第四話 神都ヴェルオリオン
第四話を更新しました。よろしくお願いします。
街道は石が均等に敷かれ、
轍の跡すら美しく揃っている。
「……なんか、綺麗すぎない?」
アリアが小声で言う。
確かに。村の周辺はもっと土臭かった。
道端の草は刈り取られ、
看板はまっすぐ立ち、
巡回兵は同じ歩幅で歩いている。
同じ歩幅。
同じ鎧。
同じ無表情。
レイが低く呟く。
「揃えられているな」
「何が?」
「“誤差”が」
もちろん、こんな描写は書いていない。
俺が書いたのは、
レイ、アリア、モンスター、あとそれなりな世界観、
そして、
“創造神”
「灯陽?」
アリアが覗き込む。
「なんでもない」
嘘だ。なんでもなくない。
「ん??なんだ灯陽。深く考え込むことはないぞ。全部俺が破壊するのみよ!!フハハハハハハハハ!!」
ああ、あの本があれば。このバカが燃やしたせいだ。
「本当に笑ってばっかりねこの人。」
「ええ、良く笑う人なんです。」
遠くに街が見えた。
高い壁。
白い石造り。
その奥にさらに高い塔が覗く。
「あれが……神都?」
「外縁都市というものね。」
アリアが即答する。
「王宮はさらに奥。三重構造になっているのよ。」
「詳しいな。」
「昔、父に連れられてこられたことがあるの。」
風が吹く。
微かに、鉄と油の匂いが混じる。
工業の匂い。
「……神都って、神様が治めてるんだよな?」
「秩序神。“改律神“よ。」
俺は壁の上を歩く兵を見上げる。
同じ姿勢。
同じ視線。
正されているのは、
乱れだけか?
それとも――
人間か。
街門が近づく。門前には列。全員、無言。
順番を待つ。
「アリア・セルヴァ。神都出頭命令」
「はい」
神官の目が一瞬、光った。
「適合値……高」
小さく呟いたのを、俺は聞き逃さなかった。
「同行者二名。登録」
腕に冷たい印章が押される。
「灯陽……。」
「気にすんな。」
そして――
門が開く。
――――
「ようこそ!ヴェルオリオンへ!!」
門をくぐった瞬間、色と音が弾けた。
白い石畳に紙吹雪。
金と青の旗が風に翻る。
歯車と光輪の紋章が至る所で揺れている。
太鼓が鳴る。
笛が空を抜ける。
歓声が波のように重なる。
「……すご」
思わず声が漏れた。
アリアの目が、きらりと光る。
「今日だったんだ……調和感謝祭」
その声は、少しだけ弾んでいた。
屋台から甘い匂いが漂う。
焼き菓子、果実飴、香辛料の効いた串焼き。
「灯陽、あれ見て!!」
アリアが袖を引く。
「ふっ、買ってやれ。英雄様。」
「うるさい。」
銀貨を出す。
アリアは少し驚いた顔をしてから、受け取る。
「……!。ありがとう。」
その笑顔は戦う者の顔ではなかった。
子供みたいに。
いや、子供なんだ、本当は。
花車がゆっくりと進む。
踊り子たちが軽やかに回る。
“揃えば安心、整えば平穏――”
子供たちの歌声が重なる。
アリアは屋台で菓子を買い、ひとかじりする。
「……おいしい」
柔らかく笑う。
その表情には、戦いも、追われる身の緊張もない。
ただ、懐かしい街を楽しむ少女。
「昔、ここで母さんと来たの」
ぽつりと。
「このお祭りだけは、みんな優しかった」
風が髪を揺らす。その横顔は、無垢な子供のようだ。
――鐘が鳴る。
一瞬だけ。
踊り子の回転が止まり、
商人の呼び声が揃い、
歓声がぴたりと重なる。
そして、爆ぜるように賑わいが戻る。
「……今の」
俺が呟く。
レイが目を細める。
「揺らぎがない。偶然のズレがない。やはり何か妙な街だ。」
確かに。
人は多い。
笑い声も混ざっている。
だが、混沌がない。
混ざっているのに、乱れていない。
「ほら」
レイが顎で示す。
路地の壁。
祝祭の装飾の隙間に、小さな落書き。
巡回の神官がそれに気づく。
怒らない。
慌てない。
微笑んだまま布を取り出し、静かに拭う。
周囲は気にも留めない。
花火が上がる。
歓声がぴたりと揃う。
「舞台だな」
レイが低く言う。
「完璧に整えられた」
俺は視線を戻す。
アリアが大道芸人の前で笑っている。
飴を両手で持って、子供みたいに。
……束の間だ。
全てを忘れたいのだろう。
分かっている。
ここは彼女の故郷だ。
壊す前に、せめて少しだけ。
「レイ。」
「ああ。言われずとも。だ。」
アリアが振り向く。
「何してるの?」
その笑顔は、あまりに無防備だ。
「ああ。今行くよ。」
俺はそれに応える。
鐘がまた鳴る。人々が揃う。
歌が揃う。笑顔が揃う。
その中心で、
アリアだけが、自然に笑っている。
――ずれているのは、たぶん。
俺たちの方だ。
――――
夜は、ゆっくり降りてきた。
花火が空を裂き、
金と青の光が白い壁に反射する。
歓声が重なり、
楽団がテンポを上げる。
「灯陽、見て!」
アリアが振り返る。
両手に菓子。頬に砂糖。
子供みたいな笑顔。
「昔と同じだよ。ぜんぶ」
その声は、心から嬉しそうだった。
俺は少しだけ頷く。
レイは腕を組み、空を見ている。
「……終わり方を見るまで、評価は保留だな」
「性格悪いぞ。」
最後の大花火が上がる。
空が昼みたいに明るくなる。
群衆が一斉にカウントを始める。
「三! 二! 一!」
閃光。轟音。拍手。歓声。
そして――
鐘が鳴る。
低く、長く。
さっきまでとは違う音。
伸びる。
伸び続ける。
……その瞬間。
音が、消えた。
拍手が止まる。笑顔のまま、止まる。
踊り子が片足を上げたまま静止する。
屋台の主人が金を受け取る姿勢で止まる。
子供が口を開いたまま止まる。
風だけが吹いている。
旗がはためく音だけがある。
「……は?」
俺の喉から、間抜けな声が出る。
レイの目が細くなる。
「来たな」
アリアが、きょとんと周囲を見る。
「え?」
不自然に、街だけが止まっている。
一拍。二拍。三拍。
再び、鐘。
同時に。
全員が、ゆっくりと動き出す。
だが――
笑っていない。
誰も喋らない。
楽団は楽器を下ろす。
屋台は無言で片付ける。
子供は親の手を握る。
まるで訓練された行進のように。
「……なんで?」
アリアの声が震える。
「さっきまで……」
誰も答えない。
誰一人、視線を合わせない。
足音だけが揃って響く。
レイが小さく笑う。
「祝祭はここまで、ということだ」
「合図ひとつで切り替わるのかよ……」
俺の背中に冷たい汗が流れる。
アリアが立ち尽くす。
帰路につく人々の流れの中で、
彼女だけが、立ち止まっている。
すれ違うはずの人間が、
ほんのわずかに避ける。
触れないように。
「……私」
アリアが小さく呟く。
「昔も、こうだった?」
答えられない。
ただ一つ、分かるのは――
さっきまで完璧に揃っていたこの街で、
今、ズレているのは。
アリアだ。
鐘が、最後に鳴る。
カン。
遠く、第二の壁の向こう。
何かが、回っている。
規則正しく。
正確に。
この街を、整え続ける何かが。
そして群衆は、
一斉に同じ方向へ歩き出した。
無言で。
整然と。
アリアだけが、
その流れの外に立っている。
ざっ、ざっ、ざっ。
足音が揃う。
無言の行進。
白い光に照らされ、群衆は同じ方向へ歩いていく。
アリアだけが立ち止まっている。
「帰ろう、アリア」
俺が小さく言う。
「……うん」
だが彼女の足は動かない。
そのとき。
「観察は終わりだ。」
レイが一歩、前に出た。
レイは群衆の流れへ踏み込む。逆方向へ。
整然と進む列の中を、ただ一人、逆流する。
肩がぶつかる。男が少しよろけたその瞬間。
群衆の足音が、
――半拍、ズレた。
次の瞬間。
全員の首が、同時に、
レイへ向いた。
音が、消える。
目。目。目。
通りを埋め尽くす無数の視線。
怒りでもない。
驚きでもない。
ただ、“確認”。
アリアが息を呑む。
「やめて……」
レイは笑う。
「ほらな」
一人の男が、前へ出る。
兵士でも神官でもない。
ただの市民の服装。
だが声は、均一だ。
「流れを乱さないでください」
抑揚がない。
周囲の人間が、一斉に同じ言葉を繰り返す。
「流れを乱さないでください」
「流れを乱さないでください」
「流れを乱さないでください」
波のように。
街全体が発声している。
俺の背筋が凍る。
アリアの手が、震えながら俺の袖を掴む。
「違う……昔は、こんなのじゃ……」
レイが一歩、さらに前へ。
「乱したら、どうなる?」
沈黙。
そして――
街灯が、一斉に明滅する。
白い光が強まる。
視線の圧が増す。
群衆が一歩、同時に前へ出る。
ざっ。
音が揃う。
完全な一拍。
完全な一致。
整っている。
あまりにも。
アリアが叫ぶ。
「やめて!」
その声だけが、揃っていない。
ズレている。
その瞬間。
群衆の視線が、ゆっくりと――
アリアへ移る。
ざっ。
群衆が一歩、前へ出る。
揃った音。
視線はすべて――アリアへ。
彼女は息を呑む。
「……なに?」
最初に動いたのは、老婆だった。
白いショールを羽織った、ごく普通の市民。
穏やかな顔。
優しい目。
ゆっくりと、アリアへ手を差し出す。
「安心してください」
その声は柔らかい。
怒気はない。
「あなたは、少し乱れているだけ」
周囲が、同じ抑揚で続ける。
「整えて差し上げます」
「怖くありません」
「すぐ終わります」
波のように、同じ言葉が広がる。
レイが低く笑う。
「来たな。“善意”だ」
俺はアリアの前に出る。
「下がれ」
老婆は首を傾げる。
「なぜ遮るのですか」
笑顔のまま。
「この方は不安定です。保護対象です」
保護。
その言葉に、アリアの指が強く俺の服を掴む。
「……私、何もしてない」
震えている。
群衆がさらに一歩。
ざっ。
距離が縮まる。
「確認されました」
「適合反応に微細な誤差」
「早期修正を推奨」
声が重なる。
抑揚はない。
でも敵意もない。
ただ、処理。
「触るな」
俺が言う。
老婆の手が、なおも伸びる。
「痛みはありません」
「安心してください」
「あなたのためです」
その瞬間。
アリアが、はっきりと一歩、後ずさる。
――揃っていない動き。
群衆の目が、わずかに細くなる。
鐘がさらに冷たく鳴る。
カン。
街灯が、さらに白く光る。
群衆が半円を描くように囲む。
逃げ道が消える。
レイが一歩、前へ。
「灯陽」
「分かってる」
俺は、アリアの前に完全に立つ。
「保護はいらない」
老婆は、微笑む。
「拒否は不安定の兆候です」
周囲が、同時に頷く。
ぞわりとするほど揃った動き。
「整えましょう」
今度は複数の手が伸びる。
優しい手。
温かそうな手。
だが、その動きは一糸乱れぬ。
アリアが叫ぶ。
「やめて!」
その声だけが、夜に弾ける。
その瞬間。
群衆の中の数人が、同時に呟く。
「強制措置へ移行」
空気が、変わる。
優しさの膜の奥に、
硬い何かが見える。
レイの口角が上がる。
「さて」
塔の最上部が開く。
光が降りる。
白い柱のように。
群衆が、同時に跪く。
ざっ。
揃った音。
ただ、数人だけが遅れる。
少年。
屋台の男。
そして――アリア。
光の中から、一人の影が降りてくる。
白と金の衣。
歯車の紋章を胸に刻んだ男。
ここを治める皇といったところか。
だがその目には、人の揺らぎがない。
都市の声が、彼の口を通して響く。
「誤差拡大を確認、」
低い。
だが、どこか穏やか。
彼の視線が、アリアを捉える。
「個体アリア・セルヴァ」
名を呼ばれる。
皇帝が、わずかに首を傾げる。
「街を止めたのはお前か」
アリアはうつむいている。
皇帝の視線が、俺に移る。
俺はその異様な姿に呆然としていた。
「街は止まっていません」
静かに、ざわめく。
「街は最適化されています」
周囲の群衆が、同時に頷く。
「誤差は幸福を損ないます」
「修正は慈悲です」
皇帝の瞳が、わずかに光る。
「感情ログを確認」
沈黙。
「一時的高揚を確認」
「長期安定に寄与せず」
冷たい結論。
「復帰を要請します」
石畳の光が、再びアリアの足元へ絡む。
俺が前に出る。
「拒否したら?」
皇帝は、ほんの一瞬だけ黙る。
「保護措置へ移行します」
優しい声音。
だが次の言葉は、明確だった。
「収容区画へ移送」
空気が変わる。
神官装束の兵が、音もなく前に出る。
白い鎖のような器具を手に。
俺は拳を握る。
戦える。
だが――
ここで暴れれば人を巻き込む。
アリアが、俺の腕を掴む。
「灯陽」
小さく、首を振る。
分かっている。
今は、違う。
皇帝が、淡々と告げる。
「個体アリア・セルヴァ」
「適合率高」
「再教育により再同期可能」
神官が、彼女の両腕を取る。
優しく。
だが逃げられない力。
少年が叫ぶ。
「やめろ!」
すぐに、周囲に押さえられる。
再同期が始まる。
足並みが、揃い始める。
街灯の光が、白へ戻る。
秩序が、戻っていく。
アリアは、最後に振り返る。
怖がっていない。
泣いてもいない。
ただ、言う。
「行ってくるね。」
微笑む。
その笑みが、胸を抉る。
神官が拘束具をはめる。
光の輪が、手首を閉じる。
カチリ。
音が、やけに大きい。
皇帝が告げる。
「外縁工場区画へ移送」
塔の光が、細く収束する。
地面に、円形の転送陣が浮かぶ。
アリアが、光に包まれる。
消える直前。
レイが呟く。
「灯陽」
「分かってる」
俺は塔を睨む。
皇帝を睨む。
都市を睨む。
今は、壊さない。
だが。必ず、取り返す。
光が消える。
静寂。
群衆は、再び揃っている。
少年は立ち上がれない。
皇帝が、静かに言う。
「誤差は隔離されました」
そして。
何事もなかったかのように。
「祝祭は終了です」
鐘が鳴る。
今度は、完璧に揃って。
ざっ、ざっ、ざっ。
行進が再開する。
レイが、愉快そうに笑う。
俺は拳を握る。
「行くぞ」
祝祭は終わった。
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