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No Title  作者: ころく
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No.39 The day when it rained by1

 地を照らす太陽が沈み、暗闇が支配する夜。

 深夜と言うにはまだ時間はあるが、それでも陽が沈めば辺りは闇に包まれる。

 夜の店やコンビニの看板や、街灯が所々を照らし、闇に包まれぬように街を灯す。

 だが、今夜は妙に明るい。人工の光が無くても、辺りを確認出来る程。

 そんな明かりが灯る街から離れた、人気も明かりも無い河川敷。そんな所で、俺は今日も日課であるランニングをしていた。


「はあっ、はっ、はっ!」


 一定のリズムを崩さないように走り、それに合わせて呼吸をする。吐き出す息は熱く、動かしている身体も当然熱い。

 何度も河川敷の周りを走って、今は何周目だったか覚えていない。

 だが、額から流れる汗の量から思うに、大分走ってはいる筈だ。

 ジャージの中に着ているTシャツも、既にぐっしょりと濡れている。


「はっ、はっ、はあっ、はっ! こんな、はあっ、もんかな……」


 息を切らせながら呟いて、走るスピードを徐々に落とす。

 呼吸を整えながら歩いて、落ち着かせていく。


「はぁ、はぁ、はぁ……」


 肩を上下に揺らし、身体に酸素を送る。

 汗を掻いて、ジャージが腕に張り付いて少し気持ちが悪い。


「本当に今日は、はぁ……アツイな」


 口元の汗をジャージの袖で拭いて、手を腰にやる。

 今の温度はいくらか分からないが、体感では昨日よりもアツく感じる。


「……十時半になる少し前か」


 持ってきていた携帯電話をポケットから取り出して、画面を開いて時間を確認する。

 今夜は妙に明るい夜でも、ずっと暗い所を走っていたから目が暗いのに慣れてしまい、携帯電話の明かりが眩しい。

 事務所を出て、ランニングを開始したのは九時辺り。この河川敷から事務所まで大体三十分掛かるから、帰りの時間を入れれば約二時間。


「丁度良い時間だな……帰るか」


 今から帰れば十一時には着くだろう。

 そっからシャワーを浴びたり歯を磨いたりすれば、日付変更と同じ頃に寝れる筈だ。

 丁度良く近くにあった階段を上り、土手の上に移動する。


「うっし、もうひとっ走りだ」


 呼吸が落ち着いて間もなく、再びランニングを始める。

 ほぼ毎日やっていたお陰か、最近じゃあまり疲れなくなってきた。全くって訳ではないが、今のように息が切れても、回復するのが早くなったり。

 ランニングだけじゃなく、沙姫との組手も理由の一つだろう。

 腕を上げるのも怠くなる位に何時間もブッ通しでやってりゃ、そりゃ嫌でも体力が付くわな。


「あいつ、負けず嫌いだからなぁ」


 河川敷と同様、街灯すら無い街中の道を走りながら、呆れが含んだ苦笑をする。

 いつも気付いたらムキになってんだもんな、あいつは。

 いや、それは俺も同……。


「――――ッ!」


 咄嗟に走るのを止め、その場で身構える。

 それは突然、前触れも無く来た。

 脊髄を引き抜かれ、氷水の中に放り込まれたような。身の毛も弥立つ、悪寒。

 全身が震えて、足が竦んでしまいそうな程、嫌な寒気が身体に走る。


「はっ、氷の水族館と良い勝負じゃねぇか」


 冷や汗を足らしながら、誰も居ない道路の真ん中で軽口を叩く。

 そんな強がりにも等しい事をしなければ、一気にこの悪寒に飲まれてしまいそうだった。


「この嫌な感覚……昼間にも感じた」


 あの時はほんの一瞬だっが、今は違う。

 薄らとだが、確かに感じる。


「白羽さんに連絡だ」


 大概こういう場合、テイルが関わっている事が多い。

 それに、俺がランニング中に何かあると大体そうだ。

 ジャージのポケットから携帯電話を出して、白羽さんに電話を掛ける。

 プルルル、と電話特有の発信音がスピーカーから聞こえてくる。


「……くそっ、出ねぇな」


 また前みたいに資料室にいて気付いていないのか……?

 そのまま長くコールしてみるも、やはり出ない。


「ちっ、どうする……?」


 不気味な悪寒から駆り立たされる不安と焦りから、悪態をついて電話を切る。

 この悪寒の正体を一人で探りに行くか……?

 いや、それは危険過ぎる。正体がテイルだったなら、俺は手も足も出せない。

 それに、テイルと一緒にスキルの実験体が居る可能性もある。

 ……下手をすれば、コウも。

 なら、一人でどうこうするのは無しだ。リスクが高過ぎる。白羽さんと連絡が取れない以上、俺だけじゃどうにも出来ない。


「三十六計逃げるに如かず、か」


 この嫌な悪寒は何なのか気になる所だが、ここは退こう。

 命あっての物種、という訳じゃないが、俺が命を張る時は今ではない。

 それに、勝機も勝因も見えない状況で突貫するような命知らずの馬鹿でもな。


「とりあえず、白羽さんと連絡が付かない以上、早くここから離れよう」


 こっちが悪寒の正体に接触する気が無くても、向こうからやってくる可能性だってある。

 それで出会ってしまえば、今の俺には手の打ちようが無い。

 地面に張り付いたように固まっていた足を気合いで動かし、ペースなど構わず全力で走る。

 その間は読感術を使い、出来るだけ悪寒のする方角を迂回して事務所を目指す。

 遠回りになっても構わない。まず、悪寒の正体と接触しない事が第一だ。

 それだけを考えろ、俺。





    *   *   *





「はあっ、はあっ、はあっ……やっと赤尾駅に、着いた」


 赤尾駅の前で立ち止まり、息を切らせて両膝に手を当てて前屈みになる。

 立花町からずっと走ってきて、疲れた。ランニングと違って、ペース配分なんて関係無しに走った為、疲労も大きい。

 口の中の水分も少なくなって、妙にネト付く唾を地面に吐き出す。

 なんとか無事に、ここまで戻ってくる事が出来た。

 あの悪寒を感じた場所から離れてからすぐに、遠回りで線路沿いの道を目指した。

 街からある程度離れたら、悪寒は感じる事はなかった。それを考えるとやはり、立花町のどこかに悪寒の正体はいたんだろう。


「あー、くそ。疲れた」


 前屈みを止めて、ゆっくりながらも歩き出す。

 出来れば何か飲んで水分を補給したいが、ランニング中は邪魔になるから財布は持ってきていない。

 目の前に自動販売機があっても、お金が無きゃ買えないのは世の常識。

 回し蹴りでブッ叩いたりしたら、出てきたりしねぇかな?

 今だったらコーンポタージュかおしるこ、またはホットコーヒー以外ならがぶ飲み出来る自信がある。


「……はぁ、帰ろ」


 そんな自信があってもお金が無きゃ飲み物は買えない訳で、ただ虚しいだけ。

 こんな所でくだらない事を考えるよりも、さっさと事務所に帰って水でも飲めって話だ。

 長く走って少し重く感じる足を動かして、残り僅かの事務所までの道のりを歩き始める。さすがに事務所が近いと行っても走る気力はもう無い。

 立花町の駅前と比べて寂しく、街灯すら無い暗い道を息を整えながらゆっくりと歩く。

 ペースを考えずに赤尾町まで走ってきた為、乱れた息が戻るのが遅い。

 でもやはり、ここまで走ってこれたのも、今までのランニングで体力作りをした賜物だと言える。


「走り込みしてて正解だった……ん?」


 ポツリと、何かが鼻の頭に落ちてきた。

 何かと手で鼻を触ってみるも、手には何も付いていない。


「気のせいか?」


 なんて思っていると、鼻に当たったものがシャワーのように降ってきた。


「うわっ、雨かよ!」


 既に汗で濡れているとは言え、びしょ濡れになるのは勘弁だ。

 堪らず、疲れているにも関わらず走って事務所を目指す。

 雨はそんなに強く無いが、構わずにいれば普通にずぶ濡れになってしまう。

 幸い、事務所はもうすぐそこなので、その心配はしないで済みそうだ。


「ったく、ついてねぇな」


 事務所の玄関に駆け込み、肩や頭を手で払って水滴を落とす。

 事務所に着くや否や、雨は段々強くなって本降りになった。

 本降りになる前に事務所に着けたのは、不幸中の幸いか。


「けど、気の良いもんでは……ないな」


 雨が降り、地面が濡れていく様子を眺め、不機嫌に漏らす。

 雨が嫌いな俺にとっては、出来れば見たくも聞きたくもない。


「中に、入るか」


 雨を鋭い眼差しで睨み付けた後、背を向けて事務所へ入る。

 玄関の電気は点いていなかったが、廊下は点いていて明るかった。

 靴を脱いでスリッパに履き替え、事務所の一番奥へ向かう。

 ランニングで喉が渇いていて水を飲みたかったが、それよりも先にしなくてはならない事がある。

 立花町で感じ取った悪寒の事を、白羽さんに話さなくては。

 昼間の時は本当に一瞬で不確かな部分もあったからまだ言ってなかったが、さっきのとなると、報告した方がいいだろう。

 それに、白羽さんに電話が繋がらなかったのも気になる。

 広間の前を通ると、広間には誰も居なく暗くなっていた。更に奥に進んで、白羽さんの部屋の前に着いた。

 早速ドアをノックして、白羽さんの返事が来るのを待つ。

 が、しかし、いつまでも待っても返事は無い。


「居ねぇのかな……まさか、もう寝たとか?」


 いや、それは無い。

 この事務所の玄関の鍵は、いつも白羽さんが零時に閉めている。

 今日はまだ日付が変わっていないから、起きている筈だ。


「じゃあ、やっぱ居ねぇのかな」


 もう一度ドアをノックしてみるが、やはり返事は無い。


「……ん?」


 ふと足元を見てみると、ドアの隙間から明かりが漏れているのに気付いた。

 部屋の明かりが点いているって事は、中に居るのか……?


「白羽さん?」


 名前を呼んでみながら、ドアノブに手を掛けてみる。

 すると、ドアノブは抵抗無く回った。


「鍵は開いてるな」


 ドアをゆっくり開けていくと、キィ、と金具が擦れる音がした。


「白羽さん、居ねぇのか?」


 ドアを半分位まで開けて、頭を出して中を覗いてみる。

 黒皮の高級そうなソファと木製の机の応接室セットが並び、壁には大きな本棚。

 そして、入口から正面にある業務机に――――。


「ッ、白羽さん!?」


 白羽さんが、倒れるようにうつ伏せていた。

 寝ているにしても、明らかに体勢が可笑しい。左腕は机から落ちて、力無く垂れている。


「どうしたんだ、白羽さん! 白羽さん!?」


 すぐさま駆け寄り、白羽さんの肩を揺すって声を掛ける。

 まさか、何か病気に掛かったしていたのか……?

 だったら、深雪さんを呼んできた方がいいんじゃ……。


「う、ん……」


 すると、微かではあるが、確かに白羽さんが声を出して反応した。


「大丈夫か、白羽さんっ!?」

「咲、月……君?」


 意識はあるようで、俺の顔を見て名前を答えてきた。

 よかった……大事ではなかったようだ。


「なんだか頭が、少しボーッとするね……」


 白羽さんは身体を起こして、額を手で押さえてる。


「びっくりしたっての……部屋に来てみたら、机に突っ伏してんだもんよ」

「あぁ、すまない……大丈夫だ、心配掛けたね」

「本当に大丈夫か? 仕事のやり過ぎで疲れが溜まってるんじゃねぇのか?」

「いや、それは無いと思うが……何故か急に、意識が薄れていってね。気付いていたら、眠ってしまっていたようだ」


 まだ本調子じゃないのか、白羽さんは額に手を当てたまま思い出すように話していく。


「……そうだ。モユ君が持ってきたコーヒーを飲んでからだ、何かおかしくなったのは」

「モユが持ってきたコーヒー?」

「あぁ、確かにそこに置いて……」


 白羽さんがコーヒーを置いていたであろう机の上に視線を向けるも、そこには何も無かった。

 しかし、視線を落としてよく見てみると、床に黒い液体が零れているのに今になって気付く。

 モユは寝てた筈だけど……コーヒーを持ってきたって事は起きたのか?


「白羽さんが机に倒れた時に、落としちまったみたいだな」

「……みたいだね」


 白羽さんは椅子から立ち上がり、床に散らばる割れたコーヒーカップの一欠片を拾う。


「でも、モユが持ってきたコーヒーを飲んで意識がなくなったって言っても……偶然じゃないのか?」

「うん。私もそう思いたいが……」


 白羽さんは真剣な目をして、何やら考え込む。


「第一、モユが白羽さんを眠らせて何するってんだよ?」

「そう、問題はそこなんだ。理由が見付からない」


 顎に手をやり、白羽さんは更に深く考え込む。


「何故、私を眠らせる……? 私じゃなくてはならない、私だからこその理由があるから、か? 私にしかない、私にしか持ってない……まさかっ!?」


 何かに気付いたらしく、白羽さんは慌てて黒スーツの内側に手を入れた。

 そして、常時冷静な態度をしている白羽さんが珍しく、焦った様子を見せている。


「やはり……」


 白羽さんの表情は強張り、目が細まる。


「禁器が、無くなっている」


 黒い瞳で俺を見つめ、出てきた言葉に衝撃を受ける。


「禁器が……なんでっ!? 何かの間違いじゃないのか!?」

「残念だが、確かに無くなっている。あれは私が厳重に注意して持っていたからね」


 そう言って、白羽さんはおもむろに床に零れているコーヒーを眺める。


「この状況だと……モユ君が持って行ったと考えるのが、妥当か」

「なんでモユが……! そんな事をする理由がねぇだろ!」

「だが、彼女の持って来たコーヒーを飲んで意識を失い、気が付けば禁器が無くなってる。そうとしか考えられないだろう?」

「くっ……」


 白羽さんの言う通りだ。いくらモユじゃないと否定しようとしても、頭ではそう考えてしまう。

 しかし、やはりモユがそんな事をする理由が思い浮かばない。

 なんで、白羽さんを眠らせて禁器を奪ったんだ……?


「とりあえず、ここで話していても真相は解らない。モユ君に直接話を聞いた方が早い。モユ君は今どこに?」


 禁器が無くなっても、白羽さんは冷静さを失わずに事の解決案を述べていく。

 こういう所はさすが、仕事柄か慣れている。


「あぁ……そう、だな。多分、深雪さんの部屋だと思うけど……」


 白羽さんの提案に頷いて返す。

 が、なんだろうか……何か胸に引っ掛かる、得体の知れない嫌な感覚がある。

 もやもやして、はっきりしない不安がしてならない。焦燥感を覚え、妙に落ち着かない。

 なんでか、何か。嫌な予感がする。

 昼間と言い、ランニング中と言い……立花町では嫌な悪寒を感じ取って、ただでさえ気分が悪いと言うのに。

 しかも、それを報告しに来てみれば、白羽さんは倒れて、禁器が無くなって……。


「――――まさかッ!」


 ある予想が頭を過った。

 出来れば外れて欲しいとひたすら願う、最悪で、最低の予想。


「咲月君!?」


 考えたくも無い予想が頭に浮かんだ瞬間に、身体が既に動いていた。

 白羽さんの部屋から飛び出て、深雪さんの部屋へ走る。


「一体どうしたんだ、咲月君!」


 白羽さんは後ろを付いて来て、何事かと聞いてくる。


「さっき走り込みの途中、立花町で嫌な感覚に襲われた!」

「何……?」

「今までの経験からするに、多分テイルだ!」


 さっき感じてはいても、はっきりしていなかった不安が形を現していく。

 夜中に感じた悪寒。そして、消えた禁器とモユ。

 霧がかって見えなかった点と点が姿を見せて、線を持って繋がる。

 最低最悪の形として。


「嫌な予感しかしねぇ……!」


 あくまでまだ、予想の範疇だと言うのは解ってる。

 だが、不安は強くなり、焦りが募る。


「深雪さん、居るか!? 開けてくれ!」


 深雪さんの部屋のドアを強く叩く。

 一刻を争うのに、悠長にノックなんてしてられない。


「はいはーい。なぁに、こんな夜中に……」

「深雪さん、モユは!? モユはどこにっ!?」

「って、きゃ! どうしたのよ、怖い顔して……」

「んな事はいいから、モユはっ!?」

「モユちゃんなら居ないわよ。大分前に、白羽さんに話があるからって出て行ったけど……」


 深雪さんにそう言われて部屋の中を覗いて確かめてみるも、ベッドにもモユの姿は見当たらなかった。


「えっ、違うの……?」


 俺のただならぬ雰囲気。

 そして、モユと一緒に居る筈の白羽さんの姿を見て、深雪さんは非常事態だと理解したようだ。

 表情を顰め、声が低くなった。


「くっ!」


 ここに居ない。となると、次に探すべき場所は決まっている。

 深雪さんの部屋の隣。モユが使っている部屋に走る。


「モユ、いるかッ!?」


 部屋のドアを勢い良く開けて、中に入る。

 しかし、そこには予想が的確に的中した現実があった。


「モッ……」


 電気も点いていなく、暗い。ガランと殺風景な部屋。部屋を飾るインテリアどころか、部屋の主すら居ない。

 ベッドには、黒いブラウスに白いブリーツスカート。普段モユが愛着している服が、綺麗に畳んで置かれていた。

 そして、その上に二本の黒いリボンまでも。


「――――ッ!」


 弾けるように、部屋から飛び出す。


「待つんだ、咲月君!」


 止める白羽さんの声すら耳に入らず、走って玄関に向かう。

 もどかしさを感じながらも、靴に履き替える。スリッパでは外を走り回れない。


「あいつ……なんで!」


 雨が降ってる中、傘も差さずに走る。

 嫌な考えが、嫌な事ばかりが頭を廻る。いくら振り払っても、浮かんでくる負の思考。

 立花町で悪寒を感じた夜に居なくなり、更には奪われた禁器。

 考えたくない、予想したくない、想像したくない。


「くそ……」


 全力で立花町に向かって走る。

 顔に当たる雨がうざったい。

 耳に入る雨音が気に食わない。

 身体を濡らす雨が、邪魔で仕方ない。


「……くそ、くそ、くそっ!」


 頭に浮かぶ全てを薙ぎ払うように叫ぶ。

 嫌な予感が胸の中で大きくなっていく。


「させねぇ、絶対にさせねぇ! あの時と同じには、絶対に……!」


 網膜に何度も、あの日の事がフラッシュバックする。

 白黒の背景で、信じたくない、受け入れたくない、理解出来ない現実を見た、あの時の記憶。

 雲一つ無く晴れているのに雨が降り――――。

 月が無いのに明るかった――――あの夜。

 それと、被る。

 それ程に今夜は、重なってしまう。



 ――凛が死んだ、あの夜に。



 体力もペースも関係無く我武者羅に走り、立花町に着いた。

 既に時刻は深夜。立花町は静けさに包まれている。

 そして、その静けさに比例して、あの悪寒も強く感じる。


「はあっ、はっ! モユはどこに行きやがった……!」


 事務所から立花町まで来る間に、モユを見付ける事は出来なかった。

 となると、もう立花町に着いていると考えていいだろう。


「ちっ!」


 舌打ちして、体力の回復も待たないで再び走り出す。

 この町でテイルと思わしき者の悪寒を感じたからと言って、モユがここにいるという確証は無い。

 ……だが、現状ではそれ以外に考えられない。

 モユが禁器を白羽さんから奪い、持ち出したとなれば。嫌な予感しか、しない。

 町を覆う悪寒に寒気を覚えながらも、構わずに街中を走り回る。無口で、無表情で、無愛想なあいつを見付け出す為に。

 また、あんなものを見るのは御免だ……。

 もう二度と、あんな思いをするのは嫌だ……!


「はあっ、はあっ、はあっ! 悪寒がする範囲が広過ぎだ……」


 立ち止まり、壁に手を掛けて激しく息をする。

 読感術を使って、一番悪寒が強く感じる場所を見付ければ早いんだが、広過ぎて見付からない。

 それでも、走って探し出すしかない。


「くそ……っ!」


 顎を伝う、汗なのか雨なのか分からない水滴を手で拭い、すぐさま走りを再開する。


「一体どこだ……!」


 その時、ある場所が思い浮かぶ。


「そうだ、沙姫と沙夜先輩の家……あそこに行ったんじゃ……!」


 ランニングの時にポケットに入れっぱなしだった携帯電話を取り出して、沙姫に電話を掛ける。

 少し間が空いてから、スピーカーから発信音が鳴り始めた。


「早く、早く出ろ……!」


 コールする間が、妙に長く感じてしまう。


『はーい、もしもし?』


 数回発信音が鳴ってから、ようやく沙姫がゆったりした声で電話に出た。

 沙姫は悪くないが、焦っている俺には苛立ちを覚えてしまう。


「沙姫か!? そっちにモユ行ってないか!?」

『えっ? いえ、来てませんけど……』


 ちっ、やっぱり来ていないか……。

 思わず、心の中で悪態をついてしまう。


『まさか、モユちゃんに何かあったんですか!?』

「悪い、沙姫。急いでるから切るぞ」

『ちょっ、咲月先――』


 携帯電話を耳から離して、電話を切る。

 予想はしていたが、やはり沙姫の所には居なかった。


「って言うか、くそ! よく考えてみれば、禁器を持って沙姫の家に行く訳無いだろ!」


 少し考えれば解るのに、無駄な時間を使ってしまった事に腹を立てる。

 そんな事にまで頭が回らない程、焦っていた。


「なら、どこだ!? 沙姫と沙夜先輩の所じゃないとなると……」


 ここでふと、ある言葉を思い出して足を止める。



『これはね、“静かな心を持って相手の意を制せ”って意味なの。簡単に言うと、常に心静かに冷静になって相手の動きを読め。って事ね』



 沙夜先輩から教えてもらった、あの言葉。


「そうだよ、まずは落ち着け。焦ってばかりじゃ思い付く事も思い付かねぇ」


 荒くなった息を整えながら、一度深呼吸をする。大きく息を吸って、吐く。

 さっきまで周りの音は耳に入らなかったのに、今は自分の心臓の音が聞こえる。


「……よし」


 もう一度、胸に手を当てて大きく息を吐く。

 頭を冷やして、冷静になれ。

 そして、考えろ。


「テイルの出現しそうな場所……」


 思い当たるのは、学校。SDCで何度か姿を見せてきた。

 悪寒の範囲も学校を含めている。確率としては一番可能性がありそうだ。

 あとは……河川敷か。あそこでも、ランニング中に何度か会った。戦闘こそなかったが、奴が現れた数少ない場所ではある。


「一番確率が高そうなのは……学校か」


 しかし、今いる場所は学校から離れ、少し遠い。

 距離的には河川敷の方近い。


「どっちにするか……」


 口元を手で押さえ、考える。

 確率なら学校、距離なら河川敷。

 外せば、時間だけを食ってしまう。


「……いや、待て。まだ決めるのは早い」


 本当にこの二ヶ所しか無いか……?

 よく考えてみろ。何かを、見落としていないかを。

 今、時間が惜しいのは十二分に理解している。それだけに、慎重に決めなくては。

 慌てず早く、焦らず急ぐ。頭をフル回転して考え込む。


「そういえば前にも、似たような事があった……」


 今の状況に近い記憶を、思い出した。


「そうだ、確かあれは……夏祭りの日だ」


 夏休み前に、エドに騙されて神社で行われていた夏祭りに行った。

 あの時も、一瞬だけ嫌な雰囲気を感じたのを、今でも覚えている。

 そして、また今日と同じく、ランニング中にテイルの雰囲気を感じ取ったんだ。


「あの日と、同じだ」


 何かが、心の中でカチリと音を立てて嵌まった。


「しかも、そうだ。テイルが現れた場所は、学校と河川敷だけじゃない……!」


 また、心の中でカチリと鳴る。

 そして、段々と形を成していくそれは、予想から確信に近いものに変化する。


「――神社だ!」


 顔を神社のある方に向かせて、睨む。

 距離的にも、河川敷よりも神社の方が近い。そして何より、確信に似た何かがあった。

 その場から弾けるように走り出し、神社を目指す。

 相変わらず、自分の心音は五月蝿い位に聞こえてくる。


「はっ、はっ、はあっ! ビンゴ、か!?」


 走りながら、苦しくも一人言で呟く。

 神社に近付くにつれて、悪寒が強くなっていく。

 距離はあと数百メートル。時間にすれば、数分で着くだろう。


「頼むから……無事でいろよ!」


 人影も無い、がらんとした道を全力疾走する。

 息が苦しくても、身体がアツくても構わずに。

 やっと、神社の鳥居が見えた。

 やはり悪寒も更に強くなり、身体中がぞわつく。

 だが、そんな事は関係無い。今は早く、モユを見付けるだけだ。


「――――ッ! なん、だ。この感じは……」


 思わずその感じた雰囲気に足を止めて、その場に立ち尽くしてしまう。

 今まで感じた事が無い、強く鋭い――――殺気。

 身体を脳天から真っ二つにされてしまったかと、錯覚してしまう程の。

 身体中が見震え、足が竦む。

 テイルや白羽さんと同様……いや、それ以上のモノだった。

 右手を見てみると、震えが止まらず汗が滲んでいた。


「……チッ!」


 神社の奥から放たれる殺気を振り払うように、右手を強く握る。


「クソッ、間に合えよ!」


 縛られたように動かなかった身体に渇を入れ、鳥居を潜る。

 探し人の無事を願い、闇が染まるその先を目指して――――。


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