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No Title  作者: ころく
12/85

No.11 夏祭り

7/25


 キーンコーン……授業終了の合図である鐘が鳴る。

 先生が授業を終え、先生が教室から出ていくと教室はドッと騒がしくなる。

 終わったのは午前最後の授業で、今から昼休みに入る。教室内が騒がしくなるのも当然だ。


「ん、あぁー……」


 騒がしくなった教室の中で、椅子の背もたれからはみ出る位に背中を反らせ身体を伸ばす。

 授業中はずっと机に俯せて寝てたので、腕やら首やらが少し硬くなって痛くなっていた。


「はぁ」


 精一杯背中を伸ばした後、身体に溜まっていた毒でも出すように息を吐く。


「随分とぐっすりと眠ってたな」

「あぁ?」


 後ろから声を掛けられ、怠そうな声を出しながら振り向く。


「なんだ、その嫌そうな顔と声は」

「嫌そう、じゃねぇ。嫌なんだよ」


 さらに面倒臭そうな顔もしてみる。

 この教室で俺に話し掛けてくる奴なんてコイツしかいない。エドだ。


「で、なんか用か?」

「随分な言い草だな。昼休みに友達の所へ飯を食いに来るのは普通の事だろ?」


 エドは持っていた袋を俺の目線の高さあたりまで上げて見せる。


「いつもの女子達と一緒に食えばいいだろうが」


 エドは外見がいい為、転校して来てからずっと女子に人気がある。

 作った優等生の態度のお陰でな。


「……たまには休ませてくれ。ここだけの話、結構疲れるんだよ」


 エドは気疲れした感じの顔をしている。

 ほほぅ、コイツが弱音を吐くとは珍しいモノを見れた。

 よし、それに免じて今日は昼飯くらい付き合ってやるか。


「ったく、しょうがねぇな」

「どこで食べる? いつものように屋上か?」

「いや、午後も授業に出なきゃならないから教室でいい。移動するのも面倒だ」


 机の横に掛けておいた鞄からコンビニの袋を取り出す。


「最近珍しく授業に出てるよな。俺を見習って真面目になったか?」

「けっ、お前のどこが真面目だよ。上っ面だけのクセして」


 俺ン中じゃお前が一番不真面目なんだよ。


「いいのかよ、教室なのに優等生を演じなくて。誰かにバレるんじゃねェのか?」

「その辺は大丈夫だ。誰も見ていないし、今の教室には生徒も少ないしな」


 エドは余裕の顔をして、持っていた袋を机の上に置いて中からパンや飲み物を出す。

 教室内を見回して見ると、確かにエドの言う通り生徒は半分も居なかった。

 居るのは三人程で机を合わせて弁当を食べてるグループが三、四組。

 学食に行ったり、青空の下で昼飯を食べに外へ出たりする者がいるから、教室にいる生徒がこれだけになるのも当然の事だろう。

 普段は屋上で昼飯を食べているから、昼休みの教室事情なんて知らなかった。


「ところで今日の約束、忘れるなよ?」


 エドは椅子には座らずに壁に寄り掛かり、袋を開けてパンを噛りる。

 俺の席は一番後ろの窓際という最高の席で、今日は適度な風も窓から入ってくる。


「忘れてねぇよ。今日の夜、駅前に七時だろ」


 コンビニ袋からコーヒー牛乳を出して、ストローを挿しながら答える。


「つーかよ、今ここで会ってんだから、その用事を今済ませばいいだろうが」

「それが出来ないから夜なんだ。別にどっちにしろ暇なんだろ?」

「ぐ……まぁな」


 今じゃ用事は済ませないって事は……もしかしたら白羽さん、か?

 夜の七時だったら白羽さんも仕事を終えているだろうし。

 コーヒー牛乳を一口飲んでから、俺も昼飯を食べ始める。


「そういえば今日、電話した時になんか騒がしかったが出掛けていたのか?」

「ん? あぁ、ちとヤボ用がな」


 実は、昨日沙姫と組み手をしていた最中にエドから電話が掛かってきて、それで今日の約束が取りついた。

 案の定、一昨日の組み手のせいで身体の所々が筋肉痛になり、痛みを我慢しながら昨日も沙姫と組み手。

 一昨日とは違い、沙姫の戦い方を知った昨日は最初から最後まで俺のペースだった。中々俺から一本を取れない沙姫は、悔しいからか電話中の俺の後ろから何やら喚いて嫌がらせをしてきた。

 エドが言った『騒がしかった』ってのは、十中八九それ。

 昨日も三時間くらいぶっ通しで組み手をやって……と言うか、やらせれた。

 一本を取れない沙姫がまたもや休憩を取らせてくれず、いつまでも休む事なく組み手をしていた俺と沙姫に、沙夜先輩は呆れた顔をしていた。

 俺は無理矢理やらされていただけだと言いたかったが、言ったら更に沙姫を刺激しそうだったので腹の中に戻したのは言うまい。

 筋肉痛も一日二日で治る訳もなく、今日も動くと地味に痛い。


「……お前、何してんだ?」


 教室を見回すのをやめてエドを見ると、優等生顔を作って手を振っていた。


「あっちで女子が手を振って来てるんだよ」


 顔は優等生スマイルを作り、口調は素のままで話してくる。

 エドの視線の先を見てみると、確かにこちらへと女子が手を振っていた。


「ってあれ、桜井のグループじゃねぇか」


 桜井と一緒に弁当を食べている二人の女生徒には見覚えがある。

 以前、放課後に教室へ教科書を取りに来た時に桜井と一緒に居た二人だ。

 その中のエドに手を振り返してもらった二人は、キャーなんて黄色い声をあげている。

 桜井ともう一人の女生徒はエドに興味無いのか、二人で話をしながら弁当を突いていた。


「相変わらず人気者だねぇ、燕牙君は」


 落ち着いて昼飯も食べれないエドに、皮肉りながら笑う。


「本当、優等生ってのも意外と大変だよ」


 皮肉に溜め息混じりの返事を口から漏らすエド。

 いい様だ。自分から優等生になったんだから誰にも文句は言えねぇわな。

 俺は関係ないんで、ゆっくりと昼飯を食べさせてもらう。


 その後、他の女子に話し掛けられたり、半強制的に弁当のおかずを分けて貰ったりと、その度に顔を変えるエドを横で面白がりながら傍観させてもらった。

 ただ、俺もエドと同じコンビニで買ったパンやおにぎりなのに、やってきた女子から誰一人として『咲月君もどうぞ』、なんて言われずにエドばかりが弁当のおかずを貰っていたのには多少虚しさを感じた。

 これが不真面目と優等生の違いなんだろうね。


「それで、今回のテストはポカは無し、と」

「おう。今の所、返ってきたテストは全部セーフ」


 昼飯を食べ終わり、余った昼休み時間でテストの結果を互いに言い合う。


「よくもまぁ、あれだけサボっておいて赤点を取らないもんだ」

「別に高い点数を取って学年トップを狙おうってんじゃねぇんだ。要点だけ勉強すりゃ赤点を取らないのは訳ねぇよ」

「そうかも知れないけど、一体いつ勉強してたんだ?」


 やはり、サボり常習犯の俺が赤点無しなのがエドは不思議なんだろう。


「俺は好きじゃない事ってのは三日坊主でやめちまうからな。だから、三日前からやってんだよ」


 いくばか腹が膨れ、腕を上にぐぐっと伸ばす。


「おーい咲月、面会人が来てるぞー」


 腕が伸び切ったあたりの所で、ドア付近にいたクラスの男子に呼び出される。


「あぁ? 誰だ?」


 腕を下ろして開けたままにされたドアから廊下を覗く。

 呼び出されるのはいいど、俺は別のクラスに知り合いなんでいたっけか?


「ワリ、ちょっと行ってくる」


 かと言って遥々俺に会いに来てくれたのに、会わずに追い返すのも気が引ける。

 一体誰だ、と思いながら、エドに断ってから席を立って廊下に出る。


「あ、来た来た。やっほー、咲月先輩!」


 廊下に出た途端、こちらが相手を見つける前に向こうから声を掛けてきた。

 もちろん、口調で分かるように呼び出してきた相手というのは沙姫だった。しかし、校内でやっほーはやめろ。やっほーは。

 廊下にいた大勢の他クラスの生徒の視線が自分に集り、声を掛けられた俺の方が恥ずかしくなる。


「あれ? どうしたんですか、咲月先輩。頭なんか押さえて」


 人目を気にせずにデカイ声を出す沙姫に、頭が痛くなった。


「いいから声のトーンを下げろ。もしくは黙ってくれ」

「む……なんですか、会って最初の言葉が黙れってのは」


 そういうお前だって出会い頭のやっほーは何だよ。

 それのせいで周りから思いっきり見られたじゃねェか。


「それより、何の用があってわざわざ教室に来たんだ?」


 もうさっき程周りには見られていないが、まだ恥ずかしさが残っている。

 だから、さっさと教室へ退散したい。


「そうですよ! せっかく屋上に行ったのに咲月先輩が居ないんですもん。本当にわざわざですよ」


 両手を腰に当てて沙姫はプンスカと怒ってる。

 いや、そんな怒られても……そっちが勝手に俺を探してたんでしょうが。


「だったら屋上に行く前に、携帯電話にメールでも寄越して居るかどうか確認すればいいだろ」


 と言うか、それなら屋上や教室まで来なくても用事を伝えられたんじゃないか?


「え? あぁ、私も最初はそうしようと思ったんですけど、学校に携帯電話を持ってくるの忘れちゃって」


 誤魔化すかのように、沙姫は笑いながら後頭部を掻く。


「じゃあ、屋上まで無駄足したのは携帯電話を忘れた沙姫の自業自得じゃねぇか」


 全く俺に非は無いじゃんかよ。てか、元から俺は悪くないんだけど。


「とにかくほら、用事をさっさと言え」

「あ、そうでした」


 なんて手をポンッと叩いく沙姫。

 そうでした、って……今のちょっとだけの会話で用事を忘れてたんじゃねぇだろうな。


「咲月先輩、今日の夜、暇だったりしませんか?」

「今日の夜ぅ?」

「はい! 実は今日、家の近くにある神社で縁日があるんですよ!」


 縁日、っつーと祭りか。

 しかも、沙姫の家の近くに神社でねぇ。学校裏以外の場所で、この辺りに神社があったとは初耳だ。

 最近になって沙姫ン家までの道を知ったぐらいだもんな。ここいら地理がからっきしなのは変わらずか。


「なので、一緒に行きませんか?」


 いつも暇をしている俺なら付き合ってくれると思っているんだろう。

 ニコニコと笑って沙姫は返事を待っている。


「俺と?」

「はい!」

「お前で?」

「はい!」

「祭りに?」

「はい!」

「よし、却下」

「はい! ……えっ!?」


 OKをくれると予想していた沙姫は、俺の言葉をちゃんと聞く前に返事をする。


「なんでですかぁ!? どうせ咲月先輩はやる事ないから暇してるじゃないですか!」


 おいおい、そりゃ確かに自分から基本は暇してるとは言ったけどね、さすがにそんな堂々と大声で言うのは少し失礼じゃないかね?


「生憎だけど、今日は暇じゃねぇの。先約があんだよ」

「えぇー?」


 肩をガックリと落として、これ以上と無いガッカリ様を見せる沙姫。


「俺なんかより友達と行けよ、友達と。二人居ただろ」


 この間、放課後に一緒にダベってた友達二人が。


「だって、あの二人は彼氏と行くって言うんだもん……」


 しょぼーんと沙姫は、これ以上と無いと思っていた肩をさらに落とす。

 あー、そういやそうだったなぁ……。

 沙姫の落ち込み様を見ると、ちょっとした地雷を踏んじまったようだわ。


「予定が無かったら行っても良かったんだけどな。やっぱ先約を蹴る訳にもいかねぇし、今回は無理だ」


 沙姫には悪い気もするけど、無理なものは無理って事で。


「むー、分かりましたぁ。今回は諦めます……」

「悪いな。他の誰かを当たってくれ」


 一番当てにしていた俺に断られ、背中をこじんまりと小さくして沙姫は自分の教室へと戻って行く。

 そんな沙姫の後ろ姿を廊下で数秒程見送った後、教室の中へ入る。

 教室を入った途端、不適な笑みを浮かばせながら俺を待っているエドが目に映った。


「うげ……」


 一度足を止めて、面倒臭そうな表情をする。エドが沙姫の事を聞いてくるのが分かったからだ。

 アイツの事だ。どうせ面白半分でからかうつもりなんだろ。

 はぁ、なんて肩で息を吐き、歩みを再開して自分の席へ戻る。


「なんだ、匕。お前の人間関係は軽薄だと思ってたのに、俺以外に知り合いがいたんだな」

「うるせぇ」


 なんだよ、さっき皮肉を言われたからって今度は言い返してきやがって。

 しかし、悲しいかな言われてる事は正しいので言い返せない。


「だけど、あれだろ? さっきの娘って一年の水無月だろ?」

「知ってんのか?」


 意外も意外。エドの口から、苗字ではあるが沙姫の名前が出てきた。


「まぁ一応、例の情報を集める時に学校の生徒は一通り調べたからな」


 多少小声にしてエドが答える。

 例の、と言うのはSDCだろう。それ以外に無い。

 小声にしたのはSDCの名を出してはいないにしろ、一応の用心として周りには聞こえないようにする為だ。


「あぁ、なるほど」


 席に着き、背もたれに腕を掛けてエドの答えに納得する。


「しっかし、よく知り合いになれたな。彼女、かなり人気あるんだぞ」

「へ? そうなの?」

「あぁ。同年代はもちろん、高学年からもな」


 へぇー……って言うかほら、やっぱ俺が思った通り沙姫は人気あるんじゃん。外見だって可愛いと思うし、性格だって気さくで話しやすいからな。

 なんだよ、沙姫。お前だって作ろうと思えば彼氏作れるじゃねぇか。むしろより取り見取りってもんだ。

 ただし、面倒臭がらなければ、の話だけどな。


「じゃあ何? やっぱ沙姫の姉である沙夜先輩も人気あったりするのか?」

「そうだな……水無月姉妹は学校トップクラスの美人さんだと言われてるらしい」

「うへぇ、そうだったのか……」


 いやはや、全然知らなかった。

 確かに二人は綺麗だとか可愛いとは思っていたけど、学校のトップに入ってるとはね。俺って本当に周りに関しての知識が無ぇなぁ。

 いやしかし、SDC関連で学校の生徒を調べて沙姫を知っているってのは納得だが……なんで沙姫と沙夜先輩が人気あるってのを知ってるんだ?

 そこはSDCは全く関係ないだろ。もしかしてエドの趣味、か?

 キーンコーンカーンコーン、と昼休み終了の鐘が鳴る。


「っと、もう終わりか」


 エドは壁に寄り掛かるのをやめて、机に散らかった昼飯のゴミを1つの袋の中にまとめ入れる。


「んじゃ、午後も赤点が無いのを祈りつつ寝るかぁ」


 午後の授業も、まだ答案が返ってきていない教科だ。

 答案が返された後は、余った時間でテストの答え合わせをする。

 テストの答案が返ってきて赤点が無ければ、そんな答え合わせなんてしなくたって問題ない。

 赤点かそうじゃないか、重要なのはそれだけだ。


「普段はサボってんだから、たまに出た授業ぐらい真面目に受けたらどうだ?」

「俺は優等生のお前とは違って不真面目なんで」


 ゴミが無くなって綺麗になった机の上に、ベタッと上半身を寝そべらせる。


「この万年寝太郎」


 エドはゴミを集めた袋の取っ手部分を結んで口を閉めて、ゴミ箱に捨てる。


「ほれほれ、先公が来たぞ。席に戻れー」


 寝そべったまま手だけを上げて、その手でエドをシッシッと払う。

 いつの間にかあんなに人がいなくなって広く感じてた教室は、生徒が帰ってきていつもの広さに戻っていた。


「きりーつ、礼」


 クラスの委員長である桜井が号令をする。それにダルそうに従って一礼。

 そして、すぐにまた机に俯いて寝る。筋肉痛であまり動きたくないんだよ。腕とか腹とか腿とかが。

 授業が始まり、先生が出席番号順に生徒の名前を呼んで答案を返していく。

 答案を返された生徒は、友達と見せ合ったり、落ち込んだりしている。


「次は咲月、取りに来い」


 自分の順番が来て、名前を呼ばれる。


「うーぃ」


 机から身体を起こして席から立ち、教壇にいる先生の所までダラダラと歩く。


「シャキッと歩け、シャキッと!」


 そんな俺に先生は怒鳴り気味の声をあげが、そんなものは気にもしないで教壇前に行く。


「ダラダラするな! ……次、桜井。取りに来い」


 差し出された答案を受け取って席に着く。

 さて、何点取れたかね?

 返された答案の教科は英語。これはお世辞にも得意とは言えないが、ある程度の欄は埋めれたから多分大丈夫。

 俺の予想じゃ五十点後半ぐらいは行ってると思う。

 あー、なんかこう……返ってきたテストの答案を見る瞬間って変な緊張感あるよな。

 さて、結果やいかに!?


「うー、りゃっ」


 バッと二つ折りにしていた答案を開く。

 そして、目に入った答案の右上に書いてある数字は予想の五十点を下回る『43』。


「……」


 一瞬だけ時間が止まった。

 あ、あっぶねーっ! 誰だよ五十点は取れてるとか言った奴は。いやまぁ、俺だけどさ。

 赤点ギリギリじゃねぇかよ。あと二問間違ってたら赤点だったよ、赤点。

 俺はサボってるから平常点なんて期待出来ないから、ペーパーテストだけで取らなきゃいけない。

 つまり、テストの点数がそのまんま結果になる。


「……あん?」


 ギリギリだったにしろ、赤点では無かった事に安堵していた時、エドがこちらを見ているのに気付く。

 しかも、チラチラと自分の答案を俺に見せてくる。その答案用紙には赤ペンで『88』と書かれていた。

 さっき俺が自分の答案用紙を見て驚いていた様子をエドは見ていたらしく、それで俺の点数が悪かった事に感付いたみたいだ。

 クソ、勝ち誇った様な面しやがって。


「あぁ? なんだぁ?」


 よく見ると、エドは口パクをして何かを言っている。それを唇の動きで読み取る。


「『何点だった?』だぁ……?」


 あんの野郎、俺の点数が悪かったのに気付いてて言ってやがるな。いい性格してる優等生だよ、お前ぇは。

 まぁとりあえず返事は返さないとな。同じく口パクでエドに言葉を返す。

 『死・ね』と。ついでに、右手の親指を立てて逆さにするポーズを付けて。

 そして、答案を四つ折りにして机の中にブッ込んで机に俯せる。

 赤点じゃ無かったんだ。だったら食後の昼寝を満喫させてもらう。

 赤点取ってたら取ってたで、どっちにしろ不貞腐れながら寝てただろうけど。

 窓から吹いてくる微風と、先生が説明するテストの答え合わせがいい子守唄になり、眠気を誘う。

 昼飯を食べて腹が膨れたのもあってか、早くも瞼がトロンと重たくなってきた。

 周りがテストの答えを写したり説明を聞いたりする中、堂々と昼寝を開始する。




    *   *   *




 午後の授業も終わって放課後になり、生徒が次々と教室から出ていく。

 教室の時計の針は、もうすぐ午後四時を指そうとしている。


「さーて、俺も帰ろうかなっと」


 鞄を持ち、立ち上がって椅子を机の下に入れる。

 本日の授業、全てを寝通したから肩が凝ってしまったようだ。腕を回して筋肉をほぐす。すると、筋肉痛が身体を走る。


「ってぇ……」


 腕だけじゃなく首も回してみるも、やはり痛みがする。


「おい、匕」

「ん?」


 教室から廊下へ出ようとした所を後ろから声を掛けられ、立ち止まる。

 振り返るとホウキを持ったエドが立っていた。


「約束の時間、遅れるなよ?」

「あぁ、分かってるよ。駅前に七時だろ」


 今日はいつもと違って何度も確認してくるな、エドは。昼飯の時にも言われたし。

 いつもなら一回約束をしたら、それ以降確認なんてしないで終わりなのに。


「そんな言わなくたって時間は守るよ。この間みたいにお前が遅刻しなければ、の話だけどな」


 ついこの間、コイツには屋上での待ち合わせに一時間以上も待ち惚けさせられた。

 まぁ、俺も途中でアイス買いに行って中庭で涼んでいたけど。

 でももし、今日もまた一時間も待たされたりしたら、帰宅する可能性は大だ。


「んじゃな。また三時間後に」


 そう言って廊下へと出る。


「お前もたまには掃除して行ったらどうだ?」

「俺はこれから約束の時間までに行かなきゃならねぇ所があんの。そういうのは優等生のお前に任せるわ。ホウキ似合ってるぜ、燕牙くーん」


 手を軽く振りながら、思ってもいない事を適当に言う。


「ったく」


 ホウキを肩に乗せて、エドは溜め息を漏らす。

 教室の掃除はエドに任せて、さっさと学校から出る。

 とうとう作り置きの野菜炒めが無くなってしまった為、今日は帰りにスーパーに寄って新たな食材を買いに行かなければならなかった。

 でなければ、家に帰ってもあるのは米と調味料だけ。その二つだけでも具が一切入っていない、読んで字の如く炒飯なら作れる。

 あとはマヨネーズ醤油ご飯など。

 しかし、さすがにそれは見栄え的にも栄養的にも寂しい。なので、また作り置きをする為に野菜を買いに行く。


 相も変わらず気温が三十度を超える毎日。

 今の時間でも木陰があったら入りたくなる程の暑さで、そんな中をスーパーを目指して歩く。

 スーパーに着いた時はあまりの涼しさに、その場に大の字で寝転がりたくなった。

 だが、当然そんな事が出来る訳もないので、カゴを持って買い物を始める。初めから買う物は決まっていたから、大して時間は掛からなかった。

 目的の物を買ったら、長居はせずに部屋へ帰る。

 帰りの道中も嫌になるぐらい暑かったが、部屋に着けばシャワーとエアコンが待っていると自分に言い聞かせて踏張らせる。

 部屋に着いた後は、エアコンを点けてからシャワーを浴びて、涼しくなった部屋で寛ぐ。


 本日の夕飯兼作り置きの野菜炒めを作ろうと思ったのだが、約束の時間が七時なので、もしかしたら飯も食うかも知れないのでやめた。

 なので、テレビを見て時間を潰していたが見るものもこれと言って無く、気付いたら六時になる前に部屋から出ていた。

 時間は一応夜なので、制服で街をうろつく訳にもいかない。私服に着替えて待ち合わせ場所の駅前に行く。

 駅前に着くと、駅の壁にある大きな時計から人形が出てきて音楽を演奏し、六時を知らせる。

 どうやら、待ち合わせ時間より一時間も早く来てしまったみたいだ。

 しかし、幸いにもここは駅前。暇を潰す場所には困らない。


「さてと、どこで時間を潰そうか……」


 いくら暇潰し場所に困らないと行っても、待ち合わせ場所から離れてしまったら戻ってくるのが大変だ。

 十分前後で戻って来れるくらいの所が望ましい。

 夕方の六時ってのはスーツを来た会社帰りの人が多く、考えている俺の横を次々と通っていく。


「あ、CDショップ。最近行ってなかったから行ってみるかな」


 ここの近くに行き付けのCDショップがあるのを思い出す。ここいらでは売ってなかったディープキューブのCDが唯一、売っていた店。

 ここ二ヶ月くらい行ってなかったから、もしかして新作が出てるかも知れない。ちょっくら見てこよう。

 待ち合わせの時間までの暇潰し場所が決まり、人込みに混じって歩き始める。

 CDショップに行ってディープキューブの新曲が出たか探してみたが、店には既に持っているCDしかなかった所を見ると、多分まだ出てなかったんだろう。

 結局、往復しても二十分も掛からずに、また駅前に戻ってきてしまった。

 そして今は、駅前にある大きな噴水の前で待ち惚けしている。


「人、多過ぎ」


 若者達の間で駅前での待ち合わせと行ったら、この噴水が当たり前になっている。

 以前、先輩と遊びに行く時なんかによく使っていた。

 立ち尽くしてただ時間が過ぎるのを待つ俺の視界には、何に急いでいるか、人が右から左、左から右へと忙しそうに通り過ぎていく。

 待ち合わせの時間までは、まだ三十分以上もある。

 そんなにあるなら、近くの本屋なんかに行けば時間を潰せるのに噴水の前からは動こうとはしない。

 実はさっきCDショップに行った時、何故か落ち着かなくて、ずっと待ち合わせ時間が気になっていた。

 だから、大して時間も潰さずにここへ戻ってきてしまった。


「はぁ、やっぱ……」


 前に先輩と待ち合わせした時もそうだった。今と同じように、いつも一時間は早く来ていた。

 教室や屋上など、学校とか他の場所での待ち合わせだったら普通に待ち合わせ時間に着くように行く。

 だが、こういう街中だけは駄目なんだ。どうしても早く来てしまう。


「トラウマ……なんだろうなぁ」


 人込みの騒がしさに、簡単に掻き消されてしまう位、小さい声を漏らす。

 空を見上げるとそこには、たくさんの星が集まって広がっていた。人は集まるとこんなにも騒がしいのに、あんなにも星は輝かしい。

 しかし、こんなにも綺麗に光る星を見ると、どうしても昔を思い出してしまう。下っ腹あたりからムガムガして、怠気とも吐き気とも違う異色の感覚。

 あいつが……凛が亡くなった日もこんな、晴れ晴れとした空で星は腹立つ程に輝いていた。

 俺が、俺がたった五分遅れただけで……その五分で世界が、がらんと変わった。

 凛との待ち合わせに遅れた五分。それだけで取り返しのつかない事になった。

 俺が遅れて待ち合わせ場所に着いた時には、そこに凛は居なかった。

 待っても凛は現れず、電話も繋がらず、家にも居ない。不安に思った俺は、ひたすら街中を走って探した。

 走って、走って、走って、走って。


 そして、俺が凛を見つけた時には既に……“いなくなっていた”。

 訳の解らない状況で頭がパンクしそうながらも、しっかりと脳ミソは働いていた。

 解らない、信じたくない、知りたくない、見たくない、確かめたくない、受け入れたくない、そんな訳ない……と。

 状況を整理するでもない、冷静になるでもない。

 ただ、目の前にある現実から逃れようと必死に目を背ける為に。


「……ふぅ」


 目を瞑り、星空を視界から消す。見上げるのやめ、今度は頭をだらりと下げる。

 それ以来、街中での待ち合わせには抵抗が出るようになって、こんな風に早く来てしまうようになった。

 でも、それに気付いたのは去年な訳で。

 元々友達の少ない俺は、実家の地元では凛以外に遊ぶような奴はいなかった。だから、こっちで先輩と仲良くなって遊ぶようになってからこのトラウマに気付いた。

 それにもしかしたら、こっちで唯一待ち合わせして遊ぶ程、仲が良かった先輩までもがいなくなって……さらにトラウマが強くなってしまったのかもしれない。


「つ……っ」


 目を閉じて考え事をすると、視覚を断った分、聴覚が働いて余計に耳に雑音が入ってくる。

 人の話し声、車のエンジン音、点滅する青信号の音楽、噴水の水音。

 それらが入り混じって、ごわごわと元が何だったのか解らない不快音になり、五月蝿い。

 鼓膜を刺激するだけの、意味の無い雑音。テレビのノイズ音とも、硝子を引っ掻いた音とも違う。それらよりも、もっと不快。

 目を開けて街の景色を視界に入れると、不快音は幾ばかは和らいだ。しかし、目に映る景色はぼやけて見える。

 いや、濁っている、の方が正しい表現に思える。

 霧がかったような人影は何かも解らず、信号や店の看板はただの光るイルミネーションにしか見えない。

 一歩足を踏み出してしまえば、自分もその霧の中に混ざって濁ってしまいそうな。

 誰なのかも解らず、何なのかも解らず、どうだったかも解らなく。何も考えず、ただ呆と眺めてたら、霧は段々と晴れて濁りが消えてゆく。

 何もかもが混ざりに混ざった不快音も、視界が戻ると一緒に元の音へと分散する。


「咲月君」


 目もしっかり見え、耳もちゃんと働き始めた時、女性の声で名前を呼ばれた。

 声が聞こえた方を向くと、長い黒髪をした知った顔がいた。


「あれ、桜井?」


 俺を呼んだ正体は桜井だった。

 私服を着ている所を見ると、学校帰りではないようだ。


「私達も早く来たつもりだったんだけど……」

「私……達?」


 桜井の後ろを覗いてみると、いつもの二人が笑いながら喋っているのが見えた。

 その内、一人は浴衣を着ている。

 あ、あれって確か……そうだ。昼間、エドに手を振ってた娘だ。


「浴衣を着てるのがいるって事は……今から祭りか?」


 沙姫の家の近くの神社で祭りをやるってのを昼間に聞いたのを思い出す。

 エドとの約束が無かったら、今頃は沙姫と行ってたかも知れない。


「そうだけど……咲月も行くんでしょ?」

「は? 俺も?」


 桜井の言葉に、思わず自分を指差してしまう。


「いや、俺は違ぇよ。俺はエ……じゃない、燕牙と待ち合わせしてんだよ」


 あぶないあぶない。桜井の前ではエドなんて呼べなかったんだ。

 あいつが学校で呼ばれてるのは偽名だからな。


「え? でも私達も燕牙君とここで待ち合わせよ?」


 ……なんだと? おかしいな。確かに俺はエドとここで待ち合わせの約束をしている。

 昼休みと、帰り際にしっかり確認したんだ。しかも、向こうから。

 なら、俺の勘違いでは無いのは間違いない。なのに、桜井もエドとここで待ち合わせをしている、と。

 ……OK、ここは冷静に話を聞こう。


「そりゃどういう事だ?」

「咲月君、燕牙君から話を聞いてないの? 今日、皆でお祭りに行こうって事で、ここで待ち合わせなんだけど……」


 ちょっと待て待て待て。俺はそんな話は一言どころか、一文字も聞いていない。

 いやいや待てよ。そういえば、そもそも俺は今日ここに待ち合わせする理由をエドから聞いていない。

 こりゃ似たようなのが前にもあったぞ。今、俺は凄くデジャビュってます。

 そうそう、確か用件を告げられずに呼び出されて、暑い中で放置くらったんだよ。

 しかも、呼び出した用件は特に無しときた。俺はてっきり、SDCに関する何かかと思ってたのに。


「男子と女子が五人ずつ集まって遊ぼう、って」

「五人ずつ?」


 男子っつったって、俺とエドの二人しかいねぇそ? それに女子だって、桜井グループの三人しかいない。

 これじゃ明らかに両方とも人数が足りない。

 あ、でもエドは何でも熟す優等生だからな。もしかしたら分離でもして不足人数分を補うのかも。

 ……って、うわ。想像したら、エドが数人いるのはかなりウゼェ。


「にしても、五人にはお互い数が足りねぇぞ?」


 女子は桜井達の三人。男子は……仮に、仮にだ。

 もし俺が入ってたとしても一人。ぜーんぜん足りない。


「何言ってるのよ。男子はそこに燕牙君以外は集まってるじゃない」

「へ?」


 桜井が向けた視線の先を追って見ると、3人組の男が少し離れた場所にいる。

 よく見てみると、その三人組は同じクラスの男子だった。


「いつの間に……」

「私達が来る前からいたわよ? 咲月君、気付かなかったの?」

「あ、そうなの?」


 全く気付かなかった。ま、俺ってクラスで話す奴ってのはエドと桜井ぐらいだからな。

 話し掛ける程仲がいいって訳じゃないし、逆に話し掛けられたら掛けられたで話す話題が無いから気まずくなりそうだ。

 って、おい。三人って事は、エドを入れても四人だろ? 一人足りない。

 ……あぁ、嫌な予感がする。つーか嫌な予感しかしない。


「こりゃ確定、だな」


 そうだという確証も証拠ないが、俺の勘が決定だと言っている。

 男子側の五人の中に、自分が入っていると。

 駅の時計が七時になったと、人形が時間前にも聴いた同じ音楽を奏でて時間を知らせる。


「あの野郎……また遅刻か?」


 自分から遅れるなって言っておいて、なんだアイツは。


「あ、燕牙君も来たみたいよ」

「ん?」

「ほら、あそこ」


 桜井がエドを見つけ、それを見つけられない俺に、エドのいる方向を指差して教えてくれる。


「あぁ、いたいた」


 信号待ちの人込みの中に一人、目立つ髪の毛をした奴がいる。

 気付けば、隣にいる女子二人と楽しそうに話をしている。

 多分、あれが女子側の残り二人だろう。

 信号が青に変わり、横断歩道を渡って待ち合わせ場所である噴水へと歩いてくる。


「みんな、もう来てたんだね。僕達が最後だったみたいだ」


 おーおーおー、優等生面を作ってやがる。それに、何が僕だよ。素顔を知ってる俺からしたら気色悪くて鳥肌モンだっての。


「遅いぞ、燕牙。もう皆集まってるぞ」


 男子の三人組の一人が、エドに軽口で話し掛ける。

 クラスで女子以外にも友達いたんだな、コイツ。


「大丈夫だよ、燕牙君。今、時計の音楽が鳴ったばかりだからセーフセーフ」


 それを桜井グループの一人がエドを擁護する。

 悪いけど俺ン中じゃ、七時の音楽が鳴った時点でいなかったなら、エドはギリギリアウトだ。


「悪い、少し借りる」


 男子と女子、両方とエドが仲良く喋っている中に割り込んで入る。

 そして、エドの肩に右腕を回して、引っ張るように連れて噴水から少し離れる。


「あ、ちょっと何するのよーっ!」


 無理矢理エドを連れていく俺に、女子からの罵声染みたものが聞えて来たが無視する。


「おいコラ。エドてめぇ、まさか祭りに行く為に待ち合わせしたんじゃねェだろうな?」


 エドの肩に回している腕に力を入れる。


「いや、そうだが? あれ、言ってなかったか?」


 あまりにもしれっと答えるエドに腹が立ち、さらに腕の力を強める。


「じゃあ逆に聞くぞ。お前は俺に言った覚えはあるか?」

「いや、無いな」


 この言葉がゴングとなり、空いている左手でエドの腹を殴る。

 それに応戦するようにエドは肘で俺の脇腹を突く。


「咲月君、燕牙君も何やってるのよー。祭りに行こうよ」

「お、おう。今行く」


 早く祭りに行きたいのか、桜井に呼ばれた。

 桜井達の方からは背中しか見えないが、前から見ると俺のパンチとエドの肘打ちの応酬が繰り広げられている。


「エド、後で覚えてろよ」


 いつまでも他のメンバーを待たせる訳にはいかないので、この場は大人しく鳩尾パンチ数発で済ます。

 俺は脇腹、エドは腹をさり気なく擦りながら噴水まで戻る。そして、祭りが行われている神社へと移動する。

 エドは待ち合わせ場所に一緒に来た女子二人と桜井の友達の一人、計三人の女子と先頭を歩く。

 その後ろにクラスの男子三人組と、残った女子が……つまり、桜井とその友達が付いていく。

 で、さらに後ろ。最後尾にはポツンと余り物のように、無言で歩く俺。

 エドや桜井は、やんややんやと賑やかに話をしているのに、俺は誰とも話をしない。いや、正しくは話せる相手がいない。

 このメンバーの中で話せるのはエドと桜井だけ。その二人は他の奴等と喋っているので、自然とはみ出てしまう。

 無理矢理にいずれのグループに混ざったとしても、大してエドと桜井以外とは話せないから、空気を悪くしてしまうのが目に見えてる。

 だったら、空気を読んで一人になる。

 それに、空気を悪くする以前に、またエドに大した用事でもないのに呼び出されて機嫌が斜めだった。

 だから今は、あまり人と話をする気はない。


「こんなんだったら、家で野菜炒めを作ってた方がマシだったっつの……」


 こんな自分が居ても居なくても変わらないメンバーと来たって何も楽しくない。

 エドとの約束が祭りだって分かってたら、こっちを蹴って沙姫と行った方が万倍楽しいわ。

 駅前から歩きだして約十分。

 沙姫ン家の近くだからか、見慣れた景色がちらほらと見える。祭りをやっている神社にも近づいて来たのか、人の数も段々と増えていく。

 辺りには親子連れやカップルの率が高くなる。

 それから更に十分程歩いて、やっと神社に着いた。駅前までとはいかないが、かなりの人が集まっている。


「思ったより早く着いたねー」

「そうだね。もうちょっと掛かると思ってたんだけど」


 優等生モードのエドと、隣の女子との会話が聞こえてきた。

 そりゃ楽しくお喋りしながらだったら早く感じるだろうよ。

 だがな、全く喋らない俺からしたら長すぎる位だったっつの。


「花火までまだ時間があるし、境内の出店でも見て回ろうか」


 エドの意見に女子組は当然の如く誰も反対せず、男子組も異論は無く、境内の出店を回る事になった。


「へぇ、花火もやるのか。結構本格的なん……あれ?」


 先頭を歩くエド達に付いて、神社の境内まで繋がる階段を上ろうとした時だった。

 沢山いる人の中に、赤茶色の髪をした少女と一瞬、すれ違う。


「モユ……?」


 すぐ様、後ろを振り向いてみるも、その赤茶色の髪をした少女はどこにもいない。

 いたのは、赤い髪をした何かのアニメのキャラクターと思われるお面をした子供だった。


「見間違い、か……だよな、そうだよな」


 こんな所で会う訳ないよな。背丈は同じぐらいだったとは言え、お面と間違えるとは……。


「咲月君、どうしたの? 置いて行かれちゃうよ?」


 俺が立ち止まってるのに桜井が気付き、名前を呼ばれる。


「あ、いや……今行くよ」


 少し急いで階段を上り、境内に出る。


「あら? 他の奴等は?」


 遅れて境内に着くと、そこに居たのは桜井だけで、他のメンバーはいなくなってた。


「もう皆、出店で遊んでるわよ」


 早ぇなオイ。俺が階段で止まってたのはほんの数十秒だぞ。


「じゃあ桜井は俺を待っててくれたのか。優しいねぇ」


 うぅ、嬉しくて涙が出そうですよ。


「ち、違うわよ。咲月君を一人で置いて行ったら、皆がどこ行ったか分からなくなるでしょ?」


 あ、そうですか。出そうだった涙は引っ込んじゃった。

 ちょっと怒ってるぽいのは……面倒事を押し付けられたからだろう。


「いや、なんかごめん」


 桜井に悪気がしたんで、一応謝っておく。


「あ、その、別に謝らなくても……」

「んじゃ、さっさと皆と合流すっか」

「あ……うん」


 周りにある出店を見ながら、他のメンバーを探し歩く。

 すると、意外にもすぐ近くの射的の出店に居て、ものの数分で見つかった。


「おー、なんか盛り上がってんな」


 射的の出店で、メンバー全員が凄く盛り上がっていた。いや、燃え上がっていた。


「おい、エ……っと、燕牙、何やってんだ?」


 あぶねぇ、またエドって呼ぶ所だった。いちいち呼び方を変えるの面倒くせぇな。


「あ、匕。何って、見て分からない? 射的だよ」


 クラスメイトが居るから、俺にも優等生の喋り方で話さなきゃいけないのは解る。解るんだが、腹が立つ。


「それは見て解っつの。なんでこんなに盛り上がってんのか、を聞いてんだよ」

「あぁ。それはね、あの景品を誰が先に落とせるかやっているんだ」

「景品だぁ?」

「そう。あれ」


 エドが指を差した先には、ちょい大きめのぬいぐるみがある。

 射的の銃では、落とすのには少し骨が折れそうだ。


「だけどよ、そんなに欲しいモンか?」

「今、結構人気なんだって」


 あれがぁ? だって、仕様だと思うけど、顔は兎なのに身体は人型。

 片耳は半分無くなってて目は骸骨みたいな黒目。しまいにゃ包丁を持って手足が真っ赤だぞ。


「うさバラし人形って言うらしいよ」

「あー……そのネーミングを聞いたら、なんか納得だわ」


 見た目とネーミングには納得したが、なんで人気があるのかは不思議でならない。

 ブラックユーモアにしては面白いかもしんないけど……。


「それで、まだ誰も落とせない、と」

「そうなんだよ。さっき僕もやったんだけど、無理だったんだ」


 ほう、射撃を得意とするエドでも無理だったのか。まぁ、射的の玩具の銃と本物とじゃ、勝手は全然違うだろうからな。

 今は男子の三人組の一人が頑張って挑戦してるが、落とせる気配は無い。


「だぁー、ダメだ!」


 弾を全部使いきった男子は、悔しそうに銃を台の上に置く。


「……おい、もうさり気なくお前の本物を使っちまえよ」

「やってもいいが、ぬいぐるみに穴が空くぞ?」


 周りに聞こえないように、小声でエドに話す。

 ひそひそ話の時だけ、エドは本来の口調に戻る。


「なんだよ……お前、祭りにまで物騒なモンを持ってきてんのかよ」

「用心に越した事はないだろ?」


 冗談で言ったつもりだったのに、本当に持ってたのかよコイツ。珍しく私服だから、今日は手ぶらだと思ってたんだが……そうでもなかった。


「で、なんでまた祭りなんだよ?」

「何がだ?」

「どうして俺をこんなのに連れてきたんだって聞いてんだよ」


 他のメンバーから二、三歩距離を取り、盛り上がっている射的の様子を眺める。


「あぁ、その事か。調べ物やらが忙しくて、最近休みが無くてね。そしたら白羽さんが気を利かせて今日は休みにしてくれたんだ」

「それをどうしたら俺を連れてくる理由になんだよ?」


 そんなエドが休みになった事なんて興味ねぇし関係ねぇ。なんで俺がこんな合コン染みた事に連れ回されなきゃならんのかを知りてぇんだ。


「たまたま休日と祭りに誘われたのが重なったってのもあるが、祭りの間ずっとあの喋り方ってのも疲れるだろ?」

「燕牙くーん、次こそコレ落としてよー」

「うん、今行くよ」


 女子に呼ばれて再び射的に混ざりに行くエド。その場に残され、一人で立ち尽くす。


「あんの野郎……つまり俺はあれか、今のように息抜き程度に喋る為だけに呼ばれた訳か」


 おいおいおい。いくら温厚な俺でも、さすがに怒りますよ?

 くそっ、初めから祭りだって知ってたらドタキャンしたのに。


「……あ、そうか。ドタキャンされると分かってたから、エドは俺に用件を言わなかったのか」


 手をポンッと叩いて納得する。

 しかし納得はするも、エドに自分の行動を先読みされて抑えられたのが腹立つ。

 いつか必ず利子を付けて返してやる。覚えてろよ。


「しっかしまぁ、思ってたより広いんだな」


 ぐるっとその場で周りを見て見ると、境内が結構広い事に気付く。学校裏にある神社より社は大きいし境内も倍以上に広い。

 出店も射的の他に金魚すくいやヨーヨー釣りやくじ引き等の娯楽や、焼きそば、イカ焼き、りんご飴と飲食系のも様々とある。

 駅前とは違う賑やかさが神社からは醸し出されている。こういう楽しい雰囲気は嫌いじゃない。


「ねぇ、匕。君も射的やってみない?」

「あ?」


 二度目のぬいぐるみ落としの挑戦に失敗したエドが、俺を手招きしながら誘う。

 君、と呼ばれた事に鳥肌が立ちそうなるのを隠して、射的の出店前に行く。


「んだよ、結局誰も落とせなかったのか?」

「うん。頑張ったんだけど重くてさ。皆もやったんだから、匕もやってみなよ」

「俺がぁ?」


 面倒臭いといった顔をして答える。

 目標のぬいぐるみを見ると、さっき見た時より少しだが位置がズレている。エド達の頑張りは多少、意味はあったようだ。


「んー……」


 はっきり言ってしまえば、やりたくない。射的は面白そうと思えないし、何より景品に興味がない。

 それに金も掛かる。目の前には『五発二百円』と書いた札が置いてある。やりたくもない物に金を出すのは御免蒙りたい。

 だが、あれだけ盛り上がっていたのに、自分だけがやらなかったら周りのテンションを下げてしまいそう。


「わかったよ。やりゃいいんだろ」


 やはり俺も、ノーと言えない日本人だった。


「なぁ、おっちゃん。銃を使って落とせばいいんだろ?」

「おうよ。弾ぁ当てて落としゃ、景品は兄ちゃんのもんだ」

「んじゃ、一回やるよ」


 財布からお金を出して、出店の男性に渡す。


「はいよ。弾は五発。銃は好きなのを使いねぇ」

「じゃ、遠慮無く好きなのを使わせてもらうよ」


 そう言って、すぐ手前にあった銃を手に取って弾を詰める。そして、さらに隣にあった銃をもう一つ取る。


「好きな銃、使っていいんだろ?」


 銃を二つ使おうとする俺に何かを言おうとした出店の男性だったが、男に二言は無いと言う様に言葉で口を閉じる。

 二つの銃に弾を詰め終わり、両方の手で銃を持って構える。世に言う二刀流。いや、刀ではなく銃なので二丁流と言うべきか。

 狙うはぬいぐるみの胴体ではなく、一番重量がありそうな頭。そこに当てて動かせば、あとは頭の重みで落ちてくれる筈だ。

 狙いを定めて銃の引き金を引く。まるで風船が割れたような音と共に、弾がぬいぐるみ目がけて発射される。


「おおっ!?」


 見事頭部に弾が命中したぬいぐるみは、ぐらりと動いて棚から半分近くはみ出る。

 二発同時発射と、エド達がやって位置ズレをしていたのもあってか今にも落ちそうだ。

 しかし、ぬいぐるみは後少しの所で動きが止まって落ちない。


「あぁー……」


 落ちると思ったのだろう。エドを含む他のメンバーが落胆の声をあげた。あと少しで落ちると、誰が見ても解る。


「粘ってねぇで落ちろってんだ」


 そこに残りの弾を透かさずもう一回ぬいぐるみの頭に当てる。

 すると、ぬいぐるみは今まで踏張っていた力が尽きたかのようにあっさりと落ちた。


「おぉぉぉぉ!」


 落ちた瞬間、他のメンバーから歓声と拍手の雨霰。


「やるねぇ、兄ちゃん」


 出店の男性から落としたぬいぐるみを受け取る。

 やはり間近で見てみても、どこも可愛くない。どうして人気があるのか解らん。しかも、少し大きめなので嵩張る事この上無い。

 しかし、取ったはいいがどうしようか? その場の空気に圧されてやったら取れちまった。

 部屋に持って帰っても場所を取るだけだし、第一、こんなのを持って歩き回りたくない。

 ってあぁ、これって人気なんだっけ。だったら……。


「桜井、やるよこれ」


 後ろで見ていた桜井に、ぬいぐるみの首根っこを掴んで差し出す。


「え、いいの!?」

「あぁ、いいよいいよ。俺いらねぇもん」


 さっき俺が置いてきぼりにならないようにって待っててくれたから、そのお礼だ。


「あ、ありがとう」


 桜井は差し出されたぬいぐるみを受け取る。他の女子からはいいなぁ、なんて羨ましがられている。


「ねぇねぇ、燕牙君! 次は金魚すくいやろうよ!」


 女子に袖を引っ張られながら、別の出店へ連れていかれるエド。人気者は大変そうだねぇ。

 それに男子グループが『お、いいねぇ』なんて、さらに付いていく。桜井も女友達と話しながら、それに混ざっている。

 っと、俺も付いて行かないと今度こそ置いてきぼりにされる。


「ったく、面倒臭ぇなぁ。なんで俺も祭りに……」


 歩きだそうと足を一歩前に出した時、ふとある事に気付く。人込みの中、ただつっ立ってる訳にもいかないので、一応エド達に付いていく。


「別に無理して付き合わなくたっていいんじゃねぇか、これ?」


 そうだ、そうだよ。俺は半分エドに騙されてここにいるようなもんだ。それなのに、自分一人だけ浮いて楽しくない祭りに付き合う理由があるか?

 いいや、無い。全く無いね。なら途中でトンズラしたって問題無いって事だ。


「……」


 歩くスピードを落として、先を歩くエド達と距離を取る。段々と距離は離れていき、エド達は人込みに消えていく。


「悪いけど、フケさせてもらうよ」


 そして自分も、人込みに紛れてエド達と別れる。早歩きで人と人の間を縫うように進み、奥の方へと行く。


「よしよし、誰にも気付かれてなかったな」


 念の為、一度辺りを見回してみても、エド達の姿どころか影も見えない。上手く抜け出せたみたいだ。


「ま、一応メールぐらいは送っておくか」


 無いとは思うが、俺がいなくなったからって探されたら悪い気がする。なので、そうならないように一応エドにフケたって事は言っておこう。


「はぐれた。合流出来そうにないんで帰る、と」


 メールを書いてエドに送信する。明らかに嘘だと分かる文章だが、まぁ、エドが適当に誤魔化すだろう。


「そしてお休み、俺の携帯」


 メールが送信出来たのを確認したら、携帯の電源を切る。エドがメールを見て電話を掛けてきたら面倒だからだ。

 眠りについた携帯をポケットに入れて、境内を歩いて回る。食べ物の出店も当然あり、辺りからいい匂いがしてくる。


「そういや、晩飯はまだだった……」


 食べ物の匂いを嗅いだら、腹が減ってきて晩飯を食べていない事を思い出した。しかも、家に帰っても作り置きの野菜炒めは品切れ中。

 代わりに、冷蔵庫には調理前の生野菜がある。が、しかしいくら俺でも、さすがに生野菜で白飯は食えない。


「あー……やべぇ、余計に腹が減ってきた」


 でも、出店で売ってる食べ物って高いんだよなぁ。格別に美味い訳でも、量が多く入っている訳でも無いのに焼きそばが五百円とかね。

 だったら特売のカップラーメンを5個買った方がいい。……今気付いたけど、なんかもう例えでカップラーメンを出してる俺って、本当貧乏性になったな……。

 つーか、五百円を渋ってる時点でそうか。

 それでも売れてるのは、祭りの雰囲気が美味しく感じさせるんだろうな。食卓は賑やかな方がいいって言うのも、それが理由なのかも知れない。


「どうすっかな。部屋に帰るまで我慢しようか……」


 しかし、この殺人的な程に腹を刺激するいい匂いがしては、とてもじゃないが我慢出来なそうだ。だが、値段が高くて金銭面で考えると我慢した方がいい。

 空腹で増した食欲を理性が抑えようと、頭の中で二つが葛藤する。腕を組んで唸りながら悩み歩くその姿は、他の人からは変に見えるだろう。


「あー、本当にどうすっ……あれ?」


 決めるに決められず、無意識に声を出した時に、視線の先に知り合いを見つける。


「あそこに居るの……沙夜先輩だよな?」


 車が一台入るぐらいの出店と出店との間に、銀色の長い髪の女性が石の上に座っていた。

 座るには丁度良い大きさの石が並んでいるせいか、沙夜先輩以外にも座っている人がいる。

 悩み歩きをやめて、沙夜の所へ歩み寄る。


「こんばんわ」

「えっ……あら、咲月君」


 名前を呼ぶと、沙夜先輩が振り向いて俺に気付く。しかし、沙夜先輩はどこか呆けてると言うか、元気が無い。


「沙夜先輩も祭りに来てたんですね。もしかして……デート?」

「んー、そうね。言い様によってはデートね」

「え、マジ?」


 冗談で言った事が当たってしまい、少し声を上げてしまった。

 前に沙姫から聞いた時には、沙夜先輩には彼氏はいないって聞いたんだが……やっぱりモテるんだろうな。


「相手はどこにいるんです?」


 学校で美人さんと言われている程の沙夜先輩の彼氏だ。気にならない訳がない。


「アレよ、アレ」


 沙夜先輩は自分の膝に肘を着いて頬杖をしながら、質問の答えなる者を気怠そうに指差す。


「アレ?」


 沙夜先輩の指に誘導されるように指先の方向を見る。

 しかし、自分の彼氏をアレ呼ばわりするってのは……彼氏と仲が悪いのか?


「アレって……ドレです?」


 指差された方を見てみたものの、人が多いので誰が沙夜先輩の彼氏か分からない。


「焼そばの出店の前にいない? 両手一杯に食べ物を持った奴が」

「えーっと……あーあー、いたいた」


 沙夜先輩のヒントで一発で見つかった。


「付け加えると、頭にはお面、両手首には綿菓子と水ヨーヨーをぶら下げてますよね?」

「あぁそうそう、それ」


 なるほど、アレか。確かにアレだ。アレはアレ呼ばわりをしても失礼だとは思わない。

 アレの右手には林檎飴、左手には焼きトウモロコシ。まず食ってから次のを買えと言いたい。


「どう見ても沙姫なんですけど?」

「どう見違えたくても沙姫よ」


 沙夜先輩は頭が痛そうに、おでこに手を当てる。

 あぁそうか。さっき声を掛けた時に呆けてたのは、アレの相手をして疲れていたからか。


「デートって言うから、沙夜先輩の彼氏を見れると思ったのに……結局オチはアレですか」

「ふふ、残念だったわね。私には彼氏なんていないわよ」


 なんだ、やっぱり沙夜先輩には彼氏いなのか。

 しっかし、勿体ないなぁ。沙夜先輩の性格上、面食いって訳でもないだろうに……なんで彼氏がいないんだろ?


「じゃあ、沙姫と二人で祭りに来たんですか?」

「そうよ。一緒に行く相手がいないからって、沙姫に無理矢理引っ張り出されちゃったのよ」


 沙姫の奴、結局一緒に行く友達は見つかんなかったのか。


「でも、これだったら沙夜先輩はいなくてもよかったんじゃ?」


 沙姫は一人で出店を次から次へと渡り歩いて、沙夜先輩はそれが終わるのを座って待っている。はっきり言って沙夜先輩は来なくてよかっただろ。


「私もそう思うんだけどね……かと言って置いて帰るのも心配だから」


 本当、沙夜先輩って姉と言うより保護者って感じがするよな。まぁ、家に両親がいないから実質上そうなのかも知れないけど。


「そう言う咲月君は誰と来たの? まさか1人?」

「いくら何でも一人で祭りには来ませんって。俺はクラスの悪友とですよ。」


 エドの事を友達と言える程仲が良い訳でもない。かと言って親友なんて以ての他。意識しないで自然と出た悪友という言葉にしっくりきた。


「けどま、つまらなかったんで隙をみて勝手に抜けて来たんだけど」


 無理矢理……いや、騙されて半強制的に祭りに連れて来られた挙句、自分一人だけ浮いた状態で軽く放置だ。

 それだった俺がいなくたって大して変わらない。……って、気付けばそれって今の沙夜先輩に似ていないか? いや、そっくりだわ。


「いいの? 一緒にいた人が困ってるんじゃない?」

「大丈夫ですよ。あいつは俺と違って人気者ですから」


 人気者、の所を多少強く発音して、本人がいないのに皮肉る。


「沙夜先輩こそ、せっかく祭りに来たんですから何かしたらどうです?」

「んー……でも、私はこうやって見てるのが好きなのよ。人込みもあまり好きじゃないしね。祭り自体は好きなんだけど」


 あぁ、それは分かる気がする。祭りに参加するよりも、祭りをしているという賑やかで楽しそうな空気を感じるのが楽しかったりする。

 何も誰かさんみたいに出店という出店をハシゴするだけが祭りって訳じゃない。

 だけど、なんか沙夜先輩がやる事がなくて暇をしているように見えてしまう。


「あ、沙夜先輩。ちょっと待っててください」

「咲月君?」


 沙夜先輩を置いて人込みに入って行き、ある出店を探す。


「歩いてる途中に近くで見た覚えがあったんだけど……あぁ、あったあった」


 探して間もなく、目当ての出店を見付ける。探していた出店と言うのは、必ずと言っていい程出店にあり、祭りには欠かせないぐらい有名なヤツだ。

 出店の前には『氷』と書くかれた暖簾が掛けてある。


「ラッキー、今は誰も並んでねぇや」


 さっき見掛けた時は、何人かが並んでいたが、今は一人も並んでいる人がいない。


「すいません、かき氷二つください」

「あいよ、味は何にするんだい?」


 あ、そういや味は何にしよう? 沙夜先輩って嫌いな味があったりするかな?

 目の前にはブルーハワイ、メロン、レモン、イチゴと書かれたシロップが並んでいる。青、緑、黄、赤と色とりどりで華やかだ。


「じゃあ、イチゴとメロンで」


 沙夜先輩には何となくでイチゴを買っていこう。イチゴが嫌いだったら、俺のメロンと交換すればいい。

 もし両方が嫌いだった時は……自分で食うしかないな。


「ん?」


 かき氷屋のおじさんが紙製のカップに削った氷を盛っている間、値札の隣に文字の書かれた手製の小さい看板みたいなのがあるのに気付いた。

 それには『プラス五十円で練乳またはソフトクリームを付けれます』と書いてある。

 追加金で練乳を付けれるのはよくある事だが、ソフトクリームってのは初めて見た。


「すんません、このソフトクリームってのを二つに付けてください」


 あまりに珍しかったので思わず頼んでしまった。かき氷屋のおじさんは、あいよっ、と気のいい返事をする。

 盛られた氷の上にシロップがかけられて、氷の白色にシロップの色が広がっていく。

 そして、さらにその上にソフトクリームを従来のコーンに乗せるのと同じように、くるくると器用に巻かれていく。


「ほらよ、ソフト付き二つで五百円だ」


 出来上がったかき氷を渡され、財布に丁度入っていた五百円玉をおじさんに渡す。


「おぉ……なんか結構ボリュームあるな」


 想像してたのよりも、こんもりと盛られた氷とソフトクリーム。

 それに、コーンよりもかき氷の器の方が大きい為、ソフトクリームも従来の大きさよりも、一回り大きく巻かれている。

 零さないようにかき氷に気を配りながら、人込みの中を心持ち速く歩く。


「お待たせしました、っと」


 人込みを抜けて、かき氷を零す事無く、乗っかったソフトクリームも形が崩れる事も無く戻って来れた。


「ほい、沙夜先輩。せっかく祭りに来たんだから、何かそれっぽい事をしないと」


 沙夜先輩の所へ戻って来るなり、買ってきたかき氷を差し出す。


「急に何処に行ったのかと思ったら……アイスを買いに行ってたのね」


 差し出されたかき氷を沙夜先輩は受け取る。

 しかし、沙夜先輩の視点では器からはみ出ているのはソフトクリームしか見えていないらしく、かき氷ではなくソフトクリームを買ってきたと思ったらようだ。


「実はですね……それ、かき氷なんすよ」

「えっ、嘘!?」


 沙夜先輩は驚きながら手に持っているかき氷を見直す。


「ほら、ソフトクリームの下に氷が見えるっしょ? あ、ちなみに味はイチゴなんですけど、大丈夫ですかね?」

「えぇ、イチゴは好きだから大丈夫よ。あら、本当。下はかき氷になってるわね」


 沙夜先輩はかき氷独特の端が開かれてスプーンとしても使えるストローで、ソフトクリームを除けて中を覗き見ている。


「珍しいわね、かき氷の上にアイスが乗ってるなんて。私、初めて見たわ」

「俺もですよ。だから思わず買っちまって」


 五十円で練乳なら分かるが、こんなにソフトクリームを乗っけちまって元は取れるのか、これ?

 でもまぁ、こういうのって原価が凄い安かったりするもんだからな。やっぱ儲かってんだろう。


「これ、いくらだったの?」


「かき氷は二百円なんですけど、五十円プラスでソフトクリームが付けれるんですよ」


 やはり、何度見てもプラス五十円でこの量は凄い。主食に出来る量じゃねぇか、これは?


「二百五十円ね……ちょっと待ってて」


 沙夜先輩は膝の上に置いていた小物入れから、自分の財布を取り出す。


「あぁ、金はいらないですから! これ位は奢りますよ。それに俺が勝手に買ってきたんだし」

「そんな、悪いわよ。それに二百五十円って言ったら大金よ? 一人暮らしなら尚更じゃない」

「ぐっ……」


 正にその通りだ。沙姫と2人で生活しているとは言え、両親がいないってのは俺と変わらない。そういう生活で苦しい部分は沙夜先輩も知っているんだろう。

 それにさっきだって二百円の射的を心の中では渋ってた。


「でも、これは奢りです。なので財布は仕舞ってください」

「駄目よ。こういうのはしっかりしなきゃ。いつも咲月君に奢ってもらう訳にはいかないわ」


 うーん……さすがと言うか、やはりと言うか。沙夜先輩らしい。根がしっかりしている人は、何においてもしっかりしているもんだ。

 理由もなくただ奢られるっていうのが、まるで自分がお金にルーズになったみたいで嫌だったりするんだろうな。


「別にこれはただ奢った訳じゃなくて、理由があるんですよ。理由が」

「何? その理由って」

「ほら、結局は一昨日に続いて昨日も晩飯を頂いたから、それのお返しですよ」


 その前の日には沙姫の中華料理をご馳走になって、次の日には沙夜先輩の和食をご馳走になった。

 誘われる事は薄々予想していたので頭の中で断る準備はしていたのだが、結局は二人に負けてしまった。

 しかも、以前は沙夜先輩の作った料理はカレーだったが、昨日は煮物やおひたし等の和食。特にサバの味噌煮は絶品だった。


「そんな、あれ位いいのよ。前に咲月君に沙姫はお昼御飯を奢ってもらった上に、私にアイスまで買ってくれたでしょう? だったらまだ私達の方が返し足りないわよ」


 あー……あったな、そんなの。図書館帰りに沙姫にファミレスで飯を奢ったんだっけ。沙姫だけに奢るのは悪いと思って沙夜先輩には持ち帰りでアイスを買ったんだ。

 すっかり忘れてた。言われなかったらそのまま記憶から削除されてたよ。


「それに、大した料理じゃなかったからね。あれじゃお返しになってないわね」

「いやいやいや! 十分過ぎる程ご馳走でしたから!」


 あの料理で大したモンじゃないってどんだけですか!?

 俺の野菜炒めと比べたら月とすっぽん、ダイヤと石ころ、天和と鳴きタンだよ。


「とにかく悪いわ。咲月君にばかり奢らせちゃうのは」


 そう言って沙夜先輩は財布から小銭を出そうとする。


「いや、本当にお金はいいですから! あ、ほら。何だかんだ言っている間に溶けて来てますよ、ソフトクリーム」

「えっ? あ、いけない」


 言われて沙夜先輩は、かき氷の上に巻かれているソフトクリームが溶け始めているのに気付き、慌ててスプーンで掬って食べる。


「はい、俺が金を受け取る前に食べたんで、それは俺の奢りに決定」

「あ、ズルい! これは咲月君が溶けてるって言うから仕方なく……これは無しよ、お金はちゃんと払うわ!」

「駄目ですよー。これは俺の奢りに決りました。もう何があっても受け取りませんよ」


 俺の思惑に沙夜先輩は見事填ってくれた。


「沙姫から聞いてません? 俺って結構頑固者らしいんですよ」


 このまま互いに引かずにいたらかき氷が溶けるだけだし、それだと勿体ない。ちょっと汚かったと思うが、このままズルズルと長引くよりはマシだろう。


「……はぁ、解ったわ。今回は私が折れるわよ」


 沙夜先輩は少し黙って俺を見た後、溜め息を吐きながら負けを認める。


「沙姫が何度も折れた理由が理解出来たわ……」


 沙夜先輩は誉め言葉なのか皮肉なのか分からない一言を漏らす。ただ、どっちの意味でも無かったとしても、いい意味の言葉ではなさそうだ。


「……アイス」

「はい?」

「溶けるわよ、アイス」


 沙夜先輩は持っていたスプーンで俺のかき氷をちょいちょいと指す。


「ん?」


 自分のかき氷を見ると、ソフトクリームが溶けて器を持っている手にかかりそうになっていた。


「おおぅっ!?」


 手にソフトクリームが落ちてくる前に、急いで溶けた部分を食べる。口の中には、ソフトクリームの甘いバニラの味が広がった。

 今思い出したけど俺、腹減ってるんだった。

 思い付きで買ってしまったとは言え、かき氷が晩飯になるとは……二百五十円もしたのに、大して腹が膨れやしない。


「くあ……来たぁ」


 勢い良く口に掻き込んで食べてしまったせいで、かき氷特有の頭痛がした。頭を手の平で数回叩く。

 頭痛に軽く悶絶していると、どこからともなく爆弾のような豪快で大きな音が鳴り響いた。


「なんだぁ?」

「花火よ、花火。もうそんな時間になったのね」


 沙夜先輩に言われて空を見てみると、夏の夜空に様々な色に光る火の花が咲き乱れていた。


「そういえば、エドがそんな事を言ってたな」


 次々と花が咲いては散り、空の色が変わっていく。


「綺麗ねぇ」

「たーまやー、ってか」


 空に咲く花の光色に照らされて、それを眺める俺と沙夜先輩も同じ色に塗られている。

 花が咲く度に鳴る大きな音は壮快で気持ち良いが、散る際の音は砕けた硝子が地に落ちる様で切なく聴こえる。


「あーっ! 咲月先輩がいるぅ!」


 人が夏の風物詩を堪能しているってのに、花火とは違ってただ騒がしいだけの奴が出店のハシゴから帰って来た。


「先約があって祭りには来れないんじゃなかったんですか?」

「……色々あったんだよ、色々」


 かき氷のスプーンを口に啣えたまま、苦い表情で沙姫に答える。


「もしかして約束の相手にフラれたちゃったり?」


 俺の反応を見て、からかうように沙姫は笑う。


「そんなんじゃねぇよ。むしろ俺がフッ……」

「あっ、なんですかそれ!? おいしそう!」


 沙姫は俺が持っているかき氷に気付き、興味津々に食らい付いてくる。

 おい、話を振っておいて無視すんな。相変わらず食い意地ばっかりだな、お前は。


「姉さんも食べてる! これどこで売ってたんですか!?」

「本当、食べ物が絡むと騒がしいわね……あんたは」


 全くだ。花火みたいに綺麗にとは言わないが、せめて可愛げぐらいあって欲しい。


「だっておいしそうなんだもん! それに私だけ仲間ハズレにして二人で食べてるなんてズルーいー!」

「何だよ仲間ハズレって……それより、かき氷よりもまずはその手に持った食い物を食えっての」


 沙姫の手には数々の食べ物が握られている。


「食べますよ。でも、その前に咲月先輩と姉さんが食べてるかき氷を売ってる場所を教えてください! はやくしないと売り切れちゃう!」

「あのな、そう簡単に売り切れる訳ないだろ……」

「そんなの分かんないじゃないですかぁ! 早く教えてくださいよぅ!」

「あーもーうっせぇな。だったらホレ、俺のをやっから。黙って食いながら花火を見ろ」


 周りに人が居るのにも関わらず子供みたいに騒ぐ沙姫に、俺の食いかけのかき氷を渡す。

 食いかけ、と言っても溶けてきた部分を二、三口食べただけで、殆んど手付かずの状態に近い。


「えっ、いいんですか?」

「やるやる。だから少し静かにしてくれ」


 俺からかき氷を貰った沙姫は目を花火以上に輝かせる。やっぱガキにゃ物を与えて静かにさせるのが一番だわ。

 かき氷程度でそんなに騒ぐなんて、俺ン中じゃお前はモユよりもガキになったぞ。


「ちょっと沙姫! 咲月君に悪いでしょ! ほら、私のを半分あげるから!」

「あー、いいんですよ。正直言うと、勢いで買ったはいいんですけど……実は今、空きっ腹なんでかき氷よりも腹に溜まる主食の方が食べたいんで」


 昼間のおやつなんかに食べる分には全然構わないんだが、やはり空腹時に主食として食うのは無理だ。

 周りからフランクフルトやたこ焼きやらの匂いがしてたら尚の事。


「咲月先輩、ご飯食べてないんですか?」

「あぁ、相方にいい様に連れ回されてな」


 いや、連れ回されたと言うより使い回された、か?

 まぁどっちにしろムカつく事は違いない。


「なら、これあげますよ」

「なんだ、これ?」


 手首に掛けていたビニール袋を沙姫から渡される。

 受け取った袋を上から覗き込む。


「焼きそばです」

「なんとっ!」


 確かに袋の中には透明のパックにはソースの匂いを発する茶色い物体が!


「い、いいんですか沙姫さん!?」


 袋の中身が食べ物だと知るや否や、敬語の上に沙姫をさん付けで呼ぶ。


「はい。貰うのはやっぱり悪いですから、交換って事で」


 おぉ……やはり持つは出来た後輩だよ。どこぞの金髪優等生とは違う。

 さっきはモユよりも下位置だと言ったが撤回しよう。今ではお前はモユと同等の位置だ。おめでとう。


「じゃあ遠慮しないで貰うぞ?」

「どうぞどうぞ。私もかき氷を遠慮無く貰いますから」


 貰いますから、と言っている時既にかき氷を頬張っている沙姫。元々、遠慮なんかしない仲だしな。気にせずに食べて大丈夫だろ。


「んじゃ、早速食べさせて貰うかね」


 焼きそばを袋から取り出して右手には割り箸を装備して、戦闘態勢に入る。


「いただきます」


 そして、一気に口の中へと焼きそばを掻っ込む。ソースの芳ばしい香り、堪らないですなぁ。


「うめ……」


 口には焼きそばが入っている為、たった一言だけを話す。

 味的にはそんな滅茶苦茶美味いって訳ではないが、祭りの雰囲気が元以上の美味しさを出してくれる。

 そして何よりそれ以上に、自分の空腹が一番焼きそばを美味く感じさせているんだろう。


「ごっそさんでした」


 パンッと両手を合わせる。


「うわっ、食べるの早っ!」


 沙姫はほんの数分で焼きそばを平らげた俺に驚く。


「すんげぇ腹減ってたもんで」


 空になったパックと割り箸を袋の中に入れてゴミをまとめる。


「さて、腹も膨れたし……俺は帰るかな」

「え? 帰っちゃうんですか?」

「まぁ、元々ここには来るつもりは無かったし」


 エドに騙されて俺の意思関係無く連れて来られた。

 で、途中で逃げ出したはいいが、帰っても食い物が生野菜しかないから出店で何か買おうか悩んでいた時に沙夜先輩を見つけて、今に至る。

 だから、焼きそばを食って腹に物が入ったので、ここにいる必要はもう無くなったって事だ。


「咲月先輩が帰っちゃったら、また姉さんと二人っきりでつまんないですよぉ」


 何がつまんないだ。沙夜先輩をほっぽって1人、出店制覇に挑戦してたのはどこのどいつだよ。


「つまんないも何も、どうせお前は花火も見ないで食ってるだけだろうが。お前は花より団子だもんな」

「むっ……どういう意味ですか、それ!」


 かき氷を口に運びながら、俺の言葉に沙姫は突っ掛かってくる。


「まんまの意味でしょ」

「あっ、姉さんまで! いくら私でもそんなに食い気ばっかりじゃないもん!」

「……だったら文句を言うか、食べるかのどっちかにしなさいよ」


 言い返しながらも、しっかりとかき氷を食べる沙姫に呆れた表情しか出来ない沙夜先輩。


「あはははっ! 食いながらそんな事を言っても説得力ねぇって!」

「むぐぅ……」


 スプーンを口に啣えて悔しそうにしている沙姫の頭を、子供を宥める時のように撫でる。


「んじゃ、俺は帰る。調子に乗って食い過ぎんなよ?」


 撫でていた手を止めて、ポンポンと軽く叩く。


「えぇー? 本当に帰っちゃうんですかぁ?」

「飯も食えたしな。それに、あんまり長居したくねぇんだ」


 エド達だってまだ祭りに居るだろうからな。トンズラしたから、鉢合わせになったりしたら何を言われるか。


「かき氷、ありがとね。美味しかったわ」

「いいですよ、それ位。そんじゃ沙夜先輩、今日はこれで」

「えぇ。帰り道、気を付けてね」


 沙夜先輩はにっこりと微笑って小さく手を振る。


「沙姫も腹壊すなよ」

「大丈夫ですよ。これ位は余裕ですもん」

「……さいですか」


 これが最後の会話になって、沙姫と沙夜先輩と別れて境内から出ていく。

 後ろから聴こえてくる花火の音と、綺麗な光に背中を照らされながら神社の階段を下りる。

 階段を下り切った所で足がピタリと止め、その場で振り返って長く続く階段の先の神社を仰ぎ見る。

 花火の音が響き、出店の明かりが木々の隙間から漏れている。人気も多く、賑やかだ。

 ただ――――。


「時折感じたザラつきは……なんだ?」


 まるでラジオに入ってくるノイズ音のような……首筋をぞわつかせる、そんな感覚。

 それを祭りを回っていた最中に何度か感じた。しかし、たまに感じるだけではっきりとしない。

 ただ言えるとすれば、気持ちのいいモノではない事は確か。

 だが時折、しかもほんの一瞬しか感じない為、明確な事は解らない。何なのか、誰なのか、どうしたいのか、どこからか、何も解らない。

 調べようにも、そのザラつきがはっきりと感じ取れて解らなければどうしようも無い。


「俺が気にしすぎ……なだけ、か?」


 顰めて神社を見つめるが、神社は祭りで賑わい、楽しそうに歩く人達しかいない。

 やはり気のせいだったのか……。


「っとと」


 ザアァッと強い風が吹き、階段を照らす為に吊された提灯が大きく揺れる。

 神社を囲む木々の枝葉も揺れて、擦れる葉と葉が不気味に囀る。

 まるで俺を、嘲笑うかのように。


「……チッ、気持ち悪ぃ」


 生きているかのように囀り笑う木々を睨み、愚痴を零す。そして、動きを止めていた足は活動を再開して歩き出す。

 俺の気分とは裏腹に、ざわざわと賑やかな人の話し声と、無情に打ち上げられる花火の音がやたら五月蝿い。

 だがそれよりも、風の余韻でまだ擦れ合う枝葉の笑い声の方が、耳障りだった。

 さっきまでの楽しい気分は何処かへ消えてしまい、今は一転して気分が悪い。

 それは祭りで感じたザラつきのせいでは無く、先程の木々の囀りが異様に気持ち悪かったのが原因だった。

 木が笑う事なんて無いのは分かる。そんなのがある筈も無い。

 だけどもあれは、自分を見て嘲笑い、面白がっているように見えてならなかった。


「せっかくの祭り気分が台無しだ」


 ったく、と息を吐きながら後ろ頭を掻く。

 歩きながら独り言を話す頃には、神社から離れて人気は少なく、街灯もポツポツとしか無い道を歩いていた。

 時間を知ろうと携帯電話をズボンのポケットから取り出すが、開いても画面は真っ暗のままで時間は表示されない。

 何故画面が点かないのか不思議に思っていると、携帯電話の電源を切っていたのを思い出す。

 電源を入れようとボタンを押そうとする。しかし、まだ祭りはやっていてエドから電話が来る可能性があるので、そのまま閉じてポケットへ戻す。

 さすがにもう諦めて電話はしてこないかも知れないが、多分メールの返事が来ているだろう。

 しかし、今の気分ではエドのメールを見る気にはなれなかった。

 そして、黙々と歩く俺の耳には、遠くからまだ花火の鳴る音が入ってきていた。




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