愛すべき日常
「ペガサスの駒をここに置いて...っと!―――詰み、ね。投了なさい!ダイン!」
「だーくっそ!また負けかよぉ。...なぁレナ、俺思うんだけどさ、毎回俺の持ってないゲームで勝負するの、ずるくね?」
よほど嬉しいのか、満面の笑みで人差し指を突きつけ、降伏を促すレナに不満をこぼす。
入念な準備をしたレナに、初心者の俺が負けるのは仕方がないと頭ではわかっているのだが、くやしいものはくやしいのだ。......あとでちょっと練習しよう。
新しいボードゲームを仕入れては一人でこっそり練習し、俺に勝負を仕掛ける幼馴染、レナ。年は俺と同い年で16歳。親同士の付き合いから知り合って、なんだかんだ仲良くなった。
金髪碧眼の持ち主で、親譲りの整った顔立ちをしている。スタイルに自信があるのか、体形がわかりやすいタイトな服を好んで着ていて、今日は白のワンピースだ。
ここは大陸南東部のとある町、オッカム。畑と牧場しかない、退屈で平和な田舎町だ。そんな町の端っこに位置する物置小屋が、俺たちの遊び場であった。
「負けは負けでしょ~?ほら、罰ゲーム!約束はちゃんと守ってよね!」
初心者狩りの称号をわがものとするレナは、無慈悲にも罰ゲームを催促し、今まさに敗者を辱めんとしていた。
「えぇ~またあれやんのかよ...まぁいいや。よーく見てろよ?」
わくわくと期待のまなざしを向けてくる悪魔...もといレナの前に立ち、俺は両腕、両足をそれぞれ絡ませるようにクロスさせ背中をねじり、こう叫ぶ。
「ツイストパン!!!!!!」
「ぶほぉ!!クク....アッハッハ!!無理!お腹痛い!アハハ!!い、息できない!」
俺の渾身の一発芸は彼女のツボを突いたらしく、初披露以降ことあるごとにせがまれていた。
床をバンバンと叩きながら笑い転げる彼女に、どこが気に入ったのか尋ねてみると、
「ふ、ふふふ....。え?なんか、一生懸命に表現しようとしてるところと...あ、自分じゃ気づかない?―――あなたこれやってるとき、とても面白い顔してるわよ?」
「おいそれ初耳なんだが!鏡もってこい!自分で確かめるまでこれは封印する。」
まだプルプル震え、笑いが冷め止まぬレナから思わぬ言葉が飛び出し、しばらくこれは封印しようかと本気で悩んでいると、
「え~もうしてくれないの?私、ダインのあの顔好きなのに。」
彼女の口から『好き』という単語が飛び出し、一瞬ドキッとさせられる。落ち着け俺。こいつは友達、友達...。
「ていうか私たち、もう16でしょ?ダインは将来のこととか考えてるの?」
手入れの行き届いた金髪をいじりながら、突然そんなことを言い出すレナ。なんだ?二人の将来とか、そういう話?なに?実は俺のこと好きなの?
「私はね、この村をでて、旅がしたいんだ。それで、龍が見たい!」
彼女の言う通り、俺たちは16歳だ。愛だの恋だのの話してもおかしくない年齢なのだが、レナの心は五歳で止まっているらしい。......俺のときめきを返せ。
「...あのなぁレナ?よーく聞け?龍は伝説上の生き物で実在...しないんだ。気持ちはわかるぞ?俺も小さい頃は龍にあこがれて、大陸の北側にいるなんていう都市伝説を本気にして...」
「ちょ、ちょっと!そんなかわいそうな子を見る目で私を見ないでよ!....それに、何の根拠もないわけじゃないわ!」
そういって鞄をゴソゴソと漁り始め、じゃじゃーんと言って、なにか丸いものを取り出す。
「...なんだこれ?木の実か?」
それは飴玉ほどの大きさの、赤い木の実のようなものだった。
「うちのおばあちゃんが言ってたの!うちの家で代々守ってる木の実を食べると、龍に会えるんだって!」
大きな瞳を輝かせながら、得体のしれない木の実を見せつけてくる。一見美味しそうに見えるが......
「おいおい、それ大丈夫なやつなのかよ。もし毒とかあったらどうすんだ?悪いこと言わないから、とっとと捨てちゃえって。」
「...さてはダイン、ビビってるわね?じゃあダインにはあーげない!私一人で龍に会うもんねー!!」
そういって木の実を口に放り込むレナ。彼女の辞書に、恐怖の二文字はないらしい。
「お、おい!マジで食っちゃったのかよ!...腹壊しても知らねえぞ?最悪、胃に穴が開いて病院送りなんてことも...あー恐ろしっ!」
両手で肩を抱き、身震いするポーズをとりつつ恐怖心を煽る。すると、自分の辞書に恐怖の二文字を追加したらしい少女はみるみる青ざめていき、
「...ね、ねぇダイン?私ちょっぴり、ほんのちょっぴり怖くなってきちゃったんだけど。...ほら、神父の説教、二人で寝れば怖くないって」
「俺は食わんぞ」
・・・
「お、お願いよ~!私一人で痛い思いするのは嫌なの!...あ、じゃあこれでどうかしら?」
そういって彼女は鞄からカメラを取り出し、扉に向かって走り出した。なんの変哲もないただのカメラ。今更写真を撮られたところで脅威があるわけではない。ないのだが、あるとすれば...
「ちょ、ちょっと待てストップ!わかった、わかったから!俺の『一発芸』の時の写真を、みんなにばら撒こうとするのをやめろ!」
レナの恐ろしい計画を寸でのところで食い止め、なんとか椅子に座らせることに成功する。まったく、油断も隙も無いな。
「ったく。レナって昔からそういうところあるよな。強気というかなんというか...。まぁ見た感じ大丈夫そうだし、仕方ねえから食ってやるよ。」
レナの少し驚いたような表情に見守られながら、得体のしれない木の実を頬張り、咀嚼する。すると圧倒的な柑橘系の香りが鼻を通り抜けた。気になるお味はまるで三日三晩煮詰めたオレンジジュースと胃液が混じったようなフルーティさと暴力さを兼ね備えていて、端的に表すなら、
「まずぃぃぃ!まずい!まずい!おいレナ、これゲロ味だぞゲロ味!よく平然と食えたな....って、ん?」
強烈なえぐみに苦しみながらふと彼女のほうをみると、違和感があった。
彼女の整った目、鼻、骨格、そしてそれにそぐわぬ頬の膨らみ....
「お、お前食ってねぇじゃねえか!ざけんな!俺食っちまったよ!てかさっきの怖いはなんだったんだよ!?」
突然の裏切りにつっこまずにはいられなくなる。そんな俺を前に、オロオロしながら
「お、落ち着いてダイン。話を聞いて!これは違うの!」
…どうやら彼女にも言い分があるようだ。とりあえず聞いてみるとしよう。
「なんていうかその....どっきり!というか...ほんとに食べると思わなかったというか...」
「そ、それに!この木の実、ちょっとすっぱい匂いがするわよ?あきらかに美味しくないだろうな~と思い...まし...て」
俺の鬼の形相にさすがのレナもビビり始め、だんだん語尾が小さくなっていった。
「食えよ」
「...え?」
「だから食えって言ってんだよ。俺にあんなまずいもん食わせたんだからよぉ。レナも食わなきゃフェアじゃねえよなぁ!」
そういい放つと、後悔の二文字を刻み付けるため、じりじりと距離を詰めていく。
「ダイン!?なんか目が怖いわよ!?ごめん、ごめんってば!食べるからその手を降ろしてぇ!」
……なんとか咀嚼させようとワキワキさせていた手を降ろし、半泣きで「すっぱい...ゲロ...」と木の実をちょびちょび齧るレナを横目にため息をつく。
黙ってれば可愛いんだが、なんでこう、残念なんだろうなぁ。そうやって頭の足りない幼馴染に思いをはせていると、一つの疑問が浮かんできた。強烈なえぐみで忘れていたが、確か龍がどうとか言っていたな。しかも代々守ってきた木の実だって?......嫌な予感しかしない。
「なぁ、レナのばあさん、ほかにもなんか言ってなかったか?」
「まじゅい...まじゅい...ふぇ?......うーん。あ!そういえば」
「お!なにか思い出したか!」
「遠い昔、龍神様がこの木を植えたーとかなんとかいってたような気がする!」
一気にきな臭くなってきた。これ、別の意味で食べたらまずいのでは...
「なぁレナ?この木の実、ちゃんと許可とって持ってきたのか?」
恐る恐る尋ねると、彼女は満面の笑みでこう答えた。
「とってない!」
このバカの行動によって、どうか、どうか今後の人生が乱されませんようにと、深く祈るのだった。




