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No Title  作者: ころく
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No.1 Slow Out

 ザァァァァァァァァァ……。


 よく聞き慣れた、耳障りな音が聴こえてくる。

 あぁ、雨か……雨は嫌いだ。あの時を思い出す。

 あの頃も――――。



「夜、か」



 部屋に五月蝿く響く雨音で目を覚ました。

 いつのまにか寝ていたらしい。窓辺から差し込む明かりは少なく、空は既に暗くなっていた。

 まだ外が明るい時から寝ていたせいか、部屋の明かりはつけておらず部屋も暗くなったまま。

 いや、外の方が明るかった。街灯などが部屋に差し込む……まるで窓の向こうが別世界と感じてしまう。


 ソファに寄り掛かって寝ていたせいか、身体の所々が少しギシギシと痛んだ。

 しばらくすれば治るだろう、そう思いながらソファから立ち上がり、冷蔵庫まで移動して中から水の入ったペットボトルを取り出す。

 ふぅ、と水を飲み一息ついて再びソファに座る。


 ユメを見ていた事を思い出す。夢、ユメ、ゆめ――――。

 どこからが夢で、どこからが現実なのか分からなくなる時がある。これが現実ならいいのに、あれが夢だったならば……。

 そういう自分勝手な願いから感じる錯覚。夢が夢で、現実は現実だと気付いた時は妙に悲しくなる。

 そして今、夢ではなく現実に現実と知らしめられる。


 ザァァァァァァァァァ――――。

 雨の音が、聞こえる。



「雨、か。あぁ――――雨は嫌いだ」



 グイッとペットボトルの中の水を飲み干す。

 ひどく喉が渇いていて全部飲むのには時間はかからなかった。気付くと、着ていたシャツが汗で濡れている。


「だからか」


 濡れたシャツを見て喉の渇きの理由を見つけた。汗で額に張り付いていた前髪を手で掻き上げて、一人呟く。

 しかし、今思うと夢の内容が思い出せない。着替えながら思い出そうとするが、やはり思い出せない。この汗を思うと良い夢ではないだろう。いや、汗だけではなく気分も悪い。

 やるせない気持ちになり、痛くはないが胸の辺りが締め付けられるような感覚……これで良い夢のはずがない。悪い夢ならこのまま思い出さない方がいい。

 着替えを済ませ時計に目をやる。


「もう十一時か」


 いつもなら今から風呂に入って軽くテレビを見ればちょうどよく寝る時間だろう。

 しかし、ついさっきまで寝ていた上に、気分も悪い。


「また寝るのも、な」


 寝たらまた悪い夢を見てしまいそうだ……と、そこで腹が減っていることに気付く。


「飯でも買いに行くか」


 先程開けた冷蔵庫の中を思い返してみると、運よく冷蔵庫には食物が無かった。なので、空になったペットボトルをテーブルに置いて出掛ける準備をする。

 普通なら今、冷蔵庫に食物がないのは他人から見ると運が悪いのだろう。しかし、今の俺にとっては外出する切っ掛けが出来て丁度良かった。

 気分転換しないと、どうにかなりそうだったから……。

 出掛ける準備を終えて、部屋を出ようとする。


「っと、忘れてた」


 履き終えた靴を脱ぎ、部屋にある棚に向かい、置いてあった水晶のネックレスを身につけて部屋を出る。

 ドアの鍵を掛け、薄暗いマンションの通りを歩く。身体が妙に怠く腕が重く思えて、エレベーターのスイッチを押すだけで疲労感がくる。

 ゴウン、と重々しい機械音を立ててエレベーターのドアがゆっくりと開いた。一階のボタンを押して壁に寄り掛かると、エレベーターが下がる時の妙な感覚に足がもつれる。

 チンッと軽音が鳴ってエレベーターが一階に着き、ドアが開く。

 外に出ると、いつしか雨は止んでいた。さっきまで雨が降っていたせいか空気が冷たく、少し肌寒い。


 てく、てく、てく。

 いつもは気にもしない自分の足音が聞こえる。

 てく、てく、てく。

 暗く静まり返った街を歩く。あたりはシン……と静か。


 人など、いない。声も、影も、形も。何も無くなったように感じる。

 ただ、今この場にあるモノといえば――――『黒』。

 黒という名の『闇』。目には見えない『闇』。


 本当に『闇』は見えないのだろうか? 暗い中で見える黒いモノが『闇』なのではないだろうか……?

 言葉で言う『真っ暗』が、『闇』そのものではないのではないか。

 人が何も見えない、という恐怖心から創られた存在しないモノではないか……。


 いや、そもそも『闇』というモノすら初めから無いのかもしれない。

 ただ、人が造った架空のモノじゃないのか……。

 だが、人は目には見えないモノに弱く、脆い。


 呪いだ、と恐れ。祟りだ、と怯える。

 神よ、と願い。奇跡だ、と喜ぶ。


 今の自分もそうだ。目には見えない『噂』というモノにすがって生きている。

 本当か嘘かわからない、目に見えないモノ、『噂』。

 本当なら、と希望し。もし嘘だったら、と絶望する。その繰り返し。

 希望と絶望の矛盾。

 無意識に表情が強張る。眉間に皺を作り、眉を寄せて。

 だけど、今はこの矛盾にすがるしかない。ある目的を果たすまで、俺は――――――。


 ふと気付けばもうコンビニが見えた。考え込んでいたせいか早く着いた気がする。


「ありゃ、いつの間に」


 光が久しく思えるせいかコンビニの明かりが眩しい。瞼の奥がツン、と痛む。


「何食うかな……」


 ポツリと呟きコンビニへ入っていく。

 軽く週刊誌を立ち読みしてから夕飯を買い始めた。適当にパンやジュースなどを買い、コンビニを出る。

 腹が減っていたので、その場でパンを噛る。携帯電話で時間を確認すると既に零時を回っていた。


「立ち読みしたからなぁ……ん?」

「ニャア」


 聞こえてきた、鳴き声。自分の足下を見てみると黒猫がいた。

 小さな鈴が付いた赤い首輪をしている所を見ると、野良ではなさそうだ。

 ニャア、ともう一度鳴いて、黒猫はこちらを見ている。


「炭水化物、食うか?」


 そう黒猫に言うと、分かっているのか分かってないのかニャア、とまた鳴いて返事をした。

 パンをちぎって分けてあげると、黙々と食べ始めた。


「うめぇか?」


 食べるのに夢中なのか、黒猫は見向きもしない。


「確か、黒猫に会うと不幸なんかが起きるんだっけ?」


 なんて考えていたら、パンを食べ終わった黒猫がこちらを見ていた。

 黒猫を持ち上げると、嫌な素振りもせず口の周りを舐めている。


「あ、でも肉球まで黒かったら幸運だ、とかってテレビで言ってたな」


 見てみると肉球まで黒。


「正真正銘の黒猫だな、お前。というより真っ黒猫だな。今日は善い事ありそうだ」


 ははっ、と笑みが出る。

 黒猫を降ろして、んじゃな。と軽く手を振って帰る。

 猫と遊んだせいか、出掛ける前よりはるかに気持ちが軽い。


「猫、様様だな」


 帰り道は来た時とは違い、いつものように脳が働いていた。

 明日は学校だ、とか。面倒だな、とか。

 空を見上げると月はないが、星は輝いて雲も浮かぶ。

 夜空を仰ぎ見ていると、不思議と落ち着く。


「さ、帰って寝るか」




   *   *   *




6/16


 セットしておいた目覚ましより早く目が覚めた。


「ん……」


 体を起こして時計を見ると七時になる十分前。なんだか頭がスッキリしている。寝覚めがいい。

 ベッドから下りて、半分しか閉めてなかったカーテンを勢い良く全開にする。


「いーい天気だぁ」


 空は青く晴れていて、寝起きだと少し眩しく見えた。

 テーブルの前に座り、昨日の夜にコンビニで買ってテーブルの上に置いていたおにぎりを食べる。

 俺はマンションの一室で一人暮らし。両親とは別々に暮らしている。なので、起こしてくれる人も、当然朝御飯を作ってくれる人もいない。

 実家は結構離れていて、こっちの高校に通う為に無理を言って色々な問題もあったりしたが。

 まぁ、今じゃある程度慣れて、一人暮らしも2年目を迎えている。


「今日は余裕をもって学校に行けそうだ」


 テレビを点けてニュースを見る。丁度、今日の占いが終わったところだった。


「タイミング悪ぃ」


 そう言いながらおにぎりを頬張る。

 別段、そんな占いを信じている訳では無いが、一種の娯楽としては暇潰しにはなる。

 そのままテレビを眺めていると、いつもと変わらない暗いニュースが流れていく。

 たまには気分が良くなるニュースでもないもんかね。まぁ、政治家が汚職しただの、景気が悪くて円高だの、そんな事を言われても俺には大して関係無い。

 だって常に不景気だから、俺。

 のんびりと朝食を取っていたら、とテレビに表示されている時間が七時三十分を指していた。


「さて、と。そろそろ行くか」


 よっ。と言って立ち上がり制服に着替える。

 ちゃっちゃと身支度して部屋を出て、エレベーターに乗りマンションから出る。

 大体学校までは二十分程。携帯の画面を見ると七時五十分になる前。俺が通う学校は八時三十分までに行けばいいので余裕で着く。

 通ってる高校は『零名学園』。

 有名な進学校でありながら空手や柔道など、全国で名が知れ渡っている程部活にも力が入っていたりする。

 そして、いつもの通学路をいつも通り歩いて行く。


 いつも通り歩いて、いつも通りの景色を眺めて歩く。

 俺はこの景色が好きだ。

 友達なんかと一緒に通れば、話などをしていてまともに見ないだろう。だけど、一人で毎日のように通うと普通なら気が付かないような細かい所の変化に気付く。


 いつもブロックの壁の上で寝ている猫がいない、とか。曲がり角の木にツボミができてる、とか。いつもと同じで、いつもと違う景色。

 そうやってほのぼのと歩いて学校近くの交差点で赤信号に掴まって足を止める。周りを見ると学校の生徒がちらほらいるが、時間がまだ早いせいか少ない。

 まぁ、うちの学校は登校時間十分前が登校ラッシュだからな。

 信号が青に変わり、交差点を渡り学校の敷地内に入り昇降口に向かう。

 この学校は敷地内に入っても昇降口まで妙に距離があり、長い坂道を登らなければならない。

 なんでこんなに距離があるんだか……そう心の中で呟く。


「よっ、咲月」


 声が聞こえたと同時に、肩に声の主の腕が掛けられた。


「なんだよ、先輩か」


 振り返ると、そこにいたのは機嫌が良さそうに笑う、白髪のツンツン頭をした男子生徒がいた。

 さらには丸い色眼鏡を掛けている上に、耳にはピアスまでしている。一目見れば大体の人は不良生徒と思うだろう。

 名前は明星あけぼしよう。三年生の先輩。俺の学園内での数少ない知人。いや、唯一の友人と言ってもいい。

 ちなみに、咲月というのは俺の名字で、咲月さきづきさじというのが俺の名前。


「なんだはねぇだろ? 朝から酷ぇ奴だな。いつもは遅刻同然で来るってのに、今日はやけに早ぇじゃねぇか」

「そういう先輩だっていつもより早いじゃん」

「んー、まぁな」


 先輩は頭をポリポリ掻きながら答える。


「どうせ早く来ても結局は屋上でサボるんだろ?」

「ははっ、そうだな」


 喋りながら昇降口に入り上履きに履き替える。お互いの教室に行くため、じゃ、と言って別れた。

 朝のホームルームを終えて、一時限目の授業が始まりボーッと空を眺める。

 青く広い空には白い雲がのんびりと泳いでいた。こんな天気がいいと授業を受けるのが面倒臭くなってくる。

 キーンコーン……と鳴る授業終了の鐘。席を立って向かった先は屋上。

 階段を登り、重々しい鉄製の扉を開ける。開けた途端、強い陽射しが当たってきた。


「先輩は……いないのか」


 扉を閉めて屋上を見回してみるが、いつもサボって屋上に来ると大体はいる先輩が今日はいない。

 日陰になってる場所を探し、寝っ転がる。見上げる空は青く、雲がゆったりと流れてた。

 そういえば、先輩と知り合ったのも屋上だったっけ……。


「確かあん時もこうやって寝てたんだよな」


 先輩と知り合った時を思い出す。

 入学して間もない頃、しょっぱなからサボりを決めてた俺。

 まだ学校に慣れてなくてサボりポイントを見つけられずにサボり場所を転々としていた時、やっと見つけた2つのサボり場所。

 学校の裏にある神社の境内。もう一つはこの屋上。サボりの定番と思われがちだが意外と先生は来ない。

 そしてある日、いつも通り屋上でサボっていた時に声を掛けてきたのが、先輩だった。それ以来、サボって屋上に来ると先輩がいて話していくたびに仲良くなっていった。

 だけど今日は先輩はまだ来てない。朝に喋った時の感じでは来そうなんだが……。


「ま、来るならその内来るか」


 しかし、考えてみると先輩はかなりの変り者だ。白髪にピアス、色メガネなんかしている。

 なのに先生に何も言われない。と言うか注意されている所を見た事がない。ま、多分逃げているんだろうけど。いつもサボっているワケだし。

 腕を枕代わりにして、ごろんと寝転がる。今日は天気も良く、気温も丁度良い。昼寝をするには持ってこいだ。

 流れる雲を眺め、鼻唄を口ずさみながら時間を潰す。




   *   *   *




 キーンコーン……。

 結局、先輩は昼休みになっても来なく、本日最後の授業終了の鐘が聞こえてくる。


「あ、鞄……」


 今更ながら、鞄を教室に置きっぱなしだったのを思い出す。

 鐘が鳴って二十分ぐらい経ってから鞄を取りに教室に向かった。

 少し間をおかないと、担任に見つかって何言われるかわかんねぇ……。

 無事、担任に見つかることなく鞄を取って学校から出る事が出来た。


「一時限目しか出ないでサボるんなら帰った方が良かったな」


 なんて思っていると、朝通った時にはいなかったブロックの壁の上に、猫が寝ていた。

 それを見て、昨日の黒猫を思い出す。


「そういや良いことねぇなぁ。実際、放課後までサボり決めて少し後悔してるし……」


 はぁ、と溜め息を一つ。昼寝をしている猫を起こすのも悪いと思い、遊ばずにマンションへと足を進めた。

 やはり、ジンクスはジンクス。当たれば凄い、外れたらやっぱりな、で終わる。朝、見逃した占いと似たようなもんだ。

 その後十分程歩いてマンションに着き、自分のポストに郵便物がないか見てみる。

 すると、中には黒い手紙が一つ。


「は……」


 笑いが出た。


「ははっ」


 だって本当だったから。


「数か月ぶりだ」


 信じていなかった黒猫のジンクスが、本当だったから。

 外れたと思っていたのが当たっていた。


「SCC……」


 黒い手紙を手に取る。


「今回も残ってやるさ、絶対に……!」


 黒い手紙には機械で書かれた字で、短く簡潔に、こう書かれていた。

 “明日ノ夜 零時 零名ニテ SDC ヲ 行ウ”と。

 そして、物語の歯車が回りだす。狂々、狂々と……。



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