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No Title  作者: ころく
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No.65 終始の夜

 空は黒で埋まり、住宅の窓から漏れる光は次々と消えていき。外はまるで別世界のように静寂が広がる。

 殆どの人が明日に備え、安眠を取ろうと床に着く。寝静まった夜の街。

 現在の時刻は深夜十一時三十分。最後のSDCが開始するまで後、三十分。


「よし、こんなもんでいいか」


 住宅街の隅にある公園で、俺は一人で柔軟をしていた。

 さっきまでランニングして身体を温めて、最後にもう一度、念入りに身体を慣らしておく。


「十一時半を過ぎた所か……」


 左手首に付けた安い腕時計を見て、少し大きく息を吐く。

 ここからSDCの開催場所である学校までは十分程。今から向かえば、少し早目に着くが良い時間だろう。

 昼間、白羽さんとの話が終えた後、俺は事務所ではなく自分のマンションの部屋に戻った。

 最後のSDC。これで全てが決まると思うと、気持ちが高ぶってしまう。だから、一人で気持ちを落ち着かせて、集中出来る時間が欲しかった。

 最凶にて最狂であるコウと戦い、倒さなければならない。体調だけでなく、精神面も万全に調整しなきゃならない。

 曖昧な覚悟じゃ隙を作り、半端な思いは戸惑いを生み、意味を履き違えた甘さは死を招く。

 確固たる決意。戦い抜くという揺るぎない意思。それを貫く静錬された心が必要なんだ。


「決意をした。意思も固まった。闘う為の力も付けた。あとはどこまで貫けるか、だ」


 最後まで貫き通して願いを叶えるか、それとも志半ばで命尽きるか。

 全ては数時間後に決まる。


「そろそろ行こう。エドと合流しないと」


 俺が自分の家に戻ったのもあって、エドとは開催場所である学校で落ち合う事にした。

 駅前で合流するのも考えたが、二人だと敵に見付かりやすいかも知れないというのもあって、学校に入るまでは隠れて行動しやすい一人にしようとなった。

 今回でSDCが最後。敵と戦う事は確定しているのに隠れて行動する必要があるのかと聞かれれば、それはイエスだ。

 戦いにおいて位置取りは重要。自分が有利になれる場所を確保して、身を潜ませやすい所ならば不意打ちも可能になる。

 いかにリスクを抑えて確実に倒すか。戦う相手がコウだけに目が行きがちだが、敵はあいつだけじゃない。

 沙姫や沙夜先輩のように、ここまで残った参加者が他に居る筈。コウと戦う前に、他の参加者と戦う可能性だってある。

 その時は逃げるのか、戦うのか。戦うにしてもコウとの戦闘に影響を及ぼさない被害で抑えられるのか。

 それらのリスクを少しでも減らす為にも、やはり有利な位置取りは必要だ。


「ここに居たのか、咲月君」

「あ、白羽さん」


 公園から出た所で声を掛けられると、外灯の下に白羽さんが現れた。

 黒いスーツと黒いハット。服装が黒く、まるで闇の中からいきなり出てきたように見える。


「君のマンションに行ったが居なかったのでね。探してみたら、最後の調整をしていたのか」

「体は温めておかないとな。悩みの種が色々と消えたからか、身体と頭が軽く感じるよ」

「確かに咲月君の雰囲気が以前と違う。落ち着きが増し、さらに力強さも感じる」

「自分だと特に違いは感じないけど、まぁ気持ちはすっきりしてる。やるだけの事はやってやるさ」

「調整は万全、といった様子だね。身体だけじゃなく、心も」

「頑張った後にご褒美があると知れば、人間誰でもやる気が出るってだけだ」


 冗談ぽく笑ってみせると、白羽さんも小さく口端を釣り上げた。

 学校に続く道を、白羽さんと二人で歩く。

 前に交換されてから時間が経っているのか、一定間隔で設置された外灯の明かりが少し黄色く色落ちしている。


「マンションに行く前に連絡をくれれば待ってたのに」

「SDCまでまだ時間があったからね。もう少し探しても見付からなかったら連絡しようと思っていた」

「俺の所に来たって事は、なんか用があったのか?」

「うん? あぁ、今回が最後のSDCだからね。気負い過ぎていないかと老婆心が働いたんだが……しかし、杞憂だったようだ」

「老婆心って……白羽さんはまだ若いだろ」

「ははっ、そう言ってくれると嬉しいね」


 白羽さんの年齢は知らないが、外見では二十代後半から三十代前半くらいに見える。

 もしかしたら俺の年齢のダブルスコアかもしれないが、それでもまだ十分に若い。

 その若さでどうやったらこんな品のある立ち振る舞いが出来るのか。職業は警察で公務員だけど、上流階級の貴族と言われても納得しそうな程だ。


「それとは別に一つ、懸念があってね」

「懸念、ねぇ。それって……あれの事か?」

「あぁ、あれの事さ」


 ほぼ同時に、俺と白羽さんの足が止まる。

 外灯があった道から曲がり、明かりが無くなった暗い道。無風なのに空気がざわつき、肌には妙な張り付きを覚える。

 そして、数秒後。


「なんや、深夜の街中を男二人で散歩かいな」


 真上から威圧され押し込まれる感覚。まるでこの場だけ重力が倍になったような錯覚。

 そして、聞き覚えのある胡散臭い関西弁。


「もしかして、そういう趣味なんか?」


 電柱の上から落ちる、一つの影。

 黒いタンクトップから伸びた筋骨な太い腕。闇夜でも目立つ、三つ編みにされた金髪。

 口から紫煙を吐きだして、テイルは不敵に笑う。


「やはり現れたか、テイル」

「まるで俺が来るのが知っていたような言い方やな、白羽」

「喋り好きのお前だ。祭りが始まる前に大人しくしているとは思えなくてね」


 白羽さんは腕を組み、威嚇を孕んだ眼付きで眼光を鋭くする。

 それに対し、テイルは意に介さないといった様子で飄々とした態度。

 しかし、辺りの空気は緊迫に包まれ、一息するにも体力が削られそう。


「ほーん、へーぇ、なるほどなぁ」


 テイルは指に挟んだ煙草を口に付け、先端が赤く光らせ煙を吸引する。

 そして、煙草を離して煙を吐き出しながら、俺を一瞥して笑みを零した。


「……何がそんなに面白い」

「いやいやいや、面白くて笑ろてんちゃうで。関心しとるんや」

「なに?」


 馬鹿にしているのか、挑発しているのか。本音か冗談か。

 どちらにせよ、なんにせよ。癇に障る態度なのは間違い無い。

 こいつの言葉、行動、態度。全てが人を馬鹿にして、自分が常に上位に立っていると言いたげで。それがとても気に食わない。


「あのガキを殺した張本人が目の前にるっちゅうのに、感情に煽られておらへん。ま、無愛想でつまらへんガキやったしな。もう忘れてもうても無理ないか」

「てめぇ……」


 長い前髪の隙間から、冷たく光るまなこを覗かせて。

 テイルは煙草を咥えたまま顎を擦り、品定めでもするかのように俺を見下ろす。


「と、こんな風に挑発しても冷静さを保っとる。かと言って、怒りや戦意が無い訳やない……表には出さへんが、ぐつぐつ煮えたぎった敵意が潜んどる」


 にたり、と。口の片端を僅かに釣り上げるテイル。

 わざと挑発的な言葉を使い、俺の反応を見て明らかに楽しんでいるのが解る。

 本当ははらわたが煮えくり返っている。今すぐにでも襲いかかって、モユの仇を討ちたい。

 けど、今すべき事はモユの仇討ちじゃない。俺が優先しなきゃならないのは、モユとの約束を守る事。

 こんな所で無駄な体力を消費するのも、研ぎ澄ました集中力を乱すのも。最後のSDC前にそんな事をしたら悪手でしかない。

 俺が戦う相手はコイツじゃない。相手を間違えてはいけない。相手を見据えなくちゃいけない。


「顔付きも大分変わりよって。それに俺の雰囲気に飲まれても圧倒されてもおらへん……白羽、どんな教育をしたんや?」

「私は何もしていない。彼は自分で自分を強くしたのさ。自分の願いの為にね」

「願いなんて綺麗な言い方しよって。結局は自分の欲望丸出しっちゅう事やろ。ちっぽけな人間ほど欲深いもんやで」

「人とは欲が付いて回る生き物さ。大なり小なり心に潜ませている。そういうお前も、そんなちっぽけな人間だろう?」

「なんやそら。それは自分に言っとるんか?」


 空気が帯電しているような、ピリピリとした空気。

 白羽さんとテイル。相反する二人の雰囲気が、言葉を交わす毎にその拮抗を強めていく。


「……SDCは今回で最後。お前にとっても重要な仕事の筈だ。それが始まる直前に姿を現した理由は何かな?」

「咲月君の調子を見に来たんや、今回で最後やから緊張しとると思てな」

「その為にわざわざ、開始前なのに出向いたにしては理由が弱いと、私は感じるがね」

「コウの調子も調整もバッチリでな。アイツ、咲月君を殺すんホンマ楽しみにしとるんやわ。それなのに咲月君が緊張して実力を出せんで、簡単に死んだら面白ないやろ? せやから、あのガキをネタに煽ってヤル気出させたろ思たんや」

「お前の趣味の悪さと意地の悪さには反吐が出る。同じ人間として嫌悪感を覚えるよ」

「俺かてお前の綺麗事には吐き気を覚えるで、ホンマ。結局、そんな必要無かったみたいやけどな」


 テイルは短くなった煙草を一息を吸い、俺の顔を見て小さく鼻を鳴らして笑う。

 そして、役目を終えた煙草を指で弾き捨てた。


「ま、白羽。お前も一緒に居ったんはちょいと予想外やったけどな。SDCの邪魔ぁすんやないで」

「それは違う。お前が手出ししないように私が来たんだ。お前に邪魔をさせる訳にはいかないからね」

「なぁに言うてん。俺はSDCの監視役や。お前みとうな厄介者が邪魔するなら手も足も出すけどな、参加者には手ぇ出さへんわ」

「そのSDCが始まる前に参加者へちょっかいを出しに来た奴が、そんな言葉を言って信じられると思うかい?」

「あいたたた、そこツッコまれると痛いなぁ。けど、俺は嘘をかへん。それはお前も知っとるやろ?」


 電柱の上から捨てられたタバコは小さく回転しながら、白羽さんの足元に落ちた。

 まだ火が付いている煙草は先端から煙を伸ばし、鼻に入る臭いが濃くなる。


「さてね。確かにお前は嘘をかないかもしれない。だが、だからと言って真実も言っているとも思えない」

「……はん、疑り深いやっちゃな」

「お前が疑いしか持てない人間なだけさ」


 抑揚も無く、ただ当然の感想と印象だと言いたげに。

 その足元に落ちた煙草の火を、白羽さんは靴底で踏み消した。


「しっかし、こうして出向いたのは意味あらへんかったけど……ま、無駄ではなかったみたいや。なぁ、咲月君?」

「……仇討ちよりも大事な事があるだけだ」

「突き刺すような鋭い目ェしよって、ええ雰囲気を発しよる。こらコウが手こずりそうやわ」


 テイルは薄ら笑いを浮かべながら見下みおろし、見下みくだす。

 まるでテレビの次回予告を観て楽しみにする視聴者のように。


「さぁて、そろそろ俺もお仕事を始めよか。遅刻したら五月蝿く言ってくるオバハンがおるしな」


 ズボンのポケットから取り出した小さな箱から煙草を一本取り出し、それを口へとやる。

 カキン、と渇いた音をさせ、シルバーのジッポから灯される火。


「咲月君も急いだ方がええで。遅くなり過ぎひんようにな」

「何?」


 くく、と奥歯を擦った笑いを漏らすテイル。

 今ここでテイルと遭遇して時間を食ったが、それでもまだSDCの開始時間までは余裕がある。

 エドとの待ち合わせにはギリギリだが、SDCに遅れる事は無い筈だ。


「いやなぁ? コウの奴が息巻いとるってさっき言うたやろ? 感情が昂ぶってる所を言い聞かせるのにどんだけ苦労したか。監視役だから言うて俺が面倒を見なあかんとか、ストレスでハゲそうやで。ホンマ」


 テイルは煙草の箱とジッポをポケットへ突っ込み、ぶっきらに頭を掻く。


「仮に、仮にの話や。あの暴れん坊が今こん時も、有り余る破壊衝動を抑えながらSDCが始まるんを待っとる。んで、ソイツが我慢できなくなった時に監視役がどっかに出掛けちゃっとる場合、止めれる奴が誰もおらん訳やが」

「……ッ!」

「SDCも今回で最後や、どちらにしろコウとの戦闘は避けられへん。それが多少早いか遅いかの違いや。まだ開始まで時間あるけど……」

「まさかっ!?」

「開始時間までちゃーんと待ってられるとええんやけどなぁ?」


 闇夜に浮かべる下卑た微笑。

 明らかに愉しんでいる事を口元だけで表し、その意味は考えるまでもなく。


「ま、そういうこっちゃ。ほならな」


 テイルは最後にそう言い、電柱から後ろへ飛び降りて。

 その姿は蜃気楼のように闇に溶けて消えていった。


「くそ、ここじゃ遠過ぎる……!」


 電柱の頭を見るが、奴の姿はもう無い。

 読感術でコウの雰囲気を読み取って様子を調べようにも、学校まではまだ距離があって俺の感知範囲じゃ届かない。


「白羽さん、予定通りあとの事は……」

「うん、安心して咲月君は咲月君の戦いに専念するといい。私は私の仕事を(こな)す」

「頼みますっ!」


 白羽さんをその場に残し、俺は全速力で走り出す。

 脳裏のぎる最悪の状況を払拭しながら、感覚を研ぎ澄ませる。

 何が起きていても躊躇しない精神が不可欠だ。即戦闘になっても最初から全力で戦えるように、狼狽うろたえ迷わない硬い精神力が。

 日付が変わる時間まで後少し。今宵、多くの欲が渦巻く死闘の先に、唯一の願望が形となる。

 それは黒か白か、未来さきは明か暗か。そして、生か死か。


 ――――物語の結末はもう、すぐそこ。



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