No.33 Big The Usabarashi
「あー、疲れた。にしても結構乗ったなぁ」
休憩用として置かれていた椅子に腰掛けて、ジュースを飲んで一息つく。
「そうねぇ。私もちょっと疲れたわ」
沙夜先輩も椅子に座って、丸いテーブルに肘を着いている。
あれからモユが回復するのを待ってから、遊園地のアトラクションをハシゴしていった。垂直落下式絶叫マシンに、海賊船のバイキング、メリーゴーランドにゴーカート。
まだまだ他にも乗ったが、最初が強力過ぎたのか、5回連続ジェットコースターよりもパンチの効いた物はなかった。そりゃ当然か。
まぁ、さすがにメリーゴーランドは恥ずかしくて乗らなかったけど。
「夢中になって乗り回っていたら、気付いたら午後になってましたからねぇ」
ズズッ、とジュースの容器に挿されたストローを啜る沙姫。
今は休憩がてら遅い昼食を摂って、まったりしていた。
やはりと言うか当然と言うか……こういう娯楽施設内の売店で売っている食べ物って高い。フランクフルト一本だけで四百円とか目が飛び出そうになった。
白羽さんから貰った金がまだ余っていたから、それで全員の昼飯を買えたけど。自腹だったと思うと冷や汗が止まらねぇ。
「ご飯食べ終わったら、次はどこに行きます?」
沙姫は肉まんを頬張りながら、テーブルにパンフレットを広げる。
入場口で肉まんが売っていると嘘を吐いたが、まさか本当に売っているとは思わなかった。
嘘から出た真って本当にあるんだなぁ。
「そうだなぁ」
ジュースを片手に、広げられたパンフレットを眺めてみる。
「大抵のアトラクションは乗っちゃったんじゃない?」
沙夜先輩が言う通り、大抵のは乗ってしまったみたいだ。
パンフレットに描かれた絵を見てみると、子供用アトラクション以外のは乗った覚えがある。
「アトラクションは殆ど制覇したみてぇだし、午後はそこいらをブラブラ歩いてみるか」
「んー、そうしますか」
肉まんの最後の一口を口に入れて、沙姫はパンフレットを折り畳んでリュックに仕舞う。
「じゃあお昼御飯も食べたし、行きますか!」
「もう行くのかよ!?」
「そりゃあ! だってお金を払ってるんですから、時間の限り回らないと!」
でも、その気持ちは解らないでもない。払った金額分は遊ばないと損した気分になるからな。
……払ったお金は白羽さんのだけど。
「ま、アトラクションに乗る訳じゃないしな。歩くだけなら腹ごなしには丁度いいか」
ジュースを一気に飲み干して、椅子から立ち上がる。
「さ、モユちゃんも行こ!」
「……うん」
沙姫も立ち上がり、モユの手を握る。
「全く、しょうがないわねぇ……」
昼飯のゴミをまとめて、沙夜先輩も渋々席を立つ。
「ゴミ捨ててくるから、ちょっと待ってて」
沙夜先輩はゴミをまとめた袋を片手に、近くに置いてあったゴミ箱まで走っていく。
「午前はひたすら目についたアトラクションを片っ端から乗っていったけど、この遊園地って他に何あるんだろうな?」
「さぁー? もう一回パンフレット見ますか?」
「いや、いい。適当に歩こう」
何があるか分からないで歩くってのも面白そうだ。
「お待たせ。それじゃ行きましょうか」
沙夜先輩が戻ってきて、遊園地内を歩くのを再開する。
今になって気付いたが、午後になったからか客足も増えたな。
最初は大して並ばないでアトラクションに乗れてたが、今じゃ人気アトラクションの前では長い列が作られている。
なんかこう、自分は並ばずに乗れたアトラクションに列が出来ているのを見ると、得した気分になるな。
一番最初に乗ったジェットコースターに至っては、物凄い長蛇の列になっている。最後尾は四十分待ちと書かれたプレートが。
俺、あれに五回も乗ったのかよ……。
「あぁーっ!」
ジェットコースター前の長い列に目を取られていると、突然沙姫が叫びだした。
「どうした?」
「あ、あ、あ、あれ……あれ!」
「あれ?」
沙姫はわなわなと身体を震えさせて、ある物を指差す。
指を差されたら当然、その方向を見てしまうのか人間の心理。
「おっきなうさバラし人形がいるぅー!」
その先には、とても可愛いとは思えないマスコットキャラ、うさバラし人形さんがいた。
しかも、忠実に再現しているようで、手足は血で赤く、片手には包丁を持って風船を配っている。
おい、遊園地は夢の国だろ。そんなキャラの着ぐるみを使うな。
下手すりゃ泣く子供が出るぞ。夢は夢でも悪夢になっちまうって。
……つーか、片手に包丁を持ってて、どうやって風船を配る気だ。
「私にも風船ちょうだーい!」
沙姫は大きなうさバラし人形を目の前にテンションが上がり、全力疾走で向かっていった。
「すごーい! 本物だぁ! ふかふかだぁ!」
うさバラし人形に抱き付き、黄色い声を上げる沙姫。
あ、一応兎だから毛があるのか、こいつ。
骸骨みてぇな目に片耳が千切れてるもんだから、兎だっての忘れてた。
「ほらほら、モユちゃん! うさバラしだよ! 可愛いよー!」
「……ッ!」
ビクッ! とモユは身体を跳ねつかせ、まるで小動物のように俺の後ろに隠れる。
「あ、そう言えばモユちゃんってうさバラし人形が苦手なんだっけ」
前に沙姫がうさバラし人形のキーホルダーを見せた時も、今と同じくモユは逃げるように隠れた。
「こんなに可愛いのになぁ」
どこがだ。こんだけ遊園地にミスマッチなマスコットキャラなんて、そうそういねぇぞ。
それと、沙姫に抱かれている着ぐるみのうさバラし人形。可愛いと言われて、然り気無く自分で頷くな。
「咲月先輩、咲月先輩! 写メ撮って下さい、写メ!」
「はいはい」
沙姫から携帯電話を渡される。
そんなにテンション上がるモンか、これ?
「あ、あの……咲月君」
「ん? なんです、沙夜先輩?」
「わ、私もお願いしていいかしら……?」
沙夜先輩は少し顔を赤らめ、恥ずかしそうに自分の携帯電話を差し出して来た。
うさバラし人形をチラチラ横目で見ながら、そわそわしている。
そう言えば、沙夜先輩もうさバラし人形が好きなんだっけ。キーホルダーを取ってあげた時も喜んでたし。
「いいですよ。じゃ、沙姫と一緒に並んで下さい」
沙夜先輩の携帯電話も受け取って、うさバラし人形の正面に移動する。
沙姫はうさバラし人形に抱き付き、沙夜先輩は照れ臭そうに腕を組む。
「んじゃ、撮るぞー。はい、チーズ」
合図と同時に、沙姫と沙夜先輩はピースをカメラに向けてきた。
携帯電話のセンターボタンを押して、カメラのシャッターを切る。
うん、画面からはみ出てないし、ブレてもいない。
「次は沙夜先輩の分な。もっかい、はい、チーズ」
カシャッ、とシャッター音が鳴り、携帯電話の画面には2人と1匹の写真が写っている。
沙夜先輩のも綺麗に撮れた。
「こんな感じでいいか?」
抱き付くのを止めて戻ってきた沙姫に携帯電話を返す。
「文句無しです、ありがとうございます!」
満足の行く写真だったようで、沙姫は喜びながら携帯電話の画面を見ている。
「はい、沙夜先輩の」
「ありがとう、咲月君」
沙夜先輩も返した携帯電話の画面に写っている写真を、嬉しそうに眺めている。
そんなにあの不気味なキャラと写真が撮れて嬉しいのか。
俺には全く理解出来ない。
「モユちゃんもどう? 私が写真撮ってあげるよ?」
「……!」
沙姫が誘ってみるも、モユは無言で首を左右に振って拒否する。
無表情ではあるが、必死に拒んでいるのは物凄く伝わってくる。
「やっぱりダメかぁ。こんなに可愛いのに……」
「……かわいくない、不気味」
モユは俺の後ろに隠れ、顔を半分だけ背中から覗かせて沙姫の言葉を否定する。
そして、沙姫を見る目はまるで、珍獣を見るかのよう。
「じゃ咲月先輩はどうです?」
「全身全霊で断固拒否させてもらう」
誰があんな不気味キャラと一緒に写真なんて撮るか。しかも野郎一人で。
「もー、なんで二人してうさバラし人形の良さが解らないんだろ」
だったら逆に、その良さとやらを教えてくれ。
俺にはどう頑張って探しても見当たらねぇんだけどよ。
「とりあえず、満足したなら他の所に行こう。モユが怖がってる」
俺の背中に張り付いて、まるで影みたく俺が動くとモユも動く。
完全に盾代わりにされてます。
「そうね、歩きましょうか」
「ばいばーい、うさバラし人形ー!」
沙姫は去り際に大きくうさバラし人形に手を振る。それに答えて、うさバラし人形も手を振り返してきた。
……のはいいんだが、片手は風船を持っているからって、包丁を持ってる手を振るな。
襲ってくるようにしか見えねぇから、マジで。
「んっふふー! 今度友達に自慢しよーっと!」
沙姫は鼻歌を口ずさみながら、まだ携帯電話の画面を眺めている。
友達に自慢する程のもんなのか、それは?
まぁ、あんなに喜んでくれると写真を撮ってあげた側としても嬉しくなる。
可愛いさはやはり理解出来ないが。
「で、こっからどうする?」
何か目ぼしい物が無いかと、辺りを見回してみる。
それとモユさん、もうあの不気味マスコットキャラはいなくなったんだから離れてくれませんか?
背中にしがみつかれると歩き難いったらありゃしない。
「あ、咲月先輩! あそこ行きましょう、あそこ!」
沙姫が何かを見付けたらしく、爛々とした目付きで指を指す。
「ゲーマーズランド?」
カラフルに光る看板が目立ち、遊園地には珍しく室内遊戯らしい。
「ゲームセンターですよ。さっきパンフレットで見掛けたんです!」
へぇ、遊園地の中にもゲームセンターなんてあるんだな。ゲームも娯楽の一つだから、あってもおかしくないか。
「まぁ、他に行きたい所がある訳でも無いし、入ってみるか」
中に入ると、騒音に近い大きな音が耳に入ってきた。
レースゲーム、ビデオゲーム、クレーンゲーム等と、遊園地の一部施設でありながら中々のラインナップが揃っている。
「それで、何をして遊ぶの?」
「俺は沙姫に誘われたから入っただけだから、これと言ってなぁ」
先輩に連れられてゲームセンターに行く事はよくあったけど、大概は見てるだけだったし。
遊びに金を使う余裕は無かったからな。
「じゃあ咲月先輩、勝負しましょうよ、勝負!」
「勝負ぅ?」
「はい! 三つのゲームで勝負して、先に2回勝った方の勝利です! 負けた方には罰ゲームっていうのはどうですか?」
「面白ぇ、やったろうじゃねぇか」
唇を釣り上げ、沙姫の提案に乗る。
ゲーム経験は豊富では無いが、男として勝負から逃れるのは許されない。
それに他にやる事があった訳でも無いし、暇潰し且つ腹ごなしには丁度良い。
「公平を期する為に、勝負するゲームは沙夜先輩に選んでもらうってのはどうだ?」
「いいですよ。負けてから文句は無しですからね」
俺と沙姫が睨み合う間には、激しい火花が散っている。
……ような気がする。
「えっ、私が決めるの?」
「お願いします、沙夜先輩。なんでもいいんで」
「そう言われても……えっと、ならあれはどうかしら?」
沙夜先輩が指差した先にあったのは、ガンシューティングだった。
「最初はガンシューティングか……」
これなら銃で撃つだけだから、ゲーム知識が浅い俺でも出来る。
「じゃあ二人で同時にプレイして、長く生きていた方が勝ちでいいですか?」
「おう」
互いにに百円玉を入れて、銃を持つ。
内容はゾンビを撃って倒していくという、よくあるヤツだ。持ちライフは三つ。つまり、敵の攻撃を三回受けてしまったら負け。
画面が切り替わり、ゲームが始まった。
「んなくそっ」
「このこのっ!」
忙しく銃のトリガーを引いて、画面に映るゾンビを倒していく。
ゲームは進んでいき、互いのライフは残り一つと接戦になっていた。
「あ、ここ隠しで回復アイテムあるんだった」
が、沙姫が画面端を撃つと、救急箱らしき絵が出てきた。
沙姫のライフが一つ増えたのは言うまでもない。
「なんだそれ、ずりぃ!」
「ズルくないですよ。仕様です、仕様」
「お前……このゲームやり込んでるなッッ!?」
数分後、そのステージのボスの攻撃を受けて、俺が先にゲームオーバーになった。
なんだよ、回復アイテムって。んなもん俺が知ってる訳ねぇだろうが。
「へっへーん。まずは私の一勝ですね」
「回復アイテムとか反則だろ!」
「何言ってるんですか、知らない方が悪いんですよ。咲月先輩、無知は罪って言葉知ってます?」
「こんにゃろう……」
赤点を取りそうになった奴に無知とか言われるとかなりムカつく。
次のゲームで絶対ぇ取り返す。
「沙夜先輩! 次のゲームは何ですか!?」
「んー、そうねぇ……次はシンプルにあれなんかどう?」
そして指定されたゲームは、どんなゲーム音痴でも出来る物だった。
「パンチングマシンか……!」
これは貰った!
一見公平に見えるが、男の俺と女の沙姫じゃ元々の筋力に差がある。
沙夜先輩が選んだんだから、負けても沙姫は文句は言えない。悪いが次は貰ったも同然。
「このタイプのパンチングマシンは百円で二回殴れますから、一回ずつ殴りましょう。勝ち負けの判定は言わなくても分かりますよね?」
「たりめぇだ」
パンチングマシンなんだからパンチ力以外で何があるんだ。
「咲月先輩、先にいいですよ」
「お、いいのか?」
「はい。先に一勝した余裕ってヤツです」
「……言うじゃねぇか」
その余裕っ面、すぐに出来なくしてやる。
備え付けてあるグローブを填めて、機体とグローブに付けられているロープが許す限り距離を開ける。
「よっしゃ」
グローブを付けた右手で左手を軽く叩いて、一息吐く。
「ふんぬっ!」
助走を付けての右ストレートが、パンチングマシンのミットを抉る。
――ズッ、ドン!
激しくも低く、重さのあって芯に響く音が叩き出された。
ドンピシャ。文句無しの会心の一撃だ。
パンチングマシンのスコアメーターに出てきた結果は、『153kg』と表示された。
「わっ、すごーい!」
沙姫はこんな高いスコアが出るとは思っていなかったらしく、驚きを見せていた。
「ほらよ、お前の番だ」
右手からグローブをグローブを、沙姫に渡す。
「よーし、頑張るぞぉ!」
グローブを填めて、沙姫は腕をグルグル回して意気込む。
「どっせい!」
沙姫は助走を付けてから、ミットにパンチを叩き込む。
バスン! と良い音はしたが、明らかに俺の時の音より小さかった。
これで俺も一勝。次のラストも取れば俺の勝――――。
「やった、勝った!」
「へ、なんですと!?」
沙姫の言葉で我に返り、パンチングマシンのスコアメーターを見てみると、そこには『156kg』と表示されていた。
「ひゃ、ひゃくごじゅうろくぅ!?」
3kg差で負けた!?
いやいや、それよりも沙姫が俺よりもスコアが高いってどういう事だ!?
目で見て解る程に俺のパンチより音も威力も劣っていたのに!
「あっぶなー、結構ギリギリだったぁ」
「ちょっと待て、お前どうしてあんな高スコアを出せんだよ!?」
「ふふーん、実はコツがあるんですよ、コツが」
自慢げに沙姫は、グローブを外しながら話す。
「このパンチングマシンの計測器はミット自体にじゃなくて、ミットが地面に倒された部分にあるんです。だから、真っ直ぐ前に叩かないで、下に叩き付けるようにパンチを出せば高スコアが出やすいんですよ」
なんて事だ……こいつ、さっきのガンシューティングだけじゃなく、パンチングマシンまで熟知してんのかよ……。
「これで二勝。この勝負、私の勝ちですね!」
鼻高々にして、無い胸を張る沙姫。
「さ、て、と。罰ゲームは何にしよっかなー?」
「なんでもいい……煮るなり焼くなりしてくれ」
言い訳はしねぇ。大人しく罰ゲームを受けてやるよ。
無知は罪って言葉が、これ程身に染みた事は無い。
「んー、とりあえず外に出ますか。罰ゲームは後々考えるって事で」
沙姫は上機嫌になって、ゲームセンターから出ていく。
反して俺はテンション急下落。コツがあるとは言え、パンチングマシンで沙姫に負けたのが堪えた。
「あっつ……」
外に出ると、太陽の強い日射しが肌を刺激する。
ゲームセンターでヒートアップしていたのもあって、体温が上がっていて更に暑く感じる。
天気が良いのは嬉しいが、この暑さはどうにかして頂きたい。
「他になんか面白そうなのないかなー?」
沙姫はそんな暑さを物ともせず、元気にはしゃいでいる。
あの元気は一体どっから出てくるんだか……。
「……沙夜」
「うん? どうしたの、モユちゃん?」
「……あれ」
モユは沙夜先輩と繋いでいた手を小さく引いて、視線をある方向へとやる。
「氷の水族館?」
その視線の先には、氷山をモチーフに作られた建物があった。
『氷の水族館』と、暑さ極まりない今の状況では天国とも思える看板が掲げられている。
「なんだ、これ。水族館なのに氷?」
一体どんな物なのか想像出来ない。
「えっとですね、パンフレットによると期間限定でやってるみたいですね」
「んな事より内容を教えてくれ、内容を」
沙姫はいつの間にかリュックからパンフレットを取り出して、目の前の施設を調べていた。
「んーと、水槽の代わりに氷づけにして魚を展示しています……へぇー、凄い! 氷づけだって、氷づけ!」
パンフレットの説明文を読んで、沙姫の瞳は爛々と輝き出す。
「ねぇねぇ、行ってみようよ! 氷づけの魚見てみたい!」
「そうね、外は暑いし……涼むには丁度良いんじゃないかしら?」
「……すずむ?」
「涼しいって事よ。モユちゃんも行ってみたい?」
「……涼しいなら、行きたい」
何やら女性陣だけで話が進んでいき、氷の水族館とやらに入るみたいだ。
俺の意見は聞かないのね。
……まぁ俺も入ってみたいけどさ。
水族館の入口まで移動して、近くに立ててあったプレートが目に入る。
「氷を扱っている為、中はマイナス五度となっております。御来館の方は、貸し出しされている防寒着を極力着用して下さい……だって」
そのプレートに書いてあった文章を、沙姫は丁寧に朗読していく。
「マイナス五度とはこれまたパンチの効いた温度だな」
氷を使用してりゃ当然か。溶けちまったら意味無ぇもんな。
「あ、閃いた」
「あ? 何をだ?」
「罰ゲームですよ、罰ゲーム」
沙姫は視線をプレートから俺に移して、にこやかーに笑う。
「んぁ!? ま、まさか……」
「はい! 咲月先輩は防寒着無しで入って下さい!」
「ちょっ……マジか!? マイナス五度だぞ!? それに、防寒着を着ないと係員に怒られたり……」
「大丈夫ですよ、ほら。ここに極力って書いてますから、絶対に着なきゃいけないという訳ではないみたいです」
おぅ、のぉ……!
マイナス五度の世界を、薄っぺらいTシャツ一枚で生きろと言いやがるのか。
「それじゃ行きましょー!」
沙姫は先陣を切って、水族館の中へと入っていく。
「期間限定なら作り込んでない筈だから、そんなに長くないから大丈夫よ、きっと」
沙夜先輩は同情してか、励ましてくれた。
けど、止めてはくれないのね。
「……匕、頑張れ」
そして、最後にモユから応援を貰い、二人も中に入っていった。
応援してくれるなら、もっと感情を込めて言って欲しいもんです。
「あー、くそ! やってやろうじゃねぇか!」
どうせ寒さで倒れても死ぬ事は無いしな!
俺も魚の中に混ざって展示されるだけだもんな!
意を決して、腹を括って、死を覚悟して。
氷の世界へ足を踏み込んだ。




