No.63 一週間の成果
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「はあっ! はあっ!」
大きく吐き出し、吸い込む空気。
激しく動かされた体が酸素を欲しがり、何度も呼吸して肺へと送る。
背中や腕、所々が痛むが、とにかく今は酸素が欲しい。地面に大の字になって土で汚れても構わず、乱れた息を整える事だけを優先する。
「ふむ」
そんな満身創痍とまでは行かないが、その二、三歩手前の俺の近くで涼しい顔をしている人物が一人。
まだ午前中とは言え、夏の晴れた日。気温も三十度を超えてる炎天下の中、真っ黒い服装で身を包んだ男。
言わずもがな、白羽さんである。黒のスーツに黒いネクタイを付けて、黒いハットを被る。お馴染みの格好。
見ているこっちが暑くて嫌になりそうなのに、この人は俺と組手をしても汗一つ掻かず、平然と佇む姿は紳士そのもの。
「スキルを使いながら戦うのも慣れてきたね。ぎこちなかった動きも、今じゃ何の違和感もない」
目深に被ったハットを僅かに上げて、白羽さんは小さく微笑む。
「相変わらず一方的にやられてんのに、そう言われても喜べねぇなぁ」
「そんな事はない。咲月君は十分強くなっている」
まだ少し乱れている息をしながら体を起こして、白羽さんに言葉を返す。
木陰に入るでも、座って休むでもない。直射日光に当たる場所で、顔色一つ変えず普通に腕を組んで立っている。
こうも平然としてると、もうバケモンじゃねぇかと疑ってしまう。いやホント。
「それに、最後のSDCが行われる日が分かって気合いが入っているね」
「そりゃ入るよ。どういう結果になっても、次で全てが終わるんだ」
望む未来。望む願い。望む結果。
それがどのようなものになるか……次のSDCで全て分かる。
先輩を助けられるかも、願いが叶うかも、全てが明日のSDCに掛かっているんだ。気合が入らない訳が、無い。
「エドから聞いたが、最近なにか違和感を感じているらしいね」
「え? あぁ、頭の隅っこでなんかが引っ掛かってるんだ……何か、解りかけているような……」
「ふ、む」
白羽さんは右手で顎を擦り、何か考え込む仕草をする。
「そうだ、ちょっと聞きたいんだけど」
「うん? なにかな?」
「この前、エドに言われたんだ。この水晶が光っていたように見えたって。白羽さんは光ってる所を見た時ないか?」
Tシャツの中からネックレスに付けてる水晶を取って見せる。
今だって光っているようには見えない。太陽の光を反射して光って見えるが、水晶自体は発光していない。
「……いや、私は見た事が無いな。その言い方だと、咲月君も光っているのを見た事は無いようだね」
「あぁ。俺もエドに言われてから気になったんだ」
「普段から身に付けている咲月君が見た事が無いのなら、エドの見間違いという可能性は?」
「俺もそう思ったんだけど、見間違いと決めるには少し気になる事があって」
「気になる事とは?」
「……俺が初めてスキルを使った時、テイルも同じ事を言っていた」
「テイルが……?」
白羽さんは一瞬だけ驚いた表情を見せて、再び顎に手を当てて考え込む。
「エドが光ったのを見たのも俺が炎を出していた時だった。だから、俺のスキルと何か関係があるのかと思ってさ」
「しかし、その水晶は……」
「……あぁ、凛の形見だ」
水晶を握り締め、懐かしいあの顔を思い出す。
肩まで伸びた橙色の髪の毛。温かく眩しい笑顔。最後の話したのはもう、三年以上も前。
すごく懐かしく感じるのに、ついこの間のように思い出せる。
「ふ、む。そうも水晶の光るタイミンが重なるのなら、咲月君のスキルと水晶が何か関係がある、と考えられなくもない。だが、共通する点が解らない」
「そこ、なんだよな。俺も不思議に思ってる」
「何故、咲月君のスキルに水晶が反応するのか……その水晶は人から譲り受けた物で、咲月君のスキルとは何の関連も無い筈」
白羽さんは右手で触っている顎を下げ、触っているさらに考え込む。
白羽さんの言う通り、俺のスキルと水晶の関連性は殆んど無い。あるとすれば、元々の持ち主が知人であったという点くらい。
そうなるとやはり、スキルとは関係無く、別の何かに理由がある……?
「もしかしたら、最近感じていた引っ掛かりに何か繋がるかと思ったんだけど……」
「だが、咲月君。気になるのは解るが、あまりそれに囚われすぎない事だ。でなければ――――」
「エドにも同じ事を言われたよ。優先すべきものを間違えるな、って」
「ほう?」
「大丈夫だ、白羽さん。俺がするべき事は解ってる。いつまでも考えてられないし、最後の日も目の前だ。頭を切り替えるさ」
少しずつ何かが解りかけている気がするが、結局は一向に正体が掴めない。三歩進んで二歩下がっているような、曖昧な違和感。
正直まだ気になっているけど、いつまでも考えてられない。
黒い手紙に書かれていた最後のSDCが行われる日は、三十一日の午前零時。そして、今日は三十日。
つまり、本日の日付が変わると同時に始まる。明日と言うよりも、今夜がその日となる。
いい加減、切り替えないといけない。半端な気持ちのままじゃコウを倒すのはまず不可能だろう。
頭を切り替えて、気持ちを割り切って、戦う事に集中する。今夜で全てが、今までやってきた結果が出るのだから。
「白羽さん。最後に一回、頼む」
「一回だけでいいのかい?」
「もうすぐ十一時になる頃だろ? 最後は全力でやらせてもらう」
「うん。なら、思い切り来るといい」
立ち上がって背伸びをし、拳を握って力の入り加減を確かめる。話をしている間に充分休めて、息も整って体力も回復した。
この会話だけを見ると、さっきまでやっていた組手は手を抜いていたように聞こえてしまうが、そんな事は無い。
ちゃんと本気でやっていたし、本気で白羽さんを倒すつもりで攻撃していた。
けど、組手は一回きりで終わる訳じゃない。時間の限り、何回も手を交わえる。だから、あとの事も考えて体力の調整をしつつ、組手をやっていた。
でも、次の組手がラスト。後の事なんて考える必要も無い。思いっ切りぶつかって、思いっ切りやられてやる。
「よし」
右手を前にして、左手は右肩の辺りへ。足を軽く開いて半身で構える。
俺が構えるのに合わせて、白羽さんも組んでいた腕を解いた。
白羽さんは基本、受身。こっちの動きに合わせて、攻撃を往なしていく。
あちらか攻めてくるのを待つのも手かも知れないが、白羽さんのスピードにまず追い付けていないのが現状だ。
なら、いつもと変わらない。相手が視界に留まっている内に、一気に攻める……!
「行くぞ……!」
声を出すと同時に、地面を強く蹴って疾走する。
白羽さんとの距離は約五メートル。その距離を一気に詰める。
両手に力を込め、狙うは相手の胸部。面積の狭い頭部を狙うよりも、胸や腹を狙った方が当たる確率が高い。
あわよくば一撃を入れて少しでも動きを鈍らせたい所だが……。
「はぁぁぁっ!」
ダッシュの勢いを乗せた右手による攻撃。
一直線に無駄の無い動きで、素早く突きを放つ。
バウッ! と空気が爆ぜる音。
「ふむ」
それを、白羽さんは半歩。僅かに身体を横にずらし、俺の攻撃を難無く躱した。
手すら使わず、必要最低限の動きだけ。しかし、俺だってただ何度もやられている訳じゃあない。これ位の事は予想している。
「ふっ!」
突き出した右腕を曲げ、そのまま後ろへと思い切り振るう。
白羽さんが避けるのを見越しての連撃。後ろの白羽さんを目掛け、肘鉄が飛び掛かる。
が、しかし。胸部に当たる寸前に、片手で簡単に受け止められてしまう。
「うん。なかなか良い攻撃……」
「はあっ!」
だが、まだ終わりじゃない。受け止められた肘を利用し、裏拳が白羽さんの顔面を狙う。
さらに続く連続攻撃、三連撃。
「ほう、先程よりも良い動きだ。それに相手の動きへの反応も素晴らしい」
「っち……!」
しかし、意表を突いたと思った攻撃もまた、白羽さんにとっては想定の範囲内でしかなく。
整った顔立ちは崩れず、涼しい顔のまま容易に防がれた。
「こん……」
今のは悪くない攻撃だったと思った自分を恥ずかしく思ってしまう。
浅略さへの反省は今は飲み込んで、動きが止まっている白羽さんへ攻撃を続ける。
肘鉄によって上半身が捻られているのをそのまま、蹴り出す動作へ移す。放つは左足による上段蹴り。
「のっ!」
「おっと」
遠慮も手加減もしていない本気の蹴りだったが、結果はやはり虚しく空を切るだけ。
ついさっきまで目の前に居た筈の白羽さんは、数メートル離れた所に移動していた。
俺の蹴りを上半身を後ろに反らすだけで躱した後、一度のバックステップだけ離さる間合い。
実力が段違いならば当然、スピードの差も歴然だ。
「本当、嫌になっちまうな……」
大げさに息を吐出して、演技っぽく肩を竦める。
終わりが解らないマラソン程、しんどいものはない。
「十一時まであと五分。まだやるかい?」
「当然」
左腕の袖を捲り、腕時計を見る白羽さん。
五分でも時間があるなら、時間の限り攻めまくる。体力だってまだまだ残ってる。
それに、このままじゃあ不完全燃焼もいいとこだ。
白羽さんとの組手もこれが最後。だったら――――。
「全力を出して」
目を閉じ、集中し、イメージする。
相手は格上。手加減も遠慮も、出し惜しみもする必要は無い。
じわじわと掌が熱くなっていく感覚。形の無い熱を握る感触。
「燃え尽きてやる……!」
目を開くと同時。両の手から具現される赤い炎。
熱気を帯びた空気は、陽炎のように景色を歪める。
「いつもより一回り大きい炎……出し惜しみせずに来るか」
「うおおぉぉぉぉぉぉっ!」
白羽さんへと向かって全力疾走。近付くにつれ、手にこもる力を強くする。
「ふっ! はあっ!」
炎を使いながら慣れた動きで攻撃していく。左からの牽制から、右のストレート。
手から放たれ荒ぶる炎が、攻撃の迫力と威力を格段に向上させる。
「やはり、炎という能力は相手するには少々厄介だね」
だが、一切当たりはしない。スキルを使った攻撃も紙一重で回避される。
白羽さんの台詞と顔が全く合っていない。厄介だと言っておいて、焦った表情どころか慌てる仕草も見せない。
「お、りゃあっ!」
右腕を大きく振り、視界の外へ消えかけていた白羽さんへ威嚇を含めた攻撃を繰り出すも、軽く躱される。
「ふむ。ガードしようにも炎のせいで受け止める事も出来ない。ある意味、防御不能と言える」
「くそっ……!」
しかし、今の攻撃で解った。白羽さんが厄介と言っていたのは本心だと。
スキルを使用ながら攻撃を仕掛けた場合、白羽さんの回避する動作が若干大きくなる。
炎を拳に纏えば、攻撃の幅が三倍近く広くなる。打撃のダメージだけじゃなく、炎の熱による燃焼と火傷を危惧しなければならない。
それを避けるのだから、回避行動が大きくなるのは当然だ。
「だが」
「ッ!? やば……!」
「当たらなければどうという事はない」
ゆらり、と流れる動き。時間が遅くなったように感じながら、白羽さんの右足が地面から浮くのを見て。
咄嗟に、俺は両腕を胸元で固める。
「ぐっ!?」
そして、襲ってくる強い衝撃と腕に走る痛み。
革靴から繰り出される蹴撃は、硬い靴底で一層威力が増す。
衝撃に耐え切れず浮かされた俺の体は、数メートル後方へと弾き飛ばされた。
「ほう」
しかし、ガードはしっかり間に合っていた。両足で着地して地面に踏ん張り、倒れ込む事無く攻撃を受け切れた。
固めていた両腕を解いて、痺れる前腕を擦る。多少のダメージはあったが組手への支障は無い。まだ続行出来る。
まぁもっとも、今夜は最後のSDCがあるのに、俺が怪我をするように白羽さんは仕掛けて来ないだろう。
「やるね、咲月君。今の蹴りを見事に防ぎきるとは」
「一杯一杯だよ。白羽さんの蹴りを出す動きが見えたからなんとか防げただけだ」
「そう言う割には、私の蹴りに合わせて前に出てから喰らっていた。足が伸びきるよりも前に、自ら当たりにって威力を抑えたんだろう?」
「どうせ喰らうなら痛くない方がいいからな」
「しかし、よく後ろに下がらずに前に出たね。普通ならばその場で踏ん張るか、後ろに下がって蹴りの勢いを殺す方法もあったというのに」
「よく言うよ。後ろに下がったら白羽さん、軸足の重心を倒してリーチを伸ばすつもりだったクセに」
「……なるほど。そこまで読み切っていたか。一撃を与えた私の方が読み負けたと感じてしまうね」
「誰が見ても明らかに俺が負けてるんだけどな」
「そうでもないさ。こうして君は私の攻撃を防ぐだけでなく、威力を抑えてダメージを減らしている。それに……」
右手首を軽く回し、拳を握り直す。
蹴りを喰らった際に炎は消してしまった。防御する事に意識が行き過ぎて、スキルまで維持出来なかった。
さすがに白羽さんの攻撃を受けながら炎を出し続けるのは難しかったか。
けどそれに、組手はまだ終わりじゃない。
「ふっ!」
短く息を吐いて一気に駆け出す。
白羽さんと離された距離はほんの数メートル。詰めるのは一瞬。
助走を付けて、お返しとばかりに上段蹴りを白羽さんの顔へと放つ。
「話している途中に仕掛けてくるとはね」
「そっちが勝手に……」
白羽さんは涼しげな顔で、上手く俺の視界から外れるように移動する。
蹴りは寸軽く右手であしらわれ、俺の死角へと入られる。死角とは視界の届かない場所。ならば、俺の視界に入らない所を狙えばいい。
死角全体を把握は出来ないが、白羽さんが俺の蹴りを躱して移動した方向は見えていた。なら、ある程度の予測は難しい事じゃない。
「話してきたんだろっ!」
躱された上段蹴り。その蹴りの勢いをそのまま、次の蹴りへと活かす。
身体を半回転させて軸足を変え、勢いを殺さずにもう半回転から放つは同じく上段蹴り。
正しくは、上段後ろ回し蹴り。白羽さんの動きを先読みした攻撃。
「確かにその通りだ」
だが、しかし、けれど。この言葉を何度使ったか。そして、やはり、またもや。
この攻撃も簡単に止められてしまった。蹴りを放つ前の動作中、左足を振り上げようとした所を手で押さえられてしまって。
そうそう容易くない。この人の強さは知っている。思い知らされている。
「も……」
だから、知っていた。この攻撃も当たらないという事は、知っていた。
片足で立ち、もう片足は白羽さんに掴まれ。完全に蹴りは潰された状態で。
けれども止まらず、終わらず。狙いはこの先なのだから。
俺に死角が出来るのなら当然、相手の白羽さんにも死角は存在する。
上段蹴りからの、連続での後ろ回し蹴り。二度も連続で蹴りを出したのには理由がある。
「一発っ!」
俺の足へ意識を向けさせるため。そして、蹴りを放つ姿勢を利用し、本命を潜ませ気付かれないようにする為。
この悪い体勢で、上半身を捻って振るうは左腕。放つは裏拳。ここからが俺の狙い。
当然、ただの裏拳ではない。白羽さんへと向かう左手は炎を纏い、空に火の粉を舞い散らす。
「む……!?」
俺がこの体勢からさらに攻撃をしてくるとは思っていなかったのだろう。追撃に気付き、白羽さんの表情が一瞬固まる。
そして、その顔を目掛けて炎拳が空を裂いて飛ぶ。
「言ったろう?」
耳に入る冷静な声。
同時に、左腕から締め付けられるような痛みが走る。
「当たらなければどうという事は無い、とね」
裏拳を放った左腕が、がっちりと掴まれていた。
顔に届かず胸元あたりで止められて、押し込もうにも微動もしない。
「君が炎を纏えるのは手首から先だけ。なら、そこ以外を掴んでしまえば問題では――――」
「……は」
そうすんなり行くとは思っていない。ここまで読まれる事は読んでいた。
だから、この先。この先が最初からの、本当の狙いだ……!
「ああぁぁぁぁぁぁっ!」
止められた左手の炎を大きく。そして、空いた右手も同様に。
大きく振りかぶる必要は無い。動きは小さく、最短で。この一撃で結果が出る。
大炎が包む右手が叩き込むは――――己の左手。
「なに……!?」
白羽さんに掴まれたままの左手の甲へ、炎を纏った右手での掌打。
掌打の衝撃で纏っていた両手の炎が、白羽さんの目前で勢い良く弾け飛ぶ。
広く飛び散った炎は白羽さんの視界を塞ぎ、大きな死角が生まれる。
「でぇああああああっ!」
スキルを攻撃手段や火力上乗せじゃなく、目眩ましとしての応用。
予想から外れ、想像を上回った行動によって生じた一瞬の硬直。初めて感じ取れる白羽さんの、隙。
この好機を狙わずいつ狙うか。だが、格下の俺にとっては有って無いに等しい。
ここからはもう、先読みだの何だのは関係無かった。ただただ、ようやく作り出した白羽さんの隙を突く為に。
型も構えも無い。目眩ましで両手を突き出した状態から、最速の攻撃だけを狙って。
今ある力を集中させた右手を、切り上げるように掻き払った。
ボッ――――!
飛び散る炎を裂き、空気が弾ける音。
俺が右手を振り上げてから一秒後。俺は息を切らしながらその腕を落とした。
答えは簡単なもの。振るった右手に肉を捉えた感触が無かったからだ。
「……ふむ」
目眩ましで怯んだ隙への一撃。が、当たる直前にバックステップで距離を取り、これも既の所で躱された。
僅かに乱れたスーツの襟を正しながら、白羽さんは口を開く。
「大したものだ。この短い期間で、ここまで成長するとは驚きを隠せない」
白羽さんはいつもの落ち着いた口調で、しかし、表情は嬉しそうに言葉を繋げながら。
「まさか最後の最後に、宣言通り私の頭から帽子を取るとはね」
足元に落ちていた自身の黒いハットを、徐ろに拾い上げた。
「ははっ……今の攻撃が当たらなかったのはショックだったけど、それでも満足だ」
俺は小さく笑って、全力を出した疲労で膝に手をつく。
額から頬、頬から顎へと汗が伝い、地面に幾つか染みを作られた。
前に宣言した通り、白羽さんの頭から被っている帽子を外してやった。
結局白羽さんに一撃も当てられなかったけど、組手を始めてから一週間程でこれなら自分に及第点をあげてもいいだろう。
「やはりまだ慣れていないか。スキルを使用するのに、少なくない負担が掛かっているようだね」
「はぁ、はぁ……ここずっと頑張って使い慣れようとしたけど、ここまでが限界だった」
さすがにあれだけスキルを使いながら戦ったのは初めてで、一気に疲労が押し寄せてくる。
こうして立ってるのも辛くて、倒れいないようにしてるのは意地みたいなものだ。力を出し切るとは言ったが、これはしんどい。
「正直、咲月君がここまで強くなるとは思っていなかった。若者の成長する速さには驚かされるね」
「っていつもの静かな表情で言われてもな……」
「あぁ、すまない。私はあまり顔に出るタイプではないからね。けど、今言ったのは本心だ。君の成長には舌を捲いてしまうよ」
白羽さんは表情の変化はほとんど見せず、ハットを何度か手で払ってから頭へと被せる。
「これ程の力を身に付けたのなら、今夜のSDCで一方的にやられる事はまず無いだろう。あとは君次第だ」
「ははっ、白羽さんにそう言ってもらえたら少しは自信が付くな」
「SDCが開始されるのは日付が変わる零時丁度。時間はあと十二時間ある。それまでしっかりと休み、万全の状態に整えておく事だ」
「あぁ、事務所に戻ったら飯食って身体を休ませる。これ以上は何をしても付け焼刃にもならないしな」
「それでは、先に事務所に戻っているよ。もし何かあった時は、私の部屋に来るといい」
「白羽さん、一週間も組手に付き合ってくれて助かった。感謝してる」
「構わないさ。私も楽しんで組手をしていたからね。またいつか機会があれば、一手交えよう」
「そん時までには、そうだな……白羽さんの表情を崩せるくらいには強くなってたいもんだ」
「ふっ……楽しみにしてるよ」
微笑しながらハットを深く被り直し、白羽さんは事務所へと戻っていった。
「あー、つっかれたぁ」
最後の組手が終了して、ごろんと芝生の上に寝転がる。軽く吹いてる風が気持ちいい。
腕も足も腰も首も、全部疲れた。俺も事務所に戻ってシャワーを浴びたいけど、まずは少し休もう。
「一撃当てるのは無理だったけど、白羽さんのハットを落とせたってのは大きな進歩だろ」
自分で自分を褒めてもいい結果だと思う。
最初は一方的にやられるだけだったのが、白羽さんの攻撃に反応して防げるようにもなった。
やっぱり強い人と実践を積んだ方が得られる経験が多い。それも格段に上の人なら尚更。
「スキルもかなり使えるようになったし、収穫は充分」
風に吹かれて枝から取れたのか、額に落ちてきた一枚の葉っぱ。
それを摘んで取り、指先でくるくる回して遊ぶ。
「これで、どこまで戦え――――」
そして、その葉っぱをスキルで燃やそうとした時だった。
「あ、ぐっ……!?」
ズギン、と。前触れもなく襲ってくる激しい頭痛。あまりの痛みに額を手で押さえ、その場で蹲る。
スキルを使った反動からなのか、それとは別の原因なのか。理由は何であれ、あまりの痛みに目を閉じ、眉間には集まる皺。
この前、エドと話していた時の痛みの比じゃない。動くことすら叶わない。内側から鈍器で殴られるような酷く重い痛み。
そして、追い討ちをかけて耳鳴りが痛む頭に大きく響く。周波数がズレた大音量のラジオみたいな、甲高い耳鳴り音。
次第に視界も白くなっていき、さらに強くなる頭痛に、意識を保つのが難しくなって。
もう暗いのか眩しいのか解らない視界を最後に、段々と意識がどこかへと遠くなっていった。




