物や汚物が混ざる。

 あまりの酷い臭いに鼻に手を当て、吐き出しそうになる胃の中身を押し戻す。

 校庭に広がっていた景色。地獄絵図とはこの事を言うんじゃないか。


「奴の仕業か……!」


 血の海。言葉で言い表すなら、これ以上当て嵌るものは無い。

 俺の視界が映す地面には、土色なんて見えやしない。あるのは二色。赤と黒。

 気の向くまま、思うがまま、我がままに。なじり壊され、嬲り殺された残骸が遊び散らかされていた。

 下半身が無いモノ。手足が無いモノ。臓物を引きずり出されたモノ。叩きにされたモノ。頭部貫通。内臓飛散。四肢解体。生首切断。

 まるでミキサーにかけた中身を零したような、目を背けたくなる地獄。

 あまりに現実離れした光景に、背中から脳天へ、ぞわりと走る寒気。込み上げる吐き気。


「……良かった」


 吐き気に耐えつつ辺りを見回し、安堵で小さく息を吐き出す。

 無残に殺し遊ばれ、地面に散らばる無数の遺体。損傷は激しいが、酷いものでも頭部の欠損は半分で留まっている。

 闇夜の中で目を凝らし、転がる生首の頭髪を確かめて、この惨状を見て駆られた不安は消えた。


「沙夜先輩と沙姫は居ない。二人が奴と出会う前になんとかしねぇと……」


 名前も知らず話した事も無い者に対し、何を心配して何を思えと言うのか。

 可哀想だ位は感じているが、それで終わりだ。赤の他人よりも知人を優先に案じるのは当然の心理だと俺は思っている。

 こんな生死を賭けた状況で、何人居るかも解らない他人を思いやる余裕など無い。俺が気に掛けれるのは俺の知り合いだけだ。


「中庭に急ごう。少なくとも奴はそこにいる……!」


 血の海と化した校庭に背を向け、中庭へと駆け出す。

 目的地へと近付くにつれ、空気の重さが増していく。重さだけじゃない、底知れぬ真っ黒い雰囲気の濃さ、息苦しさも。

 夜の闇とは別に、空間の色が黒くなっていく感覚。まるで照明が無い夜のトンネルへ入っていくような。

 煽ってくる不安を振り払いながら、辿り着いた中庭にあった光景は。


「――――は」


 考えうる最悪の事態では無かった。そこは安堵して、さっきまで胸の中で煽ってきた不安を息と一緒に吐き出した。

 けど、最悪は逃れてはいたが、最良からは掛け離れていた。


「――――っはは」


 暗闇の中ではより特徴さを際立たせる、その白髪。

 見知った顔。聞き慣れた声。なのに、何もかもが別。

 同一人物であって、全くの別人。


「はァっはっはっはははははっははッ!」


 昼飯を一緒に食べる仲である者の声なのに、酷く耳に触る。

 慣れ親んだ人の顔なのに、激しい苛立ちが波を立てる。


「おせぇ到着じゃねぇか、なぁ? 咲月よぉぉ?」


 コウは真っ先に俺に気付き、機嫌が良さそうに高笑いして。

 待ち侘びていた決着の時がようやく訪れた事に、喜びを露わにしていた。

 対して俺は、コウの反応なんかよりも気に取られていた事があった。


「沙夜先輩ッ!」


 歯を剥き出して笑うコウの足元には、地に倒れる沙夜先輩が居た。

 しかも、その頭をコウの片足に踏み付けてられて。

 気を失っているのか、俺が呼びかけても反応が無い。いや、奴の性格を考えれば、恐らくは――――。


「来るのが遅ぇからよぉ……お前の知り合いを嬲って、悲鳴を餌に呼び出そうとかと思ってた所だったぜ?」


 やはり。となると、沙夜先輩をダシに俺をおびき出そうとしていたのなら。

 沙夜先輩は生きている。怪我の有無や状態は解らないが、見た限りでは五体満足だ。

 コウは手に何も持っていない。つまり、沙夜先輩は素手でやられたと考えていい。

 禁器を使われていたら、今頃は沙夜先輩も、校庭に散らかされていた肉塊と同じ姿になっていただろう。


「咲月先輩っ!」

「……沙姫!? エドも一緒か!」


 名前を呼ばれて声の先へ目を向けると、そこに居たのは沙姫。

 その隣に、体育館裏で合流する筈のエドの姿もあった。


「明星先輩にいきなり襲われて、私が危なかった所をエド先輩が助けてくれたんですけど、でも代わりに姉さんが……!」


 姉が危険な状態で動揺しているのか、沙姫は焦燥した様子で声に落ち着きもない。

 コウの事を話では聞いていても、やはり実際に対面すると戸惑いが生まれてしまったか。

 見知った顔が豹変した姿に、躊躇と動揺を起こさない方が難しい。長くクラスメートであった沙夜先輩は特にそれが強かったんだろう。


「エド! 状況は!?」


 沙姫を無視した訳じゃないが、動揺している状態じゃ上手くまとめて話せないだろう。

 なら、簡潔かつ迅速に状況を把握するにはエドに聞く方が早いと判断した。


「姉の方が見ての通り、奴にやられて気を失っている! 気を失っているだけで、特に怪我は無い筈だ!」

「よし、深手を負ってはいないんだな」

「俺は擦り傷程度で問題は無いが、妹の方は足を怪我している!」

「無事とは言えないが、五体満足で生きているのが救いか……」


 それでも、沙夜先輩はコウに踏み付けられている状況で、こっちが下手に動く事が出来ない事には変わりない。

 まだ手ぶらだが、コウには禁器がある。今は水晶化してあるだけで、禁器を使おうと思えばすぐに使える筈。

 その気になればものの数秒で、沙夜先輩を殺めるのは容易だろう。


「オイオイオイオイ、俺を無視して喋りこくってんじゃねぇぞ? あぁ?」


 コウは声を低くし、沙夜先輩の頭部をサッカーボールのように靴底で小さく転がして遊ぶ。


「姉さんっ!」

「あっはっはっはっ! そうそう、お前等の相手は俺だ。おねーちゃんを早く助けないとなぁ? じゃないとコイツも死んじまうぜぇ?」


 沙夜先輩を助けようと走り出そうとする沙姫だったが、それをエドが手を掴んで止めた。

 下手に動けば、奴が沙夜先輩をどう扱うか解らない。迂闊に行動すれば被害が拡大するだけ。

 動く時は慎重に、そして、意表を突けるタイミングで大胆に、だ。


「開始までまだ時間がある。フライングにしちゃ手を出しすぎじゃねぇか?」

「ハッ! なぁにトンチンカンな事ぁ言ってんだ? あぁ?」


 コウは腰に手をやり、くつくつと押し殺した笑い声を零しながら肩を揺らす。


「殺し合いをするってぇのによぉ、律儀に時間を守る方が馬鹿なんだろうが! むしろ数を減らしてやった事に感謝してもいいんだぜぇ!? ありがとうございます、ってよぉ」

「誰が……!」

「だがま、校庭で壊したヤツ等は弱すぎて話ンなんなかったけどなぁ。あまりに早く終わっちまって時間が余ったんで、調度よく見付けたこの姉妹を使って暇潰ししてた訳だ」


 コウは二、三度、靴底で沙夜先輩の頭を小突き、目線は沙姫へと向ける。


「面白かったぜぇ? コイツ、この身体の元人格の知り合いなんだろ? 俺がザコ共をブッ壊してんのを見て、『もうやめて』だってよ」


 土にまみれた銀髪を見下ろし、下衆な笑みを浮かべ。

 コウは記憶を反芻はんすうして、愉悦の表情。


「口から出るのは『やめて』『どうして』『正気に戻って』……とんだ甘ちゃんだぁコイツは。甘過ぎて胸焼けェすっからよ、少し苦い思いをさせてやろうとその妹を襲ったのを庇って、この有様だ」


 やれやれと、あたかも他人事のようにわざとらしく肩を竦ませるコウ。 

 足で押し転がされて仰向けになった沙夜先輩は、ぐったりと横たわったまま反応は無い。


「周りは殺す気満々で向かって来るってぇのに、テメェは殺す覚悟も無かった結果がこれだ。愉快で笑っちまうぜ」

「……そうか。わかった」

「あん?」

「お前は人に殺す覚悟だなんだ言っているが、お前自身が殺される覚悟が無いんだ」

「俺が? 殺される? 覚悟ぉぉぉォ?」


 コウはこれ見よがしに肩を垂らし、気怠げにする。

 まるで的外れな寝言を口にした馬鹿でも見るように。


「そんなモン必要ねぇなぁ! 死ぬのは甘っちょろい事を言って自滅する馬鹿と! てめぇらなんだからよぉ!」


 そう言い、コウは沙夜先輩の腹上へと再び足を乗せた。

 人を人扱いしない行動に怒りを覚えるが、今は静かに抑える。


「さぁどうするよ。このままじゃこの女は俺に殺されるぜぇ? みんなで仲良く力を合わせて助けるか? それとも殺されるのを眺めながら開始時間まで待ってるかぁ?」

「……お前は殺される覚悟をした人間の恐ろしさを知らない」


 小さく一息。気持ちを落ち着かせると共に、腹の奥に力を込める。


「そして、生きる覚悟をした人間のしぶとさもなッ!」


 言って、俺は一気に走り出す。コウとの距離は五十メートル。

 どんなに急いでも、沙夜先輩の命をコウが握っている以上、奴の絶対的有利は変わらない。

 どうにかして不意でも突かない限り、覆せないこの状況。

 そう、なら、突いてしまえばいい。不意を。


「今です、沙夜先輩ッ!」

「あぁん!? コイツ、目ぇ覚ましてたのか!」


 腹に乗せていた片足を避け、咄嗟に下がるコウ。仕掛けてくるであろう攻撃に備えて身構える。

 ……が、しかし。沙夜先輩は目を閉じたまま動く気配を見せない。


「っめぇ……! くだんねぇ事してくれんじゃねぇか! あぁ!?」


 ほんの数秒経って、コウは騙された事に気付く。

 激昂して額には血管が浮かび、見て分かる程に怒りを露にしている。


「舐めた真似ェした以上、わかってんだろうなぁ!?」

「くっ……!」


 コウは沙夜先輩の喉元を掴み、その手に力が込められる。

 白く細い首に、めり込んでいくコウの指。


「姉さんっ!」


 姉の細首がへし折らんと握られ、沙姫が悲鳴に近い声をあげる。

 俺が距離を詰めるには時間が短過ぎた。まだ沙夜先輩まで二十メートルはある。

 この距離じゃ確実に間に合わない。俺が奴の所に着いた頃には、沙夜先輩の首は折られているだろう。

 だが、奴の気を逸らすには十分。俺の狙い通りに行った。

 そして、“既に狙いは定まっている”。


甚振いたぶるのぁ終わりだ! 今すぐブッ殺……」


 ――――ダンッ!


「づぁ!?」


 高く響いた音と同時に、苦痛の声を漏らすコウ。

 腕に激痛に耐えられず、沙夜先輩から手が離れる。

 漂ってくる火薬の臭いと、先ほどの発砲音。思い当たるのは一つしかないと、コウはその原因を睨みつける。


「エドォォォォォォォォ!」


 その先には両手で構え、銃口を真っ直ぐ向けたエドの姿。

 足元には薬莢やっきょうが一つ転がり、銃口からは微かに煙が昇っていた。


「余所見していいのか? お前に向かっていった弾丸は俺のだけじゃないぜ?」


 エドは構えを解き、口端を微かに釣り上げる。

 その意味に気付き、コウが視線を正面に戻すも既に遅し。


「ッ! さきっ……」

「相変わらず頭に血が上りやすい奴だ」


 この隙に俺の接近を許し、制空圏内にコウを捉えている。

 加えて、コウの意識はさっきまでエドに向けていて、懐はガラ空き。

 この好機を逃してなるものか。


「ふっ!」

「あぐっ!?」


 初手で放つは掌打。ビンタに似た要領で、コウの顔面へと叩き込む。

 ダメージよりも視界の低下が狙いの攻撃。一時的とは言え、相手の機動力を削ぐには十分。

 コウが目尻に涙を浮かべ、顔を手で抑えながらよろけた所へ追撃を狙う。


「はあっ!」


 回転を加え、遠心力を利用した蹴撃。コウの腹部へ回し蹴りが炸裂する。


「ぐ、っふ!」


 蹴り抜くのではなく、足の裏で押し込むような形の一撃。

 クリーンヒットしたコウの身体は、突風に煽られた傘のように吹っ飛んだ。


「よし、今のうちに沙夜先輩を……!」


 沙夜先輩を肩で担ぎ、エドと沙姫の所に運ぶ。


「姉さん!」


 目に涙を溜めて、沙姫が沙夜先輩へと寄ってくる。

 足を怪我したと聞いた通り、片足を庇うように歩いてきた。


「よく俺が思った通りに動いてくれたな、エド」

「お前が考える事ぐらい簡単に解る。それに、俺も同じ事を考えていたしな」

「相手が頭に血が上りやすい奴で助かった。でなきゃ、こんな単純なのに引っ掛からなかっただろうからな」

「全くだ」


 沙夜先輩をゆっくりと肩から降ろし、地面に寝かせる。

 目立った外傷は無いから大丈夫だと思うけど、頭を激しく打った事も考えて、あまり動かさないほうがいいだろう。


「てんめぇ……咲月ィ!」

「お前が言ってたんだろ。殺し合いに時間を守るのが馬鹿だってよ」


 コウは立ち上がり、睨んでくる目は微かに赤い。

 顔面への叩打は勿論、回し蹴りのダメージも殆んど見当たらない。

 回し蹴りも攻撃というよりも、コウをその場から離れさせて沙夜先輩を助けるのが目的だった。

 ダメージ云々は二の次だったから、まぁこんなもんだろう。


「それとも、運動会みたいに『よーいドン』がなきゃ駄目だったか?」

「上等だ……! てめぇの頭で玉入れしてやらぁ……!」


 眉間にしわ、額には浮き出た血管、不機嫌を形にした表情。

 ついさっきまではご機嫌で高々に笑っていたのに、今は一転して怒り心頭。

 剥き出しの敵意と、激しく発せられる殺気。周囲の空間は張り付き、空気が熱を持って寒気を誘う。

 俺は真黒い雰囲気を受け止め、同時に自身の闘志を練磨する。これから始まる殺し合いに、生きる覚悟と殺す覚悟の二つを心に刻んで。



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