No.61 引っ掛かり
◇ ◇ ◇
とうに陽は暮れ、あたりはどっぷりと暗くなっている。。
リーリーと聞こえてくる、夏虫の泣き声。夜になると暑さも引いて、今は涼しく過ごしやすい。
空にはお月様が顔を出し、外は黒い闇のカーテンで覆われる。
暗闇が広がる夜の間。そろそろ日付が変わる時刻に差し掛かる。
そんな中、事務所には窓から明かりが漏れている一室あった。
「白羽さん、どうぞ」
「あぁ、ありがとう。深雪君」
白羽のデスクに置かれる、白いカップ。
中の黒い液体からは湯気が上がり、香ばしい香りが鼻をくすぐる。
「やはり、匕君は願いを変えませんでしたね」
「彼は願いを叶える為に生き、頑張ってきた。そして、モユ君との約束もある。そうそう諦め切れるものではないさ」
「それは、わかるんですが……」
デスクに置かれたコーヒカップを手に取り、白羽は口元まで運ぶ。
「心配かい?」
「……はい。匕君の意思を汲んで、私達は彼に選択を委ねました。けど、人を生き返らせるなんてどう考えても……」
「人としての器を造れても形の無い記憶は造れない。咲月君が願いを叶えられたとしても、高い確率で過去の例と同じ結果になるだろう」
「匕君はここまで来るのに、色々な事を経験して乗り越えてきました。それが大きい分、反動も大きいですから。きっとモユちゃんの時よりも……」
「咲月君は自分で選んだんだ。そして私達は、その咲月君を信じて彼に選択させた。私達が信じた彼を、信じるしかないさ」
コーヒカップから立ち上がる白い湯気。
白羽は見つめる水面は、黒い液体が微かに揺れている。
「……咲月君は全てを聞いた上で決断した。どんな結果になろうと、私達は彼のサポートをするだけだ」
「ですが、やはり可能性は……」
「咲月君も解っているだろう。しかし、それでも彼は希望を捨てなかった。それが仮初の希望だとしても。なら私達が先に諦める訳にはいかないだろう?」
「そう、ですね。私より若い子が壊れる姿なんて、見たくないですから。私達が出来る事をしてあげないと」
警察という職種に就いている以上、やはり人の生き死にを多く見てきたのか。
深雪は哀しそうな表情をして、やりきれない気持ちを押し殺しているようだった。
「奇跡が起きる事を願う……なんて神頼みを口にするつもりはない」
コーヒーカップを口に運び、一口だけ飲む。
「いつだって人が犯した罪咎は、人の手で終わらせるものさ」
鼻腔をくすぐるコーヒーの芳香。
白羽は口に広がる苦味と共に、金髪を三つ編みにした一人の男を思い浮かべていた。
天敵とも言える、テイルという名の男を。
「ただ、気のせいか……咲月君は何か、気になる事があるように見えた」
「気になる事、ですか」
「いや、正しく表現するならば、何かを掴みかけている……そんな感じがしてね」
「匕君には何か方法がある、という事でしょうか? でも、亡くなった人の記憶の再生なんて……」
「そればかりは私にも解らないさ」
白羽はコーヒーカップをデスクに置き、革張りの椅子の背もたれに寄り掛かる。
ギイ、とバネが軋む音。白羽はおもむろに、窓から見える夜空へと目を向けて。
「ただ願うならば、物語の幕は笑いながら閉じたいものだ」
一人の少年がこれまで歩いてきた道のりは辛苦と憂事が続く、悲壮の道だった。
なら、せめて。最後は、最後くらいはいいだろうと。少年の願いは叶って欲しいと。
白羽が仰ぐ空は真っ黒で、けれども白く光る粒は無数に散らばる。
その中で大きく目立つ、一つの白い円。まん丸になりかけた月が、夜空の海で淡い光を放っていた。
◇ ◇ ◇
事務所の外。玄関の脇にある、土だけで何も生えていない花壇のレンガに腰を下ろして。
微かに歪んだ月が浮かぶ深夜の空を、俺は眺めていた。
近くの草むらから虫の音だけが聞こえて、他に耳に入る音は無い。
昼間、SDCが人を生き返れせるのではなく、人を造っていたんだという真実を知らされてからずっと考えていた。
どうするか、どうすればいいか。どうしたら俺の願いは、俺が願う願いのまま叶える事が出来るのか。
けど、考えても、悩んでも、迷っても。結果は全く変わらず、進まず。
「……どうすりゃ、いいんだろうなぁ」
一人ぼっちで、独り言をぽつり。
打開策も、解決策も、なんにも思い付かない。ただただ時間が過ぎるだけだった。
悩んで考えて、空のお月様を見上げてみても。答えは一向に出てこない。
深雪さんから過去の話を聞かされて、確かに驚いた。人を生き返らせるんじゃなく、人を造っていたという事にも衝撃を受けた。
例え凛を生き返らせても、戻ってきた凛に記憶は無い。つまり、俺がSDCで願いを叶える事は無駄に等しい。
けど――。
「なにか、なにかが……」
その覚悟を受け入れて、俺はそれでも願いを叶えると決めた。
だけど、それとは別に……覚悟したから願いを叶える事を決定したのとは別に理由がある。そんな気がする。
絶望的な状況だというのに、俺は落胆も悲観もしていない。
この頭の隅で何かが引っ掛かっているような、この違和感の理由は何なのか。それがはっきりすれば、もしかすれば……。
「何してるんだ、こんな所で」
不意に聞こえてきた声。
空を見上げるのを止めて、横を見るとエドが立って居た。
「エドか。ちょっと、な。お前こそこんな時間に出掛けるのか?」
「白羽さんに玄関の鍵を閉めるよう頼まれたんだよ。そしたら外でお前が黄昏ているのが見えてな」
「黄昏ちゃいねぇっての」
「静かな夜、月明かりに照らされる。なんて絵になるじゃないか」
「なるかよ。そういうのは中身はともかく、外見が良いお前みたいな奴の方が絵になるだろ」
嫌味か皮肉か。どちらにしろエドは褒めてはいないのは分かった。
俺は顎をしゃくれさせ、ジト目でエドに返す。
「……思っていた程、落ち込んでいないじゃないか」
「はっ、お前が心配なんて珍しい。てるてる坊主でも作ってから寝るか」
「そりゃいい。雨でも降ってまた引きこもる理由になったら困るからな」
「さすがにもう、生きた死人にはならねぇよ。深雪さんに言われた通り……覚悟もしたからな」
「そう言う割には、思いつめた顔をしてるように見えるが?」
「思い詰めてる……ってのはちょっと違うな。どっちかって言うと、奥歯に引っ掛かった小骨が取れなくて悩んでるってとこだ」
「なんだそれは」
エドは片眉を下げて肩を竦める。
「願い云々《うんぬん》の前に、他に大きな問題があるのを忘れてないか?」
「……先輩の事だろ。忘れる訳ねぇよ」
エドの言葉に、俺は少し低い声で返す。
何かを見る訳でもない。ただ視線の先にあるのは、夜のとばり。真っ黒い暗闇だけ。
その闇の中に思い浮かべるは、暗闇とは反する白い髪をした一人の人間。俺が知っている先輩の面影など見る影もない、植え付けられた別人格。
同一人物でありながら、その中身は全くの別モノ。己の破壊衝動にのみ従い、人を人とも思わないヒト。二从人格と呼ばれる、人工的に造られた先輩とは全くの別人。
「次のSDCには必ずあいつが出て来る。あれだけ俺とお前に執着していた奴が、大人しくしている筈がないからな」
「最後の鬼門が先輩に住み憑いた厄介人ってのは……とことん嫌がらせをしてくる」
「あの凶暴性も厄介だが、一番の問題は禁器だ。当たり所にもよるが、一発貰っただけでアウトだと思った方がいい」
「ある意味、一番の頭を抱えるのはコウじゃなくて禁器みたいなもんだからな。防御どころか触れただけでもヤバイってのは厄介極まりねぇよ」
コウが持つ禁器は二メートル長の棍。そして、特化する破壊方法は『崩す』。
形あるもの。姿あるもの。意識あるもの。存在するもの全てを、崩し去ってしまう。
そんな厄介な代物に加え、身体能力も上昇しているコウを相手にするのは……かなり手こずり、手を焼くだろう。
「けど、あいつを倒す為に必死に鍛えてきた。先輩は必ず助け出す」
沙姫との組手だけじゃない。格上の白羽さんにも鍛えてもらっている。
動きが良くなっているのも、強くなっている実感もある。一方的にやられる展開は無いと言っていいだろう。
「……昼間にあんな話をして、さらにこの話をするのは気が引けるが話さなければならない」
エドも花壇の淵に座り、少し気まずそうに言葉を続ける。
「深雪さんが言っていたよ。もしSDCでコウを倒し、明星洋を助け出したとして……本来の人格に戻れるかどうか、その可能性はなんとも言えないそうだ」
「……そうか」
なんとも言えない。明確に言わないって事は、そういう事だ。
コウを倒して、先輩をSDCから助け出しても……元に戻る保証は極めて低いという意味。
「先輩が元に戻らないかも知れないってのは、俺も思った事はある。正直、一回や二回じゃない」
見上げる空。月は薄い雲に隠れ、雲の後ろからぼやけた光を放っている。
「でも、諦めてはいない。俺は諦めないで、最後まで足掻くって決めたからな」
「俺もそうさ。やれる事はやって、奴らに一泡吹かせてやりたいって気持ちもある。けど、方法が無いんじゃあ……」
エドも空を見上げ、雲は風に流れて月が再び顔を出す。
雲が晴れて月光で明るくなっても、気持ちはくすんだまま。
一向に見付からない打開策。全く思い付かない解決策。終わりに近づく程、希望が黒く濁っていく。
「昼間に話を聞いてからずっと考えてさ……もしかしたら二从人格で凛の人格を作り出せるんじゃないか、って思ったんだ」
「そうか……! 二从人格は造られた人格を人に植え付けるものだ、それを生き返った体に入れれば……!」
「けど、その方法はやっぱり無理だ。初めてコウと会った時を思い出してみろ。感情の起伏が激しく、その不安定さは見て分かる程だった」
「確かに不安定ではあったが……それでも可能性はある! 無理かも知れないが無駄では無い筈……!」
「いや、無理なのには決定的な理由がある。それは前にテイルの口から直接話された。二从人格はその名、その文字通り、安定した元の人格と不安定な埋め込まれた人格。この二つの人格が合わさり、三つ目の人格が完成する」
「その話は白羽さんから聞いた。前に夜の河川敷で会った時の事だろ?」
「SDCが造った人間は生まれた赤ちゃんと同じだってんなら、植え付けた人格を安定させる為の元の人格が無い。つまり、二从人格を使って凛の記憶再生は不可能なんだ」
どんなに考えても、悩んでも。希望を持てる方法は出てこない。
いくら足掻いても、藻掻いても。結局はSDCに踊らされているだけなのか。
「外から別人格を入れる方法があるなら、抜き出す方法もあるんじゃ……そう考えたけど、二つの人格が混ざり合った人格から一つだけを綺麗に抜き出すとなると……」
「結局、何も手はないのか……!」
「先輩の事も、凛の事も……何か、あるんじゃないかって。ずっと考えてる。考えても考えても何にも思い付かない。けど……」
「けど……? 何かあるのか?」
「解らない。解らないんだけど、何か……何かが、引っ掛かるんだよ。何かが……」
頭の隅でずっと、何か不鮮明な引っ掛かりを感じていた。
その引っ掛かりが何なのか、違和感は何なのか。はっきりとした理由も、原因も解らない。
気のせい……ただの思い違いや考え過ぎだと無視するのは難しい、この感覚。
「この引っ掛かりの正体が解かれば、なんとかなりそうな気がするんだ」
「とは言え、何か解らないモノに期待する訳にもいかない。お前が願いを叶えるのも明星洋を助けるのも、どちらにしろコウは倒さなければならないんだ」
「……それは解っている」
「その可能性を少しでも上げるには、今の内に僅かでも強くなる事なのは理解しているだろ?」
「それも解っている。けど、どうしても無視出来ないんだ……」
「別に無視しろと言っているんじゃない。優先順位を間違えるなと言っている。そうしないと、悔やむ結果を招くのはお前だぞ」
俺は右手に巻かれた黒いリボンを見つめ、左手を添える。
助けれなかった人。救えなかった命。後悔しても後悔しきれない程、後悔した。
だけど、彼女の存在は俺へ生きる後押しをしてくれた。願いを叶えると、交わした約束。
「だが、お前の感覚の良さは白羽さんも認める程だ。もしかしたら、その違和感が問題解決の糸口になるかもしれない。何か思い付いたら言ってくれ、俺達も手を貸す」
「お前が協力的ってのも気持ち悪いな。なんか企んでんのか?」
「誰だって最後は幸せな方がいいさ」
裏があるんじゃないかと疑われ、エドは演技っぽく肩を竦ませる。
「それと、お前のスキルはどうなんだ? 実戦に使えるなら戦術の幅が広がるからな。最後のSDCでコウとの勝率を上げる手札になる」
「実は今日の組手からスキルも使うようにしたんだよ。さすがにぶっつけ本番で行く訳にはいかないしな。戦いながら使えるように慣れておかないといけないだろ?」
「組手で使ったって……あの姉妹の組手で使ったのか!?」
「違ぇよ、白羽さんとの方だ。沙姫との組手ではさすがに使わねぇよ」
グッパッと数回、手を握って開く。
最近は体の調子が良い。自分でも動きが精錬されていくのが分かる。
ま、だからといって白羽さんに一発当てれるかどうかは別問題だけど。
「で、結果は?」
「ボロクソ。スキルを使っただけで、いきなり強くなれる訳じゃねぇからな。むしろ、スキルに気を向け過ぎて動きが鈍る始末」
「でも、白羽さんと組手しながら使えたんなら上出来じゃないか」
「まぁな。最初は炎を数分出しただけで気を失っちまってたけど、今じゃ動きながらでも使える。それでもまだ気を失う時がたまにあるからなぁ……」
「そこは使って慣れるしかないさ」
「慣れる、か……」
握られた拳をゆっくり開いて、何も無い手の平を見つめる。
「慣れって言うか、馴染むって言う方がしっくりするんだよな」
見慣れた自分の右手。使い慣れた、右手。
その自身の手を、何か別のモノを見るように。
「初めは使うのになんか違和感があったんだよ。こう、なんて言うか……ズレって言うか」
「ズレ?」
「よく生中継で距離が離れていると音声が遅れて聞こえてくるだろ? あんな感じで、俺が思うより遅延時間がある感覚だったんだ」
「俺はそんな感覚は無かったが……感じ方は人それぞれか。普通なら自分が元々持つ能力だから、使い慣らすのに時間が掛かる事はあっても違和感とかはない筈なんだけどな」
「俺の感覚が少し違うだけか」
「ま、さっきも言ったように慣れてしまえばその感覚も消える。まずは使いまくることだ」
「言われなくてもやってる。暇な時間があれば気を失わない程度にはな」
一度、右手で握り拳を作る。そして、その拳に集中される意識。
イメージするは赤い炎。轟々と燃え盛り、空気を燃やすは熱の塊。
「んっ」
握り拳に力を込めると同時。手首より上から放て出された、盛る火炎。
「よっ……と!」
さらに右手への意識を強め、想像する炎をもっと大きく。
めらめらと放たれていた炎は火柱へと姿を変える。その高さは、約一メートルはある。
「へぇ、なかなかの進歩じゃないか」
「たまに気を失うのを改善しないと、まともに使い切れてるとは言えない。まだまだだ」
「スキルが目覚めて二週間くらいだろ? それでこれならかなりのものさ」
「今みたいにデカくするだけじゃなく、指先に小さく出す事も出来る。結構大変だったわ」
エドは俺の進歩に関心しながら、燃え上がる火柱を見上げる。
さっきまで闇だけだった空間に、熱気と共に明るさが広がった。
「って、おいっ!? 右手! 右手のリボンが炎で燃えてるぞっ!」
「ん?」
右手首に付けているリボンが炎に巻き込まれているに気付き、エドは慌てた声を出す。
「あぁ、大丈夫。俺が意識してれば燃える事は無ぇんだ」
そんなエドに、俺は平静に返す。慌てる必要も、焦る必要も無い。
今言ったように、炎に包まれているのにリボンは燃えていない。
「凄いな……炎を具象化してるのに、燃やす対象をコントロール出来るのか」
「俺も最初は意識してなかったんだけどな。気付いたら、自分が燃やそうと思っていない物は燃えないんだ」
「しかし、少し変わっているな。初めはすぐ気絶していたのに、コントロールは出来ていたのか」
「そういえばそうだな……」
エドに言われて浮かんでくる疑問。
確かにその通りだ。ろくに使えず、炎を数分出しただけで気を失っていた俺だったってのに、最初から燃やす対象を選べていた。
頭の隅で引っ掛かっていた違和感が、大きくなる。見えないモヤが。蜃気楼見たく空間だけが歪んだ何かが。
「最初から、出来ていた……? なんで? 俺はなんで最初から炎をコントロール出来ていた?」
燃やす対象を選べると知っていた? そもそも、どうやって知った? いや、知らされていた?
誰に? 何に? なんで? どうして? どうやって?
キィ――――ン……。
「ッ、つ……!?」
遠くから近付いてくるように、甲高い音が頭に響く。
それと同時に襲ってくる頭痛。突き刺すような痛みが、頭に走る。
「――じ、――い――おい、匕っ!?」
「……ッ!?」
エドの声で、遠くなりかけた意識を引き戻される。
頭痛と一緒に流れてきた、薄らとしたイメージ。
「匕、大丈夫か?」
「……気を、失っていたのか?」
「ほんの十秒くらいな。出していた炎が消えて、急に倒れそうになったんだ」
少しボーッとする頭。頭痛もまだ小さく襲っている。
肩に何か感触がして、そこで俺の身体をエドが支えていたのに気付いた。
「一つ聞きたいんだが、匕。お前がいつも付けてるネックレス……今もしているのか?」
「え? あぁ。基本、風呂とか寝る時以外は付けてる」
「ちょっと見せてくれないか」
「別にいいけど」
胸元から手を入れてネックレスを取り出し、掌の上に水晶を乗せる。
それを向けると、エドは何か訝しげに見始めた。
「どうかしたのか?」
「いや、さっきお前が気を失う瞬間、その水晶が光っていたように見えたんだ」
「これが?」
言われて俺も水晶を見てみるも、今は光っていない。特に変わった様子のない、いつもの水晶。
本当に光っていたのかは解らないが、身に付けていた俺は全く気付かなかった。
「いや、でも……」
「ん? どうした?」
「そういえば、俺が初めてスキルが目覚めてテイルにスキルを使用した時……テイルも同じような事を言っていたような」
「本当か!?」」
「怒りしか頭になかったからよく思い出せねぇけど……」
うろ覚えだが、似たような事を言っていたような気ががする。
あの時はモユを殺された怒りで頭が一杯で確かじゃないが、思い返すと薄らとだがそんな記憶がある。
「ぐっ、づぁ……!」
再度襲ってきた酷い頭痛と、激しい耳鳴り。あまりの痛みに顔は歪み、額を手で抑える。
まるで脳味噌を思いっ切り絞られるような痛み。それに合わさる煩い耳鳴りが、脳内で不協和音を奏でる。
目眩で視界がボヤけ、薄い白が段々と広がっていく。
「まだ頭痛がするのか?」
「い、や……大丈、夫、だ」
気絶しないよう、気合いで意識を留める。
痛みに耐えながらなんとかエドに返事をし、痛みと耳鳴りが引いていくのを待つ。
「匕、今日はもう休め。色々と話をして、自分が思っている以上に疲れているんだろう」
「悪い……そうするわ」
「もし状態が悪化したら早めに言えよ」
「あぁ。もう治まり始めてるから大丈夫だと思うけど、そん時は深雪さんの所に行くよ」
引きつつあっても、まだ残る頭痛。それでも動ける程度には治まった。
若干フラつく足で立ち上がり、エドを横切って玄関へと向かう。
頭痛で上手く働かない思考。しかし、そんな状態で俺の頭は、別のある事に気が行っていた。
「一体なんなんだ、この感覚は……?」
俺の頭の隅にあった、何か。その姿形すら見えていなかった何かが、大きくなった。
何処にあるのか分からなく、触れもしなかったそれを。何か解らない、何なのか知らない、それを。
俺は今、その不鮮明だった何かを、解りかけた気がした――――。




