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第二話 呪いの村とアリア・セルヴァ

第二話です。よろしくお願いします。

「おい、どこまで歩くんだよー……」


「まだだ。理想は遠い。歩き続けろ、灯陽」


「理想より飯……。」


そういえば俺、仕事から帰ってそのままここに来たんだよなあ。


お腹、すいたなあ……。

喉、乾いたなあ……。


「もう……。限界……。」


視界が揺れる。


地面が近づく。


「だめだ――」

どさり。

「灯陽!?おい!!目を開けろ!!灯陽!!」

遠くでレイの声が響く。

でも、体が動かない。

暗転。


水の音。


ひんやりした感触。


「……ん」


目を開けると、木漏れ日が揺れていた。


泉のほとり。

そして、顔を覗き込む少女。


「あ、起きた。」


栗色の髪。

麻の服。

背中に薬草籠。


「いやー……助かりました。僕――」


「当然だ。灯陽は英雄なのだからな。」


横でレイが腕を組む。


「おい。そういう言い方はよせよ」


少女はくすっと笑った。


「別にいいわよ。ついでだし。」

「その代わり」


彼女は籠を揺らす。


「薬草。一緒に取ってくんない?」


――


俺は泉の水を飲ませてもらい、どうにか立ち上がった。


「私はアリア・セルヴァ。よろしくね。」


「薬草採りに来てたら、あんたが倒れてたの」


「恥ずかしい……」


「ほんとよ」


容赦ない。


レイが不満げに言う。


「おい娘。灯陽を愚弄するな。」


「現実を見るのも大事でしょ」


ぴしゃり。


レイが一瞬黙る。


強いな、この子。


俺は苦笑する。


その時俺の脳内に閉じていた扉が開いた。

この笑い方。立ち姿。顔。


ほんの少しだけ、間を置いてから柔らぐ感じ。

どこかで見たことがある。

教室の光。

窓際。

机に伏せたノート。

――神代亞里亞。


名前だけが、静かに浮かんで、すぐに沈んだ。

違う。


目の前の彼女はアリア・セルヴァだ。


ただ、それでも。


胸の奥のどこかが、

「続き」を知っている気がした。


俺はそれを胸にしまった。


そうだ。気になってたことがある。


「ここはどこなんだ?」

「ここ?ここはポンフィ村の西にある泉よ。」

ポンフィ村?そういう設定もあったかな?


「貴方は?貴方はどこから来たの?」

「お、俺?」


「灯陽はこの国とは別次元の神なる国、日本から来た我が盟友であるぞ!!フハハハハハ!!」


「ニホン?」

「ちょ、おま、何言ってんだ。ややこしくなるだろ……(;´Д`)」



俺は気を取り直して、


「あの。ニホンっていう小さな村があるんだ。俺はそこから来たんだ。あ、こいつも一緒だよ」


と俺はレイを指さす。


「ああ、旅の者なのね。」


「で、何の薬草を取ってるんだ?」


「厄を取る清めの草よ。」

清め?塩みたいな?

と俺が首をかしげていると。


「そっか、旅の者なら無理ないわね。ウチの村――」


「呪われてるの。」


その言葉に、森の空気が少し重くなる。


「呪い?」


「そう。」


アリアは手際よく葉を摘む。

無駄がない。


生活者の動きだ。


俺とレイは不器用に真似をする。


「そこ違う。根から取ったら枯れるでしょ」


「すまん」


「すまんじゃなくて覚えて」


俺は思わず笑った。


異世界来て最初にやることが薬草採りって。


でも、不思議と悪くない。


「おい!!英雄に何をさせるか!!娘!!」


「アンタも手伝え!!やらなかったら二人ともメシ抜き!!」


「はい……」

強い。マジ強い。

薬草取りをする伝説の英雄。ちょっと笑える。



それから、俺たちは昼飯を少し分けて貰って、薬草を無事村まで送り届けた。


「よし、ここまでで良いわよ。ありがとね。」

そこに近寄る人影。


「アリア!帰ってきたか!」

「うん。長老。どうしたの。」


「急げ!!お前の母の調子が悪いんじゃ。!!」


「……!!」


アリアはかけ出していった。


アリアは砂煙を上げて駆けていく。


「お、おい!」


俺とレイも後を追う。


俺たちもアリアの後を追った。


アリアの家は、村の奥にあった。


戸を開けた瞬間、むわりとした空気が流れ出る。


湿気。

薬草の匂い。

そして、かすかな腐臭。


布団に横たわる女性。

顔色は土のように青白い。

呼吸は浅く、汗が滲んでいる。


「母さん……!」


アリアが駆け寄る。


長老が首を振る。


「同じ症状の者が、これで三軒じゃ……、熱と咳、そして皮膚に黒い斑点。清めの草も効かん……。」


黒い斑点。


俺の背筋に、嫌な既視感が走る。


「レイ。」


「ああ。呪いの類いではないな」

「これは。病だ。」


俺は無意識に腰のノートへ手をやる。

厨二病全開で書き殴った、俺だけの設定ノート。


その中の一節が、やけに鮮明に蘇る。


――“地下より滲み出る増殖体。湿地を好み、病を媒介する。火を嫌う。”


「井戸だ。」


「何?」


アリアが振り向く。


「この村、井戸あるよな?」

「あるけど、それが何?」

「最近、水が濁ったりしてないか?」


長老がはっとする。


「先日……妙に臭うと話が出ておった……。」


確信。


俺はノートを開く。


「増殖性の粘体。単体名はミューカ。群体化すると――」


喉が鳴る。


「グラン・ミューカになる」


レイがにやりと笑う。


「ほう。灯陽の妄想が現実になる時か」


「妄想じゃねえ。今はな。」


俺は立ち上がる。


「原因は地下だ。井戸の下に何かいる」


ざわ、と村人たちがどよめく。


「馬鹿な。井戸は昔から――」


「だったら何で急に病が広がる?」


沈黙。


重い空気。


「そいつは火を嫌う。増える前に囲って焼けばいい」


「地下で火など焚けるか!崩れたらどうする!」


反発は当然だった。


よそ者。

得体の知れない話。

しかも相手は“呪い”。


信じられるわけがない。


その時。


「お願い」


アリアが立ち上がった。


涙をこらえ、真っ直ぐに村人を見る。


「母さんが死ぬかもしれないの」


静まり返る室内。


「何もしないで待つなんて嫌。」


拳が震えている。


「もし間違ってたら、私が責任を取る。だから、信じて。」


その声は、強くはない。

でも、折れていない。


長老がゆっくり頷いた。


「……やるぞ。皆の者!!松明を用意せい!!」


――


井戸の蓋を外す。


湿った空気が吹き上がる。


縄梯子を下りると、地下は大きな空洞になっていた。


「崩れかけてるな……」


地面がぬかるんでいる。


そして。


ぴちゃ。


足元に、小さな半透明の塊。


拳大ほどの粘体。


中心に黒い点が揺れている。


「……ミューカ」


俺は呟く。


「可愛いじゃないか」


レイが言う。


次の瞬間。


それが、ぱち、と弾けた。


二つに分かれる。


さらに四つ。


八つ。


「囲め!!松明だ!!」


村人たちが火を突き出す。


ミューカはじり、と後退する。


火を恐れている。


「やっぱりだ!今だ、周囲を埋めろ!!」


土嚢を投げ込む。


地下を封鎖する作戦。


だが――


ぶちゅ。


音が増える。


分裂。

分裂。

分裂。


数が一気に膨れ上がる。


「多すぎる!!」


「井戸が持たんぞ!!」


地面がめき、と鳴る。


ひび。


天井の土がぱらぱらと落ちる。


「全員上がれ!!今すぐだ!!」


俺はアリアの腕を掴む。


「でも――」


「死ぬぞ!!」


全員が地上へ這い上がる。


その瞬間。


どごん!!


井戸の縁が崩落した。


地面が沈む。


土煙。


そして――


ずるり。


地面が、動く。


村の中央が盛り上がる。


土を押しのけ、粘体が溢れ出す。


無数のミューカが絡み合い、

吸収し、

融合し、

巨大な塊へ。


家一軒ほどの大きさに膨れ上がる。


「………嘘でしょ。」


アリアが呟く。


さらに。


それは地面を溶かすように食い進む。


土を取り込み、

木を呑み込み、

家屋の基礎を侵食する。


ぶくり。


ぶくり。


成長。


やがて。


それは村を覆う影となった。


月明かりを遮る巨大な粘体。


脈打つ中心核。


無数の黒点が浮かび上がる。


病を孕んだ霧が、ゆっくりと降り始める。


「………グラン・ミューカ。」


俺の喉が震える。


最初は拳ほどだった。


今は、村全体を包む怪物。


レイが剣を抜く。


「ようやく、英雄らしい相手だな。」


村人たちは絶望の顔をする。


アリアは、拳を握りしめた。


目の奥に、恐怖と怒り。


空を覆う粘体が、ゆっくりと蠢く。


その影が、村を完全に包み込んだ。


村を覆う粘体の奥。


脈打つ中心部。


「……あそこだ」


俺は目を細める。


巨大なグラン・ミューカの体内。

黒い核が、ゆっくりと明滅している。


周囲のミューカがそこへと流れ込み、

分裂し、

戻り、

また増える。


「核が分裂の起点だ。あれを断てば終わる!」


レイが剣を構える。


「了解だ、灯陽。ならば――斬るのみ」


地を蹴る。


一閃。


漆黒の刃が巨体を切り裂く。


粘体が爆ぜる。


だが。


ずるり。


切断面が蠢き、

瞬時に再接合する。


「……ほう?」


再び斬る。


縦横無尽の連撃。


粘体が雨のように降る。


だが。


分裂。

増殖。

再生。


斬れば斬るほど、数が増える。


「うわぁ!!」


村人たちが悲鳴を上げる。


間一髪、レイの斬撃が入る。


「厄介だな。斬撃が増殖の契機になっている。」


レイが舌打ちする。


ミューカが弾け、

レイの足元を絡め取る。


爆ぜる粘体。


レイが後退する。


「少し……手数が足りんな。」


その時。


「……もう、見てられない」


アリアが前へ出る。

決意に満ちた目。


「アリア!?」


彼女は袖を引き裂く。


腕に刻まれた紋章が露わになる。


淡く光る契約紋。


「〈四機神・アウレリウス〉――起動。」


村人の一人が驚き、

「アリア!!ダメだ!その力は……」


「いいの。今使わなきゃ、意味がない!!」


アリアは短剣で自らの指を切る。


血が滴る。


地面に、円を描く。


一筆一筆、震えながら。


契約円。


空間が軋む。


「――《天秤契約・審衡崩界バランス・ジャッジメント》」


ごう、と風が巻き起こる。


空に、巨大な光の天秤が出現する。


左右に揺れる皿。


その上に、数値のような光が走る。


グラン・ミューカの体が、赤く可視化される。


膨張。

増殖。

過剰。


「存在量……異常値」


アリアの声が震える。


「身の丈って知ってる?」


天秤が傾く。


強烈な光。


グラン・ミューカが唸る。


体が軋む。


分裂しようとした粘体が、

途中で止まる。


再生が、鈍る。


増えたはずの質量が、

霧のように剥がれ落ちる。


「おお!!娘!!やるではないか!!」

アリアを褒め称えるレイ。


「!?」

俺は息を呑む。

なんだ!?今の技は。四機神!?知らないぞ。何なんだ?この世界は。


巨大だった粘体が、

みるみる縮む。


家ほどの大きさから、

馬車ほどへ。


さらに。


建物一つ分まで圧縮。


ミューカが悲鳴のような振動を発する。


天秤が激しく震える。


アリアの腕の紋章が、じゅう、と音を立てる。


焼ける匂い。


「時間……ない……!」


膝が揺らぐ。


「灯陽……!」


レイが振り向く。


俺は叫ぶ。


「今だ!!核が剥き出しだ!!」


圧縮された体内。

黒い核が露出している。


再生しようと蠢くが、

増殖が追いつかない。


レイの口元が、獰猛に歪む。


「任せろ」


剣が闇を纏う。


空気が沈む。


「――虚・失墜ノ凶星(フォルス・ノヴァ)


一歩。


地を踏み抜く。


「爆ぜろ」


漆黒の閃光が空間を裂く。


核に、直撃。爆ぜる怪物。


衝撃波が村を駆け抜ける。


粘体が霧散する。


黒い霧が空へと溶ける。


残ったのは、

焼け焦げた地面と、

崩れた井戸跡。


静寂。


天秤が消える。


アリアが崩れ落ちる。


俺が受け止める。


「……終わった?」


かすれた声。


レイが剣を収める。


「完全消滅だ。再生反応なし」


村人たちが、恐る恐る顔を上げる。


空は、晴れていた。


覆っていた影はない。


風が吹く。


アリアの紋章は赤く焼け、

煙を上げている。


俺は彼女を見る。


「無茶しやがって」


アリアは小さく笑う。


「フィニッシュは……任せたでしょ?」


レイが鼻を鳴らす。


「と、当然だ。英雄の剣だからな……。」


レイは女性が苦手らしい。まあ中身は中坊だしな。


遠くで、

村人たちの歓声が上がった。


グラン・ミューカは消えた。


だが。


焼けた契約紋章は、

確かに代償を刻んでいた。


村は、匂いを取り戻していた。


焼け焦げた地面の上に、湿った土の匂い。

誰かが井戸を組み直し、誰かが屋根を直している。


子どもたちの笑い声。


「ほら、薬草は根から抜かない。来年の分がなくなるでしょ?」


アリアがしゃがみ込み、小さな手に優しく指を添える。


陽の光が、彼女の髪を透かす。


まるで、何もなかったみたいに。

レイは腕を組み、遠巻きにその様子を見ていた。


「……ふむ。平穏とは退屈だな」

「十分だろ」

俺は答える。

本当に、十分だった。

これで終わりなら。


夜。


灯りの落ちた家々。


静かな部屋で、

アリアは息を呑み、疼痛をこらえる。


「……っ」


紋章が、脈を打っている。


焼け跡の奥で、淡い光が揺れる。


鼓動と、同じ速さで。


「そうよね。あれだけの力を使ったのだもの。ただではすまないわよね。」


彼女は袖を下ろす。


外で風が鳴る。


胸騒ぎ。


三日後。


「王都より仕る!!」

王都の紋章を掲げた騎馬が村に入った。



銀の外套。

整った動き。

先頭の神官が、静かに告げる。


「当村にて、高位契約権能の発動が観測された」


空気が凍る。


村長が震える声で答える。


「……娘が、村を救ったのです」


神官の視線が、アリアに向く。


「権能の無断行使。許可なき行使は、過剰契約と見なされる」


その名を聞いた瞬間。


俺の背筋が冷える。


――預言書に、なかった、神。


「……なんなんだよ」


小さく呟く。


世界が、俺の想定からずれている。


「改律神の名の下に、王都への出頭を求める。背けば、この村を異端審問とし、焼却する。」


神官の声は淡々としている。


だが、拒めば――村に被害が及ぶ。


沈黙。


村人たちが顔を伏せる。


アリアが、一歩前に出た。


「ええ。わかってるわ。」


「では一週間以内に出頭を。ではさらばだ。」


騎士達は去って行った。


「アリア!」


「私が使った力だから。村に迷惑、かけたくないし。」


少しだけ、強がりの笑顔。


レイが鼻を鳴らす。


「ならば我も同行しよう。一宿一飯の義というやつだ。」


「何かっこつけてんだよ……。」

俺は息を吐く。


「何を言うか!虚飾こそ我が人生!!違うか?フハハハハハハハ!!」


あ、そうだ。レイさん。こういう奴だったわ。

迷う時間はなかった。


「行くよ。どうせ、確かめたいことがある」


神の名。


預言書にない存在。


この世界の“誤差”。


アリアがこちらを見る。


「フィニッシュ、任せたでしょ?」


少しだけ、悪戯っぽく。


俺は肩をすくめる。


「今度は、途中から任せるなよ」


遠くで風が鳴る。


村の空は青い。


でも、どこかで歯車が回り始めている。


王都へ。


俺たちは、歩き出した。


ここまで読んでいただきありがとうございます。

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次回もよろしくお願いします。

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