No.24 はんぶんこ
意識が薄れ、瞼が重くなる。
微睡みの中をさ迷っていると、身体が揺さぶられた。
「んぁ……」
ゆさゆさ、ゆさゆさ。
その揺れが多少心地よく感じるものの、何かを訴えるよう。
「モ、ユ?」
瞼を半分開くも、少しぼやける視界。
最初に目に映ったのは、肩を掴んで頻りに俺の身体を揺らす赤茶の髪の毛をした少女がいた。
「…………」
目の前にいる無表情で無愛想、おまけに無言のモユさん。
俺の目が半開きではあるが、バッチリ目は合っている。
「……ぐぅ」
試しに二度寝に挑戦してみる。
「…………」
ゆさゆさ、ゆさゆさ。
案の定、揺らし再開。
また瞼を半分開いてみる。
ピタリ。
「……ぐー」
ゆさゆさ、ゆさゆさ。
再び揺らすモユさん。揺れる俺。
起こすにしては穏やかな揺さぶりだったから何か新しい遊びかと思ったんだが……ふむ、やはりこれは俺を起こしているらしい。
しょうがない、起きるか。
半開きではなく、今度はぱっちりと目を開く。
揺さぶりもピタリと止まった。
起きたら、おはようとか言ってくれるかと思ったが、モユは何も言わず。
しばし沈黙が流れる。
「…………」
「…………」
ゆさゆさ、ゆさゆさ。
「だぁー、起きてる起きてる!」
目を開けても反応がなく、無言が続いてモユは俺が目を開けたまま寝てると思ったらしい。
あれか、ちゃんとファイティングポーズを取らないと起きた事にならないのか?
「あー、首が痛ぇ……」
広間でモユの子守りをしながら適当にテレビを観ていた最中に、どうやら寝ちまってたみたいだ。
ソファの背もたれに寄り掛かって寝ていたらしく、首が固くなって痛い。
「ははっ、お疲れのようだね、咲月君」
「へ? あ、白羽さん」
呼ばれて、広間の入り口に居た白羽さんに気付いた。
すると、くいっ、くいっと服の袖が引っ張られた。
もう見なくても解る。こういう事をするのはモユしかいない。
「どした、モユ?」
「……三時」
「はい?」
テレビの上に置かれている時計を見てみると、針がLの字になっていた。
「あぁ、アイスか。冷蔵庫から持ってこい」
「……うん」
こくん、と一度だけ首を縦に振り、モユは小走りで給湯室へ行く。
「やはり、咲月君に一番懐いているね。モユ君は」
「懐いてるっつーか、アイスが食べたいだけだよ」
苦笑いして、白羽さんと一緒にモユの背中を見送る。
「にしても、白羽さんが部屋から出てくるのは珍しいな」
「モユ君に話があってね」
「ふぅん。禁器の事とか?」
「うん。まぁ、そんな所だ」
白羽さんは少し顎を引いて答える。
「咲月君は寝不足そうだね」
「あぁ、まぁ……SDCから戻って来てすぐにモユに起こされたから」
多分、ベッドに寝転がれたのは三十分位じゃないか。
まぁつまり、ほぼ寝てないってこった。
午前中は気合いでなんとか起きていられたが、昼過ぎ辺りから限界が来た。
昼飯を食べたら良い満腹感で睡魔が一気に押し寄せてきたからな。
で、気付いたら寝てた。
ちなみに、エドの野郎は自室で今も寝てる。死ね。
「つーか、一緒に居ても遊ぶでも喋るでもない。俺なんかと居て楽しいのか? モユは」
もっと表情を全面的に出してくれれば解るのに。
「楽しい、というより……嬉しいのさ、彼女の場合はね」
「楽しいより、嬉しい?」
あれか、俺と居て楽しいよりも、アイスが食えて嬉しいってのが強いと。
つまり、俺はアイスに負けたと、そういう訳ね。
……泣ける。
「さて、私は部屋に戻るよ」
「あれ、モユに話があったんじゃ?」
「それは君が寝ている内に済んだよ。では、モユ君を頼むよ」
長い黒髪を靡かせて、白羽さんは自室へと戻って行った。
白羽さんと入れ替わるように、モユがアイスを持って帰ってきた。
「く、ぁ……」
天井を仰いで、大きな欠伸を1つ。
あー、眠い。と言うか、折角の夏休みに何やってんだろ、俺。
毎日何をするでもなく、モユの子守りをしつつボーッとして。
腹減ったら野菜炒めを作って、それを食す。
夏休みに入ってから、学生らしい生活してねぇな。
どっかに遊びに行くってのが普通なのに。
むしろ、海水浴に至っては俺だけハブられたし……。
「中身のねぇ夏休みだな」
はははー、と自嘲気味に笑ってみる。
うん、虚しい。
「……夏休み?」
独り言を聞いて、モユは俺の隣に座って首を傾げていた。
「あー、夏休みってのはな、今の時期になると学校が一定期間休みになるんだよ。学校って解るか?」
「……うん、わかる」
学校は知っているらしく、モユは小さく頷く。
「まぁなんだ。要は嫌な事や面倒な事が無くなって、楽しくて嬉しい事が出来る期間なんだよ」
今の俺は楽しくも何ともないけどな。
「……じゃあ、私も夏休み」
「ん?」
小さな声で言い、モユは持っているアイスの袋を見つめていた。
「……私も、今は楽しくて嬉しい。だから、夏休み」
モユは大きく丸い瞳をこっちに向けて、言った。
どこか儚げで、寂しげで……だけど、嬉しそうに。
「……違った?」
無言のままで、言葉が返って来なく、自分が間違った事を言ったかとモユはまた首を傾げた。
「――いや」
なんだか、モユのその仕草が微笑ましくて。
モユの頭に手を伸ばして、ポンポン、と乗っける。
「そうだな、モユも夏休みだ」
「……うん」
そしてモユはまた、こくん、と頷いた。
「さ、早くアイス食っちまえ。溶けちまうぞ」
「……うん」
食べるよう促すと、モユは慣れた手付きでアイスの袋を開ける。
モユの楽しさや嬉しさの大半を占めているであろうアイス。
それが溶けちまったら、今の俺みたいな楽しみの無い夏休みになっちまう。
今年はこれと言って楽しい事は無いまま終わりそうだな。
いや、去年は殆んどバイトだったし。今年も、か。
「……匕」
「ん?」
「……あげる」
差し出されたのは、チューブに入ったアイス。
モユが冷蔵庫から持ってきたのは、一つの袋に二本入っている奴だった。
「いいのか?」
「……うん、一緒に食べる」
差し出されたアイスを受け取ると、モユは自分のアイスを食べ始める。
今手に持っている、一本のアイス。
口癖みたいに言って、食べている間は何も聞こえなくなる程に大好きなアイス。
それを、モユがくれた。今まで一度も無かったのに。
「……匕、食べないの?」
「え? あぁいや、食うよ。食う食う」
食べずに手に持ったアイスをじっと見つめていた俺を不思議に思ってか、モユが聞いてきた。
チューブの先端を千切って、アイスを吸い込む。
ひんやりとしたアイスの食感と、甘さが口に広がる。
「……おいしい?」
ずっとボーッとしたり、毎日野菜炒めを食ったり、遊びの誘いを俺だけハブられたり。
そんなお世辞でも、嘘でも毎日が楽しいとは言えない夏休みだけど。
でも――――。
「あぁ、おいしいよ」
こんな夏休みも悪くない、かな。




