No.42.5 雨、その中で
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外は強い雨が降り、激しく屋根に叩きつけてくる。ばつばつと音が響き、薄暗さを感じさせる事務所の廊下。
そこに黒のスーツ、黒のネクタイ、腰まで伸びた黒い長髪。黒を纏った一人の男性――――白羽が居た。
腕を組んで壁に寄り掛かり、静かに目を瞑っている。
「……白羽さん」
廊下の奥から紺色のスーツを着た女優、深雪が歩いてきた。
白羽は目を開き、視線だけを向ける。
「子供達は?」
「広間で濡れた服を乾かしてます。白羽さんも……」
「いや、いい。私はここで彼を待っているよ」
「彼、大丈夫でしょうか……?」
深雪は曇った表情で、玄関の方を見る。
「……大丈夫さ」
白羽も玄関がある方へと目をやり、小さいながらも力強く。
「彼は、強いからね」
目を細めて、そう、言った。
悲しみと、怒りと、悔やみ。様々な感情が入り混ざった瞳をさせて。
「深雪君、すまないが風呂を沸かして欲しい」
「お風呂、ですか?」
「うん、身体が冷えてるだろうからね。傷の具合も湯に浸かる分には問題無いだろう?」
「多少の擦り傷と打ち身ですから、長風呂にならなければ」
「それでは頼むよ」
「はい、わかりました」
深雪は返事をして、足早で廊下を駆けていった。
その後ろ姿を見送った後、白羽は視線を下げて自分の足元へとやる。普段は白く綺麗なタイルも、薄暗さで鼠色に見える。
「命を弄び、人をモノとして扱い、若い子供達が泣き哀しむ……」
眉間に皺を寄せ、眉毛の端を釣り上げ。黒い前髪の隙間から覗けるその眼は。
「それが大人のする事か、テイル……ッ!」
眼を細め、歯を軋ませ、静かに怒る。ただただ、憤怒だけが籠もっていた。
一人の少女を助けれなかった。赤茶い眼髪の女の子を、救えなかった。大人が守るべきモノを、守らなければならない人を、自分は守れなかったと。
後悔、悔恨、憤怒、悲哀。抑えきれぬ気持ち。隠しきれぬ感情。黒を纏う男のその瞳は光が消え、黒よりも深く黒色に染まる。
『――――――』
激しく降る雨の中に混ざり、外から聞こえてくる一人の少年が哀しむ雨の音。
「今日の雨は一段と……雨音が強い」
そう呟き、白羽はゆっくり双眸を閉じていく。
様々な感情を噛み殺して――――。
◇




