プロローグ:出会いは、恋を避けた先にあった
──彼は、この世界の誰にも知られていない。
乙女ゲーム『ロゼ・エトワール』。
王子、騎士、執事。
ヒロインが恋をする相手として選ばれた、三人の煌びやかな攻略対象。
でも、私は彼らには目もくれなかった。
誰とも恋をしないという“バッドエンド”の果てにだけ現れる、黒衣の隠しキャラ。
仮面をまとい、影の中に生きる《影守護者セラフ》。
たった一人の、沈黙の語り部。
その姿を初めて見たとき、私は、ゲーム画面の前で息を呑んだ。
『貴女は、選ばれなかった者。だからこそ、私に辿り着けた。』
冷たい声なのに、なぜか心の奥がじんと熱くなる。
画面越しに触れられそうな距離感。
彼だけが、本当に私を見てくれている気がした。
──その一言で、私は彼の虜になった。
誰にも選ばれなかったヒロインが、彼にだけ許される存在になる。
そのルートの切なさと幸福感に、私は心の底から震えた。
……そして私は、その彼に会うために、再び彼の世界に降り立った。
──転生先は、悪役令嬢クラウディア・ミルディニス。
ヒロインの恋路を妨げ、破滅する“噛ませ”にして、彼のルートへの唯一の近道。
選ばれない者であること。
誰にも愛されず、ただ魔法を磨き、孤独を貫くこと。
それこそが、セラフとの出会いに繋がる、たったひとつの条件。
だから私は、誰の好感度も上げない。
恋なんてしない。恋されるつもりもない。
ヒロインの幸せを支えながら、私はただ、彼のもとへ向かう。
──けれど。
「クラウディア嬢。君は……まるで、夜空に差す光のようだ」
「あなたが努力を重ねる姿に、私は心を奪われました」
「お慕いしています。……どうか、この想いをお受け取りください」
──おかしい。
何もしていないのに、攻略対象たちが私を見ている。
私の目的は、ただひとつ。
“あの人”に、もう一度会うこと。
なのに、恋愛フラグを回避していたはずの私が、
いつの間にか乙女ゲームの主人公にされかけている!?
お願い、セラフ様。
私を見つけてください。
私が誰にも恋をしないうちに──。