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No Title  作者: ころく
6/85

No.5 dress up doll

7/4


「なんか天気悪いな。傘持って来りゃよかったかな?」


 教室の窓から見えた空は青い部分など見えず、淀んだ雲が空を覆っていた。

 昨日はバイトだったけど夕方に終わったし、日曜だからこれといって面白い深夜番組がなかったから早く寝た。

 そのせいか今日は七時前に目が覚めて遅刻しないで学校に登校した。

 朝のホームルームで担任が教壇に立って何やら真剣な面持ちで喋っていたが、その何かを聞きもしないで俺はただ空を見ていた。


「やっぱ傘持って来りゃよかった」


 ま、雨降ってきても屋上に予備のビニール傘があるしいいか。

 空の雲はいつ雨が降ってもおかしくない程に、どんよりと曇っている。


 ホームルームも終わり、一時限目の授業の先生が入ってきて面倒臭さを感じながらも桜井の挨拶に合わせて礼をして授業が始まった。

 先生の話を聞く訳でもなく、黒板に書いてあるのをノートに書き写す事もせず、ただ時間が過ぎるのを待つ。

 そんな事を何回か繰り返して午前中の授業をやり過ごしていく。

 午前の授業が終わり昼休み時間になって生徒達が昼食を取ったり雑談をしている。


「ねぇねぇ、これで十五人目の行方不明者でしょ? まさかウチの学校から出ると思わなかったよー」

「しかも、まだ誰も見つかってないらしいよ? 怖いよねー」


 机を合わせて弁当をつつきながら喋ってる女子の声が耳に入ってきた。


「十五人目の……行方不明者?」


 しかも、この学校から出た?


「なぁ桜井、十五人目の行方不明者ってなんだ?」


 教科書やノートを片付けている隣席の桜井に聞いてみる。


「行方不明って、最近話題になってるヤツだろ?」

「咲月君朝の先生の話聞いてなかったの? 珍しく遅刻しないで来たと思ったのに……」

「いや、遅刻しないのとこれは別だから。それに担任の話って大体聞かなくてもいいような話だからさ。で、行方不明者って何よ?」

「なんか三年生の生徒が先週の金曜から家に帰って来ないらしくて、その生徒の親が今朝、警察に捜索願いを出したんだって」

「へぇ」


 金曜って事は……今日で四日目か。ただの家出とかじゃないのか?


「それで、行方不明になった生徒の名前は確か――――」





    *   *   *





「ハアッハアッハアッ……!」


 突き破ってしまいそうな程に強く、屋上の扉を開ける。鉄製の扉は壁にぶつかり、激しい音をたてた。


「ハアッ、ハアッ……」


 屋上を見渡しても人影は見えない。見渡して見えるのは屋上のアスファルトと空を隠す雲の二つだけ。













『名前は確か、明星洋とかって――――』











 ほんの数分前、桜井の口から出た名前を耳にして、話を最後まで聞かずに教室を飛び出てここに来た。

 屋上に先輩はいない。地面に腰をおろして壁に寄り掛かる。

 なぜか俺は、昼休みに先輩がここにいないというだけで、先輩が本当に行方不明になったと理解してしまった。

 無駄だとわかっていながら、行方不明になったと理解しながらも先輩の携帯に電話を掛ける。


『――――けになった電話番号は、電源を切っているか電波が入っていない為……』


 ついこの間まではここで一緒にサボって、ダベって、飯食ってたのに……。

 繋がらない携帯電話の液晶を呆けるように眺めていると、屋上の扉が開き、一人の生徒が出てきた。


「やっぱりここかぁ。急に教室を飛び出ていったからビックリしたよ」


 扉から出てきた顔は燕牙だった。何しに来たんだ、コイツは。


「……今はお前と話をできるような気分じゃねェんだ」


 ただでさえ今は機嫌が悪いってのに、コイツの顔を見たらさらに苛立ちが募っていく。


「ヒドイなぁ、心配して来たのに」


 またあの笑顔を作っている。


「いらねぇ世話だ。さっさと教室に戻れ」

「明星先輩、やっぱりいないね」


 ……黙れ。


「本当に行方不明になっちゃったんだね」


 黙れってんだ。


「でも大丈夫、きっとすぐ見つか――」


 まるで殴り付けるのではないかと思ってしまう程の勢いで、燕牙の胸倉を掴む。


「おい、その作った笑顔をやめろ。見てて腹が立つ」


 その表情は怒り以外に見当たらない。眉間にはシワを寄せ、鋭い目付きで睨み付ける。


「……咲月君って冷静そうに見えて結構熱くなりやすいんだね」


 そう言いながら燕牙は襟を掴んでた俺の腕を掴んで離させた。


「解った、やめるよ。正直、こっちもしんどかった」

「テメェは一体何なんだ? あんな視線送ってきたり嘘の噂でハッタリかましてきたりしてよ」

「……いい機会だ、その事について話そう。俺も君に話がある」


 作り笑顔をやめた燕牙の雰囲気は、明らかに変わった。


「たが、話をするには一つ条件がある」

「条件?」


 なんで俺にした事を話すのに条件なんているんだ。


「そう。その条件は……俺と組むことだ」

「あぁ?」


 お前と組む? 何の為に? 何をする為に?

 いや、それ以前に早く話を聞きたいのに、訳の分からない事を言ってきたコイツにブチ切れそうだった。


「いきなり組めと言われても意味が分からないだろう。でもまずこれだけは言っておく」


 燕牙が言った次の言葉に一瞬耳を疑った。


「明星洋が行方不明になったのは高い確率で、SDCが関係している」

「――ッ!?」


 先輩が行方不明になったのは、SDCが……!? それに、やはりコイツはSDCを知っていた!?


「そこで俺も訳あって情報が欲しい。だから、俺と組んで欲しいんだ」

「情報が欲しいならいちいち手を組まなくても情報交換すりゃいいだろ」

「今ある情報だけでなく、常に新しい情報が欲しい。それに情報を交換するんだ、こちらの情報を漏らしたくはない」


 つまり、お互いの必要な情報の入手と情報の漏洩を防ぐ為。お互いの保険をかけておくのか。


「手を組んでくれるのなら、少ないが明星洋の情報はあげられる」

「なっ!?」


 行方不明になった先輩の事を何か知ってる……?


「いいのか? そんなに喋って。既に俺はお前がSDCを調べている事と、先輩の行方不明がSDCと関連しているという事を俺に言っている。これで条件を蹴ったらどうするつもりだ?」

「どうもしないさ。この話は無かった事になる。それに話を持ちかけてきたのはこちらだ、それなりのリスクを負わなきゃな」


 どうする、コイツと組むか? 話を聞く感じでは俺の知らない情報は持っていそうだ。少なくとも先輩の情報は持っている。

 そして、コイツは俺がSDCの参加者だという事を知っている。


 もしコイツも参加者だとしたら、同じ参加者でほぼ同等の情報しか持っていないかもしれない俺に情報交換なんてもちかけるはずがない。

 なら、コイツは参加者とは別の立場で俺の知らない情報をもっている、確実に……! でなきゃ情報交換として成り立たない。

 先輩の情報を得るために。そして、より確実に俺の願いを叶えるために。


「……わかった。手を組もう」

「オーケイ、交渉成立だ。さっそく情報交換といこう」


 俺は地べたにあぐらをかいて座り、燕牙は立って壁に寄り掛かっている。


「先輩の事を教えろ」

「まぁ待て。まず俺が君にしていた事から順を追って説明しよう。その方が話しやすい」

「……わかった」


 今すぐに先輩の事を聞き出したかったが、自分がいくら急かしても何も変わる事は無い。

 焦る気持ちを抑えて、燕牙に従う。


「まず君を見ていた件からだが……あれはSDCの参加者を探していてね、それでだ」

「なんで俺がSDCに参加しているのが分かったんだ?」

「その時はまだ分からなかったさ。ただ、クラスで君だけが明らかに雰囲気が違かったから探ってたんだ。体格も良いから何か格闘技をやってると思ってね」

「格闘技……? 関係あんのか、ソレ」


 この質問をしたら燕牙は驚いた顔をしていた。


「……知らないのか?」

「何がだよ?」

「SDCの参加者は何かしら格闘技の経験を持った奴が参加してるんだ。剣道や柔道、空手などのスポーツから一族や自分で作り出した流派……つまり我流や無属流派まで幅広くな」


 なっ、参加者全員が? 知らなかった……。

 確かに、思い出してみると前に倒した中で空手を使う奴やボクサーもどきもいた。

 先輩も前に剣道だか剣術をやっているって聞いた覚えがある。

 沙姫だって何かしらの格闘技をやってるようだった。男数人と戦り合っていた時に沙姫がしていた、見たことのない構え。ならアイツは俺と同じ無属流派、か。


「それ位は知ってると思ってたんだがな」

「いや、初耳だ」

「まぁいい。それでまず一人、目星を付けて調べていた。ま、君の事なんだが……確信をついたのは君も気付いてると思うけど、この間の嘘の噂の話でだよ」


 やっぱりな。


「で、それのどこが先輩の行方不明とSDCが繋がるんだ?」

「今、俺が掴んでいる情報だと、SDCはなんらかの理由であらゆる形での格闘家を探している」

「格闘家を、探している?」

「いや、選んでる。の方が正しいか」


 じゃあ、なにか? 深夜の学校で戦り合わせてたのは、品定めの為だったのか?


「じゃあ先輩は……」

「恐らく……いや、かなり高い確率でSDCに選ばれたんだろう」


 なん、だよっ! 探しているとか、選んでるとかって、人を物みたいに……!


「そして、明星先輩以外の十四人の行方不明者も……全てSDCの参加者だと思われてる」

「連続行方不明事件の行方不明者全員が参加者だってのか!?」

「そうだ。行方不明者を調べてみたら全員、種類は違えどなんらかの格闘技の経験者だった」

「調べたって……そう簡単に第三者による加害事件かもしれない事件の被害者を調べられる訳ねぇだろ!」

「調べられるさ。俺は一応、警察のSDC調査部の人間だからな」

「警察……は?」


 何言ってんだコイツは? マンガの読みすぎで頭がイっちまってんのか?


「SDC調査部だ。ちゃんと警察手帳だって持ってる」

「んなこと急に警察とか言われて信じれると思うか?」

「まぁ、普通はこんな突拍子も無く言われても信じないか。けど、本当じゃなきゃここまで調べられないさ」


 確かに行方不明者全員が格闘技をしてたって情報が本当なら普通じゃあそこまで調べれないし、それにコイツ、かなり強い。

 雰囲気を読むと隠してはいるが、かなりのポテンシャルだ。


「解ったよ、信じる。お前がこのクソ暑い中、いちいち冬服の制服を着てる理由を考えりゃ納得できるさ」

「気付いてたのか」


 ぴくりと燕牙は反応し、目付きを鋭くして制服の上から腰に手を当てる。


「いや、勘で言ってみただけだ。それに今、警察だって言ったからな、大体そういう理由だろ?」

「まさか逆にハッタリをかませられるとは思わなかった。一応身体を鍛えてはいるんだが、それだけじゃ不安なんでね」

「俺には『ソレ』を向けないでくれよ?」

「安心しろ。手を組んだんだ、余程のことがなきゃ大丈夫だ」


 含み笑いを浮かべ、燕牙は服の上から自分の腰を触れた。

 使わない、と言わないあたり、ちゃっかりしている。


「話を戻すが、先輩はSDCで選ばれて連れ去られたってのは分かった。だから聞きたい。先輩を……助け出す事は出来るのか?」


 SDCなんて関係なかった。先輩が行方不明になったのを知ってから俺の頭でずっと考えていたのは……どうすれば先輩が見付かるかだった。


「推測だが、選んでるとなると何か理由があるはずだ。そして格闘経験者の複数の人を誘拐してる所を見るとその『格闘技』の何かを調べてるとしか思えない。だとしたらすぐに処理される事はないだろう」

「じゃあ……」

「ハッキリとは言いきれないが、出来るだろう」


 よかった……例え確率が低くても、先輩を連れ戻す事が出来る……。


「頼む、先輩を……」

「頼まれなくてもそのつもりだ。SDCが関係している以上、行方不明者の発見も仕事の一つだからな」


 俺が全部言い切る前に燕牙が言葉を返してきた。


「それに明星洋を助けれるかどうかは君の情報も必要不可欠だ」

「あぁ、解ってる」


 先輩を助けられる確立が少しでも上がるなら情報ぐらいくれてやる。


「少し話はズレたが、これが俺が知ってる情報だ。次は俺が君の知ってる情報が欲しい」

「あぁ。で、お前は何が知りたい?」

「現在SDCで行われている事とその状況、だ」




    *   *   *




 エドに言われた通りに、俺は知っている限りの情報を教えた。


「……なるほど。SDCが行なわれるのは不定期で送られてくる黒い手紙が来た翌日の夜か」


 俺の知ってる事を一通り話すと燕牙は顎に手を当てて聞いた内容をまとめている。


「そして、その夜にお互いを潰し合っていく……」

「なぁ」

「なんだ?」


 燕牙は目だけを俺に向けて返事をする。


「説明をしている時に思ったんだが……なんで、SDCの目的を知っているのに何時、何処でやるかなんて基本の事は知らないんだ?」


 普通に考えると順序がバラバラだ。


「実は、SDCをここで行なっているのを知ったのはつい最近なんだ。だから俺が転校してきたんだ」

「大体の目処がたってるから、確実な証拠みたいなのを掴む為にkokoに入ったんじゃなかったのかよ?」


 てっきり情報交換はアイツと俺が持ってる情報の照らし合わせ。つまり参加側と外部側との違いがないかを調べる為かと思ったんだけどな。


「外からより内からの方が情報を手に入れやすかったりするからね。まぁ、君に会えたから予想より早く色々な情報が手に入ったよ」


「じゃあ、なんでSDCが格闘技経験者を、って情報は知っているんだ?」


 燕牙は少し黙ってから口を開いた。


「君はどうやってSDCの事を知った?」

「……噂で聞いて、だ」


 それが何か関係あるのか、と思ったが、大人しく聞かれた事に答える。


「零から生まれる噂なんてないんだよ。最低でも一の真実があってそこから人から人に伝わり、九十九の飾りを付けられ百の曖昧な真実になる。それが『噂』になるのさ」


 どういう、事だ?


「火の無い所に煙は出ない、って事さ」


 ――ッ!? まさか……。


「こことは別の……他の何処かでも、過去にもSDCが行なわれていた……?」


「恐らくな」


「だけど、過去にもあったなら今回みたいに行方不明者が出たら警察もSDCが関係あると思うだろ!」


 過去にも同じ事があったのなら警察も前例があったとして早く動くはずだろ?


「……違うんだ」

「あ?」

「戸ヵ沢市」


 トガサワシ? 名前からしたら何処かの地名っぽいが……。


「そこで、今から約八年前にそこで事件が起きた」


 八年前っつーと、俺が小学三年あたりか。


「ッ!」


 八年前、戸ヵ沢……思い出した。その事件なら当時小学三年で、まだ小さかったが今でも覚えている。いや、小さかったから今でも覚えているんだと思う。


「連続猟奇殺人事件」

「やっぱり知っていたか」

「当たり前だ、全国ニュースだったからな」


 本当はそれだけじゃない。その事件は小学3年の俺にとってはあまりにも悲惨な内容だったから覚えていた。

 被害者は確か約二十人はいっていた。だけど、この人数のほとんどは見付からなかった。

 犯人は証拠を残さない為に死体を隠すのではなく『処理』をしていた。死体を燃やして残った骨を砕いて粉にし、下水に流したりしていたらしい。

 証拠が見付からない為ではなく、殺した事が見付からない為に。


「おい。その事件のどこがSDCに関係あるんだよ?」

「その事件の被害者は『殺された』とされた」

「……あぁ、知ってる」

「そして、犯人は殺人現場を抑えられて捕まった」


 そうだ、確かその現場にあったのが唯一見つかった死体。


「捕まった犯人の供述で遺体の見つからない被害者を殺ったのも同一人物だと判明し、犯人は死刑という形で事件は幕を閉じた……かのように思えた」

「……」

「殺された人達は犯人が『殺した』と供述したため『殺された』と判断し、結果『殺人』となった」

「そりゃそうだ。第一、殺人現場を見つかって捕まったんだろ?」


 すると、燕牙の目は鋭くなった。


「だが、現に見つかった遺体はその一体だけ。他は遺体がないのに『死んだ』とされた。証拠となる死体がないのに、だ」

「……」

「もし、死んだとされた人達が本当は生きていて、SDCで目を付けられ誘拐されていたとしたら?」

「――っ!!」


 殺された筈の人達が……誘拐、されてた?


「調べたら案の定、唯一見つかった被害者も含めて二十二人……全員、格闘経験者だったよ」


 あの戸ヵ沢事件がSDCに関係していた……?

 それに、戸ヵ沢事件は八年前だろ? そんな前からSDCは行われていたってのか!?


「見付かった遺体の被害者以外の死んだとされた他の二十一名がどこかで生きていているとすれば、今この街で起こっている事と類似している……!」


 そうだ。その二十一名が生きているならば『行方不明』となる。

 この街で起きている連続行方不明と似ている。いや、似すぎている!


「そして戸ヵ沢事件の被害者22名全員を死亡とされたのは……」

「カモフラージュ、か」


 燕牙が言おうとしたであろう言葉を先に言う。


「そうだ。よく解ったな」

「少し考えりゃ分かるさ。犯人が死体を見つける事が不可能な方法で処理をした。となると、残る証拠は犯人による自供だけだ」


 そう、つまり犯人の自供した『内容』次第では結果を変えることが出来る。


「そこで犯人が『殺して遺体は二度と見つからない方法で処理をした』と言えば、見付かっていなかった人達は殺された事になり、表面上は『連続猟奇殺人事件』として解決し……真相を知る犯人は死刑とされ事件解決、だろ?」

「そう。そして、SDCは微塵の疑いがかかることもなく人を誘拐」


 結果、世間にはSDCに関する事は浮き上がる事もなく、SDCはただの噂のまま何も変わることはない。


「授業をサボってる割にはなかなか頭が回るようだ」

「授業なんて教科書が喋るか喋んないかだけだろ。一人でやった方がはかどるし集中できる。家でやってんだよ、俺は」


 これでも、一度も赤点は取ったことはねぇんだ。


「とにかく、お前が言ったことはほぼ正解。だから警察は動く事がないのさ」


 警察自体がもう『連続猟奇殺人事件』として綺麗に解決してしまってるなら動く訳がない。今のは連続行方不明事件は別の事件として捜索される。

 ん、あれ? ちょっと待て。


「お前、さっき自分は警察だ。みたいなこと言ってなかったか?」


 そうだ。確かSDCを調べる為にこの学校に転校してきたとか言っていた。


「あぁ。基本は特殊な事件を専門としている」

「警察は動かないとか言っておいてお前はここにいる。おかしいじゃねぇか」


 言ってる事とやってる事が矛盾している。


「そのことか。調査部ってのは少し特殊な存在でな、普通の警察とはちょっと違うんだ。それにさっき言った戸ヶ沢事件がSDCと関係がある、というのはまだあくまで可能性の話。それにこの仮説は調査部ができてSDCについて調べ始めてから気が付いたんだ。だからSDC調査部以外の奴はこの仮説を知らない」


 なるほどな。一部しかしらない、ましてや仮説の域じゃ警察が動くわけがない。だが、今の答えを聞くと疑問が一つ浮き出る。


「警察が動かないのは分かった。だからこれは聞きたい。なんで『噂』なんかのSDCの調査部なんてあるんだ?」


 戸ヶ沢事件の『仮説』と同等……いや、それ以下の信憑性しかないたかが『噂』に調査部なんてのを普通は作ったりはしない。


「……色々、あってな」


 そう言って燕牙はこの質問を流した。きっと必要以上の事は教えられない、ということだろう。

 当たり前か。手を組んだとはいえ、それはあくまで情報の交換をするだけ。

 むしろ、この場で手を組んだばかりで信頼なんてほとんど無い俺に、これ程の情報をくれただけでも十分だ。

 それに、下手に必要以上の調査部内の情報を教えたりしたらリスクしか残らない。そんなバカな事をする訳ないだろう。


「そうか」


 予想以上に時間が掛かったせいか少し疲れた。壁に倒れ、背中を預ける。


「だが、気になる点があるな」

「気になる?」


 燕牙は顎に手を添えながら、おもむろに話し始めた。


「話が戻るんだが……なんで、途中からルールを『生キ残レ』に変更したんだ? 格闘技の『何か』を探しているなら変更する意味がない」


 確かに考えてみるとそうだ。格闘技の『何か』を互いに戦わせて探すのなら変更する理由がない。


「なら別の目的が、別の何かが、ある?」


 『何か』とは別の『何か』が。


「調べなきゃならない事が大量にあるな」


 少し険しい表情をして顎に手をやる。


「とにかく、君は今まで通りにSDCに参加して何か新しい情報が入ったら教えてくれ」

「あぁ、わかった」


 先輩を助けられるなら情報くらい、いくらでもくれてやる。


「しかし、一般人に協力を頼むとはな……」

「それだけ切羽詰まっているんだ。それに、SDC調査部って名前は大層だが、実際は一年前に設立されて人員は十人未満だからな」

「人材がそれしかいねぇのにちゃんと機能してんのか? そこは」

「してなきゃここに俺は来てないさ。確かに君が言うとおり人材が少なくてね、結構厳しい状況だったりする。だから、情報収集と人員不足の解決の為に手を組んだ、というのもある」

「ちょっと待て! 俺は情報交換だけだから手を組んだんだ、警察の仕事なんてする気はねぇぞ」

「それは分かってる。俺はもともとこの学校に潜入してSDCの情報を集める為だけど、君と情報交換すれば調査する所を絞り上げることが出来る。それなりに時間を無駄にしなくて済むからな、他の仕事に時間を割くことが出来るって訳だ」


 つまりは時間を節約できて、その分他の事ができるから間接的に少しは人員不足の助けになったのか。


「それに俺には潜入捜査の他にもう一つ仕事があってね、それは『SDCに参加して、その情報と状況を調べる事』だったんだが……それについては君から聞く事ができる。つまり一人分は君に働いてもらってるんだよ」


「そうか、ならいいんだけどよ」


 ホッと胸を撫で下ろす。


「……君は何か警察に恨みとかあるのか?」

「いや、急になんだよ?」

「さっき一瞬だが君の雰囲気が変わった気がしてね……気のせいならいい」


 そうだったか? 俺はそんなつもりはなかったが……警察に恨み、か。


「今日はここまでにしよう。大分時間が掛かったが話したかった事は全部話せた」


 確かに、携帯で時間を見てみると昼休みどころか5時限目がもうすぐ終わる時間だ。


「あぁ、そうだ。携帯の番号とアドレスを教えてくれ。連絡を取るときに必要だからな」

「ん? あぁ、そうだな」


 俺の携帯を見て燕牙は思い出したのか、互いの番号とアドレスを交換する。


「うし、登録しといたからな」


 登録し終わり、携帯をパタンと閉じる。


「これからよろしくな」


 よろしく……と言おうとしたがその言葉は一度、腹の中に戻した。手を組んだんだ。ちゃんと礼儀を示してもらわないといけない。


「っと、その前に教えてくれよ、名前。手を組んだんだ。偽名じゃ失礼じゃねェか?」

「そうだったな。確かに失礼だった」


 そう、コイツの燕牙という名は偽名。以前、コイツに『嘘はもう少しうまくついたほうがいい』と言ったのはこの事だ。

 クラスの奴らで気付いているヤツはいないだろうが。


「俺の本当の名前は、アーキェルド・エィチ・エドガーだ。知り合いからはエドと呼ばれている。改めてよろしく頼むよ」


 そう言って手を差し出された。


「俺も名前で呼んで構わねぇよ。よろしくな」


 それに答えてエドの手を握り握手をする。


「だけど、潜入した初日からバレるとは思ってなかったんだがな」

「まぁ、普通に転校生を演じてたら俺も気付かなかっただろうよ。けど、授業中に見てきたり、ましてや読感術を使ってきたらな。普通じゃねぇよ」

「別に君だけを見ていたんじゃないんだけどね。クラス全員を見ていたら視線に気付いたのが君だけだったから、興味が湧いたってのもあったんだ」


 向こうだって気付かれないように気を配ってクラスの生徒を観察してたんだ。むしろ、気付かれることなんて考えてなかった筈だ。

 ところが俺が視線に気付いた。興味を持って当然か。読感術に気付くには自分も読感術を使えなきゃならない。

 その読感術に気付いたって事は、俺がなんらかの武術をやってる可能性が高いからな。そうなるとSDCと関係があるという可能性も自然と出てくる。


「でも、偽名だと気付いたのは偶然に近いだけどな。アルファベットを見た時に偶々気付いただけだ」


 エドが転校して来た日、桜井から渡された歓迎会の紙 で書いてあったやつだ。


 名前のアルファベットはRien Ame Enger。だけどRienのnをずらしてAmeの前に付ける。そうするとRie(嘘) Name(名前) Engerになる。


「いいアイディアだと思ったんだけどな。シンプルだけど分かりづらい感じで」

「名前のアファベットを見なかったら俺も気付いてなかったさ」


 たまたま歓迎会の紙を見たから気付いたんだ。燕牙っつー名前が胡散臭かった、ってのもあったりしたが。

 キーンコーン……五時限目の授業終了の鐘が鳴った。


「そろそろ教室に戻らないと。五時限目はサボってしまったからな。匕、お前はどうするんだ?」

「俺も戻る。天気が悪いからな、サボって寝てる最中に雨が降ってきたら嫌だし。大人しく授業に出るよ」


 立ち上がって尻をはたく。屋上の扉を開けて校舎に入り教室に向かった。


「ところでお前いいのか? 女子に人気の優等生でやってるのに授業サボったりしてよ」


 曇っているせいか、少し肌にベタつく湿気を感じながら階段を降りる。


「ん? 誰が優等生って言った? 周りが勝手にそう言ったり思ったりしてるだけだ」


 予想外の言葉が返ってきて少し固まってしまった。


「……っく、ははははっ! いいな、お前! 少し気に入った!」


 今までは嫌なイメージしかなかったが話してみると以外と面白ぇとこあんだな。

 二人で笑いながら教室に戻る。


「あっ、咲月君! どうしたのよ、急に飛び出して行って……」


 教室に入るとドアの近くで友達と喋っていた桜井に、不意に話し掛けれた。


「あ、あぁ悪ィ」


 そうだった……桜井の話の途中に教室から出てったんだった。

 困った。どう誤魔化すか……。


「いやー、この学校って広いよね。まだ慣れなくて迷っちゃうよ」


 俺の後ろからエドが困ったなぁ、という仕草をして教室に入ってきた。


「燕牙君! 咲月君と一緒だったの? 燕牙君も五時限目に出てなかったからどうしたのかと思ってたんだけど……」

「うん。購買まで昼食を買いに行ったまではよかったんだけど…戻るときに迷っちゃって。そしたら、さじとたまたま会えて教室まで連れてきてくれたんだ」


 おぉ! ナイスフォロー!


「そうだったんだ。でも、昼休みから迷ってたのに今までは時間かかりすぎじゃない?」

「あぁ、それは迷ってる時に匕に会ったのはいいんだけど、昼食を食べるために屋上に連れていかれて……」


 …………なぬ?


「そのままサボりを付き合わされちゃって……」

「そんなの断ればよかったじゃない」

「せっかく仲良くなれたのに……断るなんて悪いから」


 桜井と話しているエド脳でを引っ張り、肩に腕をかける。


「……おい、どういうことだ?」

「どういう事もなにもフォローしてあげたんだけど?」

「どうかしたの?」


 コソコソと話している俺等を見て変に思った桜井が聞いてきた。


「いや、なんでもな……」

「なんかさっき言ったサボりの事は内緒だったみたいで、怒られちゃったよ」


 んなっ!?


「サボりを付き合わせた咲月君本人が悪いんだから燕牙君を怒ることないでしょ」


 ものの見事にエドの話を真に受けている。

 再び腕をかけ直して多少力を入れて引っ張る。


「エド、てんめぇ……」


 この状況は完璧に俺が悪者だよ。気付けばクラスの女子の大半が集まってきている。もちろんエドの味方だ。


「言い訳してみれば? ただ、優等生と思われてる俺と、サボり常習犯の君。どっちが信じてもらえるだろうね?」


 言い訳したらもっと状況が悪くなるのは目に見えている。


「だから言っただろ? 俺が優等生と周りが勝手にそう言ったり思ったりしてるだけだってな」

「お前、覚えてろよ……」


 次の授業の先生が教室に入ってきた所で、この話は俺が諦めて終わりとなった。


「大した優等生だよ、ったく」


 席に座って机に肘を着き、手に顎をのせて窓から外を眺める。

 カツカツカツ、とチョークで黒板に字を書く音が静かな教室に響く。


「ねぇ」


 先生の目を盗んで桜井が小さな声で話し掛けてきた。


「ん?」

「なんか、急に燕牙君と仲良くなったよね。なんかあったの?」


 仲良く、ねぇ。まぁ自分の面子のために手を組んだ相手を早くも利用する仲にはなったな。


「あー、まぁ……昼休みに喋ってたら話が合ってさ。それで」


 ありがち間違っちゃいないよな?


「ふーん。最初はなんか嫌ってるって感じがしてたんだけど……さっき話した時は呼び捨てにされてたから、ちょっとビックリしちゃった」


 あー、そういやそうだな。数時間前まではろくに会話さえしたことなかった二人がいきなり呼び捨てだもんな。そりゃ驚くか。


「でもま、桜井が思ってるほどまだそんなに仲良くないよ」


 さっきの事もあるしな。エドの優等生面が上辺だけのように、俺とエドの友情も表面だけのメッキですよ。簡単に剥げれちまう。


「って、今気付いたけど俺、知らねぇうちに桜井に『さん』つけてねぇや。ワリ」

「え!? いいよ、別に! 私は呼ばれ方気にしないし!」


 俺って昔っから敬語とか好きじゃねぇんだよ。

 最初はなんとか大丈夫なんだけど、すぐタメ口になったりしてしまうんだよなぁ…。


「えー、だからこの公式は……」


 黒板に字を書き終えた先生が振り向くと同時に桜井も姿勢を正す。

 そういえば、先輩と知り会って最初の方は敬語使ってたな、俺。

 でも、先輩が敬語を使ったり使われたりするのが好きじゃないってんでタメ口になったんだ。あんなに仲良くなれたのは先輩がああゆう人だったからってのもあると思う。


 椅子の背もたれに寄り掛かって窓を見ると、水滴がポツポツとついてきた。

 やがてその水滴が窓につく間隔が速くなる。


 ポツポツポツ……ザァーー。


 とうとう本格的に雨が降ってきた。雨は退屈な授業の静寂を掻き消そうと言わんばかりに、教室内に雨音を響かせる。

 先輩は今、どうしているんだろうか……。

 俺が行方不明だと知ったのは今日。だけど、先輩が行方不明になったのは先週の金曜日の四日前。

 既に無事じゃないかもしれない。いや、もしかしたらもう……そんな嫌な事しか頭に出てこない。


 でも、俺は先輩が無事に戻ってくる事を信じている。

 信じることをやめたら、あの先輩はもう二度と……なんて、そんな悪い方向に考えてしまう。だから、俺は先輩が無事に戻ってくる事を祈る。

 しかし、それを否定するかように……外の雨が、窓に映る自分を濡らしている。

 あぁ、本当に――――。





 雨は――――――嫌いだ。





   *   *   *




7/5


 昨日の雨は嘘のように、今日は晴ればれとしたいい天気だ。

 そんな空を眺めながら、イヤホンを右耳だけに付けて音楽を聴く。


「こういうのを雲一つない空、って言うんだろうな」


 耳に付けていない、もう片方のイヤホンからは音楽が漏れて聴こえてくる。

 その音楽は若者の間で流行っているような曲ではなく、独特なリズムで聴いていると心を射たれるような。

 どこか独創的で、幻想的な感じなところがすごく好きで気に入っている。


「あら?」

「ん?」


 不意に聞こえてきた声に反応して首だけを左に動かして見てみる。イヤホンを片方の耳にしか付けていなかったので、声が聞こえたのだ。


「他に人がいるとは思わなかったわ」


 そこには一人の女生徒が長い髪をなびかせて立っていた。

 桜井と同じくらいありそうな長い髪。そして何処か気品のある雰囲気を感じる。

 白、というより銀色に近い髪色をしている。まるで新雪のような銀で煌めき、透き通った白銀。動く度になびくその髪は陽を浴びて、流れ落ちる朝露を想像させる。

 桜井のように黒い髪も綺麗だが、これはこれで別の美しさがあって綺麗だ。


「やっぱり、いないわね……」


 屋上を見回す女生徒。

 はっ、と髪に見とれている自分に気付いて我に返る。


「誰か探している……んですか?」


 銀髪の女生徒はこっちを見て答えてくれた。


「明星君、って言うんだけど……名前くらいなら聞いた事、あるでしょう?」


 え? 明星って……先輩の事、だよな?


「先輩の事、知ってるんですか?」

「あなた、明星君の知り合い?」


 女生徒はこちらに歩いて近づいてくる。その女生徒の歩き方に少し違和感を覚える。

 あれ? なんか歩き方が……。


「ねぇ、ちょっと聞いてるの?」

「あ、あぁ。知り合いって言うか、サボり仲間」


 あー、ビックリした。歩き方を気にしてたら目の前にいるんだもんよ。


「ところで、あんた誰?」


 自分でも今更と思うタイミングで、先輩の事を知っている女生徒の名前を聞く。


「私? 私はクラスの委員長やってて……」


 いや、そんな事は全く聞いてねぇし興味ねぇんだけど。


「名前は水無月みなづき沙夜さや。三年生よ」


 ふーん。水無月沙夜、ねぇ。


「えっ? 水無月ぃ!?」

「な、なに?」


 もしかして……いや、もしかしなくも多分、あの水無月だよな?


「あのー、人違いだったら悪いんだけど……沙姫とは姉妹、とか?」

「え? 私の妹だけど、沙姫のこと知ってるの?」


 やっぱり姉妹だったか。名字が同じな上に名前も似てるもんよ。


「えぇまぁ。で、なんで沙夜先輩は先輩を探してるんです?」


 あ、なんか日本語変だ。


「……あなたも知ってるでしょ? 明星君が行方不明になったの」


 あぁ、やっぱり沙夜先輩も知っていたのか。って当たり前か。昨日の朝に担任がホームルームで言ってたんだ。となると、他のクラスでも話されてる筈だ。

 でも、なんで行方不明って分かっているのに屋上まで探しに来たんだ? そんな事したって……。


「無駄だと思うでしょ?」

「――っ!?」


 思っていた事と同じ事を言われて驚く。


「でもね、急に行方不明だ。って言われても、信じられないのよ」

「……」

「彼、結構クラスで問題児だったけど……ムードメーカーでもあったから尚更、ね」


 同じだ。俺と。

 いきなり身近な人がいなくなったら…すぐには信じられない。もしかしたら、いつものようにいつもの場所にいるんじゃないか。って思ってしまう。

 俺だって今日、ここに来るとき心のどこかで先輩がいることを期待していた。


「クラスの委員長だから、って訳じゃないけど……明星君がよく来ていた所を回ってみようかなって」


 でもやっぱり、居ることはなかった。


「いつものように先輩がいるんじゃないかって思わなくなってしまったら、いつもの先輩が戻ってこなくなる気がするから……」


 ボソッと沙夜先輩には聞こえない位に小さな声で呟く。


「え?」

「いや、先輩がよく行く場所って言ったらここしか無い筈だけど?」


 すぐに違う事を言って誤魔化す。


「そ、そうなの?」

「いつも一緒にサボってた俺が言うんだから間違いないですよ」


 自信持って言える事じゃないけどな。


「じゃあ、他に行くとこないのかぁ。時間余っちゃったわね」


 ふぅ、と沙夜先輩は腰に手を置いて軽いため息をついた。


「そういえば、あなたの名前なんて言うの? それに沙姫とどんな関係?」


 あ、そういえば名前言ってなかった。つーか、沙姫にも名前を教えるの忘れてたよな。姉妹に揃って失礼な事してんな、俺。


「あっと、名前は咲月匕って言って……沙姫とは肉まんを貰った仲と言うか」


 うーん、どう説明しようか。


「あーぁ、なるほど。前回の時に沙姫を助けてくれたのは君かぁ」


 沙夜先輩は俺の名前を聞くと、前々から知っているという喋り方をした。

 ふーん、言いながらと顎に手を当てて俺を改めてジロジロ見ている。


「な、なんすか……?」

「なるほどねぇ、分からなくもないわね」


 いや、だから何が?


「良かったわねぇ、滅多にないのよ? あの娘が人に肉まんをあげるなんて」


 なんか妙にニコニコしている。


「はぁ……?」


 まぁ、この時期に肉まんなんて、そんじょそこらで売ってないからな。そりゃ貴重で中々人にあげれないだろうよ。


「ま、いいわ。私はそろそろ戻るわ。これから宜しくね、咲月君」

「あ、はい。よろしく」


 後半は流されるままの会話をして、お互いに軽い会釈をして沙夜先輩は戻っていった。


「いやしかし、沙姫に姉がいたとは……」


 目元とか似てたなぁ。


「つか、SDCで助けた事言ったのかよ……」


 どこまで話したんだろ? 話し方によっては俺、かなりのキザで恰好付けになっちまう……。


「あれ?」


 ちょっと待て。普通に話してたからさっきはなんとも思わなかったけど、今思えば気に掛かる点がある。

 それは、沙夜先輩がSDCを知っていた事だ。

 さっき話していた時、沙夜先輩は確かに『前回の時に沙姫を助けてくれた』と確かにそう言った。

 普通なら『前に』とか『この前』という言葉を使う。なのに沙夜先輩は『前回の時』と言った。この言葉は街や店などで助けた場合だと適切じゃない。


 それだったら普通使うのは『前回の時』ではなく『この間』、または『先日』という言葉だ。

 『前回の時』というのは、SDCに参加していた人、または知っている人しか使わない。

 じゃ沙夜先輩はどうなんだ? 沙姫からSDCの話を聞いただけなのか、それとも沙姫と同じくSDCに参加しているのか……。


 さっき気に掛かった沙夜先輩の歩き方……あれは武術などによくある『歩法』の一種だ。

 気に掛かった理由は歩法だったってのもあるが、他にも一つあった。それは沙姫も似た歩き方だったからだ。

 前回のSDCで沙姫が襲われてた時、沙姫の戦い方を少しだけ見た。構えは空手に似ていたが違っていた。まったく別のものだった。

 もし、沙姫が使っている武術が家系による伝承式ならば、妹に教えて姉である沙夜先輩には教えないって事はまず無い。と言うか、歩法を使える時点で武術をやっている事になるか。


「なら沙夜先輩も参加している可能性が高い、か」


 姉妹でSDCに参加か。沙姫だけじゃなく沙夜先輩とも、もしかしたら戦り合うかもしれないな……。


『これから宜しくね』


 一瞬、沙夜先輩の一言が頭に蘇った。

 ――――あぁ、なるほど。


「だから『これから』宜しく、な訳か」


 沙夜先輩が言った本当の意味に気付いて納得する。


「よう」

「――っ!? ……んだよ、お前か」


 知らない内にエドが隣に立っていた。考え込んでいたから声を掛けられて驚いたっつの。


「なんだ? 驚いた顔をして」


 驚いて当たり前だ。独り言を知らねぇヤツに聞かれたかと思ったよ。


「雰囲気を消しながら来たクセに何言ってんだ」

「仕事上、少し癖になってしまっててな」


 エドは尻を着いて匕の隣に座る。


「相変わらず暑そうな格好してんな」


 黒色の冬の制服。夏ってだけで暑いのに、太陽熱を吸収しやすいこの服じゃ見てるこっちも暑くなる。今日のような天気じゃなおさら。


「まぁ、確かに暑いけど……慣れれば我慢出来る」


 エドが持ってきた袋から缶コーヒーを出して渡された。


「で、今日は何の用だ?」

「そう毛嫌いするなよ。今日は友達として一緒に飯を食いに来ただけだ」


 そう言いながらエドは購買から買ってきた昼飯を袋から出している。


「昨日、その友達を利用したのは誰だっつーの」


 おかげで今日の朝からなんか教室に居づらかった。女子の目が少し冷たかった気がする。


「少しは悪かったって思ってる。だからソレをあげたんだ」


 この缶コーヒーはお詫びってこ事か……ずい分と安いな、俺は。

 本当に謝罪の気持ちがあるのか怪しく思いながら、缶コーヒーを開けて一口飲む。


「それ、なんの曲聴いてんだ?」


 付けていない片方のイヤホンから微かに漏れてる音に気付いたのか、エドはイヤホンを指差して聞いてきた。


「これか? あまり知られていないインディース」


 ふーん、と鼻で返事をして軽く頷いてる。


「どんな曲なんだ? ちょっと聴かせてくれよ」


 右耳に付けていたイヤホンを外し音量を最大にする。これなら近くにいればイヤホンを耳に付けなくても普通に聴ける。


「へぇ」


 エドは少し気に入ったのか、興味を持った感じだ。

 曲がサビに入り、俺は音楽に合わせて口ずさむ。


「this separation rood wind of this wind however,it can meet you.becouse one arriving ahead…… ou sleep and are. becouse I go for cousing 」


「上手いもんだな」


 エドにパチパチと軽く拍手される。


「結構いい曲だな。今どき珍しい、ゆったりした感じでさ。最近のはノリだけ良い安っぽい曲ばっかり流行ってるからな」


 意外にも俺が思っているのと同じ事を言っている。


「さっき歌っていたサビ部分の英語の意味ってなんだ? 聴き取れなかった所があって」

「それぐらい自分で調べろ」

「教えてくれたっていいだろ。じゃあ、アーティスト名はなんて言うんだ? 調べるから教えて……」


 キーンコーン。エドが聞こうとするのを遮るように、昼休み終了の鐘が鳴った。


「なんだよ、もう終わりか。今度教えてくれよ、アーティストの名前」


 昼飯のゴミをまとめてエドは立ち上がって屋上の扉に歩いていった。


「おい、エド」

「ん?」


 MDウォークマンから入っていたMDを取り出して、エドに向けて投げる。


「お?」

「貸してやる。『ディープキューブ』ってアーティスト名だ」

「……いいのか?」

「ダチなんだろ」

「フッ、どうも」


 軽く笑ってエドは教室に戻って言った。


「この別れ道はこの曲がりくねった道の戯れ言。だけど君に会えるよ、行き着く先は一つだから……。君は寝てていよ。僕が起しにいくから」


 さっき歌った曲の歌詞を思い出しながら口ずさむ。仰ぎ見る景色は、青が広がる綺麗な空だった。




    *   *   *



7/7


 ―零時三十分―


 前回と同じ場所に身を潜めて時間が経つのを待っていた。空に浮かぶ月は三日月に近く、今夜は明るいとは言えない。

 学校はまだ沈黙を守っている。腕時計で時間を確かめると開始してから約三十分が経った。思っていたより時間が経っていない。

 早く時間が経って欲しい時ほど時間が経つのが遅く感じる。思わず、ふぅ……と溜め息が出てしまう。


 風が吹いて草木の影が何処かに誘うように、不気味に揺れる。

 普段、昼はあんなに活気づいている学校も人がいなくなり夜になって暗くなるといつもの学校とは違う。『学校』という名のもっと別のモノに感じてしまう。

 再び空を見上げると、さっき見えていた三日月は雲に隠れていた。


「……てか、エドの奴は一体何やってんだ?」


 小さい声で独り言を呟く。


「別行動をするのはいいが、せめてどの辺りにいるのかぐらい教えとけっつの」


 そう、今から約十二時間以上前に遡る。





    *   *   *



 


 前日の昼十二時過ぎ。


「遅れて悪いな、朝までバイトだったからよ」

「別にいいさ。ちゃんと昼休みまでに来てくれれば」


 屋上のドアを開け、教科書なんて入っていない鞄を持って金髪の生徒の所へ歩み寄る。


「昨日メールで言われた通り、持って来たぞ。黒い手紙」


 鞄からその黒い手紙を取り出す。


「これが例の黒い手紙か……」


 黒い手紙をエドに渡すと外装を一回り見てから中身を確かめ始める。この手紙が来たのは昨日、学校から帰ったら家に届いていた。

 一応報告ということで昨日エドにメールしたら、一度見てみたいと言われ、今日持ってくるように言われた。

 昼休みに屋上で待ち合わせになったのは、バイトが朝まであったから遅刻して昼休みあたりに登校すると思ったからだ。


「なるほど、確かに同じだ」

「……? 何がだ?」


 そう言うとエドは制服の胸ポケットから何やら紙らしき物を出して見せてきた。


「――――っ!」


 出された物は間違いなく、俺が持ってきたのと同じ黒い手紙だった。


「なんで、お前も持ってるんだ……!?」


 エドはSDCに参加していない筈だ。なのになんで持っている?


「中身、読んでみろ」


 エドが出した黒い手紙を渡され言われた通り中の紙を取り出して読んでみる。


『Scramble Desira Colosseumを全て総したモノにだけたった一つ願いを叶える。汝に請ける資格有り。明日の夜より壊幕する。願いを望むならば生き残るのみ』


「俺に初めて来た手紙と内容が、変わっている……」


 そう、手紙の内容の一部が変わっていた。『残るのみ』となっていた所が『生き残るのみ』、と。


「昨日、俺のところにも届いていたんだ」


「なんで……持っているんだ?」

「手を組む時に説明しただろ、本来俺はSDCに参加して調べるために来たって。だから転校する際、履歴書の欄にそれとなく格闘技の経験者って書いておいたんだよ。SDCの目に止まって参加できるようにな」


 淡々とエドは俺の質問に答える。


「ま、必ずSDCに参加できる保証はないからな。既に参加してる奴を探して情報を得ようっていう他の手も打っていたら、匕と手を組んだ形になったんだが……見事お目にかかったようだ」


 なるほど。一つの調査方法の保険として、もう一つの方法を取っていたら両方うまくいったわけか。


「じゃあ、どうするんだ? 夜中に行われているSDCの情報は俺から聞いて、他の仕事をするつもりだったんだろ?」

「あぁ。だけど御案内がきたからな。せっかくだから俺も参加する」

「そうか。そうなったら俺は用済み、か?」


 俺と手を組んだのはエドがSDCに参加できなかった時の為だ。だったら、手を組む必要はなくなった事になる。


「いや、お前はお前でSDCに参加して何かあったら教えてくれ。俺は俺で別で調べる」

「……わかった」

「一人より二人の方が情報を手に入れやすい。それに、その方が残っていける」


 確かに、二人の方が情報も手に入るしSDCに残っていける可能性も高くなる。


「それと、匕」

「なんだ?」

「SDCに参加している時点で、お前もに誘拐される可能性があること……忘れるなよ」




   *   *   *




「あん時に聞かなかったのはしくったな……」


 携帯で連絡を取ろうにも今は電源を切っている。隠れてていきなり音が鳴ったりバイブ音で誰かに気付かれたらバカだ。


「うだうだ言ってても仕方ねぇ。俺は俺で、俺のやり方でやるか」


 ま、俺のやり方って言っても隠れて時間が経つのを待ち、誰かが戦り合い始めたらそこに気付かれないように近づきその状況を調べる。

 あまり意味がないように思えるが、小さい情報から何か別のに繋がる可能性だってある。

 それに、何か情報を得ようと無理をして自分がリタイアになったら本末転倒だ。だから、俺なりの方法でやるさ。


 そういえば、前回はこんな感じで情報を得ようとしたら沙姫を助けたんだよな。

 前回も生き残ったからリタイアではない筈だから沙姫も参加してると思うが……あ、沙姫で思い出した。沙夜先輩も参加してんのか?

 前に話した時の感じだと参加しているはず。でも、知り合いだから敵じゃないって保障はないからな。だけど、少なくとも俺は敵になるつもりはない。あくまで今は、だが。


「ん?」


 ざわり、と付近を探っていた読感術に気配を感じる。人の雰囲気だ。こっちに近付くいてくる。

 隠れている木に背中をつけ、顔を少し出して覗くように雰囲気のする方向を見る。

 月明かりが少ないせいで、まだ人影しか見えない。

 その人影は少しずつこちらに近づいてくる。当然、木の陰に隠れている俺には気付いていない。

 そして、気付かずに近づいてきた人影が俺の間合いに――――入った。


「っ! んぐっ!?」


 素早く人影の手を掴んで引き寄せ、口を右手で塞ぎ倒れるように座る。人影に抵抗する間も与えず茂みに引き込む。


「ったく、なに堂々と歩いてんだよ」


 小声で喋りながら、人影だった奴の口から手を離す。


「ぷはっ、いきなり何するんですか咲月先輩!」

「あのなぁ、もし俺が敵だったらどうするよ?」


 そう、人影の正体は沙姫だった。


「どうするも何も、咲月先輩は敵じゃ無いじゃないですか。私の知り合いですもん」

「はぁ……」


 思わず溜め息が出た。


「でも周りを見てきましたけど、この辺りには人がいるような感じはしませんでしたよ」


 確かに読感術を使ってあたりを探ってみると、今の所近くには沙姫以外の人がいる雰囲気はしない。


「だからってあんな堂々と歩くな」


 どっから狙われてるか分かんねーってのに。


「あ、なぁ。ちょっと聞きたいんだけど、沙夜先輩もSDCに参加してんのか?」

「はい、してますよ」


 なんか随分とスパッと言ったな。なんかこう、身内の事だからもっと隠したりするもんだと思ってたんだが……。


「今までのSDCを残ってきたんだから、やっぱ沙夜先輩って強いんだろ?」


「そうですねぇ……素手だったら私の方が強いかな? でも、SDCのような無条件の場合だったら姉さんには勝てませんねぇ」


 つまりなんでもあり、ルール無しって事か?


「姉さんは槍の使い手なんですよ」

「槍?」

「そうです。私の家の伝承武術で『水無月柳みなづきりゅう応式おうしき流槍術ながれそうじゅつ』って言うのがあるんです」


 ミナヅキリュウオウシキナガレソウジュツ? 長ぇ名前だな。武術名に水無月って入っているって事は、やっぱり俺と同じで伝承武術だったか。


「じゃあ沙姫はなんなんだ? お前は槍なんて使ってないだろ?」


 この前だって男数人と戦った時、武器なんて使わないで素手だった。


「私が使ってるのは『水無月柳みなづきりゅう素式そしき柔手道やわらしゅどう』って言って、徒手空拳みたいなのなんです。私はあんまり器用じゃないですから」


 ソシキヤワラシュドウ? また長いのが出てきたな。

 へぇ、じゃ俺と似たようなもんか。いや、俺のは舞が元だから徒手空拳とはちょっと違うか?


「あ、でも素手のままだと手を痛めるときがあるので防具は付けますよ。この前は忘れちゃったけど」


 あはは、と笑いながら沙姫は喋ってる。殺される事もあるかもしれないってのに暢気と言うかなんと言うか……。


「あ、いけない! 姉さんと待ち合わせしてたんだった!」

「待ち合わせ?」


「今回は二人で行動してたんですよ。でも何か妙に静かだから手分けして周りを見てこよう、って。すっかり忘れてた」


 沙姫はヤバイ! と言わんばかりに立ち上がる。


「それじゃ私行きます! 咲月先輩も頑張って残ってくださいねー!」

「ちょ……あ、おい!」


 そう言って沙姫はさっさと走っていった。


「だから堂々と走るなっての」


 一人で大丈夫か? アイツ。ま、沙夜先輩と一緒なら大丈夫だな。今まで戦り抜いてきてたらしいから実力はあるだろうし。

 それに沙夜先輩が槍術使いならから武器を持ってるだろう……多分。


「しかし……」


 確かに静かだ。それに、さっき沙姫も言っていたが、妙だ。何か分からないが、何かが妙。何が変だと言うわけではない、ただ妙だとしか言えない。

 台風が来る前の外というか……いつもとは違う、妙な何かを感じる。

 だけど俺がやる事は変わらない。誰かがおっ始めるまで待機だ。

 それからは動く事もなく、誰も近くを通る事もなく時間が過ぎていった。




    *   *   *




 ――午前三時――


「おかしい。静か過ぎる。いつもなら誰かが戦り始めているってのに」


 いつもは開始してから一、二時間すれば必ずと言っていいほど何処かで戦り合いが始まっていた。

 なのに、今日はまだ戦り始めた雰囲気を感じない。それに妙な感じもずっと消えないままだ。それどころか逆に濃くなっていく。


「沙姫と沙夜先輩は大丈夫かな……?」


 まぁ、まだ戦り合った感じがないって事は無事なんだろうけど……しかし、このままじゃなんの情報も入らないな。エドの奴はなんか情報を手に入れ――――。


「――――っ?」


 なんとなく読感術を使って感じ取った雰囲気に体が反応し、その場で体が固まった。


「なんだ、この雰囲気は……」


 ドス黒く、身体にしつこく纏わり付くような感覚。背中には嫌な汗が流れ、鳥肌が立つ。

 今まで感じた中でこんな雰囲気を感じさせた奴はいなかった。


 さらに感覚を研ぎ澄まし、その黒い雰囲気を感じ取って場所を確認する。

 距離は……近くもなければ遠くもない。黒い雰囲気が強すぎて分かりづらかったが、他にも人がいる。


「よし、行くか」


 誰かが戦り始めるのを待ってたんだ。やっと始まったのに行かない訳にはいかない。先輩を助ける為に少しでも情報は欲しい。

 それに、この黒い雰囲気……普通じゃありえない。何かがありそうだ。SDCに関係する何かが。

 黒い雰囲気のする方向へ走って向かう。初めは他の参加者に見付からないように隠れながら向かっていたが、人がまったくいない。


 そして、近づくにつれて黒い雰囲気が強くなる。いや、さっきまで感じていた妙な“何か”がハッキリしていく。

 その“何か”が明確になっていくにつれて、身体が鉛を付けたように重くなっていく。

 そして、行き着いた先は後者裏近くの水飲み場。雰囲気を感じたのはこの辺り。近くの木に身を隠し、辺りを見回す。


「誰も、いない?」


 しかし、辺りは誰も居ず、静寂を保ったままだ。だけど、その静けさとは比例して黒い雰囲気は強く感じる。

 どこだ、黒い雰囲気を出している奴は。雰囲気を強く感じるって事は近くにいるって事。


「なんだ、あれ?」


 目の前にある水飲み場の裏に、何かが落ちている。しかし、水飲み場の影に隠れて、ここからでは何かよく分からない。

 周りを注意しながら落ちているものに近づく。近づくにつれて、生臭く、湿気が強くねっとりとした変な匂いが鼻をつく。

 水飲み場の隣を通るとピチャリ、と水を踏む音。そして、裏に落ちているものを確かめた。


「なん――」


 たった一言、これ以上の言葉を出せなかった。言葉を出す前に身体はそれを許さず、俺は口から胃の中の物を吐き出す。


「う、っぷっ!」


 その勢いは滝のように、嘔吐したものが地面に落ちる。

 落ちていたモノの正体は、人だった。

 それは腰と背中が分かれて二つになり、、下半身からは中に詰まっていたモノがはみ出し、地面に零れ落ちている。

 仰向けの下半身。足はあらぬ方向に曲がり、皮膚からは骨が突き破って空を眺めている。

 そして、うつ伏せの上半身。指は無くなり、のっぺらぼうになった左手。上下左右、それぞれがバラバラな方向を差している指をした右手。


「が、はっ」


 胃がギリギリと痛む。中の物を出し尽くしても尚、まだ出そうとして胃液が出てくる。

 さっきは水だと思っていた地面に濡れているものは水ではなく、この落ちているモノの血だった。嘔吐したものが血と混ざり合い、赤く染まる。


「はぁ、はぁ」


 汚れたままの口の周りを拭いもせず、手を腹に当てて立ち尽くしている。そして気付いた。

 さっき、ここに近づくにつれて体が重くなっていったのは……本能が“行くな”と危険信号を出していた事に。

 周りには、他にもモノが飛散していた。小さいモノから大きなモノまで、周りに散らばって落ちている。まるで、形が不揃いのパズルのように。

 “それ”は一人だったのか、それとも数人だったのか。散らかした玩具の様に散乱し、混ざり。今はもう分からない。


「くっ……」


 止まっていた思考がようやく働き始めた。手で口の周りを拭う。そして、働き始めた思考が一番に出した答え。それは『危険』。

 だが、身体が思うように動かない。自分の足が震えているのが分かる。ここにいるのは危険すぎる。早くここから離れなくては。

 そして、やっと身体が動いてくれた――が、遅かった。あの黒い雰囲気が一層強くなる。それを感じて、身体は金縛りにあったように固まる。

 校舎裏に続く通りの壁の向こうからジャリ、と足音が聴こえてくる。脳から送られてくる危険信号は既に真っ赤。


「なんだ、まだ余ってンじゃねェか」


 壁から出てきた男は嬉しそうに喋る。男の顔は、壁の影がかかっていてよく見えない。

 ジャリ、ずるり、ジャリ、ずるり。

 何かを引き摺ってこっちに近づいてくる。男が引き摺ずっているモノは見えない。だが、すでに恐怖心は限界に来ていた。


「くっ!」


 息が荒くなっているのも、動悸が早くなっているのも分かる。当たり前だ。ここにいた人をこうしたのはこの男。

 ドス黒い雰囲気がそれを物語っている。

 男が壁の影から抜け、雲に隠れていた三日月の微かな月明かりが男を照らす。


「お前も、脆そうだな」


 一瞬、身体を縛っていた恐怖心すら忘れて、あまりの事に驚愕した。

 月明かりが照らしたそれは、見覚えのある白く立った髪。見慣れた顔立ち。重なる人物。


「先、輩……?」


 そう、目の前に出てきたのは拉致された筈の先輩だった――――いや、姿格好は先輩だが……何かが違う、何かが。

 目が合った瞬間背中に氷を入れたような寒気。壊れた水道のようにただ吐き出される殺気で肌が引きちぎられそうな感覚。

 これが黒い雰囲気の正体か。握っている手に汗が出てるのが分かる。


「……じゃない。お前は誰、いや……“何”、だ?」


 この質問をすると、先輩の姿をした男は笑う。


「ハ、ははっ! “何”か、はハはッ! なるほど、良ぃぃィィいぃい質問だァぁぁァ! ハッハハははっ!」


 手で前髪を掻き上げ狂ったように、笑う。

 それと同時に剥き出しの感情から吐き出される殺気が俺を突き刺す。


「た、っ……許し……」


 先輩の姿をした男が左手に持って引き摺っていたモノが動き、喋る。

 それは人だった。

 いや、普通だったらすぐに人だと気付くだろうが、今の俺は普通なら気付く事にすら気付かない程、追い詰められていた。

 今、この状況をどうするかで頭が一杯だった。


「お、願、もう……」

「あぁん?」


 引き摺られている人は、先輩のズボンを掴み哀願している。


「っセェよ」


 そう言って男は右手に持っていた棍を助けを乞う人頭へ振り落す。なんと表現すればいいのか。その場にただ、酷く鈍い音が響いた。

 棍で殴られた人は地面に倒れ、びくん、びくん、と痙攣する身体。


「テメェはさっさと壊れろ」


 棍を地面に倒れているモノの崩れた頭部を更に何度も叩きつけ、棍の先端で磨り潰す。

 頭蓋骨が砕ける音、脳ミソが崩れる音が耳に入ってくる。頭蓋骨は割れ、脳ミソがだだ漏れ、血が混じる。

 地面には頭部を壊した際に飛び散った血と骨の欠片で、紅い花火が出来ていた。それを見る男の目は、興味のなくなったオモチャの人形を分解して遊ぶ子供のような。

 オモチャの処理を終えた男は、新しく見付けたオモチャにゆっくりと目をやる。


「っ!」


 身体を動かす事が出来ず、ただ石像のように固まっていた。

 男は棍を大きく振り、付着した血を遠心力で振り落として肩に乗せる。


「さァてぇ、遊ぼうか」


 ニィ……と、狂喜と狂気が混ざった笑みで顔を歪ませる。

 このままでは俺も殺られる。直感で解る。

 しかし、相手の雰囲気に呑まれてしまって『逃げる』という簡単な答えすら出せない。

 なんの躊躇もなく、ごく普通に人を殺したこの光景が。死体の残骸が散らばるこの状況があまりにも突然で、夢の様で信じられないから。

 唖然としている俺を見て、男が喋り始めた。


「ァぁん? お前、コイツの記憶に憶えがあるな」


 コイツ? 記憶? 一体何を言っているんだ……?


「咲月匕ってぇのか。はぁん、なるほど。中々強いのか、お前」


 ――――ッ!? 俺の名前を知っている……やっぱり、この男は先輩なのか!?

 いや、そんな筈がない! 人をあんな普通に、簡単に殺してしまうヤツが先輩の訳が無い!


「いいねぇ、他の奴等は脆くてよぉ。お前は少しは耐えてくれんだろうなぁ!?」


 男は棍を構え直し、こっちに向かって走ってきた。


 どうする?


 頭が働かず、同じ問いだけが頭の中を埋め尽くす。


 どうする? どうする?


 男はもう目と鼻の先。


 どうする? どうする? どうする? どうする?。


 考えても考えても頭は思考せず、ただ混乱しかしない。


 どうする? どうする? どうする? どうする? どうするどうするどうするどうするどうする――


 『避けろ』


 一瞬、この言葉が浮かんだ。

 そうだ、避けなきゃ……っ!

 男が大きく横に薙ぎ払った棍を、後ろに飛んで紙一重で避ける。避けた棍は脇にあった水飲み場に当たり、水飲み場は音を立てて崩れた。


「ハァッ! ハァッ! ハァッ!」


 避けた勢いのまま地面に滑りながら倒れ、上半身だけ横に起こす。

 咄嗟に体が動いてくれたから助かったが、後少しでも遅れてたら俺が水飲み場みたいになっていたところだ。

 崩れた水飲み場からは水道管が剥き出しになり、水が噴水のように噴き出している。


 そして、すぐさま男の二撃目が迫る。起き上がる途中の俺へ、棍を上から直線を書くように振り下ろす。

 直線的な攻撃。少し軌道をずらして捌けば隙を突け――――。


 『触れてはダメ』


 他の思考を払い除け、それだけが頭の中を駆け巡る。

 ……いや、ダメだ。たった一撃で水飲み場を壊す程の威力…無傷で済むとは限らない!


「くっ!」


 男がフルスイングで振り下ろした根が自分へと狙い向かってくる。すかさず横に飛び、受け身をとってすぐに体勢を整える。

 外れた二撃目の棍は地面にめり込み、その棍がめり込んだ半径一メートル程の地面が崩れ割れている。

 ……なんだ? 今、思った言葉に何か違和感が……。


「ははははははっ! 避けたかっ! まだ壊れないでくれよぉ!?」


 考える間もなく、男は攻めてくる。

 くそっ、逃げてばかりじゃラチがあかない。だったらこっちも、攻めるっ……!

 再び男は助走をつけ、棍を再び大きく振りかぶる。

 ここだ。男は初撃と同じく横に大きく棍を払う。


 その瞬間、俺は腕立て伏せをする時の様な体勢をしてその場に伏せ、攻撃を避ける。そして、攻撃を避けられてスキができた先輩に素早く攻撃に移る。

 起き上がる際に脚を地面を力強く踏み、奴の顎に脚力を使った掌底の一撃。

 更によろけた所に肘打を腹に決め、そのままの体勢から肩を斜め上に突き上げる様に体打を当てる。

 一瞬で三発打ち込み、男は四、五メートル吹っ飛んだ。


 どうだ……? 顎と腹に一発ずつ、そして腹に入れたんだ、ダメージは与えた。

 それに、吹っ飛ばして地面に落ちる際、受け身を取った様子はなかった。

 なら脳震盪を起こして気絶、例え意識があっても視界は歪んだりしている筈だ。気絶してくれれば、SDCが終了し次第、この男を連れてエドと連絡を取って合流すればいい。

 ――――しかし、そんな期待は簡単に裏切られた。


「なァァァぁぁるほどォォ、確かに強ぇ」


 男は気絶どころか平然に立ち上がった。


「なっ……」


 男は首に手をあて、ペッと血も混ざった唾を吐く。


「ダメージが、無い?」


 そんなバカな、手加減なんてしていない。いや、あっちは殺す気なんだ。手加減する余裕なんてない。


「ダメージならあるぜぇ? ちゃんと口から血が出てるだろ」


 確かに、奴の口からは血が出てる。


「それに腹ァズキズキするし頭はガンガンする。しっかりと痛みはある」


 しかし、奴は言ってる事と反し、楽しそうに笑っている。


「痛みを感じて笑えるなんて、Mかよテメェは」


 くそっ、さっきので気絶させれないならこの戦い……長引くぞ。

 いや、あの棍の破壊力。あれに当たれば俺は一発で終わりだ。ヤツは俺の攻撃を喰らっても一発で倒れることはない。分の悪い戦いだ……。


「互いが自分が死なねェように相手を殴って、蹴り踏み、殺す。命が拮抗し合う僅かな時間……それこそが“死合しあい”ってもンだろうよ、なぁ!? 笑いぐれぇ出ちまうさ!」


 ははははははっ! と声を高く上げて笑う。

 俺は今、本当に今更ながら気付いた。この男は願いを叶えたいんじゃない。ただ楽しみたいんだ。

 他の参加者を潰そうとする"狩る側"をさらに狩る。いや、狩る側でなくてもアイツが楽しめれば誰でもいい。

 アイツが言った“死合”を。


「楽しもうぜッ! 死が隣り合わせの時こそ人ァそれ以上の力を出す……生にしがみついて足掻いてくれよ!」


 男は再び棍を構え、勢いよく走り向かってくる。


「くっ! 馬鹿の一つ覚えみたいに突っ込んできやがって!」


 こちらも構えて迎え撃つ。

 棍を横に振りかざす構え……また薙払いか!


「いや……」


 違う。さっきより肩が下がっている。これは……足狙いかっ!

 予測通り男は足を狙ってきた。攻撃に合わせ、その場にジャンプして棍を避ける。

 よしっ、ここで――――。


「飛んだな?」


 不適な笑いを浮かべ、鋭い眼光を放つ。


「っ!」


 もう遅かった。男の先ほどの下段は当てる為ではなく、俺を飛ばさせる為の布石。

 棍での攻撃が避けられ、そのままその勢いを乗せて一回転し、遠心力が加わった回し蹴りを放つ。

 空中に飛んで避けようの無い俺の腹に、容赦無く男の足がめり込む。


「ぐぅっ!」


 激しい痛みが腹部に走り、酸素が無理矢理口から吐き出される。空中で蹴られ吹き飛び、真後ろに立っていた木に背中を強く打つ。

 そして、ズルズルと背中を木に着けたままずり落ちた。


「ぐ、ぁ……」


 激しい痛みが腹と背中からやってくる。背中を打った性で呼吸も思うように出来ず、苦しい。

 男はまた、笑っている。こちらへ向かってゆっくり歩きながら。


「馬鹿でもよぉ、一つずつ覚えていくんだぜぇ?」


 少しずつ距離が縮まっていく。ヤバイ……息苦しさと痛みに耐えて立ち上がる。

 すると、目眩が起きて景色が歪む。


「は、ぁ……ふ……」


 まだ安定しない呼吸を必死に整えようとする。だが、そう簡単に整う筈がない。

 歪んだ景色が元に戻った時には男はもう、自分の間合いに入っていた。


「は、効いたぁ……」


 喋ったら口に鉄の味がした。呼吸は多少整ってきたものの、足がふらつく。


「……遊びは終わりか」


 許しを乞った人を殺した時に見せた目を今、俺に向けた。棍を天にかざすように上げ、振り落とそうとした時――――。

 辺りに響き耳が痛くなりそうな程の激しい轟音が鳴り、男が持っていた棍を弾く。


「っ!?」


 その轟音は連続で鳴る。男は俺から離れてソレを避ける。すると、見慣れた奴の姿が現れた。


「おいっ、大丈夫か?」


 となると、さっきの高い音は聴き間違いではなかった。

 両手を前に出して利き腕をもう片手で支える。その構えのままエドは男に武器を向けている。

 そう、エドが今、手にしている武器は拳銃。


「はっ、大丈夫だって。お前が何もしなかったらカウンターをブチ込んでたのによ」


 ふらつかせていた足の揺れを止め、しっかりと地面を踏む。

 無事を知ったエドは小さく笑い、すぐに目線を男に移す。


「コイツが気味悪い雰囲気の正体か」


 男に向けた銃口を下ろすことなく喋る。


「まったくの別人じゃないか……」


 ギリリ、と歯を食い縛る音が聞こえた。

 男は顔を落とし、額に手をあて震えている。


「っく、くく……」


 その時、ゾクリと冷たい何かが首筋を伝って身体中に走り渡った気がした。


「くっック、はハ、くっははハハはははぁ! 面白い! 面白れェよ! こんなに保ったの初めてじゃねェか、あぁ!? こうじゃねェと壊しがい……が…………が、ぁ!?」


 男は再び額に手を当てるが、さっきとは様子がおかしい。今にも崩れ倒れそうに苦しみ始めた。


「ぐ、ァ、あ……チィ、この野郎……とっと、と……潰れちまえ、っ……!」

「はーいはい、そこまでや。それ以上は危険やさかい、大人しゅうしとき」


 ほんの一瞬。なんの前触れも、雰囲気すら感じる間すら無く。

 気付けば男の隣に、それは居た。


「な、にッ!?」


 背中近くまで伸びた金髪を三つ編みにして、前髪で顔半分が隠れている男が。

 エドも驚きの顔を隠せず、銃口は金髪の男に変えられた。


「貴様っ……!」


 周りに包まれていた緊張感がさらに強まる。


「さっき言うたやろ。まだまだなんや」


 金髪の男はタバコを咥えて、ふざけたように軽く笑う。隠れて見えない眼からは物凄い威圧感が漂う。


「なんだ、てめぇは! それにその先輩に似た奴は……」

「ふぅ、ん。君が咲月君か。まだ途中とはいえ、コイツとサシでやったんちゅうのは驚きや。コイツん事を知りたかったらそこのハンサム君に聞いたらええ。俺等はこれで引くんでな」


 すると苦しんでいた男が頭を押さえ、眉間にシワを寄せながら口を開いた。


「フーッ、フーッ! コイツ等はこの場で壊す!! カはっ、そうだ、壊す! 誰にもやらせねぇ、コイツは、コイツ等は俺が!」


 口から涎を垂らし、目は充血。狂った形相でこっちを睨み付けてくる。


「ダメや。今言うたやろ、引き上げや」

「ダメじゃねェ!! コイツ等は……」

「俺の言うこと聞けぇへんのか……?」


 金髪の男は前髪で隠れ、見えない眼で先輩に似た男を睨み付ける。


「……チッ。今回は、ぐっ……ここで引く。テメェ等は絶対に……俺がブッ壊す!」

「ま、そういう事で今日はこれでバイナラや」


 口からタバコの煙を吐き出し、金髪の男は唇を釣り上げる。


「次回で会えたら会おうや」


 そう最後に言葉を残し、二人は霧が晴れるように消えていった。







   *   *   *





 あ、れ。ここは……?

 懐かしい風景と空気。

 でもなんか変だ。懐かしいけど、なにか生ぬるい。空を見上げると強い太陽の日射しが眩しかった。


 けれど、暑くない。

 季節は夏なんだろうか? 見える木々は生い茂っている。

 けれど、色が無い。なんでだろう?


 ――――分からない。


 くるりと振り向いて後ろを見ると、大きな道場があった。僕の家の道場だ。これも懐かしい。

 あれ、なんで懐かしいんだろう?


 ――――分からない。


 それに僕は何をしていたんだっけ? あぁ、そうだ。僕は稽古に使った道具を物置に運んでたんだ。それで今終わって――――。


『咲月君』


 名前を呼ばれて振り向く。同い年ぐらいの男の子が二人立っていた。

 あ、僕の道場に通ってる子達だ。

 でも、顔があるのに顔が見えない。それに……この子達も、色が無い。


『これから警ドロやるんだけど一緒にやらない?』


 顔が見えない男の子が言う。

 僕も一緒に遊んでいいのだろうか?

 二人の男の子はニコニコ笑って僕の返事を待ってる。顔が見えないのに何故か分かる。

 じゃあ、僕も――そう言おうとした時。


『匕』


 後ろの道場から呼ばれた。そこにはお父さんと言うモノが立っていた。

 やっぱり、これにも色はない。


『終わったのなら早く中に入れ。昨日の続きをやる』


 そう言って道場の中に消えていった。

 あぁ、今日もか。

 遊ぶのが無理だとわかった男の子2人は、色の無い向こうへ走って行った。


『だから言ったじゃん。無駄だって』

『だって人数が足んないんだから仕方ないだろー』


 走り去って行く中、そんな事を言ってるのが聞こえた。

 これは大して悲しくはなかった。いつもだったから。でも、悲しく感じなくなってしまった事が悲しかった。

 道場に入ろうとその場から動いた時、強い風が吹いた。

 周りに見える木達は枝葉が揺れて、地面からは小さな砂煙が出来る。


 だけど、僕には風の感触がない。

 髪はなびかないし、涼しくもない。土の匂いがしなければ風の匂いもしない。

 そして、気付いた。これは夢なんだと。まだ幼かった、幼少期の夢。

 たまにある。夢の中でこれが夢だと気付く事が。

 なんで今頃こんな夢をみるんだろう――――。


 突然、周りにあった道場の風景は歪み、混ざり合い、消えて行った。

 真白い空間だけが残ったと思えば、すぐにまた白黒の世界が出来上がる。


 今度はどこだ? 風景が変わった。

 風景が変わり、次に現れたのまた道場。しかし、今度は道場の外ではなく、中。


 ここも見覚えがある。

 ……そうだ、ここは小学の時によく出稽古で行ってた道場だ。

 壁際には、正座している幼い頃の自分がいる。歳は九つぐらいの時か。

 道場内を見回すとやはり、色が無い。近くにいる他の子達も、技を教えている先生も、みんな。

 まだ小さい俺は動かないでジッと座ったまま。周りの子供達は隣の人や友達と喋っているのに……。

 そんな中、幼い俺は肩を叩かれて話し掛けられた。


『ねぇ君、咲月先生の子でしょ?』


 叩かれた肩の方向を見ると、肩に掛かる程の長さの髪をした少女が、可愛い顔でニッコリと笑っていた。

 見た感じ、歳は同じくらい。急に話し掛けられて、たじろぎながら幼い俺は少女に答える。


『うん、そうだけど……』


 あぁやっぱり! と少女はまた笑顔になる。


『お父さんから聞いてたんだ。君のこと』


 話を聞くと、この娘はこの道場の先生の娘らしい。


『お父さんが道場の先生だからって武術やらされてさぁ。日曜日なんだから遊びたいよねー』


 笑顔の次は口にを釣り上げ、膨れっ面になった。

 俺は、この豊かな表情と明るい性格が面白く……そして、羨ましく感じたのを思い出した。

 そうだよ……この先も覚えている。そして、俺はそっけなく返すんだ。


『僕は、そうでもないよ……』


 と。


『えー、なんでぇ? みんなは遊んでるんだよぉ? 一緒に遊びたくないの?』


 少女は顔を近付けて、幼い俺の顔を覗くように見てくる。


『僕、普段からあまり遊べないから……』


 この頃の俺は、平日は学校から帰ってきたら親父との稽古と鍛練。休日もこのように出稽古をしていて遊ぶ時間なんてなかった。


『だから、友達と呼べる友達はいないんだ』


 今度は少女はむーっと頬を膨らませて可愛らしい顔をしていたが、何かを思いついたのか直ぐにまた明るくなる。


『じゃあ私が友達になるよ!』

『……え?』


 急に予想外な事を言われ、一瞬自分だけの時間が止まったように感じた。


『だってさぁ、武術なんてやってる女の子って私だけだし、ここには同い年の友達もあまりいないし……』


 ね? と、さっき見せた可愛い笑顔で同意を求めてきた。


『……うん』


 今までに友達になろうと言ってきた子は何人かいた。だけど、遊ぶ時間のない俺はその子と遊ぶ事はなく、皆は次第に離れていった。

 この娘も今は話してくるが、どうせいつもみたいになるんだろう。そう思い、目を合わさずに相づちをうつような返事をした。


『やった! じゃあ今から友達、だね!』


 嬉しそうに少女は喜んでいる。僕と友達になった事が。

 本当に懐かしい。忘れる訳ねぇよ。俺達が初めて出会った時だもんな。



 ――――凛。



 目の前で話をしている幼い頃の俺と凛を見て懐かしむ。

 始めは凛に対してほとんど愛想無く接していた。『どうせ今だけだ』、そう思って。

 だけど、凛は違った。出稽古先で会ったらいつも話し掛けてきた。

 しかも、それだけじゃなく、後から知ったんだが凛とは学校が同じだった。そして、学校帰りに会ったりすると遊びに誘ってくれたりもした。

 普段遊ぶ事ができず、友達のいなかった俺は当然いつも一人。

 先生に話し掛けられた時以外に喋ることもないし、友達がいないから昼休みに遊ぶ事もない。


 よく内気だとか、ネクラだとか言われてるのが聞こえてきた。

 でもそれは誰かがそう言って、その誰かが周りに広めて、その周りが勝手に決めただけ。

 誰も俺の事を知らないのに勝手に決め付けて知ったつもりでいる。だけど、そんなのは気にならなかった。一人の方が楽だったから。

 別に友達がいらない訳じゃない。出来るなら欲しかった。


 でも人の性格を勝手に決めて、思い込んで、それを理由に疎外する。

 そんな奴なんかと友達になろうなんて思えない。だったら一人の方が断然いい。

 そうやって孤立していた俺に、凛は会う度に声を掛けてきた。

 でも、俺は対して相手にしなかった。凛も周りと同じだと思ってたから。

 それでも、凛はそんな俺を気にもせずに話し掛けてきた。

 そして、気付けば俺は凛と普通に話すようになっていた。遊ぶことはなかったけど、凛と話をして、笑ったりして……。

 俺はこの時思った。『あぁ、これが友達って言うんだなぁ』と。


 ザザ……。

 なん、だ?

 ザ、ザザザ……ザ――。


 不快な音と共に、テレビのノイズが広がる様に辺りの風景が消えていく。

 ノイズが今見ていたものを全てを飲み込んでいき、気付けば目の前は何もなく真っ白な風景……いや、何もないのを風景とも景色とも言わない。

 そんなただ真っ白な周りを呆然と立ち尽くして見ていると、再びノイズが真っ白な部分を走りだした。


 ザザ、ザ、ザザザ――……。


 さっきは景色を飲み込んで消していったノイズが、今度は景色を逆に作り上げていく。

 小さなノイズが集まり、木、草、土……空。景色の次は風景が出来た。


 ミーンミンミンミー。


 周りから五月蝿い位に聞こえてくる蝉の鳴き声。その蝉の鳴き声が聞こえてくるたくさんの木々。それらに囲まれて静かにたたずむ古びた神社。

 神社を見上げると、木々の間から射しこぼれる日射しが目に入る。

 それが眩しく、手を額の前にやり日射しを遮る。

 今までのと同じでこれもまた、見覚えがある。だけど、違う所があった。


 今度は――――色がある。


 所々にある木漏れ日を浴びながら境内を歩く。ただ吸い込まれるように、境内の奥に進んでいく。

 そして、周りの木より一回りも二回りも大きい木が立っていた。御神木ってやつだろう。

 近くまで行き、御神木に触れる。静かに力強く、威風堂々と立っている。

 俺はここでの約束も守れることはなかった。幼い頃に、凛と交した約束を。

 そして、守れなくしたのも……自分。

 怒りと後悔で木を触っていた手が握り拳になる。

 ……なんだ? なんか、暑い。この夢の場面が夏だから……?

 いや、違う。これは暑いと言うより、熱い。


 ――――っ!?


 いつの間にか辺りはさっきまでの木々の緑色は無く、真っ赤な炎に包まれて燃えていた。

 ……火!? なんでだ!? なんでいきなり燃えてる!? くそっ!

 着ていた上着を脱ぎ、火に向かって扇ぐ。しかし、勢い良く燃えていく火には意味がない。


 ……くそっ、くそっ!

 それでも必死に扇ぐ。

 燃やしてたまるか! ここは凛と約束した場所なんだ!


 しかし、火は勢いを増すだけ。消える気配なんて微塵にもない。

 くそっ! 燃えるんじゃねぇよ! 燃えるなっつってんだろ!

 燃えるなぁぁぁ!




    *   *   *




「ッ!!」


 滝のような汗を流し、荒く息をしながら目を覚ます。

 ……ゆ、め? あぁ、そうだ。夢を見てたんだ。昔の夢。大切な場所が燃える、夢。

 呆としながら天井を眺めて、夢の内容を思い出す。

 寝起きで思考が低下していたのか、今さら眺めている天井が見覚えがあることに気付く。


「俺の、部屋?」


 もそりと布団から身を起こして部屋を見渡す。テレビ、テーブル、読み捨てた雑誌、さっきまで自分が寝ていたベッド。

 全部見覚えがある。間違いない、俺の部屋だ。

 布団から出て立ち上がろうとするが、なんか力が入らない。と言うよりダルい。汗もすごくかいていてシャツが濡れている。

 この感覚は前にも感じた覚えがある。そうだ、確か……覚えているのに思い出せない夢を見た時だ。

 そうか、今まで見ていた夢はアレだったのか……。重く感じる自分の腕を動かし、額に手をやる。


「待てよ、なんで俺は部屋にいるんだ?」


 俺はSDCで先輩に似た奴と……そう、戦ってたんだ。それで金髪の男が現れて……。


「あれも、夢―――?」


 紅く染まった水飲み場、辺りに散らばった肉片、漂う生臭い鉄の様な匂い。

 夢だった、のか? 本当に――夢?


「はは……そうだよな。あれは全部夢だったんだ。でなきゃ、ありえねぇよ……」


 額に当てていた手で髪を掻き上げる。


「ん?」


 今、玄関の方からドアが閉じた音がした。

 ヤベ、もしかして鍵閉めてなかったか?


「起きたか。お前、意外と重いんだな。見た目はそうでもないのに」


 確かめに行こうとベットから出ようとした時、コンビニの袋を持った顔見知りが入ってきた。


「エ、ド……?」


 予想外な奴が現れて少し戸惑う。

 いや違う。本当は頭のどこかで分かっていた。アレは夢じゃなかった事は、解っていた。

 だけど認めたくなかったんだ。だから戸惑った。認めなきゃいけないと頭を整理して。

 現実が夢だったらいいと思う、自分勝手な願い。夢が現実だったら……。現実が夢だったら……。

 きっと誰もが思う、勝手な願い。そして、最後は現実に現実と知らしめられる。


「どうした? 気分でも悪いのか?」


 現実が喋り、俺を現実に連れ戻す。


「あぁ……」


 再び手を額に当てる。


「――――最悪だよ」




   *   *   *




「一応確認として聞く。なんでお前はここにいる?」


 タオルを首にかけてベットに腰を掛けた。

 汗をかいたからシャワーを浴びて一度着替えた。ダル気があってサッパリしようってのもあったが。


「お前を運んでやったんだよ。あの後、ブッ倒れてな」

「ブッ倒れた?」

「覚えていないのか? あの二人が消えてから糸が切れたように気を失ったんだぞ、お前」


 二人……先輩に似た男と三つ編み金髪か。やっぱり夢じゃなかった、か。


「ちょっと待て! 気を失ったって事は、俺は……失格……?」


 じゃあもう、願いを叶える事は出来ない……アイツを生き返らせる事が、出来ない――。


「安心しろ。お前が倒れたのはSDC終了の鐘がなってからだ。多分失格じゃない」

「本当か!?」


 俯むいていた頭を勢い良く上げてエドに聞き返す。


「本当だ。そんな嘘を吐いてなんになる?」


 失格じゃない……よかった、本当によかった。

 ホッと胸を撫でる。


「アイツが最後に言った言葉を考えてみれば、失格になってないだろう」

「アイツ……?」

「あぁ、あの金髪の男だ」


 あの金髪の男が最後に言った言葉……? なんて言ってた? 確か――――。


『次回で会えたら会おうや』

「って言ってたな」


 そう。そう言って二人は消えていったんだ。


「次回で会えたら。つまり次のSDCでまたなんらかの形で遭遇するという意味で取れる」


 コンビニで買ってきた飲み物をコップに入れながらエドは返してくる。


「だけどよ、失格しなかったら次回で会おう。って意味でも取れるよな?」


 まだ乾ききっていない髪から水が滴る。


「あぁ、確かにそうとも取れる。だが考えてみろ。あそこまで俺等を殺す事に執着した先輩がいて簡単に失格にすると思うか?」


 確かに、あんなに執着していて自ら獲物をカゴから逃がすなんてしないだろう。

 ん? いや、待て。


「そりゃ確かにお前が言う通りかもしれねぇよ。だけど失格かどうか決めるのははSDCだろ!? あの金髪が言ってた通りになるとは限らないだろう!」


 失格になったかもしれないという不安が自分を焦らせ、声が大きくなる。


「落ち着け」


 そんな俺とは逆に冷静にエド。


「落ち着いていられるか! 俺はSDCで叶えなきゃならねぇ願いがあるんだ!」


 それが失格になったら……俺はどうしたらいい?


「いいから落ち着け。俺が失格ではないと言うのにはそれなりの理由がある」

「理由?」


 そう言ってエドはジュースの入ったコップを俺に差し出す。


「そうだ。匕、お前……一度は考えたことはないか? このSDCで生き残りの合否を定める監視する奴が誰なのかを」

「……あぁ、ある」

「それがあの金髪の男だ」


 ――――っ! コップを受け取ろうと出した手がその場に止まる。


「アイツがッ!?」


 コップに向けていた視線がエドに移る。


「なんで解る?」

「アイツとは顔見知りなんだよ。俺じゃなく、俺の知り合いが、だけどな」


 一度止まった手を動かし、コップを受け取る。


「以前話ただろう? 戸ヵ沢事件がSDCに関係してるかもしれないと」

「……あぁ」


 受け取ったコップを口に運ばす、そのままテーブルに置いた。


「俺が実際にSDCの調査に参加したのは三年ぐらい前でね。その知り合いはかなり前からSDCを調べててたんだ」


 三年……?


「で、調査中に何度か会った事があり、その度に戦り合っていたと話で聞いている」

「ちょ、戦り合ったって……アイツと!?」


 雰囲気も感じさせず、一瞬にして先輩に似た男の隣に現れ、あの物凄い威圧感。それだけで十分に分かる。あの金髪の男が只者ではないと。

 そんな奴と戦り合ったなんて……俺が戦ったら多分、ただでは済まない。


「あぁ。SDCを調べていると行く先にいたらしい。あの男の名はテイル。さっき言ったように、アイツがSDCの監視、そして……有能な人材の選抜だ」


 ……選抜?


「――――――は?」


 有能な、人材? それを選抜……つまり、それで選ばれたヤツが拉致される……って事、か?


「前に話した通り、SDCはなんらかの理由であらゆる格闘経験者を探している」


 今度は手だけではなく、全身が固まっている俺に淡々とエドは話していく。


「その理由の一つが……」


 この先の言葉を聞いたとき、俺は耳を疑った。


「――――人体実験だ」

「ふざけんなっ!!」


 勢い良く立ち上がり、足をテーブルにぶつけた。しかし、今は足から伝わってくる筈の痛みを感じなかった。いや、痛みはあった。ただ、痛みを気にする余裕がなかった。


「じゃあ何かっ!? 先輩は人体実験の材料の為に選ばれたってのか!?」

「……そうだ」


 ――ッ!!

 足がテーブルにぶつかった際に倒れたコップから零れたジュースが滴り、木目のフローリングを濡らしていく。

 表情を変えず、平然とした顔で話をするエドをブン殴りそうになった。だが、それは怒りを向ける相手が違う。

 歯ぎしりの音がする程噛み締めて握り拳を作る。さっきまで忘れていた足の痛みがジンジンと感じてくる。


「だけど、実験される前に助けだせば……」


 そうだよ、そうすれば先輩は無事だ!


「SDCの監視する奴は分かってるんだ、そいつから聞き出せばいい!」

「……匕」

「そうすれば――」

「匕っ!」


 エドの大声が俺の言葉を止める。


「いい加減に認めろッ……!」


 さっきまでの平然とした顔ではなく、悔恨した顔をしていた。少しの沈黙の後、観念したように、俺は口を開く。


「やっぱりアレは……」


 あの先輩に似た男の言葉を思い返す。


『お前、コイツの記憶に覚えがあるな』

『咲月匕って言うのか』


 薄々は気付いていた。だけど気付かないフリをしていた、認めたくなかった。


「先輩本人、なのか?」


 その問いにエドは無言で頷いた。

 それを見て、力が抜けたようにベットに座り、ジュースが毀れて濡れた床を見ていた。


「だが、アイツは言っていた。『まだまだ』だと。もしかしたらまだ、間に合うかもしれない」


 エドはいつもより小さい声で言った。


『コイツん事を知りたかったらそこのハンサム君に聞いたらエエ』


 そしてある言葉を思い出す。消え去る間際にあの男が言った言葉を。


「お前、何を知ってる!? あの男から何を聞いた!?」


 テーブルから身を乗り出し、エドを問いただす。


「話せっ!」

「……」


 エドは俺を見ず、視線を床に向けて何も言わない。


「……ッ! おいっ! 話せっつってんだろ! 俺はお前と手ェ組んでるんだろうがッ!」


 まるで襲い掛かるかのようにエドの胸ぐらを掴む。


「……わかった。話すよ、全部」


 一度深呼吸をし、俺を見てエドは言った。





   ◇   ◇   ◇





「やはり、これと言ったものは無い、か」


 今回のSDCが始ってから、既に三時間が過ぎている。昼とは違う空気のする、暗闇に包まれた校舎の中に(エド)はいた。

 日付が変わり、SDCが開始される深夜零時から校内を調べていた。


 普通なら鍵が閉まってて中に入れないだろうが、予め一階の窓の鍵を開けておいたらそのままで難なく入れた。

 こんな戸締まりが緩くていいのか、と自分で鍵を開けておきながら思ったが、楽に入れたので深く考えないでおく。

 日直の先生がたまたま見過ごしたのかもしれない。

 なんて思いながら侵入して三時間、休まずにずっと調べていたが……今の所、SDCに関する重要な手掛かりらしき物は何も無い。


「次は図書室か」


 昼間と違って人は誰も居ず、少し広く、そして長く感じる廊下を足音を立てずに歩く。妙な静けさを感じながら。

 極力、音を立てないように扉を開けて図書室に入る。中は窓から月明かりが入ってきて、無数にある本を青白く照らしていた。


 大量にある本棚を一つ一つ調べていく。時折、本棚から本を一冊取って月の光で中身を読んでもみたが、なんの変哲のないただの一般的な本しか無かった。

 一通り調べ終え、机に寄り掛かって一息つく。


「ふぅ。ここでSDCが行われてるなら、何か手掛かりがあると思ってたんだが……」


 ふと目をやると、よく図書委員などが座って本の貸し借りをするカウンターの奥にドアがあるのに気付く。


「一応調べてみるか」


 寄りかかっていた机から離れ、カウンターの中に入る。

 ドアには『図書資料室』と札が付けてあり、その下には『立入禁止』と紙に女の子文字で書かれていた。多分、図書委員の女生徒が書いたんだろう。

 ドアノブに手をやり中に入ろうした。が、ドアノブは回らずに固く動かなかった。


「ん? 鍵か」


 蹴飛ばして開けてもいいんだか、明日学校で問題になるのは避けたい。だが、素通りする訳にもいかない。

 かと言ってピッキングするような技術も道具もない。となると……。


「普通に鍵を探すしかないか」


 こういう場合は大体、職員室に置いて管理されている場合が多い。しかし、来た道をまた戻って職員室まで行くのは面倒だ。

 それに、他の参加者に見付かったりしたくない。

 すると、カウンターの内側に引き出しがあるのに気付く。もしかしてドアの鍵が入ってるんじゃないかと思い、微かに期待する。


「頼むぞぉ」


 心の中で祈りながら引き出しを開ける。

 中には図書室内の少ない明かりを反射してうっすらと光る物が目に入った。


「……ビンゴ」


 祈りが届いたのか引き出しの中に資料室の鍵が入っていた。

 鍵を取り出して資料室のドアノブの穴に差し込む。鍵を持った手を捻ると、鍵は途中で止まる事無く回った。

 ドアノブの奥から、かちゃり、と鍵が金属音が鳴ってドアが開く。


 中に入ると資料室の中は窓が一つしか無く、窓が多くあって月明かりが入ってくる図書室と比べて遥かに暗い。

 あまり掃除がされていないのか、カビ臭さが鼻をつく。

 図書室で使われている本棚は木製だったが、資料室は鉄製の本棚が使われていてそれが貴重品と感じさせる。

 それに期待して調べてみたが、そう都合良く見つかる訳がない。あったのは授業で使う歴史の書物や妙に大きな辞典とかだった。


 あと残るのは……この部屋の一番奥にある机か。

 机は唯一の窓から照らされる月明かりを浴びていた。机の上には何も置いてなく、ただ月明かりだけが机上にあった。

 机も学生が使うヤツではなくて、職員室で先生などが使っている鼠色の鉄製のもので、いわゆる業務用机という奴だ。


 机に近づき横に長い引き出しに手をやった。机に影ができ、俺が動くとその影も動く。もう一人の自分のように。

 横長の引き出しには何も入ってなく、すぐに閉めた。

 次は右側に付いてある引き出し。縦に三つ並んであり、一番上から開けて調べていく。

 一番上の引き出しには紙が入っていたが、予備の貸出カードやこの資料室に置いてある本のリストやら。真ん中の引き出しも同じようなものだった。


 そして一番下の引き出し。中にはビッシリと紙がクリアファイルや仕切り板で綺麗に分けられていた。

 この引き出しの中だけ他のと違い、怪しさを感じながら大量の紙を調べてみる。

 紙の内容は図書室の本のリストと貸し出しされた本や無くなった本をチェックするようなもの。

 半分近く調べてみたが大半がどうでもいいものだった。そして、残り半分の引き出しの奥の方のを取って机の上に置く。

 パラパラと手際良く紙を捲って調べる。

 中身は同じでチェックシート。クリアファイルにまとめられてあった紙を全部見終え、次のクリアファイルを取る。


「……ん?」


 テンポ良く紙を捲っていた手を止める。

 今まで調べた紙は全て本関係のものだったが、この紙は少し違う。

 いや、これも本と関係するが……人名が載っていたので手が止まった。


「貸出カード表?」


 紙にはそう書いてあった。パソコンで作ったのかデジタル文字で書かれてあり、左上の記名欄に生徒の名前が記入されていた。

 そして、その下には横型の長方形のマスが二つあり、左マスには『貸出日』右マスには『返却日』と書かれ、あとはその二つのマスに沿って縦一列に無数のマスがあった。

 パラリと一枚捲り、次の紙を見てみる。これも同じく貸出カード表。

 多分、これは生徒が持っている貸出カードの書き写しだろう。貸出カードは生徒が常に持っているから本が無くなったり、生徒がカードを無くした時の為などに。


「一応撮っておくか」


 制服の内ポケットからデジカメを取り出して貸出カード表を撮る。

 別にどう見ても、ただどこにでもあるような紙。しかし、ただの貸出カードの写しとは思えなかった。

 理由はないが、なぜかそう思ってしまう。これは何と言うか、勘だ。

 こんな仕事をしていれば些細な事も何かと気になってしまう。そんな感じで妙な勘が働くようになった。


 ま、この勘が思い過ごしならそれでいい。だが、思い過ごしではなくSDCの目的を知る手掛かりだったとしたら大きな収穫だ。

 だったら撮っておくにこした事はない。なんて考えながら素早く撮影していく。

 一枚一枚撮るのではなく、机に紙を二枚づつ並べて撮り、時間は最小限で済むように撮った。なので、全て撮るのに十分と掛からなかった。

 撮影したチェックシートの全部を目を通した訳ではないが、あとでデータで調べればいい。

 デジカメを内ポケットにしまい、机上に出していた多量の紙を引き出しに戻した。


「さて、そろそろ匕と合流するか」


 窓から外を見ながら一人呟く。





「なんや、こんな所で隠れんぼかいな」





 不意に聞こえてきた声。


「――ッ!?」


 咄嗟に後ろを振り返り、戦闘体勢を取る。警戒を怠っていた訳でも、油断をしていた訳でもない。

 手を制服の中に入れ、ズボンに挟んで仕込んでおいた得物を握り、引き金に指を掛ける。


「ま、別に隠れるんはルール違反ちゃうか」


 いつの間にか男が資料室のドアに立っていた。


「誰だ……?」


 構えた体勢から状況に応じて動けるように心掛ける。

 入り口は窓から漏れる明かりが届かず、暗くてよく見えなかったが……一歩、二歩とこちらに近づくに連れてその男を照らす。

 その男は肩胛骨まで伸びた金色の長髪を三つ編みで束ね、顔半分は前髪で隠れていた。


「が、隠れるんはまだしも……人ン家を勝手に物色するんは感心せぇへんなぁ」


 その容姿とは似合わない、軽い口調で喋る関西弁。

 しかし、その男から発せられる敵意とも殺意とも取れない雰囲気。ただ威圧感だけが資料室を埋め尽くしていた。


「ん? でもここ、人ン家ちゃうか」


 なんて視線を明後日の方向にやって頭をポリポリと掻いている。たが、隙をまったく見せない。

 いや、隙があったとしても、あまりの実力差があるはずの隙を見付けられない。

 隙があっても、自分がその隙を突く事ができなければ無いのと同じだ。


「お前も参加者か?」


 頬から顎へと汗が流れる。頬だけじゃなく背中にも汗をかいている。


「まさか、俺は監視役や。参加者やあらへん」


 ……監視役? こいつがSDCを監視してるヤツなのか! 確かに、どう見ても学生には見えない。

 前髪で半分近く顔が隠れていているが、パッと見は大体二十代半ばから後半くらいだろう。

 男が来ているタンクトップの上からでも、十分ガタイがいいのが分かる。それに腕は常人の倍近くも太く、鍛えられているのが解る。


「監視役……つまり、SDCを開催している奴らの一人、か?」


 夜の校舎に忍び込み手掛かりを探していたが、手掛かりどころか本命近くとの接触。

 やっと見付けたという焦りを冷静に落ち着かせ、男を睨む。


「参加者や無いのは見て分かるやろ。あとな、零名学園はあくまで場所や。裏を掴みたかったらここじゃあらへんトコを調べるよう、白羽に言っときや」


 にやり、と口を釣り上げて嫌みたらしく男が笑う。ついでにゴクローさん、とジェスチャーを加えて。

 いや、それよりも……。


「なんで白羽さんを知っているッ!?」


 驚きを隠せなかった。思いもよらない名前が出てきて。

 その名前は俺の知人、上司でもある人の名だった。


「なんや、白羽から俺の話、聞ぃてへんのか。SDCに送ってくる以上、俺の事は喋っとる思たのにな」


 フン……と鼻息を漏らしながら、つまらん。と言いたげに腕を組む。

 今のこの男の言い方だと、男が白羽さんを一方的に知ってるのではなく、互いに知っているようだが……。


「アイツとはまだケリが着いてへんかったからな、着けよう思てたけど……部下を送らせてきてる所を見ると今回は無理そうやな」


 そう言いさらにつまらん、と。

 その言葉を聞き、眼が大きく見開くのが自分でも分かった。


「まさかお前が――――テイル……?」


 この言葉に反応し、さっきまでとは逆に愉しそうに笑い始めた。


「なんや、やっぱり知っとるんやないかぁ。で? アイツからは俺の事なんて聞いた? ん?」


 それはまるで自分の事を友達はなんと言っていた、と聞くように。


「……会ったらまず戦闘は避けろと言われた。逃げきる事を第一に考えろ、とな」


 ジリジリと地面を擦りながら距離を取る。


「その理由が今、嫌という程分かる」


 目に見えない透明で巨大な手に掴まれたような、不可視な何かに圧迫される感覚。

 動きたくても動けず、今みたいに足を擦り動かすだけで精一杯だった。


「ふぅん、なるほどなるほど。まぁ当たり前やな。それとな、相手の強さが解んのも強さの内や。それが解ってる自分は中々のもんや、悲観する事ないで」


 なんて事を言っている。こう実力の差を見せ付けられていて、悲観する余裕なんて無い。


「ったく、よく言う……」


 チラリと横目で今の立ち位置から窓までの距離を確かめる。二歩……いや、三歩か。

 振り向いて窓に飛び込んで外に逃げるのに約二秒。しかし、現状でヤツから二秒なんて無理な話だ。

 だが、ずっと握り構えているコレを使えばなんとか……。


「ほぅ。抑えとるとはいえ、俺の威圧に耐えながら逃げる算段を考えるんか」

「……っ!」


 く、バレてる。なら尚更逃げるのは難しい……。


「ま、安心せぇ。元々戦る気はあらへん」

「なんだと?」


 テイルは、ほらこの通り。と両手を軽く上げた。

 しかし、そんな事を言われても信じられる訳がない。


「ちょいと白羽の事を聞こ思てな。白羽もえぇ部下を持っとるわ」


 何故かは分からないが、テイルは心底愉しそうにしている。


「そやな、気分もえぇし……それにここでSDCをやってんのを突き止めたんは正直、少し驚かされたしなぁ。ご褒美に少し情報を教えたる」


 と、耳を疑ってしまうような事を言った。


「な、に?」

「せやから、SDCの情報をあげる言っとんのや。そやな……なんでSDCを開催してるか、なんてどうや?」


 SDCの情報をみすみす漏らすってのか? しかも、俺がSDCの事を調べていると知りながら。


「どういうつもりだ。お前がそんな事をしてなんの得があるんだ?」


 口ではこんな事を言っていても、情報をくれる。それを聞いてさっきまで頭の中にあった『逃げる』という選択肢が消えていた。

 その時点で俺は既に、テイルの言葉を鵜呑みにしている。

 先ほど言った『元々戦る気はない』という言葉。少し考えてみたが、恐らくそれは本当だ。

 威圧感こそ発してはいるが、殺意どころか敵意すら出していない。戦るんだったら、こんな悠長に喋ってなんかいないだろう。

 それに、白羽さんが言っていた。コイツは、テイルは『気まぐれ』だと。

 だからコイツが情報をくれるというのも気まぐれで、俺が今、戦闘になることがなく生きているのも……奴の気まぐれだ。


「別にそんなんはあらへんて。言うたやろ、気分がえぇからや。それ以外のなんでもあらへん」


 あぁ、本当にそうなんだろう。


「だったら教えてくれよ。そのSDCが行われている理由を……」


 ならば聞き出せる情報をできるだけ頂くだけだ。


「おぉ、せやった。SDCをやってるんは探しモンしてるんや。んでな、その探しモンっちゅーのがちょいと変わった代物でな。それで――――」

「それで格闘技の経験者を集めているのか?」


 テイルが言うはずだった先の言葉を先に言う。

 するとテイルは一瞬間を空けたあと、ケラケラと笑った。


「そうかそうか。既にそこまで知っとったか。いやいや、白羽も無駄に調べてないっちゅー事か」


 また愉しそうに。

 しかし、なんでだろう。コイツが愉しそうにしてるのを見ると、気分が悪い。


「そうやな……ならもう一つ先の事を教えたるか」


 そして、テイルはまた腕を組んだ。


「格闘技経験者を集めてるんはな、スキルの為や」


 スキル……? ハッと頭の中で一つのモノに引っ掛かった。


「まさか、個技能力か……ッ!?」

「これも知ってたか。そや、その個技能力や」


 個技能力……通称『スキル』と言われている。

 それは文字通り、個人の技の事だ。その技とは武術や剣術等のように学び身に付けるのではなく、一個人が生まれ持った能力。

 目覚めなかったり、気付いていない場合がほとんどだが、誰でも個技能力は持っているとされている。

 主に足を速くする、腕力を上げる、とゆう様な『肉体強化系』と呼ばれるモノが多い。


「しかしな、スキル言うても種類が多くてかなわへん。特に肉体強化系や。一言で肉体強化ゆうても、ぎょーさんあるからな」


 そう。肉体強化と言っても、自身の肉体の全てを強化できる訳ではない。

 強化できるのは身体の一部だけ。いや、『一部』ではなくて『一つ』と言う方が正しい。


 例えば肉体強化で足を速くしたとしよう。しかし、それ以外の強化は得られない。

 強化の効果はあくまで"足を速くする"。その強化をかけてジャンプをしてもジャンプ力が上がる事はない。

 つまり、足を速くしたから足の筋肉……『脚力』そのものが上がった訳じゃない。

 だから、腕力強化をかけても"持ち上げる力の強化"や、"殴る力の強化"と一部の強化にも複数の種類の強化がある。


「そんでな、なんでか知らへんけど……その個技能力が目覚めるのが格闘経験者に多いらしくてな。それでこんなんやってんや」


 テイルは話ながら、組んでる腕の中から右手の人差し指を立てる。


「格闘技経験者だと、個技能力に目覚める奴が多い……?」

「そや。理由はわからんけどな」


 知らなかった……となると、このSDCに参加している人は既に個技能力が目覚めている可能性があるのか……。


「ただ個技能力を集めている、なんて訳ないな。何が目的なんだ?」


 ふぅ、とテイルは一息だけ口から出し、まぁいいやろ。と問いに答えた。


「出血大サービスや。個技能力を集めている理由の一つはな、人体実験や」

「なんだ、と……ッ!」


 自分の眉間に皺が寄っていくのが分かる。


「ちなみに言うと、今日はその実験の為に来たようなもんや。ちょいと先日に良い素材を入れてな、試しに連れてきたんや」


 無言でテイルの話を睨みながら聞く。


「で、今回のその実験内容が『二从人格ニジュウジンカク』言うてな。その素材に人工的に造った人格をブッ込むっちゅうやっちゃねん」


 何が愉しいのか、目の前の男はまた笑う。


「したらな、素材が『良い』ってモンじゃなくて『極上』だったんやろな。この人格移植は今までに無いくらい成功しよってなぁ」


 何故だろうか、この男が笑うのが本当に気に食わない。


「その移植した人格ってのは生粋の戦闘向きで結構気性が荒くてな。なかなか安定してくれんのや」


 くつくつと声をを殺してテイルは笑う。


「そりゃそうやろうなぁ。なんてったって、一つの身体に二つの人格なんて入る訳あらへんもんなぁ?」

「どういう意味だ? 実際、人格を多数持っている人間だっているだろう?」


 二重人格や多重人格のように、不安定ながらも複数の人格を持って生活している人もいる。


「そりゃ自身の中から出来た場合の話やろ? こっち場合は外から相手の事なんて関係なく無理矢理入れられるんや」


 組んでいた腕を解いて人差し指で頭をトントン、と軽く叩く。


「いきなり別の人格を頭ン中にブッ込まれて脳ミソがおかしくならへん訳ない。そんなんなったらまず、脳ミソがおかしくなる前に頭ン中を元に戻そうと2つになった人格を“一つにしよう”とする筈や」

「二つある人格を、一つに……?」

「大変やろなぁ。自分が誰かに飲まれていくっちゅうのは」


 頭の中に突然入れられた別の人格。それを排除しようとする元の人格と自分のモノにしようと侵食してくる別の人格。


 そして人工と言えど人格。つまり、どちらの人格が残るかどうか、それは――――意思の強さだ。

 しかし自分の中に別の人が入り、自分が侵食され自分が自分でなくなっていくのは……耐え難い地獄とも言えるだろう。


「知っとるか? 人間っちゅうのはな、脳ミソの殆どを使ってへんねん。だからな、ついでに頭ン中をイジって使ってへん部分を強制的に起こす。そんで性格も身体も戦闘に突飛したモノにするんや」

「貴様……ッ」


 今すぐアイツをブッ潰したかった。しかし、そんな事は出来ない。奴に襲い掛かったとしても、俺の力じゃ触れる事さえ出来ない。

 下手をすれば奴をその気にさせて戦闘になれば、まず俺は死ぬだろう。

 せっかく聞き出せた情報が無駄になる。ここは耐えるしかない。


「まぁ、今回のは成功して安定しとるが……今までの実験と比べて、の話や。普通に見たら不安定に変わりあらへん。だからまだまだ未完成なわけや」


 テイルは困った顔もせずに『困った』と言いたげに軽く肩をすくめる。


「そんで、さっきも言うたように慣らしも込めて今回のSDCに連れて来てん。今頃は誰かと戯れ合ってるで」


 クイクイ、と親指を立てて自身の斜め後ろを指している。

 本棚? いや、話の流れからしてそれは違う。

 ならその方向か? あっちには確か、体育館近くの水飲み場があるくらい……。


「――なッ!?」


 そして感じた、雰囲気。ドス黒く、粘りつき、胸焼けがする。

 気味が悪いってもんじゃない。こんな雰囲気を放つ人間なんているのか。


「やっと気ぃ付いたか? 今日は結構上機嫌や。こんなに動けてるんは初めてや」


 クソッ、コイツに気がいってて気付かなかった。これだけ嫌な黒い雰囲気を強く放っているのに気付かないなんて……それだけ奴に気圧されてたのか、俺は。


「ところで、アレと戦ってるんは君の友達やないんか?」

「なにっ?」


 言われて黒い雰囲気の近くを読感術で探ってみる。


「――匕っ!?」


 黒い雰囲気の中に微かに感じる雰囲気は、紛れもなく匕だった。


「しっかし、彼も大変や。いきなりあんな雰囲気を撒き散らしとるのがよりにもよって彼やからなぁ」


 テイルは大変だと言いながらも、口は面白そうに笑っている。


「さっきはちょいと意地悪で素材が入れたんは先日言うたけどな、正しくは先週の金曜日や」


 素材を手に“入れた”。それも先週の金曜日。

 その日に行方不明になった人は一人だけ。しかも今、そいつと戦ってるのは匕ときた。

 あぁ、最悪だ。もう確定だ。その素材というのは――。


「――明星洋か」


 ニヤリと、テイルは唇を斜めにする。


「そうや。実は彼は個技能力は目覚めてなくてな、ホンマは別の目的で拉致ったんやが、ちょいとあって二从人格の実験をやったら上手くいっただけなんや」

「別の、目的……?」


 だとするとSDCを行っている理由は二つはある事になる。個技能力を見つける為と、他のもう一つ……。


「そうやな、その明星君が『所持者』だった……て言うたら十分解るんやないか?」


 所持、者……。


「バカなッ! 彼が所持者だって言うのか!」


「バカも何もそう言うたやろ。明星君を拉致した理由は格闘技経験者でも、個技能力の為でもない。『所持者』だったからや」


 そんな、彼が所持者だったとは……それに個技能力だけじゃなく、アレまで目的の一つに入ってるのか……!

 これは想像以上にヤバイかもしれない……。


「ふ、ん。ちょいと喋りすぎたやな。ほんの一つだけ教えたろ思てたのに、余計な事まで言ってもうた」


 テイルは片手を首に当ててコキコキと首を鳴らしている。


「さて、お喋りはこれで終いや。そろそろ友達助けに行かんとヤバイんちゃうか?」

「……見逃すのか?」

「当たり前や。戦る気は無いっちゅうたやろ。なんの為に色々教えてやってん。俺はつまらん事はせぇへんのや」


 テイルはヒラヒラと手を振っている。


「あとな、俺もやる事があるさかい。それにアレは“まだまだ”なんや。早く行ってあげた方がいいで」


 殺気がないのを確かめて振り返る。


「情報を流した事を後で後悔しても、しらないからな……」


 窓の一歩手前でテイルに言葉を投げる。今、自分が言える精一杯の言葉だった。


「する訳あらへん」


 はよ行けと、シッシッと手の平で空気を払っている。


「…………」


 背中を向けても何もしないという事は本当に見逃すんだろう。クソッ、腹が立つ。

 苛立ちを抑えながら窓から外に出る。

 さっきまでずっと握っていたものを腰から取り出し、惨劇と化してる水飲み場へ走った。

 その後ろ姿を確認し、ポツリと金髪の男は呟く。


「その方が俺としては面白いからなぁ」


 さっきまでとは違う、不気味で寒気すら覚えるような笑みを浮かべて。




   ◇   ◇   ◇




 エドの話が終わり、部屋には静寂が刻ざまれていた。

 もしこの部屋に針時計があったりしたら、針の音が大きく聴こえたりしてるんだろう。


「……と、言う訳だ。先輩はまだ完全に別の人格に取り込まれていない。だから、まだ助けられる可能性がある」


 エドは右手の握り拳を隠すように左手を被せる。

 SDCの目的……選抜されたサンプルに人工人格の移植。それによって先輩は別人のように残酷になっていた。

 いや、あれは完全に別人。その別人に乗っ取られてしまえば……先輩は先輩でなくなり、明星洋という人物はいなくなる。

 そして先輩が別の人格に取り込まれるかどうか、その前に助けだす事が出来るかは――――。


「俺達次第でもあり……先輩次第、か」


 エドが話したように取り込まれるかどうかは先輩次第。

 移植された人格よりも意志が強ければ呑まれる事はない。だが、SDCで会った先輩は既に別の人格だった。

 つまり、あの時点でもう先輩の人格よりも別の人格の方が強く、先輩が取り込まれ始めているという事になる。

 いや、むしろほとんど別の人格のモノになってしまっている。


 だがテイルは『まだまだ』と言っていた。恐らく、あの時急に苦しみ出したのは互いの人格に対する拒否反応だ。

 ならそれは本来の先輩の人格が移植された人工人格に対して抵抗しているという事。それらを考慮してみれば先輩は少なからずまだ、完全には取り込まれていない。


 だからまだ先輩を助け出す事が出来る……!

 しかし、今こうしている間にも先輩への侵食続いている。助け出すまで先輩が自分を保っていれるかは、先輩を信じるしかない。


「クソッ、絶対に先輩から追い出してやる……ッ!」


 煮え繰り返る腹の底から出した言葉。

 怒り任せに大声で叫んだ訳でもなく、悔しみで小さく恨み声で呟いた訳でもなかった。

 首に掛けていたタオルが床に落ちる。シャワーを浴びて濡れていた髪は、既に乾いていた。

 開けていた出窓から微弱な風が入ってくる。カーテンがふわりと小さく動いて形を変える程度の風。


「おい、そういえば学校はどうなった? あんな事があったんだ。お前がここに居る事を考えると、休校になったのか?」


 昨日……いや、正しくは今日か。今日の午前零時から行われたSDC。

 今まではあんな事は……なかった。人が殺されて、元々は何人だったのか解らなくなるほどバラバラに体を崩されて……。

 人だったモノから流出した紅い血。はみ出た臓物と散り散りになった四肢。

 それを化粧のように校舎の壁、窓、地面、木。視覚に入るモノの殆どに塗りたくられ、紅一色に染まっていた。


 それだけじゃなく、空気までもが染まっていた。

 目に入る色は紅。鼻に入るのはむせてしまう程、生臭い鉄のような香り。まるで血のプールに入ったような感覚。

 どろりと何かが体に張り付く錯覚、目蓋を開けていれば紅しか入ってこない。

 そして、ぬっとりと湿気の強い臭い。少し吸っただけで鼻が詰まってしまいそうな程の――――。


「……、おい。匕!」


「ッ! あ……あぁ、悪い。なんだ?」


 ヤバイ、鮮明に思い出しすぎた。またあの時のように胃が痛み出してくる。

 あの風景と臭いを思い出したせいで吐き気を催す。そして、何も入って無い胃の中のものを吐き出そうと体は無理にでも胃を絞る。


「くっ……」


 ひどく気分が悪い。右手で顔を抑える。


「大丈夫か?」


 様子がおかしいと思ったのか、エドは気に掛けてきた。


「いや、なんでもない。それで、学校はどうなったんだ?」


 大きく息を吸い、大きく吐く。深呼吸をして気持ちを落ち着かせて、さっき頭に浮かんだ映像を振り払う。

 胃の痛みと気分が悪いのはそれを思い出したからだ。だったら別の事をしてほっといて忘れれば治まる筈だ。


「あぁ、学校なんだけどな……これを見ろ」


 エドはテレビのリモコンを手に取り、スイッチを押して電源を入れる。初めは黒くなっていた画面に段々とテレビ番組が映り始める。

 そして、映ったテレビ番組は昼ドラなどが終わった後にやっている主婦などが見るようなニュース番組だった。


「これがなんだってんだ?」


 エドはリモコンで番組を少しの間隔を置いて変えてゆく。そして、一通り番組が映るチャンネルに変えて、一番最初に映ったチャンネルに戻す。


「おかしいと思わないか?」

「なに?」


 おかしい、って何がだ?

 見た番組は今の時間帯じゃ昼時を過ぎて、主婦なんかが一息つきながら見るニュース番組なんかがほとんど。

 言っちゃえばワイドショーみたいなもんだ。俺は見ている方じゃないけど、別にいつもと変わらない。

 どの番組も最新のニュースを流したり主婦が喜びそうなおいしいお店の紹介をしていたり。


「別に大していつもと変わんない内容なんじゃないか? おかしい所なんてねぇよ」


 見ろと言われたから見たが、そんなおかしい所なんてない。


「そう。おかしい所がないんだ、全く」


 おかしい所がない? どういう事だ?


「は? 何言ってんだ、お前」


 おかしいと思わないか、なんて言った後におかしい所がない、だぁ?


「こういう番組は大抵は主婦が好んで見る。時間帯の関係もあるがな」


 エドは持っていたリモコンを元あったテーブルの上に戻す。


「主婦は主婦同士での話のネタ、または自分が興味を持つ話題を主に欲しがる。そして番組側はその主婦が関心を得る情報を流す」


 テレビに映された番組ではアナウンサーが新聞のトップ記事に関してあれこれと何か言っている。


「あ……れ、……?」


 いつも通り? なにが? ワイドショーが? 違う。どれが? 俺が? それも違う。おかしい、いつも通りじゃない。じゃあ何がおかしい? おかしい所なんて無いいつも通りだ。ならいいじゃないか、でも本当にそうか? ならこの疑問はなんだ? 何が引っ掛かる何が納得出来ない何がおかしい――ッ!?


 頭の中でグルグルと思考が渦巻く。そして、頭の中で何かが当て嵌まった。同時に、俺はテレビに目を移す。

 ――――そうか。理解った。何が“おかしい”のか。

 おかしい所なんてないんだ。エドが言った通り。

 そう――――“いつも通りなのががおかしい”んだ。


「『有名進学高校で死体複数のバラバラ殺人事件』。ワイドショーのネタには十分だな」


 フン、と皮肉を言いながらエドは鼻で笑う。

 エドの言う通りだ。そんな事件が起きたなら、ニュースで騒がれない筈がない。ワイドショーでも大きく取り上げられるだろう。

 なのに……なのに今映っている番組も、さっき変えていった他のチャンネルの番組も全て……俺の学校、零名学園の名前すら出てきていない……!

 あんな事があったというのに、何一つ報道されいない!


「なん、で……?」


 あれ程の惨事があったんだ。報道で騒がれないのはおかしい。いや、SDCの存在を知られない為にはこれでいいのかもしれない。

 だが、ここまで何もない事になっていると不気味ささえ感じる。


「午前中に一度学校に行って来た。いつも通り、普通だったよ。何も変わらない、いつもの学校だった」

「いつも、通り……」

「授業も普通にあったし、どこかが変だなんて所もなかった。強いて言えば、水飲み場が壊れていた、ってだけだ」

「水飲み場……」


 それは先輩と戦り合った時に壊されたやつだ。紅く染まった空間での殺し合い――――。


「くっ……」


 忘れ始めていたのを思い出し、また少し気分が悪くなり軽く眩暈が起きる。それを頭を振って振り払う。


「水飲み場が壊れていただけ……? 他は!? そこにはそれだけじゃ済まないモノがあった、起こったんだぞ!」


 軽く混乱しながら聞く俺に対して、エドは答える。


「それは分かる。だが、現に何にもなっていなかったんだ。水飲み場が壊れていた以外は! 水飲み場の周りは綺麗に元に戻っていた! 飛び散った血も、落ちていた肉片も、無くなっていたんだ……」


 手を頭にやり、クシャリと髪の毛を握る。


「無くなって、いた」


 そんなバカな。SDCが終了してから学校に生徒が登校する時間までは三、四時間程しかない。その短時間で全てを消したっていうのか……?


「一体どうやったのかは解らない。だけど現にこうして、全てがなかった事にされている」


 無かった事に……アレがなかった事に?

 人が死んだってのに、殺されたってのに、それがなかった事に?


「人……そうだ、人。人が殺されたんだ……殺された人はどうなる?」


 あそこにあった人だったモノ。それが消えて、そこにあったモノ、起きた事、それがなかった事にされた。

 なら、そこに居て殺されてしまった人は無かった事、つまり――――。

 “いなかった事”になるのか――――?


「どうなんだッ……?」


 少し震えた声でエドに問う。


「……今日、学校に行って軽く調べてみた。そしたら無断で欠席してる生徒が五人いた」


 エドは顔を上げて質問に答える。


「もし、その生徒が先輩に殺された人達だったとしたなら……今話題の連続行方不明事件の新しい被害者に追加されるだろうな」


 やっぱり、そうなるのか。連続行方不明事件はS.D.C.で見つけた人材の拉致を世間から隠すためのカモフラージュ。

 そして別の使い道として、もう一つあるというのが……今回のSDCで、いや、今解った。


 SDCで手に入れた人材での人体実験。それの成果を試す為に、実験体をSDCに参加させて他の参加者と戦わせる。

 そして、実験体によって他の参加者が殺された場合……殺された人を隠す、または以前あった『戸ヶ沢事件』のように“処理”して見つからなくすれば、殺された人が“死んだ”と決定される死体という証拠が無いため、殺された人は行方不明とされてしまう。

 そうすればこれも連続行方不明事件として扱われ、SDCとしては後片付けが楽なんだろうよ。


「……そうか」


 だが正直に言えば、俺には他の参加者の事はどうでもいい。確かに人が殺されている、というのにはショックを受けた。

 だけどそれは、自分の目の前で殺されたからだ。

 こんな事を口にすれば、聞いた奴等はきっと俺を軽蔑するだろう。だが、実際俺は周りと変わらないし、他の人だって俺と大体同じだと思う。


 全国ニュースなんかで殺人事件が報道されていたとしても、自分にまったく関係ない人、場所だったらそのニュースを見ても『ヒドイなぁ』なんて一言で終わってしまう。

 しかし、自分の知り合いなんか殺されたりしたのならば、ヒドイなぁ、なんて一言で済んだりはしない。

 つまり、殺された人をどう思うかは主観による。

 だから、俺は殺された人にそれほど関心はない。可哀相だ、ぐらいは思った。それだけだった。


 そう、だから主観なんだ。

 俺は殺された人をどう思うかよりも――――その殺された人達を殺した人が、“どうなってしまう”の方が大事だから。

 俺からすれば殺された人よりも殺した人の方が大事だったからだ。

 だから今、殺された人がどうなるのかをエドに聞いたのは……先輩がどうなるのかを知りたかったからだ。


 今はまだ実験体として生きてはいる。だが、何かを拍子に死ぬ事だってある。ましてや人体実験ならさらにだ。

 もしそうなったとしたら、先輩も同じ方法で処理されるんだろう。それを知って尚更、先輩を助けなければ。


「俺は出来る限り情報を集める。お前は次のSDCに備えて休んでおけ。精神的に結構きているだろ」


 確かに、先輩が別の人格だとしても……あんなになってしまったってのはかなりキツイ。


「あぁ、わかったよ」


 ここは大人しくエドの言う通りにしよう。先輩を助け出せる、出せないにしろ、あの別人格の先輩と戦り合うのは避けられない。

 ならばコンディションは調えておかなくては。


「あ……そういや、今何時だ?」


 気付けば、テレビでやっていたワイドショーは終わっていた。


「ん? あー、四時二十分ちょい過ぎあたりだ」


 袖を少し捲って腕時計を見てエドが答える。


「にじゅ……ヤッベェ!」


 急いで座っていたベットから立ち上がり、タンスから服を出して着替える。


「エド、ワリィけど話は終わりだ。外に出てくれ」


 Tシャツを着ながらリモコンでテレビを消す。


「なんだよ急に」


 エドを押して半強制的に外に出す。


「今日バイトなんだよ、五時から」


 玄関に鍵を掛けながら理由を話す。

 ケータイ、ある。財布、ある。鍵も閉めたし水晶もつけた。忘れモンはなし。


「よし、じゃあ俺は行くから。明日学校でな」


 じゃっ、と手を少し振って軽く走る。時間がちょいと厳しいので。


「ったく、まだ話は全部終わってないってのに……」


 腰に手を当てて小さい溜め息を吐く。


「しかし、時間が出来ちまったな。さて、どうするか」


 目線を斜め上にやり、少し考える。


「報告書は出しておいたけど、少し気になる事があるしな。よし、白羽さんに話を聞きに行ってみるか」


 走って行った匕とは違い、ゆったりと歩いてエドはマンションから出ていった。



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