奪われた日常
アホな幼馴染のせいで深い業を負ったかもしれない俺たちは、緊急作戦会議を開いていた。
「とりあえず、知ってること全部吐いてもらおうか。」
「ねぇダイン?犯罪者を取り調べる警察みたいになってるわよ?」
「だれのせいでこうなったと思ってんだ!いいからさっさと吐きやがれ!」
この期に及んでいらん茶々をいれるレナに怒りを露わにしながら、取り調べを開始する。
「んーそうね。おばあちゃんの話はよく聞き取れないからあんまり話せることはないんだけれど...あ!」
お前のおばあちゃん老人特有の滑舌してんのかよ。てゆーか、お前も多分真面目に聞いてなかったろ。しかし、なにか思い出したようだ。
「この木の実を食べると、体質が変化する...とかしないとか?それで、龍はこの実を食べた人間の肉が好物と..か」
言ってる途中で事の重大さに気づいたらしい。彼女は紛れもない、戦犯であった。
「だ、ダイン?龍って...殺せるのかしら?」
「ど、どうだろうな..はは。なにせ、実在するかもわからない...し。」
おばあの妄言と信じたいが、もし存在するならかなりやばい。龍なんて、警察に頼ってどうこうなるもんなんだろうか。というか、実を食べたことがばれたら災いの元として重罪人扱い、最悪死刑になったり...
不安が積もる中、ふと事件の張本人であるレナに目をやると、彼女はすでに平静を保っていた。
なにかいい案でも浮かんだのだろうか。彼女の表情からは不安が感じられない。
「レナさん?随分落ち着いているじゃないか。なにかいい案でも思いついたか?」
「ダイン。よく聞いて。私たちの生活は、常に失う可能性に満ちているわ。明日国が亡ぶかもしれないし、魔物がやってきて食い殺されるかもしれない。」
「ほう。」
レナは神妙な顔つきでなにやら語りだした。
「龍に襲われるなんてのも、そのうちの一つよ。それに、龍に会いたいって目標に近づけるんだから、逆にいいじゃない!」
「食われたら元も子もないと思うんだが...」
それっぽいことを言って吹っ切れた顔をするレナにそうつっこむと、
「いるかどうかも分かんないんだし。考えてもしょうがないわ!そん時はそん時。おばあちゃんには黙ってればバレないし!」
堂々と、『バレなきゃ犯罪じゃない』を実行すると宣言し、「もちろんダインも黙っててよね?」と共犯者に加えてきた。
「...俺、まだお前に食わされたこと根に持ってるんだけど。」
「ふふ、しつこい男はモテないわよ?それに」
蠱惑的な笑みを浮かべ俺の傍へ近寄り、人差し指を立てて俺の唇に添えてくるレナ。整った顔が急にせまり、鼓動が早くなる。
「危なくなったらダインが守ってよ。ね?いいでしょ?」
「ち、近いって!...善処するよ」
とだけ言い返し、気恥ずかしさから顔を背ける。
どれだけやらかしたとしても、その美貌で帳消しにするのはずるいと思う反面、許してしまう自分にも非があるのではと考えてしまう。
そうこうしているうちに、いつの間にか日も落ちかけていた。カラスの鳴き声が、一日の終わりが近づいていることを知らせてくる。
「そ、そろそろ帰るか。この木の実のことはまた今度考えよう。」
「そうね!まぁなんだかんだ楽しかったから私はいいんだけどね!あとはよろしく~!」
なんと無責任で他力本願な女なのだろう。だが、そんな彼女と過ごす日々を悪くないと思っている自分がいる。
「はいはい、俺にまかせとけ。―――あっそうだ。レナ、明日...」
どこか遊びに出かけないか、と言いかけたその刹那、轟音とともに小屋の扉が吹き飛ばされた。いや、正確には引きちぎられたというべきか。
扉を壊した張本人である大柄な男の両手には、抵抗むなしく外された小屋の扉が掴まれていた。巨漢はそれを放り捨て、となりにいた細身の男に目をやると、
「おい。ガキが二人いるぞ。....どっちだ?」
扉を破った大柄な男。上は破れた服を着て、下は穴の開いた長ズボンを脛のあたりで折るという乱暴なスタイルをしていて、それが妙に合っている。
「金髪の小娘だ。ターゲットの特徴くらい把握しておけ、美しくない。」
巨漢の隣に立つ細身の男。仕立ての良い衣服を着こなし、細身ながらも貧相さを感じさせず、どこか貴族を思わせる気品が漂っている。
「お、おい!お前らだれだよ!村のものじゃねえな?何しに来た!」
強盗か?いや、ここには金目のものなんてないし...とパニックになりそうな頭をなんとか冷やしつつ、思考を巡らせていると
「てめえに用はねえ!うせろ!」
「ぐっ、う゛あ゛っ!」
…2mはあるだろうか。小屋の扉を狭そうに屈んで入ってきた巨体の男に胸ぐらをつかまれ、壁へ投げ飛ばされる。強い衝撃が全身に走り、呼吸が止まりそうだ。
「ダイン!!ちょっと!あ、あんたたち何者なのよ!ダインにひどいことしたらた、ただじゃ置かないんだから!」
と、震えるレナの声が聞こえる。まずい。狙いは俺じゃない。...『レナ』だ。
「そこの金髪、お前は『特別』だそうだ。我が王が欲しておる。共に来てもらうぞ」
細身の男がそう言い終わると同時に、巨漢が一瞬でレナの元へ詰め寄り、レナを担いだ。
「わりぃな、嬢ちゃん。ちーっとばかし、おとなしくしてくれよ?」
でかい図体とは裏腹に巨漢の所作は丁寧で、少し力を加えたならポッキリ折れてしまいそうな細い体を慎重に抱え上げ、肩に担いだ。
「やめて!降ろして!....ダイン!助け...いや、私はいいから逃げて!」
じたばたと暴れるレナ。
くそっ!どうしてこんなことに!と脳裏で悪態をつきつつ、怖いくせに俺を逃がそうとするレナを放っておけるわけもなく、ぼやけた頭で思考をめぐらせる。
忠告を無視し、暴れ続けるレナにしびれを切らしたのか、「バカが...」とつぶやき首へ手刀を降ろし、レナを気絶させる。
「てめぇ!レナになにしやがる!」
ふらつく体に喝をいれ、この身を焼き尽さんとする怒りの炎に身を任せ、巨体の男へ走り出す。
「はぁ...これだからガキは嫌いなんだ。『品』が足りん。」
そう言って細身の男は瞬時に両者の間に割って入り、右手に持っていた杖をダインの足に引っ掛けた。そして、バランスを失い一瞬宙を浮く体を、垂直に蹴り上げる。
「ごあっ!!」
鋭い痛みが腹部を刺す。臓器が飛び出そうな感覚に襲われながら宙を舞い、視界がチカチカと点灯する。
自由落下運動の中、ぼやけた視界がとらえたのは嫌に黒光りする革靴だった。
あっやばい、これ死ぬやつだ。まずいまずいまずいまずい、死――
やけにスローモーションに見せる脳に舌打ちしつつ、死への恐怖心を募らせる。
「しばらく、静かにしてもらおうか。」
細身の男はそんな心境などいざ知らず、無慈悲にも無駄のない動きで水平に蹴り飛ばした。
「ごぇ゛っっ!!」
すさまじい衝撃が胸部を襲い、肺から空気が押し出される。
蹴り飛ばされた体はゴムボールのように2,3回床を跳ねたのち、奥にあった本棚へと激突した。
すさまじい轟音に窓が震え、大量の埃と木片が舞い上がる。差し込む夕日が血だまりを照らす中、男は不満そうに整えられた髭をいじり始めた。
「うーん。60点だな。蹴りの角度が足りん。これでは美しいとは言えんな。」
「角度より血で汚れたことを気にするべきじゃあねえか?エレノア。せっかく今朝磨いてたってのによぉ。」
と、エレノアのずれた価値観を血で汚れた革靴を横目につっこむ大柄の男。
「ザガン、いいか?時として芸術は汚血すらも美とみなすのだ。ただし汚れるまでのプロセス、一挙手一投足が美しくあることが求められる。それに靴はまた磨けばよい。それもまた味となり、美へと繋がり」
「わーかった。わかった。俺が間違ってたよ。それより、やりすぎなんじゃあねえか?こいつ、殺しちまっていいのかよ?」
と肩をすくめ、長くなりそうなエレノアの話を中断させたザガンは、半壊した本棚にもたれ、今なおドクドクと命の源を流し続ける少年へ目をやる。
「ぐ...がぁ....う...」
痛い痛い痛い痛い痛い痛い。
血のカーテンが幕を降ろし、視界を赤く染め上げる。今まで感じたことのない痛みに襲われ涙をこぼし、嗚咽を漏らす。
それでも、守らなくては。彼女を守れるのは俺しかいないのだから。
全力で警鐘を鳴らす体に鞭を打ち、自分を覆う本たちを押しのけ、意識を失っているレナに向かって手を伸ばす。
「ぇ...ぁ...!!」
うまく発音できない。打ち付けられたときに喉を強打したようだ。ごぼごぼと声の代わりに血があふれ出す。
話を中断され、不服そうな顔をしたエレノアは、
「俺の話を最後まで聞かんか。......ふむ、確かにノースは生きのいい男児を欲しがっていたな。奴には借りがあるし......ハァ。ガキは嫌いなんだがな」
そう言うと心底嫌そうにダインの襟に杖をひっかけ軽々持ち上げる。
「おまえほんっと運がねぇなあ。同情するぜ。.....それにしてもノースは趣味がわりぃ。将来有望なガキんちょをバンバン殺しちまってよぉ。」
「それに関しては同感だ。奴の美学は.....美しくない。」
ほとんど意識が飛んでいる状態で、かすかに男達の声が聞こえる。俺はどうなるのだろう。彼女は....レナは大丈夫なのだろうか。
小さい頃からずっと一緒にいて、一番仲のいい『友達』であったレナ。お互い秘密などほとんどないようなものだが一つ、まだ伝えてないことがある。
「ねぇダイン、いつか私を....して...ね?」
彼女と昔した約束をおぼろげに思い出しながら、強く誓う。
「....っていろ、必ず」
君を、連れ戻す。
エレノアの前を歩くザガンの背に彫られた単眼の龍に睨まれながら、ダインは意識を落とした。




