No.22 個技能力
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とあるマンションの一室。
電気も点けず、ただ出窓から注がれる月明かりだけで部屋が僅かに照らされている。
真円の形を成さない月の光は微弱で、部屋はほぼ真っ暗と言っていい。
そんな部屋に、俺とエドは何か喋る訳でも無く、時間が来るのを待っていた。
今日の深夜……いや、開始時刻が零時なら明日か。俺の通う学校でSDCが行われる。
白羽さんの事務所は開催場所の学校がある街から二駅離れた所にある。
なので、電車で移動しなければならない。だが、電車の最終時刻は十一時前で、電車を使う以上それに乗らないとSDCには間に合わない。
それで、早く街に着き過ぎて余った時間を俺の部屋で潰していた。
出窓近くの床に座り、壁に背中を預けていたエドが腕を動かす。
同時に、部屋へ射し込んでくる月明かりが作り出す影も真似るように形を変える。
「そろそろ頃合いだ」
月明かりを頼りに腕時計で時間を確認して、エドが沈黙を破る。
「……何時だ?」
エドと同じく、ベッドの上に壁に寄り掛かりながら座り、項垂れさせていた頭を上げる。
そして、ゆっくりと閉じていた瞼を開く。
電気を点けない部屋に長時間いたせいで、暗闇に慣れて月明かりだけで十分目は見えた。
「十一時二十分を回った所だ」
答えて、エドは立ち上がる。
俺の部屋から学校まで大体二十分程度。
学校に着いてから、身を潜める場所を探す時間を含めれば丁度良い。
「よし、行くか」
壁から背中を離し、ベッドから降りる。
部屋から出て、マンションを後にして、開催場所である学校に向かう。
後一時間もしないで日付が変わる時刻。当然、俺とエド以外の人の姿は見えない。
夏休みに入った学生は夜遊びをしたい年頃なんだろうが、今この街では連続行方不明事件というのが起きている。
そんな物騒な事が自分の住む街で起きていたら、怖くて出来ないんだろう。
カラオケ、ゲームセンター等の娯楽施設や飲み屋がが並ぶ駅前ならば、今の時間でも賑わいがあっても不思議じゃないが、終電に乗って立花駅に着いた時には、看板や街灯だけが光り、がらんと人影は殆んど無かった。
この街の住民みんなが怖れている。
次は自分が行方不明者になるんじゃないかと。
そんな静けさに満ちた学校へ続く道を、壊れたかけた街灯がチカチカと心許なく点滅している。
「おい、エド」
街灯の下を通り過ぎた所で、エドに話し掛ける。
「ん?」
「前に言っていた、コウの対策法を教えろ。何か案があるって言っていただろ。知っていた方が俺も動きやすい」
学校に着いてからだと大きな声で話せない。落ち着いて話せるのは今しかない。
「あぁ、対策としてこれを使う」
そう言って、エドはズボンに挟んでいた物を手に取って俺に見せる。
それは一度、見た覚えのある物だった。黒く、見た目でも重量感がある。
以前、事務所の広間でエドがメンテナンスをしていたのを俺は見ていた。
「拳銃……?」
「そうだ」
「それでコウにダメージを与えるってのか?」
メンテナンスをしていた時に聞いたな。確か、実弾ではなくてゴム弾を使っているんだっけか。
それでも当たれば相当の痛みは与えられるとも言っていた。
だけど、コウは信じられない程タフだ。神社でそれを嫌になるぐらいに見せられた。
ゴム弾でも威力があるとは言え、使用して劇的に有利になるとは思えない。
「いや、違う。狙うのはコウじゃない。禁器だ」
「何?」
「忘れたか? 俺はコウじゃなくて、奴が使う禁器の対策法を考えていたんだぞ」
そうだった。禁器に対してだけ打開策が無いと悩んでいたら、エドが希望薄だが当てがあるみたいな事を言っていたんだ。
俺はコウだけなら何とかなる、なんて豪語しちまったけど。
まぁ、禁器を抜かした状態でのタイマンにさえ持っていければ、五分にまで持っていける自信がある。
「けどよ、禁器は破壊に特化した武器なんだろ? 禁器を狙い撃っても、弾が壊されて終わるんじゃねぇか?」
「俺の考えだと恐らく大丈夫の筈だ。匕、覚えているか? 初めてコウと会った時を」
拳銃を元あった腰部分のズボンに挟み戻して、エドが聞いてきた。
「覚えているよ。殺されそうになったんだ、忘れたくても忘れられねぇよ」
辺りには人だったモノを撒き散らして、視界という視界を紅く濡らして、生臭い鉄の臭いを漂わせて。
「お前がコウと戦っている最中に、俺が割って入っただろ?」
「あぁ、奴から一撃もらった時だっけ」
腹に蹴りを喰らって、悶絶しながらカウンター狙ってた時にエドが現れた。
「その時、俺が何をしたか覚えているか?」
「お前がぁ?」
うーん、と唸りながら考えてみる。
基本、こいつの行動なんて興味無いからなぁ。だってムカつくし。
ビデオを再生するように、頭の中であの時の事を思い返していく。
コウから蹴りを喰らって後ろにあった木に背中をぶつけて。んで、カウンターを狙おうと足をフラつかせて見せて……。
「思い出した。お前は拳銃を発砲しながら走ってきたんだ。それでコウが持っていた棍を弾いて……」
「そこだよ。俺はそこに目を付けた」
「走りながら発砲か?」
「そこじゃない。その後だ」
「え、っと。棍を弾くってとこか?」
そうだ、と言うように、エドは無言で頷く。
「禁器はモノを破壊するのに特化した武器。であるのにも関わらず、実弾でもないゴム弾でコウの禁器を弾く事が出来た。可笑しいと思わないか?」
「確かに、言われてみれば……」
コウの棍は『崩す』という破壊行動に特化した禁器。現に俺は、この目で水飲み場が一撃で壊されるのを見た。
なのに、コンクリートで作られた水飲み場を破壊出来たのに、ゴム弾はコウの禁器を弾く事が出来た。
よくそんな些細な事をエドは覚えていたもんだ。
コウと接触したのが初めてで、容姿が先輩とそっくりで俺は多少テンパってそんな事を一々気にする余裕はなかった。
いや、あったとしても覚えていないかもしれない。
「コンクリートすら簡単に壊すのに、なんで弾く事が出来たんだ……?」
「恐らくそれは、『イメージしていなかったから』だと思う」
「イメージ?」
「モユちゃんの禁器を使って、ボールペンを切って白羽さんが説明してくれた時に言ってただろ?」
エドに言われ、腕を組んで思い返す。
「モノを破壊するには、それをイメージしなきゃならない……か?」
「そう。俺が匕を助けに行った時、コウはお前に対して棍を棍を振りかざしていた。なら当然、その時にイメージしていたのはお前の破壊だろう」
握り拳を作り、エドはそれをコウの棍と模して見せてくる。
「だがそこに、予想していなかった攻撃。俺の銃撃が入ってくる」
言いながら、見せていた握り拳の横から、左手の人差し指をぶつける。
「そうか……! あの時、コウは『俺を破壊するイメージ』しかしていなかった。だから、予想外だったエドの銃撃には当然、破壊するイメージなんて頭にはなかった」
「そう。『破壊するイメージ』をしていなかったモノだったから、ゴム弾で禁器を弾く事が出来た。俺はそう予測している」
なるほど、ね。
あの時の状況と白羽さんの禁器の説明を照らし合わせてみれば、エドの予測は十中八九間違い無いだろう。
「そして考え付いた対策が、俺はコウの禁器をこれで狙い撃ち、お前の援護をする事だ」
これ、と言った時に、腰のベルトに挟んである拳銃を服の上から触る。
「援護……って、俺一人で奴を相手にすんのかよ!?」
「俺はあまり近接戦闘が得意じゃないからな。お前一人の方が思いっきり戦えるだろう?」
「んな事言ってもよ……」
そりゃコウは格闘技や武術の技術や知識を持っていないし、攻撃は単純で読みやすい。
言ってしまえば、沙姫の方が何倍も戦いにくい。
が、それをカバー出来る程のタフさと禁器の破壊力を持っている。
「その分、俺がサポートする。お前がコウの相手をしてくれればそれだけ、奴はお前の攻撃に対して対処が出来ない。俺が抜ける代わりに、あの禁器を無力化になるんだ。かなり好条件じゃないか」
エドの言う通りではある。
一発喰らっただけで死が見える禁器を無力化に出来るのはかなり大きい。
コウの攻撃は確かに重さはあるが、禁器と比べれば素手による攻撃は遥かに安い。
「それとも、一人で戦う自信がないか?」
「……冗談。お前が抜けるだけでそんだけの見返りがありゃ、お釣りでモユのアイスがたんまり買えるっての」
自分の右手を見ながら、軽口でエドに答える。
「上等だ。なんとかなるって豪語した手前もある。やってやるよ」
そして、何かを決意するかのように、強く手を握る。
禁器さえなければ、奴は打たれ強さと馬鹿力しかない。
ジョーカーを落とした奴の手札……勝ってみせるさ。
「だけどよ、明るい昼間ならともかく、こんな夜中で灯りすらほとんど無い学校で、まともに射撃なんて出来るのかよ?」
「闇に目が慣れれば大体は大丈夫だ。やってみせるさ」
「大体は、ってな……ヘマすりゃ死ぬかもしれねぇんだぞ」
しかも、コウと直接戦闘するのは俺。エドが援護してくれるとは言え、真っ先に死ぬ確率があるのも当然俺だ。
そんな心許無い返事じゃ、本当に援護を任せて大丈夫なのか心配になる。
「安心しろ。そんな根拠の無い自信だけで挑もうとする程、俺は馬鹿じゃないさ」
含み笑いをして、エドは歩く足を止める。
「個技能力を使う」
その言葉に反応して、俺も思わず足を止める。
「スキル……お前の?」
「出し惜しみの出来る状況でもない。全力で行く」
そうだ……最近、禁器の方にばかり目が行っていて忘れがちになっていた。
そう言えば、前に白羽さんとエドは既に目覚めているって言ってたのを覚えている。
その時はどんなスキルなのかは教えてくれなかったが、それがようやく明らかになるのか。
「で、お前の能力ってのは?」
聞くと、エドは眉間近くに人差し指を当てて。
「俺のスキルは肉体強化。そして強化内容は――『視力の向上』」
上目線で俺を見て、エドからは含み笑いが消える。
途端、エドと目が合うと違和感が身体に走った。
ぴりぴりと肌が刺激されるような、何かに気圧されるような。だが、威圧感とは違う、全く別のモノ。
言いえて妙だが、異圧感と言えばいいか……。
「つまり、目が良くなるって事だ」
眉間から手をよけて、エドはまた含み笑いを見せる。
「引っ張った割には捻りの無い能力だな」
前に教えずのまま、今の今まで引っ張っておいて能力は『目が良くなる』ってか。
具象化で対戦車ライフルでも一丁出してくれたら、驚きのリアクションをとれたりしたんだが。
「捻りがどうこうより、使えるか使えないかさ」
「まぁ、そうだけどよ。それで、その能力はどんだけ目が良くなるんだ?」
「そうだな……日や体調によって幾らかバラつきはあるが、大体二百メートル先に置いてある空缶の銘柄を見分ける事ぐらいは出来る」
「にひゃ……それは凄ぇな」
どっかの目の良い民族もビックリの距離だな、おい。
ただ目が良くなるってのは大した事ないと思ってたけど、そこまで来ると甘く見れねぇな。
「百聞は一見にしかず、って言うからな。一度やってみせるか」
言って、エドは学校へ続く道路の先を見つめ始める。
何かを見ているという訳でもない。ただ、先を長く続く道路を見据えているだけ。
「……いくぞ」
瞬間、エドの目付きが鋭くなる。
「――――ッ!?」
いや、鋭い、という表現は違う。
もっと別の、異質で、異様な。そんな、異色を感じさせる。読感術とは違った感覚。
なんだ……なんて言えばいいか、威圧、重圧、圧迫、圧倒、圧巻、圧力……どれも当て嵌まるようで当て嵌まらない。
ただ悪寒にも似た違和感、漠然とした不安……そう、不安だ。
右手を見ると、手の平にはじっとりと汗。
スキルを使うにあたってエドから感じる雰囲気に、俺は不安を感じている。
でも、この感覚……前にどこかで、俺は感じた事がある……?
「ん? 匕、どうかしたか?」
黙って自分の手を注視している俺が気になってか、エドが聞いてきた。
「……いや、なんでもない」
見ていた右手を握り、平然を装ってズボンのポケットに隠す。
「んで、スキルで何を見てたんだ? どっかの女風呂でも覗き見でもしてたか?」
「誰がそんな事をするか。この先にコンビニがあるだろ? そこを視ていた」
「コンビニねぇ」
確かに、この先にはコンビニがある。俺もよく学校に行く途中に寄って朝飯やら昼飯を買う為に利用している。
ここからの正確な距離は分からないが、大体150メートル以上はあると思う。
「正確には、コンビニの近くにある電信柱だけどな」
「電信柱ぁ?」
「電信柱に猫探しの貼り紙が貼ってある。種類は三毛猫。特徴は鼻が黒いのと青い首輪。居なくなったのは十日前後。見付つけてくれた方には礼金として一万円を差し上げます。ってな内容が書かれている」
「マジで?」
俺もコンビニがある方を見てみるが、目印の高い看板はなんとか見えはするが、近くの電信柱どころかコンビニ自体見えねぇぞ。
「答え合わせしに行くか?」
「当然」
止めていた足を動かして、コンビニまで直行する。止まって話をしていた分、少し早足で歩く。
コンビニの明かりも見えてきて、近くの電信柱とやらを探してみる。
「どうだ?」
「……合ってる。全部間違わず見事に合ってる」
その電信柱を見付け、貼ってあった紙には、さっきエドが話していた猫探しの内容が写真付きで書き記されていた。
しかもこの電信柱、コンビニの近くと言っても明かりが余り当たらず、夜だと近寄らないと文字までは見えない。
なのに、エドはあの距離から写真だけでなく、説明までもが見えて読めていた。
こいつのスキルは正真正銘、本物らしい。
「なるほど、こりゃ便利だ」
前から話は聞いて理解していたつもりではいたが、こうして実際にスキルを目の当たりにしてみると驚いちまうな。
普通じゃ考えられない力なんだ。話で聞いただけじゃいまいちピンと来ないし、初めて見ればそりゃ驚いちまうか。
エドが言った通り、百聞は一見にしかず、だな。
「信じてくれたみたいで何よりだ」
「あぁ、これなら安心して援護を任せられる」
コンビニではなく、あえて近くにあった電信柱を対象にしたのは『暗い場所でもスキルは使える』と言いたかったんだ。
スキルで視力が向上しても、暗い場所じゃよく視えないんじゃ意味がない。
その説明を省く為に、わざわざ薄暗い場所にある電信柱に貼ってあったポスターの文字まで読んで見せたんだろう。
「確かにこの能力があれば狙い撃つのは簡単だろうな。お前が銃を使う理由が分かったわ」
このスキルがありゃ、相手がどこに居ようが狙い撃ち出来る。
まさに鬼に金棒、って奴か。
「簡単な訳あるか。この能力があっても、射撃の腕が良くなるかは別の話だ」
「は?」
俺に言葉を返しながら、エドは電信柱を横切って歩き出す。
「どういう事だよ、そりゃ」
先に行くエドを早足で追い掛ける。
「言ったままの意味だ。俺の能力は『視力が良くなる』だけで、他は何も変わらない。“標的が見える”のと“標的に当てる”のは全くの別って事だよ」
背中越しに肩を竦めて見せるエド。
「標的を狙う時の状況も把握しなければならない。その時の天候、風向き、地域、環境。それに銃にも種類や特徴がある。それら全てを考えてやらなければ、弾を当てる事は出来ない。漫画やドラマみたく、簡単に百発百中なんて出来やしないさ」
「そう、か」
俺はてっきり相手さえ見えりゃ当てられるもんだと思ってたけど、そんな甘いもんじゃなかった。
武術だってそうだ。技が使えても、それを相手に当てられるかどうかは話が別。技を放つまでの牽制、状況に応じた咄嗟の判断、相手との読み合い。
簡単に思いついたのだけでも、他に必要なのがこれだけある。
銃も武術と同じく、扱うには相当の練習と知識、経験が必要だったんだな。
そういう知識には疎いから、銃ってのは撃てば簡単に当たるもんだと思っていた。
「でもまぁ、俺のスキルが銃と相性が良いっていうのはある。当てられるかどうかは別としても、遠く離れていても、相手を捉えられるのは大きい。尾行なんかにも役立つしな」
「なるほどねぇ」
二百メートル離れた場所からでも見えるんだもんな、尾行された奴は気付やしねぇよ。
「だから、白羽さんに勧められて俺は銃を使うようになったんだよ。お陰で、今は結構上手く扱えるようになった。子供の頃から実弾で訓練していた賜物ってヤツか」
「子供って……お前いつからスキルが使えたんだ?」
「そうだな、物心が付いた頃にはもう目覚めていた。細かな時期は覚えていないが」
「そんなに早かったのか、お前!?」
白羽さんは十五歳過ぎた辺りが目覚めやすい時期だと言っていたけど、エドはそれよりも遥かに早く目覚めてたのかよ。
物心付く前だろ? 多分、歳で言うと五、六歳ぐらいだろう。
十五歳過ぎっていう目覚めやすい時期は、あくまで目安だとは言っていたけど、エドがそんなに小さい頃には既にスキルが目覚めていたのには驚いた。
つーか白羽さん、いくらエドのスキルが銃と相性が良いからってガキん時から実弾で銃を使わせてたのかよ!
たまに、あの人の常識を疑う時があるよ……、
ホットコーヒーとかホットコーヒーとかホットコーヒーとか。あ、あとホットコーヒー。
ま、冗談はさて置いて。
エドは既にスキルが目覚めて、それを使用する武器で更に活かしている。
俺は、どうなんだろう?
俺は一体いつ、スキルが目覚めるんだろうか。
そして、目覚めたスキルを活かす事が出来るのか……?
自分の右手を見て、そう思う。
スキルが目覚めてくれれば、SDCに生き残って願いを叶えられる確率を上げれるかもしれない。
コウと戦う時……先輩を助けるのに、役立つかもしれない。
自身の中にあるであろう可能性に、その可能性が必要な時に何も目覚めない自分に、苛立ちと焦りを感じる。
「匕」
焦燥に満ちた目で感慨の耽けっていた所をエドに呼ばれ、ふと我に返る。
「ありもしない力に囚われ、惑わされていると……そいつに足元を取られるぞ」
いつの間にかエドは振り返り、真剣な面持ちをしていた。
「今ある自分の力だけで戦えばいい。それでも……」
鋭い目付きだが睨むでもなく、ジッと俺を見据えて。
そして、少しの間を空けた後、言葉を繋げる。
「――お前は十分強い」
そして、最後に少しだけ唇の端を釣り上げて微笑って。
その言葉に、頭に渦巻いて交ざり合っていた感情が消えた。
「……はっ、そうだな」
苦笑いが零れ、頭を掻く。
ったく、俺は一体何を下らねぇ事を考えていたんだ。
今からSDCが始まって、コウと戦わなきゃなんねぇってのに、目覚めてもいねぇスキルに縋ってよ。
そんな有りもしねぇ、目覚めてもいねぇもんに気を取られている場合じゃねぇんだ。
今、目の前にある事に集中出来ない奴がコウと戦って勝てる筈が無い。
全く、つまらない事を考えていた自分が情けないったらありゃしねぇ。
「スキルが無くたって、今まで戦えて来てたんだ。それに目覚めたとしても、付け焼刃でしかならねぇだろうしな」
もし今スキルが目覚めても、いきなり使いこなせるとは思えない。
ただ、エドに励まされた気がして妙に腹が立った。
こいつに気に掛けられちまうなんて、俺もまだまだ成ってねぇ。
生死に関わる戦いの前だってのに、他の事で気を散らしてちゃな。
気持ちを落ち着かせて、集中しねぇと。
雑念に呑まれたり、熱くなって冷静さを失ったら駄目だ。
ここでふと、ある言葉を思い出した。
――――『静心制意』。
沙姫ン家の道場にあった掛け軸。それに書いてあった言葉。
確か、沙夜先輩が言うには『静かな心を持って相手の意を制せ』って意味だっけ。
さっきまでの俺はスキルに気を取られて、冷静に考える余裕が無くなっていた。
自分の意さえ制せない奴が、相手の意を制せる訳が無い。
「は、ぁ」
大きく息を吐いて、気持ちを落ち着かす。
今はスキルの事は忘れろ。そんなモノを気にしている暇も余裕も、今の俺には無いんだ。
「ちょいエド、最後に一つ聞いていいか?」
「なんだ?」
「お前はスキルで暗闇でも目が利くのは解ったけど……実際、銃の腕前は本当にあるのか?」
よくよく考えたら、俺はエドが銃を使う所を一度も見た事が無いのに気付いた。
神社でコウと戦り合った時は草むらに落として無くしていたし。
「なんだ、怖じ気付いたか?」
「そうじゃねぇよ。ただ、お前が銃を使う姿を見た事ねぇからよ」
こう、自分で確かめたものじゃないと、怖じ気付くとは別に心配だってのはある。
「何言ってるんだ、一度だけ見ただろう」
「見た? いつ? どこで?」
「はぁ……ったく、初めてコウが現れてお前が戦っている時に、俺が何をして助けたか忘れたのか?」
「あ」
「ついさっき話をしたばかりの事を忘れるなんて、その歳でボケたか」
エドは溜め息一つ、それと呆れと哀れみの混ざった視線を俺に向けてくる。
そうだったそうだった。前にコウと戦っていた時、エドは銃で禁器を弾いてくれたんだった。
それを数分前に話していたのに忘れちまうとは……本当にボケちまったかな、俺。
「でも、この目でちゃんと見てた訳じゃねぇからなぁ」
確かに禁器を弾いてはくれたが、既にエドは撃った後だった。
「あのな、全力で走りながら禁器だけを狙い撃ちしたんだぞ」
「それって凄いのか?」
「例えるなら、水の入ったコップを頭に乗せて零さずに走るもんだ」
「……なるほど、そりゃ難しいわ」
頭でイメージしてやってみたが、水が零れて頭が濡れた。
「よし、じゃ後援は任せた」
言って、もう少しで着く学校の方を見据える。
「さて、と。行きますか」
「あぁ」
黒色の闇に包まれた、その先を。




