第1話:悪役令嬢、恋愛を避けて魔法漬け
「……クラウディア様、また図書塔ですか?」
侍女のリーナが呆れ気味に問いかけてくる。けれど私は、彼女の声を背に、今日も魔導書を一冊、小脇に抱えた。
「ええ、当然でしょう? この本は《属性別魔法理論Ⅲ・深層編》。貸出期間が短いのよ、今読まなきゃ損だわ」
「またそんな小難しい本を……本当に魔法にお熱ですね」
「趣味よ、趣味」
……いや、違う。
本当の目的は、《魔法レベルを上げる》こと。
──彼に、会うために。
私は、乙女ゲーム『ロゼ・エトワール』の世界に転生した。
攻略対象は三人。王子レオン、騎士アラン、執事ユリウス。
どれも華々しい恋物語で、女性人気も高かった。
でも私は、誰とも恋をしなかった時だけ登場する**隠しキャラ《影守護者セラフ》**が好きだった。
彼に出会う条件は三つ──
一つ、正規攻略キャラの好感度を上げないこと。
二つ、魔法レベルがC以上であること。
三つ、禁書魔導書を五冊以上読破すること。
この三つをクリアすれば、夜の図書塔で彼と邂逅するイベントが発生する。
前世の私はトロコン済み。抜かりはない。
だからこそ、このクラウディア・ミルディニスという悪役令嬢に転生できたのは、むしろ好都合だった。
恋愛ルートを潰し、静かに努力するにはうってつけの立場。
──なのに。
「クラウディア嬢。今日もお一人で勉学ですか。……まったく、貴女は本当に、努力家だ」
突然、柔らかな声がかけられた。
見ると、そこには金髪碧眼の王子様──レオン殿下。
……うそでしょ? なんで今ここにいるの?
「王子は……その、ヒロインのアリエル嬢と庭園でお茶会では?」
「ああ、それなら断った。君の姿を見かけて、思わず足が向いてしまってね」
笑顔が、さわやかで、甘すぎて、フラグ臭がすごい。
やめて。私、あなたのルートに入りたくないの。
「クラウディア嬢。貴女が何かを成し遂げようと努力するその姿……とても眩しい」
(待って、それ完全に恋愛フラグです!!)
「……っ、王子。私はただ、勉強が好きなだけです。どうかお気になさらずに」
慌てて距離を取り、私は足早に図書塔へと逃げ込んだ。
──まずい。これはまずい。
好感度、絶対に上がってる。
しかも、こっちは一切イベント踏んでないのに。
(くっ、恋愛イベントどころか接触すら避けてたのに……なぜ!?)
これじゃ条件が崩れる。セラフ様のルートに入れなくなるかもしれない。
私は息を切らしながら、重たい図書塔の扉を押し開けた。
──そして、その奥の闇に、うっすらと立つ影を見た。
(……まさか……)
黒衣の、仮面の男が、私を静かに見つめていた。
けれど──その姿は、一瞬でふわりと霞のように消えてしまう。
「……セラフ様……?」
囁くように名を呼んだ声は、誰にも届かず、塔の中に吸い込まれた。