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離島と推理の正味 Show me your mystery  作者: 春谷公彦
三章 首のない死体/火の中の脅威
7/20

     1


 多加志は七時に目を覚ました。テントの中を見渡すとまだ誰も起きていなかった。

 昨夜はかなり遅くまで起きていたと思う。なんとなく、こういった行事のときに夜眠るのは邪道だ、という暗黙の了解があるのはなぜだろうか。とにかく、そんな無意味な風習のせいで意味もなく無駄話をして夜を過ごしていたため、睡眠時間はかなり短いはずだ。他のみんなが起きないのも無理はない。

 だが、多加志はどうも自分の領域外で眠るのが得意ではない。修学旅行でフカフカのホテルのベッドで眠っても、すぐに目が覚めてしまう。

 子供みたいだ、と苦笑い。

 どうせもう眠れないと諦めて、顔を洗って待つ。

 結局誰も起きてこないので、周囲を散歩することにした。少々の空腹があるが我慢するしかない。

 昨日は明日香について町に行き、帰ってきてからはテント・夕食の準備と忙しかったので周囲を見る余裕はなかった。

 まず、昨夜の浜辺を歩く。よくもまあ、あんな理想的なシチュエーションであんな哲学談義ができたものだと、呆れてしまう。会話が弾んだとしても、あれでは脈があるのかないのか判断が難しいところだ。だが結局のところ、おそらく脈はない。

 ため息一つついて、林の方へと向かう。昼になれば逆に恩恵を受けるのだろうけれど、緑のカーテンが朝の少ない日差しを遮って少し肌寒い。多加志の服装はTシャツに下はジャージだった。上もジャージを着てくれば良かったと後悔した。

 静かだった。流れるBGMは遠くの小鳥のさえずりと、自身の鳴らす足音だけ。

 少しするとその足音にコーラスが加わった。前から人が歩いてきたのである。下山薫だった。

「おはようございます」多加志は会釈した。

「おはよう。早いんだね」下山は淡々と話した。

 彼女は無愛想ではないが、どうも会話に起伏がない。おとなしいともいえるが、そのポーカーフェイスっぷりがミステリアスな雰囲気をかもし出しているとも言えなくもない。

「この先にね、研究所があったの」自らが歩いてきた方角を振り返って彼女は言った。

「研究所、ですか?」

「うん。何のかは知らないけど。何か、ワクワクしちゃうよね」

「何がですか」

「島のはずれの研究所、ってシチュエーションが。無人島だともっといいのに」

「ああ、だからか」

「何が?」

「あ、いえ。こっちの話です」

「こっちって、何人?」

 多加志は下山を見た。質問の意味をつかみかねた。

「明日香ちゃん、可愛いよね」

 そこに来て、やっと質問の意味がわかった。だが、いささか話の展開が強引すぎやしないだろうか。しかしなるほど、そうきたか。どうやって切り返そうか。

「美人の集合には入っていると思います」なんとも意味のわからない、全く気の利いていない台詞が口から出た。

「明日香ちゃんといつも一緒にいるよね」

「ええ、なぜでしょう?」

「なぜ?」

「僕が聞きたいくらいです」

「今日は一日自由行動なんだって」

「へえ、そうなんですか」どうにも会話のペースがつかめない。

 もっとも、会話のイニシアチブを取ったことなど、十八年で数度しかない。

「じゃ」下山は含みのありすぎる会話と微笑みを残して去っていこうとした。

「あ、下山さんも集合の中に入っていると思いますよ」

 下山は振り返って多加志を見た。驚いているようだったが、一度微笑むとそのまま去っていった。

 明日香も下山も同じ集合下にある、つまり明日香とは何もない、と言いたかったのだが、どうとられただろうか。どうにも、難しい反応だった。ミステリアス下山とでも呼ぼうか。

「……ネーミングセンス、ないなあ」多加志はつぶやいた。

 さて、と羞恥な考えから頭を切り替える。今日は一日自由行動らしい。なんとなく、一日中彼女と行動を共にする気がした。なんとも自意識過剰な考えだが、あながち間違ってはいないだろう。ただ、期待はしていない。

 確かに下山の言うとおり、いつも彼女とは一緒にいるし、その気がないと言えば嘘になるのだろうけれど、自分の彼女に対する評価はそういった事ではなく、もっと尊敬や羨望といった類、つまり自分にないものを彼女が持っているということだと思っている。

 そもそも一緒にいるのは一年生だから、というのが大きい。二人だけの一年生なのだ。

 とはいえ彼女は可愛いし、付き合えるのならばそうしたいけれど、その兆候は今のところない。今のところこだわる必要はない。たぶん。

「たぶん、恐らく、maybe,probably,perhaps」

 その意味の単語を知っている限り上げていく。だいたい、予測した事象に自信がないときにこういった癖が出る。

「……あわよくば。いや、これは違う」

 これでは意味が逆になってしまう。

 多加志は一通り歩いてキャンプ場に戻ってきた。下山の証言通り研究所があったが、だからどうしたという感じで特に何かを思うことはなかった。なんでも、海洋研究所らしい。ソフトウェア開発の研究所があるよりは健全だろうというくらいは思った。

 キャンプ場に戻ると(どこまでがキャンプ場なのかわからない。もしかしたらキャンプ場の敷地の中しか歩かなかったかもしれない)ほとんどの人が起きていた。

 朝食をとっている者、寝起きの体を動かしている者、芝生に座って談笑する者たち。皆、活動前の安らぎの中にいた。

 どうやら朝食は各自だったらしい。散歩前に食べておけば良かったと思った。

「おはよう、保川君」

 やはりという感じで今村明日香だ。朝だというのにさっぱりとした顔をしている。朝には強いのだろうか。

「おはよう。今日はどうするの?」

「京太君のところに行こう」

「うん」多加志は素直に頷いた。

「行く」ではなく「行こう」ということは、自分も入っているということだ。友人の従兄に会いに行く理由は多加志にはなかったが、彼女と一緒に過ごせるならば、悪い条件ではないなと思った。

 多加志はテントに入って着替えをすることにした。


     2


 この道を通るのは四回目だ、などといったことを考えながらトンネルを通る。もはや見慣れたと言ってもいい景色を視界の片隅に捉えながら、まだ見慣れない町中へと出る。三十分以上かかった。普段、自転車や自動車などに頼っている現代人なので、これが続くと考えると少し気が滅入った。

 さらに歩くと『町役場』と書かれた看板のある建物が見えてきた。ここまでの道のりは昨日、近野に教わっていたので難なく来ることができた。おそらく島の南東あたりに位置するのだろう。

 小さい建物で、前に白いセダンと軽トラックが停められていた。背の低い木が植えられていて、閑散とした雰囲気に抵抗しているようだった。

 さらに近寄って遠目に窓を覗くと、窓際の机に近野が座っているのが見えた。

「窓際族……」明日香がつぶやく。

 多加志は不謹慎ながら笑ってしまった。

 その窓際族と目が合った。近野は苦笑いすると、上司らしき人物に話しかけて、席を立った。しばらくすると彼が玄関から出てきた。

「おはよう。じゃあ早速、と言いたいところだけど……」

「仕事ですか?」

 考えれば当たり前のことだ。昨日も仕事だと言って断られたのだ。よくよく考えれば、こんなに早くから訪ねる必要はなかった。

「ああ、いや、仕事はどうとでもなる」いろいろと問題のある発言だ。「ちょっと問題があって、町民会館まで行かなきゃいけないんだ」

「町民会館って、昨日の?」明日香が首を傾げる。

「ああ、又野のばあさんから電話があって、開いてないんだと」

「普通九時からじゃないんですか?」又野のばあさんが誰なのかは置いておいて多加志は尋ねた。

 だが、自分で言っておいて何が普通なのだろうと思った。八時半かもしれないし、十時かもしれないではないか。

「ああ。だけど八時には開けるから、あのばあさんは八時半頃から入ってくるんだ。まだです、って言っても聞かないから放置さ。で、とにかく、今日はまだ開いていないんだと。担当の人はもう行ったはずなんだけど。だから様子を見に行かなきゃ」

「わかりました。一緒に行きます。いいでしょう?」

 三人は並んで町民会館までの道を歩いた。話はもっぱら明日香と近野の二人で交わされ、近況報告から昔話、この島の名物などの話だった。多加志は二人の会話を聞いていただけだったが、この島には思ったよりも見所がありそうだと思った。

 やがて、町民会館が見えてくる。例のおばあさんの姿は見られない。

「おばあさん、いないですね」多加志は尋ねた。

「ああ、家にいるから開いたら呼べ、だと」そう言って近野は入り口に手をかける。「本当だ、開いてない。西田さん、何やってんだよ……」近野は小さく舌打ちをした。

「西田さんって?」明日香が尋ねる。

「役場の人だよ。俺より十も上。それでも俺の次に若い。仕方ないな」近野はスペアキーを取り出して鍵を開けた。そしてゆっくりと扉を開く。

「西田さん?」近野が叫ぶ。

 反応はない。

 ロビーの左手の廊下には部屋が四つある。すべて学校の教室のようにドアに表示がついているので入らずとも何の部屋かわかった。左側に事務室、会議室、右側に和室二部屋があるがどこも人気はなかった。

「そうだ、裏口だ」近野はつぶやくと歩き出した。

 和室のところを曲がるとロビーとの間に狭い通路があった。その先には非常口のランプが灯る扉がある。どうやら非常口を兼ねた裏口のようだ。

「裏口ってか、事務員用の出入り口ね。普通はこっちから入って、中から正面を開けるの」誰も聞いていないのに近野が説明した。

 そのままドアノブを回すと抵抗なく開いた。その先にはうっそうと木々が茂っているだけだった。正面からこの建物を見たときに背景が完全に森林だったことを思い出した。

「開いてるってことは、来てるんだよな……」

 ロビーに戻り、今度は右側の図書室へと向かう。ところがこちらは鍵がかかっていた。

「いないね」

「参ったな。二階か?」近野はロビーの奥の階段を上っていく。

「どうしたのかしら?」踊り場で折り返して姿が見えなくなると明日香がつぶやいた。

「さあ。普通じゃないことはわかる」

「何か胸騒ぎがする……」

「そう?」多加志はあまりにもな台詞に苦笑した。

 近野の悲鳴が聞こえてきた。あまりにも過ぎる。だが、冗談ではないことは否応なしにわかった。

「何!?」明日香が駆け出す。

 遅れて多加志もついていく。

 二階は一階の半分ほどの広さだった。左手にトイレと洋室があり、右手には実習室と倉庫があった。近野は実習室の前で尻餅をついている。

「どうしたの!?」明日香が近寄ろうとする。

「駄目だ!!」

 近野は片手をこちら側に突き出して制止する。そして、ゆっくりと立ち上がる。

「来ちゃ駄目だ……」

 明らかに近野は混乱していた。その原因は実習室であることは間違いない。

「どうする? どうすればいい? 救急車……。いや、そんなわけない。無理だ、絶対……。」 

 近野は天井を見上げてつぶやいている。

「もう! 何なの!?」業を煮やした明日香が実習室へと近づく。

 もはや近野は止めない。というより視界に入っていないようだった。明日香が入り口に近づいた時点でようやく彼は我に返ったようで、慌てて明日香の腕を掴もうとしたが、もう遅かった。

 入り口から中を覗いた瞬間、明日香は急ブレーキをかけたように固まった。だが、瞬時に振り返った。

「京太君! すぐに警察……、駐在さんに連絡して! それから表の入り口は鍵を掛けて誰も入れないで!」明日香がアクセルを踏んだように早口でまくし立てると、近野は口をポカンと開けていたが、すぐに走り出した。

「すごく、嫌な予感?」多加志は恐る恐る尋ねた。

「見る? 見ない方がいいと思うけど」明日香は苦虫を噛んだような表情で言った。

 そのような表情で言われると、おぞましい光景がそこにあることが容易に想像できる。それならば見ない方が得策ではあるのだろうが、このような状況で明日香が見て、自分が見ないのはいかがなものか。男子たる者、である。多加志は恐る恐る扉に近づいた。

 そして、自分の行動を後悔した。

 テーブルと椅子は部屋の片隅にまとめて置かれている。そのため、部屋は殺風景であるはずだった。

 ところが、部屋の中心には見るも無残なものがあった。さらに言うならば、白を基調としているはずの床・壁は乱暴に塗ったペンキのようにところどころ白を残し、赤く染まっていた。

 それは明らかにそこにあるものから噴き出したものだとわかる。 

 それは、首のない人間と、その頭だった。


     3


「どう? 気分は良くなった?」多加志がトイレから戻ると明日香は尋ねた。

 三人は会館前の石段に腰掛けている。あの後、近野が駐在を呼びに行った。駐在の乾という男が到着した頃、多加志はトイレで呻いていたので彼は乾のことを直接は見ていない。明日香の話によると長身細身で頼りない感じ、らしい。実際、現場を見て腰を抜かしてしまったそうだ。今は本土と連絡を取るために駐在所に戻っている。

「どうして君は平気なのかな?」

「あれが西田さん?」多加志の話を無視して彼女は近野に尋ねた。

「いや……。あれは、三輪さんだ」長い沈黙で喉が乾燥していたのか、掠れ声で咳払いをしながら近野は答えた。

「三輪さん?」

「ああ、八百屋の親父だよ」

「じゃあ、西田さんはどこに?」

 近野は答えなかった。彼は答えを知らないし、だいたいのことは想像がつくだろう。

 いるべき人がいない場所に別の人物の死体があったのだから、答えはかなり明確である。

「どうすりゃいいんだ、これから」

「とりあえず、ここに来る人を追い払って」

 事件発見から二十分ほどたっている。数名がここを訪れたが、話をはぐらかして帰ってもらった。

 警察はいつ頃来るだろうか。船では三時間。ヘリコプターを使ったとしても、すぐにはこれないだろう。

 明日香が立ち上がった。黙って、建物の横を通っていく。裏口の方を見に行くのだろうか。

 何のために、と思ったが、とりあえず、多加志は動きたくなかった。

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