第5話:図書塔に通いすぎて顔パスになった
──三日後。
「……やあ、クラウディア嬢。また図書塔ですか」
受付の司書が、もはや私の顔を見ることなく記録帳に名前を記し、鍵を差し出してくる。
「……ええ、今日も禁書閲覧です」
私が応じると、彼は小さくため息をついた。
「もう顔パスですね。……というか、学園始まってひと月も経たずに禁書を四冊読破してるの、貴女だけですよ?」
「目標があるの。努力は怠らない主義なの」
(推しのルート解放条件がギリギリだからよ!!!)
そのまま、私は塔の上階へと向かう。
石造りの螺旋階段を登るたび、空気が冷たく、そして重くなっていく。
魔力の濃度が高い空間──ここには、封印された知と力が眠っている。
私は最上階で、封印印の施された重厚な本を開いた。
五冊目の禁書。
これを読み終えれば、セラフ出現条件の一つが満たされる。
(ここまで来た……もう、あと少し……)
ページをめくる。古の魔術言語が目に飛び込んでくる。
意味は、わかる。けれど読むだけで脳が痛む。
私の魔力は、まだこの本に“耐える”ほどではないのだ。
(でも、これを乗り越えなきゃ……!)
時間がどれほど過ぎたのか、わからなかった。
気づけば外は暗く、窓に夜の帳が落ちている。
私は本を閉じ、深く息をついた。
──その瞬間、灯りもない部屋の中央に、ぽつりと“何か”が立っていた。
「…………えっ」
黒衣。仮面。静かな存在感。
その“人”は、まるで最初からそこにいたかのように、音もなく私を見下ろしていた。
「……あなた……セラフ様……?」
仮面の奥、銀の瞳が静かに揺れる。
「名を呼ぶことを、許可した覚えはない」
冷たい声。
けれど私は、思わず微笑んでしまっていた。
「……夢じゃ、ないんですね。やっと、会えた」
「条件を、満たしたからだ。……それだけだ」
言葉の一つ一つが刺のように鋭い。
でも、私は嬉しかった。
彼は、ちゃんと現れてくれた。前世と同じように。
「私、ずっと……ずっと、あなたに会いたくて、努力してきたんです」
「……“努力”とは、貴女が最も嫌うものだったはずだ」
「えっ」
「転生者。君の“前世の記憶”は、私の観測範囲にある」
──心臓が止まりかけた。
(えっ……前世バレ……!?)
「ま、待って。なぜそれを──」
「この世界は貴女のものではない。“よそ者”の存在は、必ず痕跡を残す。君はその例外ではなかった」
セラフは、一歩近づいた。
「……それでも、君はここまで来た。“誰にも愛されずに”」
その声に、仮面の奥に揺れる、淡い熱を感じた。
ゲームでは見えなかった、彼の“揺れ”。
「ええ。だから、お願いです」
私は一歩、彼に近づく。
「あなたと、もっと話がしたい。……あなたのことを、知りたいの」
ほんの一瞬、セラフの仮面が、わずかに揺れた気がした。
「……ならば、“沈黙の契約”を交わそう。余計な言葉を交わさず、ただ共に在ることを許す」
「──はい」
仮面の下の表情は、見えなかった。
けれど私の胸は、確かに高鳴っていた。
ずっと夢だった存在が、今、私の目の前にいる。
──たとえ、彼が何も語らなくても。
この沈黙が、私には、何よりも幸せだった。