第8話:セラフ様、ついに姿を現してくれた
その日も私は、放課後の図書塔にいた。
誰もいない最上階。薄暗い空間に、魔力の光だけが静かに揺れている。
開いた禁書は六冊目。身体は疲れていた。でも、読む手は止めない。
(……この本を読み終えれば、“選ばれなかった者”の出現条件、第2段階が完了する)
心は、彼に向かっていた。
仮面をつけた寡黙な男。
ゲームの中でたった一度だけ、エンディング後にしか登場しなかった隠しキャラ。
そして今、私はその彼に──セラフに、確かに近づいている。
「……セラフ様。今日も来てくれるかしら」
誰もいない部屋に、呟くように問いかける。
返事は、なかった。
だけど。
──次の瞬間、塔の入口が、静かに開いた。
その足音は、まるで空気を断ち切るように静かで、鋭く、存在を誇示していた。
私は立ち上がる。
階段をのぼってくるその気配を、ただ息をひそめて待った。
そして。
月光の差す部屋の中央に、彼は現れた。
黒衣をまとい、漆黒の仮面を顔に付け、長身で凛とした佇まい。
前回までは幻のようだったその姿が、今は確かに“現実の存在”として、そこにいた。
「……来てくれたんですね」
「条件が整った。物理干渉領域への顕現が可能となった」
仮面越しに聞こえる、変わらぬ冷静な声。
けれど、その言葉の中に、わずかな“温度”があるように感じたのは、私の錯覚だろうか。
「この世界に……本当に、いるんですね。あなたは」
「この学園の“魔導核”と禁書群の構造によって、我は囚われている存在だ。君がそれを読み解いた結果、我は一時的に“ここ”へ現れる」
「……でも、私は信じていたわ。あなたに会えるって」
「“誰にも選ばれなかった者”に、誰かが会いに来るなど、想定外だ」
ふっと、静かに風が吹いた。
仮面の下から、銀の瞳が覗く。
氷のように冷たいはずなのに、その視線は……ほんの少しだけ、揺れていた。
「私はあなたに選ばれたくて来たんじゃない。……あなたを、選びたかったの」
「……それは、同義ではないのか?」
「違うわ。だって、他のキャラたちは私を“選ぼう”としてくる。でも私は違う。ただ、“あなたに出会いたかった”だけ」
その言葉に、セラフは一歩、私に近づいた。
ほんの数十センチ。
手を伸ばせば触れてしまう距離。
「触れるな」
「……わかってます。これは試練だものね」
「君の誓いが破られれば、我は再び消える。……それを恐れていないのか?」
「……怖いです。でも、私は一人で歩くと決めた。あなたに辿り着くために」
その瞬間、セラフの身体がふっと揺れる。
仮面の下の瞳が、まるで何かを押し殺すように細められた。
「──ならば、君の選択を認めよう」
彼は静かに片膝をついた。
まるで、忠誠のように。
そしてその右手を、胸元へ。
「名乗ることを許可しよう。……我が名は、セラフ=ディザイア」
「……セラフ様……」
その夜、私は初めて彼の名前を“現実に”聞いた。
名前は、記号ではない。
“存在”そのものの証明。
この世界で、私は彼に出会い、彼を選んだ。
──それだけは、もう揺るがない。