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No Title  作者: ころく
24/85

No.23 選別、条件、理由

8/7


「……今、零時になった。開始だ」


 薄暗く人気の無い場所。コンクリートで固められた壁に背中を預け、座りながら腕時計を見てエドが言う。


「始まったか。でもま、奴が出てくるまではここで隠れんぼだけどな」


 俺も壁に寄り掛かって、辺りに声が漏れないように極力小さな声で話す。

 今、俺達が隠れている場所は校舎裏にある、寂れたトイレの裏。

 どこでSDCの参加者に見られているか分からない中、堂々と正面入口から学校に入り込む訳にもいかないので、裏の神社から繋がっている裏道を通って来た。

 その裏道から一番近く、隠れやすい場所がこのトイレ。

 昼間でも薄暗く目立たない。身を潜めるには持って来いな場所だ。


「隠れるのはいいんだが……ちょっと臭いが、な」


 エドは鼻を擦って、場所が場所だけにほのかに漂う臭いに愚痴る。


「文句言うな。場所を移動して他の参加者に見つかる訳にはいかねぇだろ」


 俺達はこれから、現れるであろう奴と戦わなければならない。

 他の参加者に見つかって戦り合いになり、体力を無駄に消費する訳にはいかない。

 それまで体力を温存して、万全の状態を保っておかなくては。


「静か……だな」

「始まったばっかだしな。他の連中も様子見してんだろ」


 SDCが開始してまだ十分も経っていない。

 何も変わらない、いつもと変わらない平穏平和な日常を表すかのような静寂が学園内に広がる。


「奴等の雰囲気はするか?」

「さぁな」

「さぁな、って……読感術を使ってないのか!?」

「結構神経使うからな、あれ。それに、近くにいたら嫌でもアイツ等の雰囲気は解る」


 あの二人の雰囲気は普通の感覚より遥かに逸している。

 読感術を使わなくても、勝手に向こうから知らせてくれる。


「って言うか、お前も読感術使えるだろうが」

「使えるが、あまり得意じゃないんだ。じゃ、奴等はまだいないんだな?」

「俺達より数段強ぇテイルは雰囲気を隠そうと思えば完全に隠せるだろうから何とも言えねぇ。それに、アイツはSDCの監視役なんだろ? だったら俺達と同様、どっかで見張ってるってのが一番濃厚だろうよ」


「確かに、な。SDCが行われているのに、その監視役がいない筈が無いか」


 ふむ、とエドは小さく頷く。


「コウは性格上、雰囲気を隠すなんて事はしない……と言うか、出来ないだろうからな。現れりゃすぐ気付けるさ」


 あんなドス黒い雰囲気を撒き散らしてりゃ嫌でも解っちまう。

 身体が危険信号を送ってくるからな。


「しかし、テイルは何を考えている……? なんで何も仕掛けてこない?」

「俺もてっきり、SDC開始の瞬間にコウが現れると思っていたんだけどな……」


 あれだけ俺とエドを殺す事に拘っていた奴だ。初っぱなから死闘になるのは覚悟していた。

 だが、姿どころか影すら見せず、学校は静けさを保ったまま変化を見せない。

 いきなり仕掛けらなかった事には安堵したが、逆にここまで静かで何も無いと不気味さと不安が胸に渦巻く。


「こっちから仕掛けられない以上、向こうから現れるのを待つしかない。のんびりとはいかないが、警戒は緩めずに気長に待とう」


 両手を後頭部にやり、足を組んで空を仰ぐ。雲は少なく、無数の星が光っている。

 今いる場所からは月は見えなかった。


「随分と悠長だな」

「ずっと気を張りっぱなしってのは疲れるだろ。それに二人いるんだ。見張りは三十分交代でいこう」

「それは解るが、もう少し緊張感ってのを持ったらどうだ?」

「これでも一応、それなりに持ってるっての。奴等が出てきたら嫌ンなるぐらい気ィ磨り減る思いをするんだ。気を休める時は休んでおいた方がいい」

「それはそうだけどな……なんか適当に言ってないか?」


 なんとなくそれらしい事を言ってるだけなんじゃないかと、エドは瞼を半開きにして視線を送ってくる。


「こんな学校の端っこの薄暗い所を、2人で見張る程じゃねぇだろ」


 組んだ足の片方を宙で遊ばせる。


「大丈夫だ、事が起きたらちゃんと働く」


 最後に言い加え、エドに視線を返す。


「……三十分交代だったな、最初は俺がやる。零時三十分になったら代われよ」


 ほんの数秒。黙って俺の目を見た後に、エドは壁の横から僅かに顔を出して辺りの見張りを始めた。


「喋ってた間も時間に入れてんのかよ……ちゃっかりしてんな」


 向けられていた半開きの視線をやり返して、また空を仰ぐ。

 小さな雲が流れ、星は光。

 だけどやはり、月は見えなかった。




    *   *   *




「おい、さじ。おかしくないか?」


 三回目の見張り番を終え、交代をしてすぐだった。

 エドが眉を中央に寄せ、不穏な表情で口を開いたのは。


「もう午前三時を回った。なのに奴等は現れない」


 自身の左手首にしている時計が表示する、デジタルの数字を見て。

 エドと見張りの交代を繰り返して身を潜めながら奴等が現れるのを待っていたが、一向に現れる気配が無い。

 それどころか――――。


「何より、静か過ぎる」


 トイレの壁から覗いて校舎裏一帯を見回し、エドが言った。

 そう、静か過ぎる。

 いつもだったら、開始してから1時間もすれば“狩る側”が獲物を見付けて潰し合いが始まる筈。

 そうなれば、叫びや悲鳴などが静かな学校に響き、隠れていても耳に入る。

 しかし、それがない。


 既に開始から三時間も経過していると言うのに、学校は静寂を保ったまま。

 テイルとコウが現れないのに加え、この異様な静けさ。

 何か可笑しいと、どこか不安だと、身体がそう訴えている。


「確かに、静か過ぎるな」


 足を組むのをやめて、胡坐をかいてエドに返す。

 誰が居るでも、誰かが叫ぶでもない。なのに耳が、身体が騒つく錯覚。静かな筈なのに、無音の筈なのに何かに圧迫される感覚。

 解りやすく言えば、ひどく落ち着かない。


「隠しているのか、テイルの雰囲気は変わらず感じない。けど……」

「どこかに居る、か」

「多分な」


 読感術で奴の雰囲気を感じた訳じゃないし、確証があるでもない。

 だが、この張り詰めたような妙な圧迫感……。こんな緊迫感を思いっきり晒しだしたような空気の中、何も起きずに済むとは到底思えない。

 なら、事を起こす張本人が居ると考えるのが妥当だろう。

 それに……。


「この静けさ、前にも一度感じた事がある」

「何?」


 その言葉に反応し、エドは校舎裏に向けていた視線を俺に向ける。


「コウが初めて現れた時も、こんな不気味な程の静けさだった」


 殺し合いなんて行われているとは思えない程の静けさ。

 でも何故か生暖かく、生温さを覚えてしまう。

 表面だけの、上っ面だけの静寂に違和感を感じて。それは無音の中、破裂しそうな風船の前に立つような。

 恐らくそれを、嵐の前の静けさと言うんだろう。

 よく考えてみたら、神社の時も似たような感じだった。あの時はテイルの雰囲気は隠されてなかったが、今みたいに辺りが静けさに埋もれていた。

 まるで自分だけが世界から隔離され、無音地帯に彷徨ってしまったような。


「何かが起こるの可能性は大だ。S.D.C.を開いておいて、奴等が何もしてこねぇ訳が――――」


 言葉を言い終わる直前。

 身体中を押し付けられ、全身が重たくなる圧迫感。チリチリと肌がひりつく威圧感。

 割れた水風船の如く、今まで中に押し留め隠していたものを、辺り一面を覆い尽くし濡らしていく。


「――――ッ!?」


 声にならない声をあげ、隣のエドは額に汗を浮かばせている。

 どうやらエドも、このふざけた雰囲気に気付いたらしい。

 いや、こんな息苦しさをも覚えるこの感覚。ナマケモノでさえ、さっさとトンズラするだろう。


「噂をすれば影、ってか。来たのは影だけじゃねぇけどな」

「お前が噂しなければ現れずに済んだんじゃないのか?」


 腰の得物を握り、エドは臨戦体勢を取る。

 前に何度か感じた事があってか、冗談を言える余裕はあるようで。


「アホ言え、んな訳ねぇだろ。第一、俺はそういう迷信の類は信じねぇんだよ」

「アホはお前だ。迷信じゃなくて諺だ、諺」


 立ち上がり、壁に背中を張り付けて息を飲む。

 互いに軽口を叩いて冗談を交わしてはいるが、針の穴に糸を通す思いで辺りを警戒する。

 今まで隠していた雰囲気を露にしてわざわざ俺達に感付かせたという事は、テイルが姿を見せると考えていい。


「おー、いーたいた。こないな所におったんかいな。便所臭い場所に隠れおってからに」


 長時間続いていた静寂を切り裂いたのは、あの聞き覚えと特徴のある喋り方。

 軽い口調で、胡散臭い関西弁の声。その声が、静かな辺りにはよく響く。


「ッ、来やがった……!」


 壁に背中を張り付かせ、息を飲む。


「チッ……」


 エドは腰のベルトに挟んでいた拳銃を抜き取り、舌打ちをして構える。

 同じく壁に背をやり、死角をカバーして。


「なんやなんや? 引き籠もったまま出て来ぃひんつもりかいな? 便所裏に隠れてんは分かっとるんや、はよ出て来ぃや」


 こっちは他の参加者に見付からないように隠れているってのに、そんな事構わずにわざとか、テイルは大きな声で話し掛けてくる。


「出て来ぃひんのなら、その便所をブッ壊して無理矢理出させてもええんやでー?」


 飄々とした口調とは逆に、辺りの空気がさらに張り付ける。

 電気が走り、肌が引っ張られる感覚。


「……エド」


 名前だけを言って見ると、エドは無言のまま小さく頷く。会話をせずとも、それは『出ていこう』と言っているのは解った。

 奴なら本当に壊し兼ねない。もしトイレを壊された際に巻き添えを喰らい、怪我をしてコウとの戦いに支障を出す訳にはいかない。

 テイルはSDCの監視役。なら、SDCを行っている今は手を出してはこない筈。

 だったら、大人しく出ていった方がいいだろう。


「お、出てきよったな。別に俺は取って食おうって訳やあらへん。安心しぃや」


 トイレの裏に隠れるのをやめて、校舎裏に出る。

 だが、校舎裏にテイルの姿はどこにも見当たらない。


「いな、い?」


 校舎裏はがらんとして人影すら無く、あるのは夜の学校の静寂と不気味さだけ。

 テイルの声は確かにした。この辺りにいない訳がない。

 エドも姿の見えないテイルに警戒しつつ、辺りを頻りに見渡している。


「こっちや、こっち」


 呼ばれ、声のした方向を咄嗟に目を向ける。

 姿を現したそいつは、三つ編みに束ねた金色の髪を小さく揺らし、隠れていた位置からは見えなかった月を背にしてそこに立っていた。

 屋上のフェンスの外側に。


「何とかと煙は高い場所が好き、ってか」


 身構え、テイルを睨み付ける。

 まるで相手にならない俺達を見下しているように思え、挑発紛いの台詞を吐く。


「あっはっは、まぁ否定は出来へんなぁ。実際、君達や白羽には煙たがられてはるからなぁ」


 しかし、テイルはけらけらと笑い、挑発に逆撫でられた様子も見せない。

 俺が指したのは煙ではなく、馬鹿の方だってのに分かってか分からずにかスルーされた。

 わざと馬鹿の部分を言い換えて皮肉ったんだが、意味は無かったか。


「お前がいるって事は……今回のSDCも人体実験か?」


 いつでも動けるよう、拳銃を片手にエドがテイルに問う。


「そうや。調べなあかん事がぎょーさんあってな。お陰で忙しくて目が回ってんねん」


 テイルは肩に手を当て、首を左右に動かして関節を鳴らす。

 前髪で目が隠れているくせによく言う。


「って事は、コウも来ているんだな……っ!」


 力を込め、汗が滲む手で握り拳を作る。

 SDCで人体実験を行うとしたら、それしかない。

 神社の時とは違い、走り込みで体力も付け、作戦と対策も立ててきた。

 戦る準備は出来ている。あとはやるだけだ。


「なんや、自らアイツをご指名かいな」


 少し意外だ、と言った様子を見せるテイル。

 しかし、次に出された言葉。


「けど残念やったな、今回はアイツ休みなんや」


 それに俺達の予想は裏切られた。


「なに……?」


 コウは来ていない……?

 奴を倒す為に作戦まで考えて来たというのに、今回に限っていないとは……。

 気張っていた分、拍子抜けしてしまいそうではあったが、目の前にはまだテイルがいる。

 気を抜く事は許されない。


「今まで俺達をあんなに殺したがっていたのに、今回は休みってのはどんな風の吹き回しだ?」


 エドも予想に反した展開に、不審と不安を抱いているようだ。

 意図の読めないテイルに対し、エドの表情には困惑の色がチラつく。


「風の吹き回しもなんも、君等のせいやっちゅうねん」

「俺達……? 一体どういう事だ!?」


 はぁ、とテイルが溜め息を一つ吐いて頭を掻く。


「神社で君等と戦りおうた時のダメージが思っとった以上にでこうてな。それを回復させる為に今回は休んで療養しとるっちゅう訳や」

「何が俺達のせいだ。いつもそっちから仕掛けて来るんだろ。自業自得だろうが」


 療養、か……。

 神社での戦闘では、コウの右腕を使えなくさせた。向こうの傷は予想以上に深かったか。

 俺もモユに禁器によって斬られて、大怪我を負ったからな。痛み分け、と言った所か。

 いや、俺の場合は次の日には傷は塞がっていた。

 結果的には、痛い目を見たのは向こうだけだった訳だ。


「しょうがあらへんやんか、俺等と君等はそういう仲やねんからな。手ぇ繋いで皆仲良くチィパッパなんて出来へんやろ」


 銀色のジッポを取り出し、カキンと音を立てて、啣えたタバコに火を点ける。


「ふぅー……連れて来よう思えば連れて来れたんやけどな。ま、今回は風向き悪そうなんでパスさせたわ」

「風向きが悪い……?」


 大きくタバコを吸った後、息と共に吐き出された紫煙が空へと登っていく。


「君等に負けるっちゅう事や。正直、君等の実力を侮ってたわ」


 テイルは啣えるタバコのフィルター部分を噛み、器用にタバコを上下に動かす。


「素人に毛の生えた程度やと思うとったら、予想外にいい動きをする咲月君。ハンサム君も白羽の部下だけあるっちゅう事か」

「敵に褒められても嬉しくねぇよ」


 埋め尽くせない程のテイルとの実力差の前では、そんな事を言われてもお世話にも聞こえやしない。

 むしろ、皮肉に聞こえる。


「謙遜する事あらへんで、咲月君。君はコウと二度も戦って五体満足でいられるんは驚きや。しかも内一回は禁器を使おうてるにも関わらずに、や。禁器を持ったコウと戦えば、どうなるかは君も自分の目で見たやろ?」

「――ッ!」


 言われ、コウと初めて会った時の場所が脳裏に蘇る。

 肉片と化した人間だったモノが散らばり、紅い液体が広がる水飲み場。

 唯一生きていた人も、いとも簡単に、当然に、玩具のように壊され――殺された。

 頭部を割られ、頭蓋を砕かれ、原形を崩され。


「それに君の洞察力の鋭さにも一目置いとる。感の鋭さに至っては舌を巻く程や」

「感……?」


 普通、感じゃなくて勘って言わないか?


「とま、とにかくや。コウの奴はお休みや。万全の状態やないと君等に勝てへんからな」


 啣えタバコをやめ、右手の人差し指と中指の間に挟んで、天に向かって煙を吐く。

 暗闇の中、白い煙が漂って消えていく。


「じゃあ、何の為に来た?」

「ん?」


 エドが言うと、空を仰いでいたテイルの顔はエドへ向けられる。


「貴様が俺達に姿を見せて、ただSDCの監視だけとは思えない」


 キッと鋭い目付きで屋上に立つテイルを見つめ、エドは言葉を続ける。


「何の為もなにも、さっき君自身が言うたやないか。ハンサム君」


 エドに答え、テイルは指に挟んだタバコを地に落とし、革靴の底で踏み潰す。


「何っ?」

「なんや、若いのにもう忘れちまったんかいな。自分で言うたんやでぇ? 今回も人体実験かー、てなぁ?」

「その人体実験であるコウは連れてきていないと言ったのはお前だろう……っ!?」


 どこか人を馬鹿にするような喋り方わするテイルに、エドは苛つきつつもそれを抑え、少しでも情報を得ようと話を続ける。


「んー? なんか勘違いしとらへんか?」


 両膝の上に両腕を乗せて、テイルはその場でしゃがみ込む。


「別に俺等がやっとるん人体実験は、コウの二从人格(ニジュウジンカク)と禁器だけやあらへん」


 ごそごそとズボンのポケットを探り、テイルは再びジッポとタバコを手にする。


「今、君等が参加しているSDC……なんの為にやっとるか忘れたんか?」


 箱を軽く振り、開け口から頭を出したタバコを啣える。

 最後の一本だったらしく、舌打ちをして空になった箱をくしゃりと握り潰して放り投げた。


「ッ、個技能力スキルか!」


 テイルに出されたヒントから、答えが出るのはすぐだった。

 そうだ……元々SDCはスキルを集める為に行われていたものだ。

 コウと戦う事、そして禁器にばかり気をやっていて忘れていた……。


「思い出したかいな。コウの人格調整や禁器のデータ集めをここでやっとるんはついでや、ついで。SDCはあくまでスキル関連が目的や」


 テイルはジッポの火で微かに顔を照らし、また一服を始める。


「そんで今日はコウがお休みやさかい、本来の目的であるスキルだけに専念出来るっちゅう訳や」

「じゃあつまり、お前はスキルを集める為に現れたって事か……!」

「んー、それはちょいと違うなぁ、咲月君。半分当たりで半分ハズレや」


 プカプカとタバコの煙で輪っかを作り、遊びながらテイルが俺に答える。


「君等の前に現れたんは単なる気分。何となく声掛けておこ思てな」


 指に挟んだタバコを親で軽く弾き、灰を落とす。


「別にスキル集めるんに、君等に姿を見せる必要なんかあらへんやろ」


 その通りだ。スキルを集めるのに、わざわざ俺達の前に現れる必要は無い。

 先輩のように、スキルに目覚めている人を拉致すればいいだけの話だからな。

 姿を見せたのは気分、ってのは本当なんだろう。


「なら、半分ハズレってのはどういう意味だ!?」

「さっき咲月君が言うた、スキル集めっちゅうのは正解や。せやけどな、それだけや無いっちゅうこっちゃ」


 テイルはタバコを啣え、にやりと口元を斜めに釣り上げる。

 答えるのを焦らし、苛立つ俺達を見るのを楽しむかのように。


「スキルをただ集めるだけにこんなん広い学校で参加者を戦わせるだけや思うかぁ? んな勿体無い事、する訳あらへんやろ」

「な、に?」

「スキルの特性を知らへんか? 白羽の事や、それ位は調べとる筈や。君等は聞ぃてへんか?」


 スキルの特性……?

 スキルには肉体強化、行動強化、具象化、その3種類があると白羽さんからは聞いた。

 特性ってのはその事を言っているのか?


「解らへんか? しゃあない、教えたるわ」


 喋りやすいようにと啣えタバコをやめ、後頭部を片手で掻きながら口に溜まっていた煙を吐き出す。


「スキルはな、目覚め方にちょいと特徴があるんや」

「目覚め方……」


 ぴくん、とその言葉に反応し、俺と同様エドも微かに身体を動かしていた。


「うん? なんや、その反応はやっぱり知ってはったか」


 俺とエドの僅かな反応を見逃さず、それを見てスキルの目覚め方について知っていると気付いたテイル。

 微細な動きだけでそこまで解ってしまうとは……ふざけた態度のくせに、見ている所は見ているって事か、クソッ。


「ほな、復習といこか。スキルの目覚め方……2種類あるんは知っとるやろ?」

「段々と時間を掛けて目覚めるのと、窮地に立たされて突然目覚める……その2つだと俺は聞いている」

「その通りや。せやからな、その特性を利用してんねん」

「特性……?」

「せや、考えてみぃ。ぎょーさん居るSDCの参加者を、俺等が何も考えずに当てずっぽうで選んどると思うかぁ?」


 テイルはタバコを一口吸い込んで煙を吐き出しながら、タバコの先でちょいちょいと俺達を指す。


「スキルは目覚め方とは他に、目覚めやすい条件があるんっちゅうのも知っとるよな?」

「目覚め方じゃなく、条件……?」


 目覚めやすい条件……その答えはすぐに思い浮かばず、眉を寄せて記憶を探る。


「格闘技の経験者、それと年齢が十五歳から二十歳の間、か」


 答えを考えていると、隣のエドがそれを答えた。


「さすが白羽の部下やな、よう調べとる」

「前者はお前が俺にバラしたんだろ」

「ん? せやったっけ?」


 テイルは記憶にあらへんなぁ、と言いながら頭を掻く。


「とにかくや、その条件に当て嵌まるん奴を主に選んどる訳や。手当たり次第にやっとったら人手も時間も足らへんからなぁ。効率よく、そんで確率も高くやらへんと」


 首を左右に動かし、コキッ、コキッと関節を鳴らして話を進めていく。


「で、や。そこからさらにSDCで選別するんや」

「なに?」

「『どんな願いも叶える』っちゅう餌をぶら下げて、スキルが目覚めやすい条件が揃っとる奴等を戦わせる」


 にやり、と唇の片側を釣り上げ、テイルは白い歯を微かに覗かせて微笑う。


「そんで餌が欲しい犬は、自分以外の犬に向かってキャンキャン吠える訳や。餌は一つしかあらへんからなぁ」

「くっ……!」


 明らかに人を馬鹿にして、見下して、挑発する言い方。

 その話し方に怒りを覚え、歯軋る。


「潰し合いが始まれば俺の仕事や。争っとる奴等でスキルを使うとる奴を探して捕まえる。本人がスキルを知らず、使うとる自覚が無くても、存在を知っとる俺は判別出来るっちゅう手筈や」


 ふぅ、とテイルは肩で息をして、一呼吸置いてから更に続ける。


「そこでさっき言うたスキルの特性を活かすんや」


 そしてまた、にんまりと嫌な微笑いを見せる。


「参加者が互いに潰し合う。となると、や。当然、無傷で済むのは難しいよなぁ?」


 くつくつと、声を抑えた笑い声をあげて。

 心底、愉しそうに。


「ッ! まさか、SDCの参加者を戦わせてたのはスキルを目覚めさせる為……!」


「さすがハンサム君、白羽の部下だけあって頭の回転が速いなぁ」


 テイルは顎に手を当て、ほほぅ、と息を漏らしながら関心する。


「せや、正解や。参加者同士が争えば、スキルの覚醒条件の一つである『危機的状況に陥る』に当てはまりやすく訳や」

「――ッ、じゃあ途中からSDCの黒い手紙……あれの内容が『行キ残レ』に変更したのは……!」


 何かに気付き、エドは見幕を粗でてテイルを睨み付ける。


「ほっ! ほんまに出来た部下を持ってるやないか、白羽は! 俺ン所にも一つ欲しい位や」


 前髪で隠れた目で、テイルはまじまじとエドを見やる。


「せやで。SDCに残れる条件を厳しくすれば、その分参加者は躍起になる。しかも、自分が殺されるかも知れないっちゅう危機感が更に人を狂暴にさせるんや」


 タバコを一口吸い込み、その紫煙を吐き出して。


「相手を殺らなきゃ自分が殺られる。けど願いは叶えたい。なら、殺られる前に殺らなきゃ、ってなぁ?」


 つい、と唇を斜めにするその表情に、ぞくりと悪寒が走る。

 氷水を頭からぶっかけられたような、嫌な寒気で全身が震え出す。


「そんな条件にして、逆にSDCに参加しない奴が増えるとは思わなかったのかよ?」


 いきなり行き残れと言われ、しかも死ぬかもしれないのなら、その危険さからSDCの参加を諦める人が出ても不思議じゃない。


「そんなんあらへん。欲望にまみれた人間が、そないな考えは出てこぉへんて。逆に、それで参加者が減れば自分が最後まで残れるチャンスが増えると考える奴、今まで残って来たんやからと引っ込みが着かなくなった奴が大半や」


 チッ……結局はSDCに良いように踊らされてるだけだってのか。


「そういう咲月君かて、後者の人やろ?」


 俺が、後者に?

 欲望に煽られて引っ込みが着かなくなった奴等と、同じ……?


「……ふざけんな」


 テイルからの嫌な悪寒によって滲む汗を握り潰すように、握り拳を作る。

 自分を見下ろす、長い金髪を三つ編みした男を見据えて。


「勘違いすんな。俺は最初っから引っ込む気は無ぇ。リタイアするのも、殺されるのもな」


 そうだ。俺は途中で止める訳にはいかないんだ。願いを叶えるまで我武者羅にでも走り続けなきゃならない。

 それが俺の犯した罪の償いで、生きていられる理由。


「お前等は思惑通りに参加者を踊らさせてるつもりだろうがな、テイル。これだけは言っておく」


 そしてそれは、自分自身の存在意義だから。


「俺は自分の意思で踊っている。そっちの台本なんざ関係無ぇ」


 先程のテイルを真似て皮肉を混ぜ、唇を釣り上げる。


「自分勝手な役者に台本を狂わされても知らねぇぜ?」


 不適な笑みをテイルに向けて。


「……っく、はっは! はっはっはっは! そうかそうか、なるほどなぁ! あっはっはっ!」


 言い終わると、テイルは腹を抱えて笑いだした。

 夜の学校。それも静寂が広がるその場所で、大声で上半身を丸くさせて。


「いやいや、さすが何度もコウと戦って生き残ってるんはあるわ。言う事が違うなぁ」


 大笑いして多少荒くなった息を整えながら、人差し指を目元の辺りにやっている。

 前髪のせいで言い切れないが、恐らく笑って出た涙を拭ったんだろう。


「で、隣のハンサム君も同い事を言うんか?」


「俺は別に、自分の意思でSDCに参加してるでも、叶えたい願いがあるでもない。仕事の上司の命令上、仕方なくさ。誰かに動かされている、という点で言えば、俺も周りと同じ踊らされてる一人だろう」


 エドは一度目を瞑り、小さく深呼吸する。


「けど、その上司がそっちの台本は余り気に入っていなくてね。多少のテコ入れをするつもりらしい」


 そして、続く言葉を綴る。


「そっちが幕を引く前に、俺達が幕を引かせてやるさ」


 テイルから発せられる圧力に冷や汗を背中流しながらも、俺とエドは怯まずに挑発じみた言葉を投げつける。

 テイルはSDCの監視役……スキル覚醒者の選出や人体実験の調整が仕事。基本、戦闘には参加しないとは言ってはいたが、奴は気紛れだ。

 さっきの俺達の言葉に煽られ、奴の気紛れで戦う事になる可能性だってあった。

 けど、そんな危険があったとしても……。


 俺が果たさなければならない存在理由を、覚悟を違える訳にはいかないから。

 ここは一歩も引けない。引いてはいけない。

 それは今までを否定してしまう。


「あっはっはっは! ええでええで! やっぱ君等は最高に面白いわ! 暇にさせてくれへん!」


 俺達の挑発も、睥睨すら受け流してまた笑いこげる。

 背面から照らされる月光に作られたテイルの影が、笑う度に校舎裏の地面で踊り動く。


「ま、なんや。それ位の意気があらへんとコウとは戦り合えへん、っちゅうこっちゃな」


 未だに込み上げる笑いに耐えながら、テイルは息を整える。


「おっと、あかんあかん。いつまでもお喋りしとる訳にはいかへんやった。さて、今回のSDCも残り僅かや。本題に戻ろか」


 仕切り直すように一度タバコを口に付け、一息吐き出す。


「さっきスキルを目覚めさせる為にSDCで戦り合わせてる言うたけどな、それでも参加しとるのは一般人。やはり、っちゅうか何ちゅうか……心理的にブレーキが働いてなぁ、生死に関わる程の窮地なんて中々あらへんねん。今一つパンチが足らへんのや」


 やれやれ、とテイルは漏らしながら両手を軽く上げて首を左右に振り、困ったというジェスチャーをしている。


「けどな、そんな時に丁度良い代物が手に入ったんや。それが咲月君……君の先輩や」

「ッ!」

二从人格にじゅうじんかくの実験によってより凶暴、残忍になった彼をSDCに参加させる。別人格を埋められた彼はあの性格や。手当たり次第に参加者を襲っていく」


 にやにやと口を卑しげに歪ませて、テイルは続けていく。


「しかも禁器を持ってや。となれば、生死に関わる危険性は倍率ドン、更に倍! ってなる訳や」


 得意気に話ながら、短くなったタバコの最後の一口を口に含む。


「スキルの人材収集率が上がる上に、二从人格の実験、禁器のデータ採集も出来る。一石二鳥どころか一石三鳥や!」


 最後の一口を吟味するように間を空けてから、紫煙を吐き出す。


「回転率は上がったんはエエけど、大概は相手を殺しちゃうんが難点やけどな。ま、禁器を使うてるんやから仕方あらへんけど」


 カメラのシャッターを切るように、何度もあの光景が浮かぶ。

 水飲み場で起きた、惨劇の空間を。

 視界は赤に塗りたくられ、嗅覚は紅で埋め尽くされ、一帯が血で染まった生臭い空気。

 その場に居たであろう人間を数人、コウが殺した。手にした棍で、禁器という非常識で反則めいた武器を使って。

 『崩す』という破壊方法に優れたそれで、躊躇もせず、戸惑いもしないで奴は簡単に……。


 人を――――ころした。


「さ、て。長くなったんけど、前振りはここまでや」


 先程の一口でフィルター近くまで灰になったタバコを持った手を、胸元辺りで止める。


「さっき言うたように、コウを使えば危機的状況に陥りやすうなってSDC参加者がスキルに目覚める確率は上がる……が、やっぱ殺されたらこっちも困るんや。せっかくスキルが目覚めたのに殺されたら、元も子もあらへん」

「コウと良い勝負をする君等が相手なら、いいデータが取れる思うてな。戦わせよ思て連れてきたんや。俺の雰囲気で上手く隠してた筈なんやけどな」


 言いながら、テイルは顎をつぃ、と少しだけ動かして合図する。


「バレとるなら隠れてる必要あらへん。お前等、出てきて構へんぞー」


 そうテイルが言うと、校舎の裏から人影が二つ現れた。

 同時に、俺とエドはその方向を向いて構える。

 校舎の影から抜け、月明かりに照らされて男性二人の姿が露になる。


「あの二人、どっかで……?」


 テイルが連れてきたという人材二人に、どこか見覚えがあった。

 一人は茶髪のオールバック、もう一人は肩まで伸びた黒髪に加え、唇にピアスをしている。


「彼等に見覚えあるやろ。なぁ、咲月君?」


 テイルは屋上の上から、俺の反応を楽しそうに眺めている。


「そうなのか、匕!?」

「あぁ。よくは思い出せないが、どこかで見た覚えがある」


 けど、一体どこで見たんだ……?

 自分で言うのも何だが、俺は知り合いは少ないし、人付き合いも広くない。

 そうなると、記憶に残る人は限られる。


「この二人はな、前に咲月君がSDCで倒した奴等や」


「ッ! そうだ、思い出した!」


 テイルに言われ、喉まで出掛かっていた曖昧な記憶が甦った。

 過去、俺はあの二人とSDCで戦った覚えがある。

 茶髪の方は隠れていた所を見付かって戦闘になった。確か、空手使いだった筈だ。

 そして唇ピアスの方。あいつは沙姫を助けた時、最後に倒した奴だ。

 思い出せばこっちの奴の方が記憶が残っている。

 こいつはボクサー。グループを組んでいたリーダー格なだけあって、他の奴よりは良い動きをしていた。


「捕まえた当初は喧しく騒いどったけどなぁ、自分等をリタイアにした君に復讐させたる言うたら、積極的に協力してくれたでぇ」


 くそっ……テイルはスキルの人体実験として連れてきたと言った。


 なら、この二人はスキルが目覚めているって事になる。

 スキルが目覚めているだけで厄介なのに、その上どんな能力内容なのかは解らない。


「相変わらず、分の悪い戦いかよ……」


 だが、ポジティブに考えれば、コウを相手にするよりも数倍は楽な筈だ。

 奴の場合、一発でも禁器に当たってしまえば即終了だからな。それに比べれば、こいつ等を相手にするのは緩く感じる。

 しかも両方共、一度は戦った事があり、そのスタイルも知っている。


「それでも、やるしかねぇか!」


 腹を据えるように言葉を吐き出して、構えを固め直す。

 エドも同様、戦闘態勢に入って敵を見据えている。

 が、そこで異変に気付く。

 こちらが戦闘態勢に入っていても、向こうは動く気配を見せない。

 俺にリタイアされたのを恨み、それを晴らしたいのならすぐに襲いかかってくるもの。


 なのに、立ったままで動かない。

 それに今気付いたが、睨みを利かせても相手の視点と合わない。

 それどころか、目に生気を感じないと言うか……視線が定まらず、朧気と言った状態。


「けどま、実験で頭ン中から身体中と色々弄りまくったからな。今はもう、咲月君への復讐なんて覚えてへんやろなぁ。それ以前に、目の前におるのが咲月君と解らへんかぁ」


 それをテイルは、まるで遊び過ぎて変な壊れ方をした玩具の人形を見て笑う子供のように、実験台となった男性二人を楽しそうに眺めていた。


「貴様ぁ……!」


 人権を無視した、非人道的なその扱いにエドは怒りを孕ませた視線でテイルを睨む。


「しかもな、何が凄いかっちゅうと、あんな状態でもしっかりと俺の言う事は聞くっちゅう所や」


 エドの視線も気にせず、さらりと受け流すテイル。


「さて、お喋りは終わりや。俺も仕事せなあかんからな。パーティーは会談が終わったら次はダンスと相場が決まっとる」


 ヒョイ、と軽く飛んで、後ろにあった落下防止用フェンスの上に立つ。


「ほな、俺は高みの見物しながら参加者の物色といこか。お前等、待たせたな。もうええで」


 その言葉を合図に、ずっと動かずだった男二人が走り出す。


「ァアアァアーーっ!」

「オォォオォーーっ!」


 正気から脱した奇した声の雄叫びを吠え、地面を疾走して距離を詰めてくる。


「あ、せやせや。連れてきた実験体はこいつ等だけやあらへんから、気ィ付けやー」

「何っ!?」


 ひらひらと片手を振って最後にそう言い残し、テイルは暗闇の中へ消えていった。

 まだ他にスキルの実験体が来ているだと……冗談じゃねぇぞ!

 コウより脅威が少ない分、数が多いってか?

 たまには俺に有利な状況に転んでもバチは当たんねぇだろうによ!


「匕、来るぞ!」

「わぁってるよ!」


 相手がコウよりも見劣りすると言っても、スキルを使ってくる以上、苦戦する事は十分考えられる。

 何よりスキルの内容が解らないと、対処のしようがない。

 具象化ならば形として出るからすぐに解るが、肉体強化や行動強化は判別出来ない。


「アァアッ!」


 茶髪の男がぶっきらに殴りかかってくる。


「構えも糞もねぇな! 正気を失って空手の使い方を忘れちまったか!?」


 大振りのパンチを身を退いて躱す。

 内容にもよるが、一発で致命傷に繋がる事も有り得る。

 とにかく、相手の攻撃に当たらない事が今出来る唯一の対処方法だ。


「っとぉ、意外と素早いなっ!」


 もう一人の黒髪は、エドに狙いを定めて素早い動きで迫っていく。


「エド! そいつはボクサーだ、フットワークが軽いから気を付けろ!」

「なるほど、どうり……で、っと!」


 距離を詰め、黒髪がエドの顔面を目掛けて右ストレートが放つも難なく避け、そこから繰り出される数発のジャブもバックステップしつつ回避していく。


「手に持ってるモンは飾りか!? さっさと使えってんだよ!」

「弾は無限にある訳じゃないんだ、出来るだけ節約したい。実弾じゃなくても値が張るしな!」

「かーっ、貧乏臭ぇ! どうせ経費が落ちるんだろうが!」


 互いに相手の攻撃を躱しながら、軽い口喧嘩じみた会話をやり合う。


「貧乏なお前には言われたくないな!」


 茶髪の男が大きく腕を引いて、大きなモーションからのパンチを放ってきた。


「はっ、そりゃごもっとも……」


 それを後ろに下がるのではなく、逆に一歩前に出て身体の捻りで紙一重でそれを躱す。


「で!」


 そして、攻撃を避けつつ懐に入り込み、がら空きになった相手の腹部へアッパーを見舞わせる。


「かっ―――」


 相手は身体を『く』の字に曲げ、短い悲鳴が漏らした。

 殴られた腹部を押さえ、ゆっくりと地面に膝を着いて悶絶する。


「この程度の動き、沙姫との組手に比べたら遅過ぎ――――」


 今自分で口にした言葉に、ある不安と恐怖が脳裏に過って口を止める。

 あいつは言った。去り際に、テイルは確かに言った。

 連れてきた実験体はこいつ等だけじゃあらへん――と。

 その時は、今俺とエドが戦っている2人以外の奴とも戦う可能性があると思った。


 けど違う、そうじゃない……俺達だけじゃない。

 テイルが連れてきた実験体と戦う可能性は、今このSDCに参加している者全てにある。

 そう。なら――今回も参加していると思われる、沙姫と沙夜先輩もそれに含まれる……ッ!


「本当、SDCが絡むと嫌な方にばかり事が転ぶな!」


 愚痴りながらも神経を研ぎ澄ませて、四方八方に気を配る。

 不幸中の幸いと言っていいのか、テイルが姿を消してから、奴の雰囲気も一緒に隠された。

 学校の敷地内のどこかにはいるだろうが、今はあの身体が重たくなる錯覚を感じる、奴の圧力はどこにも無い。


「どこだ、どこにいる……!?」


 読感術を使い、SDCに参加して学校のどかにいるであろう、沙姫と沙夜先輩の雰囲気を探し出す。

 テイルのように雰囲気を隠されたら探しようがないが、雰囲気を消すには読感術を身に付けていないと出来ない。

 前に聞いた時、沙姫は読感術の事を知らなく、使えもしなかった。

 なら、読感術で雰囲気を感じ取れる筈だ。


「ッ、いた! この方向は……校庭の方か!」


 身に覚えのある雰囲気を感じ取り、その方向を睨むように見据える。

 しかも、二つ。俺とエドと同じく、沙姫と沙夜先輩も二人で行動しているようだ。

 探す手間が省けて、こちらとしては有り難い。だが、そんな有り難い事だけでは無かった。

 沙姫と沙夜先輩の雰囲気の他に、もう二つ、見知らぬ雰囲気を感じる。

 他の参加者という可能性もあるが……この状況じゃ、テイルが連れてきた実験体としか考えられない。


「チッ!」


 なんでこう、嫌な状況にばかりに転ぶのか。思わず、悪態をついて舌打ちしてしまう。

 しかし、このSDCは他者を倒し、自身が生き残っていくもの。参加者としては、他の参加者が潰し合ってくれるのは有り難い話。

 むしろ、沙姫と沙夜先輩がリタイアになってくれれば、願いを叶えられる可能性が上がる。


 ――――けど。

 そんなSDCの思惑通りに動くのは真っ平御免だ。

 手の平で踊らされるのも、楽しそうにテイルに笑われるのもだ……!


 そして、SDC参加者としてよりも、俺個人として見捨てるなんて真似は出来ない。

 何度も美味い飯を食わせてもらったし、お下がりでモユに服だってくれた。

 まだ返していない貸しが沢山ある。


「エドッ! 校庭の辺りに沙姫と沙夜先輩がいる! そっちに行ってくれ!」

「何っ!? なんで解……読感術を使ったのか!」


 エドは黒髪の攻撃を躱しつつ答える。


「くっ、少しは落ち着け!」


 仕切りに動き回り、しつこく攻撃をしてくる黒髪の腹部に、エドの膝蹴りが刺さった。


「グ、ゥ……」


 黒髪が動きを止めた所を、エドは更に上段蹴りを放つ。

 防御をしなかった黒髪の顔面に辺り、軽く十メートル吹っ飛んだ。


「他に知らねぇ雰囲気が2つある……多分、テイルが言ってた他の実験体だ! こっちは俺一人でなんとかする、だから頼む!」

「なっ、いくらお前でもそれは危険……」


 普通の参加者ならばともかく、相手はスキルを持っている。しかも二人。

 さらにはそのスキルの内容が未だに判明していない。

 そんな相手を一人で戦うのは無茶に近い事ぐらいは解っている。


「人を倒す事よりも、人を助ける事がお前の仕事だろ!」


 頭で考えるよりも、理屈を並べるよりも、常識を測るよりも。

 感情が他の全てを押し退いた。


「……ったく、そう言われると何も言い返せないな」


 はぁ、と息を吐いて、金髪を右手で掻き上げる。

 コウ程でないが、相手がスキルを使う奴ならば生死の危険性があるのはエドも解っている。

 しかも、今相手にしている2人のように、正気を保っていないとしたら尚更。


「実験体と戦ったら、最悪どうなるか解るだろ!? お前にはその“目”と手に持ってる物がある! 俺よりも、お前の方が適任だ!」


 俺の読感術じゃ、大体の位置しか解らない。けど、俺が方角さえ教えれば、後はエドのスキルで簡単に見付けられる筈。

 それに、拳銃を扱うエドなら、素手の俺よりも離れた距離からでも攻撃が出来る。

 そうなると、俺が行くよりエドを向かわせるべきなのは明確だ。


「確かに、あのエビチリをもう食べられなくなるのは困――匕ッ、後ろだ!」

「なん……!」


 エドに言葉に反応し、咄嗟に後ろを向く。

 すぐ後ろに、襲い掛からんと腕を振り被る茶髪の男がいた。


「くっ!」


 大振りだったというのもあり、その攻撃は当たらずサイドステップで避ける事が出来た。


「もう回復した……!?」


 あの手応えなら、回復するにはまだ時間が掛かると思っていたのに……!

 一瞬、コウの打たれ強さが頭にチラつく。


「匕ッ!」

「俺は大丈夫だ、早く行ってくれ!」

「わかった! こっちは任せ……」


 俺の無事を確認して、エドがこの場を離れようとした時。


「アァァーッ!」


 茶髪同様、黒髪も僅かな時間で立ち上がって脅威の回復を見せた。


「こいつも――ッ!」


 エドもその回復力に驚きを隠せず、焦りを見せる。


「くそっ、こいつを撒かなきゃ助けに行こうにも行けない……!」


 距離を詰められないようにと、エドは後退る。


「オァアーッ!」

「チィッ!」


 厄介だと歯を軋ませ、苦い表情をさせる。


「ゴァァ――――ガッ!?」

「お前の相手はこっちだ!」


 拾った石を投げ、黒髪の頭へ見事に当たった。


「俺に恨みがあるんだろ? 掛かって来いよ」

「ウゥ……アァーッ!」


 大したダメージにもならなかったらしく、黒髪はこっちへと矛先を変えて走ってくる。

 石をぶつけられたのに腹を立てたのか、それとも俺に言われて恨みを思い出したのか。


 とにかく、エドから離す事が出来た。


「エドッ!」


 名前を叫び、目で『行け』と合図する。

 それを見て、エドは一度頷いた後、校庭へ向かって走り出す。


「ガァアッ!」


 黒髪に構う時間は与えないと、茶髪が側面から異声を上げて突進してくる。


「スキルを差し引いても、テメェ等程度が相手ならいいハンデだ!」


 なんて言いはしたが、いいハンデなんて以ての他。決して楽じゃない。

 だが、弱音を吐くと気負けしてしまう。それに、自分から一人で大丈夫だとエドに言った。

 そう豪語しておいて、気弱な台詞など言えやしない。

 だったら、強気な事を言って自身を奮い立たせた方がいい。言うのはタダだ。


「こんな奴に負けて……」


 フッ! と息を小さく吐き出し、腰を落として身構える。


「たまるかっ!」


 そして素早く、茶髪の顔面へ掌底を打つ。


「カッ……」


 衝撃で茶髪の顔は上を向き、小さくよろめいた。


「そら寝てろ!」


 続けて脹ら脛を目掛けて下段蹴りを放つ。

 下段蹴りは綺麗に決まり、茶髪はバランスを崩して地面に倒れる。


「アァアァーッ!」


 人よりも、獣に近い叫び。

 そこで黒髪の方へ振り向くと、驚愕と焦燥が身体に走る。


「何っ!?」


 黒髪がもう、目の前まで接近していた。

 決して油断していた訳じゃない。距離だって大分離れていた。

 だから、先に茶髪を仕留めた。


「こいつ、以前よりも格段に速く――ッ!?」


 咄嗟にバックステップして離れようとするが、近づかれ過ぎて離せない。

 向こうは射程範囲内。しかも、既に右腕を引いていた。

 次の瞬間には、あの右拳が飛んでくるのは馬鹿でも解る。


「くっ!」


 こっちはバックステップを踏んでしまい、横に避ける暇がない。

 直撃を喰らうよかマシか……っ!

 顔の前に両腕をやり、防御態勢を取る。

 後は攻撃力を高めるスキルじゃねぇ事を祈るしかねぇ!


「――――ガ、ッア!」


 が、飛んできたのは黒髪の拳ではなく、悲痛の籠った声だった。


「な……?」


 黒髪は崩れるように倒れ、足を押さえて呻いていた。

 前に出した両腕の間から倒れた黒髪を見る。


「ッ、まさか!」


 思い当たる原因が一つだけあり、その原因の方向をに顔を向ける。

 そこにいたのは、右手を左脇の下を通して背中沿いに銃口をこちらに向け、小さく笑いながら走るエドだった。


「あんにゃろう……!」


 美味しい演出するじゃねぇか。


「弾代はお前に請求するからなー!」

「ふざっけんな、それぐらい経費で出してもらえってんだ!」


 最後にひらひらと手を振り、校舎を曲がってエドの姿は見えなくなった。

 エドに助けられたってのは悔しいが、今のは危なかった。背に腹は変えられねぇか。

 しかし、あんな構えとは言えない態勢で、しかも走りながらで当てるなんてな……流石としか言えねぇ。


「動けるようになる前に止めを……」


 あの速さで、また動かれたら厄介だ。

 痛みで動けなくなっている今の内に仕留めておくべきだろう。


「ア、アァ!」


 だが、茶髪が立ち上がり、それを邪魔する。


「またかよ!? どんだけタフなんだ、こいつは!」


 一旦距離を取り、半身に構えて迎え撃つ態勢をとる。

 さっきは黒髪もいたから決定的な一発を決める暇はなかった。しかし、今は黒髪はエドの銃撃によって足をやられて動けない。

 今の内に茶髪の方を確実に仕留めなきゃ、二人を同時に相手にしなきゃならなくなる。

 そうなる前に片を付ける。


「……?」


 しかし、こっちが構えて待っても茶髪は向かってこない。


「ウゥ、アァ……」


 顔を下げ、小さく呻き声を上げて棒立ち状態。


「なんだ? 今頃ダメージが来たとかじゃ……」

「アァアァァアーッ!」

「うわっと!」


 突然の咆哮。

 茶髪は下がっていた顔を空に仰がせ、両手を強く握る。


「ウアァ……」


 ゆっくりと顔を下ろし、目標である俺を睨んでくる。


「――――ッ!?」


 その刹那、漠然とした悪寒を身体が感じ取った。

 いや、何か……悪寒とも違う、違和感。

 でもどこかで感じた覚えがある、何とも言い表せられない感覚。

 身体が痺れるような、何かを嫌な予感をさせる不安と言えばいいのか……。


「……そうか、不安だ」


 根拠も無い、理由も無い。そんな突如襲われる不安。思わず後退りしてしまいそうになる、この感覚。

 どっかで感じた事があって当然だ。

 なんてったって――――。


「エドがスキルを使った時に感じたのと、同じだ」


 ならばもう、皆まで言わなくても何が起きたのか解る。

 数十メートル先で睨みつけてくる茶髪は、とうとう使いやがった訳だ。

 ――――スキルを。


「こっからが本番……ってか?」


 出来れば来てほしくない本番だったけどな。

 けど、やるしかねぇ……ッ!


「アァッ!」


 茶髪は口から涎を垂らし、奇声を発して走り出した。

 スキルの内容が解らないと、下手に手を出したら逆にやられる危険がある。


「くっ……!」


 だが、スピードは先程と変わっていない。となると、素早さを上げるスキルでは無いようだ。

 もし俺の読み通り、エドがスキルを使った時に感じたのと同じ違和感がスキルを発動している時の感覚だとしたらなら、奴は今、何かしらのスキルを使っている。

 手は相変わらず素手。何かを作り出した様子は無い。なら、具象化では無いだろう。

 となると、速さ関係以外の肉体強化か行動強化と考えられる。


 石橋を叩いて渡るって訳じゃねぇが、もう少し様子見をした方がいいか……。

 とは言っても、黒髪が回復する前に片付けなくてはならない。

 さっきの回復力を考えれば、そうそう時間は無いと思った方がいいな。


「ガァァアッ!」


 茶髪は突進し、我武者羅にパンチを何発も繰り出してくる。


「はっ、ほっ、とぉ!」


 それを近付き過ぎない程度の距離を保ち、それを避けていく。

 さっきも簡単に攻撃を躱す事が出来ていたんだ。

 スキルを使っていても、スピードが上がっていないのなら結果は変わりはしない。


「カァ!」


 正気を失っていて冷静さまでも失っているようで、当りもしないパンチを何度も繰り返す。

 何度かパンチを避けた隙に反撃が出来る場面があったが、カウンターや防御が向上するような内容のスキルだった時の事を考えると戸惑ってしまう。


「くそ、こっちが手を出さねぇからって好き放題打ってきやが、って……?」


 思わず零した愚痴にハッと閃く。


「まさか、こいつ!?」


 もしスキルが肉体強化で、『握る』や『投げる』みたいな内容なら、俺に接近して掴まえようとする筈。

 でなきゃそのスキルが活かされない。

 行動強化にしても、内容が『目の前の目標を倒す』なんてものだったなら、何かしらの物を使ってきている筈だ。

 行動強化は内容にもよるが、結果を出すまでに使う道具や物さえも強化される。


 相手は正気を失っていて、物を使う思考が無いとも予測出来る……が。

 テイルの事だ。スキルを使いこなすぐらいの理性は留めているだろう。

 でなければ、スキルの実験にならない。

 それらを踏まえて考えれば、1つの答えが出てくる。


「殴る……のがスキルなのか!」


 そう、茶髪はさっきからパンチしか打ってこない。

 まるで、それしか無いように。


「そらっ!」


 そこいらに転がっている石を2つ、素早く拾う。大きさは野球ボール程。

 バックステップしながら、それを茶髪に投げ付ける。


「ガァァ!」


 放物線を描いて飛んだ石は、茶髪に当たる前にパンチで打ち落とされた。

 地に落ちた石は、小さく砕かれて。


「最後にもっかい試してみるか!」


 投げた石で茶髪が軽く足止めされている間に、走って校舎の向かう。

 そして、校舎の壁に背中を付ける。


「こっちだ!」


「フゥ、フゥ……アァ!」


 息を荒くし、額に汗を浮かばせて茶髪はこっちに突進してきた。

 俺を倒そうと、走りながら右腕を大きく振りかぶる。


「ガァ!」


 引き付けて、引き付けて。ギリギリまで相手を引き付ける。

 奴の右手は俺の顔を定め、直線を描くように飛んできている。

 それを紙一重で――――躱す。


 勢いの収まらない奴の拳は、俺のすぐ後ろにあったコンクリートで固められた校舎の壁に刺さる。

 が、その瞬間、生身の人間の手がぶつかったとは思えない音が鳴った。

 まるで鉄球がブチ当たったような、耳を疑いたくなる轟音。


「ッ、マジかよ!」


 さっきの刺さる、という言い方は間違いだった。

 奴の、茶髪の拳は手首辺りまで――めり込んでいた。コンクリートで作られている筈の、校舎の壁にだ。

 その威力と、スキルの脅威に目玉が飛んでしまいそうだった。

 だが、そんなコメディな反応は出来ないし、している余裕もない。


「っぱりな、ビンゴだ!」


 やはり、予想は当たっていた。

 石を砕き、コンクリートにめり込む程の威力。

 奴のスキルは肉体強化……内容は『殴打力を上げる』、そんな所だろう。


「悪ィが、まずはその厄介な能力を使えなくさせてもらうぜ!」


 奴のスキルが『殴る力を上げる』のなら、それを使えなくすればいい。

 つまり、腕を折っちまえば、スキルを発動しても意味が無くなる。

 しかも、今は右手が壁に埋まって固定されている。

 このチャンスを逃がす訳にはいかない。


「っせい!」


 壁にめり込んでいる茶髪の右腕。その伸びきっている肘を狙い、右足を全力で蹴り上げる。

 そして、ごっ……という鈍い音が鳴り、骨が軋む。


「っづぁ!?」


 しかし、骨が悲鳴を上げたのは茶髪の腕ではなく、俺の蹴りを放った足だった。

 足の甲に激痛が走り、顔を歪める。


「ぐぅ……あの状態から反撃された……?」


 痛みにヒヨった隙に続けて攻撃されないよう、直ぐ様下がって離れる。

 急いで構え直し、茶髪へ向く。


「なっ!?」


 蹴り上げた足に走った痛み。それは何かしらの方法で反撃をしたのだと思った。……の、だが。

 茶髪は依然として、壁を殴った状態のまま身体は動いていなかった。


「反撃をしていない……?」


 俺の予想は外れていた。

 奴は反撃どころか、防御すらしていない。

 だと言うのに、攻撃した側である俺がダメージを負った。

 この不可解、そして不自然な状況と結果。

 それに対しての理由は考えるまでもなく出てくる。


「しくった、スキルを読み違えちまったか……」


 痛みを訴える足に耐えながら、冷静さを保って思考する。

 しかし、額には冷や汗が浮かぶ。

 完全に読んだと思った相手のスキルは外れ、しまいには足を痛めた。

 冷静であっても、焦りと戸惑いはある。


「あの嫌な違和感はする。なら、今もスキルを使ってるって事になるが……」


 スキルの内容が解らなければどうしようもない。

 力任せに突貫しても、今みたいに逆に痛い目を見る可能性の方が高い。

 なんとかしてスキルの内容を解明しなければ、このままだとじり貧だ。


「ったく、エドの目といい……嫌ンなる雰囲気だ」


 愚痴と一緒に、小さな溜め息を口から漏らす。


「……あ? エドの、目?」


 自らが口にした言葉で、ふと気付く。


「あいつのスキルを見た時、違和感は目から感じた……」


 エドのスキルは肉体強化。内容は『視力の向上』だった。

 そして、スキル特有の違和感は目から感じた。


「なら――――っ!」


 茶髪を睨み、気を集中させて読感術を使う。

 悪寒に似た違和感。それが発せられる根元を見つけ出す為に。


「――腕、だな」


 そして、その違和感はやはり腕から感じ取れた。

 範囲は拳から肩付近にかけて。要は腕全体。

 無防備な状態で俺の蹴りを受けても無傷だったんだ、腕に関するスキルであって当然か。

 とは言え、スキルの効果範囲が腕全体だと解りはしたが、結局は内容は解らず仕舞い。


「けど、攻略法は見つかったかな」


 だが、逆に考えれば簡単な事だ。

 腕にしか効果範囲が無いのなら、腕以外を狙えばいいだけの話。

 スキルの内容が不明でも、穴が空いている部分を狙えば勝機はある。

 勿論、相手の腕による攻撃には当たらない事が絶対条件ではあるが。


「グ……ガッ」


 茶髪は壁から右手を抜き取り、こちらを向く。


「攻略法が解りゃこっちのモンだ」


 ようやく見付けた打開策に、小さな笑みを浮かべる


「フゥ、フゥ、フゥ……」


 対して茶髪は、息を切らせて額に大玉の汗が目立つ。

 肩も上下に動かし、表情は苦しそうだ。


「今になってダメージが出てきたか……?」


 にしては様子が可笑しく感じる。

 肉体の痛みと言うより、精神的な苦痛に耐えているように思える。

 目も更に酷く虚ろ。


「あ、そうか。スキルは精神力を使うんだ、だからか!」


 白羽さんから聞いたスキルの説明を思い出して、理由に気付いた。

 スキルの種類や内容にもよるが、使用するには自身の精神力が消費される。

 スキルの内容は解らないが、考え無しに腕を振って石を砕いた上に、コンクリートの壁に穴まで空けたんだ。

 精神は疲れ果て、集中力だって切れ始めているだろう。


「攻略法2つ目発見。逃げ回ってりゃ勝手に潰れる、か」


 が、今はその二つ目の攻略法は使えない。

 茶髪の限界が来るのを待っている間に、黒髪の方が復活したら面倒だ。

 その前に茶髪は倒しておきたい。

 限界が来るのははそう遠くはないのは明白だが、まだ向こうが動ける以上、油断は出来ない。

 下手に時間を掛けたら不利になるのは俺だ。

 後の状況の事を考えれば、限界を待つより倒しに掛かった方がいい。


「ウ、ガァァッ!」


 疲れ果てようが苦しかろうが構い無しに、茶髪は走り出して向かってくる。

 またも、右腕を大きく振るって。


「腕にさえ気を付ければ何て事はねぇ!」


 振るわれた茶髪の右腕を横に躱し、がら空きの懐を狙う。


「せっ!」


 鳩尾に拳がめり込むと、茶髪は背中を曲げてよろめいた。

 そこへ更に、膝蹴りを顎に当てて曲がった背中を立たせる。


「ふっ!」


 最後に、掌打を額へ打ち込む。


「ガ、カッ……」


 ドッ、という鈍くも中に響く音が鳴った。


「パーペキ」


 手応えバッチシ。威力も申し分無し。

 いい加減、これなら決まっただろ。


「ガ、ァ」


 しかし、茶髪は倒れずに耐え、掌打で突き出していた腕を掴まれる。


「まだ動くってのかよ!?」


 振りほどこうとするも相手は離さない。

 片手だけでは無理だと思い、空いた左手で掴んできた茶髪の腕を握る。


「――――ッ!」


 すると、信じられない感触が掌に伝わった。


「この、離せってんだ……よっ!」


 片足を上げ、足の裏で押すように茶髪の腹部へと蹴りを思い切り放つ。

 足の力は腕の三倍とは言ったものだ。

 茶髪は蹴られた勢いで手を離し、数メートル地面を転がった。


「なるほど、ようやく解ったぜ。テメェのスキル」


 今握った腕の感触で全部繋がった。

 俺がスキルの内容を『殴打力の上げる』なんて勘違いしたのも。

 素手のパンチでコンクリートの壁に穴を空けれたのも。

 蹴りを打った俺がダメージを受け、奴が無傷だったのも。


「石や壁を砕くから殴る関係のスキル内容と勘違いしちまったが……」


 今はっきりと解った。


「『身体を硬化する』……それがテメェのスキルか」


 蹴った時は一瞬しか触れなかったから解らなかったが、今触ってはっきりした。

 掴んだ奴の腕が硬かった。まるで鉄のように。

 それならばパンチの威力も必然的に上がるし、石を砕いたりコンクリートの壁に穴を空けてしまうのも頷ける。

 つまり、俺は鉄棒を蹴り上げたようなもの。蹴った足を痛めて当然だ。


「けど、ちぃと遅い種明かしだったな」


 地に伏せる茶髪へと向かって歩み寄る。

 茶髪は身体を起こして膝を立て、立ち上がろうとする。


「いい加減に……」


 茶髪の目の前で立ち止まり、身体を一回転する。


「寝ろっ!」


 そして回し蹴りを放ち、綺麗に茶髪の側頭を捉えた。


「ガッ――――」


 茶髪は白目を剥き、起こした身体は再び地面に転がった。

 何度が身体を痙攣させた後、ガクリと力が抜けて気を失った。

 今度こそ本当に倒せたようだ。


「手間ぁ取らせやがって」


 スキルだけでも厄介だってのに、こうも打たれ強いとか勘弁してほしい。

 一応、念には念を押して茶髪の意識を確認する。

 ……うん、ピクリとも動かない。大丈夫そうだ。


「あと1人。黒髪の方も動けない内に……」


 汗で湿った前髪を掻き上げて、黒髪が倒れている方を見やる。

 沙姫と沙夜先輩の所へ向かったエドも気になる。早く済ませて俺も向かおう。


「……ちっ、嫌ンなるな。本当によ」


 自分の目が映した光景に堪らず舌打ちが出た。

 本当、俺って運が無いっつーか災難癖があるっつーか。


「グ、グ……」


 エドの銃撃によって足を痛めて倒れていた黒髪は、多少よろめきながらも立ち上がっていた。


「ッ! しかも、こいつも使いやがったな……!」


 茶髪と同様、あの違和感が黒髪から発せられている。

 出来れば動けない内に仕留めたかったが、茶髪に時間を喰ってしまったようだ。


「けど、攻略法は見つかってンだ。一気に決める!」


 読感術を使い、特に強く違和感のする部分にさえ気を付けて戦えばいいだけ。

 後はスキルの効果を得ていない部分を攻めれば、スキルの内容が解らなくても勝てる。

 いつでも迎え撃てるように構え、読感術で黒髪を探る。


「……な、に?」


 顔を顰め、読感術で読み取った結果に戸惑う。


「一部じゃなく、身体全体からする……?」


 読み取った違和感は、茶髪のように身体の一部からではなくて包み込むように全身から感じ取れた。

 しくった……強化内容によっては身体全体に効果を受けるものだってある。

 そうなると、スキルの内容を解明しなければ手を出せない。

 下手に攻撃をすれば、先程みたいに返り討ちになるかも知れない。

 未だに痛む右足の甲に気を掛ける。


「どうするか……何かスキルの内容が解るヒントがあれば助かるんだけど、ある訳ねぇしな」


 しかし、だ。奴は立ち上がったにしろ、まだ足へのダメージは消えていない。いや、むしろ蓄積されている。

 立ち上がってすぐに襲い掛かって来ないのが、その証拠。

 俺も足を痛めてはいるが、動きに支障は無い。なら、機動力の差で翻弄すれば、突破口が見付かるかも知れない。


「ガァ……」


 黒髪は両腕を前に出し、拳を顎の下にやって構えた。

 確か、ピーカブーとか言う構えだったか。

 茶髪の方は空手を使わず、ただ我武者羅に拳を振り回すだけだったが、こっちはしっかりとボクシングを使うようだ。


「普通なら大分厄介だが、俊敏さを失ってるなら問題はねぇ!」


 フットワークがあってこそのボクシングで、足を痛める事は致命的。

 ボクシングにはそれ程注意してもいいだろう。一番に警戒すべきはやはり、スキルだ。


「迂闊に手は出せない。なら、石つぶて作戦といくか」


 視線を落とし、足元に転がる石を見る。

 校舎裏は舗装されていない砂利。石なら吐いて捨てる程ある。

 今は一定の距離を保って、離れた所から攻撃をして反応を見るしかない。


「アアァ!」


 黒髪は地面を蹴り、こっちに向かってくる。


「来やがった」


 声に反応して、視線を地面から奴に戻す。

 距離は十メートル以上はある。今の内に石を拾って――――。


「な、なにっ!?」


 目の前には、奴。腰を低く構えて拳を握る、黒髪の姿が。

 そして、俺の顎を砕かんとアッパーが迫る。


「ふ、っく!」


 身体を横にずらし、頬を掠めて間一髪で避ける。


「っぶねぇ! なんだ、あの速さは!?」


 冷や汗を頬に伝わせて、さらに攻撃を打ち込まれる前に離れる。

 いや、速いってもんじゃねぇ。それ以上だ。

 一瞬にして十メートル以上もあった距離を詰めやがった。


「痛めた足であの速さは有り得ねぇ……って事は、それが奴のスキルって訳か」


 なら、肉体強化で内容は『足が速くなる』あたりか?

 ……いや、それなら読感術を使った時、足から強く違和感がしていた筈だ。

 奴は全身を包み込むように違和感が発せられていた。

 なら身体全体が範囲の強化内容と考えられる。


「ガッ!」

「くっ!」


 休む間も考える暇もくれずに、黒髪が再び攻めてくる。

 またも、離した距離は一瞬にして埋められた。


「くそ、これじゃ離れても意味がねぇ!」


 何度距離をとっても、すぐに詰められる。

 機動力の差を活かして遠距離から様子見をしようとしたのに、これじゃ出来やしねぇ……!


「ガァ、ガ!」


 自分の射程範囲に入り、黒髪は獣染みた声を上げて拳を振るう。


「ふっ、ほっ!」


 黒髪が放つ左から右のワンツー。そしてボディブロー。


「沙姫様々だな、組手のお陰で相手の動きがよく見える!」


 攻撃全てを躱し、余裕の笑みが薄ら浮かぶ。


「フッ、フゥ、フゥ……」

「もう息切れか。こっちとしては有難い!」

「ガァァ!」


 肩で息をしながらも、黒髪は休まずに打ってくる。

 今度は右ストレート。

 だが、フェイントも糞もないテレフォンパンチ。避けるのは動作ない。


「ガァ、グ……」


 右ストレートを避けられ、その勢いに身体が煽られる。

 さらにはバランスを崩し、足が縺れて地面に転んだ。


「チャンス……!」


 無防備に倒れる黒髪。狙い目は今だと拳をに力を込める。


「いや、ダメだ」


 チャンスを目の前にし、一気に決めたい気持ちを抑えて黒髪から離れる。

 奴のスキルの効果範囲が全身。そして、一瞬にして距離を詰めるあの速さ。

 それらを考慮すると、奴のスキルは肉体強化の『スピードの上昇』という内容だと線が高い。

 脚力だけじゃなく、身体全体の素早さを上げる。

 恐らく、それが奴のスキルだ。

 もし読み通りで、今攻撃を仕掛けていたら、あの速さで避けられ、大きな隙を晒していたかもしれない。


「ググ、ガッ……」


 しかし、黒髪は苦しそうに立ち上がるも、すぐにこちらに仕掛けて来ない。

 息は荒く、肩を忙しく上下し、大量の汗。それでも、あの違和感は今もする。


「……って、おかしくないか?」


 今の黒髪の状態。それを見て、矛盾がある事に気付いた。

 俺が予測したスキルは肉体強化の『スピードの上昇』。そう踏んだ。

 しかし、もっとよく考えてみろ。

 全身のスピードが上がっているなら、奴の動作全てが速くなる。

 だったら、先程の攻撃だって速くなっている筈だ。


 でも俺は難なく避けれた。不意を突かれた最初のアッパーでさえも。

 そこだ。そこがおかしい。

 奴の一瞬にして十メートル以上もの距離を詰める程のスピード。

 あの速さで攻撃されて、あんな簡単に避けれるか?


 いや、無理だ。確実に喰らっている。

 という事は、腕や手には効果が施されていないって事になる。

 それに、今だってスキルが発する違和感がするのに、立ち上がる動作は遅かった。


「スピードの上昇じゃない、のか……?」


 また読み違えたってのか。

 じゃあ、なんで今も違和感は全身から発しているのに、攻撃や立ち上がったりする時は速くならない?

 なんで距離を詰める行動を取った時だけ、あの凄まじい速さに……。


「いや、そうか、それだ!」


 解った。なぜ奴のスキルは効果が疎らなのか。

 違和感がする部分がスキルの効果を得る。その先入観で勘違いしてしまった。

 奴のスキルは肉体強化じゃなく、行動強化だ……!


「さしずめ内容は『目標との間合いを詰める』、ってあたりか」


 恐らく……いや、高確率でそうだろう。

 行動強化は目的を為すまでの過程、つまり一連の動きを補助する。

 自分自身の行動を、自身の目的を為すまで動きを強化する。


 だから、奴の全身から違和感が読み取れたんだ。

 スキル内容はあくまで『間合いを詰める』まで。

 奴の攻撃は詰めた後、目的を為した後だったからスキルの効果は表れなかった。

 スキルを発動してても立ち上がる動作が遅かったのも、間合いを詰める為に起こした動作じゃないから。


「種が解れば後はやるだけだっ!」


 茶髪みたいに身体が硬化するスキルなら手を出しにくいが、スピードだけなら攻撃をしても問題は無い。


「ガァアァァ!」


 重い身体に鞭打つように、黒髪が再び走り出して間合いを詰める。


「ネタは上がってんだ!」


 黒髪が間合いを詰め、側面に入ってきたのに動きを合わせる。

 来るのが解っていれば、反応するのは容易い。


「ァァガァァア!」


 脇腹を狙ってのボディブロー。

 だが、間合いを詰めた後では速さはガクンと落ちる。


「甘ぇ……!」


 それを左手で払い、逆に今度は俺が黒髪の側面に入る。

 そしてお返しと言わんばかりに、空いた右手で脇腹へ渾身の一撃を咬ます。


「ガッ、フ……」


 黒髪は数歩後退り、膝を地面に着く。


「茶髪に比べて、こっちはスタミナ無ぇな」


 文句なしに決まった一撃。ダメージは見ての通りデカイだろう。

 それに、もう体力に限界が近かったせいか、今の距離を詰めるスピードが最初よりも遅かった。


「いや、白羽さんが言ってたな。スキルは内容や範囲、効果によって精神力の消費が異なるんだっけ」


 黒髪が茶髪よりも早くバテ始めたのはそれが理由か。

 茶髪のスキルは腕だけに対し、黒髪は全身。しかも、目的を為すまでの動きを全て強化するとなれば当然。

 さらに、ずっと使っていればいる程、消費量が増える。


「けど、勝負ありだ。また回復される前にトドメをつけさせてもらう」


 膝を着いて苦しんでいる黒髪の前に立ち、一言。


「じゃあな」


 蹴り上げた右足は顎を捉え、鈍い音が足に響く。

 そして黒髪は、力無く背中から地面に倒れた。


「はぁはぁ、ふー。やっと片付いた……」


 呼吸を整えながら、額の汗を手の甲で拭い取る。

 さすがに二人を相手、しかもスキル持ちとは厳しいものがあった。

 とその時、地に響くような低い鐘の音が鳴る。


「お、タイミング良く終了か」


 ゴゥン、ゴゥンと何かが這いずるような、御世辞でも良い音とは言えない。

 さすがにもう聞き慣れたけど。


「沙姫と沙夜先輩がどうなったか気になる。エドと合流するか」


 まだ多少息は荒いまま、足を校庭の方向へ向けて走り出す。

 鐘が鳴り、今回のSDCが終わったとしても油断は出来ない。

 まだ他に、テイルが連れてきた実験体がいる可能性がある。

 倒した二人は揃って正気じゃなかった。他の実験体もそうだったら、SDCも何も関係無く襲って来ると考えた方がいい。

 辺りを注意しつつ、走る足は止めない。

 すると、向こうから走ってくる人影が見えた。


「ちっ、他の参加者か……!?」


 SDCは終了したが、こちらへ来るのが実験体だったら確実に戦闘になる。

 ここは身を隠して過ごすのが賢明か。


「……いや、ありゃエドか!」


 近くの木の影に隠れようとした所で、走ってくる人影がエドだと気付いた。


「おい、エド!」

「匕っ!?」


 エドも気付き、こっちに走り寄ってくる。


「無事だったか。見た感じ無傷そうで何よりだ」

「たりめぇだ。ま、正直に言えば、ちと足を痛めちまったけどな」


 やはり、スキルが目覚めている奴を2人も相手にするのは気に掛かっていたらしく、溜め息と共に安堵の表情を見せた。


「って、俺の事はいいんだよ! 沙姫と沙夜先輩は!? 無事なのか!?」

「ったく、落ち着け」


 エドは腰に手を当て、肩を竦ませる。


「二人とも無事だ。むしろ、助けに行く必要が無かったくらいだ」

「は?」

「俺が着いた時にはもう、殆んど片が付いてたよ。一人は既に倒されて、残り一人の状態だった」


 はぁ、とエドは一息吐く。


「流石姉妹、って所だな。息もピッタリ合ってて圧倒の圧勝だったよ」

「な、なんだよそりゃ……」


 心配しただけ無駄だったって事かよ。

 しかも、格好付けてエドを向かわせて一人で戦った俺は苦戦したとか……。

 でもま、無事だったならそれに越した事はない。


「一応念の為に、SDCが終わるまで二人の近くに隠れて待機していた。また襲われる危険性があったからな。で、終了の鐘が鳴ったからお前の所へ向かっていたら、途中でお前に会った訳だ」

「なるほど。沙姫と沙夜先輩は?」

「帰ったよ。ちゃんと学校の敷地内から出るまで確認した」

「そうか。予定外の事が起きて大変だったけど、今回もちゃんと生き残れたな」


 最初はコウが出てくると読んでいたのに奴は出てこないで、代わりに他の実験体と戦う羽目になった。

 禁器を使うコウよりはマシではあったが、スキルを使える奴との戦闘がこんなにも面倒臭いとは思ってもみなかったよ。

 今回は読感術を長く使ったから、気疲れが酷い。


「そうだ!? 匕、お前が相手をした二人はどこだ!?」

「あ? なんだよ、急に。奴等なら校舎裏で寝てるぞ」


 安堵した表情から一転、エドは険しい表情になったかと思うと、いきなり走り出した。


「あの二人を保護するんだ! SDCの新しい情報が手に入るかもしれない!」

「ッ、そうか!」


 エドを追い掛け、来た道をまた走って戻る。

 もしかしたら、SDCの本拠地を判明出来るかもしれない。

 戦っていた時は正気を失っていたが、保護して治療すれば何かしらの情報は入る筈だ。

 昇降口の前を通り、壁を曲がって校舎裏へと出る。


「はぁ、はぁ……あ、れ?」


 砂利の地面、ぼろ臭いトイレ、そして穴の空いた校舎の壁。

 間違えようがない。確かに、ここは俺がさっきまでいた場所。

 テイルが実験体と呼んだ男性2人と戦った、校舎裏。


「誰も、いない?」


 だが、倒した筈の男性2人の姿はどこにもいない。

 気絶させ、地面に倒れていた筈だったのに、消えていなくなっていた。


「おい匕、どこにもいないぞ!?」

「んな馬鹿な!? 俺は確かにブッ倒して、奴等はここで気絶した筈だ!」

「じゃあ勝手消えたって言うのか、この短時間に!?」

「知らねぇよ、俺だって訳が解んねぇんだ!」


 また回復して自力で立ち去った……?

 いや、あの疲れようじゃ、意識が戻ってもろくに歩ける状態ではない筈。

 そもそも、俺が校舎裏から離れてから、まだ五分も経っていない。

 その短時間で移動するなんてのは考えられない。


「ほらほら、喧嘩はあかんで。ちゃんと仲良うせな」


 突然聞こえてきた声。

 あの胡散臭い関西弁で、誰なのかはすぐに解った。

 律儀に、隠していた雰囲気までも表に出している。


「テイル!?」


 声のした方向。そこはまたも、屋上であった。

 三つ編みした金髪を肩に掛け、啣えタバコをした奴の姿。

 そして、両脇には探していた男性二人を抱えていた。


「いなくなったらと思ったら……お前か!?」

「いやぁ、白羽ン所に持って行かれると色々と困るんや。せやから先に回収させてもろたわ。悪いなぁ、ハンサム君」


 口に啣えたまま器用にタバコを吸い、テイルは煙を吐き出す。


「しっかし、まさか咲月君が二人を相手にしてもピンピンしてるんは驚きや。ええ戦いっぷりやったでぇ?」

「はっ、いい組手相手がいるんでね」


 屋上に立つテイルを見上げ、睨み付けて返す。


「おっと、あかんあかん。今はお喋りする暇はあらへんやった。ほな、また会おうや」


 そう言い、テイルは踵を返して背中を向ける。


「あぁ、そやそや。校庭で寝てる2人も既に回収したからな、今から行っても遅いで」


 背中越しに顔だけをこちらに向けて、それを最後にテイルは屋上から飛んで姿を消した。


「くそっ、先に手を打たれたか……」


 苦虫を噛み潰したような顔をして、エドは悔しがる。


「奴の雰囲気が消えた。諦めるしかねぇな」


 ふぅ、と肩で息をする。


「……いや、考えてみればテイルが居る時点で、簡単に実験体を保護させてくれる訳がなかったんだ」


 エドは誰もいない屋上を見つめ、消え去った奴を見据えるように答える。


「よし、SDCは終わったんだ。帰ろうか」


 溜め息を一つ吐いてから、苦笑しながらエドが言う。


「あぁ、さっさと帰ろう。読感術を使い過ぎて疲れた。早く寝てぇわ」


 首元に手をやり、首の関節を鳴らす。


「つっても、こんな時間に電車って動いてんのか?」

「動いている訳ないだろ。歩いて帰るんだよ」

「はいぃ!?」


 ただでさえ疲れてんのに、二駅も歩くってのか!?


「俺はパス。自分の部屋に戻って寝るわ」

「何言ってんだ、モユちゃんが起きる前に戻らなきゃならないんだろ?」

「……そうでした」


 モユにはSDCの事は秘密だったんだ。

 昨日の夜、バレないようにモユが寝てから抜け出してきた。

 だから、モユが起きる前に事務所に戻らないと夜中に出掛けて来たのがバレてしまう。

 夜中に出掛けて、しかも俺だけじゃなくてエドも一緒となると、一発でSDCだと丸解りだ。


「しゃあねぇ、歩くか……」


 疲れた身体に鞭を打って、二駅離れた白羽さんの事務所を目指す。

 今から歩いて帰れば、大体六時あたりに着く。

 モユの奴、いつも起きるの早ぇからなぁ。しかも、毎日自分が起きたら俺ン所に起こしに来るときた。


「……多分帰っても寝れねぇな、俺」


 思わず、乾いた笑いが出てしまった。




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