No.60 覚悟
「記憶が、無い……?」
宣告される、望む願いから離れた事実。
そして、深雪さんがテーブルに出した新たな写真。数年の時間を経て、発見された二つ目の遺書。
そこに書かれていたものは。
『何もおぼえていなかった。おれのことも、かぞくのことも。おれはもういちど、いっしょに生きたかっただけなのに』
ボールペンで殴り書きされた文章。文字の大きさも、列の揃いも、全てバラバラ。
くしゃくしゃになったメモ用紙に、悲愴の感情だけが表れていた。
「だって、彼女は生き返ったんだろ? でも、記憶が無いって、何も覚えて……いない?」
「彼女は生き返った。顔も体も、身長も体重も髪も。姿形の全てが元通りに戻ってきた。だけど、復元されていなかった……いえ、復元できなかったと言うべきね。外見は完璧に生き返らせれても、中身……記憶という死ぬ直前までの、彼女の記録が無かった」
それじゃあ、俺が願いを叶えて凛を生き返らせても……あいつは、凛は……。
俺の事を、覚えて、いない……?
「記憶が無い、と言うのは間違いでは無い。けど、正しく言うなら、生き返った彼女には一切の知識すら無かったと思われるわ」
「知識、って……」
「そのままよ。よくドラマである記憶喪失ってあるでしょう? あれは記憶の一部が欠如されて起こるものだけれど、彼女の場合は真っ新な状態。記憶どころか知識も何も無い。つまり、言葉を話せなければ理解もしていない。言ってしまえば、生まれたばかりの赤ちゃんみたいなものね」
一時的に記憶が思い出せないんじゃなく、そもそもの失う記憶自体が、ない……。
そんな……じゃあ、俺は願いを叶えたとしても、その意味は……。
「この世に奇跡や魔法なんて都合の良いモノは無い。結果には必ず、それまでの過程がある。当然、死んだ者を生き返らせるという所業にも、それを可能とする理由と過程が存在する」
「白羽さん……」
これまで静かに話を聞いていただけの白羽さんが、初めて会話に入ってきた。
呆然としかけていた俺の意思が、白羽さんの声で我に戻される。
「初めは確かに疑問ではあった。人を生き返らせるという、自然の摂理から外れた行為をどう成立させるのか……だが、今はその方法は予想出来る」
「その予想ってのは?」
「モユ君だ」
「――――モユ、が……?」
唐突に出された、少女の名。
そして、俺の中で、何かがかちりと、はまる音がした。
「モユ君が話していたね? 自分は個技能力の研究として作り出された、と」
「あぁ。けど、個技能力は目覚めなくて、その代わり禁器が扱えたって」
「そこで私はピンときた。人を生き返らせるというのは、個技能力と禁器所持者を目的として人間を創り出す……その副産物」
「人を生き返らせるってのは、つまり……」
「そう……“生き返るのではなく”、“作り出されていた”」
「……ッ!」
白羽さんの口から語られる、『死んだ人を生き返らせる』という都合の良い話の真実。
さっき俺の中で聞こえた、何かがはまる音。その理由が今、これだったんだと理解する。
「モユは短命だった。じゃあ願いで生き返った……いや、作り出された人間は記憶が無いだけじゃなく、命も長くない……ってのかよ」
「モユ君の場合は実験の回転率を上げる為に生産性を重視した結果、存命時間を削られていた。なら、本来の方法を用いれば短命という欠点は回避出来るのではないかと考えている。そして、現在の研究では理論上、人間のクローンを作り出す事も可能と言われている。人権などの問題で実践はされていないとされているがね」
「まさか、そのクローン技術も使って人を……」
「可能性はある。だが、三年前に亡くなった者のDNAを入手する方法は難しい。そうなると、人体実験で使われていた人間を元に、新しく人を創り出していると考えるべきだろう」
「でも他人を元に造られた人間じゃ……もう完全に別人だろ」
「整形すれば顔なんかはどうとでもなる。身長や体重も調整すれば難しくない。さっきも深雪君が言ったが、姿形は元のままで生き返る。しかし、問題はその中身さ」
「……記憶は、造れない」
「その通りだ」
白羽さんはハットを目深に被る。
まるで、表情を隠すように。
「だから、私達で話し合った結果……嗄上凛を生き返らせるのは止めるべきだと、そう結論に至ったの」
深雪さんは白羽さんを一瞥して、話を繋げる。
その表情は明るくなく、緊張を孕んだ顔をしていた。
「でも、俺は今までずっと……凛を生き返らせる為に生きてきた! 今までじゃない、今だってそうだ!」
ようやく見えてきていた一筋の光。SDCも次が最後という所まで来て、光は反転する。
見えてきていた希望が塗り替えられて、絶望へと姿を変え。これまでしてきた行為が全て無意味だったと、知らされた真実に向け場のない苛立ちと怒りが沸き起こる。
「それに俺は、約束したんだッ! 必ず願いを叶えるって、モユと約束をッ!」
膝の上で作られた握り拳を見つめ、思い出すはモユとの記憶。
遊園地の帰り、暗い道で交えた約束。それはモユの願いで、俺の願い。
過去の例では生き返った人に記憶が無かったと、止めた方がいいと言われても……二つ返事で納得なんて出来るはずもない。
そんな軽いものではないから。想いは重みを帯びて、そう簡単には覆せない。裏切れない。
「ええ、それはわかっているわ。そして、私が言っても匕君が願いを諦めるとも思っていなかった。もしこの話を聞いた上で、それでも君が願いを叶えると言うのならば止めはしないわ。止めた方がいいというのはあくまで私達の提案であって、決めるのは匕君よ」
「元々、我々と咲月君が協力する際に交わした条件が“君の願いを叶える事”だった。ならば、イレギュラーがあったとしても、私達は君の意思を優先する」
一息。小さく深呼吸をして、深雪さんは冷静に進めていく。
そして、続いて白羽さんも口を開いた。
「けど、覚悟しておいて。過去の例では人を生き返らせても、帰ってきたのは人間であっても本人では無かった」
キッ、と。目を細ませ、視線を鋭くして。
深雪さんは真剣な眼差しを向けて、言葉の重みは増していく。
「唯一の目標が無くなり、ようやく叶えた結果は望んだのとは異なるものだった事で、今まで心の支えとなっていたものが崩れ去る。そうなると場合によって人は、自分自身も崩れてしまう」
「自分の人格、が……?」
「今、話した人のように……希望を失って自殺したり、ね」
深雪さんは視線を落とし、向ける先はテーブルにある二枚の写真。
若くして亡くなった二人の男女。男性に至っては、今の俺の状況と酷似している。
きっと深雪さんは、俺も同じ道を辿るんじゃないかと懸念しているんだろう。
「もしあなたが希望を失ったとしても、“死”なんて答えは出しちゃいけない。今を生きてるあなたは、あなただけで生きているのでは無いんだから。あなたがいなくなって、悲しむ人は沢山いる」
そして、再度。深雪さんは真っ直ぐと俺の目を見る。
「だから、覚悟しなさい。“願いが叶わないかもしれない覚悟”ではなく、“希望を失っても生きる覚悟”を……しっかりしなさい」
本当は、頭のどこかで思っていた。でも、その先が怖くて、考えないようにしていたんだ。
もし、凛を生き返らせなかったら……俺はどうなるんだろうか、って。
すっぱり諦めれるのだろうか。SDCでコウによって殺されるのだろうか。それとも、願い叶わず……また凛が死んでしまった時のように、生きた死人になるのだろうか。
いや、気付いていた。本当は答えは出ていて、それを見ないようにしていた。
願いが叶わなかった時、俺は……死のうと思っていた。死のうと、決めていた。
「希望を失っても、生きる覚悟……」
深雪さんに言われて、ようやく気付かされる大馬鹿。
この街に来た時は、凛を生き返らせる事が俺の全てだった。だけど、今はどうだ。違うだろう?
“この街に来た時の全て”と、“この街に来てからの全て”。時が流れ、人と出会い、別れを悲しんで。今では凛を生き返らせる事だけじゃないだろ。
様々な経験。色々な思い出。俺の中に、沢山のモノが加わっていった。
助け、助けられ。世話して、世話させて。泣いて、泣かせて。怒って、怒られ。笑って、笑った。
ここに居るエド、白羽さん、深雪さんだけじゃない。沙姫の沙夜先輩もそうだ。そして――――モユ。
俺が死んだら、その今までを否定する事になる。皆と過ごした思い出が。少女が一生懸命に生きた時を、過ごした日々が。
大切じゃなかったんだと。二の次だったんだと。軽々しく無にしていい訳が無い。
俺の希望を支えてくれた人達を、希望以下の存在だったなんて言えるか。言えないだろう。
それは決して、死という結果で無碍にしてはいけないものなんだ。
「正直言って、この話を聞いて動揺している。過去の話の通り、死んでしまった本人を生き返らせる事が出来ないのなら……俺は願いを叶えるべきじゃない」
首に掛けられた、紫色の水晶。
凛の形見であるペンダントを握り締め、胸に詰まる想いに表情を曇らせる。
ずっと、ずっとずっと。俺はこの三年間、一つの願望だけを目的としていた。
「でも、それでも……俺は願いを叶えます」
生き返らせると誓った。願いを叶えると約束した。俺は必ず果たすと決意した。
だったら、立ち止まりはしない。だから、最後まで突っ走る。
それに、凛を生き返らせる為だけじゃない。先輩を助け出す事も諦めていない。
モユが死んで失意の底に沈んでいた時。俺がここで諦めて歩みを止めたら、そこで本当に今までを無意味なものにするんだと気付いた。
だから、最後まで走り切るだけだ。
「そう。あなたが決めた事なら、私達はもう何も言わないわ。選んだ未来がどんな結果であっても、後悔しても……しっかり生きなさい」
「はい……!」
深雪さんは真っ直ぐ俺を見つめて、微かに微笑んだように見えた。
そして、俺は心の中で強く刻んだ。深雪さんが言う、“覚悟”を。




