第6話:学園祭、ヒロインの恋路を応援します
──学園祭、開幕。
王立アストレイア学園の秋の一大イベント。
華やかな露店、演劇、魔法演舞。
生徒同士の親睦を深めるためのイベントであると同時に──乙女ゲーム『ロゼ・エトワール』の恋愛イベント祭りでもある。
(ここ……最大の山場。ここでヒロインの恋路を成功させれば、セラフ様のルートは盤石……!)
そう、私が今いるのは──王子レオンとヒロイン・アリエルの出会い直後に起きる“屋台の偶然接触イベント”の現場である。
ゲームでは、アリエルが落としたハンカチをレオンが拾い、それをきっかけに「自分とは違う平民の価値観」に心を動かされるという──定番ながら効果抜群の恋愛導入フラグ。
私はそれを全力でサポートすべく、先回りして仕込み中だった。
「クラウディア様……まさか、この道にアリエル嬢を誘導した理由って……」
側にいた侍女リーナが呆れたように尋ねてくる。
「ええ、ハンカチは既に落としたわ。彼女が気づかず通れば、王子が拾う。その時、彼女は恋に落ちるの。完璧なルート誘導」
「悪役令嬢のすることとは思えませんけどね……」
「“悪役”だからこそ、ヒロインの恋路を応援するのよ」
そして──タイミングは、完璧だった。
「……あれ? ハンカチ……落とした、かな……?」
アリエル嬢が道の途中で足を止める。
少し後ろから歩いてきたレオン王子が、気づく。
「これは……君のか?」
「あっ、はいっ! あ、ありがとうございますっ!」
そして──イベント、発動。
アリエルの頬が赤く染まり、レオンがふわりと笑う。
出た、好感度上昇エフェクト。これは大成功。
(よし! これで王子の好感度はヒロインに傾いたはず!)
私はそのまま立ち去ろうとした。が──
「……クラウディア嬢?」
声をかけられた。
振り返れば、そこにはレオン王子が。
「……貴女だったのか? 今の、仕込み」
「……さあ、何のことかしら?」
言葉を濁す。
でも彼の瞳は、確信に満ちていた。
「僕は見ていた。君が、道に何かを置いたのを。……どうしてそんなことを?」
アリエルと自分が親しくなるよう、導いたと気づいたのだろう。
でも、その理由を言うわけにはいかない。
「それは……ただ、面白そうだったから」
「……本当か?」
(うわっ……今の表情、完璧に“惹かれてる男の顔”になってる!!)
「クラウディア嬢、君はいつも人を避けている。なのに今日の君は──人のために動いていた。……それが、嬉しかった」
(待って、完全にフラグです。やめて。回避したいのに!!)
「……王子。私は、誰のためでもありませんわ。あくまで私の気まぐれ」
そう言って微笑むと、レオンはかえって顔を赤くしていた。
(やばい、やばい、また好感度上がった……!!)
その日の夜、私は疲労困憊で図書塔へ向かった。
静かな空間。5冊目の禁書読破以降、セラフ様はまだ姿を見せていない。
(……やっぱり、誰かの好感度が上がったから……条件が揺らいでるのかしら)
思わず自分の胸に手を当てた。
でも──それでも、私は信じていた。
「セラフ様……私は、あなた以外を見ていないわ」
その時、また空気が震えた。
そして、塔の奥からあの低い声が響く。
「君は、変わらずに在る」
気づけば、彼はそこにいた。
仮面の奥の瞳が、私をじっと見つめている。
「セラフ様……!」
「──だが、“他者の好意”が君の周囲に渦巻いている。それは、選ばれなかった者にとって、不都合だ」
「私は、選ばれるつもりなんてないわ。ただ、あなたに……」
「……ならば、試すといい。誰の手も取らず、私のもとへ辿り着けるか」
そう言い残して、セラフは再び霧のように消えていった。
(“試す”って……何を?)
私はその場に膝をついた。
──この恋、やっぱり難易度バカ高いんだけど!?