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エイトレット・アンフェヴン  作者: 悲志忌
第1章 プラクティカ

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第3節 受け継がれる理

 講義が終わると、教室は一気にざわめいた。


 椅子を引く音、抑えきれない笑い声、興奮を帯びた囁き。

 誰もが、先ほどの実演を頭の中で反芻している。


「すごかった……」

「星空、全部術式なんだよな」

「本当に、魔術なんだよな……」


 そんな声が、あちこちから聞こえてくる。


 無理もない。

 あれは、魔術の力を誇示するための実演じゃなかった。

 可能性を示すための、完成された“見せ方”だった。


 ただ破壊するための力ではない。

 理を積み重ね、空間そのものを変える技術。


 ……正直に言えば、俺も心を奪われていた。


(こんな形も、あるのか)


 神威とは違う。

 即応性も、単純な強さもない。

 だが、理を理解し、手順を踏めば、誰でも同じ結果に辿り着ける。

 そんな力だった。


 だからこそ、あの光景は多くの生徒を惹きつけた。


 興奮に包まれた教室を出ながら、俺は一度だけ深く息を吸う。

 高揚と同時に、わずかな現実感が胸に残っていた。


 ――あれは、今の自分たちが扱える領域じゃない。


 それでも。

 ここに来た意味は、確かにあった。




 廊下に出ても、教室の熱はまだ冷めていなかった。


 話し声は途切れず、誰もが先ほどの実演を口にしている。

 興奮した声、驚きを隠せない笑い、早口の考察。


 その流れに身を任せて歩いていると、背後から控えめな声がした。


「……あの」


 振り返ると、同じ制服の男子生徒が立っていた。

 眼鏡をかけ、少しだけ緊張した様子でこちらを見ている。


「悪い、急に。さっきの講義……どう思った?」


 唐突だが、不思議と嫌な感じはしなかった。

 今、この廊下にいる全員が考えていることだからだ。


「……すごかったな」


 無難な答えを返す。

 すると彼は、ほっとしたように息をついた。


「そうだよね。正直、圧倒されたよ」


 少し間を置いてから、彼は名乗った。


「僕はユリウス・ガイ・ウィルクス。よろしく」


「俺はアルヴェラント・E・ポルヴァレンスだ。よろしく」


 名乗った瞬間だった。


 ユリウスの動きが、わずかに止まる。

 視線が俺の顔から、もう一度、姓の部分を確かめるように揺れた。


「ポルヴァレンス……?」


 小さく、息を吸う音。


「……あの、黒瘴研究者の?」


 その問いかけに、胸の奥が僅かに沈む。


(やっぱり、そこか)


 珍しい姓だ。

 研究者の世界では、知らない者の方が少ない。


「……そうだよ」


 短く答えると、彼は小さく息を吐いた。


「やっぱり」


 それだけで、納得したように頷く。


「ポルヴァレンス教授夫妻のこと……知ってる。っていうか、知らない人の方が少ないと思うが。十年前の黒瘴災害で亡くなった、って聞いてる。でも……」


 ユリウスは、言葉を選ぶように一拍置く。


「僕と……僕の家族は、あの人たちの研究で救われた」


 その声音には、作り物じゃない重さがあった。


「一度、黒瘴で町を失った。次に移住した場所も、最初は危なかったんだ」


 彼は静かに語る。


「でも、理層塔が設置されて。黒瘴の進行が止まって……今は、普通に暮らせてる」


 俺は黙って聞いていた。


「理層塔の基礎理論。観測手法。安定化の指針」


 ユリウスは、はっきりと言った。


「全部、ポルヴァレンス教授夫妻の功績だ」


 そして、俺を見る。


「だから……その」

 

 少し照れたように、しかし目は逸らさずに。


「ありがとう、って言いたかった。君に言うのは、違うかもしれないけど」


 一瞬、言葉に詰まる。


「いや……嬉しいよ。どう返せばいいか分からないけど。そう思ってくれる人がいるなら、それで十分だ」


 胸の奥に、静かに何かが落ちた。

 嬉しい。

 そう感じたのは、間違いない。


 だが、それだけじゃなかった。


(……両親が、救った世界か)


 俺は、その救われた側を、当たり前の景色として生きてきた。

 理層塔が立ち、黒瘴に怯えずに済む町。

 夜を安心して迎えられる日常。


 それが、誰かの研究の積み重ねの上に成り立っているなんて、幼い頃の俺は深く考えたこともなかった。

 ユリウスの言葉は、その現実を静かに突きつけてくる。


 救われた町があり、生き延びた人がいて、その先に、今の自分が立っている。


 俺は、両親の代わりにはなれない。

 同じことも、同じ形ではできない。


(……無駄じゃなかったって思ってもらえるなら)


 その事実だけで、胸の奥が少しだけ軽くなった。

 過去が、今につながっている。

 それを、初めて“他人の言葉”で実感した気がした。


 ユリウスは首を振る。


「君がここにいるってことが、俺には大事だった。理層塔も、俺の町も……あの人たちの仕事が、無駄じゃなかったって思えたから」


 少しだけ、言葉に詰まる。


「……学院で、同じクラスになれたのも。勝手だけど、嬉しい」


 何と返せばいいか、すぐには分からなかった。

 だが、拒む理由もなかった。


「アルトでいいよ」


 改めて、名乗る。


「よろしく」


 ユリウスは、少し驚いたように目を瞬かせてから、笑った。


「こちらこそ。僕もユリウスって呼んでほしい」


 並んで歩き出す。

 まだ距離はある。

 だが、その距離は、自然と縮まっていきそうな気がした。


 しばらく無言のまま歩いてから、ユリウスがぽつりと言った。


「魔術って、もっと実戦寄りのものだと思ってたんだ。黒瘴とか、外獣とか……」


「俺も」


 即答すると、ユリウスは少し目を見開いた。


「でも、今日見たのは違った。可能性を見せられた、っていうか……」


 言葉を探している様子だった。


「世界をどう“変えられるか”を見せられた感じだった」


 その表現に、自然と頷く。

 

「理解すれば、同じ形に辿り着ける気がして」


「そう、それだ」


 思わず声が重なり、二人で小さく笑った。


 まだ、深い話をするほどの関係じゃない。

 それでも、同じものを見て、同じところで引っかかっている。

 その事実だけで、十分だった。


「兄さん。もう友達できたんだ。私にも紹介してよ」

 

 いつの間にか後ろに居たセシリアが、会話に割り込んできた。

 言われて、ようやく気づく。


 「ああ、そうだな」


 俺はユリウスのほうを見る。


「ユリウス。妹のセシリアだ」


 俺がそう言うと、セシリアは一歩前に出て、軽く会釈した。

 動作は丁寧だが、どこか肩の力が抜けている。


「初めまして、セシリアです。私とも仲良くしてくれたら、うれしいです」


 柔らかな声だった。

 ユリウスは一瞬、言葉を失ったように目を瞬かせる。

 予想外だったのか、それとも双子という事実を頭の中で整理しているのか。


 数拍遅れて、慌てて背筋を伸ばした。


「ユリウス・ガイ・ウィルクスです。こちらこそ、よろしくお願いします。セシリアさん」


 丁寧すぎるくらいの口調で名乗り返す。

 それから、少しだけ視線を泳がせて、俺とセシリアを交互に見比べた。


「……ところで」

 

 言葉を選ぶように、一度咳払いをしてから。


「えっと、双子、ですか?」


 その問いに、セシリアが小さく笑った。


「よく言われます」


「似てますからね……」

 

 ユリウスは少し照れたように言う。


「顔立ちも、雰囲気も」


「兄さんほど無愛想じゃないと思うけど?」


「余計なこと言うな」


 軽く言い返すと、ユリウスが苦笑した。

 それをきっかけに、三人の間に流れていた空気が和らぐ。


「……で」

 セシリアが視線を前に戻しながら言った。


「このあと、どうする? 初日だし、寮の場所くらいは確認しておいたほうがいいと思うけど」


「賛成」

 

 ユリウスがすぐに頷く。

 

「そうだな。じゃ、寮に行こう」


 そう決まってから、三人で歩き出す。


 校舎を出ると、空気が少し変わった。

 人工理層を通した夕方の光が、学院全体を柔らかく包んでいる。

 遠くにはいくつもの塔が見え、その間を結ぶように通路と中庭が配置されていた。


「……寮、思ってたより遠いな」


 ユリウスが周囲を見回しながら言う。


「学院、広いから」

 

 セシリアが当たり前のように返す。

 

「迷子になる人、結構いるって聞いた」


「初日でそれは勘弁してほしいな」


 苦笑するユリウスを横目に、俺は前方を見る。


 見えてきたのは、巨大な建物だった。

 一つの寮棟が城壁のように横たわり、左右に長く伸びている。

 中央部分には大きな玄関と共用エリアがあり、そこから東西に分かれているのが分かる。


「一つの建物だけど」

 

 セシリアが説明する。

 

「東が女性エリア、西が男性エリア。食堂とかは真ん中なんだって」


「なるほど」

 

 ユリウスが頷く。

 

「合理的だな」


 玄関前には、すでに多くの新入生が集まっていた。

 荷物を抱えた者、案内を確認する者、知り合いと合流する者。

 学院とは違う、生活の気配がそこにはあった。


「じゃあ」

 

 セシリアが足を止める。


「夕食、共用エリアでいい?」


「僕は構わないけど」


「部屋の整理だけしてから、って感じだな」

 

 俺も頷く。


「時間、決めとく?」

 

 セシリアが言う。


「鐘が鳴ってから少し後で。……迷ったら、中央にいれば会えると思う」


「了解」


 そう言って、彼女は軽く手を振った。


「じゃ、また後で」


 セシリアは東側へ向かい、自然に人の流れに溶け込んでいく。


「……なんか」

 

 ユリウスがぽつりと漏らす。


「もう何日か過ごした気分だ」


「初日は、だいたいそんなもんだ」


 西側の通路へ向かいながら、俺はそう返した。


 今日一日だけで、随分と色々あった。

 それでも、まだ始まったばかりだ。


 寮の奥へと続く通路を歩きながら、俺はこの学院での生活を、初めて現実として感じ始めていた。

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