表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

9/11

第8話:セラフ様、ついに姿を現してくれた

 その日も私は、放課後の図書塔にいた。


 誰もいない最上階。薄暗い空間に、魔力の光だけが静かに揺れている。

 開いた禁書は六冊目。身体は疲れていた。でも、読む手は止めない。


(……この本を読み終えれば、“選ばれなかった者”の出現条件、第2段階が完了する)


 心は、彼に向かっていた。


 仮面をつけた寡黙な男。

 ゲームの中でたった一度だけ、エンディング後にしか登場しなかった隠しキャラ。

 そして今、私はその彼に──セラフに、確かに近づいている。


「……セラフ様。今日も来てくれるかしら」


 誰もいない部屋に、呟くように問いかける。


 返事は、なかった。


 だけど。


 


 ──次の瞬間、塔の入口が、静かに開いた。


 その足音は、まるで空気を断ち切るように静かで、鋭く、存在を誇示していた。


 私は立ち上がる。

 階段をのぼってくるその気配を、ただ息をひそめて待った。


 


 そして。


 月光の差す部屋の中央に、彼は現れた。


 黒衣をまとい、漆黒の仮面を顔に付け、長身で凛とした佇まい。

 前回までは幻のようだったその姿が、今は確かに“現実の存在”として、そこにいた。


「……来てくれたんですね」


「条件が整った。物理干渉領域への顕現が可能となった」


 仮面越しに聞こえる、変わらぬ冷静な声。


 けれど、その言葉の中に、わずかな“温度”があるように感じたのは、私の錯覚だろうか。


「この世界に……本当に、いるんですね。あなたは」


「この学園の“魔導核”と禁書群の構造によって、我は囚われている存在だ。君がそれを読み解いた結果、我は一時的に“ここ”へ現れる」


「……でも、私は信じていたわ。あなたに会えるって」


「“誰にも選ばれなかった者”に、誰かが会いに来るなど、想定外だ」


 


 ふっと、静かに風が吹いた。

 仮面の下から、銀の瞳が覗く。


 氷のように冷たいはずなのに、その視線は……ほんの少しだけ、揺れていた。


 


「私はあなたに選ばれたくて来たんじゃない。……あなたを、選びたかったの」


 


「……それは、同義ではないのか?」


「違うわ。だって、他のキャラたちは私を“選ぼう”としてくる。でも私は違う。ただ、“あなたに出会いたかった”だけ」


 その言葉に、セラフは一歩、私に近づいた。


 ほんの数十センチ。

 手を伸ばせば触れてしまう距離。


「触れるな」


「……わかってます。これは試練だものね」


「君の誓いが破られれば、我は再び消える。……それを恐れていないのか?」


「……怖いです。でも、私は一人で歩くと決めた。あなたに辿り着くために」


 


 その瞬間、セラフの身体がふっと揺れる。


 仮面の下の瞳が、まるで何かを押し殺すように細められた。


 


「──ならば、君の選択を認めよう」


 


 彼は静かに片膝をついた。

 まるで、忠誠のように。


 そしてその右手を、胸元へ。


 


「名乗ることを許可しよう。……我が名は、セラフ=ディザイア」


 


「……セラフ様……」


 


 その夜、私は初めて彼の名前を“現実に”聞いた。


 名前は、記号ではない。

 “存在”そのものの証明。


 


 この世界で、私は彼に出会い、彼を選んだ。

 ──それだけは、もう揺るがない。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ