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Television 24h  作者: 多岐川暁
Chapter.I:TV307ch
5/6

Act.05

 大河内について調べていたが、鋭司の言う通りアンドロイドに繋がる部分は何も見つからない。カタカタとキーボードを鳴らしながら指先を走らせていれば、スネを蹴られた。

「何するんだよ」

 文句を言いつつも視線を向かいに座る鋭司に向ければ、モニターに釘付けになっている鋭司がいる。

「さきから何度も呼んでる。メールが送られてきたが、何か変だ」

「変って何だよ」

「モニターから視線が外せない」

「なっ!」

 勢いよく立ち上がると、鋭司が手にしているPCを奪い取りバッテリーを抜いた。途端に鋭司の身体が力が抜けるのが分かる。

「……何だ、今のは」

「バーチャカクテル。名前くらい聞いたことあるだろ」

「あぁ、映像麻薬の……あれがそうだったのか」

 気分が悪いのか平然とはしているものの、鋭司の顔色は酷く青ざめている。圭自身はバーチャカクテルを直接見たことはない。ただ、バーチャカクテルを見ている人間を撮影した映像は講義で見せられたことがある。

 視線が外せなくなり、徐々に身体の自由がきかなくなる。視神経から伝達される映像が脳に刺激を与え続け三分もすれば表情がなくなる。五分もすれば口から涎を流し、廃人のできあがりだ。

 実際バーチャカクテルで楽しむ人間は三分程度で切り上げて、身体中の感覚が狂ったその状態を楽しむらしい。仲間がいないと危険な遊びは、わずか数分の誤差で廃人になる。

「少し横になってた方がいいよ」

 それだけ言い残すと、圭はすぐさまキッチンでミネラルウォーターをグラスに注ぐ。グラスを持って鋭司のところへ戻れば、余程気分が悪いのか、言われた通りに鋭司は三人掛けのソファに横になっていた。

「どれくらい見てた?」

「一分くらいだ」

「ならすぐに回復するだろ。五分も見てたら廃人コースだったよ」

「だったら、呼んだ時点で気づけ」

「悪かった。PC借りる」

 鋭司にグラスを渡してから、テーブルに置いてある鋭司のPCを手に取ると、再び向かいのソファに腰を下ろした。直接、圭のPCに繋ぐには危険すぎて、途中に鋭司から貰って構わないと言われていたPCを経由して鋭司のPCに繋ぐ。

 圭のPCから間接的に鋭司のPCを見れば、メールが送られてきていることが分かる。そして、そのメールが鋭司が開いた途端に、他の人間に送られていた。

 それを確認した途端に圭の背筋に冷たいものが伝う。

 鋭司のPCから送られた先は、鋭司の両親、そして鋭司の兄である遼、それから雪と圭に対してだった。

 勢いのままに接続ケーブルを抜くと、病院で渡された鋭司のPCを鋭司につきだした。

「今すぐ、両親と遼さんに連絡入れろ。メールを開くなって」

「どういうことだ?」

「鋭司のPCに登録されていたアドレスにバーチャカクテルが送られてる。雪にもだ」

 さすがに鋭司ものんびりはしていなかった。手にしていたグラスを置くと、すぐにソファから起き上がり連絡を取り始める。

 圭もすぐさま自分のPCで雪に連絡を入れるが、どうやっても繋がらない。すぐにPCからネットに接続すると、いつもであれば経由するところをすっとばして雪のPCに直接繋ぐ。

 本来であればこんな無茶はしない。経由をしなければ、圭の使用回線は無防備になるし、これだけ派手に動けばセキュリティー会社にも目をつけられる。けれども、それを気にしているだけの余裕もない。

 一直線に雪のPCに入り込むと、システムに負荷をかけて無理矢理PCの電源を落とした。途端に雪のPCからはじき出され、圭は慌ててログを消し始める。

 そんな最中、圭のPCが派手な音を立てて鳴り響く。母親からの緊急連絡であり、圭はログを消すのも途中で通信を繋げた。

 途端に悲壮な顔をした母親の顔がモニターに映し出される。

「どうかしたの?」

「雪が……雪が急に倒れて」

 映像が母親から雪に移る。雪は青ざめた顔をして、わずかに身体を震わせている。強制的に接続を切断したものの、すでに雪はバーチャカクテルを見てしまった後だったらしい。

「病院に救急入れて。俺も直接、里見病院に向かうから。落ち着いて、大丈夫だから」

 大丈夫だと言ったものの、実際、大丈夫だという確信は圭にもない。バーチャカクテルの種類はさまざまで、解析には時間が掛かる。

「でも、痙攣起こしたみたいになってて」

「とにかく救急。痙攣が酷いようなら舌噛まないように気をつけて。母さん、きちんと連絡入れられる? それとも俺から入れる?」

「……大丈夫。とにかく連絡入れてみるわ。……どうしてこんなことに」

 最後の呟きは独り言だった様子だけど、しっかりと圭の耳に届いた。その言葉に苦いものを飲み込む気分で目を瞑る。

 雪にテレビ局を辞めて欲しいと言われたのは今朝のことだ。それだけに耳が痛い。でも、今考えるべきことはそれじゃない。

「鋭司、そっちは?」

「こっちは誰もメールを開いてないから問題ない」

「そう。俺、これから病院行ってくるから」

「俺も行く」

「鋭司、まだ顔色悪いよ」

「俺がいた方が里見先生に説明が早い。それに今は別行動される方が怖い。大河内が言ってた薬はこれだな」

「不正入試曝くのにとんでもない物拾った気分だよ」

 ため息混じりに言いながら、圭はテーブルの下から、さらに小型の片手用キーボードを取り出すと鞄にしまう。

「どうするつもりだ?」

「反撃するよ? 勿論、正当に」

「正当に、な。お前が情報拾う間に上と掛け合う。ゴーが出ればテレビで不正入試と絡めて一気に出す」

「頼む」

 話しながらも事務所を歩き回り、必要な物を鞄に詰め込む。どうしようか悩んだ末にグラビティも鞄の中に入れて、直すための工具類も詰め込んだ。

「セマイヨ、クライヨ」

「ごめん、少しだけ我慢して」

「ケイガイウナラ、ガマンスル」

 とても納得していない音声ではあったけど、その声を聞きながら鞄を担ぎ上げる。グラビティが入っているためにかなりの重量になる。

「圭、出るぞ」

「分かってる」

 既に部屋を出た鋭司の声に慌てて玄関に向かって走る。外に出ると走るようにしてエレベーターに乗り込む。エレベーターの壁に身体を預け、少し前屈みで膝に手を当てる。

 心臓がうるさいぐらいバクバクしているし、酸素が足りない。

 そんな圭の横で鋭司は平然としたもので、体力のなさに少しだけ落ち込む。いや、一緒に走っていた鋭司が息切れしていないからこそ、体力差に落ち込む。

 他人と自分を比べても意味はない。けれども、こうして一緒に行動していると鋭司と圭の差は如実に表れる。

 少し悔しいと思うくらいのことは許してほしい。いや、少しなんかじゃない。本当は凄く悔しい。

「お前、本当に体力ないな」

「……仕方ないじゃん」

「圭でも乗れるエアボード作ればいいだろ」

「あー、その手があったか」

 息切れしながらもそれに答えると、隣で鋭司はポケットからPCを取り出した。

「これは圭に渡しておく」

 そう言って手渡されたのは、先ほどバーチャカクテルが送られてきた鋭司のPCだ。

「あぁ、あとで解析してみる。」

「分かった」

 こんな状況だ。圭が使っているセキュリティソフトを鋭司のPCにも入れるべきかもしれない。

 けれども、PCはプライベートなものだ。だからこそ、それを言葉にするにはためらいがある。けれども、今は楽観できる状況でもない。

「病院についたら、鋭司のPCに俺が使ってるセキュリティソフト入れるよ」

「圭が作ったのか?」

「そ、自分で作った。PCから持って行かれたら困るデータ結構あるし」

「そういう物があるなら早く言え」

「でも、一応プライベートな物だし」

「俺のプライベートを抜いて、切り売りでもするのか?」

 鋭司の顔は意地悪く、口の端がわずかに上がっている。それだけでからかわれているのは分かったが、いつもからかわれるばかりでは面白くない。

 だから、ことさら真面目な顔で鋭司を見上げた。

「そう思われるのが嫌だから今まで言ってなかったんだよ」

 途端に鋭司の顔から笑みが消える。

「別に本気で言ってる訳じゃない」

「だろうね」

 圭が肩を竦めて見せれば、呆れたように鋭司はため息をついた。

 鋭司がどれだけプライベートな情報をPCに入れているのかは分からない。ただ、親の関係もあり、そういう危険性は本人も分かってるんだろう。

「しないよ。鋭司のプライベート売るような真似はさ」

「俺だってするとは思ってない」

 憮然とした顔で言われてしまい、圭は少しだけ苦笑した。鋭司がわざわざ口にするということは、疑ったことを口にした謝罪含みなのだろう。

 長い付き合いだからこそ分かるけど、傍から聞いたら分かりにくいに違いない。

「もう少し言い方考えればいいのに」

 口にするつもりはなかったけど、つい呟いてしまっていたらしい。

「何か言ったか?」

 鋭司に問い掛けられて、圭は緩く首を横に振った。

「一応冗談だったんだけど」

「だったら、もっと分かりやすいものにしろ」

「はいはい」

 そんな遣り取りをしながら地上へ到着すれば、エレベーター前の通りには車が一台止まっていた。黒塗りの車は圭も目にしたことがある。

「乗れ」

「車、用意したんだ」

「急いでいるんだろ」

「サンキュ」

 扉を開けて待つ運転手に一礼してから乗り込むと、ゆったりしたシートが向かい合わせになっている。お互いにテーブルを挟んで乗り込むと、圭は持っていた荷物を座席に置くなり、鋭司に手を差し出した。

「PC貸して。今の内にプログラムインストールするから」

 唐突な圭の言葉に鋭司は何か言うこともなくPCを差し出してきた。こうして、素直にPCを差し出す時点で、鋭司には信用されていることが分かる。

 少なくとも立場は全然違う圭でも、鋭司相手にPCを差し出せるかというと迷うところだ。特に圭のPCには色々な物が入っている。

 既に使用不能となったPCにも色々入っていたが、あれが水没したのはホッとしたくらいだ。

 早速圭のPCと鋭司のPCを繋ぐと、セキュリティプログラムをインストールしてしまう。インストールが終わるとすぐに鋭司にPCを返す。

 次に工具類を用意すると、鞄の中からグラビティを取り出す。

「ケイ、クラクテコワカッタ」

「ごめんなー」

「……それに怖いなんて感情あるのか?」

 ぼそりと隣で鋭司が呟いていたが、面倒なので圭はあえてそれを黙殺した。

 グラビティは鋭司の言葉にブツブツ文句を言っているが、余りの小さな声で何を言っているのか分からない。そして、鋭司の一睨みで沈黙する。

「これから浮遊チップ取り付けるから、一旦電源落とすよ」

「リョーカイ。ホウチトカ、ゼッタイナシデスヨ」

「しない、しない。五分後には起動してやるって」

「ワカリマシタ」

 その返事を聞いて、膝の上でグラビティを転がすとひっくり返して蓋を開く。スイッチを切ると、わずかな稼働音が止まり、圭はドライバーを手にした。

 正直、グラビティの重量から考えると、圭の鞄に入れて持ち運びするにはかなり辛い。転がって移動も可能だけど、やはり段差などは心配になる。それなら、浮かせておくのが一番安全だ。

 壊れた浮遊チップを交換すると、外したケーブル類をAIチップと繋げていく。こういう時、ソケット式にしておいて本当に良かったと思う。

「そのまま黙らせておいたらどうだ?」

「お前ねぇ……どうしてグラビティと仲よくしないかなぁ」

「それは、こいつが何かと突っかかってくるからだ」

「いや、それ以前に鋭司がグラビティをからかうから、突っかかるんだと思うけど」

「……」

 どうやら自覚はあるらしいので、それ以上は突っ込みも入れずに小さくため息をついた。

 全ての回線を確認してからドライバーでチップを納める部分の蓋を閉める。スイッチを入れると、再び稼働音が小さく聞こえ、圭は蓋を閉じた。

 圭が手を離した途端、グラビティはふよふよを浮かび、機械にも関わらず欠伸の音声を漏らす。ただ、機械音声なので、そのわざとらしさが笑いを誘う。

「オハオウゴザイマス、ケイ」

「おはよう。調子はどう?」

「ゼッコウチョウデス」

「それはよかった。今後、何が起きるか分からないから、できるだけ録画機能を動かしておいて」

「ワカリマシタ」

 グラビティの内部は鞠のように配線が張り巡らせてある。そこには無数のカメラが設置されていて、それら全てがグラビティの目となる。だから、グラビティの視界は三六〇度見渡すことができる。

 だが、録画されるのはその一部のみだ。メインカメラは四台ついていて、グラビティの判断で録画は開始される。

「ケイ、イツモヨリコワイカオニナッテル」

「あー……雪が具合悪くなったから……」

「シンパイデスネ」

 グラビティの声に圭は一つ頷いた。

 そのタイミングで病院前に車が到着し、鋭司は圭と共に車を降りる。

 足早に受付に行くと、雪について受付アンドロイドに問い掛ける。雪が用意してくれたPCで身分証を提示すれば、隔離病棟にいることを伝えられる。

 一緒にいた筈の鋭司を探せば、病院の出入り口の辺りで誰かに連絡を入れている姿が見える。

「グラビティ、悪いけど鋭司についていて。グラビティは中に入れないから」

「ワカリマシタ。ユキチャンにヨロシクツタエテクダサイ」

「……伝えられたらね」

 雪が現時点でどういう状況になっているのか分からない。PCで鋭司に隔離病棟にいることを伝えるメールを送りながら、案内表示に従い隔離病棟へ足早に進む。この病院には何度も足を運んでいるが、隔離病棟に行くのは始めてのことだった。

 廊下を歩いていると徐々に人影が少なくなり、隔離病棟の受付に到着する頃には圭一人だけが廊下を歩いていた。

 隔離病棟に到着すると、まず最初に圭は眉根を寄せた。隔離病棟の入口は固く扉が閉ざされ、その扉横には受付がある。

 先ほどと同じように身分証を提示すれば、五番だと案内される。扉が自動で開き、中へ入れば廊下が続くだけだ。中に足を踏み入れると、両側の壁だと思っていた部分は、全て部屋があるらしく部屋番号が表示されていた。

 しばらく歩くと、突き当たりにある右側の壁がなくなり、そこに扉が現れる。どうやら、案内された場所のみ壁が開く仕様になっているらしい。

 それに気づくと、突き当たりの壁だと思っていた部分も開くようになっていることに気づく。

「まるで牢屋だな……」

 そう呟きながら目の前にある扉にPCを翳すと扉が開く。中にいたのは母親と里見、里見の他に医師が一人と看護アンドロイドが一体。そしてベッドに横たわる雪は、両手両足を拘束されベッドに括りつけられていた。

「……雪」

 予想していたよりも酷い状況に、思わず圭の声が掠れる。

「圭くん」

 扉のすぐ横にいた里見に声を掛けられ、圭は勢いのまま里見に詰め寄った。

「あの、雪の状態は!」

「バーチャカクテルについての知識はありますか?」

「基本的なことなら」

「今は第二段階です。恐らく目覚めれば、しばらくの間は禁断症状が残ります。診て貰ったところ、短くても二週間は入院が必要です」

「それじゃあ、身体への影響は」

「一時的に禁断症状はでますが大丈夫ですよ。止めたのは圭くん?」

 問い掛けられて、答えに言いよどむ。いや、言いよどんだ時点で答えになっていたのかもしれない。

 里見を押しのけるようにして目の前に立った母親が手を振り上げる。怒りを隠そうともしないその表情で、圭はとっさに奥歯を噛みしめた。

 頬に衝撃があり、母親の手で叩かれたことが分かる。

「圭、あなたは一体何をしてるの! どうして家に戻ってこないの! どうして雪がこんなことに……」

 衝撃で逸らしてしまった視線を戻せば、母親は涙目で圭を見ている。

「お願いだから、危ないことは辞めてちょうだい!」

「……ごめん」

「もう家族を失うのは嫌なのよ!」

 圭の服を掴みそのまま泣き出した母親に、どう声を掛けていいのか分からない。

 子どもの頃、どこかお嬢様めいた母親は、父親が亡くなってから酷く苦労して圭と雪を育ててくれた。料理の注文もままならず、掃除ロボを使いこなすこともできなかった。

 子どもを育てるために慣れない仕事を始めて、体調を崩すことも多かった。そんな母親だからこそ、圭は感謝しても感謝しきれない。

 それなのに、こうして自分が母親を泣かしているのかと思うと、何を言えばいいのか分からない。

「本当にごめん。これからはできるだけ家に帰るようにするし、雪や母さんを巻き込んだりしない」

「圭のことも心配してるのよ! あんなことがあったのに……」

 胸にすがりついて泣く母親に、圭はどうすればいいのか迷う。現時点でテレビ局を辞めるつもりはない。けれども、こうして親を泣かせたままでいいとも思えない。

 確かにこうも危険続きであれば、もともと心配性の気があった母親が泣いて縋るのも無理はないと思う。

 母親の言うあんなこと、というのも前のセクハラ事件で圭が骨折したことを言っているのだろう。つい最近、里見からも同じように注意をされたばかりだ。

「律子さん、少しお休みしましょう」

 そう言って間に入ってくれたのは里見だ。ハンカチを片手に泣く母親を圭から離すと、促すように部屋の外へと出て行ってしまう。

 残された圭は、重い足取りで雪が眠るベッドへ近づく。ベッドでは酷く青白い顔をした雪が眠っていた。

 雪のトレードマークとなっているツインテールは解かれ、長い髪はサイドにまとめられている。それだけで、いつもの覇気が見えず、圭は眉根を寄せた。

 すぐ隣で医師が説明してくれるのをぼんやり耳に入れながら、顔色の悪い雪を見下ろす。今は眠っているけど、次に起きたら禁断症状に襲われる。それを考えるだけで気は重くなっていく。

 一層、自分であれば自業自得だったが、こうして家族に累が及ぶのは圭の本意じゃない。

「夏休みで良かったですね。ただ、バーチャカクテルは麻薬の一種です。ご本人が使用した訳ではない、という証拠が必要となります」

「それはログが残っているので大丈夫です」

「それでしたら、これから警察が来ますのでログを提出して下さい」

「分かりました」

 それだけ言うと、医師は立ち上がり部屋を出て行く。室内に残されたのは看護アンドロイドと、圭だけになり空調だけがやけに耳につく。

 ログは圭のPCにも雪のPCにも残っているから問題ないだろう。

 警察沙汰になったのはこれで二度目になる。前回も色々と怒られたものだが、今回も同じ人間であれば説教の二つや三つされるに違いない。

 しばらく顔色の悪い雪を見つめていたが、看護アンドロイドが言う「面会時間は残り五分です」という声で、圭は我に返る。

 とにかく、今ここで悔やんでいても何もできない。これ以上何か起きる前にどうするべきか。

 大元にいる、バーチャカクテルを鋭司に送りつけてきた人間を見つける以外方法はない。枕元にある雪のPCを手に取ると、ベッドで横たわる雪の頭を撫でる。

「ごめんな、不甲斐ない兄ちゃんで。でも、絶対犯人見つけるから」

 それだけ言うと圭は病室を後にした。廊下に出た途端、壁が閉まり扉を隠す。

 完全に隔離された病室に雪が一人でいる。それを考えると胸が痛い。いつもであればこうるさいと思う妹だけど、人一倍寂しがりやなのは知っている。

 隔離病棟を出ると、途中にあるラウンジで里見と母親は座っていた。その横にはスーツ姿の男が二人、そして鋭司が立っていた。スーツ姿の一人に見覚えがあり、圭は慌ててその集団に駆け寄った。

「お久しぶりです、但馬さん」

 声を掛ければ、全員の視線が圭に集まる。

 前回の事件で知り合った但馬は刑事だ。視線が合った途端、苦い顔をされてしまい、圭としては苦く笑うしかない。

「骨はくっついたのか?」

「ばっちりです」

「また無茶してるらしいな、このクソガキ」

 伸びてきた但馬の手が圭の頭を掴み、かなり強引に左右へと振る。

「ちょっ、商事さん! 頭が馬鹿になっちゃいますって!」

「親に心配掛ける奴は充分馬鹿って言うんだよ。おら、事務所戻るってなら、聴取ついでに送って行ってやる」

 但馬の言葉で圭は鋭司に視線を向ければ、鋭司は小さく肩を竦めて見せただけだ。どうやら、但馬の言葉に乗るということらしい。

 そんな鋭司に圭は小さく頷くと、改めて椅子に座ったままの母親の前に立ち、勢いよく頭を下げた。

「ごめん、母さん。俺、しばらく家に帰らない」

「何言ってるの! 圭にまで何かあったら」

「うん、あったら困るから、今後こんなことないようにしてくる」

「圭?」

「いつも心配掛けてごめん。でも、どうしても今辞めたくないんだ。しばらく事務所に泊まり込むよ」

「圭、危ないことは」

「ごめん」

 それだけ言うと、すぐさま病院の出入り口へと向かう。背後で母親が名前を呼んでいるけど、今はそれを聞こえないふりをして足早に歩く。

 心配してくれるのは申し訳ないと思う。でも、やると決めた時から、どうしようもなくなるまで続けてやると思って始めた。今さらそれを覆すことはできない。

 ただ、今後も続けていくつもりなら、家族の身の安全だけはきちんとしないといけない。歩きながらも、圭は掌を決意と共にグッと握り締めた。

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