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Television 24h  作者: 多岐川暁
Chapter.I:TV307ch
2/6

Act.02

 結局、データ精査して鋭司と話し合っている内に深夜になってしまった。鋭司は家に帰ったが、圭はそのまま七名の祖父母のデータを引き出すために事務所に残った。

 目が覚めた時には辺りにコーヒーの香りが漂っていて、机に突っ伏していた身体を起こせば、向かいのソファには呆れた顔でこちらを見る雪がいた。

「……昨日、帰ってこなかったからお母さん、心配してたよ」

「あー……ごめん、ちょっと熱中しすぎた」

「だからって、連絡入れてくれたらいいのに。何度もPCに連絡入れたんだよ」

 雪に言われて机の上にあるPCを見れば、十件以上の連絡が入っていた。

 何事にも大らかな母親だが、心配性なところもある。連絡も入れなかったから、かなり心配していたに違いない。

「鋭司くんに連絡入れて、お母さんに説明して貰ったんだから、きちんとお礼言っておいてよ」

「悪かった」

「それから、お母さんにも謝る」

「分かってる。帰ったらきちんと謝るよ」

「それから、これ」

 そう言って雪が差し出してきたのは、圭がいつも寝る前に必ず飲む薬だ。子どもの頃から気管支の弱かった圭は、この薬を飲むことが日常になっていた。

 一日一回、夜寝る前に飲むだけだから楽なものだ。けれども、このこともあるから余計に母親は心配したに違いない。

 水を持って来てくれた雪にお礼を言いつつ、すぐに薬を飲みこむ。

「オハヨウ、ケイ」

 喜び懐いてくるグラビティに、圭も挨拶をして丸い頭を撫でてやる。果たしてAIがこうして喜ぶのかは分からない。だが、懐いてきた時には必ずこうしてやる。

「……私も心配した」

 ボソリと呟く雪に、苦笑しつつも圭は椅子から立ち上がった。最近は生意気になってきたと思っていたが、それでも大事な妹だ。

 圭が連絡を入れなかったことで、雪に心配させたに違いない。そうでなければ、こんな早くから雪が事務所に顔を出す筈もない。

 だから、雪の前に立つと、ツインテールになっている髪型を崩さないようにヨシヨシと撫でてやる。

「ありがとな」

「別にお礼言われるほど心配してないもん。……コーヒー、冷めちゃうから早く飲んで。学校遅れるよ」

 言われて時計を見れば、一コマ目が始まる三十分前だ。確かに急がないといけない。

 慌てて机の上に用意されていたトーストとコーヒーを口にすると、用意してくれた雪にお礼を言って事務所を後にした。

 朝のエレベーターは大抵混雑する。俗に言う通勤ラッシュというもので、人に押されるようにして乗り込むとうんざりする。

 他に移動手段は地上とアンダーグラウンドの間を走っているリニアだ。中層階で止まったエレベーターは、そこで大半の人間を吐き出す。

 半数になったエレベーターに圭は小さく息をつくと、軽い頭痛にこめかみを指先で抑えた。

 地上に到着してエレベーターを降りると、圭は大学に足を向ける。大学の敷地内に入ると、知った顔が挨拶をしてくる。足を止めることなく圭も挨拶を返しつつ教室へ進む。

 ふと前を見れば、同じゼミを選択している深町が、やたら大きな荷物を持ってヨロヨロと歩いている。慌てて駆け寄ると、上にある箱を一つを持ってやる。それは圭が思っていたよりも重いものだった。

「あ、圭くん」

 見慣れた顔は、同じデジタル史学のゼミを受けている深町だ。その深町の周りをグラビティがぐるぐると回る。

「フカマチサン、フカマチサン」

 微妙にご機嫌なのは、深町がよくグラビティのことを構うからだろう。

「だめだよ、今は。崩れたら危ないから」

 グラビティに注意するけど、グラビティは余程浮かれているのか深町の言葉を聞いていない。

「こら、グラビティ。危ないって言ってるだろ」

「……ゴメンナサイ、ゴメンナサイ」

 渋々という様子で圭の元に戻って来たグラビティに、圭はため息をつき、深町はクスクスと笑う。

「どうしたの、これ」

 圭は気を取り直して深町に問い掛ければ、深町は少しだけ困ったように笑う。

「教授に頼まれちゃって」

 そう言って笑う深町は、同じデジタル史学というゼミを選択している。お互いに人見知りしないタイプということもあって、話しをすることも多い。

「女の子に無茶言うね。どこまで運ぶの?」

「教室まで。これから授業あるんじゃないの?」

「あるけど、運んで戻ってくるくらいの時間はあるから大丈夫だよ」

 笑って圭は答えたけど、実際、時間は結構ギリギリだ。それでも、一コマ目はさほど時間にうるさい教授ではないから、問題はないだろう。

 お互いに雑談しながら話しをしていると、廊下の向こう側から歩いてきた男が、慌てたように駆け寄って来た。

「美和」

「章ちゃん」

 駆け寄ってきた男は、圭にとっても知らない人物ではない。といっても、深町の彼氏だから知っているというだけで、実際に話したことは余りない。

 そして、昨日鋭司から渡された七名の一人でもある。まさかの接触に、圭は顔の強張りに気をつけつつ、深町と共に足を止めた。

「教授に頼まれちゃった。それで、圭くんに手伝って貰ってたの」

「教室まで?」

 問い掛けに頷く深町から、矢萩の視線が圭へと向けられた。

「ヤハギサンダ、ヤハギサンダ」

 途端に圭の上でグラビティが話しだし、圭としてはかなりギョッとした。一応、念のためと思って昨日、グラビティに七人のデータを送っておいた。

 接触がないのに、矢萩の名前を知っているのは、いくら何でもおかしく思われるだろう。圭の予想通り、矢萩は不思議そうな顔で飛んでいるグラビティを見ている。

「オレのこと知ってるの?」

 矢萩の問い掛けは圭に向けてだ。それに対して、圭は背筋に汗をかきながら、口から出任せで答えた。

「深町さんと話してる時によく名前が出てきたから」

「美和……一体、どんな話ししてるんだよ」

 少し情けない顔をして深町に視線を向けた矢萩に、圭はひきつってないかと苦心しながら笑みを浮かべた。

「別に変な話しは聞いてないよ。時々、のろけるだけで」

「圭くん!」

 真っ赤になって照れる深町に、圭は自然と笑ってしまう。ごまかすために出てきた言葉だったけど、悪くない言い訳だった。

 言われた矢萩も少し赤らんだ顔をしていて、傍から見ていてもお似合いのカップルだ。

「そんなに照れなくてもいいじゃん。本当のことだし。ついでに言っておくと、グチは一度も聞いたことないから」

 最後の言葉は矢萩に向けたもで、少し照れた顔をした矢萩は穏やかに笑う。それから、圭に両手を差し出してきた。

「オレが持つよ」

 そう言った矢萩の顔に、嫌味なものは一つもない。通りがいいけれども、うるさいとは思わない声。牽制する意図が見えないことにも圭は好感を持つ。

 困っている人がいるとつい助けてしまう圭は、女の子たちの手伝いをしたために、その恋人である男に冷たい目で見られることが多い。

 牽制や嫌味は受け流せても、気分がいいものではない。

 それでも、再び手を貸してしまうのは、そういう男ばかりじゃないことを知っているからだ。少なくとも、圭が付き合いのある男連中に、当てこするような奴はいない。

 そうした中で、圭にとって矢萩はかなり好感度の高い人間だった。

「それじゃあ、俺も一コマ目あるから任せるよ」

 素直に圭は持っていた荷物を矢萩に渡すと、矢萩はお礼を言って口元を緩めた。優しげな笑みから、人の良さも伺えた。

 実際、深町から聞いている矢萩は、人が良すぎてたまに心配になる、というものだった。実際、こうして矢萩に会うと深町の言葉も納得できる気がした。

 ただ、そんな矢萩が裏口入学という言葉と結びつかない。押しの弱そうな感じからも、もしかしたら両親に説得されたのかもしれない。

 矢萩の父親は、病院の院長だ。系列病院ではあるが、それでも院長ともなれば裏口入学に積むだけの金には困らないだろう。

 手を軽く振って二人と別れると、圭は教室に向かって歩き出した。けれども、矢萩のことを考えるとついしかめっ面になってしまう。

 不正を曝く、ということは周りにいる人にも害が及ぶ。圭たちが不正入学について曝いた時、深町がどうするのか考えると、圭は胃の痛みを覚えた。

 今まで曝いてきたことは、身近な人間のことではなかったから余り深く考えていなかった。

 鋭司と一緒にテレビ局を初めて半年。ここにきて、初めて鋭司の言っていたジャーナリズムという命題を突きつけられた気がした。

 最初にテレビ局の話しを持ちかけられた時、鋭司に問われた。

「もし、家族に犯罪者がいても、それをテレビに流すことはできるか」

 圭の家族は母親と雪だ。だが、二人は余りにも犯罪というものから縁遠すぎて、軽く想像するだけで頷いてしまった。

「悪いことをしたなら、それは仕方ないだろ」

 確かそんなことを鋭司には言った気がする。今思えば、どれだけ考えなしだったのか分かる。

 鋭司の問い掛けが耳に痛い。果たして、鋭司が言うようなことがあった時、自分は本当にできるのだろうか。それは圭自身の中に、答えがなかった。

 苦い思いで講義を受け、昼食時間になると食堂に向かう。それを目にしたのは偶然だった。グラビティと話しながら廊下を歩いていれば、急にグラビティが声を掛けてきた。

「アソコニ、サンニンイルヨ」

 その声に思わず足を止め辺りを見回すが、圭の視界に三人組の姿はない。視界の範囲では一人、もしくは二人連れ、それ以上になれば五人以上の団体さんだ。

「どこだよ」

「ソトダヨ、ソト」

 言われてようやく窓の外に視線を向ければ、人気のない裏庭に矢萩の姿がある。矢萩の他に二人いて、その顔に見覚えがある。

 念のためグラビティに確認すれば、二人も昨日送ったデータと一致した。

 その瞬間、圭は廊下を走り出す。学部も違う三人が顔を合わせるなんて偶然ではないだろう。

 圭は慌てて二階から一階へ階段で駈け降りる。大抵の人間はエレベーターを使うので、階段に人気はない。

 一気に一階まで駈け降りると、一階についてからは足早に移動した。走っていれば嫌でも人目につく。圭の顔を知っている人間も多い中で、目立つ行為はまずい。

 鋭司とは違い、ごく一般的な顔をした圭であれば、余程目立つ行動をしなければ人目につくこともない。歩きながらも、飛んでいるグラビティに声を掛けて小脇に抱える。

 飛んでいることと色彩が軽く見えるグラビティだが、それなりの重さがある。足早に出入り口から出て裏庭に回る頃には、かなり息切れしていた。

 身体が弱いということを言い訳にせず、少しくらい運動をしておくべきだった。そんなことを最近よく考えてしまうのは、テレビ局を開設してから外を歩くことが多くなったからだ。

 それだけ、今まで家に籠もった生活をしていたということだが、それはそれで圭にとって有意義な時間だった。少なくとも、その時間があったから、こうして鋭司とテレビ局を開設できた。

 忙しい時には、誘ってきた鋭司を恨むこともあるが、反応が返ってくるこの仕事は、やり甲斐があって嫌いじゃない。今日みたいに苦い思いをすることはあっても、後悔しない選択をしたい。

 それにしても、スポーツかぁ……やってみないと分からないというけど、あれだけはなぁ……。

 圭が運動をしないのは、元々身体を動かすことが好きじゃないからだ。運動が好きな鋭司と雪のせいで、色々なスポーツに付き合わされた。だが、何一つ圭にできたものはない。根本的に体力がないのだろう。

 そんなことを考えつつも、物音を立てないように、立ち入り禁止となっている柵の中へ入る。植えられている植物に注意しつつ、足音を立てないように圭は徐々に近づいていった。

 ある程度近づいたところで、ようやく三人の会話が聞こえてきた。

「……だろ」

「それはできないよ。もう売る相手がいないし。それに、こんなことよくないよ」

「んだよ、今さら良い子ぶるなよ。あぁ、お前の女、深町っていったか。あいつに流せよ。あいつなら、顔も広いしさばけるだろ」

「無茶言うな! 彼女を巻き込めない!」

 話しの内容は読めない。けれども、不穏な雰囲気が漂っていることだけは分かる。

 矢萩と一緒にいるのは大河内と金本、どちらも余りいい噂を聞かない二人だ。だからこそ、矢萩と一緒にいることに違和感を感じる。

「ハッ、何が彼女を巻き込めないだ。お前、誰のお陰で大学に入れたと思ってるんだよ。その彼女だって、大学入ってなけりゃ出会ってすらねぇの」

 そう言って大河内と金本はゲラゲラと笑う。その二人の前で矢萩がきつく唇を噛む。それは矢萩には似合わない、悔しさと憎しみの入り混じる表情だった。

 それと同時に、圭に分かったことがある。矢萩の不正入学に何らかの形で大河内が関わっている。

 何故そうなったのかは分からない。だが、今の会話はしっかりグラビティの中に録音されている筈なので充分な証拠になるだろう。

「……彼女には売らない」

「あぁ?」

「……他の顧客を探す。それでいいだろ」

 吐き捨てるような矢萩の言葉と声に、金本がゲラゲラと笑う。

「いいですよー。矢萩がそうするっていうなら、俺らはそれで構わないよ。なぁ」

 金本は大河内に同意を求め、大河内はそれに鷹揚に頷いた。三人の関係から、完全に矢萩が使いっ走りになっていることが分かる。

 だが、一体、大河内や金本は、矢萩に何を売らせようとしているのか。できたらそれも知りたい。

 だから、三人の声が小さくなったところで、圭はもう少し近づこうと思って一歩を踏み出した。

 草に足を取られる。あっ、と思った時には派手に転び、打ち付けた顎やら胸の痛みに顔を歪める。

 そして視界に入る六本の足に、圭は背筋に冷たい汗が伝うのが分かった。

「何してるんだ、お前」

 どうする……どう言い訳する。いや、この状況で言い訳は通用するのか?

 そう思いつつ、圭は汚れた服をはたきながら笑いながら立ち上がった。

「あれを追いかけてきたんだけど、捕まえようとしたら転んだだけ」

 そう言って圭が指さしたのはまだ土の上に転がるグラビティだ。柔らかい素材ということもあって、それなりにAIチップや、浮遊装置は頑丈なものにしてある。

 それでも動かないということは、グラビティがこの状況を理解しているのか、それとも壊れてしまったのか、それが分からない。

 慌てて駆け寄りグラビティをすぐに抱き上げる。

「ワンワン……アレ、コウイウトキハ、ニャーニャー、デスネ」

 問い掛けられて、先日見た古い映画を思い出す。確かに犯罪者を追いかけていた刑事が、猫の鳴き声をして難を逃れるというものだった。

 別段、問題なさそうなグラビティに脱力しつつ、圭としては乾いた笑いを零すしかない。

「お前なぁ、心配させるなよ」

「ケイニシンパイサレルナンテ、ヨモスエデス」

 普段は二人だけの時にしかしない会話をしながら、ごまかすようにその場を立ち去ろうとした。

 だが、そうは上手くいかないものらしい。背後からグイと襟首を掴まれ、圭は足を止める。

「何ですか?」

「……お前、確か五十嵐と一緒にテレビ局を作ったとか言ってた奴だよな」

「作ったけど……何か流してほしい番組でもあるの?」

 にこやかに、それはもう、ここ最近にはないくらいにこやかに圭は言ったつもりだった。けれども、裏で悪いことをしている人間にとって、笑顔は有効な手段じゃなかったらしい。

「お前、もしかして、俺たちのしてること嗅ぎつけて、ニュースにしようとしたんだな! あの時みたいに!」

 確かに大河内たちを追っていた。でも、圭が追いかけていたのは不正入試の件だけで、大河内たちがしてきたことなど全く関係ない。

 だけど、今の言い方で大河内たちがニュースにされては困るような、何かをしていたらしいことは伺えた。

「……ニュースにされるようなこと、何かしてる訳?」

 気負うことなく問い掛ければ、勢いよく襟首を引かれて圭は再び地面に転がる羽目になる。

 勿論、運動を苦手としている圭が受身を取れる筈もない。それでも、転ぶ瞬間にグラビティを中空に放り投げることができたのは幸いだ。

 投げられたグラビティは、圭から少し離れたところでパタパタと小さい羽を動かしている。その姿を視界の端に収めて、小さく息をついた。

 圭が自ら中空に放り投げた時は、自分で飛ぶように設定していた。転んだ時に役立つだろうと思っていたが、こんな時に役立つとは思ってもいなかった。

 何かあっても、グラビティさえ自由であればどうにかなる。

「お前、何を知ってる」

 屈み込んできた大河内は、圭が起き上がるよりも先にのし掛かり、胸倉を掴んで揺さぶってくる。やたらと体格のいい大河内が馬乗りになると、圭でも身動きが取れない。

「だから、何も知らないって。っていうか、何かしてるから問い詰められてる?」

「ふざけんな」

 途端に視界がぶれて、続く痛みで頬を叩かれたのだと分かる。殴られるよりマシだと思ったけど、それでもかなりの衝撃だ。

 頭がクラクラして、すぐに口を開くことができない。何気なく見上げた大河内の後ろに矢萩がいる。

 その顔は酷く蒼褪めたもので、驚愕の表情で圭を見ている。だが、目が合った瞬間、その視線は逸らされてしまう。

「金本、あれよこせ」

「おい、この状況はヤバいだろ」

「だからだ! 早く出せ!」

 痛みに顔をしかめながらも、しっかり二人の観察は忘れない。

 どうやら、この場で実権を握っているのは大河内らしい。強く言われると金本も顔を強張らせ、渋々ポケットから何かを取り出し。

 それを奪うようにして大河内が掴むと、パッケージを開ける。透明ビニールに包まれた錠剤は、決して医薬品でないことが分かる。

 そこにきて、ようやく大河内たちが売っていたものが薬だと分かる。

 頬を掴まれると、大河内は指先に力を込める。最初は歯を食いしばっていた圭だったが、背後から金本に鼻を摘まれたら、苦しさにいつまでも口を閉ざしてはいられなかった。

 口を開いた途端、無理矢理大河内の手に合った錠剤を口に入れられる。そして大河内の大きな手で口元を塞がれた。

 薬を飲み込む訳にもいかず、吐き出そうとするがそれも叶わない。錠剤と思っていた薬は、圭の予想に反して口の中で溶けていく。

 途端に深い酩酊感を覚える。圭自身、お酒は飲んだことがない。けれども、重力酔いのような、ふわふわと地面がなくなる感じが気持ち悪い。

「何を……」

 酷く舌がもつれ、上手く話すことができない。身体のどこにも力が入らず、大河内が離れても起き上がることさえできなかった。

 辛うじて動く指をポケットに突っ込む。酷いメールかもしれない。それでも、どうにか鋭司にメールを送信したところで、圭の意識は徐々に霞み出した。

「こいつのPCを……」

 大河内が何かを言っている。でも、上手く耳が機能していない。指もすでに動かすことが難しい。意識が離れる直前、どうにか圭は唇を動かした。

「少し離れてろ」

 声は出ていない。けれども、グラビティには唇を読むことができる。上空でふわふわ飛んでいたグラビティがさらに高く飛ぶ。

 それを見届けた瞬間、圭の意識は途切れた。

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