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No Title  作者: ころく
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No.43 欠けた月 壱

 廊下。薄暗く、いつもとは違う雰囲気が漂う。いや、いつもと変わらない。この廊下は。

 違うのは俺だ。俺の気持ち、感情、状況。これらがいつもと変わらない廊下を、いつもと違く感じさせる。

 重く、哀しく、冷たい感情(こころ)。深く抉れ、大きな穴が空いたココロ。ひたり、ひたりと。裸足で歩く廊下の床が冷たい。やりきれず、やるせなく、足取りが重い。

 歩くのを止めると、左側に窓が。ざぁざぁ、ざわざわ、ざらざら。窓の外から水滴が打ち付けられてる。窓に薄ら映る俺を馬鹿にして笑うように。

 目障りだ。この五月蝿く降る水も、窓に打ち付けてくる水滴も。耳障りだ。この廊下に響く音も、窓にぶつかる音も。

 全てが嫌い。見たくも聞きたくもない。嫌な事ばかり思い出して、嫌な事ばかり起こる。

 気分が悪く、気持ち悪く。悔しさと憎しみが身体の奥から沸き上がる。

 本当に、心の底から俺は、雨が――――。


「咲月君」


 声。落ち着きのある男性の、声。正面を向くと、そこには黒いスーツに黒ネクタイ、長い黒髪。

 黒にまみれた男性――――白羽さんが居た。


「時間が掛かっているようだったからね。少し心配で様子を見に行こうと思ったところだ」


 小さく微笑う白羽さんは、いつもの仕草なのにどこかぎこちない。


「身体は温まったかい?」

「あぁ」

「広間で、皆が待っている」

「あぁ」


 感情も無く、ただ作業のような相槌で返し、歩みを止めていた足を動かす。


「……大丈夫かい?」


 白羽さんの横を通り過ぎた時、そう言葉を掛けられた。

 その言葉の意味。考えるまでもなかった。


「……あぁ」


 それに対し、力弱く、無気力で。下唇を噛み締め、俺は一言だけで返した。


「すぐそこまで来ていたよ」


 先に広間へ白羽さんが入り、中に居た皆に話す。


「咲月君も中へ」


 白羽さんに促され、俺も広間に入る。外が曇り雨が降っていて暗いからか、部屋には明かりが点けられていた。

 廊下が薄暗かったのもあり、妙に明るく感じる。


「咲月先輩!」

「咲月君……」


 広間の一番奥の横長のソファ。そこに座っていた沙姫と沙夜先輩がその場に立ち、心配そうにこちらを見てくる。

 沙姫の目は真っ赤で、擦ったのか目だけではなく、目の下まで赤い。沙姫程では無いが、沙夜先輩の目も少し赤く、腫れぼったかった。


「……あぁ」


 そんな二人にも、俺は白羽さん同様、相槌のような返事だけをする。


「……咲月君はそこに腰掛けてくれ。二人も、まずは座って欲しい」


 言われて沙姫と沙夜先輩はソファに座り、俺も入口から一番近いもう一つの横長のソファ。

 そこの“いつもの位置”に座る。いつも“居た”右側が空いている事に、ずくん、と胸が痛んだ。思わず、空いた右隣にから目を逸らす。

 そこで初めて、エドが視界に入った。

 テーブルを挟んで正面。テレビの横に立っていた。ただ少し、エドの目が気になった。顔は無表情なのに、睨むような、怒るような。そんな目付き。


「咲月君、何か飲む?」

「いや、いい」


 深雪さんに聞かれたが、目も合わせずに返す。

 今は何も食べたくも飲みたくもない。何も、いらない。


「聞かなければならない事、話さなければならない事が沢山ある」


 俺の左斜め隣。白羽さんは一人用のソファに腰掛け、膝の上に肘を付き、両手の指を組ませる。


「話を、しようか」


 そう、静かに言った。

 広間にも雨の音が聞こえてくる。それが気に障り、気に喰わず、気に入らず。

 腹立たしさを抑えながら。


「……あぁ」


 俺は白羽さんに視線をやって答える。

 白羽さんが言った通り、聞きたい事も話す事もありすぎる。何から話し、何から聞こうか。

 上手く働かない思考回路(あたま)で無理矢理考え、整理しようとする。するが、まとまらない。考えられない。考えようとすると、頭がそれを拒否するように。

 考えたくないと、思い出したくないと、認めたくないと。思考回路が思考する事を一切しない、行わない。


「咲月先輩!」


 一向に始まらない思考を遮る声が耳に入ってきた。ゆっくりと、その声の主。沙姫へと視線を向ける。

 ソファから立ち上がり、じっと俺を見て。


「本当に、モユちゃんは死んだんですか……?」


 小さく肩を震わせ、沙姫は耐えるように、下唇を噛む。

 目も既に涙が浮かび、潤んでいる。


「咲月君」


 次いで、白羽さんに呼ばれた。


「二人には全部話した。モユ君がここに来た経緯も、S.D.C.の事も全て。もう誤魔化す必要も隠す必要も無い。モユ君と仲良くしてくれた二人だ。話してあげてほしい」


 そう言って、白羽さんは感情を押し殺すように、静かに目を閉じる。


「……わかった」


 奥歯を強く噛み締め、間を開けて出た俺の声は震えていた。


「沙姫。モユは……死んだよ」

「嘘です、よね……?」

「違う」

「嘘って言って下さい」

「嘘じゃない」

「嘘ですよ、そんな事!」

「本当の事だ」

「嘘なんだって、いつもみたく私をいじって下さいよ!」

「現実なんだよ!」


 大きく叫ぶ。沙姫よりも大きな声で、叫ぶ。


「現実、だったんだ……抱き上げたモユは傷だらけで、泥だらけで……腕の中で冷たくなっていって……」


 その時の感触が、残っている。


「最後に言ったんだ、ばいばい、って」


 この腕に、この手に。今でも残っている。小さくて、軽くて、いつもと変わらない表情で。


「そう言って、死んだんだ。モユは……っ!」


 自分の両手を見つめ、握り締める。強く、強く。

 もう触れる事の出来ない感触を、思い返して。


「……」


 声も出さず。いや、出せず。沙姫は無表情で力が抜けるようにすとん、と。無言でソファに座り込む。

 そして、潤んでいた瞳からはポロポロと。感情よりも先に涙を零し。


「ひ、っい…………ひぃぃん」


 声を出して、泣いた。俯き、顔を手で隠して、周りの目も気にせず。沙姫は号泣する。


「モユ、ちゃん……」


 沙姫の肩を抱いて、沙夜先輩も声を抑えて泣き出した。沙姫の泣き声と沙夜先輩の啜り泣く声が、雨の音に混ざる。

 思い出し、思い返し。自分も泣きそうになるのを、奥歯を強く噛み締めて堪える。


「俺がもっと早く気付いて、もっと早く神社に着いてれば……!」


 モユは助かったと、助けれたんだと悔やむ。

 悔やみ切れる事なんて無いのに、悔やむ。悔やまずにはいられない。


「無理だとは思うが、咲月君。あまり自分を責めない方がいい。責任なら、禁器を管理しきれていなかった私の方にある」


 白羽さんは僅かに眉を寄せ、目を細めながら。


「それに、もし咲月君が間に合い、モユ君を助け出せていたとしても……」


 続けて。


「モユ君の命はもう、長くなかった」


 そう、言った。


「どういう、事だよ……?」

「言った通りの事だ。彼女の身体は既に、ボロボロだった」

「ふざけんなっ! そんな話、俺は聞いてねぇ!」


 声を荒げ、ソファから思わず立ち上がる。


「隠していたからね。私達が」

「私達……?」

「私と、深雪君と、エドだ。咲月君と沙夜君、沙姫君には黙っていた」

「な、んで……どうしてだよ!?」


 今にも掴み掛かりそうな勢いで、白羽さんに問い詰める。


「そう頼まれていたからね、モユ君に」

「モユ、に……?」


 そんな大事な事を黙っていた事。そして、どちらにしろ助からないという、その余りに理不尽な事に怒りが沸き上がる。


「なんで、そんな事……」

「君に、君達に……心配させたくないと言っていたよ」


 白羽さんは、口元にやっていた両手を絡ませていたまま下ろす。


「そして、出来る限り一緒に居たいと」


 ゆっくりと、白羽さんは目を瞑る。


「匕君、私達が黙っていた事は謝るわ。恨むのなら恨んでも構わない。でも、私達はモユちゃんの事を考え、思ってした事なの」


 深雪さんは俺の肩に手を置いて、促されるままソファに座る。

 さっきの沙姫みたく、力が抜けて身を任せるように。


「咲月君……沙夜君と沙姫君も聞いてほしい」


 閉じていた瞼を開き、三人に目を配る。


「沙姫君と沙夜君には、モユ君がここに来た経緯、生まれたのではなく造り出された事は昨日話したね」

「はい……」


 沙夜先輩は返事し、沙姫は声が小さくなったが今も泣いている。


「モユ君はスキルと禁器の実験体として造られ、そう生かされた。スキルは基本、十五から二十歳の間が目覚めやすい時期だと言われている。これは覚えているかい、咲月君?」

「……あぁ」


 僅かに頷く。


「SDCはスキルを集める事を目的にヒトを造り出している。その効率を上げる為に、造り出されたヒトは何らかの方法により、スキルが目覚めやすい年齢まで短期間で急激に成長させられる」

「なんだよ、それ……! でも、モユはどう見たって十五や二十歳には見えない!」

「モユ君も他と同じ設定で造り出されたが、何故かあのような幼い容姿で生まれたと言っていた。造り出されたヒトの中で、彼女は例外中の例外だったらしい」


 淡々と、白羽さんはいつもの冷静な口調で話を進める。


「そして、今言った短期間での成長促進。それは造り出したヒトを、約一年で設定された年齢まで成長させるものだと言っていた」

「たった一年で成人近くまで……?」

「そうだ。しかし、やはりと言うべきかな。その成長促進にはそれ相応のリスクを伴う」


 絡ませていた両の手を、白羽さんは強く握った。

 ぎち、と。強く、強く。


「成長促進を受けたヒトは短命という、大き過ぎるリスクをね」

「短、命……」

「基本的には、寿命は約半年」


 知らなかった事実を頭に入れ込んで整理するのに一杯で。

 ただ一言。言われた言葉をそのまま返すしか出来なかった。


「半年……たったそれだけなんですか……?」


 また泣き出しそうなのを堪え、沙夜先輩は目を赤くして話す。


「特定の薬を服用すれば半年よりも伸ばす事は可能ではある。だが、それでも半年を一年に延ばす程度の気休めに近いものだ」

「そんな……」

「薬も服用時間に必要な分だけ渡されていたらしく、この事務所に来た時、モユ君は薬を持っていなかった」


 話し、白羽さんは自分か握る手へと視線を落とす。


「モユちゃんから話を聞いて、私も知り合いの医師に聞き回ったけど……僅かな情報だけでは薬を特定出来なかったわ」


 白羽さんの隣に立つ深雪さんが、申し訳無さそうに顔に影を作る。


「何か他の薬で代用出来ないかと思ったんだけど……本来服用していた薬の成分や副作用の有無などが解っていないとなると、薬を使用するのは逆に危険が大きい為に出来なかったの」

「でも、前にモユは睡眠薬を飲んで……」

「あれはバレリアンという物で、一応日本だと薬ではなく医療用ハーブとして扱われているわ。国によっては医薬品扱いの所もあるから、屁理屈にしか聞こえないけれど……苦しむモユちゃんを見ていたら、苦肉の策として使うしかなかった」


 モユが夜、一人で眠れないのは知ってる。暗闇く静寂かな所が嫌いな事も、どれだけ怖がっているかも。

 全部知っている。知っているから、深雪さんを責める事は出来ない。


「モユ君の身体の事を知ったのは八月六日の夜だ。彼女本人から話があると言われてね。初め聞いた時、私達も耳を疑ったよ」


 白羽さんは小さく息を吸い、吐く。


「身体の異変に気付いたのは、八月六日の前日。五日の夕方だったそうだ。身体が一瞬動かなくなり、転んでしまったのが切っ掛けだったと言っていた。その時はすぐに動けたらしいがね」

「八月五日……そんな前から……」

「だが、徐々に身体の異変は大きくなり、症状が起こる間隔も短くなっていった。症状は主に身体の麻痺、頭痛、めまい、不眠、視力の低下などだ」

「そんなに……」


 薬を飲まない事で起きる症状の多さに沙夜先輩は口を手で押さえ、愕然とする。


「君達が遊園地に行った頃には、モユ君の目は数メートル先も見えない位に悪化していた」

「なっ……!」


 数メートルって……もう殆んど見えていないようなもんじゃないか。


「そんなに酷い状態なら、俺が気付かない訳がないだろ!」

「気付かれないようにする為に、私達が居た」

「――――ッ!」


 いつも静かで、落ち着いた白羽さんの口調が。まるで用意されていたマニュアルの通り返しているようで。

 酷く腹が立ち、苛立ち、頭に来た。


「ここ一週間は特に、彼女の状態は酷かった」

「それを知ってて、モユを外に出掛ける事を許したのか!? そんな危ない状態だったのに止めなかったのか、あんたは!?」


 頭に来て、血が昇り、ぶち切れる。溜まった怒りが一気な放たれ、白羽さんの胸ぐらを掴み、無理矢理立ち上がらせる。


「白羽さん、あんた言ったよな! モユを守るって、それが自分の仕事だって! 言ったよな!」

「……言ったね」

「だったら! だったらなんでモユを外に出した!? なんで安静にさせておかなかった!?」


 叫ぶ。感情のままに。激昂するままに。


「モユ君に、言われたからだ」

「何……?」

「モユ君がそう望んだんだ。残り僅かな命を、残り少ない時間を――――君達と過ごしたい、と」

「――――ッ!」


 白羽さんは服を掴んでいる俺の手に、自分の手を被せてゆっくりと服から離させた。


「モユ君はずっと悩んでいたよ。自分が人だったら、こんな思いはしないで済んだのかと。もっと皆と一緒に居れたのかと」


 白羽さんはスーツの襟を正しながら続ける。


「自分がヒトだから、人と生きていけないんだと」

「ッ、違う! モユは人だ、ヒトなんかじゃない! ただ一人の、だだ普通の、ただの人間だった!」


 暗闇い所が怖くて、静寂な所が嫌いで、アイスが大好きな。

 誰とも変わらない、誰とも代えれない。たった一人の人だった。


「君だけじゃない。私も……いや、ここにいる全員がそう思っていたさ」


 服の乱れを整え、白羽さんは再びソファに座る。


「けど、彼女も君と同じだったのさ。周りがいくら認めても、君は自分自身を認めないように、モユ君も自分自身を認められなかったんだ。周りがいくら人間として接しても、自分は人間ではなくヒトだと、人間にはなれないと……人間として生きる事を、認められなかった」


「なん、で……!」

「君なら、解るだろう? いや、君だから解るんだ」


 小さな深呼吸をし、白羽さんは数秒の間を空けてから口を開く。


「醜いアヒルの子の話をしたのを……覚えているかい?」

「それが今、何の関係があるんだよ」

「咲月君。君は自分を認めず、周りの評価を受け入れられず、否定していたね」


 白羽さんは、両肘を膝に置き、前屈みに座る。


「周りとは違う自分。姿形は同じなのに、色が違う。別の何かが、違う。自身の罪を咎め、戒めている君は……周りの人と同じ価値など無いと自らを否定している。周りと違うと、自分は皆とは違うんだと」


 前髪の隙間から覗く白羽さんの眼が、微かに細まる。


「そしてそれを、私は醜いアヒルの子に例えた。人でありながら周りと違う人だと否定し、その周りからの自分に対する価値も認めず受け入れない。そんな君とモユ君は正反対で、そして、とても似ていた」

「正反対で、似ていた……?」

「そう。咲月君は人でありながら、周りと違うと言い、モユ君は人でない自分は人になりたがった。正反対の事を考え、自分の価値、周りからの価値をを受け入れず。同じであると言われても、違うと言う自分の考え、価値は変わらない。変えれなかった」


 右手を握り、白羽さんはさらに右手の上に手を被せる。


「そして、モユ君は答えを出した。自分は人ではなく、ヒトだと」

「違うっ! モユは……!」

「言ったろう、君と同じだと。周りがいくら言おうと、皆がそうだと教えても。彼女も周りからの価値を認められなかった」

「――――ッ!」

「自分はヒトだと自身の価値を決め、ヒトとして生きる道を受け入れ、それでも咲月君達と居たいと自分のの意志を見付けた。そしてその答えが、咲月君。君達に身体の事を隠し、少しでも長い時間を一緒に過ごす事だったんだ」

「けど、だからって……! もっと他に何か方法があった筈だろ! なんでそんな事を……!」

「どうしてモユ君が預けた禁器を持ち出し、テイル達と戦ったのかは解らない。けれどね、咲月君。それを間違いだったと言ってはいけない。モユ君が初めて考え、自分で決めた、自分の生き方だった。ヒトとして造り出され、モノとして扱われ、人である事を否定された“否人ヒト”と生かされてきた、人としての生き方を知らなかったモユがだ」

「くっ……」


 視線を落として両手を強く握り、歯を軋む程噛み締める。


「それを否定してしまったら、彼女の生き方を……モユ君の存在そのものを否定する事になってしまう」


 白羽さんは肘を上げ、握る両手を口元にやる。


「正しい行動だったとは言い切れない。しかし、間違っていたとも思えない。正否を決めれるのはモユ君本人だけだ。そして、そのモユ君はきっと、正しい事だと信じての行動だったと思っていただろう」

「正しいとか、間違いだとか。そんなのはどうだっていいんだ。俺は、俺はただ……モユに生きてて欲しかった。もう長くなかったとしても、生きてて」


 自分の足元が、視界が、ぼやける。


「ずっと一緒に居ると思っていた。もっと、色んな物を見せてあげるって。色んな事を教えてやれるんだって……!」


 いつも無表情で、いつも静かで、いつも文句も言わず野菜炒めを食べて、いつもアイスをねだってきて、いつも一緒だった。


「なのに、知らなかった。気付けなかった。モユが苦しんでいたのを、悩んでいたのを……」


 強く握る両手をさらに強く。爪がぎちりとめり込む。


「また守れなかった! また大切な人を失ってしまった! また、助けてやれなかった! あの時と同じで、助けれた可能性が十分あったのに!」


 思い出す、あの場所。思い出される、あの時。三年前、凛が殺された、あの日。

 俺が待ち合わせ場所に遅れたせいで。


「俺はもう、嫌だったのに! 二度とあんなこんな思いはしたくなかったのに! 悔やんで悔やんで、悔やみ切れない程悔やんで……大切な人が居なくなって! 周りの誰かが泣いて悲しむのは、もう!」


 怒り、苛立ち、哀しみ、恨み、悔やみ、苦しみ、痛み、辛み。後悔、悲哀、辛苦、苦痛、憎悪。

 ごちゃまぜになった感情が、心の中から溢れ出る。

 他の誰かに向けるでも、別の何かにぶつけるでもない。全て自分自身に対しての感情。


「なのに、なのに俺は守れなかった。あの日から同じ過ちを犯し、同じ事を繰り返して、同じ様に後悔して……」


 堪えていた雨が一粒。目から零れ落ちた。嫌いな、大嫌いな雨が。


「三年前のあの日から、必死に生きる意味を見付け、無理矢理生きる建前を作って……俺はずっと生きてきた。罰を受け止め、罪を償おうと。そして、もう一度会って謝りたいと」


 強く握っていた拳を開き、その掌を見つめる。この無力で、どうしようもない自分の手を。

 かつて大好きだった彼女を守れなかった。今また、自分よりも小さな手をした少女を、守れなかった。


「けど、駄目だった。あの日からずっと愚かで、無力で、成長していない。大好きな人も、大切な人も。誰一人、たった一人でさえ守れず、救えず、助けてあげれない……」


 開いた両の手を、再び強く握る。しかし、握ってもそこには、彼女の手も、少女の感触も、何も無い。

 あるのは空虚と、見えず触れらない、後悔と言う感情。自分に対する、怒りと虚しさ。


「結局……変わったつもりで居ただけで」


 あの日の、あの時の、あの頃から。今日の、今の、この瞬間も。


「――――俺は何も、変わっていなかった」


 弱いままで、逃げたままで、許さないまま。

 俺はあの日を……凛を失った日から、もう二度と同じ思いをしたくないと、失った者を取り戻そうと、生きてきた。

 それを目的として、それが償いとして、俺は自分を生かしてきた。なのに、繰り返してしまった。また失ってしまった。大切な人を。

 この三年、俺は何をしていた。何をやっていた。凛を生き返らせると、二度とあの時と同じ思いはしたくないと、今まで生きてきたんだろ。

 なのに、それを守れなかった俺は……今まで、ただ単に生きていただけだ。

 結局俺は、つまり、俺は……凛を言い訳にして、のうのうと自分だけ生きていただけだった。自分を正当化して、凛を生き返らせる為だと、聞こえのいい生きる理由を作って。


「……咲月君」


 広間に響く雨音。その中から静かに、白羽さんがおもむろにに口を開く。


「死んだ者は二度と戻っては来ない。それが常識で、自然の摂理だ」


 俺は俯いたまま、声だけを耳に入れる。大きい声ではないのに、白羽さんの声は広間に通る。

 そして、白羽さんは続ける。俺だけでなく、ここにいる全員に言うように。


「だが、その常識と摂理を無視出来る方法が……いや、可能性がある」


 落ち着いた声で、言った。


「ッ、モユちゃんが生き返るんですか!?」


 その言葉にいち早く反応を見せたのが、沙姫だった。


「確定ではない上に、確証もない。可能性があるだけで、確率は極めて低い」

「それでもモユちゃんが戻ってくるなら、なんだってします!」


 白羽さんが口にした、モユが生き返る可能性。それを沙姫は必死に聞き出そうとする。


「……咲月君はすでにわかっているだろう」


 目を閉じ、ゆっくりと息を吐いて白羽さんは言う。


「モユ君を生き返らせる方法。それは君達次第だ」

「私達……?」


 白羽さんから返ってきた言葉に、沙夜先輩は戸惑いを見せる。


「そう、それは――――SDCだ」

「あっ……!」

「――――ッ!」


 沙姫は声を漏らし、沙夜先輩は息を詰まらせる。


「SDCで最後の一人になれば願いを一つ叶える、とされている。だが、それが真実か虚言かは解らない。普通に考えれば、死者を生き返らせるなど有り得ない事だ」


 白羽さんは閉じていた目を開き、沙姫と沙夜先輩に視線を向ける。


「しかし、唯一残されているとすれば……それしか無いだろう」


 初めから人を生き返らせる為にS.D.C.に参加していた俺は、その考えはすぐに頭に浮かんだ。

 どうすればモユが戻ってくるかと、どうすればまた会えるかと、どうすれば生き返るのかと。

 凛の時と同じように。いや、ようにじゃない。全く同じ事を、ひたすら考えた。


「咲月君、沙夜君、沙姫君、それにエド。君達四人が協力すれば、格段に願いを叶える確率は上がる。だが、危険を伴う上に、本当に願いが叶うのかすらも怪しい。どうするか、決めるのは君達だ」


 白羽さんが話し終わり、沙姫と沙夜先輩は黙って互いを見合う。


「俺は構わない。元々匕と組んでいたからな。匕がそれを望むなら、協力する」


 壁に立ったまま寄り掛かり、エドは腕を組みながら初めて口を開いた。

 それを聞き、沙姫と沙夜先輩は目を見合いながら無言で頷いて。


「私は、またモユちゃんと一緒に遊びたいです……!」

「私も、沙姫と同じです」


 まだ赤い目で白羽さんに向き、二人は答えた。

 意を決して、小さいながらも力強い声で。


「うん。では咲月君……君はどうするかな?」


 広間に居る全員の視線が俺に集まる。もう決まっているんだろ、と。もう答えも出ているんだろ、と。

 あぁ、出ている。さっきから、白羽さんが言う前から。

 答えはとっくに決まって、既に出ている。


「俺は――――」


 握り拳をほどいて、曲げていた腕から力を抜いて下ろし。




「俺はもう、疲れた」




 俯かせていた顔を上げ、虚ろな目でそう返した。


「……え?」

「咲月、先輩……?」


 その予想外だった返答に、沙夜先輩と沙姫は驚きを隠せない様子を見せる。


「やるなら三人で、勝手にやってくれ」

「そんな……! 咲月先輩はモユちゃんを生き返らせたくないんですか!?」

「もういい……俺は、いい」


 沙姫に言葉を返すのも億劫で、感情の無い声で短く返す。


「咲月君、どうして……?」


 沙姫に続いて沙夜先輩も聞いてくる。隣に立つ深雪さんも、同じ事を聞きたそうに俺を見てくる。

 それがなんか面倒で、鬱陶しかった。その二人に対して俺は返事もせず、無言で目を逸らす。

 何を言っても何か言われるのは解っていた。だったら、何も言わない。


「咲月先輩! モユちゃんは咲月先輩に一番懐いていたんですよ……一番好きだったんですよ!?」


 五月蝿い。本当に五月蝿くて鬱陶しい。外で降っている雨と同じくらい五月蝿くて、鬱陶しい。

 ざわざわ、ざらざらと。雑音のように沙姫達の声が不愉快だ。


「だから……なんだってんだよ」


 苛立ちを隠さず吐き捨てるように言うと、沙姫は目を見開いて、ショックを受けたのか軽く放心する。


「匕、本気で言ってるのか?」


 苛立っている時に苛立つ声で言われ、さらに苛立つ。


「あぁ」


 横目で見て小さく返すと、エドは眉の端を僅かに動かして睨むように俺を見る。

 表情は普通なのに、何か気に入らなそうな。


「咲月君、それが君の本当の意志で、出した答えならば受け入れよう。しかし……」

「いいんだよ、もう! 意志だとか、答えだとか、そんなのは!」


 白羽さんの言葉を遮り、叫ぶ。


「守るのも、戦うのも、願うのも……全部、どうだっていい」

「……そうか。では、どうするんだい?」

「どうするもない」


 顔を下げ、白羽さんの横を、頼りない足取りで歩き――――。


「もう、全部疲れた」


 最後にそう言って、広間から出た。

 昨日より一人少なくなった、広間を。



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