プロローグ
初投稿です。読んでいただけると嬉しいです。
満月の夜、風のない夜空を奇妙な動物が一匹、音もなく滑空している。見た目は大きめの黒猫だ。とがった黄色い目、三角の耳、ピンと張ったヒゲ、どれも猫の特徴である。しかし、背中に生えた二枚の蝙蝠の羽と、頭にある白く長い角はこの動物が猫でないことを示していた。
この動物はしばらく何かを探すように森の上を飛び回っていたが、やがて目的地を発見したらしく、高度を下げ始めた。
「あそこだな。まったく、見つけにくい所に住んでやがる。」
羽を静かに動かして向かう先は一軒の小屋。誰かが居るらしく、明かりがついている。
羽と角の生えた黒猫は開いていた窓から小屋の中へと入った。中はオレンジ色のランプによって適度な明るさに保たれている。四方のうち三方を本棚で囲まれた室内には黒服黒髪の女性が一人、中央に置かれた椅子に腰掛けて本を読んでいた。腰の辺りまである二本の太い三つ編みと、部屋のランプと同じオレンジ色の瞳が印象的である。本は本棚に入っているのも、女性が手にしているのも、分厚く難しそうなものばかりである。
「あら、待ってたのよ、デスペル。遅かったじゃない。」
入って来た妙な黒猫に気づいた女性が、本から目を上げて話しかけた。デスペルと呼ばれた黒猫は羽をたたみながら女性を見上げた。
「ここを探すのに時間かかったんだ。もう少し分かり易い所に住んで欲しいものだね。」
「それはごめんなさい。なにしろ家にお客様をお呼びするなんて、経験ないのよ。許して頂戴。」
「いえいえ、こちらこそ、シトイセ様のお宅に御招待していただいておきながら遅刻なんぞして、申し訳ありませんですよ。」
デスペルは嫌味っぽく言ったが、シトイセという名の女性は気に留めなかった。
「別に構わないわよ。迷うことは予想してたしね。」
「予想してたのかよ!」
「予想っていうより、確信してた。」
「余計タチ悪いぞ!経験ないとか言っときながらよぉ!」
デスペルはヒゲをピクピクさせながら言った。
「ふふふ、経験なんかなくても分かるのよ。まぁ、私には何でもお見通しってことよ。」
シトイセはいたずらっぽく笑った。
「さてと、ちょっと待ってね。今片付けるから。」
そう言ってシトイセは膝の上に広げていた分厚い本をパタンと閉じた。そのとたん、その本はパッと消滅した。それどころか、今まで重々しく部屋を取り囲んでいた本棚までもが雲散霧消のごとく消えてしまった。
「そこに座ってね。」
今度は本棚を失ってだだっ広くなった部屋に、新たにテーブルと椅子が出現した。デスペルはその椅子に跳び乗ると、シトイセとテーブルを挟んで向かい合わせに座った。もちろんシトイセは座ったままだ。
「さてさて。」
デスペルが座るのを待って、シトイセが言った。
「改めて、デスペル、ようこそ我が家へ。今日は楽しんでね。」
「身に余る光栄、有り難き幸せすぎて胸が痛むぜ。」
「飲み物はミルクでいい?」
デスペルの前にミルクの入ったお皿が現れる。
「……猫扱いかよ。」
お皿を前にしてデスペルが不服を言う。
「あら、コップに入れた方がよかったかしら?舌が届くとは思えないけど。」
シトイセがニヤリと笑う。
「そりゃあ、コップじゃ飲めねぇけど、そうじゃなくて、ミルク以外のものを飲みてぇんだ、俺は。」
「注文が多いわねぇ。何を飲みたいの?」
「コーヒー、ブラックで。」
「あらあら、シブいわね。アイス?ホット?」
「ホット。」
「…舌、大丈夫?」
「だから、猫扱いするなっての。俺は魔獣だ!」
「はいはい、立派な魔獣さん。」
デスペルの前にあるお皿の中身がミルクから熱いブラックコーヒーに変わった。デスペルはそれを、まるで猫がミルクを飲むようにペロペロ飲み始めた。
「じゃあ、私もコーヒーにしよう。」
そう言ったシトイセの前にはいつの間にかコーヒーで満たされたコーヒーカップが存在しており、彼女はそれを手に取ると、上品に口へと運んだ。
「うん、ブラックもなかなかいけるじゃない。デスペルはいつも飲んでるの?」
「ああ、まあな。たいていブラックだ。」
「へぇ、私もこれからブラックにしようかな。」
「おい、シトイセ。俺はお前とコーヒーについて話しに来たんじゃねぇんだ。さっさとあんたの自慢話をおっぱじめてくれ。」
デスペルがお皿から顔を上げて言った。
「ああ、そうそう。私のコレクションを見せる約束だったのよね。待って、すぐ出すから。」
シトイセの座っている椅子の真横に大きな長方形の木箱が現れる。
「は~い。オープンセサミ!」
意味のない呪文を唱えながら、シトイセは自分の手で重そうな箱の蓋を開けた。中には黒い布袋が多数しまい込まれている。
「さ~て、どれから見せてあげようかな。う~ん、迷うところだけど…、よし!これに決めた。」
シトイセは中にある布袋の一つを選び出すと、箱から慎重に取り出した。
「ふふふ。」
シトイセの顔に不適な笑みが浮かぶ。
「おいおい、何か危ない物じゃないだろうな?」
デスペルが不安げな声を上げた。
「あらあら、立派な魔獣さんがえらく弱気なのね。」
「そんなんじゃねぇよ!」
「ふふ、まあ安心して。危険な物ではないから。」
「ならいいけどよ。」
「それでは、とくと御覧あれ~。」
袋の中から取り出されたのはコルクでしっかりと栓のされた透明のガラスビン。そして、そのガラスビンの中には…




