プロローグ
天国と地獄――もし選べるとするならば、彼は迷わず天国と答えるだろう。
だが、その行き先を決める条件を、彼は知らない。
いや、誰も知らないのだ。
善行を積めば天国に行けるのか。
悪行を重ねれば地獄に落ちるのか。
誰もが一度は考え、そして答えの出ぬまま目をそらす。
人を殺せば地獄行きだと、多くの者は思う。
だが、その相手が人を救うためには止めねばならない殺人鬼だったとしたら?
それでも悪行と断じられるのか。
それとも、善行として認められるのか。
善と悪は容易に反転する。
ある者にとっては救いでも、別の者にとっては破滅となる。
結局、死ぬその瞬間まで天国と地獄の境界線など、誰にも見えない。
だが、その善悪の境界線は曖昧で、誰も見極めることはできない。
自分が天国に行けるのか、地獄に落ちるのか――それさえ死ぬまで分からない。
それでも、人は望まずにはいられない。
善人には救済を。悪人には罰を。
罪には必ず罰を願う心が生まれる。
それがどれほど都合の良い理屈であろうと、そう願わずにはいられない。
だからこそ、人は皆、不安と願いの間を揺れ動きながら生きていくのだ。
そして、彼もまた例外ではなかった。
現実が地獄のように残酷であるなら、せめて死の先だけは安らぎであってほしい。
血と叫びに覆われた日々の果てに、最後には天国でありますようにと。
――彼はそう願わずにはいられなかった。




