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No Title  作者: ころく
55/85

No.53 差

8/24



 青が七分、白が三分。良い感じの青空と流れる雲。

 夏らしい空を覗き見れる位に生え並ぶ、無数の大きな木々。

 場所は事務所の裏山。山と言える程大層なものでは無いが、大まかに分類するなら山だろう。

 その裏山の空き地程度に少し拓けた所に、俺と白羽さんは居た。


「ここでいいだろう」


 木々に囲まれた平地の真ん中に立ち、白羽さんは腕を組む。

 事務所から歩いて五分足らず。裏山に来たのは初めてだが、こんな場所があるとは。

 昨日の話通り、白羽さんと組手をする為にここに来た。


「準備はいいかい、咲月君?」

「柔軟も済ませたし、身体も温まってる。俺はいつでもいいぜ」


 白羽さんが時間が空く三十分前に連絡をくれたお陰で、その間にウォーミングアップは済ませた。


「そうか、では始めようか」

「白羽さんはいいのか? ストレッチとかしなくて」

「いや、私は大丈夫だ」

「本当か? 怪我したら大変だし面倒だぞ?」

「気に障る言い方になるが、君との組手程度では必要無い。むしろ、咲月君が怪我に注意して欲しい」

「なっ……!」

「私も出来る限りの加減はするが、万が一の場合があるからね」


 白羽さんは笑う。いつものように微かに唇の端を上げ、微笑む。

 決して俺を見下すでもなく、正直な意見と見解を話し、間違っていない現実を言っただけ。


「私はテイルと同等の強さを持っている。奴と戦った事がある君には、その差は身をもって知っているだろう?」

「……あぁ」


 握り締める拳、軋む奥歯。忌々しい奴の顔を思い出し、激しい怒りが腹の底から沸き出る。

 あの人を馬鹿にした態度が、笑いが。今でも容易に思い出せる。そして、目を瞑りたくなる程の実力差を。

 いくら殴り掛かっても、いくら仇を討とうと襲い掛かっても。

 当たりも喰らいもしない。奴は笑いながら軽くいなし、カウンターを合わせて来た。

 俺が本気を出しても、テイルに対して何も出来なかった。ただ遊ばれただけ。


「だが、咲月君。君はその差を埋める為に、私と組手をするのだろう?」

「あぁ。俺は少しでも強くならなきゃいけない」

「君がモユ君の仇を討つ為に、か」

「違ぇよ、白羽さん。俺は仇を討ちたいから強くなろうとしてるんじゃない……いや、確かに仇を討ちたいって気持ちはある」

「うん」

「けど、そうじゃない。俺は約束を守る為に強くなるんだ。約束を、叶える為に」

「そう、だったね。いや、すまなかった。君の想いが強ければ強い程、君も強くなるだろう」

「気持ちがどうこうで埋まる程度の差じゃないけどな……それでも、自分に出来得る限りの事はする。後悔は……もう、したくない」

「ふっ……」


 白羽さんはハットを手で押さえ、目元を隠すように深く被る。


「何か面白い事言ったか、俺」

「いや何、気にしないでくれ。後悔はしたくない……その気持ちは、私も理解している」

「……?」


 真面目な話の途中で笑ってしまったのを隠す為にハットを深く被ったのかと思ったが、何か違った。

 白羽さんの顔からは笑みは消え。隠す前に一瞬、凄く冷たい目をしていたような……。

 まるで親の仇を、喜ぶでも怒るでもない。感情という感情は無く、ただ純粋な殺意だけが込められた目。


「話すのはこれ位にしようか。雑談をする為にここへ来た訳ではないからね」


 ハットの鍔を上げて再び見せた白羽さんの顔は、何事も無かったかのようにいつもと変わらない様子だった。

 さっきのが見間違いだったとは思えない。気になる気持ちもあるが、かと言って言及する必要も無いだろう。


「君の組手に付き合える時間も限られているからね」

「あぁ。一日一時間だけだからな、始めるか」


 身体を半身、腰は落とす。白羽さんへ向け気合いを放ち、戦闘体制に入る。

 人差し指から小指へとゆっくりと曲げて、握り拳を作る。


「うん、良い構えだ。気合いも十分。体調にも問題無いようだ」


 俺を見て、白羽さんは満足そうに。そして、嬉しく楽しそうに、微笑を浮かべた。


「私も準備出来ている。いつでも来るといい」


 そう言う白羽さんは構える事も、何かしらの武器を持つでもない。話をしていたのと変わらず、構えず。腕を組んで立っている。

 それだけ俺と白羽さんには力の差があるって事か。

 ぎちりと強く握る拳。実力差に嘆く暇も悲観する暇も惜しい。

 俺は出来る限り可能な限り。この差を少しでも僅かでも縮めないといけない。

 息を大きく吸って、ゆっくり吐く。心は落ち着かせて静かに。気合いは緩めず相手を捉えて。


「行くぞ、白羽さん。本気で頼む」

「うん、君も本気でね」


 微笑む白羽さんに、俺も微笑で返す。

 風が吹き、辺りの木々が揺れて葉がざわめく。

 白羽さんはハットが飛ばされないよう手で押さえ、次第に風は弱くなっていき――――。


「はっ!」


 完全に風が止んだのを合図にするように、俺は走り出した。

 手加減も、遠慮もしない。する必要もない。出来得る限り力を込め、体力のペース配分なども考えず。

 走力を加えた一撃。相手の胸元を狙った、掌底。

 この攻撃を皮切りに、白羽さんとの組手が開始された。



   


   *   *   *





 真っ黒い視界。何も無く、何も見えない。視覚が働いていないのか、何も映し出してくれない。

 聴覚は機能している。遠くから小さな音が聞こえてくる。ざわざわと、ざらざらと。そんな音。

 音は段々と近づいてきて、次第に何の音なのかがはっきりしていく。

 音の正体が何なのか分かった……いや、思い出したところで、意識が覚醒した。


「――――ッ」


 開く瞼。

 閉ざされていた視界が解放され入り込んできた景色は、所々に草花が茂り、茶色い土がよく目立つ。

 先ほど聞こえていた音の正体は木々の枝葉が擦れ合う音。風が吹いて、俺の髪の毛を揺らしていた。

 俺は地面に座り込み、木に寄り掛かる形で項垂れていた。手足や服は土で汚れ、それをあまり働かない思考でぼうっと見つめる。

 項垂れていた頭を上げると、ずきりと体の至る所に痛みが走った。


「ぐっ……!」


 その痛み顔を歪め、目を細める。

 そこで思い出した。どうして自分がこんな状態なのかを、何をしていたのかを。今まで気絶していた事を。

 鮮明に蘇る。体の痛みの理由、気絶していた訳。


「気が付いたかい、咲月君」


 そしてそれに至った原因の人物の声が、耳に入った。

 痛みを我慢しながら体を起こし、声のした方を見る。


「……どれだけ寝てた?」

「二十分程だね」


 涼しげな表情で、白羽さんは答えた。

 はぁ、と溜め息。痛みだけでなく、疲労もあって上手く体を動かせない事に気付く。


「参ったな、こりゃ。もうちょいマシな組手になると思ってたんだけどな……」


 自嘲気味に乾いた笑いを浮かべ、力弱く拳を握る。


「悲観する事はない。君は筋が良い、諦めずに腕を磨けば必ず力は付くさ」

「って言われてもな……一撃を当てるどころか掠りもしないとはね」


 白羽さんはテイルと同等の強さだと言っていた。それを考えれば掠りもしないのは納得出来るといえば出来る。

 ただ、前に俺がテイルを戦った時は血が頭に上って冷静とは言えなかった。冷静さを欠いては行動が力任せになったり単調になったりする。

 それもあってテイルに攻撃を与えられなかったと、そう思っていた。少なくとも冷静だったなら一撃は与えられると、思っていた。

 しかし、そう甘いものじゃなかった。今回の白羽さんとの組手は冷静だった。なのに、当たりも掠りもしない。

 解っていたつもりだったが、やはり少なからずショックはある。


「まだ少し時間はあるが、今日はここまでにしようか。少しずつ慣れて力を付けていけばいい」

「いや、まだ俺は……!」

「無理はしない方がいい。体を酷使し過ぎると明日の組手が出来なくなるからね。今日行った組手の内容を思い返し、反省し、次に活かす。それも強くなるには必要な事だ」

「くっ……わかったよ」


 まだ時間があるなら少しでも組手をしたいというのが本音ではある。だが、起き上がるのにも一苦労というのが今の状態。

 こんなんじゃ組手をしても意味は無いだろう。白羽さんのサンドバックになってお終いだ。

 まぁ、気を失うまでの組手もサンドバックと大差無い内容だったが。


「まだ身体が痛むだろうが加減はしておいた。そのうちに引くだろう。あとで深雪君に診てもらうといい」

「ッ、加減だと……?」

「うん?」

「俺は本気で頼むって言った筈だぞ……!?」

「言ったね。だから“本気で手加減”したさ」

「んなっ――――ッ!」


 風に飛ばされぬよう、被っているハットを片手で押さえながら。白羽さんはこちらへと近づいてくる。

 一瞬、まるで馬鹿にされたのかと怒りが込み上がりそうになる。だが、それは一秒も経たずに収まった。

 白羽さんが俺を馬鹿にしている訳でも、見下している訳でもないのは解ったから。


「言ったろう、私はテイルと同等に近い強さだと。私が本気を出せば君の傷はこんなものでは済まない。むしろ私が本気の手加減をしてなお、君はそれほどの痛手を負ってしまっている。それで私が本気で君と戦える訳がないだろう?」

「くっ……」


 何も、言い返せない。

 言われた事全てが事実だから。傷付き気を失っていたのが、現実だから。

 冷静に対処して落ち着いた心で臨めば、テイルと戦った時より幾らかマシに闘えると思っていた。相手の本気位は出させられると、勘違いしていた。

 底の見えない強さに、差が埋まるとは思えない実力差に。只々、愕然とし、驚愕するしかなかった。

 例えるなら、東京タワーを目の前にして仰ぎ見るような感覚だ。張り合うとか競い合うとかじゃなく、ただ『マジか』と正直な感想しか出てこない。

 そして、白羽さんは。俺の目の前で止まり、屈んで互いの目線の高さを合わせる。


「強くなる事だ」

「――ッ!」


 一言。

 静かで、落ち着き、抑揚は無く。だが力強く。

 真っ直ぐ俺の目を見つめて、白羽さんはそう言った。


「そのためにこの組手を始めたのだろう? だったら、私が本気を出す位に強くなればいいだけの話さ」

「……簡単に言ってくれる」

「そうだね。咲月君なら簡単にやってくれると思い、簡単に言ったんだがね」


 白羽さんは含み笑いを浮かべ、冗談のように言って……俺の反応を、返事を待っていた。

 本気なのか、冗談なのか。どちらなのかは解らない。

 だが、俺を見る白羽さんの目は。逸らす事無く、そしてどこか期待が籠っているように見えて。


「はっ、上等だ。強くなるからには白羽さんから一本は取りたいしな……!」


 手加減をされても手も足も出なかった白羽さんを相手に、本気を出させるなんて宝くじで大金を当てるよりも難しい。

 さらに言えば、宝くじと違って運が良ければいいってもんじゃない。まさに言うは易しというところだ。

 それを実現させるにはどれだけ苦労して努力しなければならないのか。生半可なものじゃまず無理だろう。

 無理難題を言われて頭痛に頭を抱えそうになる。組手で体中が痛むのに、さらに頭まで痛ませるか。

 でも、期待されるのは悪い気分ではない。ましてやそれが格段の強さを持つ白羽さんからなら、尚の事。

 だから、俺は。


「――まずはそのハットを頭から外してやるよ」


 強気に笑って見せて、そう言ってやった。 



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