No.3 転校生
6/23
キーンコーン……本日三時限目開始の予鈴。
「咲月……咲月っ! またサボりかアイツは!」
教室に三時限目の授業担当の先生の怒りと呆れの混ざった声が響く。
* * *
裏の神社からミーンミンミンと蝉の鳴き声が。
学校のプールからはキャーと女生徒の騒ぎ声が。
真っ青な空には長い長い飛行機雲が。
そして、屋上にはその飛行機雲を掴もうと寝ながら空に手を伸ばす少年が一人。
「……掴めねぇよな、やっぱ」
遠近法で掴んだように見える飛行機雲。握った手の平を開くと何もない。
「なーにやってんだ?」
「あ?」
頭の上を見てみるといつものお仲間。
「手なんて上げてよ。幸せの青い鳥でもいたか?」
からかうように笑い、先輩は言って隣に座る。
「なんかさ。雲を掴むような話だなぁ、ってさ」
飛行機雲を見ながら喋る。
「……SDCか?」
先輩は買ってきた缶ジュースのペルタブを開けながら答える。
「……あぁ」
果てし無く続く空に向けて、再び手を空に伸ばす。
「『一つだけ願いが叶う』、なんて都合の良すぎる事が有り得るもんなのかねぇ」
雲を掴もうと手の平をグッパッ、グッパッと動かす。
「さぁね。ソレはどう解んないけど、SDCは実際に存在するんだ。可能性が無い、って訳ではないんじゃねぇか?」
そう言って先輩は何も掴めていない俺の手に、飲みかけのジュースを渡してきた。
体を起こし、あぐらをかいて渡されたジュースを飲む。
「人によって人に叶えられる願いってのはたかが知れてるだろ」
水滴の滴る缶を見つめながら言葉を出す。
「お前が望む願いってのは人には叶えられないような願いなのか?」
先輩は横目で俺を見る。
さっきまでは笑顔だった先輩の表情は消え、今はいつものおちゃらけた様子は一切無い。
「…………」
俺は黙るしかなかった。
人を生き還らせるなんて事はしてはいけない……いや、できる筈がない。
だけど、俺はそれを願っている。
「ま、どういう願いを思うかは、そいつの自由だからな」
先輩はケロッとしたいつもの調子に戻り、沈黙しかけてた雰囲気を直してくれた。
「……悪い」
思わず謝ってしまう。どう考えても今のは自分が悪いかった。
「いいって別に。誰にでも秘密にしたい事ってのはあるだろ」
段々と形が崩れていく飛行機雲を見ながら先輩は言う。
「じゃあ先輩の願いは? やっぱ秘密?」
気にならない、といえば嘘になるこの質問。
「俺? 俺は叶えたい事なんてねぇよ。SDCに参加してんのは暇潰しみてぇなもんだし」
言いながら頭を軽く掻いている。
「んじゃあ、最後に残ったのが俺と先輩だったら譲ってくれよ」
先輩らしいな、と匕は笑いながら話す。
「ハッ、なんか奢ってくれんなら考えてやるよ」
そして、それに先輩も笑いながら答える。
ゴロン、と先輩は大の字に寝ッ転がる。
「暑ぃなー」
神社からはミーンミンミンと蝉の泣き声。学校のプールからはキャーと女生徒の騒ぎ声。真っ青な空には崩れて消えかかってる飛行機雲。
空を見上げて、答える。
「そうだなぁ」
空は青く日差しが眩しい。真夏の昼休み。
* * *
結局そのまま先輩とくだらない話をして授業に戻らずに放課後になってしまった。
帰る人、部活に行く人、教室に残って友達と喋ってる人、学校が終わり生徒はそれぞれの時間を過ごしている。
「さて、そろそろ帰るかな。先輩はどうすんの?」
「あ? 俺も帰ェるよ。いる必要ないだろ」
パンパン、と軽く尻を叩きズボンの汚れを落としながら立ち上がり、鞄を取る。
「んじゃ、さっさと帰りますか。先コーに見つかると五月蝿いからな」
校内に戻り、昇降口で靴を履き替えて学校から出る。
他の生徒に混ざって帰り道を歩きながら先輩と話す。
「そういや、先輩の家ってドコなんだよ?」
「俺ン家? 駅前にレンタルショップあるだろ、あの辺りだよ」
「あぁ、あそこか。学校まで結構距離あるんだな」
「お前知らなかったっけ?」
「知らねぇよ。先輩が俺の家に来る事はあっても俺が先輩の家に行った事無いだろ」
「だっけか?」
会話をして歩いていると交差点に差し掛かると、まるで急かすように信号が点滅していた。
「やっべ……先輩、俺コッチだから、そんじゃ!」
小さく手を振りながら走って横断歩道を渡る。
「おう、んじゃな」
先輩と別れて一人で帰る。
「しかし、夕方とはいえ暑いな。ちょっと走っただけで軽く汗かいてるよ」
額の汗を手で拭いながら息を落ち着かせる。
マンションに着き、自分のポストから中に入っていた郵便物を取り部屋に帰る。
部屋に入り郵便物をテーブルの上にバサッと投げ置いた。
鞄をベットの上に置き、服を脱ぐ。
「汗かいたからな。シャワーでも浴びるか」
服を脱いで風呂場に入る。
蛇口をひねって水を出し、頭から浴びる。
「かぁー、つめて!」
冷たいと言っていても程よい冷たさ。シャワーを強くして汗を流す。
シャワーの口から景気良く出される水が身体に付いた汗とべたつきを流しとってくれる。
「ふぅ、スッキリした」
タオルで頭を拭きながらソファに座り、さっきテーブルの上に置いた郵便物を見てみる。
「広告やら勧誘やらばっか」
そして、中には見覚えのある黒い手紙。
「んなっ!」
思わず声が出た。前回のはこの間やったばかり、次のS.D.C.までは早すぎる。
「先週やったばかりだぞ……」
手紙、というより今回は封筒と言った方がしっくりくる。
ビリ、ビリと封筒を開けると、中には一枚の紙が入っていた。中から取り出し、三つ折りにされていた紙を開いて読む。
『汝、残ッタ内ノ一人。次カラハ「生キ残レ」』
「いつもと、違う……?」
文章が変わってる。今まではこんな事はなかった。それに文章にある『残ッタ内ノ一人』、これは分かる。しかし『次カラハ生キ残レ』、これは――――。
ヴー、ヴー。静かだった部屋に聞こえてきた機械音。
「っ!」
携帯電話のバイブ音が鳴り、少し驚く。手にとって画面を見てみると、発信者の名前が表示されている。
画面に映る名前は―――『先輩』。
「もしもし?」
『お、出たか! 例の来てなかったか?』
「来てたよ。なんなんだ、これ?」
『解んねぇ。今までなかったんだけどな』
「先輩は前回のSDCにも出てたんだろ?」
『あぁ。でも、出てはいたけど途中でバックれたからな。俺が途中退場してからはあったかもしれないけど、俺まだ参加してた時にはなかった』
「この『生キ残レ』ってのは……?」
『多分その通りだろう。次からはヤバい気がするぜ? 元からヤバかったが今度は別だ』
携帯越しでも解る。先輩がいつになく真面目だという事が。
「確かに何が目的であんな事をさせてるか分からないけど、普通じゃありえない。先輩はどうするんだ? ここでやめんの?」
『わかんねぇ。暇潰しで死んじまっちゃカッコ悪いからな。ま、様子を見てから決めるさ。お前は?』
「……やめねぇよ」
やめる訳がない。やっと掴んだ唯一の希望だ。
『そうか、わかったよ。ま、手紙には開催日は書いてなかったからこの手紙はルール変更のお知らせ、って感じだろ』
「あぁ、そうだな」
読み直すと先輩の言う通り次のSDCの開催日は記載されていない。
一応紙をひっくり返して裏面も見てみたが、何も書いてなかった
紙の入っていた封筒も何も書いておらず、黒一色。
『用はこれだけだ。電話代かかるから話は終了。んじゃな』
「あぁ、そんじゃ」
携帯のボタンを押して電話を切る。
「ふぅ。『生キ残レ』、か。て事は死ぬ可能性もある……ってのか? 本当に死ぬなんて事が……」
普通ならありえない。
しかし、『願いが一つ叶う』とされるSDCは存在している。ただの噂だと思っていたものが。
ありえない事がありえてる。じゃあコレは脅しなどではなく、事実なのか?
「一体何をしてぇんだ、コレは……」
一、二ヵ月に一度、夜中に学校の敷地内で戦り合って自分以外の者を狩り、潰し、踏み躙る。
こんな事をして誰が喜び、何を得する?
「……何考えてんだ、俺。俺はアイツを生き返らせる。それだけだろ」
余計な事は考えないようにと頭を掻き毟る。
何があっても俺は俺の願いを叶える。そう、それだけ。変に考える必要なんてないんだ。
* * *
6/27
綺麗に机の下に納まっていた椅子を動かして自分の席に座る。
「遅刻しないで学校来るのも悪くない、ってか」
ボソッと呟く。今日はなぜか自然と目が覚めた。別に早く寝た訳でもないのに。
窓から外を覗くと、走って校門をくぐる生徒がチラホラ。
どう見ても普通の学校の景色、何処ともなんら変わりのない風景。こんな場所で死ぬなんて事が……?
だけど、実際にSDCは行われている。生き残れるのか、俺は……。
朝のチャイムが鳴り、担任が教室に入ってくる。
今は考えるのはやめよう。どんなに考えても次回のSDCに出るまでは分からないしな。
「きりーつ、礼」
クラスの委員長が号令を出す普段と変わらぬ挨拶。まぁ、普段は遅刻でほとんどいないんだが。
「今日は前から言ってた通り、転校生を紹介する」
出席を取り終わった後、教壇の上に立つ先生が珍しい単語を口にした。
そして、クラスの生徒達がざわざわと騒がしくなる。
「……?」
しかし、普段は遅刻で朝のホームルームにいる事は皆無に等しい俺にとっては初耳だった。
「咲月君、知らなかったでしょ?」
「え?」
声を掛けられ、隣の席を見る。話し掛けてきたのは女子生徒だった。ちなみに、さっき号令をした委員長でもある。
その女生徒の髪は腰に届く程長く、艶やかな黒色。なのに、光を浴びると白く光り、思わず見惚れてしまいそうだった。目はつんと釣り上がり、丸く黒い瞳も印象的だ。
「えっ、と……」
クラスメート、しかもクラスの委員長なのに名前が思い出せない。いや、この表現は違うな。正しくは解らない。
「はぁ、私は桜井奏恵って言うんだけど……クラスメートの名前ぐらい覚えて欲しいかな」
「わ、悪い」
言われてみれば名前を覚えてないなんて失礼な話だ。しかも、隣の席で。
「いっつもサボっているから無理ないか」
半ばあきれ顔して桜井が喋る。
「……耳が痛いな。転校生ってどんなの来るんだ?」
「さぁ? 私も転校生が来る、としか聞いてないから」
「ふーん」
桜井と話している内に担任が転校生を呼び出す。
「おーい、入ってきていいぞぉ」
担任が教室のドアに向かって声を掛けると、ガラリとドアが開いて転校生が入ってくる。
それと同時に教室内が騒めく。
そりゃそうだ。入ってきた転校生は夏だってのに学ランを着ている。
そこは別にあまり騒がれる所ではない。この学校は結構規則は緩い方だし、まだこの学校の制服を用意出来ていないと考えれば不自然ではない。
騒がれる理由は見事な金髪と、青緑色の瞳。これだろう。俺でも驚いた。
鼻も高く、整った輪郭に背も結構ある。男の俺から見てもスタイルがいいのが分かる。
「ライン・アム・燕牙っていいます、宜しく」
さらには日本語はペラペラときた。
金髪転校生は自己紹介をして担任に言われた机に向かっていく。
「すごいねぇ、金髪綺麗だー」
桜井も物珍しそうに転校生を見ていた。
朝のホームルームが終わると同時に転校生が話題の的となって、早速周りを囲まれて質問責めにされている。
「ねぇねぇ! 前はどこの学校行ってたの!?」
「名前からするとやっぱりハーフなの?」
言うまでも無く、質問しているのは全員女子。
その様子を見て、クラスの男子は面白くなさそうな顔をしている。
「この学校に来る前はワケあって海外に行ってたんだ。それとその通り俺はハーフだよ」
「やっぱりハーフなんだ~!」
「うん、半分は日本であとの半分はフランス」
「へぇー、すごーい!」
終わりの無さそうな質問を淡々と答えていく転校生。
従来、転校生ってのは美男子か美少女ってのがお決まりらしいが、どうやら本当らしい。
「すんげぇ人気」
転校生周りにできている人集りを見て思わず言ってしまう。
「そりゃね、転校生ってだけで人気になるのにハーフだもん。それにあの金髪なら尚更だよ」
俺の独り言を聞いて桜井が答えてくる。
「桜井、さんってあーゆうのが好み?」
「え? 私!? わ、私は金髪より黒髪の方が好み……かな」
桜井と呼び捨てしそうになったが、今日初めて話したってのに呼び捨てはどうかと思い、咄嗟にさんを付ける。
「へぇ。あ、だから髪を染めないでいるのか」
「え? あぁ……うん」
今日初めて喋ったっていうのにスムーズに話が進む。なんて言うか、話しやすい。
クラスの委員長をやっている位だもんな。俺と違って人間性が高いんだろうな。
「ん?」
「どうかした?」
「今、転校生がこっちを見ていたような……」
「そんなワケないよ。ほとんど転校生が見えないぐらい周りに女子に囲まれてるんだから」
桜井が言う通り、転校生の周りにはクラスの女子が囲んでこちらからは見えない。
しかも、廊下には別クラスの女子が見に集まって来てる程だ。
「ん、まぁ……そうなんだけど」
でも見られていた感じがした。気のせい、か?
一時限目開始のチャイムが鳴って授業が始まる。
何をする訳でもなく、ボーッと窓から外を眺めて時間を潰す。
窓から眺める外では、体育の授業で暑い中、生徒が校庭を走っている。
「…………」
授業終了のチャイムが鳴り、休み時間に入る。
「……気に入らねぇな」
鞄を持って席から離れる。
「あ、咲月君!? 次の授業は!?」
「フける。先コーには適当に言っといて」
そしていつも通り屋上に足を運ぶ。
屋上へ出る扉を開けると強い日差しと暑い空気が肌を触れる。
「あっ、つ」
眩しくて額に手をやる。日陰ができてる所を探す、と。
「よっ」
先客がいた。
「もう居たの、先輩」
鞄を地面に置いて先輩の隣に座る。
「今日はどうしたよ? 真面目に授業なんて受けちゃって」
「気まぐれだよ。朝もなーんか妙に目が覚めてさ、遅刻しなかったからなんとなく出ただけ」
その気まぐれのおかげで隣席のクラスメイトの名前が分かった訳だが。
「で、気まぐれで授業に出たけど面倒臭くてサボった、と」
「いや、今日はちょっと、ね。ちょっと気に喰わない事があって」
「気に喰わねぇ事?」
「今日さ、俺のクラスに転校生来たんだよ」
「あぁ、確か金髪の」
「…………」
「どうした?」
「なんで知ってんの?」
俺なんか今日転校生が来ること知ったのに。
「俺の情報網ナメんなよ?」
どういうルートから知ったんだ? いや、本当。結構マジで。
「まぁとにかくさ、その転校生がちょっとね……」
「何した?」
「金髪のハーフだから女子に囲まれてさ、俺も珍しかったんで見てたんだよ」
「じゃなんだ? つまりは女子に囲まれてたのが気に喰わなかったってか?」
「ちげぇ、その後だよ。なんか一瞬その転校生に見られた気がしたんだよ」
「気のせいじゃねぇのか?」
「と思ったんだけどね、違ったよ。そのあと授業中ずっとソイツの視線が感じんだよ」
「見られるぐれぇいいじゃねぇか」
「ただ見られてるだけならいいさ」
だけど、転校生の視線は『見られている』というより……。
「監視されてる、って感じだったんだよな」
そう、小さな動作1つからでも何かを探ろうとする突き刺すような視線。
「監視ィ?」
んなバカな。と先輩は言いたげな顔をする。
「なんつーか、ただ普通に人を見るような感じじゃなかったんだよ。だから胸クソ悪くなってココに来たんだよ」
「胸クソ悪くなんなくてもここに来たクセに。気に入られたんじゃねぇの?」
「んな訳ねぇっつの。転校初日っから人にケンカ売ってくる度胸は認めっけどな」
でもやっぱりあの視線は気に入らない。
「そういやお前、今日はどうすんだ?」
「あ?」
どうするって、何が?
「昼飯だよ、昼飯」
「あぁ、購買で買ってくるつもり」
なんだ、昼飯かよ。てっきり転校生の事かと思った……。
今日は普通に学校に来たから途中で買ってこなかった。いつもは遅刻しながらゆっくりコンビニに寄ってからくるんだが。
「なら丁度いいや。んじゃ、いつものやるか」
「……やりますか、いつもの」
含み笑いを浮かべながら見てくる先輩に、俺も含み笑いで返す。
そして、利き手である右手を強く握り締めた。
* * *
…………で。
俺は今、パンやらオニギリやらが大量に入った袋を片手に持ち、廊下を歩いている。
「ったく、こんなに頼みやがって……」
いつもの……そう、世間で言うジャンケン。
負けた方が勝った方の分まで、売店で昼飯を買ってくるというルール。
んで、ものの見事に負けてパシリになった。つーか最近負けっぱなしなんだよなぁ。
別に買ってくるのは苦じゃないんだけど……買いに行くよりは楽したいわな、やっぱ。
昼休み前の授業が終わる前に購買に買いに行くから人気商品もすんなりと買えるワケで。ま、サボりの特権ってヤツ?
二度目の屋上への階段を上って外に出る。
「ホラよ、先輩。買ってきたぞ」
ビニール袋を先輩に渡す。
「お、来た来た」
「こんなに食えんの? 先輩」
「いやな、今日は起きたら朝飯が無くてよ。だから朝からなんも食ってねぇんだわ」
ガサガサと自分が頼んだ物を袋から取り出す。
「んだったら自分でなんか作りゃあいいのに、どうせ遅刻してんだからさ」
「そんな面倒臭いっての。家で食うっつっても朝起きたらパンだけ置いてあるだけだしよ」
「先輩なぁ……用意されてるだけでもいいって。1人暮らししてると、そういう有り難みっての分かるぞ?」
一人暮らしで辛い事の一つが飯の準備なんだよ。朝起きてからとか、夜に外から帰ってきてからってのはハッキリ言って辛い。と言うか面倒臭い。
だから、結局はコンビニやファーストフードなんかで済ませてしまう。
「そうかぁ? 俺はさっさと1人暮らしをしてぇけどねぇ」
「ま、してみればイヤでも分かるよ」
先輩からパック牛乳を受け取ってストローをさす。
「お前さ、これだけで足りんのか?」
俺が買ってきた本日の昼飯はパック牛乳と焼そばパン一つ。
「足りるワケないっしょ。金欠なんだよ、今」
「言っておくけど、今の俺の腹は人に食べ物を分ける余裕はねぇかんな?」
「言わなくても解ってるっての」
喋りながら焼そばパンの袋を開ける。
「親から仕送り貰ってんだろ?」
「まぁ、ね」
「なんで金欠なんだよ?」
「コンビニの弁当って結構高ぇんだよ、独り身には。一応自炊はしてんだけど……やっぱ面倒臭っつーのがあってさ」
「ふーん」
「だからあと三日を二千円円で過ごさにゃならないんだよ」
単純計算で一食約二百円。……正直きついです。
「ガンバレよ、一人暮らし。三日後には仕送りが来てくれんだから」
「いやいや、仕送りが来んのは一週間後。三日後にはバイト代が入んだよ」
「バイト? お前バイトなんかしてたのか?」
「結構前からな。仕送りだけじゃ厳しくて」
仕送りを貰っていると言っても、家賃払っての残り分は二万。
無理言ってコッチに一人暮らしをしてこの学校にに通ったのもあったし……。
それに親にはあまり負担をかけたくないから自分から二万でいいと言ったけど……やっぱり厳しいもので。
「んで、なんのバイト?」
「コンビニだよ。コンビニの店員」
「へぇ、どんくらい貰えんだ?」
先輩はパンを食べ終わり、オニギリを開けながら聞いてくる。
昔はまったく人付き合いが好きじゃなかった俺が、コンビニのバイトをするなんてな。自分でもちょっと意外だったりする。まぁ、生き抜く為には四の五の言ってられなかったし。
「あーっと、時給九百円だっけかな?」
ストローを啜ってパック牛乳を飲みながら答える。
「まぁ、そんなもんか」
「今日は五時からバイト入ってんだよ」
「大変だねぇ、苦学生は」
昼飯を全部食べ終わってお茶を飲んで一息つく先輩……つーかどんだけ食ってんだよ?
「まぁとにかく、はい」
ほいっと先輩の前に手を出す。
「んぁ? 食いモンなら全部食ったぞ?」
「違う、昼飯代を貰ってねぇの」
あぁ、と思い出したような顔をする先輩。
「貸しで」
「今の俺にその冗談は通じないのはさっきの話で知ってるハズだよな、先輩?」
所持金二千円の中から先輩の昼飯代を出したんだ。帰してもらわないと生死に関わる。
「わーってる、わーってるよ! いくらだったんだ?」
「八五十円」
「うへぇ、安くなんねぇ?」
「一切ならねぇ」
財布からお金を取り出してキッチリ昼飯代を払う。
「学食行ったほうが安かったんじゃねぇの?」
「安くはなるけどフライングができないからな。第一、混むからやだ」
キーンコーン……と昼休みの終わりを告げる鐘が鳴った。
「お、予鈴。んじゃ俺は行くかね」
昼飯のゴミをかたずけて立ち上がる。
「珍しいな、午後の授業に出んのか?」
「テストはなんとかなっても出席数はどうにもならんからね」
「そらしゃあねーな。じゃ午後は1人で昼寝でもしてるか」
「んじゃな先輩、また明日。多分今日はもう会わないだろうから」
「おーう、じゃあな」
ガチャリ、とドアを開けて校舎に入る。屋上へと繋がる踊り場の空気はひんやりとしていて涼しい。
「いつも思うけどここって涼しいよな。教室はあちぃのに。陽が入んねぇからか? っとヤベ、予鈴鳴ってたんだ!」
ヤベェヤベェ、せっかく授業に出ても遅れたら意味ねぇ……。
走って教室に向かい、なんとか間に合って午後の授業を受ける。
「あっつ……」
走って教室に来たから非常に暑い。外からは蝉の鳴き声が窓から漏れて聴こえてくる。
時折フワッと入ってくる程よい風が気持ちいい。そして、先生の話が子守歌に聞こえる。
「あー、ねむ」
右手を枕にして風の入ってくる窓側に顔を向けて机に寝る。
「ったく、相変わらずかよ」
また感じる視線。鋭く、何かを探るような嫌な感覚。
「いいや、寝よ」
いつまでも気にしてたって疲れるだけだし。
ウザイと思いつつも無視をし、そのまま午後の授業は寝通した。出席数ってのは授業に出てればいい訳で。
* * *
「んぁー……」
腕を真上に伸ばしてググーッと背伸びをする。
あー、枕にしてた右腕が痺れてる。しかも身体が痛い。
「机で寝るの久々だったからなぁ」
あとはホームルームをやって終わり。そしたら帰って着替えたらバイト行かねぇと。
「咲月君、はいコレ」
担任が来るのを待ちながらボヘーッとしていると桜井から紙を渡された。
「ん? なんだぁ、こりゃ? 『Lien Ame Enger君歓迎会』だぁ?」
ピンクやら黄緑やら水色やらの蛍光ペンで、紙には目が痛くなりそうな位に派手に女の子文字で書かれていた。
「Rien Ame Engreって英語で書いた燕牙君の名前だって」
あぁ、そりゃそうか。このタイミングで歓迎会っつったら転校生しかいねぇよな。
「ふ~ん。『Rien Ame』ねぇ……」
「学校終わったら駅前でカラオケだってさ」
カラオケっつったってどうせ女子がほとんどなんだろうけどな。
それに、転校生って日本の歌とか歌えるのか? って大丈夫か。自己紹介の時、日本語ペラペラだったし。
「俺はパス、これから用事あるし。桜井さんは行くの?」
「行かないわよ。興味ないもん」
などと話している内に担任が教室に入ってきた。
いつもとたいして変わらない内容のホームルームが終わり、生徒達が帰り始める。
そして、歓迎会に行く前でテンションの高い女子達。
「さっさと帰ってバイトに行かねぇと」
遅れたりしたら店長に怒られちまう。ウチの店長って色んな意味で怖いから。
鞄に配られた日程やら連絡やらのプリントを入れる。
さてと、と机から立ち上がって教室から出ようとした時――――。
「アレ? 咲月君は歓迎会に来ないの?」
突然横から話し掛けきた。
ん? と横目で話し掛けてきた人物を見る。まぁ、見なくても誰かは分かっていた。
理由は簡単、ずっと視線を送っていた奴だったから。
「あぁ、用事あっから。それに興味ない」
「残念だなぁ。転校してきたばかりで、分からない事があるから色々話したかったんだけど……」
今まで監視するような視線を感じさせていたとは思えないような態度。
「つーか、なんで俺の名前知ってんの?」
「あぁ、咲月君、授業に出てない時あるでしょ? それで気になって女子からきいたんだ」
「ふ、ん。ま、とにかく俺は歓迎会には出ねぇから。あぁ、あと……」
燕牙の傍に歩み寄る。
「嘘の名前にしては捻りが無いな」
燕牙の耳元で小声で喋り、教室から出る。
そして、出ていったその後ろ姿を見ながら燕牙が呟く……。
「……残念だなぁ。ホントに残念だよ」
そう言う燕牙の顔は、ついさっきまで話していた顔とは全く別の表情になっていた。
にこやかな人懐っこい笑顔は消え、鋭く睨むような目付きをさせて。
* * *
6/28
「先に上がります、お疲れさまでしたぁ」
現時刻は零時半過ぎ。バイトが終わって重く感じる足を引きずりながら家に向かう。
昼飯をあまり食べなかったせいか、いつもより疲れた気がする。
「しかし、ラッキーだ。こんなに貰えるとは」
夜勤で入ってたヤツが遅れるとの電話があり、店長にソイツが来るまで代わりにシフト時間を延長させられた。
金が無くて飯をあまり食ってない事を店長に話したら賞味期限が昨日までの売れ残り弁当を四つもくれた。
賞味期限が昨日までっつってもほんの数十分前。久々にまともな飯が食える。帰って一つ、明日の朝、昼、夜とで三つ、合計四つ。つまり明日は三食きちんと食べられる。
賞味期限が切れてたって冷凍庫に入れといてチンすりゃ食える食える。
「――っ!」
勢い良く後ろを振り返り、辺りを見回す。深夜ということもあり、人どころか人影すら無い。
薄暗い道を小さく照らす外灯。静寂しかない空間。
「なん、だ……?」
無音、無人、無影。
そんな所で一瞬、おぞましい気配がした。背筋が冷たくなるようで吐き気さえ覚えるような……。
そう、冷たく鋭い『殺気』。
感じたのはほんの一瞬。自分に向けられたモノかどうかも解らない。
「ハッ、まさかコレまでアイツじゃねぇだろうな?」
学校で俺に視線を送り続けてきたアイツ――――。
いや……違うな。アイツの『雰囲気』とは質が違かった。
昼間に感じた転校生のも確かに気分のいいモノじゃなかった。だが、今のはもっと別の……。
「気味が悪ぃな……ったく、なんだってんだ」
変な事が起きる前にさっさと帰るか。嫌な感じがする……。
* * *
ア、レ……?
ココ、は…………?
懐かしくて、泣きたくなって……。
なのに、皆、全部が――――。
* * *
「はっ――――!」
ビクッと体を跳ねつかせて目を覚ました。
「はっ、はっ、はっ、はっ……」
いつもの、夢? アイツが死んだ時の……夢?
いや、違う。覚えていないけど……覚えている。アイツの夢ではない。
身体が熱い。汗でシャツもひどく濡れている。
怠い。起き上がるのも嫌になるくらい、身体が酷く怠い。なんとか起き上がり、ただ床を見つめる。
頭が働かない。ボーッと下を見つめて時間だけが過ぎていく。
「あ……そうだ、今何時だ?」
やっと頭が働きだした。部屋にある目覚まし時計に目をやると、時間は朝六時を少し過ぎたところ。
「は、ぁ」
大きく息をしながらベットから出る。身体が重く感じる。具合が悪い訳でもない。ただダルイ。
「シャワーでも浴びるか……」
早く目が覚めて時間もある。汗もかいたというのもあるが、こういうのはサッパリして気分を変えたほうがいい。
浴室に行き、十分程でさっとシャワーを浴びる。
* * *
「ふぅ、やっぱシャワー浴びて正解だったな」
たいぶ気分がスッキリした。冷たい水を浴びて気が引き締まったせいかダルイのもなくなったし。
タオルで頭を拭きながらテレビの電源を入れる。テレビの画面では女性アナウンサーがいつもと変わらない様子で、慣れた無機質な口調でニュースを読み上げていく。
『――現在調べているのですが、まったく手掛かりがなく……』
テレビの向こうで、原稿を読んでいる女性アナウンサー。
『…県、立花町で起きていて一番問題になっている連続行方不明事件なんですが……』
立花町……? 聞きなれた町の名前が出てきて、リモコンを手に取りテレビの音量を上げる。
テレビの画面に、テロップで事件が起きている地域が映し出されていた。
「俺のいる町じゃねぇかよ」
いつもは他人事で見ていたニュースだが身近で事件が起きると急に不安を感じる。
チャンネルを変えてもどのテレビ局も同じニュース。
「最近テレビなんか見てなかったからな……」
コンビニ弁当を冷蔵庫から取り出してレンジで温める。
チン、と電子レンジから温め終了の合図が鳴り、弁当を取り出す。
「アッチ」
温め過ぎて熱くなった弁当をテーブルの上に置き、箸を手にする。
さっきのニュースは既に終わっていて今は政治関係のがやっているが、俺はまったく興味がない。他に見るものがある訳でもないのでそのまま付けっ放しにして弁当を食べる。
テレビではいかにも何か悪い事をやってそうな主立ちをしたオッサンが逆切れしながら言い訳臭い事を記者に言い放ってる。
「どうせ捕まるんだから言い訳しねぇで大人しくゲロっちまえばいいのに」
政治関係のニュースで大事になったヤツは大抵捕まるからな。
朝飯も食い終わり制服に着替える。時間も程よく丁度いい。
「授業に出るかどうかは別として最近時間通りには登校してるよな、俺」
なんか目が覚めるんだよな。つーか、イヤな夢見て目ぇ覚めてないか?
「……」
ま、気にしなくていいだろ。さて、学校行くか。
冷凍庫に入れておいたコンビニ弁当を袋に包んで鞄に入れて部屋を出る。外は天気が良くて今日も暑くなりそうだ。
学校近くになると他の生徒もチラホラ。
んー、ここ最近は朝飯抜きだったからキツく感じたこの長くて急な坂も今日は苦を感じないな。店長ありがとう。
教室に着き、鞄を机の横に掛けて椅子に座る。
思ったよりギリギリだったな。余裕だからってのんびりし過ぎた。担任が教室に入るの見えたからな……。
しかし、せっかく遅刻しないで登校したから1時限目を受けているが……暇だ。そして、目覚めよく起きたのに早くも眠い。
先公の話がつまらない。まぁ、授業が楽しく思える人は希少なワケで。
なんとか退屈過ぎる授業を耐えて休み時間に。相も変わらず転校生の周りには女子が集まってんなぁ。
「燕牙君、昨日急に帰っちゃうんだもん。みんなガッカリしてたよ?」
「あはは、ごめんごめん」
なんて昨日の歓迎会だかの話をしている。
「ん…? てか転校生のヤツ、昨日は途中でバックレたのか」
さすがにあの人数の女子相手はキツかったか?
「なんか急用ができて帰ったらしいわよ」
「あ、そうなの」
独り言に返事が返ってきて少しビビった。
「……なんで桜井知ってんの?」
確か昨日は興味ないから行かないって言ってたよな?
「もしかして行っ――」
「と、友達から聞いたのよ!」
俺が言葉の全部を言い切る前に、桜井がそれを否定する。
「……さいですか」
こりゃ大変失礼しました、っと。そろそろ教室出ねぇと先公が来ちまう。サボるとこ捕まっちまったら何を言われるか分かんねぇ。
特に教育指導の先公なんか、どこで聞き付けたのか分からねぇがグチグチ前の事も引っ張り出していつまでもしゃべりやがる。
というワケでさっさと屋上へ行きますか。
机に掛けていた鞄を取って教室から出る。
階段を上って屋上への扉を開けるとギィ、と重々しい音が踊り場に少し響く。今日も天気が良くて日差しが眩しい。
「先輩、もういるかな?」
屋上への入り口の影ができてる裏の方に行ってみる。
「あぁ、いたいた」
「あー? あー……、よぉ」
先輩がダラっと暑そうに寝転がってる。
「なんか必要以上に暑そうだけど?」
「ここに来る途中に浅田のヤローに見つかってよ。久しぶりに鬼ごっこしちまったよ……」
「うっわ、浅田だけには捕まりたくねー」
教育指導だからやけに五月蝿い。事あるごとに怒鳴りやがってよ。
まぁ、俺や先輩がよく授業をサボったりするのが悪いんだけど。
「うぁー、あぢぃ」
大の字に寝転がって先輩はグッタリしてる。
「よかった、俺見つかんなくて」
横でダウンしている先輩を見てホッとする。
「あ、そうだ」
鞄から袋に包んだコンビニ弁当を取り出して日光の当たる場所に置く。
「なにしてんだ?」
気になったのか先輩が聞いてくる。
「解凍」
先輩はハァ? という顔をしている。
「昨日のバイトで余った弁当もらってたんだよ。今日の昼飯に冷凍庫に入れて凍らせて持ってきたんだけどさ、以外と溶けないから日光に当てとけば昼飯時には解凍できるかと思って」
「学食ンとこ行けばレンジあるじゃねぇか」
「先輩は混みまくってる学食場に行きたい?」
「……行きたくねぇ」
「そうゆうこと」
* * *
それから少し喋ってたが仲良く昼寝。どうやら先輩も昼寝目的で屋上に来たらしい。
「ん、ぁ……」
コンクリートに寝そべって寝てたせいで体の所々が痛い。
「ってぇ……先輩ドコ行った?」
目が覚めると、隣で爆睡していた筈の先輩がいなくなっていた。
右、いない。左、いない。後ろ、いない。空、いる訳ない。
まさか授業に……ってそれはないか。本当にドコ行ったんだろ?
「お、起きてたか」
ドアが開いた音がしたと思ったら、入り口の方から探し人がビニール袋を持って歩いてきた。
「ホレ」
持ってたビニール袋の中からペットボトルを取り出して投げ渡された。
「喉乾いてっだろ? おごり」
「お、ありがたい」
日陰とはいえ真夏の真っ昼間に寝てたら汗はかく。このタイミングで冷えた飲み物は助かる。
しかも奢り。マジありがたい。
「どこ行ってたんだよ?」
「売店。込む前に昼飯買ってきた」
ズボンから携帯電話を取り出して時間を見てみると12時半を過ぎていた。
もう昼時だったのか。結構寝てたな。
「それより、アレ、いいのか?」
「あ?」
先輩が指を差した先を見る。
あ、弁当! 直射日光に当てっぱなしだった!
急いで直射日光をサンサンと浴びている弁当を日陰へと避ける。
「かなり温かい……」
ヤバい。これ食えるかな…? しかし、貴重な食料だ。捨てる訳にはいかない。
弁当の蓋を開け、恐る恐のおかずを口に入れて噛み締める。
「……どうだ?」
「あ、以外と余裕。冷蔵庫じゃなくて冷凍庫に入れてたのが吉と出たかな?」
つーか、むしろオカズのからあげの中がまだ少し冷たかったり。
「そーいやさぁ、先輩?」
「ん?」
「あのさ、例の事件……知ってる?」
「例の事件?」
「連続行方不明ってヤツ」
「あぁ、知ってる知ってる。確か昨日八人目の行方不明者が出たっつってたな」
パンを噛って先輩が答える。
「え、八人もいなくなってんの!?」
正直ちょっと驚いた。連続行方不明事件だってから一人ではないのは分かっていたけど八人も……。
「なんだよ、お前知らなかったのか? 自分の住んでいる所で起きてんだぞ?」
「すいませんね。なんせ昼間は学校で夜はバイトなんでテレビ見る時間があんまないんだよ」
そういえば最近、バイトで夜に帰るとき人が少なく感じていたけど……この事件のせいだったのか。
「だから親が最近うるさくてよ、夜中に出歩けねぇんだよな」
そう言いながら先輩はつまらなそうな顔をしている。
「自分が住んでる街で起きてるからって絶対自分も巻き込まれるとは限んねぇのによ」
「しゃあねぇよ。親は子の心配するもんだろ」
食べ終わり貰ったジュースを飲む。
「そういうお前の親はどうなんだよ。息子が一人暮らししてる所で事件が起きてんだ。一時的に帰って来いとか言われねぇのか?」
「言われねぇ言われねぇ。俺、半勘当状態だかさ。アッチから連絡なんてこねぇよ」
ははっ、と笑って答える。別に勘当されてる事にはこれといって何も感じていないから。
「勘当って……初耳だぞ?」
普段あっけらとしている先輩も少し驚いてる。
「だって今初めて言ったもんよ」
「あのな……ちょっと待て。勘当してんのに仕送り貰ってんのかよ?」
「だから半勘当なんだよ。昨日こっちには無理言って通ってるっつっただろ?」
「あぁ、そういえば」
「実は親父が猛反対してさ。行くなら勘当だ、って言われちまってよ」
あの時の事を思い出して苦笑いが出た。
「だから勘当覚悟でこっちに来ることにしたんだけど母さんが『やっと初めて自由になったんだから』ってさ、親父には内緒で毎月仕送りしてくれるんだよ」
「初めて自由に、って大げさ過ぎじゃねぇ?」
「いやね、俺の実家って古い道場でさ。親父は一人っ子の俺を受け継がせるって言い張っててよ。物心つく前から稽古されて友達と遊ぶことすら出来なかったんだよ」
我ながら苦い思い出だなぁ、と思う。
「なんだかしょっぱい過去持ってんなぁ」
先輩もケラケラと軽く笑っている。まぁ、俺もそこで哀れむような顔で同情されても困る。
「そのせいでこんな性格になっちまったよ」
笑う先輩に俺も笑って返す。
二人で笑い合い、その後に少しの沈黙ができた。
「……先輩、さ」
「あぁ?」
「聞かねぇの? 俺がこの街に執着している理由」
目を合わせず、ただ空を見て喋る。
「俺は聞いても答えてくれないと解ってる事は聞かねぇの」
先輩も目を合わせようとせず、小さく笑いながら答える。
気を利かせて聞かないのか、興味がなくて聞かないのか。先輩の場合は多分前者だろう。
「あ、でもこれは聞きてぇんだげど……お前の実家の道場って何教えてんの?」
「あー、何て言えばいいんだろ」
「空手とか剣道とかじゃねぇのか?」
「いや、家のは結構珍しくてさ。古舞術ってヤツなんだよ」
「古舞術ぅ?」
先輩は予想から外れた答えが返ってきたからか、眉毛をへの字にしている。
「かなり昔の祖先が編み出した武法で、対武器所持相手を前提に考えられたんだよ」
って親父から小せぇ頃教えられた気がする。
「なんで武法なのに古舞術っつーんだ? 普通は古武術って言わねぇか?」
「それはその武法を考えた祖先が『舞』を元に『武』を生み出したかららしい」
「へぇ。つまりお前は誰かと戦り合う時は舞ってるワケか」
先輩は面白そうなものを見るような目で俺を見てくる。
「先輩には悪いけど、舞を元にしただけで戦い方全てに舞が入ってる訳じゃねぇから」
「んだよ、つまんねぇ」
そんなに俺が舞ってる姿を見て笑いたかったのか?
「それに俺の場合、教わった古舞術に我流でアレンジしてるから尚更舞の部分は無くなってるし」
「アレンジ? お前そんな器用なこと出来んのかよ」
「まぁね」
正直、武術に舞が入ってて恥ずかしいから舞の部分だけをアレンジしたとかってのもあった。
他には自分の技も創ったりも。当然、親父には内緒でだが。
「だけど納得したわ」
「あ? 何が?」
「お前が強ぇ理由だよ」
「あぁ、その事か」
てっきり俺がココに執着してる理由かと思った。
「戦り合ったことはねぇけど、今までのSDCを見てりゃお前が大分強いのが分かるよ」
「そう言う先輩だって『読感術』使えるだろ。何か武術をやってて特殊な修業みたいなのをしないと使えないのに」
「あれはなんか気付いたら、ってな感じだからなぁ。その修業みたいなのってどんな事すんの?」
「方法はいくつかあるらしいけど、俺は山籠りだったな。数週間籠もって山の動物の動きや気配を感じ取るような事をしたり」
ちょっとした仙人みたいな感じ。
「数週間って……そりゃキツイな」
「ちなみに小学校二年の時にやった」
それも夏休みを使って。遊ぶ友達も予定も無かったから、当初子供だったにも関わらず文句一つ言わずにやり遂げた。
「ハァ!? ありえねぇ」
「それをやらずに使えるんだからよ。てか気付いたら使えたって言ってたけど、それっていつ?」
「ん~、あれは確か……高一ン時かな?」
「高一ぃ!? 最近じゃん! てっきりもっと前から使えてるもんだと……」
キーンコーン……昼休み終了の鐘が鳴った。
「やっべ、午後の授業は出ようと思ってたんだ」
「あらら、最近真面目だねぇ」
「昨日も言っただろ、出席日数がヤバいんだよ」
でもま、寝てる場所が屋上か教室かの違いなだけで。
「んじゃ、俺は帰って街でもブラつくかね」
そう言って立ち上がり、洋は背伸びをしてる。その後、校内に入って階段で先輩と別れた。
さて、授業に出たのはいいが……暇だ。出席日数というものがなければ出なくて済むのに。
こんな内容の授業なら一人で勉強した方がマシだ。ただ教科書が喋るか喋らないかの違いだけ。
むしろ、一人の方がスムーズに進むから時間を節約できる。あぁ、まったく暇で無駄な時間だ。
「……ねぇ」
授業中にも関わらず小声で話し掛けられた。いや、授業中だから小声なのか。
声の主は隣席の桜井。
「なんか調子悪そうだけど、どこか悪いとこでもあるの?」
「そう見える? どこも悪くねぇよ。いたって普通」
そういう風に見えたか? ただ考え事をしていただけだが。
「そう? ならいいんだけど……」
いや、違うな。どこも悪くないと言ったが、今気付いた。俺は今、物凄く機嫌が悪い。原因は、このつまらなく暇で無駄な時間。
そして、もう一つ。アイツの視線だ。
相変わらず教室に入る途端に視てくる。その内やめるだろうと思い何も言わないでいるが、やはりやられて気分が良いものではない。
第一なんで俺を視てくる? 理由はなんだ? それとも偶々俺だっただけか?
ま、ヘタに刺激して問題になったら面倒臭ぇ。つまりアレだ。さわらぬ神に祟りなし、だ。
結局、暇な授業でやることと言えば一つ。寝るだけだ。
それに今日はバイトが夜勤だから今のうちに少しでも寝ておきたいし。
いつものように片腕を枕にして眠りこける。
* * *
「ちょ――き――――君――」
声が、聞こえる。
「咲――君――てば――――」
その声は段々と、段々と近づいてくる。
ダメ、だ……コッチに来ちゃ……。
* * *
「咲月君っ!」
近づいてきた声は大きくなり、目を覚ました。
「あ……」
軋む体を起こして周りを見渡す。
すると、机の前に桜井が立っていた。
「もう放課後なんだけど」
言われて教室の時計を見ると4時を過ぎていた。教室には生徒は桜井を含む数人しかおらず、昼間と比べてがらんとしている。
「あ、ホントだ」
授業の合間の休み時間にも気付かないで寝てたのか。
…………よく寝るな、俺。屋上でも寝たのに。
「それより大丈夫? なんかうなされてたみたいだけど……」
「え? いや、大丈夫だけど」
うなされてた? 悪い夢を見たような覚えはないんだけ……いや、そういえば――。
確か俺は声が聞こえてきて……その声の主に対して『来ちゃダメだ』みたいな事を言った覚えがある――。
でも、それ以外覚えていない。
「それに汗すごいけど、やっぱり本当はどこか悪かったんじゃないの?」
額に手をやると、汗をびっしょりとかいていた。
「大丈夫大丈夫。この汗は暑い教室で寝てたからだよ」
それだけじゃない。身体が熱い。
また―――例の夢を見たんだろう。覚えているのに思い出せない夢。
「そう?」
「それより起こしてくれて助かったよ。このまま寝てたらバイトに遅れるところだった」
「咲月君、バイトしてるんだ」
「まぁね」
鞄を取って椅子から立つ。
「そんじゃ、お先」
「あ、うん。じゃあね」
下駄箱で靴を履き変えて学校から出る。
来る時は面倒な坂も帰りは楽だ。しかし、バイトまではまだ時間があるな。
さっき桜井に言ったのは……まぁ嘘なワケで。
例の夢のせいで身体がまたダルくなって人と話をするのが嫌だったから。
正直、今もまだ少し怠い。寝たのに体調が良くなる所か悪くなるってどうゆう事だ?
とにかくこれからバイトの時間までどうするかだな。家に帰ったら家から出たくなくなりそうだ……。
街に行ってみるか。気分転換も含めて。もしかしたら先輩に会うかもな。街でブラブラするって言ってたし。
* * *
しかし、街まで来たのはいいが金がないから行くところが制限されるな。
金がかからず尚且つ時間を長く潰せる事と言ったらやはり、立ち読みしかない。
最近の週刊誌は結構バイトの合間に読んでたけど月刊誌とか読んでなかったからな。
一番でかくて立ち読みできる本屋はバイト先から少し離れてるけど時間があるからいいか。
クーラーの効いた涼しい中、一時間程立ち読みをして時間を潰す。
そろそろ行かないとバイトの時間に遅れるので本屋から出る。
俺がよく読んでたマンガ、なんだか話がかなり進んでたなぁ。全然ストーリーの内容が分からなかった。
あとで単行本でも読むか。勿論、買って読む程家計に余裕がある訳が無いので立ち読みで。
「あ、そういえば……」
昨日もらった最後のコンビニ弁当どうしよう?
今からバイトしたらまず夕飯は食わないだろう。てか食えない。夕飯が食えないのは平気なんだが弁当を捨てるのはもったいない気がする。
かと言って明日の朝に食えるか?
「……」
冷凍庫に入れてあるから大丈夫だ!
賞味期限が切れてようと一日や二日、変わんねぇさ! 第一、賞味期限ってのはその商品を一番美味しく食べれる期限を指しているんであって、で食べれなくなる期限を指している訳じゃない! ……ハズだ。
と、そんな事を考えてる内にバイト先に着いた。店内に入って着替える。
「そういや先輩に会わなかったな」
まぁそう簡単に会うはずもないか。会ったとしてもどうもしねぇし。先輩の事だから多分、ゲーセンにでも行ったんだろ。
「さて、と。働きますか」
タイムカードを押して、生きて行く為に今日も働く。
* * *
6/29
はぁ、やっぱり夜勤は疲れる。
バイトが終わって重くなった足を引きずって歩く。時給はいいけどきつい。
特に商品の入れ替えがヤバい。弁当だけでかなりあるし、何より業者が来てジュースやら菓子やらの入ったダンボールを倉庫に運ぶのが半端ない。
他は大したことないんだけどなぁ。
例の連続行方不明事件のせいか冗談抜きで客が一人も来なかった。
携帯で時間を見ると朝の6時ちょい過ぎ。今から学校に言っても早すぎるし……どうすっかな。
「そういや風呂入ってねぇや」
汗で少しベトベトするな。
「一旦帰ってシャワーでも浴びるか」
学校に行くかは気分次第と言うことで。
んー、少し目がシブシブする。雑誌、読みすぎたかな?
いくら客が来ないからってバイト中に寝るわけにはいかないしな。だから、暇潰しっつったら雑誌を読むか携帯をいじるしかない。
……目が疲れても仕方ないか。
「さぁてさて、と」
やっとマンションに着いて自分のポストを調べる。
「ったく、相変わらず広告関係が多いったりゃありゃしねぇ」
その中で一つ、黒一色の目立つ手紙。
「……早いな」
前回から日にちがあまり立っていない。そして、この前の黒い封筒。
――『生キ残レ』。ルールの変更らしき内容。そのルールが変更されてから初めてのSDC……。
何が起きることやら。
「ま、だけど……」
決まった事が一つ。
「学校には行かないといけなくなったな」
俺の所に手紙が来てるなら先輩にも来ているはず。なら、学校に行って先輩に話がある。
「とにかく、まずは……シャワー浴びないと」
手紙を鞄に入れて自分の部屋に入る。
* * *
今日も天気が良く日差しも強い。気温はいくらだろう、とても暑い。
そんな暑い日の学校の屋上に二人の生徒。
「……で、やっぱり先輩の所にも来たんだ」
「あぁ。昨日、家に帰ったら手紙が来てた。前に届いた黒い封筒の手紙の内容通りに、昨日届いた手紙の文章も『生キ残レ』に変わってたよ」
「その『生キ残レ』ってやっぱり……」
「そのまんまの意味だろうな」
少しの間、沈黙が続いた。裏の神社から蝉の鳴き声だけが耳に聞こえている。
「怖いのか?」
先に口を開いたのは先輩だった。
「……」
どうなんだろうか?
本当かどうか分からないが前回までとは違い、次からは生死が関わる事になる。
「……どうなんだろうね。実際はよく解らない。まぁ、どちらかと言うなら怖くない、って言っておきたい所なんだけどな」
カッコイイからとかじゃない。そう自分に言い聞かせたいから。
「だけど……」
「ん?」
「先輩に聞かれて、怖くない。ってすぐに答え返せないで悩んだって事は、やっぱ頭のどっかで怖がってんだな、ってさ」
「……そうか」
先輩は一息置いて、空を仰ぐ。
「でもさ」
「なんだ?」
「今度からは死が隣り合わせにある、って知らされて怖がるってんだから……脆い人間だよ、俺は」
空を仰ぐ先輩とは逆に、俺は頭を下げてアスファルトを見つめている。
「……そういうモンだよ、誰だってよ」
「本当は最初から死人は出ていてそれを俺等が知らなかったり、そんな場面に出くわしてないだけかもしれないのにな」
そう、真夜中に戦り合ってただで済むとは言いきれない。
なにより欲望が剥き出しになっている人間は怖い。己の為だったら他をなんとも思わないヤツだっている。
「それはない、とは言えないな。夜の学校であんなことしてんだ。でもま、死人が出てたら普通ニュースになるだろ」
それもそうだ。死人が出てたら今頃は休校とかになってる筈だ。
「先輩はどうすんの?」
「ん? まぁ、今回は出てみるつもりだよ」
「死ぬかもしれないのに?」
「マジでヤバかったら、授業みたく途中でフケりゃいいんだよ」
ハッ、と息を吐いて洋は笑う。
「そうだよな。殺される前に逃げりゃいいんだ」
「生きてりゃいいんだよ。生きてりゃ、な」
「先輩の場合はただの暇つぶしだもんな」
「……暇つぶしで済めばいいんだけどな」
「……」
再び沈黙が起きる。そしてまた、先に沈黙を破ったのは先輩だった。
「ま、なんとかなるさ。俺も、お前もさ」
なんとかなる、か。先輩らしいっちゃらしいな。
俺がSDCに対して気負いすぎてるのに気付いて言ってくれたってのもあるんだろう。
「そう、だな。なんとかなるか」
話を区切るように学校の予鈴がなった。
「お前は今日も午後は授業に出んのか?」
「いや、今日はもう帰る。出席日数がヤバい授業は今日は無いし」
「早っ。学校に来ても屋上でダベって終わりかよ」
「学校に来たのは先輩とコレの事で話しておきたかったからだよ」
「まぁいいけどよ。帰って何すんだよ?」
「あぁ、寝る」
「んだったらここでもいいじゃねぇか」
帰っても帰らなくても変わらねぇじゃん、と言うような口調で先輩は喋る。
「夜勤のバイト終わって寝ないで学校に来たんだよ。だから今日は一旦帰って布団で寝てぇの」
「徹夜か、ならしゃあねぇな」
つまらなそうな顔をしたが納得したようだ。まぁ、きっと俺が居なくて暇をするのがイヤなんだろう。
「つーわけで俺は帰る。SDCの為に寝ておかないとキツいしな」
「それもそうだな。どうすっかな……俺も帰るかな?」
前から疑問に思ってたんだが先輩はいつ授業に出てんだ?
「とにかく俺は帰るよ。んじゃ」
「おぅ。じゃあ、またな」
「あぁ、また」
そう言って屋上を跡にする。
今度先輩と会うのは生死の関わるこの場所。いつも来ている場所でいつもと違う、この場所で。
* * *
6/30
「ここが一番良さそうだな」
いつものように見つかりにくそうな場所を見付け身を隠す。腕時計を見ると零時五十分を指していた。
「時間ギリギリ、か」
本当はもっと早く身を潜めて待機する予定だったが、他の者に見つからないように移動してたら思ってたより時間がかかった。
いくら見つかりにくい場所でも隠れる前に見つかっちゃおしまいだ。
今日は月が見えない。俺の位置から見えないだけか、それとも月が出てないのか……。
とにかく今夜は月明かりがなく敵が見えにくい。気を付けなければ。
その場で息を殺して潜み、刻々と時が過ぎるのを待つ。
今日はいつもより静かだ。普通ならもう何人かは狩られていてもおかしくない。
時刻は過ぎて二時少し前。もう少しで二時間が経とうとしている。
「ま、何事も悪いことなら起きないにこした事はないか」
きっと他の参加している奴等もあの新ルールで動くに動けないんだろう。
このまま誰も動かなかったら誰も死ぬことはない。
ならこの静寂を保ったままSDCが進めば死者なんて出る事は無いんじゃないか?
……いや、それは無理か。コレは『全てを総したモノにだけ願いを一つ叶える』んだ。
だったら静寂なままなんてありえない。必ず誰かは痺れを切らす。何より誰より、自分が『全てを総したモノ』にならくては願いを叶えられないから。
このままの状態が続けば願いを叶えることは出来ないから。つまり、今は……。
「我慢時だな」
誰かがこの均衡を崩すのを待つしかない。
そして、この静寂が一度崩れれば簡単に欲望の奪い合いが始まる。
俺は今までと変わらず身を隠して周りの奴等が減っていくのを待っていればいい。
卑怯とも臆病とも、なんて言われても構わない。それが一番確実な方法なんだから。
俺は願いを叶える為なら、なんだってやるさ。
ザアァ……夜風が吹いて周りの木々がなびく。夏といっても夜は少し寒い。
「……少し冷えるな」
そう呟いて空を見つめる。やはり月は見えない。見えないのではなく、今日は出てないらしい。
「先輩は何処にいるんだろ」
空を見て落ち着いたのか先輩の事を思い出した。
新ルールのせいで無意識にいつもより気張っていたんだろう。さっきまでまったく先輩の事を考えもしなかった。
「屋上、か?」
今のところは学校は静かだし誰かが戦り合ったような雰囲気は辺りから感じない。だから大丈夫だとは思うけど。
「……はぁ」
長い。とにかく時間が長く感じる。ただ同じ場所でジッと隠れてるのはつらい。さらに見つからないように常に周りを注意していなければならないし。
時計で時間を見ると終了一時間前。
「よし、あと一時間で終わる」
今回は何も起こらず終わりそう……。
「――ッ!」
ざわり、と近くの木の葉が擦れる音に混ざり、身体に緊張が走るモノが聴こえてきた……声。
感覚を研ぎ澄ませて読感術を使い、辺りを探り取ってみる。
複数……だな。おまけに戦るみたいだ。思ってたより遥かに早く静寂が終わった。場所はそう遠くないみたいだ。今俺がいる周りには人がいる感じは無い。
見に……行くか?
今後の事を考えると少しでも情報があった方がいい。生死がかかってんなら尚更だ。
「……よし」
念の為もう一度周りに人がいないか確かめる。雰囲気を感じたのは中庭の方だった。移動中に見つからないよう注意して中庭に向かう。
中庭に近づくにつれ、誰かの話し声が聞こえてくる。
「ここなら大丈夫だ」
裏側から回り込んで茂みに身を隠し、声の主を確認する。中庭には複数の人がいる。一、二、三……全部で七人か。
おそらく、『狩る』側だろう。そして『狩られる』のは――――。
「うるっさいわね! 何よ、ゾロゾロ出てきて!」
「なっ、女……!?」
暗くて顔はよく見えないが、首の付け根辺りまでのショートカットヘアの女性が男達に対峙している。
正直驚いた。まさか女性まで参加しているとは思わなかった。
「五月蝿ぇじゃねぇんだよ。アンタがのしちまった奴は俺等の仲間なんだよ」
女に絡む一人の男が顎と目でその先にあるものを指すと、そこには男達の陰に倒れている男が一人いた。
「なによ、今まで怖くて隠れてたクセに、見つけた相手が女だったから出てくるような腰抜けなんて知らないわよ!」
女は男数人に囲まれているにも関わらず怖じける気配すら見せない。
「よく吠える女だな、ヤっちまうか」
リーダーと思われる男が目で合図をすると、他の男達が女を囲んで構える。
「アンタも前から参加してんなら、コレのルールぐれぇ知ってんだろ?」
「当たり前でしょ。私は腰抜けと違って今まで闘い抜いてきたんだから」
男達を挑発しながら女も構える。股を閉じて両腕を前に構えて片腕は少し上目。
「空手、か? いや、似ているけど少し違う……」
なんて場合じゃない、女が男に囲まれてんだ。
――――ドクン。
誰か助けて……って馬鹿か、俺は。
「おい、ヤれ」
男が顎を小さく突き上げると、少女を囲んでいた男達が女に一斉にかかる。
「舐めんじゃないわよ」
女は逃げるどころか睨みを効かせ、それに迎え打つ。前後左右から襲い掛かってくる男達の攻撃を避けながら確実に反撃を入れている。
団結力の無い不良を詰め合わせた男達の攻撃は隙間があり、そこを上手く突いて少女は対抗している。
しかしあの人数では反撃で、尚且つ一撃で急所に決め手を入れて男を倒せるような余裕は無い。
「くっ……!」
歯を噛み締めて何かに耐えるように、胸元の服を強く掴む。
――――ドクン。
そうだ。コレは他の奴を潰していくモノじゃないか。
敵が敵を減らし合っているのを邪魔する奴なんているハズない。そう、コレは敵を潰していくモノ……。
「集まらなきゃ何も出来ない奴等なんかにっ!」
七人もの男達に引けを取らずに、少女は一人で抵抗している。
この大人数を相手に互角に近い戦いをするのを見ると、相当の実力を持っていると思われる――――が。
「はぁ、はぁ、はぁ……」
少女がとうとう息を切らせ始めた。
「一人でここまでやりゃあ十分だぜ、オイ。そろそろクタバレや」
リーダーらしき男は息を切らせている筈もなく余裕を見せる。
当たり前だ、男七人と女一人。女は男達より七倍は動かなくてはならない。
しかも、男と女とでは体力や筋力に差がある。つまり、“少なくとも”倍だ。
「はん、まだまだ余裕……よ」
男達とは反面、少女は肩を落として辛そうな表情をしてるも強気に言葉を放つ。
ドクン。
「そうだ、俺はここで大人しく見てればいいんだ……」
そして、ソレを利用して願いを叶えようとしているのも一人が俺じゃないか。だったらこのまま見過ごせばいいだけ。
ドクン。
いいだけ、いいだけなんだ……けど――――。
ダメだな、アイツとかぶっちまう。あんなのはもう、見たくない。
意味の無い事だって、解ってる。だけどそれ以上に、嫌な事だから。
ドクン!
何かが身体の中で弾け、隠れていた茂みから飛び出て男達へ走り向かっていく。
「なん……」
一番手前にいた男の顔面に、助走を付けた飛び蹴りを喰らわせる。男の顔に膝がめり込み、鈍い音。まず一人。
「えっ……」
突然の乱入に、少女は驚く。
「なっ!」
当然、完全な不意打ちに男達は状況を理解出来ずに固まっている。そして着地と同時に、隣にいた次の標的に向かって顎に一発入れる。これで二人。
そして近くにいた奴から順にコメカミ、鳩尾、眉間、首筋へ的確に打撃を当てて気絶させた。
不意打ちだったとは言え、ほんの数秒で残るは一人になった。
「なんだよ、テメェは!」
「あんたと同じ、腰抜けの一人さ」
男に向けていた背中を振り返らせ、答える。
やっと状況を理解した男だったが、もうすでに遅い。仲間だった奴等は倒され、あとは自分一人だけ。
「この野郎、邪魔すんじゃねぇよ!」
男は脇を締めて両手を顔の前に置き、上半身は前屈みにして姿勢を低くしてこちらに向かってくる。
そのポージングを見て、すぐに一つの格闘技が頭に浮かんだ。
「ボクシングか……!」
素早いフットワークで近づき、俺の顔に向けて右手でジャブを放ってきた。
「っとぉ!」
逸早く相手の格闘スタイルに気付いたお陰で、ジャブを後ろに下がりながら上半身を捻って難なく避ける。
そして、相手がボクサーなら狙うのは決まっている。それは脚への攻撃。軽いフットワークを駆使して戦うボクサーには、その機動力を削がれる下半身への攻撃を苦手とする。
なら、右ジャブをかわして側面に入った今、相手の脹脛を目掛けてローキックを狙う。
「――――ッ!?」
しかし、その瞬間。何かを感じて背中から全身にかけて、ぞわりと不快なモノが通った。
咄嗟に男から離れて距離を取る。
一瞬感じた何か。悪寒に似た違和感、漠然と不安になる不快感。
「なんだ、今の……?」
構え直して男に向かう。
先ほど感じた悪寒と不安は消えていて、今は難易も感じない。
ただの錯覚だった、のか?
「今更逃げようってかぁ!?」
再び男は低い姿勢を作って向かってくる。
さっきのは何なのかは解らない。が、これ以上こいつと長く戦う訳にもいかない。
『狩る』側の人間はこいつ等でけじゃない。他の奴等が騒ぎを聞きつけて集まってくる前に片を着けなければ面倒な事になっちまう。
「そら! おらぁ!」
先程と同様のジャブを、今度は右、左をワンツーで繰り出してくる。
「ちっ……ッ!」
顔面に向かってくるワンツーの一発は身体をずらして紙一重で避ける。が、二発目は避けきれず右腕でガードする。
「ぐっ!?」
「しっ!」
男は拳を出すと同時に息を吐き出し、放つ拳に力を込める。そして、ジャブをガードして動きが止まった瞬間を逃がさずにラッシュを掛けられる。
「おらおらおらおらぁ! さっきは不意打ちでしか相手を倒せねぇ雑魚だったたみてぇだな、てめぇはよ!」
「ぐっ、う……」
激しく、そして素早く何発も顔へ繰り出される男のパンチに、両腕で顔を守って防御に一辺倒になってしまう。
「ダメ、いけない!」
その様子を見ていた少女がある事に気付いて、声をあげる。
「ハッ、これで終わりだ」
男はそう言い、利き腕である右腕を引く。今までのジャブのように横から後ろに引くのではなく、下から後ろへ。
ジャブから顔を守っていた俺の腕は、最初よりも高く上がっていた。
そう。これはボクシングの基本である、ガードの腕を上げさせてからガラ空きになった腹部へブチ込む戦法。
「じゃあな、クソガキッ!」
そして、笑みを浮かべた男のアッパーという渾身の一撃が空いた腹部を襲う。
「教科書通り過ぎんだよッ!」
しかし、男は気付いていなかった。俺がカウンターを狙っていた事に。
相手のジャブを防ぐ為に上げていた腕を、そのまま腹を狙ってきたアッパーに振り下ろす。
「が、ああぁぁぁぁぁ!?」
力が乗り切る前に肘打ちをぶつけられた男の拳は鈍い音を立て、形が変わりあらぬ方向へと向く中指と薬指。
予想していなかった攻撃と痛みに、男は悲鳴を上げて手を押さえている。
見事に決まったカウンターに次いで、動きが止まっている男に今度はこちらがラッシュを掛ける。
「そらよっと!」
今度こそローキックが男の脹脛を捉えて綺麗に決まり、ミシミシと骨が痛みを訴えるように鳴る。
「ぐ、あ!」
そして、脚を痛めて機動力を失った男の動きが遅くなった。
「これで最後の一発だ!」
脚と手をやられ、前屈みになって苦しむ男。それが丁度良く膝蹴りを当てるのに適度な高さであった。
右膝を勢い良く天に向け、男の顎を蹴り上げた。
「かっ――――」
男は二文字だけの言葉を最後に気を失い、仲間達と一緒に地面に転がる。
さすがにリーダー格なだけあって、多少は出来る奴だった。あくまで多少ね。
よし、とにかくこれで全部片付いたな。
「おいアンタ、大丈夫か?」
「えっ、あ……」
顔を見てみると俺とタメ……いや、年下か? 見た感じでは年上ではなさそうだ。
てかそんな場合じゃない!
「ちょい、立てるか?」
「は、はい」
「よし、なら走るぞ」
彼女の手を取り、この場をあとにする。とにかく、早く離れないと他の奴が集まり始めるかもしれない。
それで『狩る』側に見つかったら面倒だ。
「ハァ、ハァ」
最初に隠れてた場所に戻ってきた。ここなら大丈夫の筈だ。息を切らせて地面に尻をつく。
今までは見つかったら戦った事は何度かはあった。けど、不意打ちとはいえ自分から仕掛けたのは初めてだった。
あーぁ、本当は情報を得るだけのつもりだったんだけどなぁ。でも、アイツとかぶっちゃ仕方ねぇな。あれだけはもう……嫌だから。
「あのぅ……」
「ん?」
声を掛けられて顔を向けると、助けた女の子が戸惑った顔をしている。
あ、やべ、忘れてた。助けたのはいいがどうしようか……。
すると、ゴゥン、ゴゥン……と、なんとも素晴らしいタイミングでS.D.C.終了の合図が鳴った。
「うし、今回も残れたな。キミ、あとは大丈夫だろ?」
立ち上がり、ズボンを叩いて土を落とす。
「それじゃ気ぃ付けて帰れよ。んじゃな」
そう言ってさっさとこの場を立ち去る。
助けたのは別にカッコつけた訳じゃないし恩を作った訳でもない。ただ俺が嫌だっただけだ。
助けてやった少女が後ろから呼んできたり、何か言ったりしている気がしたが、気にせずにそのまま学校の敷地から出る。
あー、よく考えてみたら傍から見ると俺ってキザに見えねぇか? 襲われてた女を助けて名前も名乗らずに立ち去るなんて……漫画でもねぇよ。
まぁ、いいか。誰が見てたって訳じゃないし。見てた奴等はみんなやっちまったからな。
って事はあの女の子を襲ってた男達はアウトで、助けた彼女は生きてるから今回は残れた組か。
じゃあ、彼女はもしかしたらいつか戦り合うときがあるかもな。そん時は気絶とかさせてリタイアさせるしかないよなぁ。
……アレ? ちょっと待て。何か引っかかる。確か、今回からの新ルールは『生キ残レ』……だよな? つまり死んだらアウト、ってのは分かる。
なら、前回までみたいに気絶させてSDCが終了したらどうなるんだ? アウトになるのか?
「……ダメだ、眠くて頭が回らねぇ。今日、学校で先輩に聞いてみるか」
緊迫していた空気から開放されて、安心からか一気に眠気が襲ってきた。ある意味、さっき倒した奴等よりも強敵だよ、睡魔は。
重たくなった瞼を気合で開けて、疲れた身体を引き摺って部屋へ向けて足を動かす。