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Television 24h  作者: 多岐川暁
Chapter.I:TV307ch
6/6

Act.06

 玄関を出たところで、名前を呼ばれて圭は足を止める。圭の背後から歩いてきたのは、鋭司と但馬たち警察の三人だ。

「いいのか?」

「この場合、仕方ないだろ。こっちを片付けないといつまでも安心できない。次は母さんかもしれないし、鋭司の家族かもしれない。そんな半端な状況で放っておけない」

「分かった」

 ちらりと圭が背後を振り返れば、ラウンジで顔を覆って泣いている母親の姿が見える。そんな母親の姿に胸が痛まない訳ではない。けれども、それを振り切るように隣に立つ但馬に視線を向けた。

「送って貰えるんですよね」

「あぁ、送ってやるよ」

 その言葉で、もう一人の若い刑事が走って車を取りに行く。まだ名前すら聞いていないが、五〇半ばという但馬の部下なのかもしれない。

「あの、母には」

「何も言ってないし、こいつも何も言ってない。何がどうなって、こういう状況になってるのか全部吐いて貰うぞ」

「それは勿論全部話しますよ。むしろ、警察に連絡を入れるか迷ってたくらいですし」

 実際、バーチャカクテルだと分かった時点で、警察のことは頭をかすめた。ただ、それよりも状況変化が激しく、連絡を入れ損ねていたというのが正しい。

 回された車はセダンタイプの車で、警察御用達のものだった。助手席に但馬が乗り込み、後部座席に圭と鋭司が乗り込む。車が緩やかに走り始めたところで、圭は鞄から片手用キーボードを取り出すと膝の上に置き、ポケットからPCを取り出すと親指をあてる。

 この数日でアンドロイドに殺されそうになるし、バーチャカクテルが送られてくるし、ありえないくらい目まぐるしく変化している。

 本来であれば、アンドロイドについての情報収集がしたい。バーチャカクテルの方は、PCを扱わなければ、それほど問題がない。

 でも、アンドロイドは違う。いつ襲いかかってくるのか分からないそれは、かなりの脅威だ。

 だが、もぐりのアンドロイド製造業者はあちらこちらにあり、ネットから情報を見つけるには時間が掛かる。

 それなら、いま圭にできることはなにか。

 バーチャカクテルを送りつけてきた人間を洗い出すことだ。

 ネットという存在は、リアルで起きた物事を紐解くより、ネットで起きたことを紐解く方が数倍やりやすい。何よりも、余程の手練れでなければネットにある情報を消し去ることは難しい。

 鋭司に渡されたバーチャカクテル入りのPCに接続すると、まずメールのログを読み込む。予想通りログは偽装されていて、手掛かりになるものはない。

 今度はネットから鋭司の使うメールサーバに潜りこむと、メールサーバに残されたログを漁る。メールサーバに残されたログは、PCに残されたログよりも多大で情報が詰まっている。

 途中、ログが途切れていたりした部分はあったが、ログを消すにも、消したという新たなログが残る。問題はそのログを追い切れるかどうかだ。

 静かな車内でキーボードを叩く音が響くが、全く気にした様子もなく最初に口を開いたのは鋭司だ。

「雪の容態は」

「しばらく入院。悪いけど鋭司の紹介でSPを頼めないかな」

「分かった。すぐに手配する。雪とおばさんでいいんだな」

「あぁ、頼むよ」

「圭にもつけておいた方がいいんじゃないのか?」

「俺はいいよ。グラビティもいるし」

 鋭司の返答には間があり、咎めるような視線が圭に突き刺さる。圭自身、しばらく事務所に籠もるつもりだし、SPをつける意義を圭には見いだせない。何かあったとしても自業自得だ。

 それ以上何も言わない圭に鋭司は小さくため息をついた。

「……分かった。それでこれからどうする」

「勿論、あれを送ってきた人間を突き止めるよ。そっちはどうだった?」

「返事は保留だ。上の方で会議をするらしい。判断が遅い」

 鋭司の物言いに苦笑すると、膝の上で大人しくしているグラビティを撫でる。ふわふわとした触感は、刺々しい気持ちを少しだけ穏やかなものにしてくれる。

「さてと、そっちの話しが終わったならこっちにも分かるように説明しろ」

 但馬に言われ、圭は最初から全て包み隠さず今までのことを話す。

 バーチャカクテルの下りから但馬の眉間は深々とした皺が刻まれ、病院でアンドロイドに襲われた件を伝えれば、但馬は後部座席に身を乗り出した。

「アンドロイドがお前を襲ったのか? どういうタイプだ?」

「ヒューマノイドタイプだった。かなり新しいタイプだと思うけど、嫌な感じだった。じわじわ嬲り殺すような」

 よく無事だったという但馬に、その後のことを話せばこっぴどく怒られた。

 確かにビルから飛び降りるなんていうのは、自分でも無謀だったという自覚がある。

「こっちからも、何か分かれば多少の情報はくれてやる。だから、余り馬鹿なことするなよ」

「しませんよ……多分」

「お前の多分が、一番タチ悪いんだよ。それで前回も骨折までしたんだろうが」

「あー……そうでしたっけ?」

 身を乗り出した但馬に軽く頭をはたかれて、圭は唇を尖らせるしかない。けれども、圭の視線はモニターに釘付けで、会話を交わしながらも指先は手早くキーを叩く。

「とにかく、薬とアンドロイドの件に関しては俺たちの仕事だ。これ以上馬鹿みたいに動くんじゃねぇぞ」

「ちょっと待って下さいよ。ここまで俺が調べたんですよ!」

 圭は思わずモニターから但馬に視線を向ける。けれども、但馬からいつも以上に鋭い視線を向けられて、続く言葉が宙に浮く。

「おい、クソガキ。お前らがやりたいことは何だ? 罪を断罪することか?」

「つっ! ……真実を映すことです」

「だよな。犯罪者を捕まえるのは俺たちの仕事だ。馬鹿なことするな。SP必要なくらいヤバいことになってるなら、これ以上深入りするな。親を泣かすな」

 それを言われると、今の圭には痛いところだ。実際、圭自身、親を泣かせたい訳じゃない。ただ、曝いた真実をテレビを通じて見せたいだけだ。

 それでも悔しいと思うのは、掴みかけた欠片が手の中に残っているから。そして雪の敵を討ちたいと願う気持ちが少なくともあるからだ。

 キーボードを叩いていた手が止まり、圭はグッと手を握り締める。

 車内に大きなため息が落ちる。俯いていた圭はため息の原因である鋭司に視線を向けた。

「……分かりました。俺たちはこれ以上動かない。ここから先は警察に任せます。ただ、こちらが手に入れた情報だ。他の報道陣よりも先行してこちらに情報開示をお願いします」

「無茶言うな」

 話しにならないとばかりに、但馬は鋭司の言葉を切り捨てる。それに対して鋭司は、但馬に視線を向けることなく、僅かに俯いたまま薄い笑みを唇に浮かべた。

「でしたら、こちらからログの提供はしません」

「冗談だろ」

「もし、お約束頂けるのであれば、それ以上の情報を圭から提供します。どうです? 悪くない取引だと思いますが? うちの圭は優秀ですよ。恐らく、警察の抱えている情報屋より、優れた情報を引き出すことができる。薬の出所とか……」

 俯いていた鋭司が顔を上げ、身を乗り出していた但馬と視線が絡む。挑むような、睨み合うような、どこか緊迫した空気があり、傍で見ている圭は固唾を飲んで続く声を待つ。

 どれだけの間、二人は睨み合っていたのだろう。先に動いたのは但馬だ。鋭い顔つきから一変、どこか情けないような顔をすると、盛大なため息をついた。

「お前、公務執行妨害で逮捕するぞ」

「できるならどうぞ」

「親の権力笠に着やがって」

「利用できるものなら、大いに利用させて貰う性格なので」

「あー、こう言えばああ言う。本気で可愛くねぇよ。ガキのくせに」

「……情報はいらない、と」

「そうは言ってねぇよ! 分かった。お前らに先行して情報を流す。だから、ログと情報を寄越せ」

 どこかやけくそ気味な但馬に対し、鋭司の顔は平然としたものだ。けれども、その表情ほど内心は穏やかではないに違いない。

 鋭司は親の権力を使うことを嫌っている。もみ消しなんてものは、鋭司が一番嫌うことだ。それなのに少しでも優位に立つために、親の名前を使う。鋭司にとっては屈辱的なことかもしれないが、それだけ鋭司の本気度合いがわかる。

 身を引いた但馬は、助手席のシートに身体を預けながらブツブツ言っているが、鋭司は全て聞こえないことにしたらしい。

「圭、今なにをしてる」

「大河内の使ったネットのログを追ってる。鋭司にバーチャカクテルを送りつけてきたのは、やっぱり大河内だ」

「確定か?」

「ログが改ざんされていなければ」

 実際、ログを改ざんするのはそう難しいことではない。けれども、あの大河内がログを消して回るだけの細やかさがあるとも思えない。

「それ以外には何を調べてる」

「大河内が鋭司以外の誰にバーチャカクテルを送ったのかログを追ってる。バーチャカクテルであれば、ネットワークを利用して売買している可能性が高いし」

「大河内のPCに直接潜れないのか?」

「さすがに大河内のPCに潜りこむには厳しいよ。試してみたけどセキュリティが厳しいし、見た感じでは親のセキュリティと同じものを使ってる可能性が高い。政治家が使うようなセキュリティを解読するのは時間が掛かるよ。できないとは言わないけど、できたら避けたい方法かな」

 今はとにかく多くの情報が欲しい。一つのことに時間をかけてしまうのは勿体ない、と圭は思っている。それは鋭司にも伝わったらしく、鋭司は小さく頷いた。

「とりあえず、大河内が俺にバーチャカクテルを送りつけてきたログを但馬さんに渡せ。その後、調べて大河内がバーチャカクテルを送りつけてるなら、その名前も全て但馬さんに渡すんだ」

「いいのか?」

「残念ながら、薬にしろアンドロイドの件にしろ、俺たちに逮捕権がある訳じゃない」

「でも」

「いいから。まずは身の安全の確保が第一だ」

 それを言われると圭もこれ以上強くは言えない。納得はしていないけど圭は頷いた。そのタイミングでモニターにメールが表示される。

『但馬さんのGPSIDを抜いとけ』

 短いメールは鋭司からのもので、ログを渡すタイミングでGPSIDを抜けということらしい。どうして鋭司がそれを欲しがるのか分からない。

 無茶いいやがって、などと内心悪態をつきつつ、圭は慌てて警察のセキュリティ情報を調べ上げていく。本来であればキーボードを操作した方が早いが、但馬の手前、カタカタとキーボードを叩く訳にもいかない。

 わざわざ口にせずメールを送ってきた、ということは但馬には知られず、GPSIDが欲しいことが分かる。

 当たり前だが、警察や消防、救急などのハッキングはセキュリティが高く難しい。だが、警察には一度ハッキングを行ったことがあるので、その手順は既に知っている。

 前回ハッキングした時をセキュリティ情報が変わっていないことを確認してから、圭は前の席に向けてPCを差し出した。

 それに対して、助手席に座る但馬さんもこちらにPCを向けてくる。ネットを介さない赤外線の通信機能は、どちらかのPCがハッキングされていない限り他者に情報漏れはない。だが、赤外線通信している相手のデータを引き出すことは可能だ。

 思考から頭脳チップへ、親指を経由して命令すれば、データは但馬のPCにコピーされる。それと同時に、但馬のPCからGPSIDを引き出すと、そこで通信を遮断した。

「鋭司のところに送りつけてきたログ、それから先まで調べて分かっている分のログを送りました」

「大河内がバーチャカクテルを送った人間ってことか?」

「えぇ、まだ途中なので信用率は五〇パーセントくらいですけど」

「こっちとしては助かるな」

 振り返ってニッと笑う但馬に、圭はわずかに引き攣りながらも微かに笑みを浮かべた。

「ログがこっちにあるなら、まずは大河内だな。もし、大河内が口を割ってくれるなら、ログを漁らなくても済む訳だ」

 どこか楽しげな但馬に、鋭司が小さくため息をついた。

「あっちも政治家ですよ?」

「代々続いた政治家系だろうが、今の大河内なんて三流政治家だ。お前の親父さんにたてつくことに比べたら、ライオンと子猫くらいの違いがあるだろ」

「揉み消される可能性もありますが?」

「そんなこと俺が知るか。もし上からの命令で動けなくなった時には、お前らに情報くれてやる」

「問題発言ですね」

「今さら俺の問題発言を取り上げようとする奴なんていねぇよ」

 楽しげに笑う但馬に、鋭司は小さく肩を竦めただけでコメントはしない。そして圭は、ひたすらキーボードを叩く。

 隣でコール音がして、鋭司が会話を始める。どうやら理事長らしく、鋭司の返す言葉は丁寧なものだ。恐らく、放映についての解答に違いない。だが、幾分揉めているらしいことも、鋭司の言葉から見え隠れする。

 不正入試であれば大学内の話しだが、バーチャカクテルという麻薬まで絡んでくると大学内の話しでは済まない。

 警察も介入するし、大学としては犯罪者が出たということで痛手に違いない。テレビでは放映できない。その可能性は充分にある。

 だが、それを交渉するのは鋭司の役目だ。少なくとも圭が出張ったところで、こういう交渉事は鋭司の助けにはならない。

 それを知っているからこそ、ひたすら圭はキーを叩く。調べるのは、不正入試組のメンバー全員の居場所だ。PCのGPSを切る人間は少ないので、調べるのは容易だ。

 少なくとも大河内と矢萩の会話から色々売り歩いているのは確実だ。できるだけ早めに対処するべきだろう。そうでなければ、さらに麻薬は学内で広がっていく。

 恐らく扱っているのはバーチャカクテルという視覚麻薬だけではないはずだ。そうでなければ、個人で楽しめないだろうし個別で買う人間に売りつけられない。

 あくまでバーチャカクテルは複数人いないと楽しめない。一人で見れば廃人一直線だ。

 売買はリアルで行われているだろうが、それを探し出すのは難しい。だが、大河内たちの動きを見ていれば、どこで売買されているのか分かる可能性も高い。

 場所さえ分かれば、いざという時、グラビティだけ送りつけることも可能だ。そこで映像を撮れたら、それだけで但馬たちの助けになる筈だ。

 七名のGPSをつきとめ、そのまま追跡モードにすると、圭はようやくキーボードから指を離した。それと同時に、隣に座る鋭司も通信を終えた。

「どうだった?」

「了解が下りた。警察が出てきたんだ、どちらにしてもニュースで取り上げられる。それなら、うちで放送した方がクリーンなイメージが持てる、ということらしい」

「それでもイメージダウンは間逃れないだろうけどね」

 ため息混じりの圭の言葉に、鋭司からの返答はない。だが、聞いていない訳でもない。そんな会話を交わしている間に、車はスピードを落とし、エレベーター前に到着した。

「とにかく情報は渡す。お前らは下手に動くな」

 但馬に忠告されて鋭司と共に頷くと車を降りた。すぐに走り去る車を眺めていれば、隣に立つ鋭司が声をかけてきた。

「圭、但馬さんをグラビティに追わせろ」

「は?」

「俺たちが売りにしてるのは情報じゃない、映像だ。グラビティに追わせて、しっかり映像撮らせろ」

 ようやく、どうして鋭司が但馬のGPSIDを必要としたのか、その意図が分かる。

 慌てて持っていたPCから先ほど掠め取った但馬のIDをグラビティに送る。

「グラビティ、このIDの人間を追跡して、映像録画」

「エー、イヤデス」

「命令」

「……ワカリマシタ」

 もう本当に嫌そうなグラビティに苦笑していれば、グラビティは圭の周りをくるりと回った。

「ケイノメイレイダカラ、シカータナクイキマス」

「無駄口叩いたら、その羽もぎ取ってやる」

「ケイ、エイジガイジメマス!」

「お前ら大人げないよ」

「圭には言われたくない」

「ケイニ、イワレタクアリマセン」

 不機嫌を隠すことない二つの声に、圭としてはもう笑うしかない。何だか、変なところで気が合いすぎだ。

「はいはい、面倒くさいから、俺が一番大人げない、ってことでいいよ。とにかく、大事なことだから、グラビティ、頼むよ」

「……イッテキマス」

 渋々という返事ではあったが、グラビティが加速する。離れていくグラビティに「気をつけろよ」と声を掛ければ、グラビティがいつもよりも多く羽をパタパタと揺らした。

 機械音を残してグラビティが加速する。その姿が視界から消えるまで見送り、ようやく圭は鋭司とともにエレベーターへと乗り込んだ。

 一応、念のためにエレベーター前で二人乗りエアバイクを借りて事務所に戻ると、すぐさま鋭司にコールが入る。

 それを横目に見ながら、圭は部屋の奥へと移動するとコーヒーを二つ用意し、一つを会話中の鋭司に渡す。残った一つに口をつけながらソファに腰掛けたところで、通信を終えた鋭司が大きくため息をついた。

「どうかしたのか?」

「今回のバーチャカクテルの件で兄貴に呼び出された」

「あちゃー、まぁ、仕方ないよね。警察も絡んでるし」

「人ごとだと思って」

「だって、人ごとだろ」

 からかい含みで圭が答えれば、鋭司は再び大きなため息をついた。

「グラビティの映像、リアルタイムできてるけどどうする?」

「一応、こっちでも録画しとけ。俺は一度家に戻る」

「隠しカメラは証拠にならないよ」

「それはどうでもいい。実際に証拠を掴むのは警察の仕事。俺たちの仕事はただ真実を流すだけだ」

 確かに圭たちがするべきことは真実を流すことであって、罪を裁くことではない。下手な正義感を振りかざせば、テレビとしての信用を失うことになる。

 私情はあるけど、それを前面に押し出しては真実は違うものに置き換わる。あくまで客観的に報道しなくては意味がない。

「分かった。それじゃあ、俺はここで映像チェックしながら、ニュース用の映像作っておく」

「そうしてくれ」

 それだけ言うと、手にしていたコーヒーを一気のみした鋭司は、来たばかりの事務所から出て行った。

「さてと、俺もできることからやるかな」

 すぐに七人の居場所を確認したが、どういう訳が矢萩の居場所だけが特定できない。もしかしたら、PCの電源を落としているのかもしれない。

 けれども、残る六人の居場所は大学の裏庭だと分かる。それなら、矢萩もそこにいる可能性が高い。

 映像はグラビティが集めてくる。残された圭は、番組として成り立たせるために、番組を脳内に軽く組み立てる。三十分枠の中で、どういう流れにするのか、ナレーションをどこまで用意するのか。

 これらを考えるのは圭と鋭司の仕事だ。圭がナレーションを決め、鋭司が客観的な言葉に変換する。これがいつもの流れだが、今回は客観的に判断する鋭司がいない。

 不正入試の件と麻薬の件は別物だ。ただ、同じ人間が関わっている、というだけでニュースとしては別件扱いにするべきだろう。

 前に使った大学の映像を探し、それを今回用に繋げていく。追いかけられた時に使ったグラビティの映像も使い、少しだけエンタメ色もつける。

 不意に部屋中の電気が消え、薄暗闇に包まれて圭はモニターから顔を上げた。先ほどまでついていた照明の類は全て消えてしまい、あちらこちらで非常電源が入ったのか青白い明かりが点っている。

「こんな時に何でそうなるかな」

 ぼやきながら玄関先にあるブレーカーを確認したが、ブレーカーが落ちた様子はない。さすがに眉根を寄せてポケットPCで辺りの電力を確認したが、停電している様子はない。

 ただ、この家の電力だけが落ちている。さすがに圭は眉根を寄せながら、玄関先で腕を組む。

 テレビ局ということもあり、普通の事務所に比べてかなりの高電力を必要としている。強い電波を飛ばすということは、それだけ大きな電力を必要とする。

 このままにすれば、折角グラビティが送ってくる映像も編集ができない。

 だから諦めのように圭はため息をつくと、ポケットPC片手に地下に伸びる階段を下りる。

 高電力を必要としているため、事務所の地下には電気室が用意されている。機器を確認して、必要とあれば電力会社に連絡しなければならない。

 階段を下り、扉の前に立つと扉横にある認証パネルに掌を置いた。ピピッと短い音とともに扉が開き、青白い照明のついた薄暗い部屋に足を踏み入れた。

 電気室は室内と外から、どちらからでも入れるようになっている。電気会社が定期的に検診にくることもあり、外から電気室に入るには電気会社の認証カードを持っていれば入れるようになっている。

 室内からは外へ繋がることもあり、どちらから出入りするにしても、電気室に出入りするにはそれ相応の認証が必要となる。

 電気会社に説明された機器へ足を進めると、電気盤と呼ばれている機器の蓋を開けた。

 そのタイミングで、視界の端にぼんやりとした明かりが映る。思わずそちらに目を向ければ、長い光彩が振り上げられた。

 狙い定めたその光彩と勢いに気が取られ、一歩下がったところで何かにつまずき後ろへひっくり返る。

「いってー」

 大きく尻餅をついたこともあり、その痛みに顔をしかめて声を出す。先ほどまで圭がいた場所には打撃音とともに、淡く光る眺めの棒が床に振り下ろされていた。床に当たった途端、棒はジジッという音と共に小さく放電する。

 電気を利用したレーザー警棒は、警察が携帯している。だが、時折ジジジッと放電することからも、警察で使われている物よりも電圧が高いことが分かる。

 ネットで売買されているレーザー警棒は違法な物だ。殺傷能力が高く、軽く当たるだけでも肉を抉る。

 あれが圭に当たっていたとしたら、かなりシャレにならない事態だ。

「ちょっ、何?」

 視線がレーザー警棒から手元、そして顔まで上がると、その見覚えのある顔に目を見張る。

「矢萩……」

「何で津守がここに……」

 お互いに目を見開いた状態で、青白い薄闇の中、視線を逸らさず見つめ合う。

 電圧の高いレーザー警棒を手にする矢萩が、何の為にここへいたのか。先ほど振り下ろされたレーザー警棒の勢いから、分かる気がして圭はカラカラに渇いた喉でどうにか唾を呑み込んだ。

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